SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回でリズ編終了!

 書きたい事を書いてたら八千字越えになっていました……


四十五話 剣に託すは……

 キリト サイド

 

 ランプの上に鍋を置き、その中に水、干し肉、香草等を入れて蓋をしてダブルクリック。しばし待つとタイマーがゼロになり、即席のスープが完成した。まあ、料理スキルなんて無いからあまり旨くなかったが。

 

 「……いっつもこんなの持ち歩いてるの?」

 

 「おう。ダンジョンで夜明かしとか日常茶飯事だし」

 

 簡単な食事の後、寝袋を出すとリズは呆れたように聞いてきた。攻略に手間取って野営するのは、最前線では珍しい事ではない。最近は日帰りできるように気を付けていたので、この野営道具を使うのはそれなりに久しぶりではあるが。

 

 「結構高級品なんだぜ、コレ。寝心地いいし、対アクティブmob用に隠蔽(ハイディング)機能付きだし」

 

 「それを二つも持ち歩いてんの?」

 

 「ストレージには余裕があるんでね。予備を持ってても平気なんだよ」

 

 こうやって誰かに貸すのも初めてじゃないし、と付け加えれば、リズは面白そうな顔をしていた。

 

 「ねぇキリト……その、聞かせてくれない?最前線とかの話」

 

 「いいけど……期待するなよ?」

 

 俺からすれば別段面白い話はほとんど浮かんでこないが、職人クラスである彼女にとっては初めて聞く事なのかもしれない。

 とりあえず二人そろって寝袋に入り、俺はこの城で今まで経験してきた事をリズに話して聞かせた。

 

 ―――やたらと堅いボスを、交代で仮眠を取りながら二日かけて倒した事、ボスドロップのレアアイテムを分配するためにレイド全員でダイスロール大会をした事、人前でサクラがクロトへ大胆なアプローチをした事……

 

 気づけば自分でも驚くくらいに饒舌に語っており、リズもそれをとても楽しそうに聞いてくれた。昼間はやたらと突っかかってきて面倒なヤツだと思っていたが、今はこの場に彼女がいてくれてよかったと思えた。

 

 「―――聞いても、いいかな?」

 

 「ん?何を?」

 

 ひとしきり談笑をして、他にも何か話題は無いかと考え出した時、リズは躊躇いがちに口を開いた。

 

 「どうしてあの時、あたしを助けたの……?」

 

 「上から見たら、リズの後ろに大穴があったからつい、な」

 

 「そうじゃなくて!最悪……し、死ぬかも…………ううん、死ぬ可能性の方が高かったのに……どうして助けようとしたの……?」

 

 漸く、リズが言いたい事が分かった。思い返せば、確かに俺の行動は普通じゃ無かった。今日会った人の為に、何故自分の命を顧みずに助けようとしたのか。

 

 「…………もう、嫌なんだ……!」

 

 ―――理由なんて分かり切っている。

 

 「目の前で誰かが死ぬのが……何もしないで見ているだけなのが、嫌なんだ……!」

 

 ―――コペル……ディアベル……サチやケイタ達……ボス戦で命を落とした、名も知らぬ攻略組……そして、ハル

 

 「少しでも助かる見込みが……助けられる可能性があるなら……手を伸ばさずには、いられないんだ……!」

 

 リズから目を逸らし、握った拳を雪に打ち付ける。それでも助けられなかった人達が、脳裏に浮かんでは消えていく。自分がいかに無力であるのかを痛感し、悔しかった。

 誰かの死を見る度に……サチ達を、家族を失った瞬間を思い出し、悲しみと虚しさで胸が詰まる。その度に消え去りたい、死んで楽になってしまいたいと思ってしまうのだ。

 でも俺が死ぬ事は許されなくて―――

 

 「アンタ、本当にバカね。でも……ありがと」

 

 「リズ……?」

 

 ―――彼女が、両手で俺の手を包んだ。

 

 「今こうして……あたしが生きてるの、キリトのお陰だよ」

 

 「……ぁ……」

 

 拳から、力が抜けた。こんな事を言われたのは、クロト達を除けば初めてだった。

 

 「……温かい」

 

 「そう、だな……」

 

 気づけば俺の手は彼女の右手と絡まっていた。そこから伝わる温もりが、俺の心を温めてくれた。

 

 (やっと俺は……守れたんだな……)

 

 そう思うと、体中から急激に力が抜けていく。全身を倦怠感と眠気が襲い、たちまち瞼が降りてくる。知らず知らず張り詰めていた緊張の糸が緩み、抵抗する間もなく―――俺の意識は眠りに落ちた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 リズベット サイド

 

 目が覚めると、隣にキリトはいなかった。寝ぼけ眼をこすりながら寝袋から出ると、穴の中央付近の雪を掘り返しているキリトの背中が見えた。

 

 「……朝っぱらから何してんの?」

 

 「ん?あぁ、コレ」

 

 彼を見た途端、あたしは昨日の事を思い出してしまった。いつものあたしなら絶対にしない事をやらかしてしまった自覚があり、沸き上がって来た羞恥心を隠すために少々ぶっきらぼうな声を黒衣の少年にかけてしまう。

 だが向こうはさして気にした様子は無く、光る何かを無造作に放って来た。

 

 「ちょ……!」

 

 何とか両手でキャッチし、くすんだ銀色の輝きを放つソレをまじまじと見る。触った感じからしてインゴットであるのはすぐわかったけど、今まで見た事の無い色だった。ほとんど無意識に鑑定スキルを使用し、詳細を確認した。

 

 「……クリスタライト・インゴット?…………ってコレ探してた金属じゃない!」

 

 入手できるインゴットの名前までは聞いていなかったので確かめようが無いけど、あたしには確信があった。だって情報屋のリストに無いアイテム名だったから。

 

 「怪我の功名……いや、一晩待ったから……果報は寝て待てって所か?」

 

 「どっちだっていいわよ。でも何でこんなトコにコレがあんのよ?」

 

 つい口にした素朴な疑問に、キリトは少しの間頭をひねっていたけど、苦笑いと共に口を開いた。

 

 「水晶を齧り、腹で精製する…………ああ、なるほどな。茅場も趣味が悪い」

 

 「つまり?」

 

 「この穴はドラゴンの巣で、そのインゴットは……排泄物、つまりウン―――」

 

 「ぎええぇぇ!?」

 

 悲鳴と共にインゴットを全力投球。それを片手で受け止めたキリトは、何事も無かったかのような表情でストレージへとしまった。

 

 「……この世界じゃ手は汚れないぞ?」

 

 「うっさい!」

 

 何となくキリトの態度が気に入らなかったので、せめてもの嫌がらせに彼のコートの裾で両手をごしごしと擦る。

 だがその時になって、あたしはある事に気づいた。

 

 「ここがドラゴンの巣だったとして……今、朝よね?」

 

 「ああ」

 

 「ドラゴンって、夜行性って話じゃなかった?」

 

 「………………あ」

 

 引き攣った表情で顔を見合わせ、そろって上を見上げると―――

 

 「グオォォ!」

 

 ―――ドラゴンの雄たけびが、穴全体に響いた。

 

 「あちゃー、言ったそばから―――」

 

 「―――きたああぁぁぁ!?」

 

 朝日でまぶしい上空に、小さな黒い点が見えた。それは瞬く間に大きくなり、ドラゴンがここに降りてきているのを如実に物語っていた。

 あたしはパニックを起こし、メイスを抜く事すら忘れてしまった。

 

 「落ち着けよリズ」

 

 「アンタこそ何悠長にしてんのよ!逃げ場が無いのよ!?」

 

 「ほい、どうどう」

 

 「きゃあ!?」

 

 キリトは剣こそ抜いていたけど、とても戦おうという顔ではなかった。しかもあろう事か左腕であたしを抱きかかえて、穴の壁をぐるぐると走り始めた。

 

 「おとなしくしてろよ!」

 

 もう何が何だか分からくなり、暴れたり声を出したりする事もできなかった。

 

 「ちょっと真似させてもらうぞ、相棒!」

 

 そんな声と共に、キリトは壁から跳躍。どうやらさっきまで走っていたのはドラゴンの目から逃れるためだったようで、彼は迷う事無くその背に自分の剣を突き立てた。

 

 「グギャアアァァァ!?」

 

 途端にドラゴンは急上昇。凄まじい風圧が背中にかかり、穴の底がドンドン小さくなっていった。

 

 「見えたぞ!」

 

 その直後に、あたし達は穴―――ドラゴンの巣から抜け出していた。その後も少しの間上昇を続けていたけど、ふいにキリトが剣を抜いたらしく、浮遊感と共に体が落下を始めた。

 

 「うわあ……!」

 

 視界いっぱいに映ったのは、五十五層の氷雪地帯だった。円錐形の山や、民家が建ち並ぶ村。あらゆるものが朝日を浴びて輝いており、それは紛う事の無い絶景だった。

 

 「リズ!」

 

 風切り音に負けないように声を張り上げながら手を差し伸べてきたキリトは、優しげに微笑んでいた。それにつられてあたしも微笑み返し、その手を握る。

 その時胸の奥から沸き上がる想いが喉にまで出かかったけど、グッと飲み込んでキリトに首に抱き着いた。彼に悟られないように、ひときわ大きな声で笑いながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「それで、片手用直剣でいいんだっけ?」

 

 「あぁ、頼む」

 

 雪山から店に戻ったあたし達は、早速剣を鍛える事にした。ドラゴンからの落下はシステムによって保護されていたのかダメージは一切無かったし、落下したのも昨日長話を聞かされたNPCの家の近くだった。

 徒歩で帰る途中でキリトはクロトにメッセージを送り、無事脱出できた事と、店で落ち合う事を伝えた。多分そこまで時間をかけずにやってくると思う。

 

 「よいしょっと」

 

 炉で熱したインゴットを金床へと移して、ハンマーを握る。メニューを操作してからキリトの顔を見ると、微笑む彼と目が合った。

 

 「っ!」

 

 それだけで、あたしはキリトに抱いた想いを改めて自覚する。火照った顔を気付かれない様に金床へと向き直り、ハンマーを振るい始めた。

 インゴットを叩き続けている間、あたしはずっとキリトの事を考えていた。最初はただムカつくだけの変な奴だと思ったけど、あたしが危険に晒された時は命懸けで助けてくれた。

 夕べ聞かせてくれた話はどれも面白くて、久しぶりに心の底から楽しいって思えた。でも……でも、それだけじゃない。

 あたしを助けてくれた理由を聞いた時に見せた、思い詰めた表情。それは自分の事を責め立て続けているようで、とても痛々しかった。あたしにはまだ、キリトがどれだけ苦しんでいるのかは解らない。今まで何を見て、どんな事を感じたのか…………何が彼を傷つけてきたのかを、知らない。

 だけどあたしはそんなキリトが助けてくれたからこそ、生きているんだ。それを伝えたくて、思わず彼の手を握ったけど……それは同時に、あたしが人の温もりに飢えていた事を教えてくれた。

 今までのあたしは、人恋しさが恋心にすり替わるのを恐れていた。だから特定の男性プレイヤーと一定以上距離を詰めないように線を引いていた。だってそれは本当の恋じゃ無いから。

 

 (あたしもキリトも、ただのデータだけど……それでも心は、本物なんだ!)

 

 心は本物だからこそ、彼の手を握ってその温もりを感じて、あたしは自分の想いを認めた。もっとキリトと一緒にいたい、彼の笑顔が見たい、と。その想いは急速に大きくなっていき、ドラゴンの巣から飛び出した時は思わず叫びたくなる程だった。

 

 ―――キリトが好き、と

 

 でも、言えなかった。言う訳には、いかなかった。だって彼は……親友の、アスナの想い人だから。本当はクロトと一緒にいた時に、気づいていたのだ。アスナが恋してるのがこの人なんだって。

 なのに……なのにあたしは、恋してしまった。横恋慕だって、叶えちゃダメな想いなんだって分かっていたのに。ずっと前から彼を想っていたアスナを応援してきた筈なのに、ここであたしがキリトに告白なんてしてしまったら……彼女を裏切る事になる。それは絶対に嫌だった。

 

 ―――金床のインゴットが、ぼやけてくる。だけども腕は寸分の狂い無くハンマーを打ち付け続けてくれる。

 

 想いを告げる事はできないけれど、完全に捨てる事もできない。だからこそあたしは、この剣に全てを託すと決めた。

 

 ―――あたしの代わりにキリトを守り、支え、その心の暗闇を払う助けとなる事を。

 

 そう願って打ち続けたインゴットが、まばゆい光を放ちながら姿を変える。

 片手用直剣にしては薄くて細く、やや華奢な刀身。僅かに透き通っているように見える、神々しいほど白い刃と銀青色の柄。決して華美ではないが、細工師による装飾など不要と思えるくらいに美しい剣だった。

 

 「名前は……ダークリパルサー」

 

 暗闇を払うもの。それが、あたしが想いを託した剣の名前。願いを聞き届けてくれたかのような名前に期待と不安を半分ずつ抱きながら詳細を確認する。

 

 「どうだ?」

 

 「……間違いなく最高傑作だけど、依頼内容としてはギリギリってトコね」

 

 性能はエリュシデータとほぼ同等だけど、耐久値がやや劣っていた。少し落胆するあたしだったけど―――

 

 「これって……!」

 

 追加効果の蘭を見て、目を見張った。武器の場合は空欄である事も多いそこには何かが書いてあった。

 

 { 装備時にソードスキル与ダメージ プラス十パーセント }

 

 見つけた。今のキリトの愛剣、エリュシデータに勝っている点が。それが分かっただけで、十分報われた気がした。

 

 「すごいな……試していい?」

 

 「ええ」

 

 躊躇う事無くキリトにそれを伝えると、彼は顔を輝かせてダークリパルサーを握った。その姿はまるで新しい玩具を貰った子供のようで、見ていてとても微笑ましかった。

 

 「ふっ!」

 

 『バーチカル』や『ホリゾンタル』といった単発技や、普通の斬撃。それを幾度となく繰り返すと、キリトは満足そうに頷いた。

 

 「重くていい剣だ。それに……すごく手に馴染む」

 

 「ほ、本当に!?やった!!」

 

 嬉しい。素直にそう感じた。アスナのランベントライトや、サクラのソードフリーダムを打ち上げた時以上の充足感で心が満たされる。久しぶりに、鍛冶屋をやっていてよかったと思えた瞬間だった。

 

 「……本当に、よかった……」

 

 嬉しくて涙があふれそうになったけど、浮かれているキリトに気づかれる事は無かった。

 

 「リズなら、いいかな」

 

 「え?」

 

 「色々あったからな。代金とは別に、ちょっとお礼がしたいんだ」

 

 他言無用だぜ、と悪戯っぽく言うと、キリトは右手にエリュシデータ、左手にダークリパルサーを持った。呆気に取られいるあたしをよそに、キリトは何もない空間に向けて身構えて―――

 

 「しっ!」

 

 ―――両手の剣がライトエフェクトを纏い、見た事も無いソードスキルの軌道を刻んだ。それは暴風のように激しくも、舞のように美しかった。

 合計で何連撃になるのかはよく分からないけど、少なくとも十は下らないと思う。

 

 「ふぅ……あ、こっちの鞘見繕ってくれないか?」

 

 「え、ええ。ちょっと待ってて」

 

 さほど時間をかける事無く、エリュシデータの物と同じ色合いの黒革仕上げの鞘をキリトに渡す。ついでにさっきのソードスキルについて聞いてみたけど、そこまではっきりとは教えてくれなかった。でも、よっぽど隠しておきたい事を一部とはいえ教えてくれたのが、純粋に嬉しかった。

 

 「これで依頼は完了だな。代金は幾らだ?」

 

 「え、えっとね……それは―――」

 

 「―――リズ!」

 

 「―――兄さん!」

 

 頭からすっかり抜け落ちていた、剣の代金。慌ててそれを考えようとした瞬間、工房のドアが勢いよく開かれた。ほぼタックルするような勢いで入って来た二人は、あたしとキリトにそれぞれ抱き着いた。

 

 「あ、アスナ!?」

 

 見慣れた騎士服と、長い栗色の髪。それだけで誰なのかが分かったけど、それ故に驚いた。普通なら今日はギルドの活動日の筈であり、彼女がここに来るのはもっと遅い時間だと思っていたから。

 

 「クロト君から連絡もらって、居ても立っても居られなかったんだよ?」

 

 「あ、あはは……ゴメンってば」

 

 怒ったように睨まれ、あたしは謝る。だけどアスナの目からは涙が溢れそうになっていて、本気で自分を心配してくれていたんだと実感した。

 

 「お、おいアスナ!リズ!速くこっち来い、ハルが爆発すっぞ!!」

 

 ―――ビクッ!

 

 工房の入り口でクロトが叫ぶと、そんな音が聞こえるくらいにアスナの肩が跳ね上がった。顔もなんだか急に青白くなってるし、一体何があったのだろうか?視線をキリトの方に向けると、彼にくっついている小さな背中が、何かの前兆のようにワナワナと震えていた。

 

 「兄さんバカアアアァァァァ!!!!」

 

 「ヒッ!」

 

 決して親しい訳では無かったけど、温和な性格だと思っていた普段のハルからは想像もできない程の音量で彼はキリトへ怒鳴った。っていうか工房が割れるかと思った。

 

 「バカバカバカ!!!」

 

 「……ごめんな、寂しい思いなんかさせて」

 

 「バカ……バカァ…………」

 

 でもそれはすぐに涙交じりの声となり、キリトの胸を叩く手は本当に弱弱しいものだった。キリトはそんなハルを慰めるように、優しい表情で抱きしめた。

 

 「……わりぃキリト。オレじゃどうしようも無かった……」

 

 「いや、俺の自業自得さ」

 

 泣き続けるハルの頭を撫でながら、キリトは自嘲気味に笑った。ここにきて漸くあたしは状況が飲み込めた。

 

 「ハルってアンタの弟だったのね」

 

 「あぁ、リズはハルと面識あったのか?」

 

 「それなりにね。同業者だし、情報交換したりライバル心燃やしたりしてんのよ」

 

 こんなに小さくも懸命に生きているハルを見て、年上の自分が負けてたまるか!って鼓舞した事も一度や二度ではなかった。

 

 (ダークリパルサー(あたしの想い)エリュシデータ(アイツの想い)に勝てなかったのは……ちょっと複雑ね……)

 

 ハルの事を素直に認める自分がいるのと同時に、キリトに大切にされているのに嫉妬している自分がいた。きっとアスナはこれをずっと前から感じていて、それを堪えながらキリトとの距離を縮めようと頑張ってきたのだ。そこにあたしが入り込む余地は……無い。

 

 「あ!そう言えば仕入れの話があったの!悪いけど後よろしく!!」

 

 「り、リズ!?」

 

 アスナの手をするりと避けて、入り口の傍にいたクロトの横を駆け抜けた。そのまま店を出てわき目も降らずに走り続けて、人のいない場所を求めた。

 

 (バカだなぁ……あたしってば)

 

 自嘲しても、胸の痛みは消えてくれない。

 そしてやっと見つけた、誰もいない橋の下で、あたしは泣いた。今まで耐えてきた涙がとめどなく溢れ、必死に食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。

 

 分かっていた筈なのに。アスナ達を見たらこうなるって事を、覚悟していた筈なのに。あの場にいたら、とても堪える事はできなかった。

 叶わないから、せめて剣に託したのに……こんなんじゃ意味が無いではないか。

 

 「何でなのよぉ……!」

 

 何故割り切れないのだろうか。いったい何時になったら、この想いは消えてくれるのだろうか?

 全てを涙と共に洗い流そうとして、その度に記憶に焼き付いたキリトの事が脳裏によぎり、忘れられなくて。ずっとずっと泣き続けて―――

 

 「リズベット」

 

 昨日今日と聞きなれたキリトの声が、聞こえた。彼がここに来る筈が無いという気持ちと、探してくれたという気持ちが混じり合ったまま振り返る。

 

 「キリト……」

 

 「ごめん、リズ」

 

 申し訳なさそうな笑みを浮かべたキリトが、そこにいた。それだけで言いたい事、言わなくてはならない事が浮かび上がってきたけど、それより先に彼が口を開いた。

 

 「俺……前にハルを死なせかけて……最初はリズの事、ハルの代わりとしか思ってなかったんだ。そんな最低な理由で、パーティー組んだ。……本当にごめん」

 

 怒りも、失望も湧いてこなかった。むしろ、彼の抱えている闇を知れて喜んでいる自分がいる。

 

 「本当は、誰ともパーティー組みたくないんだ……誰かが死ぬ瞬間を……見たくないから。守れる力が、俺には無いから……!」

 

 「キリト……」

 

 俯いた彼の表情は見えないけど、肩の震えから、握りしめた拳から、自責の念に囚われている事は明白だった。そしてあたしは、そんな彼に何と言葉をかければいいのか分からなかった。

 

 「でも、二人共生きていた事が……夜に俺の手を取ってくれた事が、嬉しかった。リズの手が温かくて、ちゃんと守れたんだって分かって……リズとパーティー組んで良かったって思えた。だから―――」

 

 キリトが顔を上げた。まだぎこちない、陰りのあるものだったけど、それでも彼は本心から笑ってた。少なくともあたしには……そう見えた。

 

 「―――ありがとう、リズ」

 

 その言葉だけで、さっきまでの痛みが嘘みたいに引いていく。今度は別の意味で涙が流れ出すけど、構わなかった。

 

 「あたしもね、やっと……やっと見つけたの。この世界での本物を。全部、キリトのお陰よ」

 

 あの時握った手の温かさと、今なお彼に抱いているこの想い。彼と出会わなければ、決して得られなかったこの二つがある限り、きっとあたしは頑張れる。

 

 「あたしはもう、大丈夫……大丈夫だから……」

 

 「リズ……」

 

 これ以上向き合っていたら、キリトに泣きついてしまいそうだった。それを堪える為に背を向けて、空を見上げる。

 

 「キリトがこの世界を終わらせて…………それが、剣の代金よ。あたしの想いは、ダークリパルサー(その剣)に託したから……」

 

 「……ああ、約束する。必ず……必ずクリアしてみせる」

 

 背中越しに聞こえた、キリトの確固たる意志の籠った声。今のあたしにできるのは、そんな彼の背中を押す事だ。

 

 「これからも、リズベット武具店をよろしく!」

 

 やっと止まった涙の残りを拭って振り返り、最上級の笑顔をキリトに見せる事ができた。




 サクラの剣は、ドラッグオンドラグーンの解放の剣をイメージしてください。

 ゲーム内だと結構クセのある剣だったのですが、見た目がかっこよかったので、出してみたかったんです。

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