SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 な、何とか出来ました……前回から二カ月余り、非常にお待たせいたしました。


フェアリィ・ダンス編
七十一話 燻る残り火


 大和 サイド

 

 SAOがクリアされて二カ月が過ぎた。クリア直後こそ連日のように解放されたプレイヤー達についての特番が多数設けられたが、最近は漸く落ち着いてきている。目覚めたばかりの時は脆弱極まりないかった体も、二カ月に及ぶリハビリによって日常生活には支障のないレベルにまで回復する事ができた。だが―――帰ってきた現実世界は余りにも残酷で、オレは自分の無力さに打ちのめされた。

 ずっと恋焦がれ、彼の城でやっと想いを通じ合わせた少女も、背中を預けて戦い抜いた親友も、彼を愛し、支えた少女とも、オレは再会を果たす事ができていなかった。それどころか、消息すら全く分からないままなのだ。SAOには存在しなかった様々なしがらみに縛られ、どうする事もできなかった。

 帰還直後にゾンビの如く覚束ない足取りで彷徨ったオレはすぐさま看護師達によって病室へと連れ戻された。なけなしの体力を使い果たしたオレはその日を眠って過ごし、翌日になってSAO対策チームの一員の役人がやって来た。向こうはプレイヤーログで誰がいつ、アインクラッドの何処にいたのかを把握していたが、そこで何をやっていたのかを知る術はなかったらしい。その為帰還者全員にSAO内で何が起きたか、オレ達がどうやって過ごしていたのか……そして、何故七十五層でゲームがクリアされたのかを聞いてきた。オレはSAOでの事を話す代わりにサクラ、アスナ、キリトの消息を要求した。だが―――それが叶う事は無かった。他人の個人情報を開示する事はできないし、SAOでのトラブルを現実世界に持ち込ませるわけにはいかないと突っぱねられたのだ。それならばとオレもだんまりを決め込もうとしたが、そんなものは無意味だった。なんせSAO帰還者は六千人以上いるし、オレ以外にも最前線で戦っていたプレイヤーはいる。オレ一人が口を閉ざしても、他の誰かに聞けばいい彼等にとっては大して痛手にはならなかったのだ。最初から圧倒的に不利な交渉で、オレの手に残ったのは……ナーヴギアだけだった。本来なら回収される筈のナーヴギアは、オレにとってキリト達との唯一の繋がりであり、それだけは手放す訳にはいかなかったのだ。

 悔しさを紛らわせる為にリハビリに打ち込み、退院後は空虚な心を抱えて家に帰ったオレは……もう、彼の城を駆け抜けたクロトではなく、無力なガキ―――大和へと戻ってしまっていたのだろう。

 今わの際にキリトが教えてくれた住所、埼玉県川越市へと向かった時も……ハルや彼の家族にキリトの最後を伝える勇気が無く、彼を守れなかった罪悪感や無力さに押しつぶされそうになって、結局彼の家を訪問する事ができなかった。家に帰る途中でアルヴヘイム・オンライン―――通称ALOの存在を知ると、オレは逃げる様にその仮想世界(ALO)へとのめり込んだ。

 再びアインクラッドに降り立つ事は不可能でも、仮想世界にいられるのなら、まだ何処かでキリト達と繋がっていられる―――その一心で自分を誤魔化しながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「……ぅ……」

 

 目覚めのまどろみの中で、意識が浮上する。数度瞬きを繰り返して視界を確保すると、最近ようやく見慣れた天井が映る。普段よりも重さを増した上体を起こし、被りっぱなしだったナーヴギアを外す。確かな重みを感じさせるそれが、オレがいるのが現実世界なのだと無言で語っていた。

 

 「……!」

 

 会いたい。サクラ、アスナ……そしてキリトに。縋る様にナーヴギアを抱いて蹲ると、堪え切れない涙が一つ、また一つと頬を伝っていく。もうこれで何度目だろうか。こうして自分の無力さに打ちひしがれるのは。

 

 「畜生……!」

 

 食いしばった歯の隙間から、嗚咽が漏れる。何もできず、嘆く事しかできない自分が嫌になる。彼の城で得たものが、現実に壊されていく……その感覚は日を追うごとに少しずつ、着実に大きくなり、オレを蝕んでいって―――

 

 「―――大和」

 

 控え目なノックと共に名を呼ばれ、ハッと息を吞んで顔を上げた。

 

 「朝ご飯、できたよ。お腹が空いたらおいで」

 

 「あ、もうちょいしたら行くよ……ばあちゃん」

 

 ドアを開ける事は無かったのでみっともない所は見られなかったと思うが……多分、ばあちゃんとじいちゃんにはバレている。それでも変に干渉してこないで、そっとしておいてくれるのはありがたかった。

 

 (……じいちゃん達に甘えてばっかだな……畜生)

 

 乱暴に目元を拭うと、洗面所へと向かって顔を洗う。加えて深呼吸を何度か繰り返して、心を落ち着ける。

 

 (お袋……)

 

 ふと鏡に映った自分を見ると、前髪に着けた形見のヘアピンが映った。SAOでオレとサクラを繋いでくれたそれに触れると、不思議と励まされたような気がした。

 

 「飯……食うか」

 

 不安な気持ちを一旦押し込んで、じいちゃんとばあちゃんが待つ居間に行く。二人が用意してくれたのはご飯に味噌汁、納豆にほうれん草のおひたし、昨日の残りである肉じゃがだった。二年前まで当たり前だった日常に抱いてしまう違和感が収まるのはまだ当分先になりそうで、嬉しいようなそうではないような、複雑な気持ちになる。

 

 「じいちゃん、ばあちゃん、おはよう」

 

 「おはよう大和」

 

 「おはよう」

 

 二人ともオレを待ってくれていたのか、目の前の朝食に手を付けていなかった。

 

 「大和も起きてきたし、食べるとするか」

 

 「ええ、いただきます」

 

 「いただきます」

 

 今日もまた、一日が始まる―――

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 朝食の後、リハビリから日課になった筋トレをこなし、ALOへとログインした。

 

 「カァ」

 

 「……お前はいつも通りだな」

 

 昨日ログアウトした宿屋の一室で目を覚ましたオレを出迎えたのは、使い魔のヤタだった。初めてこの世界に降り立った時は、驚く事ばかり続いたのは記憶に新しい。なんせもう二度と会えないと思っていたこの三つ脚の鴉がSAOと寸分の違い無い姿のまま現れたり、スキルビルドが何をトチ狂ったのか一部を除いてSAOと全く同じだったり、その反面アイテムや武具は全て文字化けして使い物にならず、破棄せざるをえなかったり……言い出したらキリがない。

 

 「カ、カァ?」

 

 「おい、突っつくなって。そっちは慣れたっつってもお前の玩具じゃねぇよ」

 

 ベッドに座るオレの横に降り立って悪戯していたヤタの頭を、腰から生えたもので小突く。それから立ち上がり、ふと部屋に備えてある姿見に目を向ける。

 

 ―――小柄で中性的な顔立ちの黒髪のアバターだ。それだけならリアルとSAOの経験からもう慣れたものだが……普通の人とは決定的に異なる特徴が二つあった。

 

 「何でこうなっちまったんだか……」

 

 ため息をつけば、それに合わせてへにゃりと垂れ下がり、気を取り直せばぴょこりと立ち上がる猫耳(・・)とやたらと長い尻尾(・・)だ。惰性で始めたため特に種族のこだわりが無かったオレはアバター作成時に’ランダム選択’なるものを迷わずポチった。全ての種族を確認せずにポチったのが運のツキ……猫妖精(ケットシー)となってこの世界に降り立ってしまったのだ。とはいえキャラを作り直す気も起きず、今に至る。

 

 (ま、尻尾(コイツ)は結構便利だしな)

 

 何が面白いのか、ヤタがしょっちゅう尻尾を突っつく悪戯をしてきた為、思いの外早く感覚を掴む事ができた。現実世界ではありえない部位にすら感覚があったのは戸惑ったし、慣れない内は変な感じしかしなかったのだが……最近は手を使わずに肩に留まったヤタを擽ってやったり、腰のポーチからポーション等を取り出せたりと第三の手に近い事ができる様になってしまった。特にオレの尻尾は他のケットシーに比べても随分長いらしく、ある意味ではラッキーだったと前向きに考えておく。

 

 「……行くか」

 

 気を取り直すと、以前よりも鋭くなった目つきやへの字に曲がった口許と相まって黒い野良猫みたいにも思える自分をもう一睨みしてから外へと足を踏み出す。

 

 胸には相変わらず空虚な穴が空いたまま、キリト達の残滓を追い求めてフィールドへと。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ??? サイド

 

 とある宿から、三つ脚の鴉を連れたケットシーが現れる。フィールドへ向かって進むその子を、アタシはハイドして尾行する。街中で隠蔽を使うのはあまり褒められた行為じゃない事は分かっているケド、アタシはこうしないと気楽に出歩けないから仕方ないヨネ~。自慢じゃないケド、これでもアタシの隠蔽スキルはかなり高く、九百ちょっとある。だけどあの子の使い魔は非常に優れた探知能力を持っていて、かなり距離を開けておかないとすぐに気づかれる。以前一度だけバレそうになった時はホントにヒヤヒヤしたもんだったネ。

 ……あの子を見かけたのは、ただの偶然。普段の仕事の息抜きに、一人でこっそりフィールドを散歩していた時だった。普通のプレイヤーならパーティーを組んで戦うべき数のmobをソロで狩りつくした実力に度肝を抜かれちゃったんだヨネ~。そのくせ飛行は補助コントローラー頼みだし、空中戦の間合いの取り方もぎこちないし、イロイロちぐはぐですっごく気になったんダ。

 

 (ちょ、またダッシュ!?普通飛ぶ所だヨ!?)

 

 とにかく彼は翅の存在そのものに慣れていないのか、mobのテリトリーまで自分の脚で移動してばかり。でもその動きそのものは非常に滑らかで、下手な飛行よりもずっと速い。その為アタシは翅を広げて跳び立ち、近づきすぎないように気をつけながら追いかける。あの子が平原を駆け抜ける事しばし、前方から咆哮が轟いた。目を凝らすと、このフィールドでは中ボスクラスとされる三メートル程度の巨人―――ワイルドオーガの姿があった。

 

 (あちゃー、オーガの進路とかち合っちゃったみたいだヨー)

 

 この平原は広く、ワイルドオーガはその中をあっちこっちランダムに移動するから遭遇率は決して高くないケド……ソロでの遭遇は何ともアンラッキーだネ。特にオーガは防御力が低い代わりに攻撃力が高いから、狩るときはタンクを集めて囮になってもらい、メイジの魔法で袋叩きにするのがセオリーだし……普通ならお手上げだヨ。

 

 「ガアアァァァ!?」

 

 あの子は背負っていた弓を取り出して、先制攻撃とばかりにオーガの頭部に三連射を浴びせる。取り回し易いショートボウ故に威力や射程、精度は低い筈なのに、全ての矢がオーガの目に突き刺さる。きっとかなり弓スキルが高いみたいだネ。とは言えオーガの目を瞑すには至らず、刺さった矢は呆気なく引き抜かれる。その間にあの子は弓を背負いなおし、腰に下げた二振りの短剣を引き抜く。

 

 「ゴアアァァ!」

 

 「っ―――!」

 

 ずっと速度を緩めずに接近し続けたあの子を薙ぎ払うべく、オーガは腕を振るう。あの子はそれをギリギリのタイミングで跳躍し―――

 

 「え、ウソ!?」

 

 ―――オーガの頭にいとも簡単に取りついて見せた。次いで右手の短剣で首筋を斬り裂き、背を切りながら飛び降りる。

 

 「ガアァ!」

 

 振り返った巨人が憤怒の雄たけびと共に腕を伸ばすケド、今度はその股座をスライディングですり抜けてしまう。ちゃっかりオーガの大腿部を切りつけながら。その後も全く離れずに巨人の全身と地上を足場に駆け巡り、斬り裂く事を繰り返しオーガをその場に釘付けにし続ける。

 

 (成程ネー。徹底したインファイトで攻撃を封じるなんて……ジャイアントキリングがよっぽど得意なのかナ?)

 

 確かにあの巨人の攻撃パターンはかなりシンプルで読みやすいし、巨体故に密着されると相手の行動はさらに限定される。しかも一切被弾しないから高い攻撃力は脅威とならず、低い防御力の所為でとにかく攻め続ければHPを削り切るのに大した時間もかからない。でもあの子は首筋や大腿部、脇腹等の比較的柔らかい部位を重点的に斬り裂き、巨人のHPをガリガリと削る。ってあれ短剣で出せるペースじゃないよネ!?

 

 「ゴガアアァァ!!」

 

 「はあぁぁ!」

 

 瀕死状態からのバーサクモードも何のその、気づけばあの子はたった十分足らずで巨人をポリゴン片へと変えてしまった。ケットシーでトップクラス……ううん、ALO全プレイヤー中五指に入る程の実力である事はもう間違いないネ。随意飛行をマスターできれば、もう間違いなくケットシー最強だヨ。

 

 (これは是非ともスカウトしないとネー)

 

 数日後の会談の護衛として、あの子はなんとしても確保したい。あの子との交渉に望むべく、アタシは隠蔽を解除して接近した。




 今回はちょっと場面転換が多かったですね。気づけば今年も残り三カ月と少し……あと何話更新できるんだろ……

 昨日の最強ヒーロー・ヒロインランキング……アスナの紹介は良かったんですけど、何でキリトの紹介の時にデスゲームだって事が省かれてたんでしょう?そこ失くしたら彼の魅力をほとんど紹介できていない気がしてならないんですが……

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