SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回は割と早くできました。


四十九話 キリトVSクラディール

 キリト サイド

 

 「さあお二人共、ギルド本部まで戻りましょう」

 

 「嫌よ!今日は活動日じゃないでしょう!?」

 

 クラディールとアスナが、俺を挟んで言い合う。朝から二度も顔を地面にぶつけるわ、殺気の籠った視線で睨まれるわと散々な目に遭った身としては、もう勘弁してほしかった。

 顔の皺を深くしながらこちらへと近づいてくるクラディールは、なんだか老けて見えた。

 まぁ、こんな奴が護衛してれば、二人にナンパとかしようとする奴らにはいい牽制になるだろうなぁ、とか、活動日でもないのに護衛しようとするなんてクソ真面目なヤツだなぁ……とか思っていたのだが。

 

 「だ、大体どうして朝からわたし達の家の前に張り込んでるんですか!!」

 

 「こんな事もあろうかと、一カ月前からセルムブルグのご自宅の監視の任務に就いていました」

 

 訂正。コイツただのストーカーだ。これならアスナ達が慌てていた事にも納得だ。それにアイツ……地雷踏んだな。

 

 「……」

 

 無言でクロトが、指をボキボキと鳴らしている。サクラに手を出されたとあって、彼が黙っている筈が無い。しかもクラディールは気づいた様子もない。

 

 「そ、それ……団長の指示じゃないわよね……?」

 

 「私の任務はお二人の護衛です!それには当然ご自宅の監視も―――」

 

 「―――絶対に含まれません!!」

 

 サクラが叫ぶと、クラディールは顔の皺を一層深くしながら近づいてきた。

 

 (……?何だ、この感じ)

 

 俺が何もしなくても、クロトが何とかするだろう。だが、何故か俺はこの男がアスナに近づいてくるのを不快に感じた。理由が分からずモヤモヤとしたものを抱えているのが嫌で、そちらを何とかしようと意識を割いてしまう。

 

 「聞き分けの無い事を―――」

 

 「―――テメェ、いい加減にしろよ」

 

 気が付けば、目の前にやって来たクラディールが伸ばした腕を、クロトが横合いから掴んでいた。アスナが昨日言っていたとおり、レベルやステータスはクロトの方が上らしく、クラディールの腕は簡単に上向きにされていた。

 

 「サクラに手ぇ出しやがって、このストーカー野郎……!」

 

 ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに力が籠められて―――

 

 「私に触れるな!」

 

 ―――犯罪防止コードが発動するのと同時にクラディールが、クロトの腕を振り払った。クロトは怒りが冷めないのか、クラディールを睨んだまま声を発した。

 

 「ギルドにはテメェ一人で行けよ。活動日でもねぇのに二人を縛り付けようとすんじゃねぇ……!」

 

 「ふざけるな!貴様のようなビーターに指図される―――」

 

 「―――今のサクラ達だって、テメェに追い掛け回される筋合いはねぇよ。いいから失せろよストーカー」

 

 クラディールはワナワナと体を震わせる。現実だったら青筋の二つや三つくらい浮かびそうな程に皺を深くした顔は、システムの誇張を差し引いても何処か常識を逸しているようだった。

 

 「相手すんのも面倒くせぇ……とっとと行こうぜ」

 

 いつの間にか野次馬が集まっており、このまま騒ぎを大きくするのは得策では無い。感情が滾っていても状況をちゃんと把握していたクロトらしい判断だった。彼はクラディールを無視するように背を向け、俺達を促した。

 

 「貴様ァ!」

 

 とうとう我慢の限界だったのか、クラディールはサクラの手を取ろうとしたクロトの腕を掴み上げた。それに対し彼はただ腕を振り払おうとして―――

 

 「薄汚い手でサクラ様に触れるな!この殺じ―――」

 

 ―――クラディールが、禁句を口走る。瞬時に俺は右手を閃かせ、ヤツが言い切る前にその醜悪な顔面へと体術スキル『閃打』を叩き込んだ。

 俺の拳はヤツに届く前に犯罪防止コードに阻まれこそしたが、ノックバックによって数メートルは吹き飛ばす事ができた。だが俺はそんな事はどうでもよく、僅かな技後硬直が解けるのと同時に相棒の様子を確認した。

 

 「クロト!」

 

 彼は顔面蒼白で、全身が震えたまま浅い呼吸を繰り返している。……止めるのが遅かったのだ。サクラが何とかしようとしているが、こんな野次馬がぞろぞろといる所では、クロト自身がどれほど追い込まれているのか分かったものでは無い。最悪の場合、半年前―――会議で吊し上げられた時のトラウマが再発してしまう恐れがある。

 

 「このガキィ……!よくも―――」

 

 「―――黙れよ」

 

 とても自分のものとは思えない程、ひどく底冷えした声が出てきた。だが今はヤツへの怒りだけが、俺の中にあった。

 

 「俺の事はどうとでも言えよ。けどな……」

 

 声に、視線に、かつてない程に殺気を込める。

 

 「……相棒を悪く言うヤツは、俺が絶対に許さない……!」

 

 メニューウィンドウを操作し、クラディールへとデュエル申請をした。後ろでアスナが何か言っているようだが、今は関係無い。向こうも迷う事無く受諾し、初撃決着モードでデュエルのカウントが始まった。

 

 (叩き潰す……!)

 

 あの時クロトがどんな覚悟だったのか。平気で他人を殺せてしまう自分(ばけもの)に怯えながらも、少しずつ向き合おうとして、どれだけ苦しみ続けているのかを知らないクセに。安易な言葉で彼の傷を抉ったヤツのプライドを完膚なきまでに打ち砕く。この大観衆の前で派手に打ち負かし、クロトを傷つけた事を後悔させてやる。

 

 「御覧くださいアスナ様!私以外に護衛の務まる者がいない事を証明しますぞ!」

 

 ヤツの頭はどういう構造をしているのだろう。クロトを傷つけた時点で、彼女からの評価はガタ落ちだろうに。

 

 「そしてサクラ様!あなたの目も覚ましてみせますぞ!」

 

 「……うるせぇよ」

 

 わざと大きな音を立てて剣を抜き、注目を集める。そのまま俺は、ヤツに本音の籠った挑発の言葉を口にした。

 

 「粋がるなよ、ボス戦にすら出た事の無い雑魚が……!」

 

 「っ!貴様ァ……殺す!」

 

 装飾過多な両手剣を抜きながら、ヤツは分かりやすい反応を見せた。俺は剣を下段に緩く構えながら、クラディール以外の情報を意識からカットしていく。

 

 (……あの構え、『アバランシュ』だな)

 

 剣を中段やや担ぎ気味に構えた前傾姿勢。あそこから少し剣先を上げれば、両手剣突進系スキル『アバランシュ』を発動できるという、非常に分かりやすいものだった。

 無論あれが向こうのフェイントの可能性もゼロではないが……あんな安い挑発に乗ったのだ。今のヤツにそんな駆け引きをする能なんて無いだろう。加えて向こうは野次馬が気になるのか視線が左右に揺れている。

 

 ―――やがてカウントがゼロになり、俺達はお互いにソードスキルを発動した。

 

 ヤツは予想どおり『アバランシュ』を、俺はその軌道に重なるように上段突進技『ソニックリープ』を発動した。

 

 (……ここだ!)

 

 システムアシストによって加速された体に同調するように引き伸ばされる時間感覚。こちらへと迫るクラディールの、勝利を信じて疑わない表情やヤツの剣の軌道がスローモーションの様にゆっくりと見えた。俺はスキルがファンブルしない程度に軌道を調整し、俺へと当たる直前の、ダメージ判定がまだ発生していない剣の横腹へとエリュシデータの刃をぶち当てた。

 直後に伝わってきた手応えと、甲高い金属音が、狙い通りの結果になった事を教えてくれた。位置を入れ替えるように着地した俺達の間に、根本からへし折れたヤツの剣が突き刺さり……次いでポリゴン片へと姿を変えた。

 

 「ば、バカな……」

 

 背後から、信じられないといった様子のクラディールの声が聞こえる。一拍遅れて観衆がどよめき、俺はわざとらしく剣を収めながら奴に近づいて声をかけた。

 

 「武器を替えて仕切りなおすなら付き合うが……どうする?全部へし折られたいか?」

 

 「く……そ」

 

 あれだけ大見得を切っていながらこのザマだ。悪あがきの一つや二つはしてくるだろう。むしろそうなる様にわざと煽っている。まぁ、さっき程度の速度なら、特に遅れをとる事も―――!?

 

 (こ、こでか……!クソッ……)

 

 突如として、例の虚脱感が俺を襲った。体が鉛の様に重くなり、指一本動かすことさえ億劫に感じてしまう。前のボス戦から一度も起こらなかったため、油断していた。

 

 「がああぁぁ!」

 

 「っ!?」

 

 クラディールが突如として身を翻し、突進してきた。奴の手には、さっきへし折った大剣と似た装飾が施されたダガーが握られていて、その切先は俺の胸―――心臓に向けられていた。

 

 (間に合わな―――!?)

 

 動きが完全に出遅れ、回避は不可能だった。辛うじて右手がエリュシデータの柄に届いたものの、力が全く入らず引き抜けない。

 奴の目には、言葉にできない程どす黒い何かが宿っていて……迫り来る凶刃を前に、俺は気圧された様に一歩下がる事しかできない。

 

 ―――カァン!!

 

 奴の刃が届く直前、先ほどと似た金属音が響いた。次いで視界に映ったのは、ふわりとなびく栗色の髪。

 

 「勝負はついたわ、クラディール」

 

 振り上げたレイピアを下げながら、アスナは固い声でそう言った。だがその一方で、ダガーを弾き飛ばされたヤツは納得がいかないようだった。

 

 「あ……アイツが、何か小細工を!さっきの武器破壊だって……そうでなければこの私がこんな―――」

 

 「―――クラディール」

 

 往生際が悪いというか何というか……見苦しく言い募るヤツを止めるように一歩踏み出したアスナは、先ほどよりも幾分冷たい響きの声を発した。

 

 「本日、現時刻をもって護衛役を解任。以後、別命あるまでギルド本部にて待機。以上です」

 

 「な……なん、だと……?この……!」

 

 ヤツは少しの間怒りに全身を震わせた後、辛うじて自制が効いたのかまっすぐ転移門へと歩いて行った。

 

 「転移……グランザム」

 

 だが、転移する為に振り返った僅かな間に向けられた視線に含まれていた殺意は、普通のそれとはどこか違って見えた。それは俺以外……野次馬達も同様で、特に騒ぐ事無く足早に散って行った。

 

 「……ごめんね、嫌な事に巻き込んじゃって」

 

 「いや、俺の方こそ勝手にデュエルしちまったんだ。面倒事起こしてごめん」

 

 「団長には私から報告するから大丈夫だけど……その、クロト君の事は……」

 

 俯くアスナに、何と声をかければよいのか分からなかった。確かにクラディールはKOBのメンバー……彼女の部下だ。だがヤツの行動全ての責任をアスナが負う必要は無い。何よりも、普段からクロトが後ろ指刺される事無く最前線にいられるのも彼女の働きが大きいのだ。感謝こそすれ、責めるつもりは無かった。

 だが言葉は上手く纏まらず、俺の口は声を発しようと開きかけては閉じてを繰り返してしまう。少しの間そのままでいると、ふいに肩を軽く叩かれた。

 

 「お疲れさん」

 

 「お前……」

 

 振り返ると、相棒がそこにいた。多分サクラやハルのお陰だと思うが、回復するにはまだ時間がかかると予想していたので少し驚いた。

 

 「も、もう大丈夫なの?」

 

 「いや……まだしばらくは……戦えそうにねぇわ……」

 

 俺以上に驚いた様子のアスナにそう答えた彼は、とても頼り無かった。顔はまだ幾分青白いままで、足取りもどこかおぼつかない。そして何より……サクラと繋いでいる手が、震えていた。

 

 「クロトさんも無理しすぎです。それじゃ普段の兄さんの事言えませんよ?」

 

 「こういう時は、遠慮しないで頼ってよ」

 

 「……ありがとな」

 

 ハルとサクラの言葉を受けたクロトは、弱々しくてぎこちないながらも、笑みを浮かべた。大変だろうに、こちらを心配させまいとする彼の癖。こっちが何を言ってもなおらないそれは、彼の意地でもあるのだろう。だから言葉はこれ以上かけず、行動で気遣う事にする。

 さしあたっては戦闘に参加させず、サクラの傍にいさせる事だろうか。

 

 「……でもやっぱり、ごめんなさい。あの時の事で一番苦しんでるのは、君なのに……」

 

 「嫌味を言われただけさ……半年前の事を引きずり続けてるオレが、弱いってだけだ」

 

 大変なのはそっちだろ、とクロトが言うと、アスナもまた弱々しい笑みを浮かべる。

 

 「……今のギルドの雰囲気は、攻略第一でメンバーに規律を押し付けた私にも責任があるわ」

 

 「それは……仕方無いですよ。アスナさんがいなかったら、攻略組だってもっとバラバラだったと思いますし」

 

 「兄さん達だって、もっと浮いていたと思います。そうならない様にしてくれたのも、アスナさんです」

 

 「サクラ……ハル君……」

 

 二人の言葉に、アスナは幾らか元気づけられた様子だった。そして気づけば、ハル達に続くように俺も口を開いていた。

 

 「……君がしてきた事は、間違ってなんかないさ。サクラが言った通りアスナがいなきゃ、攻略組はもっと協調性に欠けてただろうし……そうだったら攻略組は空中分解を繰り返して、攻略自体が遅れていたと思う」

 

 俺自身に、他人を気遣う言葉を口にする資格なんか無いだろう。だが、それでも言わなくてはという使命感があった。

 

 「普段から好き勝手やってる俺が言うのもなんだけど、その……アスナだって、偶にはこうやってどっかの誰かとパーティー組んで、息抜きしたって……文句を言われる筋合いなんか無い……と思う」

 

 上手く纏まったとは言い難いが、それでも何とか言葉にできた。コミュ障としては良くできた方じゃないだろうか?

 アスナはしばしの間呆気に取られた表情をしていたが、やがてすましたような笑顔を見せてくれた。

 

 「まあ、ありがとうと言っておくわ。お言葉に甘えて今日は楽させてもらうから、前衛よろしくね」

 

 「……ご命令承りました、閃光殿」

 

 「もう、その呼び方はやめてよ」

 

 早速こき使われそうだったので、意趣返しとしておどけてみせると、思いの外あっさりとアスナは折れてくれた。きっと冗談半分だっただろうが、延々と前衛を任されるのもたまったものでは無い。

 

 昨日のクロト程では無いとは思うが、この世界での生活が続いたら……なんて事を考える時が極偶にある。SAOへとやってこなければ、家族以外の人と共に笑う事も無かったと思う。

 

 (皆、守らないとな……)

 

 ハルだけではなく、クロト達も現実世界に帰してやりたいと、改めて俺は思うのだった。




 デュエルだけで一話……気づいたらそうなっていて、少しポカーンとしました。

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