SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 新年、明けましておめでとうございます。今年もまたよろしくお願いいたします。


九十二話 買い物と……

 キリト サイド

 

 「―――こんの……いい加減にしろぉ!!」

 

 そう叫びながら、NPCガンマンの脳天に渾身の踵落としを炸裂させる。本来ならば軽く触れる程度で十分な所なのだが、今の俺は幾分虫の居所が悪いためこうした。なぜならば、弾除けゲームのNPCの奥の手が、余りにも理不尽極まりないものだったのだ。そう、弾切れのリボルバー拳銃から、ノーリロードで六発のレーザー(・・・・・・・)をぶっ放すという、運営クリアさせる気ゼロだろ!?と言いたくなる反則技だ。

 弾道予測線(バレット・ライン)なるこのゲーム専用のシステムアシストではなく、カーディナルシステムにおける共通点からNPCの視線で狙いを読む事で攻撃を察知できた俺は現にクリアできたが、普通のGGOプレイヤーがこの洗礼を浴びていたら……穴だらけにされて、運営に猛抗議するんじゃなかろうか。

 

 「オーマイガァァァ!」

 

 一撃見舞った後にガンマンの前に着地すると、彼は両手で頭を抱えてそう叫んだ。直後に盛大なファンファーレが鳴り響くと同時に彼の頭上にある、プール金額が表示されたネオンが扉の如く開き、そこから大量のコインが滝となって流れてガンマンに降り注ぐ。咄嗟に飛び退ったので事なきをえたが、その頃にはもう、ガンマンはコインに呑み込まれていた。次いで賞金を獲得した事を知らせるウインドウが現れ、OKボタンを押すと周りのコインが消失。それでリセットされたらしく、NPCガンマンは何事もなかったかのように起き上がり、お決まりの挑発的なセリフを再び喚き散らした。

 

 (……こんなインチキゲームをやりたがる物好き、そうそういないだろ)

 

 多分ギャラリーの誰かが運営に文句を送り、全GGOプレイヤーがこのミニゲームに手を出さなければ……多少は難易度を下げてくれるか、別の内容のものに置き換わるかはするだろう。

 

 「お疲れさん」

 

 「ああ」

 

 そんな益体の無い事を考えながらクロトのもとへ戻りハイタッチ。軍資金は確保できたし、これで漸く買い物ができる―――そう思った時、もう一人の同行者の唇から、掠れた声が零れた。

 

 「あ、貴女……一体どういう反射神経しているの……?特に最後、目の前二メートルくらいからのレーザーを避けた……あんな距離だともう、予測線と射撃のタイムラグなんて殆どない筈なのに……」

 

 水色の髪を揺らして問い詰めてくるシノン。今の相棒ならば絶対に見せてくれない姿が新鮮に感じられ、’もっと驚かしてやりたい’などと沸き上がってきた悪戯心のままに、俺はにこやかに彼女へと告げた。

 

 「だってこの弾避けゲームって、予測線を予測する、ってゲームですよね?」

 

 「よ……予測線を、予測ぅ!?」

 

 可愛らしい叫びを上げたシノンのみならず、それを聞いたギャラリーまでもがあんぐりと口を開けて仰天するさまが何とも可笑しくて、俺はこみ上げてくる笑いを隠さずに歩き出した。

 

 「お前……ちょいとハメ外し過ぎだっての」

 

 「あっはは、偶には良いだろ?」

 

 唯一いつも通りの呆れたリアクションをする相棒に小突かれても、俺は暫く上機嫌のままだった。……までは良かったのだが。

 

 「―――なあ、このアサルトライフル?……ってやつ、こっちのサブマシンガンより口径が小さいのに図体がデカいのは何でだ?」

 

 銃の知識なんてからっきしな俺では、それぞれの違いなど分かる筈もなく……どの銃を選べばいいかという初歩で詰まってしまった。

 

 「あー悪い、オレも知らん。結局は個人の好みやこだわりに合うかどうかだし。直感でピンときたモンで……」

 

 「どうした?」

 

 「あったわ、お前のストライクゾーンど真ん中の武器」

 

 そう言って此方に手招きをする相棒。素直にその背中を追っかけて行くと、陳列棚の端っこまで案内された。

 

 「―――フォトンソード、つまりは剣だ」

 

 「け、剣!?」

 

 「おう、剣だ。……ま、ネタ装備だけどな」

 

 彼の言葉の意味に首を傾げていると、少し遅れて後を追ってきたシノンが怪訝な表情でクロトを睨んだ。

 

 「ちょっとあんた、自分のツレにそんな武器使わせるなんて正気?」

 

 「さっき見てたろ、コイツなら銃撃掻い潜ってぶった切れるって」

 

 こちらを気遣ってクロトにあれこれ言う彼女の意見はこのゲームのセオリーに沿ったものなのだろう。その厚意はありがたいのだが……この世界に馴染んでいる上で俺の事をよく分かってくれている相棒が薦めてくれているのだから、件のフォトンソードとやらが俺には合っているのだろう。先程のネタ装備という発言が妙に引っかかるが。

 

 「さっきのはハンドガンだったでしょ。普通の連中のメインアームは大体アサルトライフルやサブマシンガン……さっきよりも長距離から、フルオート射撃されたら蜂の巣になるわよ」

 

 「ま、まあまあ。こうして売っているって事は、それなりに使える筈ですよ。きっと」

 

 「……今のリスクを分かった上で、貴女がそう言うのなら、止めはしないけど……」

 

 心配そうに見つめる彼女に大丈夫だと微笑むと、俺はパネルを操作しマットブラックの塗装が施されたフォトンソードを購入した。何処からともなくすっ飛んできたロボ型NPCが持ってきた実物を受け取ると、右手に握って持ち上げる。

 

 「今親指のトコにスイッチあるだろ?それを上に動かせば刀身が出る仕組みだ」

 

 「……それってモロ被りじゃないか?某有名なリアルロボット作品とか、SF映画とかで登場する光の剣と」

 

 「まあな。えーっと、名前がカゲミツG4……Gって事はALOの長剣クラスか。良かったな、間合いは向こうと同じくらいだぞ」

 

 「詳しいのね。っていうかアルファベットに意味があるの?」

 

 「おう。数字がカラー、アルファベットがリーチを示していてな。Aから順に刀身が長くなっていくんだよ」

 

 今までの話の流れから察するに、かなりマイナーなカテゴリらしいこの武器について妙に詳しい相棒が気になるが……大方この世界に来たばかりの頃に、俺と同じように興味を惹かれて調べた事でもあるのだろう。つるんでから今日まで、殆ど同じVRゲームをやり込んできた訳だし。

 スイッチを操作すると、僅かな唸りを上げて光の刀身が現れた。長さは一メートル強と相棒の言葉通りで、断面は完全な円形。特に刃の方向性は無く、最悪刃筋を気にせず振るっても問題はなさそうだ。試しに『バーチカル・スクエア』を繰り出すと、圧倒的な軽さ故の慣性の抵抗の無さに少し違いがある程度で、それもその内慣れるだろう。

 

 「―――さて、次は牽制用のサブアームだな。残金幾らだ?」

 

 「えぇっと……十五万ちょい」

 

 「やたらと高いのね、光剣って……防具も考えると、ハンドガンかしら。BoBに出るから実弾銃、それも牽制用ならパワーよりアキュラシーの高いやつ……弾代だって残さなきゃならないし……」

 

 「光剣薦めたのはオレだし、最悪弾は何とかするさ」

 

 クロトの言葉に、シノンが不意に目を細めた。

 

 「P90使いのアンタの弾じゃ、互換性が無いじゃない。ハンドガンは基本九ミリ弾で、五・七ミリ弾を使うヤツなんて…………あったわね」

 

 「弾代は出すって意味で言っただけで……おいシノン、今’あった’つったか?マジで?」

 

 「ええ、FN・ファイブセブン。P90と同じFN製で弾を共有できるから、コイツに分けてもらえばいいわ。予算ギリギリだけどね」

 

 「じゃ、じゃあ、それにします」

 

 台詞の後半から、相棒より毟り取れと言わんばかりの笑みを浮かべる彼女の圧に押された訳では無いが、無知な俺が下手に意見するよりは素直に従った方が良いと判断したのでこちらも購入する。

 

 「あとは防具ね」

 

 「わかりました」

 

 防弾ジャケット、ベルト型対光学銃防護フィールド発生器等々の小物装備を購入したところで稼いだ金は殆どなくなってしまった。

 

 「―――うし、大体こんなもんだろ」

 

 「あー、クロト……」

 

 買い物を終えたつもりで外へと脚を向けかけた相棒に声をかけてから、恐らく人生で初めてになる頼みをコイツに聞いてもらうべきかどうか、葛藤する。普通に考えれば、彼に頼んで解決する望みは薄いのだから。しかしだからと言って、好意的であるとはいえ初対面のシノンに告げるのも憚られたので、やむなく目の前の少年に頼る事にした。

 

 「その……何か持ってないか?髪縛るヤツ……」

 

 「は……?あ、いや、そうか……そんな長髪してねぇもんな、いつもは。さっきからちょくちょく気にしてたみたいだったし」

 

 「……正直切りたい。バッサリと」

 

 今のストレートなままでは、激しく動いた時に邪魔に感じてしまう。先程の弾避けゲームならまだ何とかなったが、BoB中に気が散ってしまったら目も当てられない。

 散髪等の大きな髪型の変更は基本的にどのザ・シード規格のタイトルでも有料だ。GGOでの相場は分からないが、ALOと同程度とするならば、必要な課金が中々にお高い額になる。この姿でいるのが二日間だけという事もあり、課金するのは非常に勿体ないと感じてしまうのだ。

 

 「んー……ロープじゃ太すぎるし、ワイヤーは硬すぎて縛れねぇし……丁度いい紐あったっけ……?」

 

 とりあえずといった感じで自分のストレージ内を漁る相棒の様子から、多分希望に沿ったアイテムは無さそうだ。男のコイツがそんな物都合よく持っている方が珍し―――

 

 「……ブービートラップ用の紐ならあったぞ。耐久値が低いのが不安だが」

 

 「それでいいよ。無いよりずっとマシさ」

 

 ―――訂正。コイツ本当に頼りになる。ALOじゃケットシーだし、時々某猫型ロボットと同じくらいに便利なヤツだと感じるなぁ。

 

 「ほれ、使えよ」

 

 「ああ、ありが―――」

 

 相棒の手の上にオブジェクト化された細い紐を受け取ろうとして、しかし俺はその手を止められた。

 

 「待ちなさい!アンタ、いくら何でもガサツ過ぎるわよ!」

 

 「はぁ……またかよ。仕方ねぇだろ?手持ちにコレしかねぇんだから」

 

 我慢ならないとシノンがクロトを睨むが、当の相棒は好きにしろとばかりに肩を竦める。俺も何故彼女がここまでムキになってクロトに突っかかるのかが分からず、首を傾げるばかりだ。

 

 「貴女まで……いいから後ろ向きなさい!」

 

 「は、はい!」

 

 多分今のシノンには逆らってはいけない。その直感に従い、俺は彼女の言う通りに背を向ける。

 

 「―――全く……せっかく綺麗な髪なんだから、もうちょっと大事にしなさいよ……今ならシュピーゲルが’勿体ない’って言ってた時の気持ち、何となくわかった気がするわ……」

 

 「え、えーっと……?」

 

 背後でブツブツと独り言をつぶやく女の子の表情は窺えず、さりとて振り返って確かめる事もできない。親友へと助けを求めても、お手上げとばかりに首を横に振られた。

 

 (そりゃないぜ……)

 

 嘆きたくなった言葉を呑み込んでいると、二度、三度とシノンがこちらの髪を弄っているのが感じられた。上から下へとスーッと軽く引っ張られるような感覚から、多分手櫛でもしているのだろうか?初めての感覚で、何ともこそばゆい。

 

 「お洒落目的じゃないって言っても、あんなもので雑に済ませるのは論外だし……とりあえず私の予備でいいかしら?」

 

 「お、お任せします……」

 

 装備品に続いて二度目の丸投げ。だがこの方が丸く収まりそうだったので、言われるがままにしておこう。

 

 「貴女としてはとにかく縛っておきたいみたいだけど……どの位置で縛ってほしいの?上の方?それともうなじの辺り?」

 

 ……丸投げしようと決めた矢先に、こっちの意見が求められるなんて予想外だ。とはいえ答えねばならないので、ちょっとイメージしてみる。

 

 (上の方……リーファのポニーテールみたいな感じになるのか?あ、でも振り向いた時とか先の方が顔にかかりそうだな……)

 

 俺が見る限り妹の顔にあの長い金髪がかかるような事態に陥った事は無かったが、何かしらのコツでもあるのだろうか?下の位置で縛った方が無難かもしれない。

 

 「あの……下の方で、お願いします……」

 

 「そう、分かったわ……はい、もういいわよ」

 

 いうが早いか、シノンは手早く髪を縛ってくれた。お礼を言うべく振り返ると、彼女の白く細い指が鼻先へと突き付けられた。

 

 「貴女も貴女よ!あんなガサツ男に流されたままじゃダメ!そりゃ私だって人様のこと言えないかもしれないけど、さっきみたいな雑な扱いを受け入れるズボラな所は直しなさい!女の子(・・・)でしょ!!」

 

 「うぐっ!?」

 

 女の子。多分勘違いしているんだろーなー、とは感じていたし、そのままの方が後々おもしろ……いや、波風立たないで済みそうかなー、なんて半ば目を逸らしていた……いたのだが、こうして面と向かって言われると、良心の呵責が俺を苛んでいく。

 何よりここまで面倒を見てくれた以上、黙ったままでいるのは不誠実だろう。意を決して、俺は彼女に打ち明ける事にした。

 

 「あ、あの!今更ですけど俺、こういう者なんです!」

 

 歴代最高クラスの速さでメニューを操作し、自身のネームカードを実体化。上半身を直角に曲げてお辞儀しながら、取り出したカードを両手で差し出した。

 

 「え、俺………?それに、キリト……って、変わった名前ね。まぁでも、アイツとつるむから、そういう男っぽいロールプレイでもして、る……の…………」

 

 戸惑いながらも情報を咀嚼しようとしていた女の子の声が、途切れる。

 

 「うそ……お、男……!?そのアバターで!?なら……わ、私がした事って…………嘘でしょぉぉ!!」

 

 俺の性別を知ったシノンの二度目の叫び声が、周囲に響くのだった。




 六日からは仕事……ホント時間が経つの速いよー。休みが残り少ない……

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