SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 えー、毎度毎度間隔が空いてしまってすみません……

 どうか広い心で、今年もよろしくお願いいたします。


八十一話 双黒、届かず

 クロト サイド

 

 多勢に無勢。普通ならば敗北は必至となるこの状況に於いて、オレは……久しく感じていなかった高揚感に満たされていた。この身を焦がさんばかりの熱を持った血が、ドクドクと全身を駆け巡る。つい先日、やっと己の中で止まっていた時間が動き出したと実感した筈なのに、それが錯覚に過ぎなかったと思える程に心は昂るばかりだ。

 

 ―――だが、それでいい。

 

 オレは今、やっと相棒(キリト)の隣に立てているのだから。かつては息をするように預かり、やがて彼を愛した少女へと託し……いつしか手が届かなくなっていた、親友(ダチ)の背中。それを今再び預かっているのだ。その歓喜が、黒の剣士キリトの相棒だった遊撃手クロトの残滓を糧として魂を燃え上がらせる。

 

 「ハアアァァァッ!」

 

 相棒とガーディアンが、ついに衝突する。相手の初撃を身を捻って躱し、その回転を利用して放った斬撃は、一刀のもとにガーディアンを両断した。断末魔の白炎を上げる同胞の屍を超え、新たなガーディアンが彼へと迫る。振り切った大剣の重さと勢いに任せてもう一回転する事で二体目の剣を弾いたキリトだが、今の体勢では彼が追撃する事はできない。

 

 「スイッチ!」

 

 だがここには、オレがいる。弾かれた巨剣が再び振るわれるよりも先にガーディアンの懐へと飛び込み、喉元の一点へと短剣を突き立てる。

 

 「ウ……ラアァ!」

 

 そのまま鎧の内部を抉るように手を捻り、力任せに股下まで斬り裂く。それだけで二体目のガーディアンは一体目と同じ末路を辿り、落ちる。

 

 ―――行ける!

 

 ―――ああ、俺達の敵じゃない!

 

 キリトと一瞬だけ、視線が交錯する。それだけで互いの思考は伝わり、言葉はいらなかった。

 

 (これだ……!)

 

 あの城から解き放たれて以来感じる事が無かった、言葉にできないこの感覚。それはクロトという存在に無くてはならない程に刻み込まれ、燻っていたオレはきっと無意識の内にこの感覚を求めていたのだろう。

 

 ―――次来るぞ!

 

 ―――分かってらあ!

 

 思考が繋がったかのように、相棒の声なき声が手に取る様に分かる。我が身を斬り裂かんと肉薄するガーディアンの巨剣を右手の短剣で逸らしながら懐に踏み込む。そして二振り目の短剣を左手で抜き放ち、再び喉元を貫き抉る。

 

 「オラァ!」

 

 虫の息になったガーディアンを後から迫る別のガーディアンへと蹴り飛ばせば、阿吽の呼吸で飛び込んだキリトが二体まとめて切り捨てた。しかしその直後、同胞が上げる白炎を死角に新たなガーディアンが彼へと斬りかかる。キリトも咄嗟に左手で巨剣を逸らすが、HPバーが一割ほど減少する。

 

 「うおおおおお!」

 

 体勢を崩したガーディアンの首が、彼の大剣によって斬り飛ばされる。そのまま上へと昇るが、すぐに別のガーディアンが立ち塞がる。

 

 「ど……けええぇぇ!」

 

 咆哮と共に放たれた一閃が、騎士のマスクを叩き割った。断末魔の炎をに紛れて、相棒の背に巨剣を振り上げた新たなガーディアンが迫る。

 

 「させねぇ、ぜ!」

 

 オレは瞬時に加速し、その巨体へと右肩からタックルをかます。よろけた相手が体勢を立て直す前に蹴り飛ばし、さらに別の騎士へとぶち当てる。

 キリトと違い、オレの火力ではコイツ等を一撃で屠る事は難しい。ならば相棒が心置きなく暴れられるよう、その背を護り、支援するのがベストだろう。ガーディアン達は味方への接触を避ける為か、一度に襲い掛かってくるのは多くて三体前後がやっとだ。その分次々と襲ってくるが、キリトと位置を絶えず入れ替えていればどちらに対応したアルゴリズムを適応させるかで若干のタイムラグが生まれる。

 

 「落ちろ!落ちろおおぉぉ!」

 

 「一体に集中し過ぎだ!左右から来てるぞ!」

 

 大剣で仕留めきれなかった騎士の頭を、己が拳でキリトが貫く。だがその間に二体目、三体目と新手が迫ってくる以上、仕留めきるまで敵一体を攻撃し続けるのは悪手だ。倒すよりも行く手から退かす事を優先し、進まねばこちらの勝利は遠のくばかりなのだから。

 オレはキリトの左側の騎士へと右手の短剣を投擲し、二体の連携を乱す。鎧の隙間に突き刺さった短剣に怯んだ隙に、彼は右側の騎士の巨剣を受け流して左側の騎士へとぶつけ、諸共に両断した。エンドフレイムの中から落ちてくる短剣を回収して相棒と背中合わせに浮かぶ。

 

 ―――飽きる程やってきた事だ。

 

 感覚の衰えは無く、アインクラッドにいた頃と遜色ない。

 

 (まだだ……!オレ達なら、まだ上がる……もっと速く……行ける!)

 

 燃え滾る心とは別に、仮初の体は冷静に視線を巡らせる。相棒一人で突破できる奴、突破の為の邪魔となる奴、同時には対処できない奴……瞬時にそれらを見分け、彼の手が処理できない騎士から優先して迎撃する。ただひたすらに目の前の騎士を捌き、妨害し、相棒と共に上へ……上へ……!

 

 「オオオォォッ!!」

 

 咆哮と共に突き進むキリトの前から、ガーディアンの姿が消え……遂に石扉がその姿を現した。

 

 ―――あと……!

 

 ―――少し……!

 

 あの扉の先にサクラが、アスナがいる。初めから前しか見ていないオレ達だったが、より一層前進すべく翅を震わせる。戦いの高揚で何とか抑えていた、愛する少女への思慕が一気に燃え上がるのを、オレもキリトも止められなかった。背後のガーディアン達が追いつくよりも先にゲート目掛けて飛翔し、手を伸ばして―――

 

 ―――輝く矢によって、その手を射抜かれた。

 

 「え……?」

 

 ほんの数舜、光の矢が突き刺さった手を呆然と見つめ、次いでソレが飛翔してきた方向へと目をむける。オレ達の視界に映ったのは、ドームの外周全体に産み落とされたばかりの新たなガーディアン達。構える得物は先程から見慣れた巨剣ではなく、光り輝く弓矢。既に引き絞られたそれら全てがまっすぐにオレ達へと向けられていた。

 

 (マズい!)

 

 背筋に悪寒が走るのと、一斉に矢が放たれたのはほぼ同時だった。壁を埋め尽くさんばかりに配置された弓兵より飛来する矢は最早壁としか言いようがない程の密度で全方位から迫り、躱すどころか防ぐ事すら不可能だ。

 死ぬ。そう悟った瞬間、強烈な衝撃が左肩を襲った。幾何(いくばく)かのHP減少と共に体が落ちる。落下しながらも反射的に上……キリトへと目を向けると、必死の形相の彼と目が合った。その表情と振り切った左腕が、オレを生かす為に全力であそこから叩き落したのだと如実に語っている。

 七十五層攻略直前に、自分よりもオレ達の死を恐れて泣き叫んだ彼の姿を、思い出した。そして、その戦いの果てに彼は―――

 

 「キリトッ!!」

 

 逃れようのない死が分かっていてなお、迫る矢を手にした大剣を振り回して抗う姿を見せる相棒へ、思わず手を伸ばす。時間が何倍にも引き伸ばされる中で、オレは見た。全身に矢が刺さり、虫の息となりながらもなんとか命を永らえた彼を。そこへ無慈悲に剣を突き立てんと群がる、ガーディアン達を。

 

 「やめろ……やめろおおぉぉぉ!!」

 

 やっと落下が止まり、再び上昇する視界の中、伸ばし続けた手の先で……幾重もの剣に貫かれ、暗い炎に包まれ消えていく黒衣の後ろ姿を。

 視界左上に表示されていた相棒のHPゲージの表示がdeadへと切り替わる。鋼鉄の城での彼の最後の瞬間が脳裏に蘇り、心が穿たれる。

 

 「ぁ、あああああぁぁぁっ!!!」

 

 また守れなかった。見ている事しかできなかった。互いに背中を預け、命を預かっていた筈なのに……最後はキリトの命を対価に、生き延びてしまった。

 

 「……」

 

 無貌のガーディアン達がゆっくりと振り返る。

 

 ―――コイツ等だ。

 

 サクラ達への道を阻むどころか、相棒を奪ったのは……

 

 「テメェらかああぁぁぁ!!!」

 

 激しく燃え滾る憎悪に身を任せ、ガーディアン達がひしめく白亜の空間へと突貫する。手にした短剣で甲冑の隙間から柔らかな肉を切り抉り、装甲は手足を力任せに叩き込んで砕く。オレを断ち切らんと振るわれる巨剣は時に受け流し、時に剣を持つ腕を食い止め、挙句の果てには無造作に捕まえた別のガーディアンを鈍器として叩き付けて先手を取る。

 大小さまざまな衝撃や痺れが体中を襲うが、止まるなんて事はあり得ない。

 

 「この……クソッたれがあああぁぁぁ!!」

 

 相棒を殺したこのガーディアン達が、ソレを見ている事しかできなかった弱い自分自身が、何よりも憎い。際限無く増え続けるガーディアン達を殲滅しきるなどできる筈が無いのに、そんな簡単な事すら抜け落ちた頭で考えるのは目の前の守護騎士達を屠る手段のみ。

 

 ―――何故キリトが死ななければならなかった?

 

 初めは一緒にデスゲームに巻き込まれた弟を護り、生き抜くためだった。それがビギナーと元ベータテスターの軋轢による攻略組に崩壊を防ぐべく嫌われ役となり、多くの者達から心無い敵意を向けられ……心を擦り減らし続けた。

 安らぎを得られる場所となってくれるかもしれなかった者達との出会いがあった。家族以外にも護りたいと願った人がいた。だがあの城は無情にも彼女達を奪い去った。癒えない傷を抱えながらも弟の為に戦い続けた彼の心はさらに摩耗し、壊れかける程に追い込まれていく事が、誰にも止められなかった。

 

 ―――たった一人、アスナを除いて。

 

 キリト自身が忌み嫌っていた傷痕(もの)を含めた全てを受け入れ、彼を優しく包み込んだ彼女の想いが……やっと相棒を’剣士キリト’ではなく’普通の少年’として泣かせてくれた。

 

 「畜生っ!……畜生ぉぉっ!!」

 

 アスナの腕の中で彼が初めてあげた慟哭が、彼女の隣で照れくさそうに見せたぎこちない笑みが蘇る。

 激情のままに振り上げた左脚が正面から巨剣を掲げたガーディアンの右肘を砕き、バク転の様に半回転すると上下逆さに後ろへと視界が変わる。下から斬り上げようと迫る巨剣……こちらから見れば頭を斬り裂かんとしているソレを右手の短剣で防ぐと、左手で巨剣を掴んで軸として上下を元に戻す。そのままソイツを力任せに背後へと振り回すと、右肘の砕けたガーディアンが左手一本で剣を振り上げてきた所に衝突。空いた左手に二本目の短剣を握ると、二振りの刃でそれぞれの守護騎士の喉笛を掻き切る。

 

 「ハァ……ハァ……っ!?」

 

 ほんの一瞬の意識の隙間を偶然にもすり抜けた新手の刃が、二体分の白煙に紛れて迫る。気づいた時にはどうしようもなく、右脚が膝下から断ち切られた。

 

 「ぐっ、ぉおらああっ!!」

 

 バランスが崩れる中、巨剣を振り切った姿勢のガーディアンの肩口へ無理矢理右の短剣を突き立てる。甲冑の上からの為大して減らないHPバーには一切目を向けず、突き立てた短剣を支点に左の短剣を無貌の守護騎士の首筋へとねじ込んで抉る。目の前で吹き上がるエンドフレイムを浴びながら、あと幾何もしない内に命が尽きるだろうと悟ったオレは不敵な笑みを浮かべる。

 

 「来いよ……!」

 

 命尽きるその時まで、抗い続けてやる。それが唯一、今のオレにできる事なのだから―――!

 

 「―――こんの……バカアアァァァ!」

 

 「っ!?」

 

 聞き覚えのある声が、耳朶を打った。次の瞬間、何処からか発生した黒煙によって視界は遮られ、何者かによって抱えられていた。

 

 「な、放せ!」

 

 「うっさいバカ!暴れるんじゃないっての!」

 

 訳が分からない中で返ってきたフィリアの怒声を聞きながら、この身が下降している事が何とか分かった。どうやってかこちらが両腕を動かせないように抱えている為、左足一本では然したる抵抗もできずされるがままだ。

 

 (またオレは……惨めに生き残っちまうのかよ……!)

 

 悔しくて悔しくて、仕方なかった。

 

 「リーファ!」

 

 「大丈夫!出よう!」

 

 二人が速度を上げようとした時、黒煙を斬り裂いて光の矢が飛来してきた。狙いこそ正確さに欠けるものだったが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、を体現するが如くの物量で次々とやってくるため危険なのは変わりない。

 

 「うっ!?」

 

 「つぅ!?」

 

 オレを抱えているフィリアが被弾する。それも一つや二つではなさそうな数の衝撃が、こちらにまで伝わってきた。リーファの声も聞こえた辺り、彼女も同じ様な状態だろう。ダメージのショックか、フィリアが失速するのが感じられる。さらに視界を遮っていた黒煙が急速に消滅し始め、待機していたであろう剣持のガーディアン達が迫る羽音が次第に大きくなりだしていた。

 

 「放せよ!テメェらまでやられるぞ!?」

 

 「荷物は大人しくしてなさい!」

 

 有無を言わせぬ口調と共に、オレは一層強く抱えられる。だが僅かな時間とはいえ止まっていた彼女へ、ガーディアンが追いつくのは時間の問題だ。

 

 「追いつかれるってのが分かんねぇのか!?いいから放せっつってんだ!」

 

 「うるさいって言ったでしょ!トレジャーハンター舐めないで!」

 

 次々と襲い掛かる矢を左右へと進路を変える事で避ける分、速度は下がる。しかもそれだって完全に避け切れるわけでは無い為、一つまた一つと被弾し、その度に衝撃で短時間とはいえ速度が下がる。遅れを取り戻そうと速度を上げても幾らもしない内にまた被弾し……悪循環だ。

 

 ―――遂に、剣が風を切って迫る唸りを耳朶が捉えた。

 

 「お宝担いでトンズラなんて……いつもの事よ!」

 

 両足を曲げながら急ブレーキをかけると、対応できなかったガーディアンはそのままの速度で突っ込んでくる為振り上げられた巨剣よりも内側の間合いに入る。

 

 「セイッ!」

 

 その瞬間に渾身のキックを大柄な胴へと叩き込み、あろう事かその反動で真っ直ぐ下を目指していた進路を横……入口への直線軌道に変えたのだ。さらに一つ矢が当たったが、翅とは違う方法で得た推力が落ちる事は無く、勢い余って地面を転がりながらもドームの外へとたどり着いた。

 

 「リーファ、キリトは!?」

 

 「だ、大丈夫……今蘇生アイテム使うから」

 

 フィリアと同じくらいボロボロになったリーファが、握りしめていた手を開いてウィンドウを操作し始める。彼女の手から現れた小さな黒い炎……スプリガンのリメインライトを見て、急速に力が抜けていく。SAOでの感覚や記憶に引っ張られ、キャラクターの死とプレイヤーの死が完全に別である事を、失念していたのだ。そして―――

 

 (クリア、できなかった……!)

 

 ―――二人で力を合わせて初めて……オレ達は、負けたのだった。




 今年中にフェアリィ・ダンス編が完結できればいいな、というのが目標です。(できるかどうかは見通しがたってませんけど……)

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