SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 いつもより短いですが……難産でした。上手く纏まらず、書いては消しての繰り返しでした……(涙)


五十九話 黒衣に隠し続けた答え

 キリト サイド

 

 死が迫る。鈍色の金属に形を借りた殺意が、俺に死をもたらそうと降りてくる。俺もクロトもサクラも麻痺したままでどうする事もできない。

 

 (俺は……ここで死ぬのか……)

 

 ハルを、家族を一人、この世界に残して死ぬ。それが俺の……身近にいる人達を守れずに傷つけ、裏切ってきた愚か者の末路だ。そして俺は死んだら地獄にでも堕ちるのだろう。ケイタ達を死なせ、ハルを悲しませ、そして今クロト達を巻き込んでしまっている疫病神は、地獄で今以上の責め苦を受ける未来が相応しいのかもしれない。

 だがもし、もしも、許されるのならば―――

 

 (生きたい……俺はまだ、生きていたい……!)

 

 ―――生を望む。この先、どれ程の痛みを、苦しみを背負う事になるとしても。もう一度アスナと会って、彼女の想いと逃げずに向き合いたい。

 

 「死ね!死ね!!死ねええぇぇ!!」

 

 だが無情にも剣は迫っていて、俺の死の運命は覆らなくて。思考が暗闇に覆われていく。諦めが胸を満たしていき……不意にアスナの言葉が脳裏をよぎった。

 

 ―――大丈夫。君は私が守るから

 

 同時に、あの時感じた温もりと安らぎが思い起こされる。ここで俺が死ねば、彼女はどうなってしまうのだろう。かつての俺のように、守れなかったと自分を責めるだろうか。怒り、激情のままにクラディールを殺し……その手を穢すのだろうか。それとも……俺が、嘘つきと彼女を罵り恨み続ける幻想に囚われてしまうのだろうか。

 

 (……サチも、死ぬ時はこんな気持ちだったのかな……?)

 

 あの言葉が結果的に嘘になるとしてもかまわない。それでも俺はアスナに感謝している。あの時の彼女の眼差しに、抱擁に、口づけに……俺は初めて癒されたのだから。

 だから彼女が闇に囚われるような未来だけは絶対に嫌だった。

 

 ―――アスナ……

 

 声になったのか分からない。けれども最期は彼女を思っていたかった。叶うのなら、面と向かって感謝の思いを伝えたかった。

 剣先が俺の胸に僅かに触れて―――

 

 ―――キリト君は私が……絶対に守る!!

 

 頭の中に、そんな声が響いた。次いで衝撃音が聞こえ、それと同時に剣にかかっていた重みが消えた。

 

 「ヒールッ!!」

 

 俺のHPバーが全快する。だがそんな事はどうでもいい程、俺は驚愕した。何故なら今の声は、紛れも無く彼女の……俺が思い浮かべていた人のものだったのだから。

 

 「間に合った……間に合ったよ……神様……間に合った……」

 

 アスナは俺の傍らに跪いていた。はしばみ色の瞳を見開き、その可憐な唇を戦慄かせながらも、優しく慎重に俺の手からヤツの大剣を抜きとって置く。

 

 「……アス……ナ?何で……?」

 

 零れたのは、ひどく掠れた声だった。だがそれでも彼女は、安堵したように目尻に涙を浮かべる。

 

 「キリト君達の事をずっとマップでモニターしてたら、ゴドフリーの反応が消えて……何かあったんじゃないかって居ても立っても居られなくて……」

 

 まさか……俺達が一時間かけて歩いた距離を、彼女は五分にも満たない時間で駆け抜けたというのか?いくら敏捷優先の彼女であっても、にわかに信じがたかった。

 

 「生きてる……生きてるよねキリト君……」

 

 彼女の手が俺の背と後頭部に回り、先日のように彼女の胸に抱かれる。俺の存在を確かめるような抱擁に、先ほどまで迫っていた死の恐怖が払拭されていく。

 

 「チッ……あの野郎、まだ……!」

 

 「……アマァ……邪魔しやがって……!」

 

 クロトの声が、俺に現実を認識させた。アスナもそれは同じで、少しだけ俺を抱く力を弱めて後ろを振り返る。彼女によって吹き飛ばされた殺人者は、予備と思われる両手剣を手に立ち上がっており、憎悪の炎を滾らせていた。

 動けない俺達三人を庇いながらでは、いくらアスナでも危険だ。そう思い彼女を見て―――

 

 「大丈夫だよ」

 

 ―――優しく微笑みながら、アスナは俺にそう言い切った。その笑みが、声が、俺から不安を拭い去って行く。

 

 「待ってて―――すぐに終わらせるから」

 

 再び地面へと寝かせた俺に背を向けた彼女は、その言葉と共に疾風の如き速さでヤツに肉薄する。

 

 「ぶあっ!?ぐっ!があぁっ!?」

 

 気づいた時にはもう遅い。今のアスナの剣は、ライトエフェクトすら置き去りにしてヤツの全身を斬り裂き、貫いていく。まるで結果と過程が逆転しているかのようだ。いくらヤツの剣がエフェクトの前に翳されても、防いだ筈の箇所には深紅のダメージエフェクトが次々と噴き出していくのだから。

 

 (綺麗だ……)

 

 静かな怒りを滾らせながらもそれに飲まれる事無く剣を振るうアスナ。その姿に、俺はただただ魅了された。いや、俺だけではない。先程から何も発していない二人も今の彼女に魅せられているのだろう。

 

 「わ、解った!おれが悪かったよ!!」

 

 瞬く間にHPをレッドゾーンにまで減少させた殺人者は、剣を投げ出し甲高い声と共にその場で土下座した。

 

 「も、もうギルドは辞める!あんたらの前にも二度と現れねぇ!だ、だから命だけは―――」

 

 頭を抱え、怯え切った様子で命乞いをするヤツに対して、アスナは無言のまま掲げた細剣を逆手に持ち替える。だがその切先は僅かに揺れており、先ほどまでの勢いは消え失せていた。

 

 「―――し、死にたくねえぇぇぇ!!」

 

 「っ!!」

 

 彼女が細剣を突き立てようとしたその時、ヤツの絶叫が響き渡った。同時にアスナの剣は、見えない壁に阻まれたかの様に完全に動きを止めた。

 アスナは―――まだこの世界で誰かを殺めた事が無い。PKなどと誤魔化しても、この世界で誰かのHPをゼロにする行為は人殺しになるという事なのだ。激情に身を任せて殺した俺でさえ苦しみ続けてきたのだ。彼女にも殺人者という十字架を背負わせたくない。

 

 「騙されんな!ソイツは笑いながら二人を殺したんだぞ!!」

 

 「……えぇ、解ってる……解ってるわ……!」

 

 だがクロトの言う通り、アスナに躊躇うなと叫ぼうとしている自分がいる。PK―――殺人行為に強い忌避感を持った彼女の手が止まるその時を、ヤツが狙っているだろうとは容易に予想できるからだ。

 だから……だから俺は、アスナに「殺せ」とも「殺すな」とも言えなかった。

 

 「でも……!」

 

 彼女の葛藤を表すかのように小刻みに震えていた細剣が、ゆっくりと下げられる。

 

 「それなら尚の事……ゴドフリー達を殺した償いをさせるわ」

 

 「っ!」

 

 アスナの中には、まだヤツへの怒りや憎しみがある。それは彼女の背中しか見えない今でも感じ取れる程だ。だが……その上で彼女は自身の感情に飲まれる事無く、言い切ったのだ。それはクロトにとっても予想外だったようで、同時に―――抵抗無く人を殺せてしまう彼にとっては、眩しすぎる言葉だった。

 

 「な、何でもする!命が助かるなら何だってする!!」

 

 金切り声で命乞いをするクラディール。だが俺には上辺だけの、白々しいものに見えた。だから漸く麻痺が解け、アスナの許に歩み寄ろうと立ち上がる瞬間も、俺はヤツから目を離さずにいた。

 だから気づけた。アスナが拘束用アイテムを出そうとウィンドウを呼び出した瞬間に、ヤツが傍らの剣に手を伸ばした事に。

 

 (アスナは……やらせない!)

 

 それを見た途端、俺は飛び出していた。だがそれとほぼ同時に、ヤツは動き出していた。

 

 「ヒャアアアァァァ!!」

 

 「あっ……!」

 

 不意打ちの斬り上げが、アスナの手から細剣を弾き飛ばす。

 

 「アアア甘ェェェんだよおおぉぉぉ!!」

 

 無防備な彼女へ向けて、ヤツが剣を振り下ろそうとする寸前―――俺は二人の間に躍り出た。

 

 「はああぁぁぁ!」

 

 「がっ!?」

 

 アスナしか見ていなかったヤツが一瞬呆けた隙に、体術スキル『エンブレイザー』を放つ。もう既に穢れた手なのだから、今更一人増えた所で大して変わりはしない。だがそれでも……エリュシデータを使わなかったのは、これ以上ハルの想いを穢したくないという自己満足故だった。

 

 「この……人殺し野郎が……」

 

 HPが尽きたクラディールは、その身をポリゴン片へと変える寸前にそう呟いた。文字通り自分の手で殺めた男の呪詛の言葉が、突き込んだ右手の生々しい感触が、見えない錘となって俺にのしかかる。

 激情に任せてではなく、己の意志で人を殺す事の重さを今更ながらに理解した。右手が鮮血にまみれている状態を幻視し、えもいわれない不快感と嫌悪感が沸き上がる。

 全身から力が抜けた俺は、気づけば膝をついていた。

 

 「……ごめんね」

 

 しばしの静寂の後、風にかき消されてしまいそうなほど小さなアスナの声が、後ろから聞こえた。

 

 「アスナ……」

 

 「……君を、守るって……言ったのに……辛い事、背負わせて…………本当に、ごめんなさい……!」

 

 彼女の両目からはとめどなく涙が流れ、己をどれ程責めているかが痛いくらい伝わってきた。そして俺は、そんな彼女の悲痛な表情を見たくないと、またあの穏やかな笑みを浮かべてほしいと強く思った。

 

 ―――何故?

 

 そんな問い掛けが、頭をよぎった。何故俺は、アスナに泣いてほしくない……笑顔でいてほしいと思っているのだろうか。

 

 ―――キリト君

 

 何時からか、彼女は俺の名を呼ぶ時に顔を綻ばせるようになっていた。俺はそれが不快ではなく、寧ろ心地よく感じていた。

 彼女の笑顔を見ると心が暖かくなる。幾度となく触れた彼女の温もりに、かつてない安らぎを感じた。彼女に拒絶される未来を想像するのが何よりも恐ろしかった。そして……彼女の泣き顔を見ると、胸が張り裂けそうなほど痛い。

 

 (……ああ、そうか……答えなんてとっくに解っていたんだ……それなのに俺は……目を逸らして解らない振りをしていたんだ)

 

 己の中で彼女の存在がどれ程大きなものか、認めたくなかった。アスナが大切な存在だと認めてしまえば、俺は彼女を失った時の悲しみに耐えられないから。

 失うのが怖いなら、失わないように守ればいい……クロトにはそう言ったが、俺にはそんな力なんて無い。だからこそ、大切な人がこれ以上増えないように目を逸らしていたんだ。俺は浅はかにも逃げる事で自分を守っていた。その所為でアスナにどれほどの負担を掛けていたのだろう。

 でも……だからこそ俺は、今度こそ逃げずに彼女の想いに向き合うのだと決めたのだ。

 

 「アスナ……」

 

 伝えたい。やっと気づいた、俺の想いを。だが乾ききった喉は辛うじて彼女の名を呼ぶ事しかできず、それ以上の言葉を発する事ができない。

 

 「ごめんね……私の……所為で……!」

 

 俯き、今なお自分を責め続けるアスナへと両手を伸ばす。声を……言葉を届けられなくても、想いを伝える方法を、君が教えてくれたから。

 もう、迷いは無かった。俺は伸ばした両手で彼女を抱き寄せ―――そのまま唇を重ねた。全身を硬直させたアスナをあらん限りの力で抱きしめ続ける。

 

 ―――兄さんはもっと我儘とか言ってもいいと思うよ

 

 ハルの言葉に背を押され、俺は唇を離した後に今の自分の想いを吐露した。

 

 「……俺の命はもう君のものだ、アスナ。だから君の為に使いたい。最後の瞬間まで……一緒にいたい……!」

 

 あまりにも身勝手な、過去の戦いを否定するようなものだが……それが俺の嘘偽りの無い本心だ。本当なら、俺にはアスナの傍にいる資格は無いのかもしれない。俺が犯してきた過ちを、彼女にまで背負わせてはいけないのかもしれない。だがそれ以上に、アスナと片時も離れたくなかった。

 

 「……私も」

 

 そっと背に回される腕と共に、彼女のささやきが返ってきた。

 

 「私も、絶対に君を守る。永遠に守り続けるから……だから……!」

 

 そこから先は、互いに嗚咽しか出てこなかった。だが言葉が無くとも、全身から伝わってくる彼女の温もりが、込められた想いが、俺の心の奥底で凍り付いていた芯をゆっくりと溶かしていった。




 ほぼキリアスでクロト達が空気に……

 てか原作とあんまり違わない……?スランプが続いてるきがします……

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