SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回は、いつもより少し短いです。


五十四話 決闘に賭けるもの

 クロト サイド

 

 青眼の悪魔を倒した翌日、やはりと言うべきか何というか……キリトの二刀流はアインクラッド中に知れ渡った。新聞のタイトルは《軍の大部隊を全滅させた悪魔と、それを単独撃破した黒の剣士の二刀流五十連撃》で、早朝から号外として売り出されていたのだ。……尾ひれがつくにも程がある。『スターバースト・ストリーム』と『ジ・イクリプス』を足しても四十三連撃だろ。

 しかもどうやって調べたのか、オレ達の家には剣士やら情報屋が押しかけてきて……キリトとハルが兄弟だとバレてしまった。’ビーターの弟’というレッテルを貼られ、ハルの商売が立ち行かなくなる事をキリトは恐れ、隠していたが……結果的には杞憂で済んだ。今の彼は’黒の剣士’で名が通っているし、ビーターも大分廃れているらしく、誰も後ろ指を指してこなかったのだ。

 ……まぁ、ショタコンなプレイヤー達が他の奴らを押し退けて一様に「お義兄さん!弟君をください!!」と言ってきたのは驚いた。後は互いに押し合い圧し合いとカオスな状況になったため、オレ達はエギルの店に避難した。そこで昨日の戦利品の分配をする為にアスナ達を待っていた訳だが―――そこで面倒な事が起こった。アスナのKOB一時脱退、もとい休暇を認めるには条件があるとヒースクリフのおっさんが言ってきたのだ。

 

 ―――曰く、キリトと立ち会いたい、と。

 

 アスナ達が説得を試みたもののおっさんの意志は変わらず、キリトが直談判する為にオレ達はKOB本部に足を運んだ。

 本部の上階にある無表情な鋼鉄の扉をくぐると、おっさんの他に四人の重役の男達が椅子にふんぞり返って待っていた。

 

 「―――お別れの挨拶に来ました」

 

 先に口を開いたのはアスナ。彼女の言葉に重役の四人は不愉快そうに表情を歪めた。おっさんだけが苦笑し、落ち着いた声音で言葉を発した。

 

 「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼らと少し話をさせてくれないか」

 

 おっさんの目はオレとキリトを見据えたまま微動だにせず、どこか有無を言わせぬ圧力を感じた。

 

 「君達とこう面と向かって話すのはいつ以来だったかな。キリト君、クロト君」

 

 「……六十七層の攻略会議で、少し」

 

 固い声でキリトが答えるとおっさんは軽く頷き、その時を思い出すかのように目を閉じた。

 

 「……ふむ、あれは厳しい戦いだったな。我々からも危うく死者を出す所だった……トップギルドなどと言われていても、戦力は常にギリギリだよ」

 

 おっさんは一旦そこで話を切ると、真鍮色の瞳をまっすぐキリトへと向ける。

 

 「……だというのに君達は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

 

 「……あんなストーカー護衛にしといてよく言うぜ」

 

 おっさんの言葉に、つい皮肉が口をついてしまった。初期のKOBメンバーはおっさんが一人ずつ勧誘した人格者なので、彼の人を目る目は信用している。きっとおっさんはサクラ達の護衛の人選には直接関わっていない筈だ……まぁでも、部下の失敗は上司の責任っていうし、あんなストーカー放置してた文句の一つくらい言ってもバチは当たらないだろ。

 

 「全くだ。本当に貴重なら、もっとマシなヤツを選んでいた筈だ。おかげでこっちは相棒が散々な目に遭ってるんだ……!」

 

 「クラディールの件は完全にこちらの落ち度だ。それについては謝罪しよう……すまなかった、クロト君」

 

 静かながらも明らかな怒気を孕んだキリトの言葉を受けたおっさんは、血相を変えて何か言いかけた重役の一人を手で制する。しかもすぐに自分の非を認めて、何の躊躇いもなくオレに向かって頭を下げた。

 

 「彼は今自宅で謹慎させているし、他の団員達にも再度あの時の事は蒸し返さないように言ってある」

 

 「あ、あぁ……」

 

 オレだけでなく、キリトやアスナ、サクラまでもが面食らった。こうもあっさりと謝られると、どうにも調子が狂う。

 

 「だが、それとこれでは話が別だ。我々としてもサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかといく訳にはいかないのだよ。―――キリト君」

 

 おっさんが纏う空気が、ガラリと変わった。真鍮色の双眸をひたとキリトに据えると、彼を試すかのように口を開いた。

 

 「彼女が欲しければ剣で……二刀流で奪いたまえ。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくといい。だが負けたら……君が血盟騎士団に入るのだ」

 

 ……あぁ、そういう事か。要はアスナをダシに、キリトをKOBに引っ張り込みたかったのか。オレがサクラと付き合い始めた時も、こうやって度々勧誘されてたっけ……別にしつこいって程でも無かったし、最近は全く無かったから忘れかけていた。

 

 「団長、私は別にギルドを辞めたい訳ではありません!ただ少しだけ離れて……考えたい事があるんです!」

 

 「わたしからもお願いします!アスナさんに、これからの事を考える時間をください!」

 

 我慢できなくなったのか、アスナとサクラが声を張り上げた。しかしおっさんの目はあくまでもキリトに向けられていて、回答を貰うまでは聞く耳を持たないようだった。彼女達ですらああならば、オレが何を言っても無意味だろう。一体どうやってやり過ごすか……

 

 「……断る」

 

 「……ほう、理由を聞かせてくれるかな?」

 

 オレが何かを思いつく前に、キリトが動いた。まだ何かを言おうとしていたサクラ達を制するように一歩踏み出した彼はおっさんから目を逸らさずに、よく通る声ではっきりと決闘を拒否した。これには重役の連中もポカンとした顔で固まっていた。

 そんな中おっさんは僅かに眉が動いたが、特に怒った様子も無く、興味深そうにキリトを見つめていた。

 

 「単純だ。この決闘、俺達には何のメリットも無い(・・・・・・・・・・・・)

 

 「な、何だと貴様!」

 

 「そうムキになるな。キリト君、何故決闘にメリットが無いと言い切れるのかね?」

 

 ……バトルジャンキーでもあるキリトが、決闘を蹴るなんて珍しい。特に相手はSAO最強とまで謳われている男であり、彼自身戦ってみたいとは多少なりとも思っている筈だ。

 オレ達の困惑をよそに、おっさんは淡々とした声を維持しており、キリトも一歩も引かないとでも言うように、漆黒の瞳に強い意志を込める。

 

 「言っただろ。俺に(・・)じゃない、俺達に(・・・)メリットが無いって」

 

 「ふむ……」

 

 「えっと……キリト君、どういう事なの?」

 

 おっさんはキリトが言わんとする事を察したみたいだが……すまんキリト、オレにはお前が何を言いたいのかさっぱり解らん。

 ……そんなオレ達を察してくれたのかそうでないのかは分からないが、キリトは話を続けた。

 

 「仮に俺が勝ったとしてだ。アスナが抜けた穴は誰が埋める?」

 

 「順当に考えれば、サクラ君になるだろう」

 

 「アスナの補佐をしてる今ですら、二人は碌に会えていない。俺がアスナを引き抜いたら、それこそクロト達の仲を裂くだけだろ。だから俺達にはマイナスになる条件でしかないし、俺はそんな事したくない」

 

 あ、成程な……ゴタゴタしててそこまで考えがいっていなかった。確かにサクラと会えなくなるのは嫌だ。つーか今ですら時々会えない事に不満が出そうになる。

 

 「それに―――俺達のコンビを解消する決定権はクロトにある。彼の許可が無い状態で、負けた時の条件を飲む事はできない。だから俺の答えは拒否(No)しかない」

 

 「なるほど……」

 

 短く呟くと、おっさんは机上で手を組み瞑目する。これで話は終わりだ、と言わんばかりにキリトが踵を返そうとして―――

 

 「―――ならばお互い、賭けるものを上乗せ(レイズ)しようか」

 

 「……何?」

 

 ―――おっさんがとんでもない事を言ってきた。

 

 「そちらが勝てばサクラ君も連れていって構わない。その代わり、私が勝ったらクロト君も我が血盟騎士団に入団する。そして君たちがクラディールの後任として二人の護衛になる……どうかね?」

 

 「……アンタ、正気か?アスナどころかサクラまで抜けたら、ギルドが空中分解するだろ」

 

 「何、自信の現れとでも思ってくれ。もちろん負けるつもりは無いし、二人が抜けてもギルドの崩壊などはさせないさ」

 

 一切の不安を感じさせないおっさんに、オレ達は言葉が出なかった。確かにこの条件ならキリトが言った問題はクリアできるが……

 

 「それともキリト君、君の二刀流では私の神聖剣には勝てないと?……そう言って逃げるつもりかい?」

 

 「……いいだろう。剣で語れと言うのなら望む所だ……!」

 

 ダメ出しとばかりに放たれた、おっさんの見え透いた挑発。だが問題はその内容だった。この世界で戦いに身を置いている者は、己の剣に大なり小なり誇りを持っている。しかもキリトは弟の想いを宿した剣を握ってきたためかそれが人一倍強い。だからこそ、挑発と分かり切っていても引く事などできないのだ。

 

 (……こりゃ見事に嵌められたなぁ……流石生ける伝説、人心掌握はお手の物ってとこか)

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「もーーー!ばかばかばか!!」

 

 「一回断ったのに何で受けちゃったの!!」

 

 「お、落ち着けって」

 

 再びエギルの店の二階に転がり込んだオレ達。そこでキリトは、アスナとサクラに怒られている。

 

 「わ、悪かったって。つい売り言葉に買い言葉で……」

 

 アスナにポカポカと叩かれながら、キリトは申し訳なさそうに口を開いた。とりあえずアスナの方は彼に任せ、オレはサクラをなだめる事に専念した。

 

 「ああ言われちゃ、誰だって受けちまうって。それに、まだコイツが負けるとは決まって無いだろ?」

 

 「うぅ~~~」

 

 片手を抑え、もう片方の手で頭を撫でる。するとサクラは顔を紅くしながら唸っていたものの、大人しくなってくれた。……そんな彼女も可愛いなと思ってしまったオレは悪くない筈だ……きっと。

 

 「……そりゃあキリトの二刀流は凄かったけど……今まで団長の守りを突破できた人はいないんだよ?」

 

 「うん、キリト君の方だって別次元の強さだと思ってるけど……あの人の無敵っぷりはもうゲームバランスを超えてるよ……」

 

 正直な所、どっちが勝ってもおかしくは無いと思っている。キリトの強さはよく知っていたが……昨日のボス戦で見せた剣技は、今までで最も速かった。しかも、まだまだ上がっていくだろうと予想できるくらいなのだ。

 だがそれでも……キリトの剣がおっさんに届くビジョンがイメージできない。おっさんの力が未知数なのも理由の一つだが、自分の技に絶対の自信を持ち、どっしりと構える彼が崩れる姿が想像できないのだ。しかも矛盾する様に、キリトがおっさんの前に倒れ伏す姿だってイメージできない。

 

 「それにもしキリト君が負けたら、私がお休みするどころか二人がKOBに入らなきゃいけないんだよ?」

 

 「まぁ、それもアリかな……」

 

 「何でなの?」

 

 呟くように発せられたキリトの言葉に、サクラ達は首を傾げた。

 

 「形はどうあれ、クロト達の時間は増えるわけだし……俺は、その…………こうして四人でいられれば、いいかなって……」

 

 ほとんど無意識に言ったのだろう、珍しくキリトは照れた様子で顔を伏せた。ただ、無意識に零れたからこそ今のが彼の本音なのだと思えた。

 

 「……言うようになったじゃねぇか、キリト!」

 

 今までほとんど見せなかった態度が嬉しくて、悪戯心を刺激されたオレはキリトについヘッドロックをかけてしまった。

 

 「ひ、一人じゃデートの段取りも碌にできないお前に言われたくない!」

 

 「ンだとコラァ!!」

 

 「ちょ、クロト落ち着いてええぇぇ!?」

 

 「二人共喧嘩はダメよ!?」

 

 オレ達は軽くじゃれ合っているつもりだったが、二人からすれば喧嘩のように見えたらしい。ヘッドロックを解いた後、オレ達は二人に説教されてしまった。

 

 (キリトの言う通り……こういうのも悪くねぇな)

 

 ―――説教を受けながらも、ついそんな事を想ってしまう。恋人や仲間……大切な人達とこうして一緒にいられるのはとても居心地が良かった。

 この先何があっても、共に乗り越えていける。この時のオレは、そう信じて疑わなかった。




 社会人二年目に入りました。これからもっと忙しくなっていくのかなぁ……

 尚の事不定期になると思いますが、頑張っていきます。

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