SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 時間が取れなかったり、時間があっても筆が進まなかったり、上手く纏まらず同じ事がグダグダ続いたり……

 コレってもしかしてスランプ……?


五十八話 迫る殺意

 クロト サイド

 

 「……何のつもりだ?」

 

 なるべく波風は立たせたくなかったが、今の自分の声がかなり警戒の色を含んでいるだろう事は容易に分かった。キリトもサクラもそれは同様で、声こそ上げなかったものの視線でゴドフリーに説明を要求していた。

 

 「ウム、先日の彼の非礼は聞いている。だがこれからは同じ釜の飯を食う仲間なのだ。お互いにここで一度、過去の事は水に流してはどうかと思ってな」

 

 そう言いながらゴドフリーはオレの前に立つ男―――クラディールの肩を軽く叩き、豪快に笑った。

 ギルド内の人間関係の改善を図りたいゴドフリーの思惑やその必要性は頭では十分理解できる。いくらキリト・アスナ・サクラと共に活動すればいいとは言っても、そこにさらに他の団員が加わることだって十分あり得るし、そこで何かしらのトラブルを残したままにして連携の障害になったら……それがパーティー全滅の原因になりえる。それは解っているのだが……理解はできても納得しきれないのだ。感情的に。

 

 「……先日は……ご迷惑をおかけしまして……」

 

 「っ!?」

 

 こっちが葛藤していると、何とクラディールの方から頭を下げてきた。先日と比べてとてもしおらしい声だったのもそうだが、何よりプライドの高そうだった彼が素直に謝罪してくるのには面食らった。

 

 「二度と……あのような真似はしませんので……どうか、許していただきたい……」

 

 「……」

 

 だが、ぼそぼそと聞き取りづらいクラディールの声を聞いている内にオレの中である疑問が浮かんできた。

 

 ―――以前コイツが去り際に見せた、殺気を感じさせる程の憎悪が……たった数日で無くなるだろうか?と。

 

 伏せられた顔からでは、表情は読み取れない。今のクラディールの態度は本当に反省してのものなのか……それともただの演技なのか……それが分からない以上、警戒するに越したことはない。

 

 「……分かったよ。サクラもキリトも、ここはグッと飲み込んでくれ。な?」

 

 「……うん……」

 

 「あ、あぁ……」

 

 どちらも不承不承といった様子だが、頷いてくれた。親切心から動いてくれたゴドフリーには悪いが、本気でクラディールを信用した訳では無いし、許したつもりも無い。しばらくは警戒させてもらう。

 

 「ウム、これにて一件落着だな。がっはっはっは!」

 

 しかし肝心のゴドフリーはこれで丸く収まったと本気で思っているのか、オレとクラディールの肩を叩きながら再び豪快に笑う。……人が良すぎるのか、それともただの能天気なのか……フォワードの指揮官がこんな様子で本当に大丈夫なのだろうかと心配になってきた。

 五分ほどで残りの団員がやって来たためさあ出発という場面で、唐突にゴドフリーの声に引き留められた。

 

 「先のボス部屋が結晶無効化エリアだった事を踏まえ、今回は結晶アイテムが使えない状況を想定した訓練とする。よって諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらう」

 

 「なっ!?転移結晶もか?」

 

 思わずといった様子で、キリトが声を上げた。オレも声を上げる事こそ無かったが、驚愕してしまう。

 

 「無論だ。生命線である結晶アイテムが一切使えない状況に於いての危機対処能力を見せてもらいたい。これから先のボス部屋全てが結晶無効化エリアとなるだろうと団長もおっしゃっていたしな」

 

 「……!」

 

 ゴドフリーが言っている事は間違っていない。オレやキリトだって、これからのフロアボスの部屋が全て結晶無効化エリアになるかもしれないとは思っていた。即座にHPや状態異常を回復してくれるだけでなく、僅かな時間が稼げれば緊急脱出手段となる各種結晶アイテムは長い間攻略組……いや、全プレイヤーに多大な恩恵を与えてくれた。だがその反面で、結晶無効化エリアというトラップにかかったプレイヤー達は少なからず脆さをさらしてしまうようになったのだ……グリームアイズ戦での軍メンバー達の様に。

 しかし……それでもオレは、ゴドフリーに手持ちの結晶アイテムを預けるのに強い抵抗があった。ここは波風をたてぬよう、素直に従うべきだと理解していても、クラディールの事もあって結晶アイテムを手放したくないのだ。

 

 「……クロト、キリト」

 

 キリトと顔を見合わせようとしたその時、サクラがオレ達の手を握った。ハッとして彼女を見る。

 

 「二人の気持ちは解るよ。でも……でも今はお願い、アスナさんの為にも我慢して」

 

 「……そう、だな………」

 

 「………あぁ」

 

 キリトもオレも、ここは堪えてゴドフリーの指示に従う事にした。困惑していたのはオレ達だけではなく、サクラもまた同様だったのだ。それでも彼女は自分の葛藤を抑え、オレとキリトが孤立しない為にすべき事を考えてくれたのだ。

 辛い思いをしながらもオレ達の為に言ってくれるサクラを無視する事なんてできない。彼女を安心させる為に微笑みかけた後、オレはポーチ内の結晶アイテムをゴドフリーに預けた。

 

 「よし、では出発!」

 

 結晶アイテムを預かった後、全員のポーチの中まで確認したゴドフリーの号令と共に、オレ達は迷宮区へと向けて歩き出した。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ステータスがSTR一極型のアタッカーであるゴドフリーにあわせて徒歩で荒野を進む事一時間弱。その間にエンカウントしたmobは全て一刀のもとに切り伏せてきたので、特に危険な状況に陥る事は無かった。クラディールも別段怪しげな動きは一切しなかったし、サクラを通じてKOBの団員とも多少は打ち解ける事ができた。もっとも、彼がオレ達に敵意を抱いていなかった事も大きかったが。

 

 「よし、では一時休憩!」

 

 迷宮区前の曲がりくねった峡谷エリアの中ほどまで来た所で、ゴドフリーが野太い声で告げた。時刻は正午にさしかかっており、今更ながらに空腹を感じた。

 

 「もうお昼なんだね」

 

 「こんくらいだったら一気に駆け抜けちまいたかったんだけどなぁ……」

 

 苦笑いするサクラと、ため息と共に愚痴を零してしまうオレ。とりあえず手近な岩に腰かける。安全地帯では無いものの、周辺はmobが全くポップしない為、襲われる事は無いだろう。

 

 「では、食料を配布する」

 

 そう言ってゴドフリーは革の包みを人数分オブジェクト化すると、それぞれに一つずつ放ってきた。何の苦もなく包みを受け止め、さして期待せずにそれを開いた。

 

 「慢性的な財政難ってのは、結構マジなんだな」

 

 「あ、あはは……なんだか、ごめんね?」

 

 水の入った瓶と、NPCショップで販売している安価な固焼きパンが一つずつ。それが今日の昼飯だった。少し離れた所でため息をつくキリトをちらりと見て、多分彼も包みの中は一緒なのだろうと予測しながらつぶやくと、サクラが乾いた笑みを浮かべる。

 ハルが用意した弁当は一応あるが、流石にこの状況で食う気にはなれなかった。皆が質素な食事を摂る中で、自分だけが別の物を食べるとまた何か問題が起こるだろうし、何より……サクラだって我慢しているのだ。オレが我儘を言う訳にはいかない。

 

 「晩飯はしっかりしたのを食わせてもらうからいいさ。迷宮区に籠ってた時のメシに比べりゃ、十分マシだし」

 

 そう言いながら、オレは固いパンを筋力値任せに小さくちぎった。多少ボロボロとパンが零れたが、気にする事無くちぎり終えた欠片をヤタに食わせる。そして片手で瓶の栓を外した、その時―――

 

 「飲むな!」

 

 ―――切羽詰まった叫びと共に、キリトがオレの手から瓶を叩き落とした。彼の突然の行動に驚いたのも束の間、次の瞬間にキリトは地面に倒れた。

 

 「ぇ……?」

 

 「サクラ!?」

 

 さらに追い打ちをかけるかのように、隣に座っていたサクラの体がぐらりと傾く。咄嗟に彼女を支えようと手を伸ばしたが……それは叶わなかった。

 

 ―――右肩に軽い衝撃が走り、同時に全身から力が抜けたのだから。

 

 無様に倒れ込んだオレの目の前に落ちた、濡れ羽色の塊。ヤタだ。ヤタの右翼には毒々しい粘液の着いたスローイングダガーが刺さっていて、そのHPバーの横に麻痺のアイコンがついていた。

 

 「ククッ……クッハハハハッ!」

 

 甲高い笑い声。どうにか首を巡らせると、カーソルを禍々しいオレンジに染めたクラディールが身をよじって笑っていた。それを見た瞬間、オレの背筋に冷たいものが走った。

 クラディールを除いた全員が麻痺状態になっており、なおかつ無事な彼がオレンジ。完全に嵌められたのだ。

 

 (解毒結晶が……無い……!)

 

 オブジェクト化してあった結晶アイテムは全てゴドフリーに預けてある。ストレージ内には予備の結晶アイテムがあるものの、ヤツが悠長にメニューウインドウを開くのを見逃す事が無い限り取り出す事が不可能だ。

 解毒ポーションならポーチにあるが、即効性が無いため瞬時にこの状況を脱出できない。しかもランダムで僅かに動かせる四肢が、今回は右脚だった。両手が動かせないうえに、ヤタまでもが麻痺しているため手の代わりとなってもらう事もできない。まさに八方塞がりだ。

 

 「速く解毒結晶を使え!」

 

 「う……!」

 

 キリトの叫びで、ようやくゴドフリーの腕がポーチへと動き出した。だがそれはあまりにも緩慢で、クラディールがそれを逃す筈もなかった。

 

 「ヒャァ!!」

 

 奇声を上げながら飛び上がり、ゴドフリーの腕を踏みつける。そのまま彼のポーチに手を突っ込み、結晶を己のポーチへと落とし込む。

 

 「クラディール……どういう、つもりだ……?」

 

 「あぁん?」

 

 ゴドフリーの呟きに首を傾げたのも一瞬、ヤツは再び哄笑した。

 

 「ゴドフリーさんよぉ……馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、アンタ筋金入りのノーキンだなぁ!!ヒャハハハハッ!!」

 

 「ぐっ!」

 

 呆然とした表情のゴドフリーの顔面を、容赦なく蹴り飛ばすクラディール。明らかな攻撃だが、ヤツは既にオレンジとなっているので何の影響も無い。

 

 「アンタにゃ言いてぇ事がねぇワケじゃねぇけどよぉ……オードブルで腹いっぱいになっちまうつもりも無ぇんだよなぁ……」

 

 「な、何を言っているんだ……?訓練じゃないのか?」

 

 興奮を抑えきれないとばかりに体を震わせ、両手剣を引き抜いたヤツは―――

 

 「うるせぇ、とっとと死ねや」

 

 ―――先ほどまでとは打って変わった、冷徹な声と共に躊躇う事なくそれを振り下ろした。それも一撃ではなく、ゴドフリーをいたぶるかの様に……何度も、何度も。

 

 「やめて!」

 

 サクラの叫びにも一切耳を貸さず、剣を打ち下ろし続けるクラディール。ゴドフリーも漸く自分が殺されそうになっている事に気づいたのか、悲鳴を上げる。

 

 「オラァ、死ねやぁ!」

 

 「ぐあああああぁぁぁ!?」

 

 やがてヤツの剣が……ゴドフリーの命を食らい尽した。彼の断末魔と重なって響き渡る、ヤツの狂った歓喜の声に怖気が走った。ゴドフリーだったポリゴン片が飛び散る中、クラディールは機械仕掛けの人形の様な動きでもう一人の団員に向き直った。

 

 「ひぃっ!」

 

 「お前には何も恨みも無ぇけどなぁ……おれのシナリオだと生存者はおれだけなんだよ……」

 

 引きずられる剣の切先が、耳障りな音を立てる。一歩、また一歩と近づくヤツから逃れようと彼はもがくが、空しい努力でしかなかった。

 

 「た、助け―――」

 

 「―――るワケねぇだろヴァーカ!」

 

 容赦なく彼の胸を貫くクラディールは、自らの筋書きを披露する。

 

 「いいかぁ……おれ達のパーティーはぁ~」

 

 剣を引き抜き、再び突き刺す。

 

 「荒野でオレンジの大群に襲われてぇ~」

 

 さらにもう一度。

 

 「勇戦空しく五人死亡~」

 

 僅か数ドットのHPしか残っていない彼の体から剣を引き抜き、振り上げる。

 

 「し、死にたくな―――」

 

 「―――おれ一人になったものの、見事撃退して生還しましたとさああぁぁぁ!!」

 

 命乞いを続けた彼の頭へと、無慈悲に剣を振り下ろした。一拍遅れて響き渡る、二度目の破砕音。

 

 「……!」

 

 サクラの声にならない悲鳴に、歯を食いしばるしかできなかった。恍惚とした表情を浮かべるクラディールを睨み続けても、有効な案が出てこない。

 

 「よぉ、ガキ共……オメェらを始末するのに関係ねぇのを二人も殺しちまったぜぇ?」

 

 「その割には随分と楽しんでたじゃないか……お前みたいなヤツがなんでKOBに入った。オレンジ……レッドギルドの方がよっぽど似合いだ……!」

 

 クラディールが次に選んだのはキリトだった。狂ったような笑みを浮かべるヤツを見据え、皮肉気に口を開く姿は、ヤツの意識が此方に向かないようにと体を張って守ろうとしているように見えた。

 

 (バカ野郎……それはオレの役目だろ!)

 

 オレとヤタには、麻痺毒付きのダガーが刺さったままだが、キリトとサクラは毒入りの水を飲んだだけ。五分程度の時間さえ稼げれば、キリト達は動ける筈なのだ。

 

 「何でかって?ハハッ!決まってるだろ、あの女だよ」

 

 「っ!?貴様……!」

 

 平静を装っていたキリトが、憤怒の声を上げる。だがそれすら、ヤツには何の意味も無かった。

 

 「んなコエェ顔すんなよ。所詮ゲームなんだしよぉ……お?」

 

 だが突然何かに気づいたかのように一瞬呆け、再びいやらしくニヤニヤと笑い出す。

 

 「そういやさっき面白れぇ事言ったよなぁ?レッドギルドがどうだとか……」

 

 「……事実だろ。お前みたいに狂ったヤツら、今まで散々見てきたからな……!」

 

 「勘違いすんなよ、良い眼してるって褒めてるだけじゃねぇか」

 

 吐き気すら催す程に不気味な笑いを続けるクラディールは、何を思ったのかいきなり左腕のガントレットを除装する。そして露わになったヤツの左腕に描かれていたタトゥーを見た瞬間、オレ達は息をのんだ。

 蓋のずれた、漆黒の棺桶。蓋には不気味に笑う顔が描かれており、中からは白骨の左腕が飛び出している。

 

 「……笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……!?」

 

 呆然と呟くサクラの声が聞こえたのか、ヤツはにんまりと頷いた。およそ半年前に壊滅してなお、アインクラッド中で未だに恐れられ続けている最悪の殺人ギルド、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)。奴らの討伐戦は、オレ達全員に消える事の無い傷を残している。もう二度と見る事など無いと思っていたソレを見て、オレはどうも腑に落ちないものがあった。

 

 「今更……復讐か?テメェらがああなったのは……自業自得だろうが……!」

 

 「ハッ!ちげーよ。んなダセェ事なんざすっかよ……おれがラフコフに入れてもらったのはついこの間だぜ。ま、精神的にだがな。おめぇの事だってそん時聞いたんだぜぇ……ヒトの皮被った化物さんよぉ!」

 

 「ッ!!」

 

 見えない刃に斬り裂かれる感覚。それと共に蘇ってくる、抹消したくて仕方が無い忌まわしい記憶。だが、ここで屈するわけにはいかなかった。キリトが、サクラが動けるようになるまで、どうにか時間を稼がなくては。

 

 「は、はは……はははは!」

 

 「!?クロト……?」

 

 オレは己の震えを悟らせぬよう、精一杯ふてぶてしい表情を作ってみせた。そしてあざける様にヤツを見据え、喋る。

 

 「その様子じゃ、自分が捨て駒だってのに気づいてねぇよなぁ?……シナリオがお粗末すぎて話にならねぇぜ」

 

 「あぁん!?」

 

 漸くクラディールから、厭味ったらしい笑みが消えた。手足の震えを押し隠し、オレはヤツをあざける。

 

 「オレンジの大群に襲われる?碌な拠点も構えらんねぇ荒野で?アスナがんなでっち上げ信じる訳ねぇだろ。そのうえオレやキリトをぶちのめせるハイレベルなオレンジ共に襲われたってのに、何でザコのお前だけが生き延びるんだ?普通ならお前が真っ先に死ぬだろバァーカ!」

 

 「ガ、ガキィ……言わせておけば―――」

 

 「―――お前はもう詰んでるんだよ。もう何をしようがテメェは明日の朝日を拝めねぇってワケ。ちっとも気づかなかったとか……全くおめでたい脳ミソだなぁ!」

 

 「黙れぇ!!」

 

 額に青筋が浮かんでいてもおかしくない程に怒り心頭な顔のクラディールが、オレの腹を踏みつける。だが、これでいい。

 

 (まだ、なのか……?)

 

 自分の内側から這い上がって来る恐怖と戦っている為か、既に時間間隔は無かった。何度目かの蹴りを入れた後、クラディールは肩で息をしながらも幾分頭を冷やしてしまった。

 

 「クッククク……!いいぜ、オメェもさっさとやっちまおうと思っていたが……やめだ。ソイツが刺さってんだ、後でじっくり壊してから殺してやるよぉ!!」

 

 「きゃ!?」

 

 そう言うや否や、オレに刺したのと同様のスローイングダガーをサクラの左手に突き刺した。しかもそれだけでは飽き足らず、彼女の右手を無造作に掴んだ。

 

 「い、嫌!」

 

 「やめろ!」

 

 自力で動けないのをいい事に、クラディールは無遠慮に彼女の手を使ってウィンドウを開かせる。

 

 「クヒャヒャ!いいねぇ……やっぱり自分の女を目の前でヤられんのは耐えらんねぇってかぁ?」

 

 「何、言ってんだ……?」

 

 理解できない。いくら相手のウィンドウを好き勝手に弄れても、最後の一線はハラスメントコードによって阻止される筈で―――

 

 「おいおい、マジで知らねぇのか?’倫理コード解除設定’ってので、デキるんだぜぇ?」

 

 「この野郎……!」

 

 ギュッと目を瞑り、怯えるサクラ。クラディールの悍ましい言葉に、オレは気が狂いそうだった。一方いやらしい笑みを貼り付かせたヤツはオレの反応が楽しいのか、さらに捲し立てる。

 

 「細けぇ事は後で教えてやるよ、実況しながらな―――!?」

 

 不意にヤツの声が途切れた。よく見ればヤツのHPが極僅かだが減少している。左上腕にピックが刺さっていて、誰が投げたのかは明白だった。

 

 「ってぇな……」

 

 刺さったピックを無造作に引き抜くと、ヤツはキリトの方へ移動する。

 

 「ああそうかい……そんなに死にてぇならお望み通りお前から殺してやるよぉ!!」

 

 キリトの前で改めて剣を振り上げたクラディールの目はほぼ真円にまで見開かれており、憎悪と歓喜の混ざり合った醜悪な色を宿していた。

 

 「デュエルん時から夢に見てたんだぜぇ、この瞬間をよぉ…………オラァ!」

 

 ギラリと光った凶刃が、キリトの左足に突き立てられた。そのまま抉るように剣を回し、キリトの顔を見つめ、その表情が絶望に染まる瞬間を待ち望んでいる。

 

 「どうよ……もうすぐ死ぬってどうなんだよ……言ってみろよぉ……さっきの奴みたいに死にたくねぇってよぉ」

 

 剣が一度引き抜かれ、今度は腹に突き立てられる―――

 

 「お……お?」

 

 ―――直前に、キリトの右手がヤツの両手剣の刀身を掴んでいた。

 

 「なんだよ、いつもスカした顔のお前でも死ぬのは怖えぇってか?」

 

 「……ぇ……きゃ…………んだ」

 

 「あぁ?」

 

 消え入りそうなか細い声。それがキリトのものだと、すぐには解らなかった。

 

 「帰さなきゃ……ならないんだ……ハル……みんなを……それまでは…………俺に死は、赦されない……!」

 

 彼の闇色の瞳には既にクラディールなど映っていない。虚ろな目でヤツの凶刃に、迫り来る死に抗い、呪文のように同じ事を繰り返し言い続ける。

 

 ―――まるで動けない体に鎖を巻き付け、無理やり傀儡として動かしているように。

 

 「クヒャヒャ!そうこなくっちゃなぁ!やっと殺しがいが出てきたぜぇ!!」

 

 全体重をかけ、キリトの抵抗をものともせずに剣を突き立てるクラディール。まだキリトのHPは七割ほど残っているが、このままでは一分とかからずに殺される。

 

 (何か……何かないのか……!)

 

 どれほど思考を巡らせても、打開する手立ては出てこない。ただキリトの命が少し、また少しと削られ、半分を割った。

 彼が死ぬ。それが現実となろうとしている事が、そしてそれを止められない自分の無力さが、オレを蝕んでいく。やっと……やっと自分を受け入れる人を見つけ、新しく踏み出そうとしていたキリトを守るのだと……本当の友達になるのだと決意した筈なのに―――

 

 「俺、は……死ねない……!」

 

 「さっきっからそればっかだなぁ?いいからもっと泣けよぉ!みっともなく命乞いでもしてみやがれぇ!!」

 

 剣を掴まれている為に大きく振り上げる事はできないが、それでも何度も何度も内臓を掻きまわすかのようにグリグリと腹を抉り続けるクラディールとうわ言の様に自分を縛る言葉を発し続けるキリト。だけど……その目には何の光も宿っていなくて。

 それに気づいた瞬間、オレは叫んだ。

 

 「目を覚ませキリト!お前は……お前の心は、’生きたい’って叫んでるんじゃないのか!?」

 

 「!?」

 

 ピクリ、とキリトの全身が反応した。その拍子に彼の体から剣が引き抜かれてしまうが、構わずオレは続ける。

 

 「今度こそ……アスナと向き合うんじゃなかったのか!!あいつの想いに―――」

 

 「―――ギャーギャーうるせぇんだよぉ!!化物野郎ォ!!」

 

 無造作に振るわれた両手剣がオレの首筋を斬り裂いた。現実ならば即死だが、この世界ではHPが全損しなければ死ぬ事は無い。だが痛みが無いとはいえ剣に首の半ば以上を斬り裂かれ、オレはしばし言葉を発する事ができなくなる。

 

 「クッヒャヒャヒャァ!」

 

 最早奇声としか言いようのない歓喜の叫びと共に、クラディールの剣はまっすぐキリトの心臓へ―――

 

 「ぐっ……!」

 

 ―――突き立てられる寸前で、彼の右手に刀身を掴まれた。これにはヤツも驚き、一瞬とはいえ呆けた。

 

 「そう、だ……俺は、生きたい……!生きて……アスナに……!!」

 

 「ガキィ……しぶてぇんだよぉ!!」

 

 だがクラディールはすぐに剣に全体重をかける。剣先が徐々に、そして確実にキリトへと近づいていく。彼のHPはもう一割も残っていない。つまり……この一撃で死ぬ。

 

 「死ね!死ね!!死ねええぇぇ!!」

 

 残り一センチ……五ミリ……

 迫る凶刃に、しかしキリトは確かな生への渇望を宿した目で睨み続ける。

 

 (キリト……!)

 

 抗う彼をあざ笑うかのように、鈍く輝く剣尖が僅かに胸に潜り込み―――

 

 ―――一筋の閃光が、彼に迫っていた死の運命をはねのけた。




 気づいたらいつもより長くなっていました。原作とあんまり変わんないのに……

 もうちょっとコンパクトにまとめられる文章力が欲しいです。

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