SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回はちょっとしたオリジナルの話です。


四十六話 ガタが来た剣士

 キリト サイド

 

 二〇二四年 十月上旬 第七十三層ボス部屋

 

 「―――最後の一段だ!各員、気を引き締めろ!!」

 

 レイド全員へ伝わるように、リンドが声を張り上げた。それに応えるように皆が鬨の声を上げ、互いに鼓舞しあう。

 

 「っくはぁ……」

 

 「相変わらず大変だな」

 

 「まぁ……な」

 

 四段あるHPバーの三段目を削り切った俺は、回復の為に後退し相棒の様子を確認していた。さっきまで前衛だった俺自身疲労があるのは否めないが、クロトはそれ以上に疲れているようだった。

 

 「普通に前に出てるってのに、下がったら弓でバックアップさせるって……お前本当にこき使われてないか?」

 

 「……早く終わるに越した事はねぇだろ」

 

 「お前って奴は……そういう事にしといてやるよ」

 

 大方、サクラの為だろう。彼女もアスナと共に、前衛として戦いながらも指揮をしているのだから。

 

 「リンドも少し休めっつってたし、今はボスの観察といこうぜ」

 

 「だな。上手くいけば、またLAがゲットできそうだし」

 

 ハイポーションを煽り、座り込んで休憩しながらもボスから目を離さない。レイドメンバーが戦っている間に、変化したボスの攻撃パターンを頭に叩き込む。

 今回のボスは、端的に言えば巨大な操り人形だ。天井の何処からか垂れている糸がボスの至る所に繋がっているが、それとは別に体中に鎖が巻き付けられている。

 この鎖が中々に厄介で、防御力がやたらと高いのだ。その為攻撃時は鎖に当たらないように使用するソードスキルには気を付けなければならないし、ボスの攻撃力も高いので引き際を誤ってはならない。だが鎖が無い所は大した防御力がが無いうえ、ボスの動きも緩慢…………というより鎖がボスの動きを阻害しているのだ。

 しかもこのボスは上半身しかない。つまり固定砲台と化しており、離れれば安全なのだ。だが倒すには当然近づかなければならないし、腕を使った薙ぎ払いや叩き付けはやたらと範囲が広くて非常に面倒なのだ。特に、俺達みたいな紙装甲なダメージディーラーは泣きを見る事が多い。

 

 「放電来るぞ!総員後退!!」

 

 そして、最も厄介なのが、この放電攻撃だ。予備動作から実行まで間があるためとても避けやすいが、その分攻撃力が高い。食らえば必ず麻痺するし、範囲だってボスを中心にかなり広い円状に設定されている。偵察戦で不運にも範囲ギリギリで放電を食らったタンクのHPがゴッソリと削られたのを見た時は、ゾッとしたものだ。

 

 「……レッドゾーンになったら放電連発すんのか?」

 

 「流石にそれは笑えないな……」

 

 正直そんなものは勘弁してもらいたい。俺達はどうしようもないし、アタッカーがクロトのみになってしまう。ボス戦開始時から遠近両方で攻撃をしている彼にこれ以上負担をかけたく無いし、そうなってしまった時の自分がとても情けなく思えてしまう。

 

 「少しずつ放電の頻度が上がっています!気を付けてください!」

 

 サクラの声に、皆が気を引き締めるのが分かった。今回のリーダーはDDAのリンドであるため、彼女とアスナはその補佐といった所だ。普段は方針の違いから意見の対立も少なくはないが、こういう時は上手く連携してくれているのはありがたい。

 

 (放電の間隔が今のペースで短くなっていくなら、レッドゾーン辺りでもう手がつけられなくなるぞ……)

 

 もしそうなるなら、DPSをもっと上げなければ。そう思った俺は、二刀流を解禁する事を視野に入れる。本当は人前で使いたくはないが、背は腹に変えられない。今なおゆっくりと回復していくHPバーを横目に、クイックチェンジでダークリパルサーが左手に装備可能になっているのかを確かめる。

 

 (……使ったら、クロトにどやされるだろうな)

 

 射撃スキルを明かしてから、彼は情報屋をはじめとした多くのプレイヤーに連日追い掛け回される羽目になった。アスナ達の働きかけでクロトが人殺しだと知っているのは攻略組のみに抑えられたが、同時に攻略組ならば誰でも知っている事になる。

 あの時の事はトラウマの一種としてクロトに根付いており、彼を非難する者は見せしめとしてデュエルで叩き潰した。相手の攻撃を悉くパリィし、カウンターを決めて追い詰めて、最後に武器を砕いてやった。元々ビーターとして恨みや妬みの対象になりやすかった俺達だが、クロトは射撃スキルの所為で俺以上に狙われやすくなったのだ。

 その事を自覚してるからこそ、俺に二刀流を使うなと口を酸っぱくして言っているのだろう。確かに俺だってあんな風にしつこく追い掛け回されるのは御免だし、もしもクラインやアスナ達と確執ができてしまったら……と不安になったのも一度や二度ではない。

 

 「―――半分を切ったわ!パターン変化に注意!」

 

 少々、他の事に気を取られ過ぎたようだ。気づけばHPは全快しており、隣にいる相棒もまた立ち上がっていた。そろそろ交代しなくてはと立ち上がって―――

 

 (何だ……?)

 

 ―――ボスの目が、アスナ達のパーティーに向いているのに気が付いた。時間にすれば僅かなものだったが、タゲが向いていない筈の彼女達をボスが見ていたのが不自然だった。

 いや、アスナ達だけじゃない。ボスの目が、レイドのあちこちに、不規則に動いていた。それが分かった瞬間、俺は嫌な予感がした。

 

 「クロト……来てくれ」

 

 人というのは、攻撃する時はその場所を見ている事が多い。SAOではそれが顕著に反映されており、敵は必ず攻撃する場所を見ている。

 つまり、対人、対mob問わず相手の視線を辿れれば非常に有利になるのだ。俺が今でも時々クロトとデュエルしていても拮抗している事が多いのは、互いに相手の視線を辿って攻撃される個所を予測しているからだ。

 そして先程、ボスがアスナ達を見た。これはボスが彼女達を狙って何らかの攻撃をしようとしている証拠に他ならない。だから俺は、この場で最も信頼している相棒に声をかけた。

 

 「りょーかいっと」

 

 少しだけ視線を向ければ、彼は軽い返事とは裏腹に真剣な目でボスを見ていた。説明しなくても、俺を信じて共に戦ってくれる。その事に感謝しながらも、俺は走り出した。

 

 「ぬうぅぅん!!」

 

 KOBの制服を着た、もじゃもじゃ髭の大男―――確かゴドフリーだったか―――の両手斧が、派手なサウンドエフェクトと共に重い一撃をボスに叩き込んだ。それに続くように彼のパーティーメンバーが重攻撃ソードスキルを入れ代わり立ち代わりに繰り出し、猛ラッシュを仕掛けていた。しかも珍しい事にほとんどがクリティカルだったようで、ジリジリと減っていたボスのHPバーがついにレッドゾーンへと突入した。

 

 ―――駄目だ!

 

 だが、根拠のない予感など言っても信じてくれるヤツなんて限られているし、レイド全体を混乱させてしまうだけだ。だからこそ俺は、全力で駆ける。何があってもすぐに対応できるように。せめて、彼女だけでも守れるように―――!

 

 「カ……カカ」

 

 「気を付けろ、様子がおかしいぞ!」

 

 突然、ボスの動きが止まった。攻撃を食らった姿勢のまま全身を震わせ、機械仕掛けの口からは内部の部品が擦れるような耳障りな音が聞こえる。

 

 「ど、どうなってんだ……?」

 

 「おい、なんかヤバくないか……?」

 

 はっきり言って、不気味だった。そして、変化が訪れた。壊れたようにぐるぐると回っていた目がレイド全体を捉え、ボスは両腕を大きく左右に広げたのだ。その刹那、ボスの胴から四方八方に何かが放たれた。

 

 (間に合え!)

 

 当然というか、予想通りと言うべきか。その何かはアスナとサクラにも放たれていた。彼女達は完全に虚を突かれたようで、対応が遅れていた。

 

 「はあぁぁ!」

 

 彼女達の前に立ち塞がり、『スネーク・バイト』の二連撃で飛んできた何かを打ち払う。右手にかなりの衝撃が走り、危うくエリュシデータを落としかけたもののこちらに被害は無い。ちらりと後ろに目を向けると、二人共無事である事が分かり安堵した。その瞬間、全身が鉛の様に重くなり急激な脱力感に見舞われた。

 

 (こん、な……時に―――!)

 

 リズにダークリパルサーを打ち上げてもらった頃から、俺はこの虚脱状態に陥る事が度々あった。この事は誰にも教えていない。今以上にクロト達に負担をかけたくないから。幸い虚脱状態が続くのはほんの僅かな間で、少し経てば大丈夫だった。加えてペースは不規則で、一週間も起こらない場合もあれば一日に何度も起こる場合もある。だが、今回の様にボス戦のさなかに起こったのはこれが初めてだった。

 

 「キリト!」

 

 「しま―――!」

 

 ほんの一瞬、対応が遅れた。再び飛んできた何かが俺の胸に突き刺さり、吹き飛ばされる。

 

 「キリト君!?」

 

 悲鳴に近い声を上げたアスナが駆け寄ってきた。俺はそれを視界の端に留めながら何とか起き上がり、自分の状態を確認する。

 

 (鎖……?)

 

 ボスの体に巻き付いているのと同じ鎖が、俺の体に打ち込まれていた。体の中に異物が入り込んでいる不快感をどうにかしようと、刺さったそれを左手で引き抜こうとしたが、できなかった。

 鎖はまるで体の一部になってしまったかのようで、力の限り引っ張っても一ミリたりとも抜ける気配がなかった。

 

 「な、何だよこれ!?」

 

 「見ろ!ボスの胴が!!」

 

 鎖を辿るように視線を上げて、ボスを見た俺は顔を顰めた。俺をはじめ、鎖を打ち込まれたプレイヤーは全員ボスの胴体に繋がれていたのだ。しかもその胴体は一部装甲が無くなっており、鎖は胴体中央の穴から伸びていた。

 

 「クソッ!斬れねぇ!」

 

 ギルメンの一人が繋がれてしまったクラインが、鎖にソードスキルを叩き込む。だが全く切れる様子が無い。ボスに巻き付いている物と同じであるなら、この鎖の硬さと耐久値は相当な高さがある筈だ。そう簡単には切れないだろう。

 

 「サクラ、アスナ……とっととボスをぶっ潰すぞ!」

 

 「分かってる!でも……」

 

 「キリト君をこのままにする気!?」

 

 クロトは弓を構え、ボスの胴の穴―――その奥で光る紅玉を睨みつける。今回の層のmobは例外なくコアとして紅玉が胸部に埋め込まれていて、そこが弱点だった。おそらくボスも同様なのだろう。だが―――

 

 「ひ、ひいぃ!」

 

 ―――ボスの胸部には、凶悪な回転鋸……ホイールソーが穴を縁取るようにびっしりと並んでいる。ソレが回転を始めると同時に、俺達に繋がれた鎖がボスによって巻き取られ始めた。その代り腕は完全に停止しており、近づくの容易だが……あの穴に攻撃できる程肝の据わった者がどれほどいるだろうか?穴だって決して大きくは無く、下手をすれば己の得物や腕をわざわざ失いに行くようなものだ。

 このゲームの仕様とはいえ、無限に矢を放てるクロトは例外だとしても、残りのHPを彼一人で削り切る前に俺達はあのホイールソーで切り刻まれるのは明白だった。

 

 「キリト君!」

 

 ボスに引き込まれないように踏ん張っても、ジリジリと引き寄せられてしまう。床にエリュシデータを突き立ててもそれは変わらない。アスナはそんな俺を抱きしめて引き留めようとしてくれたが、敏捷優先である彼女のSTRでは焼け石に水だ。

 

 「放電来るぞ!」

 

 「だ、誰か何とかしてくれよ!!」

 

 ボスの体全体からバチバチと音が聞こえ始める。ホイールソーの回転と鎖の巻き取りが一時的に止まったが、もうすでに俺を始め何人かは放電攻撃の範囲内にまで引き込まれていて、回避は不可能だった。

 

 「逃げろアスナ!」

 

 「嫌よ!こんな所で君を―――」

 

 こんな所で俺を…………?

 その続きが気にはなったが、聞く事はできなかった。ボスの予備動作から放電までの時間が半分以下にまで短縮されていたからだ。

 

 「―――が……ぁ」

 

 放電の範囲はボスの体表のみと非常に狭くなっていたが、鎖に繋がれた俺達には関係なかった。鎖を伝った電気によって内側から焼かれるような感覚にかすれた声が漏れ、意識が遠のきかけた。けれども俺と共に倒れたアスナを見て、体は無意識の内に動いていた。

 幸い範囲と共に攻撃力も大幅に落ちていた為俺とアスナのHPバーはまだ半分ほど残っている。一番危険なのは麻痺状態になった事だ。

 

 (間に合ってくれ……!)

 

 放電の時にエリュシデータを手放してしまった右手でポーチを探る。ひどく緩慢な動きで取り出した解毒結晶を―――

 

 「り……リカバリー」

 

 ―――迷う事無くアスナに使用した。驚愕に目を見開く彼女をよそに、再び体がボスによって引きずられ始めた。

 しかもさっきよりもスピードが速い。時間にしてあと十数秒といった所だろうか。

 

 「この野郎!」

 

 クロトの弓スキルがボスのコアに直撃し、HPバーが大きく削られたが……数ドット残った。HPバーの減り具合から、恐らく彼は技後硬直の長い重攻撃を選んだのだろう。それも必殺の意志で。

 だがボスは生き残り、誰にも止められない。ボスに最も近かった俺が最初にあの凶刃の餌食になるまでには、あと五秒も無い。

 

 「ごめん……」

 

 思わず零れた謝罪は、誰に向けたものだったか。走馬灯すら見る事無く、俺は驚くほど冷静に自分の死を覚悟した。

 

 「いやああぁぁぁ!!!」

 

 傍を駆け抜けた閃光が、ボスのコアを深々と貫いた。突進系ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』。細剣スキルの中でも最高クラスに位置するハイレベルな剣技を受けて、ボスのHPバーが消滅した。

 一拍遅れてボスが、俺達に刺さっていた鎖ごとポリゴン片と化して、かつてのように彼女を美しく彩った。

 

 (ア……スナ?)

 

 長い栗色の髪を翻し、はしばみ色の瞳に涙を溜めながら彼女は駆け寄ってくるが、俺は放電と鎖の残留感に咳き込んで何も言えなかった。

 

 「キリト君!!大丈夫!?」

 

 「落ち着いてくださいアスナさん!まずは麻痺を何とかしないと……リカバリー!」

 

 珍しく取り乱しているアスナをなだめつつ、サクラが解毒結晶で麻痺を回復してくれた。だが中々おさまらない咳のせいか、自由になった体を丸めてしまう。

 

 「しばらく休ませた方がいい。今はそっとしておいてくれ」

 

 「……うん」

 

 クロトの声が聞こえたが、あいにく今の俺は周りの状況を把握する余裕は無かった。咳は漸くおさまったものの、今度はまた例の脱力感に襲われた。力無く投げ出された右手が何かに包まれ、その温もりに不思議と安らぎを感じて……俺の意識は途切れた。




 今回の話……フラグ突っ込みたかったが故のものです。

 さて、次回から漸く原作一巻に入ります!一年間本当に長かったです……

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