SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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八十二話 涙の告白

 クロト サイド

 

 「―――こんの、バカァ!!」

 

 蘇生アイテムと治癒魔法で回復したオレとキリトは、揃ってフィリアからぶん殴られた。だが、こっちにはどうしたって譲れない理由があるのだ。一度負けたからといって、諦めるつもりは毛頭無い。というかそもそもこれはオレ達二人の戦いだ。それをとやかく言われる筋合いなんざ無い。

 

 「……気は済んだかよ」

 

 自然とぶっきらぼうな返事になる。あの光の弓矢をどう対処するか、頭の中で考えを巡らせ―――

 

 「いい加減にしてっ!!」

 

 再び、フィリアに殴られた。次いで胸倉を掴まれ彼女に引き寄せられる。

 

 「気は済んだか、ですって!?そんな訳ないでしょ!二人だけで勝手に行かないでよ!私はアンタ達の何なの!?仲間じゃなかったって言うの!?ねえ!!」

 

 かつてない程の剣幕で怒鳴るフィリアを目の前にして、漸く思考が冷静さを取り戻す。

 

 「……事情はキリトから聞いてる。私だって助けたいって思っているんだよ……!だってサクラもアスナも、大事な友達なんだから……!」

 

 「フィリア……悪かったな。頭に血が上ってた」

 

 表情を歪めながら目尻に涙を浮かべ、押し殺すようなか細い声を漏らす彼女に自分の至らなさを痛感する。さっきのオレ達は完全にブレーキがぶっ壊れた車で爆走してたようなモノだ。そんな考え無しの勢い任せな行いが身を滅ぼす様はSAOで何度も見てきた筈だったのに。

 

 「……頼む。力、貸してくれ。オレとキリトだけじゃ……どうやっても、無理だ」

 

 「やっと、言ってくれたね……うん、協力するよ」

 

 今更とはいえ改めて助力を願うと、フィリアは涙を拭い、迷う事無く応じてくれた。キリトに散々’誰かを頼れ’なんて言ってきた自分がこれでは、相棒が全く変わらなかったのも当然だろう。説得力ゼロだった訳だし。

 まずは珍しく静かな相棒を起こしてさっきの反省会だな、と思考を切り替え―――

 

 「サクラ……アスナ……?そう、言ったんですか……?」

 

 「リーファ……?」

 

 呆然としながら目を見開くリーファ。フィリアの鉄拳が綺麗にきまった所為か、漸く起き上がったばかりのキリトを含めたオレ達にはリーファの異変に心当たりが無い為、揃って首を傾げる事しかできない。

 

 「えっと……サクラはクロトが、アスナはキリトが探している人の名前だけど……どうかしたの?」

 

 「だって、その人は……なら、キリト君は……」

 

 両手で口許を覆い、うわ言の様に一人で呟き続けた彼女は……やがてその瞳に黒衣の少年を映した。

 

 「お兄ちゃん、なの……?」

 

 「え……?」

 

 虚を突かれたように、キリトが目を見開く。オレ達の存在を忘れた様にリーファを見つめ返すと、戸惑った声が零れ落ちた。

 

 「まさか……スグ?直葉なのか……?」

 

 「……!」

 

 ビクリと体を震わせたリーファはよろめいて一歩後ずさると、かつてない程の素早さでログアウトしてしまった。まるでキリトから逃げるように。

 

 「スグッ!?」

 

 キリトが咄嗟に伸ばした手は、虚しく空を掴むだけだった。その事にひどく思い詰めた様に表情を歪めながらも、リーファの後を追って彼もログアウトしてしまう。

 

 「おい!?……一体何がどうなってやがるんだ……?」

 

 「多分……リーファがキリトの妹だったって事だよね?でも……何でリーファはあんな風に……」

 

 「こっちだって聞きたいくらいだっつの……」

 

 現実世界で会った時に、件の妹については存在しか教えてもらっていなかったが……話を聞いた限り、仲が険悪だとかで悩んでいる様子は無かった筈だ。

 

 (キリト……!)

 

 姿を消した親友の力になれない事をもどかしく感じながらも……信じて待つ以外に、オレ達にできる事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 和人 サイド

 

 意識が現実の肉体に戻ったと知覚した俺は、すぐさま起き上がってナーヴギアを外す。焦る心に急かされた指は思うように動かず、顎下のハーネスを外すだけでも苛立つ程に手間取った。

 

 「スグ……!」

 

 どうしてあんな顔をしたのか、分からない。話をしなければという一心で部屋を飛び出し、妹の部屋へ急ぐ。

 

 「……」

 

 妹……スグの部屋からは、静寂だけが伝わってきた。少しの間躊躇うが、立ち止まっていては何も解決しない。一度深呼吸して自分を落ち着かせると、意を決してノックする。

 

 「スグ、いいか?」

 

 「やめて!開けないで!」

 

 拒絶の意を伝える彼女の叫びにたじろぐが、それを堪えて俺は口を開こうと―――

 

 「一人に……しておいて……!」

 

 泣きそうな声に、戸惑う事しかできなかった。

 

 「……どうしたんだよ一体。そりゃ俺だって驚いたけどさ……」

 

 何がスグを苦しめているのか、その原因は自分の言動にあるのか……或いは全く別の理由なのか。そのどれにも確証が持てない。

 

 (ALOに俺がいた事か……?SAO事件があってもVRMMOが普及している以上、VRマシンさえあれば誰だって……VRマシン!?)

 

 一つの仮説が、急速に組みあがっていく。SAOがクリアされてから今に至るまでの二カ月間、スグとSAO以外のVRMMOについて話した事は無かった。リハビリや眠り続けるアスナ達の事で頭がいっぱいだった俺は、新しいフルダイブゲームに手を伸ばそうかと考える暇など無かったし、もちろんアミュスフィアを購入するなんて事は無かった。スグ自身それを知っている以上、俺が仮想世界に行くにはナーヴギアを再び被るしかない、という事は真っ先に考えつく筈だ。

 

 「ごめん、黙ってナーヴギアを使って……でも、どうしても必要だったんだ。だから……」

 

 「違う!そうじゃない!」

 

 乱暴に扉が開くと、激情に駆られた妹の姿があった。今にも零れそうな程に涙を溜めたその瞳を見て、胸の内を抉るような痛みが走る。

 

 「あたしは……あたしだって、もう訳が分からないの!」

 

 「スグ……?」

 

 「ずっとずっと、お兄ちゃんが好きで……SAOから帰ってきてくれて、すごく嬉しかったのに……!」

 

 俯いた彼女を前に、金縛りにあったかのように全身が動かない。喉も焼け付いた様に言葉が出せず、顔を上げたスグの声だけが響く。

 

 「でもお兄ちゃんの心には明日奈さんがいて!もうどうしたってあたしの手は届かないんだって分かって……苦しかった……!だから……ALO(むこう)でキリト君を好きになって、忘れようと……ううん、もうなってたの!……それなのに……!」

 

 現実世界で好きだった人を忘れようとして、仮想世界で好きになった人が……同じ人だった。その事実にスグは整理がつかなかった……?

 

 「好きって……いつから……?いや、今の俺達は……」

 

 「そんなの分かってる!昔から本当の家族みたいに育ってきたあたしの事……お兄ちゃんは妹としてしか見てくれてなかった事くらい!お兄ちゃんの中のあたしは、いつまでも妹のままなんだって……分かってたけど……!あたしは……家に引き取られる前からお兄ちゃんが好きだったの!!」

 

 溢れるままに吐き出された彼女の胸の内に、俺は衝撃を受ける。スグは、家族以上の想いを俺に抱いていた……?そして俺は大切な存在だった筈のスグを、無自覚に傷つけ追い詰めていた?

 だとしたら……どれだけスグは苦悩したのだろう。俺達がSAOに囚われ、もう会えないかもしれないと分かった時、どれだけ悲しんだのだろう。何より……アスナの存在を知り、揶揄いながらも祝福してくれたあの時、彼女は胸の内でどれだけ泣いていたのだろうか……?

 

 「ねえ、何が足りなかったの……?あたし、どうすればよかったの……」

 

 揺れる眼差しを向けてくるスグへの答えを、俺は持ち合わせていなかった。事故の前……いや、物心ついたころから、彼女への妹としての認識は変わる事が無かったのだ。どんなきっかけがあれば、スグのように恋心を抱いていたのか……本当に想像がつかない。

 答えを出せない俺に向けられていた彼女の瞳が、不意に逸らされる。諦観と自嘲の入り混じった声で、スグは言葉を零す。

 

 「……ううん、本当は分かってる……お兄ちゃん達が事故に遭ったあの時、お兄ちゃんのおでこを……そこにできた傷痕を、あたしが怖がったのがダメだったんだって……!」

 

 「違う!スグは悪くない!傷痕(これ)を怖がったのは皆一緒で―――」

 

 「―――違わないよ!!だって明日奈さんは……明日奈さんだけが、傷跡(それ)を含めたお兄ちゃんの全部が好きだって言ってくれて……!初めてお兄ちゃんを受けとめてくれたんでしょ!!だからお兄ちゃんは明日奈さんを好きになったんでしょ!!」

 

 「っ!」

 

 図星、なんだろう。見えない鈍器で頭を殴られたような衝撃に、言葉が詰まる。知らず知らずのうちにアスナに惹かれてはいた俺が、彼女と共に歩みたいと願った大きな理由がまさにそれだったのだから。

 

 「あたし、お兄ちゃんが昔みたいにちゃんと笑ってくれるようになって……それだけで良かったのに……」

 

 消え入りそうな声と共にスグから零れる涙。いつもなら拭おうとする筈の手が、今は全く動いてくれない。

 

 「なのにあたし、明日奈さんに嫉妬してる。お兄ちゃんやハルからあの人の事を聞けば聞くほど……どれだけお兄ちゃんが大切に想ってるのか……あの人にどれだけお兄ちゃんが救われたのかが分かって、羨ましくて……!でもそれ以上に……泣きたくても泣けなくなってたお兄ちゃんに……何もできなかった自分が、大嫌いで……!」

 

 もし仮に、スグが傷痕を受け入れてくれていたら。俺は……俺は、スグを違う目で見ていた?そしてもしも、アスナが傷痕を拒絶していたら……当時のアスナへの淡い想いを諦めていた?もしそうだとしたら、俺は―――

 

 (なんだよ、それ……それじゃあまるで―――傷痕を受け入れてくれれば誰でも良かったって言っているみたいじゃないか……!)

 

 自分の中の想いが揺らぎ、同時にかつてない程に自分への強い嫌悪が沸き上がる。踏みしめている床が今にも抜け落ちていくような感覚に囚われ、気づけば背が壁に触れるまで後ずさっていた。

 

 「……ごめんな」

 

 「ぁ……ちが、あたし……お兄ちゃんにそんな、顔……させるつもり、なかったのに……」

 

 スグの想いを前にして、俺が絞り出せたのはたった一言の謝罪だけだった。彼女は目を見開いた後に顔を俯かせ、何かを堪えるように肩を震わせる。

 

 「お願い。一人に、させて……少ししたら、いつものあたしに戻ってるから……今の、全部忘れて……待ってて……」

 

 スグの震えた手が、扉を閉める。ただ見ている事しかできなかった。

 

 (俺は……)

 

 背にした壁に寄りかかりながら、ズルズルと座り込む。自己嫌悪の念は膨れ上がり、スグを泣かせた後悔が苛み続ける。

 現実世界に帰還してからの二カ月間を思い返せば、俺の中には常にアスナの存在があった。何気ない事でも彼女との思い出が呼び起され、それをスグへ打ち明けた事も一度や二度ではなかった。

 

 (スグ……)

 

 ずっとそれを見てきた彼女は、俺への想いを閉じ込めようとしている。自分の中の奥深くに沈め、もう二度と溢れ出す事がないように……扉一枚隔てた向こう側で嗚咽を漏らし続けるスグにとって、生半可な痛みではない事くらい、想像に難くない。

 

 「……最低だな、俺」

 

 俺はなんて醜悪なのだろう。俺を救おうともがき、苦しんでいた女性(ひと)はこんな近くに居たというのに、何故気づけずにいたのだろうか。

 ……いや、本当は分かっている。結局は俺が一方的に心を閉ざし、ぶつかる事より逃げる事を選んだのが悪いんだ。その罪を償う時が来たのだろう。

 大切な筈の家族を、知らなかったとはいえ傷つけ続けた俺が今、スグにできる償い。その為に俺は両足に力を込めて立ち上がると、扉をノックする。

 

 「―――スグ。アルンの北側のテラスで、待ってる」

 

 これは自己満足でしかないかもしれない。けれども……剣の世界(ソードアート・オンライン)で生きてきた俺には、彼女の想いが込められた剣を受ける以外思いつかなかった。

 

 (そんな事したって、スグの痛みが分かる訳じゃないのにな……)

 

 こんな方法しかできない自分を、責めずにはいられなかった。




 ちょっと後味が悪かったかな?って感じはしましたけど……綺麗におさまる事ってそうそう無いですよね。

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