大和 サイド
「―――GGOに現れた
「ああ。九割以上、デマだろうってのが俺とあの役人の共通認識なんだが……その確証が欲しいんだ。特にプロがいる事で有名なGGO……しかもメイン武器は飛び道具の銃だからな……」
「OK。この手のリサーチは何度か手伝ってんだし、ダチの頼みならロハでいいぜ」
「だと思ったよ……お前の分の報酬もせびっといたから、今後のサクラとのデート費用にでも使ってくれ」
「……サンキュー」
オレがMストに出てから約一ヶ月後の、昼休みの学校の屋上にて。前日メールで和人から「話がある」と呼び出されたオレは、彼からGGOで奇妙な噂となっている
「ゼクシードってヤツが回線落ちした瞬間の動画に映ってたあの少年兵崩れのアバター……仕草やクセがまんまお前だったぞ?名前だってカタカナ表記とはいえ同じなワケだし」
「……人の心を読むな」
「そりゃお互い様だろ、親友」
……やっぱりコイツには敵わん。ニヤリと片頬を釣り上げる彼にそう感じながらも、告げられた情報を整理する。
「ゼクシードだけじゃなく、薄塩たらこのヤツも
「ああ。だけど二人が使用していたのはアミュスフィアだ。それもセキュリティ関連に異常の無い、普通のな。だから何かの偶然としか、今は考えられない……けど」
「……もしも本当だったら。それがGGOから別のゲーム……ALOに来たら、桜達も、オレ達も危ない。そう思っているんだろ?」
黙って首肯する和人。ダチとして、相棒として頼られたのなら、その期待に応えるべく全力を尽くそう。その決意と共に、BoB当日に’キリト’をコンバートしてくる彼の案内と支援を引き受けた。
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クロト サイド
GGO内におけるプレイヤーの市街地、
(ダイブする為に病院の一室用意してあった……ほぼデマだろうって予想の割に、オレ達の安全は結構ガチで確保してくれたのか、クリスハイトのヤツ……)
掴み所の無い曖昧な笑みを浮かべるウンディーネのメイジの中身が、本当に政府の役人であった事を実感せざるをえなかった。
最初からキリトはオレに協力を仰ぐつもりだったらしく、依頼を受けた時からオレに自分と同じ待遇をするようにあの男に要求していたらしい。当日になってとある病院に来るように、という連絡を貰った時には半信半疑だったが……二人分のベッドとモニター役としてキリトの知り合いらしい看護師を用意していたので、クリスハイトのリアル側での権力を思い知らされた。
「ク……クロトォ……」
「……どちら様で?」
思考に耽っていた所に声を掛けられ、そちらを見ると……ものすごく悲しそうな顔をした少女がそこにいた。女性にしてはやや声が低めだが、別段おかしくはなかったし、何より面識が無い。つーかGGOでの異性の知り合いなんて、片手で数えられる程しかいないんだが……
「は、ははは……そうだよな、この姿じゃお前だって、そんな反応するもんな……逆だったら俺も同じだろうし……」
「へ?アンタ、大丈夫か?」
少女は急に俯くと、何やらブツブツと呟き始める。同時にウィンドウを操作し始め―――
「俺だよ……キリトだよ」
「……マジで?」
「マジだ」
オレに向けて表示されたそのプロフィール。そこに記された性別は男、キャラネームは
スプリガンの時よりも明らかに華奢な体つき。特に身長は百六十センチに満たないのではなかろうか。そして艶やかな濡れ羽色の髪は肩甲骨辺りまでクセ無くサラリと伸びており、透き通るような白い素肌とのコントラストが互いの美しさを強調している。髪と同色の輝きを宿した目は大きく、くりくりと動くさまを見れば誰もが可愛らしい、と言うんじゃなかろうか。まぁ、結論を言えば―――
「まな板なの除けば文句なしに女……それも結構な美人で通るぞ、その外見」
「やっぱりかぁ……俺、帰っていい?」
「二日間だけなんだし、頑張れよ」
がっくりと肩を落とした親友の背中を軽く叩いて励ますと、彼を連れて初心者向けの総合ショップへと歩き出す。道中ですれ違う男どもが軒並み注目し、仰天したような表情を晒しまくるが……間違いなくキリトが原因だな。中身を知っているオレは別に外見について気にしないでいるが、何も知らないヤツが初見で今のキリトを男だと見抜く事はほぼほぼ無いだろうし。
「……俺、アスナ達の苦労が分かった気がする……」
「なら、次からもうちょい気遣ってやれよ。喜ぶだろ」
普段は経験しない類いの視線にされされたキリトは、辟易したようにため息を零す。そんな彼の気を紛らわせるべく適当な雑談を繰り返しながら歩く事しばし。目的地付近の曲がり角に差し掛かったその時、反対側から現れたプレイヤーとキリトが軽く衝突してしまった。
「あっ、す、すいません」
「ううん、大丈夫……貴女こそ大丈夫?」
視界に映ったペールブルーの髪と、耳に届いた高く澄んだ声を認識した瞬間、オレはうげぇ、と零れそうになった声を全力で抑えた。
「このゲーム、初めて?道に迷ったりしてない?」
「あ、いえ、大丈夫です。連れがいますから……」
「そう、一体……誰が……!」
こちらの姿を認めた途端、少女の双眸が細められる。お世辞にも友好的とは言えないその様子に辟易してしまうのは、仕方無い事だと思う。
「睨むなって……前のBoBの事、まだ根に持ってんのかよシノン……」
GGO内にて凄腕スナイパーとして名を轟かせる少女、シノン。強くなる事に並々ならぬ執着を持つ彼女との出会いは約二ヶ月前に行われた第二回BoB本戦だった。
「当たり前でしょう……背後五十メートルからのアサルトライフルのフルオート射撃を全弾躱された屈辱、忘れてないわ」
「……最初三点バーストだったろ。それ避けられたからってムキになってフルオートぶっぱして、他のスナイパーにカモられたんだから、オレの所為じゃねぇよ」
ヒラヒラと手を振るが、彼女から発せられる眼力が弱まる気配は無い。他のゲームに比べて尋常ならざる熱意をつぎ込むGGOでは、戦闘中に相手からの敵意が感じ取りやすい……コレはSAOで殺気を感じた事があるオレ個人の感覚であって、同じSAOサバイバー―――それも命のやり取りを経験した者に限る―――にしか分からないだろう。
「そろそろ教えなさいよ、あの時何で、不意打ちした筈の私の銃弾を躱せたのか」
「いわねーよ。今日明日バトルするかもしれない相手に、わざわざ手札見せるワケねぇだろ」
「え、えーっと……?」
当然そんな感覚だよりな事を素直に言ったって、彼女は信じちゃくれないだろう。相手に情報を開示したくない、という建前で何度も断っているが、それでも彼女は前のBoB以降しつこく聞いてきた。その為オレ個人としては顔を合わせたくない知り合いナンバーワンに君臨する、苦手意識の強い相手となってしまった。そんな事を一切知らないキリトはおろおろするばかりで、一方のオレはどうシノンを撒こうかと考える。
「あの、シノンさん、でしたっけ?クロトとお知り合い、なんですか……?」
「え?あっ、ごめんね、変なトコ見せちゃった」
……どういうこっちゃ?氷の狙撃手と呼ばれる程、友人らしき銀髪の男以外には無愛想でストイックなプレイスタイルな彼女が、キリトに声を掛けられるとたちまち態度を軟化させた?
「いえ、クロトは時々やらかす事があるので、何かご迷惑をおかけしたのかなって」
「ううん、そういうんじゃないの。ただコイツに聞きたい事があって、中々答えてもらえないだけだから」
しかもこれ幸いとばかりにキリトは彼女に話しかける。その口調が普段のそれよりも幾分大人しいものであることもあって、いつもの相棒とは別人に見える……ってまさか……キリトのヤツ、性別勘違いされているの分かっていて敢えてそのままで行こうとしているのか。
そういや前にキリト言ってたな、使えるモンは何でも使うって。よく切り替え効くな……つか、さりげなくオレをディスるな。やらかす事が多いのはお前の方だろ。
「それにしても……BoB当日だっていうのに、良いご身分ね。それとも先月の炎上騒ぎのアレが虚言じゃなかったって、そんなにムキになって証明したかったの?」
「……好きに言ってろ」
Mストでの失言は、中々苦い教訓として記憶に新しい。リアルソロな廃人プレイヤーがわんさかいるGGOでリアルにダチや恋人がいる、なんてうっかり零した過去の自分を殴りたくてしょうがない。いちいち相手になるつもりは無いので、キリトに先を促す。
「さっさとショップで装備揃えるぞ。十五時にはBoBのエントリー締め切られるんだからな」
「あ、ああ。それじゃあ、失礼します」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。その子、今日始めたばかりでしょう?BoBに出るならステータスが―――」
「―――コイツはコンバートのアバターだから問題ねぇよ。また後でな」
面倒な相手は、さっさと立ち去るに限る。その考えに従い、やや強引にキリトの腕を掴んで歩き出す。だがそれはシノンが反対側のキリトの腕を掴んだ事で中断させられた。
「あのー、シノンさん……?」
「放っておけないわ、貴女。こんなヤツが一人で面倒見たら、絶対にロクな事が無いもの」
「ひでぇ言いがかりだなオイ。お前がオレの連れに世話焼く義理は―――」
「―――あら、そんなに自信が無いの?それとも何か不都合でもあるのかしら?」
「ったく……勝手にしろ……」
……ダメだこりゃ。なんか変なスイッチ入ったっぽい。どうしてこうなった?と首を傾げたくなる衝動を堪えて、仕方なくシノンを加えた三人でショップへ入店した。
「さぁて、と……まずはメインアーム決めねぇと話にならねぇか。適当にぶらつくから、気に入ったヤツあったら言えよ」
「あ、ああ……なんか、凄いな……
広い店内は様々な色のネオンが煌き、所々で派手な格好をした女性NPCが営業スマイルと共に手にした銃を紹介している。剣と違って銃には装飾的な意味合いはほぼ無いからなぁ……ALOと雰囲気が異なるのも当然といえば当然だ。
「メインアームを優先して決めるのはいいけど、その子コンバートしたばかりでしょう。お金どうするつもり?」
「そりゃオレが出すさ。元々そのつもりでいたんだし」
「あ、いや……いくらなんでも、それは悪いって。なんか……ホラ、一発ドカンと稼げるようなのとかない?カジノとかあるってきいたけど」
「ギャンブル系……この店にあったっけ?シノン、お前覚えてるか?」
装備を買いそろえる為の資金繰りから躓いたオレ達に呆れたのか、彼女は一つため息をついてから、店の一角を指さした。
「あっちに一つ、あるわよ。けど、ギャンブルゲームっていうのは、お金が余っているときにスるのを前提にやるべきよ。この店のヤツだって、殆どインチキ臭い上に誰もクリアした事無いんだから」
「行くだけ行ってみませんか?どういうのなのか、気になるんです」
「……貴女がそう言うなら、まぁ、いっか。見るだけならタダだし」
なんやかんやで案内してくれる彼女について行くと、ゲーム機と呼ぶにはあまりにも大きすぎる代物が、壁際の一角を堂々と占拠しているのが視界に映る。まず壁際に西部劇に出てきそうな小屋が鎮座し、その前でテンガロンハットを被ったNPCガンマンがリボルバー式の拳銃を弄びながら、挑発の意を持っているであろう英語を喚き、さらにその前には柵で囲われた細長い通路が続いている。その先には金属製のゲートがあり、スタート地点か何かのよう。そして小屋に視線をもどせば、屋根のどぎついピンクのネオンで
「どんなゲームなんです?」
「えっとね……あのスタート地点から、奥のガンマン目指してダッシュ。ガンマンの射撃を避けながら、どこまで近づけるかを競うの」
「報酬はどんな感じなんだ?」
「料金が一回五百クレジット。十メートルで千、十五メートルで二千クレジットの賞金よ。で、もしガンマンに触れれば……今までプレイヤーが払ったお金が全額バック」
「全額!?」
全額バック、という言葉にキリトが目を見開く。えーっと、今プールされている金額は……
「……三十万ちょいか。中々スゲェ金額だなおい」
「だって無理だもの。八メートルを超えると、リボルバーのクセに滅茶苦茶速いインチキなリロードで三点バーストするのよ?予測線が見えた時には、もう手遅れって訳」
うーん……キリトのアホみたいな反応速度なら、いけるか……?いや、いくらコイツでもまずは実際の様子を見てみないと―――
「―――ほら、またプール額増やす人がいるわ」
「丁度いいな。よく見とけよ?」
「あ、ああ……」
何とも都合の良いタイミングで、挑戦者が出てきてくれた。サングラスと寒冷地用迷彩の野戦服を装備した男が、ゲームに挑むらしい。仲間の声援を受ける内にカウントが減り、ゲートが開く。
「ぬおりゃああぁぁ!」
開始と同時に迷彩男はダッシュ。同時にガンマンもリボルバー拳銃を引き抜く。そして迷彩男は僅か数メートル程前進した辺りで、奇妙な体勢で急停止する。
「な、何だ……?」
キリトが疑問を抱いた次の瞬間、三発の銃弾が迷彩男の身体のすぐ近くを通り過ぎる。だが、迷彩男は被弾していない。
「今のが防御的システムアシスト―――
「はぁ、なるほど……」
シノンが解説する間に、迷彩男は二度目の三連射を回避し、件の八メートルラインを突破する。賞金獲得まであと二メートルだが……NPCガンマンは何と空になったシリンダーへの再装填を僅か0.5秒ですませ、迷彩男の足元へ一発撃つ。咄嗟に迷彩男はジャンプして回避するが、それで体勢が崩れてしまった。
「速っ!?」
半秒リロードを見たキリトがそう声を上げた時にはもう、迷彩男は二発の銃弾を撃ち込まれてゲームオーバーになっていた。
「ね?インチキでしょ、あのリロード」
「しかも射撃のリズムも変則的になったな。あんまり左右に動けない上に、ほぼほぼ休み無しに三点バースト繰り返されるってなると……あの辺りが限界だよなぁ普通」
(けど……ガンマンの目を見て、止まらず走れれば……オレでも手前くらいまでは行けそうだ……まーだなんかインチキありそうだけど……)
相手の視線を辿るのは、旧SAO攻略組なら誰でも体得しているシステム外スキルであり、mobとの戦闘では敵の狙いを見切るための大きなアドバンテージだ。とはいえ銃弾の速度は普通の剣だの魔法だの弓矢といったファンタジー系の攻撃より圧倒的に速く、オレの場合は十数メートルみたいな至近距離では狙いが分かっても避け切れない。
「予測線が見えてからじゃ遅い、って感じだな……」
「いけそうか?」
「ん、多分」
悪戯を思いついたかのような笑みを返したキリトは、シノンの制止を聞き流してゲームに挑戦するのだった。
最近になってこのすばにはまり気味
にわか程度の知識しかないですが、あのギャグ時空に何故もっと早く出会えなかったのかと、少々後悔しています……今年映画あったとか知らなかった……