SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 キリアスです。クロト×サクラの二番煎じかもしれませんが、此方ではこれが精一杯でした。


五十六話 晒す傷跡 癒しの温もり

 キリト サイド

 

 「な……なんじゃこりゃあ!?」

 

 ヒースクリフに敗北した二日後、俺達の制服が完成したため袖を通したのだが……

 

 「サクラ……オレら’地味な奴’って頼んだよな?」

 

 「これでも十分地味だよ。大丈夫、似合ってるってば!」

 

 深紅の縁取りがされた、目が痛くなる程の純白なロングコート。両襟と背中に染め抜かれた十字模様もまた深紅。それが俺に与えられたKOBの制服だ。クロトも似たような色合いのハーフコートが制服だった。彼には深紅のマフラーもセットで渡され、他の人よりも赤の印象が強くでている。

 

 「……やっぱ」

 

 「似合わないよな……」

 

 お互いに黒づくめで慣れていた分、違和感が凄まじい。明日からこの恰好で人前に出ると考えただけで気が滅入る。

 

 「た、確かに兄さんに白は合わない……かな」

 

 ハルも流石に擁護できないらしく、苦笑と共にそう言うのがやっとの状態だった。変に取り繕った世辞を言われるよりも遥かにありがたいが、それでも第三者から似合わないと言われればそれなりに凹む。

 

 「ギルド、か……」

 

 脱力してベッドへ仰向けに倒れ込むと、思わずそう呟いていた。

 

 「なんだか、すっかり巻き込んじゃったね……」

 

 「ま、いいきっかけだったさ。二人で攻略してくのも、そう長くは続かなかっただろうし」

 

 「そう言ってくれるとこっちも助かるけど……」

 

 責任を感じているのか、アスナもサクラもどうも歯切れが悪い。元はと言えば、挑発に乗って一度断ったデュエルを受けてしまった俺が悪いのだ。巻き込まれた、というのならクロトの方だろう。

 

 「ほら、何はともあれこれから四人で攻略してくんだ。改めてよろしくな」

 

 「……うん、よろしく!」

 

 「こっちこそ、改めてよろしくね」

 

 いつまでもウジウジするのは性分じゃない、とばかりにクロトは思考を切り替えた。そのおかげかサクラ達も幾分表情が和らいだ。

 

 「兄さん?兄さんだって挨拶しないとダメだよ」

 

 「へいへいっと。まぁ今までと変わらないとは思うけど、一応よろしく」

 

 ハルに促され、俺は気だるげに上体を起こした。クロト達のやり取りが眩しくて、俺なんかが入ってもいいのだろうかといつも思うのだが……その度に向こうは俺を迎え入れ、こうして会話の環に加えてくれる。

 

 ―――そして俺は、いつもそれに甘んじてしまう。本当はそんな資格など、ある筈無いのに……

 

 「キリト君?」

 

 顔に出ていたのだろうか、アスナの気づかわしげな声が聞こえた。いつもならすぐに取り繕う所だが……今の俺には、何故かできなかった。ただ黙って、顔を背ける。そんな事してしまえば、さらに俺の事を気にするというのに。

 だが予想に反して、訪れたのは静寂だった。アスナ達は俺を待っているのかもしれない。でも俺にとってそれは息苦しいだけだった。

 

 「……ねぇ、キリト君」

 

 しばらく続いた静寂を破ったのは、やはりアスナだった。その目を見る事すら憚られた俺は、俯きながらその声に耳を傾けた。

 

 「何で君はギルドを……ううん、人を遠ざけようとするの?それだけじゃない、どうして自分の事を蔑ろにするの?ベータテスターだからとか、ユニークスキル使いだからとかじゃないよね……同じ条件のクロト君の事だって遠ざけようとしてた時があったんだもん、君は一体何を抱えているの?」

 

 「っ!?」

 

 自分を蝕む罪悪感を指摘されたようで、俺は息を飲んだ。ベッドに置いた手が、知らぬ間にシーツを強く握りしめていた。

 

 「ま、待てよアスナ。別に今聞く事じゃねぇだろ。誰にだって言いたく無い事の一つや二つ―――」

 

 「―――そうやって待ってるだけじゃ、何も変わらないわ。私は知りたいの。キリト君の本当の想いを」

 

 俺の、本当の想い……?そんなの分からない。分かる筈が無い。俺が望んだものはどれもこの手の届かぬ場所でまぶしく輝いていて、仮に手が届いたとしても、資格の無い俺はすぐにそれを失ってしまうのだから。

 過去に望んだもの、失ってしまったもの、得られたと思った矢先にこの手から零れ落ちたもの……様々な記憶が蘇り―――傷跡が疼いた。

 

 (……もういい。全てを晒そう。そして無くしてしまおう……)

 

 未練がましく現状維持なんかしてるから、苦しくなるのだ。ならばいっそ、全て諦めて家族(ハル)の為だけに生きればいい。熱に浮かされたような頭はそんな事を思いつき、俺もそれが正しいと思えた。

 

 「一年以上前、一度あるギルドに関わった事がある」

 

 「キリト!」

 

 クロトの制止さえ煩わしい。当時の記憶を鮮明に思い出しながら、俺は淡々と彼等―――月夜の黒猫団について語った。

 

 ハルの素材集めに付き合って下層に降りていた時に助太刀した事。俺達がビーターである事に驚きながらも拒絶などしないいい人達であった事。閉鎖的な攻略組とは真逆なアットホームな雰囲気に強く惹かれ、彼等のレベル上げを手伝ったり情報を提供したりとサポートした事。

 その最中、サチが俺にだけ死ぬのが怖い、本当はフィールドになんて出たくないと泣いた事。それに対して俺はただ、根拠の無い薄っぺらな言葉しかかけてやれなかった事。

 

 ―――そしてサチ達を、死なせた事も。

 

 「本当なら未然に防げた筈だった……俺なら何があってもサチ達を守れるんだって思いあがって……だからみんなを、サチを殺したのは俺なんだ……!」

 

 トラップ多発地帯で見つけた隠し部屋と、その中央に置かれた宝箱。どう考えても罠だったのに、俺がいるから大丈夫だと誰もが安直にそう思って、気にしなかったのだ。だが、俺が守れたのは自分一人のみだった。

 俺があの時強く止めていれば、きっとみんなは止まってくれた筈だ。全ては俺の慢心が招いた事なのだ。

 

 「その……ケイタって人は、どうしたの……?」

 

 震える声で聴いてきたサクラに、俺は変わらぬ口調で答えた。

 

 「自殺した。メンバーを死なせた俺を殴って、罵って……目の前で、外周部から飛び降りた。きっと最期の時も、俺を憎んでただろうな」

 

 自嘲だろうか、気づけば俺は乾いた笑みを浮かべていた。今でも彼の言葉が、目が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 「彼等だけじゃない。ラフコフ討伐戦じゃハルを……一度死なせた。クロトだって本気で殺そうとした」

 

 「っ!」

 

 「だからあれは―――」

 

 「―――俺は疫病神なんだよ!ずっと俺の隣にいたお前なら分かるだろ!?俺に関わった奴はみんな碌な目にあっちゃいないって!」

 

 しつこい。本当にコイツは甘い。敵には容赦無い癖に、一度仲間と認めた奴にはどこまでもお人好しになる。俺とコイツとの間にあるのも、上っ面だけの薄っぺらな関係でしかないというのに。

 

 「君を……疫病神って言ったのは誰……?」

 

 「ケイタだよ。そう呼ぶのに丁度いいもの、俺にあったから」

 

 右手を振ってメニューウインドウを出し、装備フィギュアを広げる。この二年間で染み付いた動作故に指は滑らかに動き……最後の一工程で止まった。

 

 「兄さん!?それはダメ!」

 

 少しの間躊躇っていると、俺が何をしようとしているのかをハルが察してしまった。だがその制止を振り切って、俺の手は動いた。

 

 「な、お前……」

 

 「え……キリト、それ……」

 

 バンダナを装備解除し、前髪をかき上げて―――

 

 ―――俺自身受け入れられず、ずっと忌避して隠し続けた額の傷跡を彼等に晒した。

 

 「な?丁度いいだろ、当たり散らすのにはさ」

 

 これで終わりだ。もう二度と俺はここにいる人達とは笑いあう事など無いだろう。両親を失って間もない頃のように、視界に映るもの全てが急速に色褪せていく。

 

 「キリト、オレは―――」

 

 「―――やめてくれ。慰めの言葉なんていらない」

 

 もう、彼等を見るまでも無い。その目には現実で俺を拒絶した人達と同じ色が宿っている筈だから。恐怖、嫌悪、憎悪、侮蔑、同情、哀れみ……例外なんていない。

 

 「……キリト君」

 

 アスナがゆっくりと歩み寄って来る。彼女だって、きっと俺を蔑むのだろう。それでいい。それが俺の受けるべき罰だ。ただ……その顔を見るのが、何故か怖かった。

 瞼を固く閉ざし、来たるべき罵詈雑言に歯を食いしばる。

 

 「キリト君」

 

 すぐ傍で、囁くように名を呼ばれても、俺は動けなかった。だから、頬に手を添えられても拒む事ができず、顔を上げられてもされるがままだった。

 

 「目を開けてごらん」

 

 彼女の穏やかな声を聞いても、全身が強張るだけだった。今目を開ければ、間違いなくアスナの顔を見てしまう。

 

 ―――怖い。怖い怖い怖い怖い

 

 頭の中が恐怖で埋め尽くされ、みっともなく俺の体は震える。彼女の手が俺の髪をかき上げても、体は全く動いてくれなかった。

 

 「キリト君は……額の傷跡(これ)が嫌い?」

 

 「あ……当たり前、だろ……こんな…醜いもの―――!?」

 

 意図の分からぬアスナの問いに、何とか答えようとして……額の傷跡に何かが触れた。その何かはまるで壊れ物を触るかのように優しく、ゆっくりと傷跡全体をなぞる。全く予想していなかった感触に驚いた俺は、ほとんど反射で目を開いてしまう。

 

 「私は好きだよ。だって君の……好きな人の一部だから」

 

 目の前にいるアスナは、ただただ穏やかな笑みを浮かべていた。色褪せる事の無いはしばみ色の瞳にあるのは、俺が今まで見た事の無い柔らかな光のみ。

 

 「やめてくれ……!」

 

 「やめないよ。君が信じてくれるまで、何度でも」

 

 分からない。好きだから?そんな理由でここまでする筈が無い。さっさと掌を返してくれ。もう疲れたんだ。期待して、得られなくて絶望する事の繰り返しに。

 

 ―――わたし、桐ケ谷君が好きなんだ。

 

 何度もそんな言葉を聞いた。何度も手を伸ばした。その度に裏切られ、俺は諦める事を選んだ。その筈なのに―――

 

 「大好きだよ、キリト君」

 

 「やめろ……何度も裏切られたんだ!そんな言葉、もう聞きたくない!!はっきり言ってくれよ!醜いって!!気味が悪いって!!同情されるくらいなら……その方がずっとマシだ!!」

 

 いつの間にか、また手を伸ばそうとしていた。決して得られないものを、自分にも得られるものだと錯覚していたのだ。その先にあるのは拒絶される痛みと悲しみ、孤独しかないとわかっていたのに。

 拒絶されるのが怖いなら、その前に此方から拒絶してしまえばいい。だから瞼を下ろし、あらん限りの声で拒む。

 やっと諦めてくれたのか、アスナは何も言わなくなり―――

 

 「んっ……」

 

 ―――再び額の傷跡に、さっきよりも柔らかなものが触れた。それも先程よりも長く、優しく。

 

 「……え?」

 

 眼前にあったのは華奢なおとがい。彼女が何をしているのか、理解が追いつかなかった。

 

 「……な、なに……して……」

 

 俺の声が聞こえたのか、額から何かが離れてアスナの顔が目に映る。穏やかに微笑む彼女は、何よりも美しかった。

 その美貌が近づき、可憐な唇が俺の醜い部分(きずあと)に触れる。額に先程の感触が蘇るが、俺は今自分に起こっている事が信じられなくて、目を見開く事しかできなかった。

 

 ―――そんな俺を、アスナは包み込むように胸に抱きしめた。

 

 「……ぁ」

 

 これまでずっと作り上げた心の壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。全身から力が抜け、安らぎが胸を満たす。

 

 ―――最後に誰かの温もりに包まれたのは、いつだっただろうか……?

 

 弟妹を抱きしめる事はあった。抱き着かれる事もよくあった。でも、こんな風に心まで温かく包まれるような抱擁は……今まで無かった。

 叔父さんは海外に単身赴任していて、叔母さんは職種ゆえに不規則な生活リズム。家の中の年長者は俺だった。だから俺は、ずっと弱音を吐くことを……泣く事を禁じた。誰にも甘えないようにしてきたのだ。

 

 「泣いていいんだよ……」

 

 あやす様に、アスナが背をさする。

 

 「泣いて……全部吐き出していいんだよ」

 

 より強く抱かれ、視界が温かな闇に覆われる。彼女の言葉に、温もりに、今まで己を縛り上げていた鎖が解かれていく。

 

 「うっ…くぅ……あああぁぁぁ―――ッ!!」

 

 堰を切ったように溢れだした感情が、涙が、止まらなかった。恥も外聞も無くアスナに縋り、みっともなく泣き叫ぶ。そんな俺を、彼女は何も言わずに強く、それでいて優しく抱きしめ続けてくれた。

 本当はずっと、誰かに受け入れてほしかった。誰にも受け入れてもらえず、苦しかった。この痛みは生涯癒される事は無いと思い、絶望した。何故俺がと、自分の運命を呪った事もあった。だが自分よりも幼い弟が立ち上がろうとする手前、これ以上は失うまいと強くあろうとして本音に蓋をした。

 だから……全てを受け入れてくれた人(アスナ)によって塞いだ心を開かれた俺は、意識が途絶えるその瞬間まで泣き叫び続けた。

 

 「大丈夫。私が君を守るから」

 

 最後に、そんな言葉が聞こえた。




 去年の比じゃない位リアルが忙しいです……(涙)


 最初の方でキリト、暗くし過ぎたかなぁ……(兄)

 ↑今更かよ!?(弟)

 書いてるときこんな感じでした。

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