ソードアート・オンライン アニマ~見た目は少女、中身はおっさん~   作:さんじぇるまん

2 / 4
ニコニコ動画に投稿している動画のノベライズです。
動画→http://www.nicovideo.jp/watch/sm19332196
ちなみにおっさんの友人側のSAO→http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1593354


二話 最初の死者

 

「……『聞き耳』? なんでそんなスキル持ってるの?」

「必要だったから。その、人を探すのに!」

 口から出任せで言ってみると、トリシルは素直に納得し、それ以上理由を追及してはこなかった。 

 助かった。

 他のプレイヤーの話を盗み聞きしてたから、とはとても言えないもん。

「探してるのは、友達……だっけ?」

「そう、友達。ちょっとだけ、歳は離れてるんだけどね」

 あいつ26歳に対して俺は30歳だから、まー4年はちょっとだよね。

「……その友達って、男? 女?」

「え」

 なんでそんなこと聞くの、という言葉を飲み込み。 

「ど、同性だよー」

 搾り出すように答えた。

「同性、か。そうだよね」

 うん、嘘は言ってないよ。

 

「これで実は彼氏候補の友達、なんてことになったら……どうしようと思った。

同姓ならそれもないよね、たぶん」

 彼氏、か。

 嫌だな、ネカマ状態で彼氏なんて考えたくない。

 生まれて初めてできた伴侶候補が、彼氏だなんて絶対に嫌だ。

「ありえないよ、そもそも彼氏なんて居ないから」

「へぇ、意外。そんなに可愛いのに」

 そりゃそうだよ、アバターでそう創ったからね。

「……ごめん、突っ込んで聞きすぎたかな」

「え、いいよ。友達は、もし合流できたらその時に教えるね」

「うん。その時に」

 この話は、これでそれっきりとなった。

 しかし、やたら男の影を確認してきたのが少し気になった。

 まさか彼、会ったばかりの俺の、この可愛いアバターに好意を持っちゃいないよな。

 万が一にでも同性に恋愛感情を持たれたら、おじさん困っちゃうぞ。

 

「そう言えば、スキルの話に戻るんだけど。

正直俺には、その『聞き耳』スキルがこれから役に立つとは思えない。

もっと別のスキルを入れるべきじゃない?」

「……そんなことない。これだってきっと何かに使えるはず……だと思うよ」

 命が掛かってるんだから、実用的なスキルを優先すべきだ。

 トリシルの言い分は最もであったが、俺にはこいつが実用性を持っていないとは思わなかった。

 というか、本音を言ってしまうと少しでも数値の上がったものを外すのは気が引けるのだ。

 こうやっている今でも聞き耳スキルの熟練度が微弱ながらでも上がってると、外せないよね。

 そうだよ、おじさんはエリクサーとか高価なアイテムが使えない貧乏性プレイヤーだよ。

 

「……確かに、まだ稼動したばかりのこのSAOでは何が有用で何が趣味スキルか分かりきってないトコがあるし。

分かった、それは取ったままで良いよ。それじゃ、俺は《索敵》と《槍》を取るから」

 《索敵》は可視以外での敵の発見を可能にするスキルだ。

 この死と隣り合わせになってしまった世界では、『不意打ち』は最も警戒すべきだ。

 ただ、それも二人で取る必要もないスキルなので、彼だけがセットすることになった。

 

 そうして、武器を調えた俺たちは一度、フィールドへ出てみる。

 

 

【 はじまりの街周辺 】

 

 

 草原フィールドと言える場所に、二人でやって来た。

 外観がとても幻想的で、こんな状況でもなければ魅入っていただろう。

 ちなみに辺りにはまばらに、同じように狩りを始めているプレイヤーの姿があった。

 いまだに街から出ない人間も多いのか、この辺りがまだ狩り尽くされるという状態になっていなくて安心した。

 

 標的は、青色のイノシシ。

 正式名を《フレイジーボア》と言うらしい。

 基本的には突進しかしてこない単調なモンスターであるから、初心者の慣らしにはもってこいだ。

 もってこい、なのだが。

 

「うおおおおおおおおおおお」

 向かってきたフレイジーボアに一閃、片手剣で突きをお見舞いする。

「うあああああああああああああ」

 だが、イノシシは大したダメージを負ったようには見えず、尚もこちらにダメージを与えてくる。

「いやあああああああああああああああああ」

 わるあがきで、がむしゃらに蹴ったり、剣で殴ったりする。

 けれども、猪のHPバーは一向に減らない。

 どうなってんの、もう。

 おじさん、叫びっぱなしだよ。

「見てて、こう――!」

 颯爽とした動作で、光を帯びた影が目の前に躍り出るや否や、素早く振るった槍で猪を打ち倒す。

 改めて見ても、この子は凄い。

 俺がいくらやっても減らせなかった相手のHPを、一瞬でふっ飛ばしちゃうし。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして、さ。続けよう」

 そう言って、近場の猪を指すトリシル。

 あいつと、また戦うのか。

 しかし、これ想像以上に怖いぞ。

 流石はVRMMO、リアルに感じる分、戦いの緊張感が違う。

 

「次、来たよ!」

 息つく暇もなし。

 おじさんには連戦は辛いんだけどな。

「やああああああああ」

 またもがむしゃらに剣を振るう。

「ソードスキルをもっと意識して! スキルを使わないと、マトモにダメージは通らないから!」

 するとそんな俺を見かねたのか、トリシルの鋭い声が飛ぶ。

 ソードスキル、なんて言われても。

 決められた動作を取ってみるが、やはりどこで発動なのかってのがピンとこない。

「今一、そのモーションってのが分からないよー。使わずどうにかならない?」

「ならない。

このゲームがどうしてソードアートって呼ばれてるか、

それはゲーム側がモーションを検知してシステムを立ち上げ、

プレイヤーに剣舞(ソードアート)を体感させるからなんだよ。

だからゲームの方も、ソードスキルをメインに使わせるように設計されてる。

魔法等の必中の遠距離攻撃の排除、ダメージ効率の差、その他諸々に大きく関わってるんだよ。

だから生き残りたいなら、ソードスキルは使いこなしていかないと駄目だ」

「は、はい。分かりました」

 一気にまくし立てられ、たじろいでしまう。

 けれど、その気持ちは伝わってきた。

 彼は本心から俺の事を心配し、注意してくれている。

 ならばそれに応えなくちゃ、付き合ってくれる彼に申し訳がたたないよな。

「モーションを検知」

 言われた通りに、システムが検知することを意識して構えてみる。

 すると、武器に力がたまってきているような感覚を覚えた。

「そしてスキルを、放つ!」

 引っ張ったゴムの力を緩めたかのように、半強制的に体がすっ飛ぶ。

 手に持つ片手剣も、それに応じるように仄かな水色に発光し、鋭い効果音を立てる。

 成功した。

 斜めの斬撃、単発ソードスキル《スラント》。

 

 放たれたスキルは、突進する青猪へすれ違い様に放たれた。

 すると敵は一瞬膨らんだかと思うと、次の瞬間にはガラス片になって砕け散る。

 そうしてタイミングを同じくして、経験値やこの世界での通貨『コル』がいくら得られたか、

そうしてドロップアイテムが何であるかを示すシステムウィンドウが表示された。

 つまり、俺は倒したというわけか。

 鼓動の高鳴りを感じる。

 なんて言っても、このアバターに心臓なんてないから、それは錯覚なんだけど。

 でも湧き上がる感情があるのは真実だった。

 武器を持つ手が、震える。

 あれがソードアート。

「気をつけて! もう一体、そっち行った」

 余韻に痺れる頭を、トリシルの声が覚醒させる。

 見れば、彼が相手にしてる一体とは別に、イエローゾーンまでHPの減った猪が猛進してきている。

「分かった、任せてよ!」

 意気揚々と、先ほどの感覚を甦らせようと、身を翻して猪と対面する。

 そうして先ほどの動きを再現するように、素早く構えを持っていき。

「――あ」

 勢い余って、手から武器を取りこぼしてしまう。

 すると重力の再現されているアインクラッドでは、現実よろしく武器が地面へと転がり落ちてしまった。

 本当に、慣れない事はするものじゃない。

 そう思い、俺は落ちた武器を拾おうと身を屈めようとする。

 だが、そんなこっちの事情など気にするはずもないモンスターは、一直線に向かってきている姿が見えた。

 このままじゃ、拙い。

 敵の距離からでは、武器を拾うために体制を屈めている内に攻撃を食らってしまう。

 ならばどうするか。

「ちょっと、何してるの!」

 思えば、俺は自然に学生時代に習っていた格闘技の構えを取っていた。

 体が覚えてるってのはあるけど、まさか脳もその動きを再現させてくれると思ってなかった。

「ッ!?」

 キィン、と。

 不思議とスキルのモーションを検知したような感覚を感じる。

 なんでだ、そんなスキルなんて持ってないはずだけど。

 

「ユナ! 避けて!」

 なんて考えてる内に、接近していた猪。

「破ァッ!」

 俺はこれに、なんかよく分からないがアシストのついた拳を、一気に振りぬいた。

 すると銀色の光を纏い、拳が鋭く、それも深く敵へと吸い込まれ。

 破砕音。

 続いてガラス片へと変わったフレイジーボアの姿は、光の粒となって消えた。

 ある程度、HPが減っていた事とカウンターを狙えたからだろう、なんとか一撃で倒せた。

「――やった!」

 今の感覚が何かは分からないが、とにかくやった。

「……あ」

 でもこれって、女の子的にどうなんだろう。

 撲殺しちゃったよ、猪。

 おじさん、やってしまったかもしれない。

 ズーンと気持ちが沈んでいく。

 ヘマしてしまった、という自己嫌悪の念が湧いてきた。

 

「……えっと、大丈夫?」

「うん、大丈夫大丈夫! なんともないよー」

「それなら、良かった」

 あ、あんまり気にされてないかも。

 ここで彼が撲殺してしまったことをスルーしてくれる事を祈る。

「でも女の子で殴るなんて、凄いね」

「あ、アハハハ。そうかな」

 乾いた笑いが出た。

 スルーされてなかった。

「……兎に角、一度街へ戻ろう。ドロップ品を売って回復アイテムとか揃えてこよう」

「そうだね、うん」

 うわ、疑われてるかな。

 これが切欠で、男だってバレたら嫌だ。

 そう思いながら、俺は彼に付き従い、一旦街へ引き返した。

 

 

【 はじまりの街 南端、展望テラス】

 

 

 街の最南、アインクラッドの外周。

 浮遊城の名に恥じない、どこまでも広がる空を一望できるその場所に、妙な人垣ができていた。

 今は夕方であるため、見渡せる茜色の景観はなかなかに趣のあるものである。

 しかしわざわざそれを観に人が集まったというのは、デスゲームと化したこの世界では考えらない。

 では、なぜ人が集まっているのか。

 人並みの野次馬根性のある俺は、なんだろうとその理由が気になった。

 反対に、トリシルは全く興味のない様子で、スタスタと通りすぎようとする。

「ちょ、ちょっと待って」

「何?」

「えっと、ちょっと気になることがあって……」

 なんて言いながら、人垣を流し見してみる。

「ああ、何に集まってるんだろうね」

 すると彼はそれで察してくれたのか、困ったような顔をする。

「あれがどうして集まってるにしろ、俺たちは急いだ方が良いんじゃないかな」

 理にかなってる。

 むしろ、ああやって人が集中してる内に、狩場へ行ったしまった方が良い。

 そうすれば、込み合う前の通勤電車のように良い場所が確保できる。

 だが待ってほしい。

 

「……逆に考えてみたら、

あそこに集まってる人の中には、その可能性を分かっててもあの集団に混ざってる人がいるかもしれない。

なら、その優位性を犠牲にしてでもあそこで行われてる人垣に参加し続ける理由って何か気にならないかな?

私たちに必要なのは、経験値もそうだけど……これから生きていくための情報も重要なんじゃない?

つまりもしかしたらあそこに、それがある可能性がある。これって確かめにいかない手はないよね」

「――ごめん、ちょっとびっくりしちゃった。君ってそういう事も考える人だったんだね」

 素直に感心されてしまう。

 というか言い回し的に、もの凄く軽視されていた感じがするよ。

 確かに、さっきの戦闘では冷静さもなければプレイヤースキルが酷いところも見せてしまった。

 でも抜けてるトコはあると思うけど、俺だって無駄に歳とってきたわけじゃないんだぞ。

 なんてトコを、少しは見せられたのかな。

 見た目は少女だけどさ。

 

「確かに。

ユナの言った可能性は捨てきれないけど、もし本当にくだらない事に集まってたらどうする?

そうすると、俺たちはその分時間を無駄にすることになるよ」

 これも最もな意見だ。

「くだらない事だったら、急いで行動すれば良いけど逆は難しいよ。

だから逆に考えるんだ、無駄にしちゃっても良いやって考えるんだ!」

 しかし昔から好きな漫画の一文を引用し、自信満々にそう言い切ると、

トリシルも可笑しそうに笑って集団に顔を向ける。

 どうやら彼も、やらずに後悔するよりやって後悔する派らしい。

「わかった、確かめに行ってみよう。でもあの輪にどうやって入る?」

 人垣は中心の何かを覆い隠すように形成されている。

 あれはかなり人が固まっているようなので、割って入るのは骨が折れそうだ。

 

「ユナなら小柄だから確かめに行けるんじゃない?」

「小柄かな? そんな事、初めて言われたよ」

「そうでしょ、どう見ても――あ。気にしてたらごめん」

「え? あ、ああ! いいの、気にしてない」

 名前に関しては、さっきフィールドに出てたとこで慣れたけど。

 今でも、俺は体が少女になっていることに『無自覚』なままになっているところがある。

 自分の意思で動いている体が美少女というのも、それはそれで問題ってあるんだな。

 だって俺のリアルの体なんて、小柄なんてとても言えない代物だもん。

 例えば衰えてはしまったけど昔鍛えていた名残の筋肉と、それなりに良かった体格。

 あとは歳のせいか、最近下っ腹が出始めていたしね。

 うん、だからナーヴギアの最初の設定にあったキャリブレーションっていう、

自分の体を隅々まで触ってくださいってのやりたくなかったんだよな。

 結局触るのが嫌で実際にやってないし、自分の体では。

「よし、ちょっと行ってくるね」

 言うなり人ごみに割って入って行き、なんとか中心の近くまで行くと。

 

「危ないんじゃない?」

「いいよ、どうせ飛べないだろ」

「なに、パフォーマンス?」

 外周からの転落防止の目的に引かれているテラスの柵を背にした男が、周囲の注目を一身に受けていた。

 えっとなんだ、どういう状況だ、これ。

「すみません、これって何があったんですか?」

 手近な、静観している男の人に聞いてみる。

「これ? あそこの男の人がさ、なんか飛び降りるとか言い出してさ」

「飛び降りる? 死んじゃうでしょ、それ」

「それがね、どうもあの人はそう思ってないらしいんだ。

なんかシステムから切り離された者は自動的に意識が戻るはずだ、とか言ってさ」

「一歩間違えば死んじゃうのに、危険すぎるよ」

「そう、だから今、何人か止めに入ってる」

 なるほど、それがこの現状か。

 

「――ッ!!」

 かと思えば、すぐに騒がしくなる。

 突然、テラスを背にした男が大声を上げ始めたのだ。

 今度はなんだろう。

 そこで耳に意識を集中すると、『聞き耳』スキルが発動した。

「でも俺にはどうしても帰らないといけない理由があるんだ!

このままは嫌なんだ。彼女も家族も友達も、俺の帰りを待ってるんだよ!

就職だって第一志望に受かったし、俺の生活は順調そのものだったんだぞ!?」

 聞けば、どうやら渦中の男は説得する彼らに対して行動の理由を言い放っているところらしい。

 この余りにもリアルが充実してる奴の独特な理由に、ちょっとムっとする。

 そんな馬鹿な事は良いから、いい加減止めろよという気持ちが強くなってきた。

 でもああやって言って騒いでる内は、大丈夫だろう。

 あいつだって注目されるために人を集めた手前、関心がなくなったら止めるだろうし。

 ただ困ったな。

 結局、トリシルの言う通りの収穫なんてないくだらない事だった。

 さっさと狩りに戻ろう。

 周りだって、こんな奴はほっといて解散するだろう。

 なんて思っていたが、甘かった。

 

「なんだと、お前」

「人が折角止めてやったのに、お前」

「なら、さっさと死ねよ」

「そうだ、死ね!」

 どうも雲行きが怪しくなっている。

「死ね!」

「飛び降りろよ!」

「「「死ね! 落ちろ!」」」

 むしろ、真っ黒だ。

 声は、聞き耳スキルを使わなくても聞こえる程、大きなものになった。

 どうしよう、大変なことになってきたぞ。

「ま、あの男が謝れば治まるでしょ」

 声が聞こえて、俺が気が気がじゃないのを見てとったのか、

今まで過程を教えてくれた人が言う。

 確かに、このまま引き下がるのはちょっと決まりが悪いけど、死ぬよりは断然マシだ。

 いくらあの男が調子に乗ったとしても、そのくらいの分別はつくだろう。

 第一止めたとしても、先頭のギャラリーの気を逆撫でしてこっちに飛び火するかもしれない。

 見ず知らずの奴のために、そこまではできない。

 それがここで囲うように人垣を形成している人たちの思考か。

 

 だがもしも、彼が本当に降りてしまったら。

「教えてくれてありがとう、止めてくる」

 そう思えばこそ、止めないわけにはいかないよな。

「止めなよ」

 腕を取られる。

 一瞬、そんな彼の行動の訳がわからなかった。

「そうだよ、止めるほどのことじゃないよ」

「いいじゃん、ほっとけば」

 見れば、教えてくれた彼だけが止めたわけではない。

「あいつが悪いんだから、ね」

 そこで気づいた。

 違う。

 そうだ、違うぞ。

 俺は、思い違いをしていた。

 ここに居るギャラリーの少なくない数の人間は、見てみたいのだろう。

 本当のところ、死んだらどうなるのかを。

 止めなきゃ、やばい。

 このままじゃ本当にギャラリーの透明な悪意が、彼を殺す。

 

「どいてッ!」

「あ、ちょっと」

 俺は乱暴に彼の制止を振り切り、もっと近くへ移動する。

 きっと、まだ間に合う。

 思ったが、しかし。

 渦中の男がゆっくりした動作が柵に上がり、絶望的な表情で一度振り返る。

「俺は、帰るんだ」

 そうして一言、発動中の聞き耳スキルがその言葉を拾った。

 あいつ、本当に落ちる気だ。

 

「オイ、馬鹿ッ! 止めろッ!!」

 駆ける。

 間に合え――そんな願いも虚しく。

 落ちた。

 目の前で、追い詰められた顔をした男が、落ちた。

「……ッ!」

 向かった体は、勢いのまま手すりにぶつかり、

眼下の無限に広がっていると錯覚してしまう程の天空に、彼が吸い込まれる光景を目にする。

 

「うあああああああああああああああああああああ」

 ついで、断末魔が聞こえた。

「……ッ」

 声は、彼が点のように小さく見えなくなるまで耳の中で反響し続けた。

 これも聞き耳スキルの恩恵だとしたら、確かに俺はこのスキルを削除した方が良いかもしれない。

 結局、いち早く異変に気づけても彼を助けることなんてできなかったし。

 それでも削除する気力なんて起きず、俺はそのまま立ち尽くしていた。

 

「あ、いたいた」

 気づけば、周りにいた人垣は散開し、テラス付近にいた人はまばらになっていた。

「トリシル?」

「うん、何があったの?」

「あそこから、人が」

 呟くようにゆっくり、先ほど渦中の彼が落ちた場所を指して。

「飛び降りた。止められなかった」

 別にさっきの彼とは面識があったわけでも、思い入れできるような人でもなかった。

 しかし目の前で人が死んだかもしれないというのは、ショックが大きい。

「自殺?」

「そう、なると思う」

 今一曖昧な返事になったのは、暗に彼の死を肯定したくなかったからだ。

 できれば、彼の言った事が実現していてくれれば良い。

 しかしどうにも、胸の中にはもやもやとした鈍い気持ち悪さが、

さっき見てしまった彼の落ちる光景を種火にして、チリチリとぼやを起こしていた。

 

「……どうなったか、確かめに行く?」

「そんなことできるの? どこで?」

「広場の北の方に、宮殿みたいなのがあったの分かる?

あそこは『黒鉄宮』って言って、死んだプレイヤーが蘇生させられる場所なんだよ」

 だからそこへ行けば、確かめる事ができるかもしれないってことか。

「あの人がどうなったのか気になる。良いかな?」

 俺はトリシルの提案に感謝し、もやもやとした気持ちの解消へ向かう心を決めた。

「いいとも、仰せのままに」

 大仰な動作で迎えたトリシルは微笑んで、同意を示してくれる。

 これには俺も不適な笑みを返し、二人で目的の黒鉄宮へと向かった。

 

 しかし、向かう道すがら、思う。

 あの時の彼は、こう考えたのかもしれない。

 まずは宣言した通りに、飛び降りて死ぬつもりだった。

 しかし、いざ飛び降りようというところで、怖くなったんじゃなかろうか。

 精巧に創られたこの世界は、ゲームとは言え感覚は嫌にリアリティを伴っている。

 なので、彼は恐らく怖じ気づいてしまったんだ。

 ただ、そこで止められていれば良かったが、彼はすでに宣言してしまっていた。

 今から自分はここで死ぬのだ、と。

 そうなるともう、引くには退けない心情があったはずだ。

 そもそも、飛び降りるという行動に出るために煽ったギャラリーなんだからね。

 

 一応、集まったギャラリーは彼を止めていた。

 それはそうだ、万が一にでも失敗すれば、このゲームどころか現実でも永久に戻ることはないのだから。

 だが彼は、ギャラリーの制止の声を聞かなかった。

 いや、正確には聞く前段階にあったのかもしれない。

 というのも、彼が制止するギャラリーに返答した内容から推測できる。

 彼はきっと「やる」と言っておきながら直ぐ様止めては恥ずかしいと思い、

ギャラリーに言い訳を肯定して欲しかったのではないだろうか。

 それが自分が帰らなければならない理由の宣言の真意だと思える。

 ただ、その理由の中身がいけなかった。

 聞いたその場所にいた人々の感情を、逆撫でてしまったからだ。

 あれなら仕方ないとも思えるけど、彼に出せた言い訳はあれが精一杯だったんじゃないかな。

 だから今回の件は、誰が悪いとかじゃないと思いたい。

 皆、心のゆとりがなかったし、この状況に追い詰められてたんだ。

 あえて悪を探すとするなら、そいつは一人だ。

 茅場 晶彦。

 あんたは一体、何がしたかったんだよ。 

 

――それから、この時の話は持論を展開した男が勝手に飛び降りたという噂になっていた。

――誰も彼も『そういうこと』にしたかったからだろう。

――『最初の死者』、その場に居た者達の心情は、推測の域を出ないが、分からない理由じゃないんだけどね。

 

 

【 はじまりの街 黒鉄宮 】

 

 

 宮殿のような造りの建物のその中に、それは鎮座していた。

 金属製の巨大な碑に、無数の名前が掘り込まれている。

 たぶんここに、一万のプレイヤーの名前が刻印されているのだろう。

 その中の一つの名前に、赤い横線が入っていた。

 そうしてその横に、名前を調べると『高所落下』という死亡原因が浮かんだ。

 なので横線の入った名前はきっと、彼のものだろう。

 ゲーム開始からたった三時間で、ゲームに殺された人が現れた。

 これはそれを如実に語っている結果となった。

 

「嘘だろ、本当に死んでる」

「馬鹿な、ありえないだろ……こんな!」

「こんなところにいられるか! 俺は助けが来るまで部屋に鍵をかけて籠もっているからな!」

「いやあああああああああああああああああ」

「死にたくないっ死にたくない」

 阿鼻叫喚。

 始まりの街では、今日だけで色んな色の怨嗟や悲嘆の声が聞こえる。

 流石に、うんざりさせられてきた。

「最高だこの世界、これこそ僕の求めてた世界じゃないか」

 中にはキラキラした子供のような目をする奴も居たが、

あいつだって自分が死ぬってなったら、また違った反応をするだろう。

 でないと、そんなふざけた事を言えるはずがない。

 

「もう行こう、ここに居ると気分が悪い」

「……うん。でも案外、人が多いね」

 黒鉄宮の中は、先ほどのギャラリーの半数がそのまま移動してきたかのか、

広い宮殿内部を埋めるほどではないにしろ、多くの人が詰めていた。

「俺のせいじゃねぇ、俺が言ったからじゃねぇ」

「本当に死ぬなんて冗談じゃない、嫌だ」

「売れば良かった、こんなゲーム!」

「どうすれば、この先どうしていけばいいんだ」

 去り際、まだ声が聞こえる。

 ああ、そう言えば『聞き耳』スキルがまだそのままだった。

 なんて考えていると、ふとさっき聞いた言葉の中の一部分が気になった。

 

「ねぇ、トリシル」

「……なに?」

「仲間って、あと一人は欲しいかな」

「え? まぁ、そうだね。効率は落ちるけど、居た方が何かあった時でも対応できると思う」

「分かった、だったらちょっと待ってて」

「え、ちょっとユナ!」

「すぐ戻る」

 そう言って、うな垂れる彼の元へと駆け寄った。

 

「くそ、どうしてこんな……!」

「ちょっと良いですか?」

 俺は四つんばいでうな垂れた、小太りの男の前にしゃがんで話しかけた。

「な、なんだよ」

 気が弱そうな顔つきなのに、精一杯強がっているのが男からは伺える。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「話?」

 小太り男は、そう言うなりこちらの姿を確認をするように視線を動かし。

「……ッえ!?」

 やったら驚いた声を上げる。

「ん?」

 なんだろう。

 そんな驚くことなんてないのに。

 俺がこのSAOでは珍しい美少女だから、驚いたのだろうか。

「え、ちょ、その」

 でも、どうもそれはちょっと違うように見えた。

 視線が泳いでいる。

 でも頻繁に、ある一点を見ていた。

 どこ、なんて思って視線の先を見ると、

しゃがんでいた為に見えていた俺のパンツに視線がいっていた。

 あらやだ。

「やば」

 すかさず、手でスカートを押さえ、隠す。

 小太りの彼は、これに露骨に残念そうな顔をした。

 わっかり易い奴だな。

 こいつ、絶対童貞だろ。

 童貞のおじさんが言うんだから、間違いないね。

 

「気を取り直して、お話、聞いてくれる?」

 できるだけ可愛さを意識しながら、再び聞いてみる。

「え、うん。話ね」

 すると今度は素直に話ができそうだった。

 これがパンツ効果である。

「さっき売るって言ってたよね」

「……ああ、言ってたよ。それが何?」

「うん、君さ――ベータテスターだよね」

「ッ!?」

 彼は、さっきパンツを見た時よりも一層驚いた表情をする。

 俺も友人に聞くまでは知らなかったが、

テスターの当選者には優待券のようなものが与えられている。

 そのため、俺を始めとした一般プレイヤーとは異なり、

苦労せずにこのゲームを手に入れられるのだ。

 彼は、『売れば良かった』と言った。

 それは彼が『苦労することのなかった、確実にゲームの手に入る奴』であることの証明だ。

 つまり、ベータテスター。

 

「そう、だよ。俺はベータテスターだ。

ベータテストやって、このゲームが苦手だと思ったから、売ろうとしたんだよ」

 暗に、だから何だよ――なんて感情が見え隠れする。

 本当にこいつ分かり易い奴だな。

 うん、まーね。

 俺もその情報までなら、特に気にはかけてない。

「なんで、売るの止めたの?」

 でもそこは気になった。

 売らず、現在もこのゲームをやっている理由は何か。

「……良いだろ、そんなのなんだって」

 当然と言えば当然か、彼はそれを黙秘した。

 

「当ててあげる。ズバリ、VR体験が忘れられなかったからでしょ」

「ッ! どうしてそれを!」

 適当に、というか俺がもし逆の立場だったらで当てずっぽうに言ったら当たった。

 当たっていなかったら別角度から攻めるつもりだったんだけどな。

 理由は、このリアルな非現実に心を奪われていたから、か。

 ま、でもそうだよね。

 VR体験の魅力は大きいもん。

 数時間前に感じていた、新鮮なあの感覚。

 もしも、こんなデスゲームの世界に変わっていなければ、そう易々とは手放せないだろう。 

 

「私だってVR体験を目当てにSAOを始めて巻き込まれたから、気持ちは分かるよ」

 もしこんなことになってなければ、今頃はアバターの服を脱がせてあんなことやこんなことしてるのにね。

 それができないのは、本当に残念なことだ。

「……最悪だよ。こんな、あの時つい封を空けてしまった自分を殴りたい」

 ここで小太りの彼はぽつぽつと話し始めた。

 よし、上手く引き出せた。

「やばいよぉ、どうするんだよ。死にたくない」

「だからって街に居続けても、空腹感を満たすのも寝床にもお金はかかるよ」

 話がループした辺りで切り込む。

「どうしたってその内、安全じゃないフィールドへ出ないといけない」

 

「そこでさ。君、私たちの仲間になってよ」

「え?」

 ここにきてその提案は予想できなかったのか、驚かれる。

「あなたのベータテスターとしての知識、それを活かして欲しい」

 彼の持つ他のプレイヤーに無い優位性を隠すでもなく、強調させる。

 そうして彼に選ばれた事を意識して欲しかった。

 ここまで来て俺じゃない人に言ってくれ、なんて言われたくないもん。

「でも、俺……ゲーム苦手なんだよ」

 良いことばかりではない、という予防線。

 それを彼は張ってきた。

 当然か、過度な期待をされるのも嫌だろう。

「おじさ――私だってそうだよ。でも、だから仲間になろうよ」

 一人より二人、二人より三人だ。

 

「それに、もし本当にゲームが苦手だったとしても平気だよ。

君は苦手だから売ろう、という客観的に正しい答えを考えられる人だ。

それって凄いことだと思うんだよね」

「でも、こうやってプレイしちゃったんじゃ……なんの意味もないだろ」

「大丈夫、仲間になってくれれば私たちがその選択を活かしてみせる」

 正直、腹の黒いお誘いだとは思う。

 彼に逃げ場のようなものを与えずに、一方的に道だけ示したからだ。

 だがお互いの利害は一致しているはずだ。

 その思いから、俺は提案していた。

 

「分かった、仲間に入れてもらう」

 すると彼は渋々といった様子ではあったが、まんざらでもない感じで提案を呑んだ。

「良かった」

 ベータテスターの仲間を得たのは大きい。

 大なり小なり、情報のアドバンテージを得られたからだ。

「私はユナ、君は?」

「俺は……その」

「何?」

「絶対に笑わないでくれよ」

「大丈夫、笑わないよ」

「なら……ファルコン、ファルコンだ」

 うん、ごめん。

 おじさんちょっと笑いそうになっちゃった。

 聞いた瞬間、名前負けしてるなって思っちゃったよ。

 

「ファルコン! うん、これからよろしく」

「こっちらこそ、よろしく頼む」

 そうして、トリシルとしたようにファルコンとも握手をする。

 

――こうして、三人目の仲間を迎えた。




今回までの話が、投稿した動画の注釈と個人的にこうしたかった展開などを意識したものとなっています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。