ソードアート・オンライン アニマ~見た目は少女、中身はおっさん~   作:さんじぇるまん

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ソードアート・オンラインはその設定の面白さから小説を買い漁ってしまった程です。アニメ一話を観た時の衝撃とわくわく感、そういうものを膨らませて形にしたのがこの作品であります。
およそ本攻略のソレとは勝手が違いますが、おっさんという決して良プレイヤーではない彼の物語を、小規模ながら描いていきたいと思いますので、どうか宜しくお願いします。


一話 はじまりの街で

 事の発端は、歳の離れた友人に唆されたからだ。

 触れ込みは、現実じゃできなかったことが、現実のようにできる。

 三十路まで生きてきて、良いことなんて全くなかった俺に、リアリティーの高い仮想現実の体験談は、かなり魅力的な話だった。

――そうして俺はソードアート・オンライン(以降SAO)という仮想現実の世界に、実に二年間ほど閉じ込められることになる。

――女の子としてね。

 

ソードアート・オンライン アニマ ~見た目は美少女、中身はおっさん~

 

 長めの起動を終え、視界が開ける。

 するとそこにあったのは、現実と錯覚してしまうほど精巧に創られた異世界の町の広場だった。

 どうやら急場で揃えた『ワケ有りナーヴギア』であったが、一応は正常に動いてくれているようだ。

 ワケ有りナーヴギア。

 ショップの店員をやってる友人に頼み込み、渋い顔で渡されたのが、この売りには出せないが処分するのも惜しいナーヴギアだ。

 あいつの話では、ナーヴギアに固有に設定されているものより多少出力が低い程度で、動作に支障はないという話だった。

 しかしそれが、ゲームそのものにどういう影響を与えるか分からないため、売りには出せない代物だったらしい。

 出力不足と言っても、元々は顔全体を覆うくらいの出力が、一部をはみ出せる程度に落ちているだけらしく。

 肝心なのは脳全体をカバーできるかどうかなので、誤差の範囲と言っても問題ないレベルの出力不足設定らしいが、そこは日本人。

 完璧なものでないと、市場には出せないという頭らしい。

 ま、何はともあれこうやって無事にできているからいいんだけどね。

 

「そんなことよりも……」

 目の前を行き交う人々を、仮想の視界と聴覚が認識する。

「リアルだ」

 心が踊った。

 本物の目で見ているように観え、本物の耳で聞くように聴こえ、本物の肌で感じるように解る。

 まさに仮想現実とは、このことだ。

「ついにマトリックスも映画の話じゃなくなったのか、感動もんだ」

 アホみたいに口を開けながら視界を動かし、SAO内世界の全百層からなる舞台、『アインクラッド』出発点の第一層《はじまりの街》の景観に見惚れる。

 科学の進歩は、ついに二次元へ行く方法を確立してくれたのだ。

 ああ、生きていて良かった。

「さて、と」

 ひとしお感動したところで、いよいよ行動を開始することにする。

 第一にして最大の目的を達成させるべく走る、理由は簡単だ。

 

 人通りのない裏路地のようなところに、ちょうど良い高さに民家の窓が鏡代わりになるのを発見したところで止まり。

「お、おお! これが俺か!」

 思わず、叫んだ。

 そこに映っていたのが冴えない三十路のおっさんではなく、美少女だったからだ。

 なぜ、と思っている人もいるだろう。

 だがそれは、俺が下心から自分の分身を女性アバターに選んだためだ。

 俺、女の子大好きなのよね。

 スカートたくしあげとか、人に頼んでもやってくれる人は限られるし、雰囲気ってもんも大切になってくるから面倒なことこの上ない。

 それが自分なら、好きな時に好きなだけおっぱい揉んだりおしり触ったりできる。

 最高じゃないか。

 気持ち悪いのは百も承知だ、生まれてこのかた彼女かいなかったのは伊達じゃない。

 と、言うことで早速、触診……開始。

 試しに、剥き出しだった肩口を触ってみる。

 柔らかい、さらにスベスベだ。

 どうして男と女では肌の柔らかさがこうも違うのか、不思議でならない。

 そしてこの感触を実現してくれた製作者である天才、茅場という人には感謝してもし足りない程の敬意を表する。

 では、いよいよ。

 女体化モノの恒例、おっはい確認を。

「……硬ぇ」

 できなかった。

 

 胸部を覆っている防具が、邪魔をしてくれている。

 外そうにもなんか服と一体になってる感じで外せない、もうシステム側がそういうゲームじゃねぇからこれ!とか言って邪魔しているとしか思えない。

 ならばスカートをたくし上げ、パンツの色でも拝みたかった。

 けれど当然のように、民家の窓では上半身しか映らない。

 つまりおっぱいも触れない、パンツも見えないのだ。

 くそ、フラストレーション溜まる。

 が、ここは一先ず冷静になろう。

 美味しいものは最後にとっておくのと同じだ、そう考えて今は諦めることにした。

 なにも、今日で世界が終わる訳ではないないのだから。

――なんて考えていたが、呑気にこの手のゲスいことを楽しめたのはもうこの時だけだった。

「あれ?」

 およそ説明書など読まず、やり方は感覚で覚えるという自称実践派なせいか、ログアウトのやり方が分からないことに気づくのには、必要が迫ったその時になってようやく気づかされた。

 友人からは、キャラを作ったら連絡くれなんて言われてたから、一旦やめて連絡しようとしたんだけど。

 どうすればいいのだろう。

 ゲームを開始する時は、「リンクスタート」という言語命令が必要になったなら、その逆をするのかな。

「リンクアウト!」

 試しに叫んでみるが、変化はない。

「リンクカット! リンク、終わり! 終了!」

 ひたすら近いだろうセリフを叫ぶが、効果はなかった。

「仕方ない」

 ここは大人しく、若い子らに聞いた方が早そうだ。

 しかし一人身の時間が多かった所為か、考えを切り替える時に独り言が出てしまう癖は、直した方がいいかもしれない。

 リアルなネトゲなもんだから、つい口を出てしまう。

 誰かに聞かれたら、恥ずかしいもんなぁ。

 

【はじまりの街:広場】

「あ、でたでた! これがメニューね」

「そう、そんで一番下の方にログアウトって表示あるから」

 広場に戻り、適当に人待ちをしていたらしい男性プレイヤーに声をかけると、快く教えてくれた。

 年下の子に、この手の分かってしまえば簡単なこと聞くと、決まって不機嫌そうな対応されるのだけど。

 これが美少女とおっさんの扱いの差か、ただし美少女に限るというやつだろう。

「いやーありがとう、助かったよ」

「いいよ、それよりさ。君、初心者? もし良かったら一緒に狩りいかない? 色々教えてあげるよ?」

 感謝して離れようとしたら、手をとられて一気に捲し立てられる。

 これはアレか、ナンパなのかね。

 驚きだね、生まれて初めてナンパされたよ、男に。

「えっと、ごめんね。おじさんこれから用があって……」

「おじさん? まさか、お前」

 あ、やべ。

 つい癖で、年下に使う一人称をいつもみたいに言っちゃったよ。

 だが時、すでに遅しとはこの事か、いままで好青年にしか見えなかった彼の顔は、不愉快を顕に映し出す憎らしげな顔になっていた。

「ネカマかよ、くそ! しかもおじさん? 優しくして損したわ」

 あからさまに腹をたてるプレイヤー、こっちが男だと分かった瞬間から素早い変わり身だ。

「おい、おっさんなら良い歳してネカマなんかしてんじゃねーよ」

「期待を裏切っちゃったようでごめん。だけど、性別を変えるのも楽しみかたの一つだと思うんだよ。そう目くじら立てなくとも――」

「自由なもんか、紛らわしいんだよ」

 それだけ吐き捨てると、親切に教えてくれた彼は、さっさとその場を離れてどこかへ行ってしまった。

「何もあんなに怒らなくともいーだろ」

 短気は損気とも言うし。

 でも、今後は気を付けた方が良さそうだ。

 ネットゲームで女性キャラを演じているオカマ野郎、通称ネカマだとバレないようにしないとな。

 今みたいなのは早々ないだろうが、隠すに越したことはなさそうである。

 さて、それはそうと。

 ログアウトの方法は聞けた訳だから、さっさとあいつと合流しよう。

「一番下の方に、ログアウト」

 言われた通りに探してみる。

 が、一番下には謎の空欄があるだけで、ログアウトなんて文字は存在していなかった。

「……ないじゃない」

 嘘を教えられた可能性は、たぶん低い。

 まだネカマばれしていなった時に聞いた話であるし、何よりさも当然のように教えていた彼の動作が演技であったようにも思えないからだ。

 もしかしたら、訳有りナーヴギアの所為かとも一瞬、思う。

 いや、だとしてもハードの不具合がソフトに影響するとは思えない。

 ログアウトできないなら機器側の不備だと分かるが、ログアウトが選択不可能というのは明らかにシステム上の不備だろう。

 となると、運営サイドの不具合と考えるのがナチュラル。

 それが最も可能性としては、あり得そう。

「それなら、待ってればどうにかなるよな」

 楽観的に考え、折角開けたメニューを操作する方に興味を移す。

「装備、これは!」

 メニュー欄の一つに設定されているそれを見て、これを弄ればおっぱい触れるかも、という期待を胸に、早速開いてみる。

 するとあった、『全防具解除』のボタン。

 小さくガッツポーズを決め、逸る気持ちのまま、それを選択しようとして、止めた。

 良心に責められたのではない、今自分がどこに居るのか改めて気づいたからだ。

 流石に広場で防具を取り、自分のおっぱい揉みだすのは怪しすぎる。

 後にしよう。

 望むものが手にはいるとわかったのだ、最早焦りやもどかしさを感じる必要もない。

 その心が、欲望に歯止めを効かせた。

 それよりも、新たなものが気になっていたのだ。

「うわ、本当に結構あるなー」

 友人から聞かされていた、魔法がない代わりに設定されている多種多様なスキルの一覧を目の当たりにして、圧倒される。

 スキルは戦いの基本となる武器の使用によって上昇する『片手剣』『細剣』『斧』などから、生産を目的に設定されている『鍛冶』『細工』。

 戦闘をサポートするためのものだろう『隠密』『索敵』や、趣味スキルにしか見えない『釣り』『料理』なんてものから、『聞き耳』なんてのまである。

 そうして、自分のスキルスロットらしき場所の空きは二つ。

 これは一度に装備できるのは二つまでで、スキルを使用する度に付け替えを要求されるということなのかな。

 なににしろ、これは面白そうだ。

 友人の話では、熟練度を上げることでできることも増えるらしいし。

「……楽しみだな」

 ネカマとして矮小な欲望を満たすためだけでなく、俺はこの世界に大きく期待し、本来のゲームを楽しむように気持ちが動き始めいた。

 

 矢先の事。

 突然、聖堂に吊られているような鐘が鳴り響くような大きな音が、世界に反響する。

 この瞬間から、忌々しいデスゲームが始まった。

 

 

 ゲームの世界で死亡すれば、現実でも死ぬ。

 それはこのゲームがクリアされるまで継続される。

 さらに少なくとも、二百十三名が死んだ。

 曰く、それはゲームを強制終了にしたためらしい。

 

 冗談みたいな、現実だった。

 ついに稼働を始めたフルダイヴ型MMORPGを、本来ならば友人と共に満喫しているはずだったのにこの様だ。

 大勢の熱狂的なゲームプレイヤーや、このゲームに興味を持った俺のような一般人も、初期生産数がわずかの一万本であったこのゲームを入所した際、

それぞれ何かを期待し、思い描きこのゲームを起動させたはずだ。

 しかし、俺を含めた大勢の予想は裏切られた。

 今やここは、SAOというゲームそのものは、一万人を理不尽の檻で閉じ込めた監獄と化したからに他ならない。

 

 それらは全て、SAOの生みの親である茅場晶彦が明言した。

 彼は本来運営サイドのゲームマスターが装う深紅のフード付きローブを纏い、

体長20メートルはあるだろう巨人として広場の上空から俺を含めた約一万人のプレイヤーの説明をしてのけたのだ。

 

 無茶苦茶がすぎる。

 俺がプレイヤーネーム『ユナ』として開始したこのソードアート・オンライン。

 三十路に達したおっさんである俺が、わざわざ女の子のアバターを選んで色々と個人的なあれこれをするはずが、この結果とは笑えない。

 天罰と言われれば致し方ないかもしれないが、純粋にこのゲームを楽しみにしていた奴らには堪ったものじゃないはずだ。

 その証拠に、先ほどから茅場扮する赤ローブの巨人は非難轟々の体にある。

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう』

 しかしそんなものなどお構いなしの彼は、右の白手袋をひらりと動かし、一切の感情を削ぎ落とした声で続ける。

『諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 アイテムストレージ、アイテム欄のことね。

 一々横文字使わないで欲しい、おじさんはそういうの苦手なんだよ。

 ちょっとだけ思考停止しちゃったじゃないか。

 

 しかし、彼の言った事には反応せざるをえなかった。

 やはりこのゲームに放り投げて、はい終わりってわけじゃなかったということだったからだ。

 死ぬのが当たり前みたいなゲームの世界で、「死んだら終わりにしたから頑張ってね」ではあまりにも理不尽だ。

 せめて何がしか、この世界で生きていくのに必要な支援アイテムをくれないものかと期待していた。

 何をくれるのか早速確認すべく、アイテム欄を呼び出す。

 呼び出し、たいんだけど……どうするんだ。

 これもおっさんのなせる業か、周囲が茅場が用意したというアイテムを手元に出してる最中も、メニュー画面で四苦八苦していた。

 

「……なにこれ、手鏡?」

 もう自分で確認するのも億劫になったところで、隣の人間が発したその独り言に反応する。

 すると隣の美少女は、手のひらにシンプルなデザインの手鏡を持っていた。

 あれが用意したっていうアイテムなのか。

 えらく、何に使用されるものなのか見当のつかない代物だな。

 なんて思っていると、手鏡を出した美少女アバターを、白い光が包んだ。

 彼女だけじゃない、見れば周囲の一人一人を余さず、その白い光は包んでいた。

 勿論、俺のアバターも例外ではなかった……はずだが。

 

【 Error 】

 

 赤枠にその英文が表示されるだけで、これと言って変化は起こらなかった。

 なんだこれ、エラー?

 何に対してのエラーなのかさっぱり分からない。

 そもそも何が起こったんだ。

 そう思い、周囲を見回してみると、答えはすぐに分かった。

 

 いままで俺の周囲を揃い踏みしていた美男美女の集団が一変。

 年二回開催される同人誌即売会に来る、俺みたいな奴らがコスプレして集まった様相を呈している。

「これ、俺だ!」

「私? なんで!?」

「な、なんじゃこりゃ」

 動揺。

 声を聞く限り、様変わりしたアバターは全てプレイヤーのリアルの姿であるようだ。

 隣に居た美少女も、ブ男が女装しているという、現実では悲惨としか言い様のない光景を生んでいる。

 プレゼント、という言葉にしか注意がいかなかったが……やられた。

 茅場はSAOを現実であると認識させるため、どんな手段を使ったのかは不明だが、アバターのリアル化をやってのけたらしい。

 これは暗に、よりリアルにHPが0になったら死ぬゲームということを印象つけようとしての行動だろう。

 まさか、プレイヤーを現実の姿に変えるなんて……笑えない話にも程がある。

 

「あれ?」

 つまり、そうなると俺も変わってる可能性がある。

「……だとしたら、まずい!」

 今や俺も女の子の服着てる男の一人だ。

 隣の元美少女のように、醜態を晒している可能性は高い。

 すぐさま、股間をまさぐる。

「……ない!」

 良かった。

 下半身は未だに線の細い、女の子のままだ。

 顔を触った感じも、仕事の前の髭剃りで触ってる顔の感じとは違う。

 変化してない、俺だけは。

 だが、どうして俺だけ助かったんだ。

 

 そこでふと、気づく。

 あの手鏡を出していなかったことが関係しているんじゃないか、と。

 あれを取り出すことが、もしかしたらアバター現実化のトリガーになっていたのかもしれない。

 誰だって、あの状況で何かくれるというならいち早くチェックしただろうし。

 俺のようにすっとろく操作してる奴なんて、逆に珍しかったんじゃないだろうか。

 きっと、それがこの結果に繋がったんだろう。

 今は周囲が手鏡を出した奴しかいないから分からないが、俺と同じ状況の奴もきっと要るはずだ。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。

プレイヤーの諸君の――健闘を祈る』

 

 物思いにふけっている最中、そう言って上空に音もなく上がった茅場のアバターが、

いままで上空を覆っていたメッセージに溶け込むように同化し、消えた。

 俺は茅場扮する赤ローブがそうやって消えるのを、なぜか呆然と見送ることしかできなかった。

 驚くべきことが続きすぎて、それだけ思考が追いついてないのだ。

 だが彼が消えて、暫く経ってから、それは起こった。

 

 まず悲鳴。

 次に大音響の怒声からなる声が、広場に溢れた。

 皆、思い思いに叫び声を上げる。

 中には、未だにチュートリアルが終わってないと高をくくり、平然とする者もいる。

 だが大多数が、この理不尽に声を荒げていた。

 俺も正直、一緒になって叫び声をあげたいところではあった。

 けれど今はそれよりも、ゲームを終了できないデメリットの方にばかり考えがいく。

 だってそうだろう。

 まだ冷蔵庫の中には買い置きされた食材とかが溜まってる。

 これを放置しすぎるとやばい、ゴミ袋のゴミ出しだってどうなるんだ。

 干しっぱなしの洗濯物だってそうだ。

 後、これからは仕事にいけない。

 ぶっちゃけそいつは嬉しくて仕方ないけど、逆にやばい。

 どうやって俺は、ゲームをしながら生存することになるのか不明だからだ。

 こんな大事が起これば、開発元である《アーガス》が損害賠償をする事になり、

その金で命の保障は一先ずされるかもしれない。

 けれど、いくらアーガスが大企業とは言え、一万の保障を請け負えるのか。

 また、賄えたとしてもどれだけの期間がそれが可能なのか。

 先行きを考えると、それだけでうんざりしてくる。

 

「クライン、ちょっと来い」

 ふと、近くでそんな声が聞こえる。

 その声が周囲の悲鳴の中、耳に届いたのはやたらと落ち着いた声色だったからだろう。

 それも、その声の主と思える奴が、荒れ狂う人垣を縫って、足早に長身の男を引いて足早に歩いていく。

 向かっているのは、広場を出て街中へ進む方向。

 どうしたんだろうと、俺はここでこの二人組みが妙に気になって後を追うことにした。

 

【 路地 】

 

 二人は、広場から放射状に広がる幾つもの街路の一本に入り、停まっている馬車の陰に飛び込んだ。

 俺も続き、二人の隠れた馬車の丁度反対側に張り付き、始まっただろう二人の会話に耳を傾ける。

「……――」

 けれど、少し距離が離れているからか声量が小さい。

 これでは肝心な話が聞き取れないかもしれない。

 かと言って、二人に近づきすぎてはバレてしまうし、何より怪しい。

 となると、ここでピンときた。

 

 素早くメニュー画面を呼び出し、先ほど試しに弄っていた画面を呼び出す。

 俺は一度もやった事ないことは苦手でも、繰り返すことは得意である。

「あった! スキル、『聞き耳』」

 俺はそれを素早く選び、自分の二つしかない空きにセットさせる。

 すると先ほどまでか細くしか聞こえなかった声が、明瞭に、目の前で聞いているかの如くはっきりと聞こえた。

 

「――。お前も重々承知だろうけど、MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。

システムが供給する金とアイテムと経験値を、より多く獲得した奴だけが強くなれる。

……この《はじまりの街》周辺のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇するだろう。

モンスターの再湧き出しをひたすら探し出すはめになる」

 二人組みの片方は、まくし立てるようにそう言っていた。

 リソースの奪い合い、だと。

 言われてみれば、確かにモンスターの湧き出しはある程度限定されてるはずだ。

 そうして今は、一万人のプレイヤーがほぼ同時にスタートを切った。

 最早命が掛かっているのだ、我先に強くなろうと、皆躍起になってレベル上げを始めるはずだ。

 そうなると当然、狩場がなくなる。

 長身に話していたのは、つまりそう言うことだろう。

 

 であれば、ここでこうやって聞き耳なんて立ててる場合じゃない。

 こうしちゃいられない。

 俺は思うが早いか、先ほどの広場に戻った。

 何をするためかと言われれば、やはりそれは一つしかない。

 俺は三十年の生活で、自分がどん臭く鈍いことを理解している。

 そんな俺が、一人でこの世界を生きていくのは流石に厳しいはずだ。

 だから仲間を、探す必要があった。

 

【 広場 】

 

 戻っても、先ほどの混乱から続く混乱は相変わらずだった。

 これなら逆に考えて、目当てのプレイヤーを発見するのは楽かもしれない。

 そう、目当てのプレイヤー。

 誰と組むかによって、これからの生存確率というのが、様変わりするだろうことは簡単に想像できる。

 何が何でも、強い人間と組めばそれだけで生存率は段違いに上がる。

 だが、皆とスタート地点が同じである現在、強いか弱いかの判断はそれだけ難しい。

 だから理想は強さや弱さではなく、突っ走り気味の俺を制してくれるような冷静な奴。

 こんな状況でも、ひとまず冷静さを保って状況を静観できるような人が望ましい。

 それも、できれば男が良い。

 忘れがちだが、俺は今だに女性プレイヤーの皮を被れている。

 だから本物の女性と組もうものなら、ボロが出てこの皮を剥がされてしまうかもしれない。

 それに、誘うのが男なら尚もネカマであれるというのは大きい。

 もしも俺が、今の俺が動かしているアバターのような女の子から、仲間になって欲しいと誘われたら二つ返事で了承できる。

 それが果たして、どれだけ使えない子であっても……だ。

 男ってのは、そういうもんなんだ。

 だから狙うは男、それもできれば若くてこのSAOに適応してそうな子が理想的だ。

 

 本当は、俺をこのSAOに誘った友人を発見できれば良いんだけど。

 この一万人も居る人並みから探すのは、絶望的すぎる。

 それにさっきの二人組みのように、すでにこの人ごみから移動してる可能性だってある。

 いくら顔が似てるからって――あれ。

 居た、かもしれない。

 何の気なしに、周囲を見ていると、見覚えのある横顔があったのだ。

 

「おい、お前! もしかして――ッおわ!?」

「うわぁッ」

 思わず駆け出し、そいつの名前を呼ぼうとしたところで、誰かとぶつかった。

 リアルだと、昔にちょっと鍛えてたことがあったから、相手を跳ね飛ばす事も多い俺だが、

このSAOの世界だと流石に線の細い女の子であるトコの俺が逆に跳ねとび、尻餅をつく結果となった。

「……いた、くない」

 つい反射的に、痛いと言うところだったが、不思議とその感覚はなかった。

 そう言えば、痛覚は遮断されてるんだった。

 なんか倫理規定がどうとかって理由だったっけか、兎に角そういう理由で痛覚はカットされている仕様であった。

 

「……大丈夫?」

 すぐにぶつかってしまった相手だろう人から、声をかけられる。

 相手は、利発そうな眼鏡をかけた中学か高校生くらいの若い子で、中世的な顔立ちの子だった。

 男キャラの服を着て、髪型もそれであるからきっと男だろう。

「大丈夫です、はい」

 痛覚はないものの、ちょっと痺れた感じがする。

 これでダメージを受けた感覚とかを把握しろ、ということか。

 倫理に反しない程度には、工夫はされてるんだなぁと関心する。

 もしこれがモンスターに攻撃された後だとしたら、暗示的にその部分が痛いと感じるかもしれないし。

 

「あと、その、見えてる」

「? 何が?」

「その……それが」

 なんだよ、はっきり言ってくれ。

 とは思ったが、指された方向を見て、理解する。

 ああ、パンツが丸見えの状態で尻餅ついてるじゃん、俺。

 これから女キャラを演じる上で、こういう時にも気をつける必要がありそうだ。

 

「これは失礼しました」

 そそくさと立ち上がり、スカートを直す。

 なんかこの履物、今一慣れないからついうっかりパンモロになるかもな。

 思えば、女性って奴はやたらスカートを気にしていた気がするが、こういう事故を防ぐためだったのか。

 変な状況で関心させられてしまうな、案外苦労してんだな女の人も。

「……わた、いや、えと、俺?――は別に良いけど、ごめんなさい。何か急いでたみたいなのに」

 急ぐ。

「あ」

 あいつを、追わなくちゃいけないんだ。

 思い出すなり、周囲を見回す。

「……いない」

 が、見失ったようだ。

 一気に愕然とする。

 

「……ごめんなさい」

 相当落ち込んでいるように見えたのか、重ねて謝られる。

「え、いいよ。こっちこそ、ごめんなさい」

「……本当にごめん、何かお詫びできればいいんだけど」

 お詫び、ね。

 もしも彼が女キャラだったら、冗談半分本気半分でパンツ見せてとでも言う所だったけど。

 お詫びと言っても、単純に『アイツだったかもしれない奴』を見失っただけだし。

「お詫びなんて言っても……」

 何より、相手も悪気があったわけでもなく、俺の過失も多分にあるからな。

 そんな仰々しいことをしてもらうまでのことでもないだろう。

 が、一つだけ頼めることはあった。

 

 そういえば、目の前に居る子は男の子だ。

 さらに、この状況にも特別動揺しているようにも見えない。

「なら、さ」

 そこで提案してみた。

「これから先、色んな事が起こるかもしれない。そこを『女の子一人』で行動するのは、危ないでしょ?」

 自分で女の子と言うのも白々しいが、そこをあえて強調して言う。

「だからさ、私の仲間になってよ」

 有無を言わせないよう、詰めるように言い切る。

 命令的に聞こえるように尊大な態度で言ってはみたけど、内心ビクビクしながらの言葉だった。

 だって、今の反応で本当の女の子がこんな言葉使いや言い方するかって疑われたらとか思っちゃうし。

 何よりこれで断れたら、恥ずかしすぎる。

 

「……俺で良いなら、喜んで」

 澄まし顔の青年は一転、晴れやかな笑顔を見せると、静かにこちらに手を出し出してきた。

 良かったと安堵しながら、俺は彼の――トリシューラの手を取った。

 それは俺がこの世界に来て始めて触れた、人の温かさを持っていた。




折角、無理なく性転換モノができるんです。
やらない手はないでしょう。
リアルに考えても無理のないものというのは、個人的にはそれだけである種の良さがあると思います。

手鏡について、色々と思う方はいると思いますが……
原作者があれは強制的に変わった、手鏡は関係ないと言っているのでその通りにしているつもりです。
つまり、おっさんが手鏡出してないから大丈夫だったんだろうと考えているシーンは、単純におじさんがそう思い込んでいるだけだったりします。
しかし実際にはおじさんは変化せずにそのままなのは、後々理由を出します。
今出さない理由はお察しください。
原作遵守で進みますの看板に恥じないよう、原作には敬意を持って書かせていただきます。
ただし、設定の自己解釈がその領域を侵犯する可能性も多分にあるので、その辺りもなるべく気をつけてやっていきますのでどうか宜しくお願いします。

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