SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回はいつもより早く上げられました。


六十六話 戦士の涙

 クロト サイド

 

 二週間。それがオレ達四人が最前線から離れていた期間だ。クラインから、七十五層の攻略は犠牲者が出ないよう慎重に、だが確実に進んでいると聞いていた。クォーターポイントである為、過剰な位の慎重さで攻略するべき。攻略組の誰もがその方針で迷宮区へ挑んだらしい。ボスへの偵察戦も同様に慎重を期して行われたが―――

 

 「偵察隊が、全滅……?」

 

 ―――突き付けられたのは、驚愕の事実だった。休暇中だったオレとサクラ、そしてキリトとアスナは、ボス戦参加の要請を送ってきたヒースクリフのおっさんとKOB本部の会議室で向かい合っていた。

 

 「昨日の事だ。クォーターポイントのボスである為、五ギルド合同で四パーティー……二十四人のメンバーを選出し、偵察戦に派遣した」

 

 普通ならば二パーティー、もしくは三パーティーで行われるそれに四パーティー……確かに充分すぎる戦力だろう。二十五層、五十層で痛い目に遭ったからこそ、同じ轍を踏まない為の措置だと分かった。

 

 「偵察戦は慎重を期して行われた。隊を前衛と後衛に二パーティーずつ割り振り、後衛はボス部屋の前で待機。前衛が先にボス部屋へ進入して通常どおり偵察戦を行い、非常事態には後衛が援護し、撤退する筈だった……」

 

 「おっさん、何があった……?」

 

 声の抑揚こそ普段通りだが、いつもは表情が分かりづらいおっさんにしては珍しく眉間に深い皺が刻まれていた。一度目を閉じていたおっさんだったが、短い沈黙の後に再び真鍮色の瞳をこちらへ向けた。

 

 「前衛がボス部屋へ進入し、中央に到達した直後……突然ボス部屋の扉が閉じたのだ」

 

 「なっ……!」

 

 サクラが短い悲鳴を上げ、繋いだ彼女の右手に力が籠るのがはっきりと感じられた。

 

 「後衛の者達の報告では、扉は五分以上開かず、鍵開けスキル等での開錠及び打撃等の直接攻撃による破壊も不可能だったらしい。ようやく扉が開いた時――――――そこには誰もいなかった」

 

 「前衛の者達は……転移結晶で脱出できなかったんですか?」

 

 震える声で、アスナはおっさんに尋ねた。聡明な彼女自身、もう最悪の展開は予想できている筈だが……それでも、確かめずにはいられなかったのだろう。

 

 「残念だが……彼等は帰らぬ人となってしまった。偵察戦の直後、黒鉄宮の生命の碑を確認させた所……前衛を務めた十二人全員の名前に横線が引かれていた」

 

 「結晶無効化エリア……なのか?」

 

 ぽつりと呟いたキリトに、おっさんは黙って頷いた。十二人全員が脱出できなかったのならば、そう考えるのが妥当だろう。

 

 「二人の報告では、七十四層もそうだったから、恐らく今後全てのボス部屋も同様の仕様だと考えていいだろう――――――だが、だからと言って攻略を諦めるつもりは無い」

 

 真鍮色の瞳に確固たる意志を滲ませたおっさんは、オレ達から視線を逸らす事なく言った。

 

 「脱出や撤退が不可能だというのならば、統制のとれる限りの大部隊をもってボスに挑むしかない。休暇中の君達を召喚するのは不本意だったが……背は腹に代えられない。了解してくれたまえ」

 

 オレとキリトのユニークスキル、サクラとアスナの指揮能力……クォーターポイントに挑むなら、決して外せない戦力だ。それくらいオレにも分かっている。了承の意を伝えるべく口を開こうとした時、オレよりも先にキリトが一歩踏み出した。

 

 「協力はさせて貰うさ。だがな、ヒースクリフ」

 

 「何かね?」

 

 「俺にとってはアスナ達の安全が最優先だ。もしもの時はレイド全体よりも彼女達を守る、それだけは絶対に譲れない」

 

 その漆黒の瞳は今、どんな輝きを宿しているのだろう?声にも態度にも強い意志が感じられたし、頼もしいと思える筈なのに……彼の背中が微かに揺らいで見えてしまうのは何故だろうか。

 

 (……迷っている、のか?一体何に?)

 

 気のせいだ、見間違いだと言われてしまえばそれまでだが、どうしてもそれで流してはダメな気がした。

 

 「何かを守ろうとする人は、得てして強いものだ。その強さを保つ為ならば、それで構わない」

 

 全てを見透かしたかのように、おっさんは微笑を浮かべるだけだった。

 

 「では三時間後……午後一時に最前線主街区であるコリニアの転移門前広場に集合だ。予定人数は君達を含め三十四人。君達の勇戦を期待する」

 

 こちらの返事を待たず、おっさんは退出していった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「三時間かぁ……どうしよっか」

 

 「装備のメンテナンスはもう済ましてありますし……アイテムも特に不足してる物もありませんし、確かに手持無沙汰ですね」

 

 女の子らしい、柔らかな空気を纏った二人を見て思わず頬が緩みかけたが、一人窓に寄りかかって俯くキリトに気付いたオレは、意を決して先程感じた疑問をぶつけた。

 

 「お前……何か迷ってるだろ」

 

 「……何で、分かるんだよ」

 

 帰ってきたのは、ひどく頼りないか細い声だった。やはり、聞いておいて正解だった。今を逃していたら、きっとコイツは黒衣の仮面に全て隠してしまうのだから。

 

 「もう、隠そうとすんなよ。今考えてる事吐き出しちまえ。つーか迷ったまま戦われちゃ足手まといだ」

 

 「……そう、だったな……」

 

 観念したような声色で呟いた彼だったが、俯いたままではその表情までは窺い知る事ができなかった。

 

 「―――アスナ、サクラ……クロト」

 

 暫しの沈黙の後、キリトはオレ達の名を呼んだ。談笑していた二人はどうかしたのか、と首を傾げながらオレ達の傍まで歩み寄ってくれた。

 

 「怒らないで聞いてくれ……今日のボス戦、三人は参加しないで待っていてくれないか」

 

 「……どうして、そんな事言うの……?」

 

 悲しげにそう言ったアスナは、じっとキリトを見つめ続ける。

 

 「ヒースクリフにはああ言ったけど……全員無事に生き残れる保証はどこにも無いんだ。もし……もし、アスナ達の身に何かあったらって思うと、怖いんだ……」

 

 「キリト……それは」

 

 彼が恐れている事は、オレ達全員に共通している。そう言いかけた所で、アスナは有無を言わせぬ様子でキリトの目の前に立った。

 

 「自分一人は危険な場所へ行って、私達には安全な街で待っていろ。キリト君はそう言いたいの?君にとって、私達はそんなに頼りないの?」

 

 最近聞く事の無かった咎めるような口調で、彼女はそう言った。その瞳には、激情の炎がありありと見て取れた。

 

 「だって仕方無いじゃないか!ボスの情報は何も無くて、結晶は使えなくて!一度入ったら逃げる事すらできなくなるんだ!」

 

 顔を上げたキリトの表情は、ひどいものだった。恐怖と苦悩に歪み、堰切ったように胸の内を吐露する。

 

 「何が起こるか分からない場所じゃ、自分一人守れるかどうかすら分からない!やっと……やっと、心の底から大切だって……失くしたくないって思えた君に、皆に会えたのに……!この世界で初めて幸せだって感じさせてくれた、この温もりをくれたアスナを!こんな俺を、ずっと見捨てないで守ってくれたクロトを!俺にだって、いつかきっと愛してくれる人が現れるんじゃないかって……小さな希望を持たせ続けてくれたサクラを!もし目の前で……死なせたら……俺は……俺はもう、戦えないよ!!」

 

 それは、強者を演じる為に黒衣に身を包んだ少年のまごう事無き本音(ひめい)。彼の心の底から上がる叫びの一つ一つが、聞いていて痛々しい。ぼろぼろと零れる涙を拭う事すら忘れたキリトに、かける言葉が見つからない。

 

 「できる事なら逃げたいさ!漸くこの手に掴めた幸福を奪われるくらいなら、臆病者と罵られてでもあの森の家で生きていたい!……でも、ハルを現実世界に帰す義務を投げ出す事も……俺にはできなくて……もう、どうしたらいいのか分からないんだ!」

 

 目を逸らし、肩で息をするキリト。アスナはそんな彼の胸に右手を添えると、空いた手を自分の胸元で握りながら少しの間俯いた。

 

 「そうだね……あの家で、毎日ずっと……いつまでも……一緒に……全部忘れてそうできたら……夢みたいだって、私も思うよ……」

 

 堪えているものを零すように、震える声で彼女は言葉を紡ぐ。

 

 「でも、あの家で君と一緒に過ごしていて、こう思ったの……キリト君のご両親に会って、ちゃんとお付き合いして……本当に結婚して……一緒に歳を重ねて……私の一生を掛けて愛していきたいって……だから……だから……!」

 

 その先は、言葉にならなかった。アスナはキリトの胸に顔を埋め、抑えきれない嗚咽を漏らす。

 

 「アスナ……」

 

 彼女の告白に、キリトが目を見開く。自分の見えない所で、アスナだって傷つき、苦しみ、折れそうな心を支えて生きてきた。そんな当たり前の事すら忘れかけてしまう程に、彼の心は追い詰められていたのだ。

 

 「キリト」

 

 一歩、彼に歩み寄る。今からオレが言う事は、キリトから逃げ道を奪ってしまうかもしれない。だが、それでも……

 

 

 「今だけでいい……ボスを倒すまで、お前の力を貸してくれ」

 

 「クロト……?」

 

 彼の力が無ければ今回のボスを倒す事は不可能だと解っている以上、言わなくてはならなかった。深々と頭を下げたオレに、キリトは困惑した声を発した。

 

 「この層さえ越えれば……もう、いいから。後はオレとサクラだけでも、何とかできるから……だから、今だけは……一緒に戦ってくれ……!」

 

 言葉を紡ぐごとに、自分の力不足が心を苛んでいく。戦って、戦って、戦いつづけ、受けた傷を癒す間もなくその日々に塗り重ねられてきた彼等に、まだ戦えと、言っているのだから。ゲームクリアの時までひっそりと休んでいてほしいのに、そうさせてやれない自分の弱さが、どうしようもなく悔しい。

 

 「~~~♪」

 

 「サク……ラ?」

 

 不意に聞こえた、彼女の歌声。驚いて顔を上げると、目を閉じて一心に歌うサクラの姿があった。

 

 「~~~♪」

 

 透き通った歌声が、張り詰めてささくれ立っていたオレ達の心を穏やかに鎮めていく。

 

 「~~~♪……ふぅ。ちょっとは、役に立ったかな?」

 

 歌い終わってから、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。だが、突然歌い始めた訳が分からず困惑していると、サクラは呆れたように肩を竦める。

 

 「みんな悲観しすぎだよ。確かにわたしだって怖い……でもわたしはクロトを……アスナさんを……キリトを信じてる。四人なら、何があってもきっと大丈夫だ、って……クロト達は違うの?」

 

 「っ!」

 

 彼女の言葉に、オレ達は虚を突かれた。あぁ……サクラの言う通りだ。第一層のボスをはじめ、色々な事をこの四人で乗り越えてきたじゃないか。今更それを信じられなくてどうするんだ。

 

 「……ごめん……俺、弱気になってた……死にたくない、アスナと……みんなと生きていたい……もう誰も、失いたくないって……そればっかり考えてた」

 

 「オレも。キリトにこれ以上傷ついてほしくないって、それだけだった……」

 

 気づかない内に、オレ達はそれぞれ自分の心を一人で追い詰めていたのだろう。ちゃんと打ち明けていれば、ここまで思い詰める事も無かったのに……なんともバカらしい。

 

 「ふふっ、クロト君ってホント、キリト君の心配ばっかりだね?」

 

 「全くです……何度妬いたか分かんないですよ……」

 

 「うぇ!?」

 

 サクラからのジトっとした視線と、拗ねたような表情が予想外で素っ頓狂な声が出てしまう。というか何故?今ここで言う事なのか……?

 

 「お前なぁ……いい加減サクラを最優先にしろよ。愛想つかされても自業自得としか言えないぞ?」

 

 「さっきまで泣きわめいてたテメェにだけは言われたくねぇぇぇ!!」

 

 やめろ!アスナと揃って呆れた目でオレを見るなああぁぁぁ!!

 

 「あ、クロト待って!」

 

 いたたまれなくなって逃げだしたオレは悪くない……筈だ。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 顔を真っ赤にして会議室から飛び出してしまったクロトを追いかける為に、アスナさん達に断りを入れてからわたしも駆け出す。

 

 「カァ」

 

 「ヤタ?……ありがとう」

 

 さっきまで長机の端にいたのを放置してたからか、クロトはヤタの事も忘れて行ったみたいだった。彼の許へと案内してくれるヤタに感謝して、グランザムの街を小走りに進む。人が多いからわたしは思うように速度が出せないけど、クロトは多分……建物の上を跳んでいったみたい。すれ違う人の中に、探し求める黒衣の少年はいないから。

 

 「カァ~」

 

 「そうなの……いっつも一人で行っちゃうんだよ」

 

 ため息をつくみたいに間延びした鳴き声を上げたヤタに、つい愚痴が零れてしまう。彼の想いを疑う訳じゃ無いけど、もっとわたしを見てほしいって思わずにはいられない。

 

 (―――いた!)

 

 通りを何度か曲がり、細い路地裏に入ってから少しして、ようやく見つけた。壁に頭を押し付けて、あーとかうーだの唸っている姿につい噴き出してしまいそうになるけど、グッと我慢して―――

 

 「えいや!」

 

 「うお!?」

 

 ―――その背中に、思いっきり抱き着く。案の定わたしに気付いてなかったクロトは、面白い声を上げてくれた。悪戯成功っと。

 

 「おま……リアルじゃタンコブぐらいできてっぞ、オレ」

 

 「わたしの事そっちのけでキリトの心配ばっかりしてたんだから……甘んじて受け入れてくださーい」

 

 「あー……オレが悪かった。ごめん」

 

 顔は見えないけど、きっと今の彼は罰が悪そうに頬を掻いていると思う。それくらいわたしはクロトの事を見てきたけど……彼はこの世界でどれくらい、わたしの事を見てくれてるんだろうか?わたし以上にキリトの事を見てきたんじゃないかって思うと、寂しいような、悔しいような……よくわからないモヤモヤした気持ちになる。

 

 「サクラ……その、ありがとな」

 

 「え?」

 

 「あの時、歌ってくれて……四人なら大丈夫だって、思い出させてくれて。すごく、助かったよ」

 

 彼に回した手が、温かくなる。見えなくても解る。クロトが、自分の手をわたしの手に重ねてくれているのだ。

 

 「なら、ね……ご褒美、欲しいなぁ……」

 

 抱擁を解いて、ちょっとおどけてみせる。……大丈夫、上手く言えた。

 

 「え、えっと……何を、ご所望でしょうか……?」

 

 「ぎゅ~ってして」

 

 「……お、おう」

 

 頬を赤くしながらも、彼は頷いてくれた。誰もいないのは解り切った筈なのに、キョロキョロと周りを確認するのがちょっとかわいい。

 

 「……ふぅ」

 

 優しく抱きしめられて、思わず吐息が零れる。少し恥ずかしくて、彼の肩口に額を押し当てる。

 

 「サクラ――――――もう、いいんだぞ」

 

 「……!」

 

 やっぱり、バレていた。そう思った瞬間に、隠そうとしていた涙が溢れだすのを止められなくなった。

 

 「ぅ……ぁ……!」

 

 「本当は、お前だって泣きたかったんだろ?怖くて、仕方無かったんだろ?……無理させてごめんな」

 

 全部、図星だ。アスナさん達の前ではああ言って強がったけど……現実世界に帰れなくてもいい。愛しい人と一緒にいられれば、それでいい……わたしだってそう思ってしまった。それが団員の皆やリズさん、わたしを信じてくれている人達への裏切りへと分かっていながら。

 

 「サクラは、充分頑張ってる。だから……だからさ、今は我慢しなくていいんだ」

 

 クロトの優しい温もりの中で、わたしは泣き続けた。恐怖は消えないけど、この温もりさえあれば頑張れる。そう言い聞かせて……




 くどいかもしれませんが……キリト達は十六、七歳の少年少女ですし、もういっぱいいっぱいだったはずです。

 最近バトルよりそっちの方を掘り下げてばっかりな気もしますが……ご容赦を。

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