SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 あ~づ~い~

 この暑さ、どうにかならないんでしょうか……?それはそうと、お久しぶりです。今回は、いつも以上に難産でした……


七十七話 再会、友よ

 クロト サイド

 

 「何、あれ……?」

 

 後ろにいる誰がが、そう呟く。防戦一方から攻勢へと転じた相棒の姿に、気づけばオレは口角を釣り上げていた。

 

 ―――二刀流

 

 両の手に剣と盾ではなく、剣と剣を持つそれは、概念としては決して新しいものでは無い。過去のゲームでなら、誰だって一度くらいは二刀流のキャラクターを見た事があるだろう。他者とは比べ物にならない程の手数を活かして繰り出される怒涛の連撃アクションは見ていてカッコイイし、使っていて楽しい。

 だがVR……実際に自分で操るとなると話は別だ。理由は単純……二刀を操るのは恐ろしく困難だからだ。彼の鋼鉄の浮遊城で二刀流と双剣、長さこそ違えど両手に剣を持ち戦うこれらのスキルが発現してからのオレ達の特訓はそれはひどいものだった。

 両手の剣同士をぶつけて自滅したり、攻撃する手が左右で偏ったり……他にも様々な障害が立ちはだかり、暫くは剣一本の時よりもずっと弱いままだったのは苦い思い出だ。だが、その分の見返りは充分……いや、それ以上だった。特に二刀流スキルは他の武器スキルとは一線を画す程の連撃数を誇る専用ソードスキルが目白押しだったし、真紅の騎士との決闘(デュエル)で見せたように、通常の攻撃だって恐ろしいまでの高速戦闘を可能にしたのだから。

 

 「―――ぬううぉぉ!」

 

 「あああああぁぁぁ!」

 

 そして今、キリトはまさに攻防一体だった。切り札である魔剣グラムのエセリアルシフトを使っても二本目の剣に阻まれ、透過した一本目がそのままユージーンへと襲い掛かっていく。逆に真紅の偉丈夫が防御に徹しようとしても、キリトの怒涛の連撃を、それも初見で見切る事は困難だ。一つ、また一つとダメージエフェクトが鮮血のように自分から噴き出していくのを、ユージーンは止められない。気づけばキリトにユージーンの剣が届く事は無くなっていた。攻めても守っても、勝ち目が無い……だが、そんな状況でなお、真紅の偉丈夫の目から闘志が消えていなかった。

 

 「お……おおお!」

 

 突如ユージーンが生み出した半球状の炎の壁によって、キリトの剣が阻まれる。次いで壁が轟音と共に爆ぜると、両者の間合いは大きく開いた。

 

 「墜ちろおおぉぉ!!」

 

 吹き飛ばされ、怯んでいるキリトへと、ユージーンが突進する。全身全霊、大上段の唐竹割が迫り―――

 

 「っ!」

 

 ―――紙一重で躱してみせた。漆黒の瞳は迫り来る魔剣を完全に捉えていたのだ(・・・・・・・・・・)

 

 「ら……ああぁぁ!!」

 

 すぐさま攻めに転じた彼の剣舞に、懐かしさが込みあがってきて仕方がない。右で中段を斬り払い、間髪を入れずに左で突く。体ごと回転して両方の剣で水平に斬る。今度は左右の剣が交差するように斬り下ろし、刃を返して逆の軌道で斬り上げる。脳裏に焼き付く程に見てきたあの剣技を、見間違える筈が無い。

 

 (『スターバースト・ストリーム』……!アシスト無しで完全に再現かよ!)

 

 つくづくアイツのやらかす事には驚かされる。今思えば、そんな所もアイツが他人を惹きつけ続ける魅力の一つなのだろう。相棒の変わらぬ姿に、目頭が熱くなる。

 

 「あああああぁぁぁ!」

 

 そして十六連撃目となる渾身の左突きが、ユージーンの胸を貫いた。その直後に彼の体が派手に燃え崩れていき……小さな炎だけが残る。今のがこのゲーム内での死亡エフェクトである’エンドフレイム’と、蘇生待ち状態を示す’リメインライト’なのだろう。

 誰一人として、言葉を発しようとしなかった。この場にいる全員が、あの二人の決闘に魅入られていたのだ。長い沈黙に包まれた空気を破ったのは、サクヤだった。

 

 「見事、見事!」

 

 張りのある声と共に、彼女は両手を大きく打ち鳴らす。

 

 「すごーい、ナイスファイトだヨ!」

 

 アリシャが彼女に続くと、親衛隊が盛大な拍手を鳴らし、それがシルフ側へと伝播し―――なんと敵対している筈のサラマンダー達にまで及んだ。

 

 (そうだったな……ALO(ここ)SAO(デスゲーム)じゃない。白熱したバトル見て、熱くならないゲーマーはいない、よな……)

 

 先程までの気迫が嘘のように朗らかな笑みを浮かべ、割れんばかりの歓声に応えるキリト。彼の姿を見て、熱くなった目元を擦る。今は泣いてる場合じゃあないのだから。

 

 「おーい、誰か蘇生魔法頼む!」

 

 「ああ、分かった」

 

 キリトの呼びかけに応えたサクヤが彼の許へと舞い上がり、リメインライトとなったユージーンへ向けてスペルワードを詠唱する。無事に詠唱が済んだ魔法が発動すると、彼女の両手から放たれた光が小さな炎を包み……やがて人の形を取り戻していく。最後にひと際強く放たれた光が収束すると、リメインライトがあった場所に、蘇ったユージーンの姿があった。静寂を保ったまま三人が台地の端に降り立つと、程なくユージーンが口を開いた。

 

 「見事な腕前だな。おれが今まで見た中で最強のプレイヤーだ、貴様は」

 

 「そりゃどうも……って言いたいけど、良かったのか?こっちが手助けしてもらったのは」

 

 「おれも自分の言葉を違えたのだ、あれくらいは認めるべきだろう。むしろ……貴様のような強者の実力をこの身で味わえたことに、歓喜しているさ」

 

 獰猛な笑みを浮かべるユージーン。……どうやらアイツも戦闘狂(バトルジャンキー)だったか。まぁ、さっきオレがやった事を咎める気が無いっていうのはありがたい。こっちもなりふり構っていられなかったとはいえ、一騎打ちに水を差したのは変わらないんだし。

 

 「それで俺の話、信じてもらえるかな?」

 

 そう。一番大事なのはそれだ。向こうがちゃんと条件通り信じてくれるかどうか。領主二名の命がかかっている為、今もこちらは気が気でない。ユージーンも考える様に目を閉じて沈黙しており、その心境は窺い知る事ができない。

 

 「―――ジンさん、ちょっといいか」

 

 「カゲムネか、どうした?」

 

 そんな時、サラマンダー部隊の中から一人の男がやってきた。他のサラマンダー同様に重鎧にランスといういで立ちだが、雰囲気から察するにユージーンとはそれなりの仲の様だ。

 

 「昨日、おれのパーティーが全滅させられたのはもう知っていると思う」

 

 「ああ」

 

 「その相手が、まさにこのスプリガンなんだけど―――確かに、ウンディーネの連れがいたよ」

 

 彼の言葉に思わず視線をキリトへと向けると……ほんの一瞬、それも極僅かに眉が動いた。

 

 「それに、エスの情報でメイジ隊が追っていたのもコイツだ、確か。どうやら撃退されたらしいけど」

 

 エス、というのが誰かはよく分からないが、恐らく間者かソレに準ずる者の事だろう。何故カゲムネという男がキリトの言葉を肯定する証言をしたのかは不明だが、今はそれがありがたかった。ユージーンは暫く沈黙していたが、やがて顔を上げる。

 

 「そうか」

 

 次いで全てを察した様に笑みを浮かべた。

 

 「そういう事にしておこう」

 

 その一言に安堵するオレ達を後目に、彼はキリトへと向き直る。

 

 「確かに現状でスプリガン、ウンディーネと事を構えるつもりはおれにも領主にも無い。この場は退こう―――だが貴様とは、いずれもう一度戦うぞ」

 

 「望む所だ」

 

 互いに片頬を釣り上げ、拳同士をぶつけ合う。再戦を誓ったユージーンは翅を翻して飛び立った。カゲムネはキリトへと不器用なウィンクをしてから、それに続く。どうやら彼等の間で何らかの貸し借りがあったらしい。

 周囲を囲んでいたサラマンダー達全員が飛翔し、その姿が見えなくなってから漸く皆も緊張を解く事ができた。

 

 「―――サラマンダーにも話の分かるヤツがいるじゃないか」

 

 「……ホント、ムチャクチャだわ」

 

 「キリトの図太さにこっちはヒヤヒヤしたよ。よくアイツに愛想つかされなかったね?」

 

 「うっ、それは……」

 

 連れの少女二人に呆れられたキリトは、苦笑と共に頬を掻く。姿こそ違えど、その仕草は二年間ずっと見てきたものと寸分の狂い無く合致していた。それが嬉しい筈なのに―――オレは動く事ができなかった。

 

 ―――オレはキリトに、どう声をかければいいのだろうか……?

 

 死を認めない、リアルのお前を探す。あの時そう言ってからこの二カ月間、オレは彼が告げた住所へと行けなかったのだ。

 もし本当にキリトが死んでいたら……その事実を認める事が、その時ハルから責められる事が怖かったから。実際彼は何とか生きていてくれたが、オレが自分の言葉を否定してしまったのは変えようのない事であり、そんなオレは彼に何と声をかけるべきなのかが分からなかった。

 

 「すまんが、状況を説明してもらえないだろうか?」

 

 オレがゴチャゴチャ考えていると、サクヤが咳払いと共ににキリト達へと声をかけた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト達の話によれば、今回サラマンダー達が強襲してきたのは、シルフの執政部にいるシグルドという男が内通者だったからだという。パワー志向型の彼はキャラクターの数値的強さだけではなく権力を求めており、サクヤの推測ではシルフ(じぶん)がサラマンダーの後塵を拝する現状が許せなかったらしい。

 なら何故シグルドはシルフを弱らせ、サラマンダーを強くさせようとしたのか?という疑問が沸き上がったが、それも次のアップデートで実装されるかもしれない転生システムがあったからではないか、とサクヤ達は推測した。シルフ領主(サクヤ)達の首を差し出せば、サラマンダーに転生させてやるという密約がシグルドとモーティマー……サラマンダーの領主と交わされていたのだろう、と。

 で、そのシグルドは覚悟を決めたサクヤによって、先程シルフ領から追放された。向こうの内乱の所為で危うい目に遭ったこっちとしては文句の一つくらいは言いたくなったが、そこはアリシャがサクヤの謝罪一つで終わらせてしまった。彼女達の仲が元々良好だった事や、アリシャの性格を近衛隊が把握していた事もあって誰も異を唱える事は無かったが……公人としては普通そこでケットシーに益があるように多少は何か要求すべきだろ。種族への貢献を全くしてないオレが言えた義理ではないけどさ。

 

 「―――それよりキミ、スプリガンとウンディーネの大使って……ホントなの?」

 

 気づけばアリシャがキリトへと歩み寄っていた。ゆらゆらと揺れる尻尾から分かる通り、彼女は好奇心を隠そうともしていなかった。その一方で、彼の連れである二人の少女が表情を硬くする。そして、キリトは―――

 

 「もちろん大嘘だ!」

 

 ―――開き直りやがった。腰に手を当て、小柄な体を精一杯大きく見せるべく胸を張って、憎たらしい程に清々しい笑顔で堂々と。

 アリシャ達どころか、本当の事を知っていたであろうシルフとスプリガンの少女達でさえ、あんぐりと口を開けて絶句していた。そんな彼女達を置いて、キリトは声を張り上げる。

 

 「ブラフ!ハッタリ!!」

 

 ―――ブチッ!と何かが切れた、気がした。

 

 「ネゴシエ―――」

 

 「―――威張って言ってんじゃねええぇぇぇ!!」

 

 「グボアッ!?!?」

 

 激情のままにオレは、渾身のドロップキックを彼の顔面へと叩き込んでいた。

 

 「毎度毎度お前ってヤツは!手札がショボい時に大法螺を吹くんじゃねぇっつってんだろうが!」

 

 すぐさまよろめいたキリトの背後に回ってヘッドロックをかけ、彼の脚が浮くように背を逸らして持ち上げる。

 

 「ぎ、ギブギブ……!」

 

 キリトは目を白黒させながら足をばたつかせ、首を絞める腕を掌で叩いてくるが、そんな反応は予想通りだった。

 

 「この……大バカ野郎がぁ!!」

 

 「グベラ!?」

 

 トドメとばかりに全身のバネを使って後方へ倒れる様に跳躍し、ヤツの頭を地面へと垂直に突き立てる。手を放して立ち上がれば、程なくしてキリトはうつ伏せに倒れ込んで沈黙した。

 

 「ったく。何度シメられりゃ気が済むんだよ」

 

 そう呟いてから、はたと気づく。さっきまでどう声を掛けようかとうだうだしていた自分がいなくなっていた事に。

 

 「……はっ!キリト君!」

 

 「だ、大丈夫だよリーファ。キリトがボコられるのはいつもの事だから……多分」

 

 キリトの連れの二人の少女の内、リーファと呼ばれたシルフの方は慌てた様子で、スプリガンの方はどこか納得したようすで彼へと駆け寄ってきた。

 

 (あーあ、ウダウダ悩んでたのがバカみてぇ。しかも……また先に手が出ちまったなぁ……)

 

 彼女達を視界の隅に残しながらも、顔を逸らして頭を掻く。生まれつき気が短いタチである自覚はあるのだが……今回はどうにも堪えられなかった。とはいえ昂った感情が収まった今は、何とも言えない気まずい空気が漂い始める。

 

 「あたた……今のは結構きいたなぁ……」

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 心配した様子のリーファに、起き上がったキリトは微笑んで頷く。

 

 「ほら、大丈夫だったでしょリーファ。まぁでも、初対面の人にやられたのは私もビックリしたけど」

 

 「ん?ああそっか、まだ気づいてないのか」

 

 「へ?何が?」

 

 訝しむスプリガンの少女に悪戯っ子がするような笑顔を見せた彼は、ゆっくりとこちらへと歩み寄る。オレもそっぽを向くのをやめて、キリトへと向き直る。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 互いに、無言。だが決して険悪な訳ではない。数えるくらいしか見た事の無い柔らかな笑みと、今にも泣き出しそうな程涙を堪えた漆黒の瞳。そしてそこに映る、全く同じ表情を浮かべる自分自身。それだけで、言葉が無くともオレ達は通じ合っていた。

 言いたい事や聞きたい事、話したい事が沢山あって。でも今こうして向き合った途端、胸にこみ上げてくる感情がそれらを呆気なく吹き飛ばしてしまい、言葉が見つからなくて―――それでも何とか、伝えたい想いがあるのだと。

 ゴツン、と音が響く。互いの右の拳をぶつける、ただそれだけの事がとても懐かしい。湿っぽいのは性に合わない為、零れそうだった涙を引き戻した右手で拭いとる。ちらりと視線を向ければ全く同じ事をしていたキリトと目が合い、そろって小さく噴き出す。やっぱり多くの言葉で飾るのはオレ達には合わない。それが分かっている彼が発したのは、ただ一つ。

 

 「―――久し振り、だな……親友(クロト)

 

 「おうよ、親友(キリト)

 

 吊り上がる口角を隠す事なく、オレは差し出された手を握り返す。

 無二の相棒との再会が、何よりも嬉しい。この二カ月、胸の内で止まっていたオレの時間が、ようやく動き出したのだった。


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