お気に入り登録が二百を超えたり、十名以上の方に評価してくださったりと、当時は全然予想していませんでした。本当にありがとうございます。
クロト サイド
「クソッ、フラグ立てるだけで日が暮れるとか聞いてねぇぞ……」
「全くだ。俺とリズなんて何度も寝ちゃったからなぁ……」
「使い魔ってこういう時便利ね」
五十五層の氷山を上って、そこにある民家に住んでいるNPCの老人から話を聞く。クエストフラグはこれで立つのだが、今回は話がやたらと長かった。つーかほとんどがクエストと全く関係ない、聞き流してもいいんじゃないかって思える内容だった。
そんな話を聞かされていると、だんだんと眠くなって仕舞には抗えなくなるのは誰にだって経験があるだろう。キリトとリズベット―――リズでいいと言われた―――もその例にもれず、途中で熟睡。オレも同じ道をたどりかけたのだが、その度にヤタが容赦なく頭を突いてきたので、寝る事無く話を聞き続けた…………っていうか二人も起こしてやれよ。
「どうすんの?明日また出直す?」
「日を改めたらフラグ立て直しになるクエストも結構あるから、このまま行こう。それにドラゴンは夜行性って言ってたし」
「アインクラッドの構造上、山だってそんな高くなる事は無いだろ。この層だったらドラゴンだってそこまで強くは無いだろうし」
キリトは索敵スキルの、オレはヤタの恩恵で暗視能力があるので、夜間や暗闇での戦闘も問題は無い。鍛冶職人であるリズはその辺大丈夫かは分からないが。
今回彼女はただパーティーメンバーとして一緒にいてもらうだけであり、はっきり言って戦闘の頭数には入れていない。ハルがそうであるように、彼女だって今のレベルになる為に得てきた経験値のほとんどは武具を鍛えて得た物の筈だ。リズは自身をマスターメイサーだと言っていたので、実戦経験が乏しいわけではないだろうが、それでもオレ達に比べればとても頼り無い。
とはいえ道中の戦闘は危なげ無くこなしていたので、センスはきっと良い方だろう。だが、ボスであるドラゴンと戦わせるつもりは無かった。
「って言うか……ホントにアンタ等寒くないの?」
「言ったろ、鍛え方が違うって」
「いちいちムカつくなぁ」
歩いていると、ふいにリズが声をかけてきた。気づけばちらほらと雪が降り始めており、昼間に比べて大分気温が下がってきたようだ。
リズは道中でキリトから借りた毛皮のマントを羽織っているので寒さを感じていない。彼女の言葉は単純にこちらを気遣ってのものだろうが、キリトはどこ吹く風といった様子だ。
「オレ達のコートは断熱性もしっかりしてっから、氷山とか火山でも平気なんだよ」
「あ、そうなの。心配して損したわ……」
「……ネタばらしするなよ、クロト」
まぁ、一番の理由はキリトと意地の張り合いをしてたらいつの間にか耐えられるようになったからだけどな。そういう意味じゃ、キリトの言葉もあながち嘘ではない。
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「ここが頂上か……」
「……みたいだな。リズ、転移結晶を準備しとけよ」
「言われなくても分かってるわよ!」
山頂に林立する水晶に引き寄せられそうになったリズに緊急脱出の準備をさせながら、オレとキリトは各々の得物を抜いた。
「カァ!」
「いよいよお出ましだな」
「俺達がいいって言うまでそこに隠れてろ!」
ヤタが警告を飛ばしたのでそちらを見れば、丁度件のドラゴンがポップした。大型のボスモンスターともなればポップし始めてから動き出すまで若干の時間があるので、オレ達は上記のやり取りができた。
「キリト、ブレスよろ」
「任せろ」
距離があったからか、早速ドラゴンはブレスの予備動作を起こした。同時にキリトが前に立ち、ゆらりと剣を構える。
「うっそぉ!?」
キリトが『スピニングシールド』でブレスを防ぐと、後ろからリズの声が聞こえた。だが今はそんな事にいちいち気を取られているほどオレ達の集中力は低くない。
ブレスがやんで視界が晴れると、オレは『エイムシュート』を発動し、ドラゴンの鼻面に矢をぶちかます。
「部位破壊も狙ってみるか?」
「ああ。腕とかなら何かドロップするかもな」
どの部位が破壊可能なのかといった情報を持っていないので手探りになるし、何より思いつきで言った事なので、キリトもそれほどこだわって狙うつもりはないようだ。こうしている間もオレは絶えず矢を射続けているが、あくまでも通常攻撃なのでそこまでダメージは稼げていない。
「グオオォォォ!」
だが一方的に攻撃されたせいか、ドラゴンのタゲはオレに向いたようだ。まっすぐこちらを見ているのを悟ったオレは、今まで鍛え上げてきたステータスと
するとドラゴンはオレを己の鉤爪で引き裂くべく、一直線に飛んできた。その間もオレは挑発するように矢を射かけ続ける。
「はああぁぁぁ!」
「グオォッ!?」
そしてオレを攻撃するために高度を下げたドラゴンの腹部に、キリトは『ヴォーパル・ストライク』を叩き込んだ。向こうからすれば完全に不意打ちであり、それゆえに大きくのけぞった。
「……腕っつわなかったか?」
「いや、腹で精製するって話だったから……掻っ捌けばドロップするかと」
は、発想は間違ってねぇけどよ……そこまでリアルな設定にするか……?
「オレも腹狙うか?」
「次でダメだったら諦めるから、いいさ」
体制を立て直したドラゴンは、今度はキリトにタゲが向いているようだ。再びブレスを放とうとしたので、『ストライクノヴァ』を左肩に当ててディレイさせる。その直後にキリトが飛びあがり、ドラゴンの腹に『サベージ・フルクラム』を容赦なく叩き込む。
ふと気になってドラゴンのHPバーを見ると、イエローゾーンに入っていた。
(こりゃ、足元に気を付けてりゃ大した事ないだろ)
オレ達のレベルがやたらと高いのもあるが、それでもこのドラゴンはそこまで強くは無いと言える。あとは何か不測の事態に陥らなければ、ほどなく倒せるはずだ。
キリトもオレ程ではないが、大型の敵に取り付いて攻撃する術を得ている。しかもオレと違って
「―――おおぉぉぉ!」
「グギャアアァァァ!!」
キリトと交互に強攻撃を繰り返していく内に、ついに彼の剣がドラゴンの左腕を斬り飛ばした。左腕はすぐさまポリゴン片になるが、別段何かがドロップした様子は無かった。
HPバーは残り一割ほどなので、後二発か三発で倒せ―――
「バカ!まだ出てくるな!!」
「何っ!?」
突然キリトが後ろを振り返りながら叫んだ。オレもつられてそちらを見ると、隠れていた筈のリズが出てきていたのだ。
「もう終わりじゃない。さっさとカタつけちゃいなさいよ」
「だからって不用意に出てくんな!何が起こるか分かんねぇんだぞ!!」
道中しつこい位に「圏外では何が起こるか分からない」と言い聞かせておいたというのに……今のリズは完全に油断している。
「カァ!」
「っ!?突風くるぞ!!」
そしてオレとキリトが目を離したスキに、ドラゴンは今まで使ってこなかった突風攻撃を行ってきた。それもリズに向かって。
突風によって雪が飛ばされ、疑似的な雪崩となって広範囲に広がっていく。範囲内にいたオレはとっさに近くの水晶にしがみついたが、リズは冷静さを欠いているのかただ逃げ惑うだけだった。
「リズ!!」
「待てキリト!お前も―――ぐっ!?」
唯一人攻撃範囲外にいたキリトは、雪崩に巻き込まれたリズへと迷うことなく跳んだ。突風攻撃は範囲こそ広く厄介だが、ダメージは微々たるものだ。彼だってそれを知っている筈であり、いくら何でも過剰な反応だと、オレは思った。
ヤタは既にオレから飛び立って己の安全を確保しており、オレも目と口を閉じて雪崩が過ぎるのをまった。
「……嘘だろ……?」
そして雪崩が過ぎてから彼らが飛ばされた方を向いて、戦慄した。
―――底の見えない巨大な穴があり、キリトが躊躇う事無く飛び込んで行ったのだから。
彼の行動からして、リズは穴に落ちたのだろう。そして穴の深さが分からない以上……最悪二人共死ぬ。
「グオォォ!」
「野郎……!」
もう用は無いといわんばかりにドラゴンは何処かへ飛び立つのを見て、激しい怒りを覚えた。だが既にドラゴンは弓の射程外にいるので、攻撃することは不可能だった。
「ッ!?キリト……!」
そして、視界の端にあったキリト達のHPバーが減少を始めた。その進みはやたらと遅く、まるで何も出来ないオレをあざ笑っているようだった。
―――二人のHPバーがイエローゾーンに落ちる。減少は止まらない。
(止まれ……!)
―――三分の一を残して、リズのHPバーの減少が止まる。だがキリトの方は止まらない。
(やめろ……!!)
レッドゾーンに入っても、キリトのHPバーは減少し続ける。あと二割…………一割…………
―――残り五パーセントの所で、減少が止まった。
「…………ふぅ……」
思わず、安堵のため息をついた。いつの間にか固い拳を作っていた両手を開閉させて、オレは穴の中の彼らにメッセージを送ろうと試みる。
「……チッ……ヤタ!」
「カァ」
穴の中はダンジョンに設定されているらしく、メッセージは送れなかった。その為近くを飛び回っていたヤタを呼び寄せながら、筆記用のアイテムをオブジェクト化した。
「こいつを頼む」
「カア!」
即席の手紙に書ける事は多くない。なので自力で脱出できるかどうかと、できないのなら一晩待っていてほしい、とだけ書いた。それをヤタに運んでもらっている間、オレはこれから何をすべきかを考えていた。
~~~~~~~~~~
キリト サイド
「生きてた……か」
巨大な穴に落ちて、目を覚ました俺の第一声がそれだった。穴の深さはかなりのもので、半ば死を覚悟していたが……それ故に自身の悪運も捨てたものじゃないな、と苦笑が漏れた。
「……う、ううん」
うめき声がすぐ近くで聞こえたのでそちらを見ると、目を覚ましたリズとバッチリと目が合った、その時になって漸く俺は、彼女を抱きかかえた状態で穴に落ちたのだと思い出した。
「無事か?」
「…………うん」
「なら良かった」
その後しばらくの間、俺とリズは無言で抱き合ったままだった。死を間近に感じて、誰でもいいから他人の温もりを求めているのだろう。その為俺はリズが動き出すまではそのままでいた。
「……一応、飲んどけよ」
「あ、ありがと……」
彼女が俺から離れてから、まずはHPを回復させる為にポーチのハイポーションを取り出す。相変わらずうまいとは言えない液体を飲み干すと、残り一割にも満たなかったHPバーが徐々に回復し始めた。
何気なくそれを眺めていると、リズが口を開いた。
「さっきは……ありがとう、助けてくれて」
「それはここを脱出してからだな……」
「え?転移結晶使えばいいじゃない」
彼女はポケットから青い結晶を取り出すと、ボイスコマンドを唱える。だが結晶は何の反応も示さず、その事がこの穴が結晶無効化エリアであるのだと物語っていた。
「それっぽい感じだったから結晶は使わなかったけど……俺の勘も捨てたもんじゃないな」
「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょ!上に残ってるクロトだってどうなったのか―――」
「アイツのHPバーは減っちゃいないだろ?きっと何とかしてくれるさ」
彼一人でもあのドラゴンを相手に戦えるのは、リズだって分かっている筈だ。それにアイツはちゃんと水晶にしがみついていたから、何処かへ飛ばされたなんて事も無い。きっと今頃何かしらの策を練っているだろう。
「問題はどうやってアイツと連絡を―――」
「―――カァ!カアァァ!」
「……伝書鳩ならぬ伝書鴉ね……」
使い魔ってみんなこうなの?と呆れながら言うリズに対して、俺は明確な答えを持っていなかった。
使い魔は誰かに預けたり、ストレージにしまったりする事はできない。それに使い魔に搭載されているAIだって決して高度なものでは無く、幾つかの簡単な指示しか出せない。だというのにヤタはしょっちゅう勝手な行動をするし、ピナだって命じられた訳では無いのに身を挺してシリカを庇った。
俺が知るビーストテイマーはこの二人だけだが、どちらの使い魔もアルゴリズムには無い動きをしていて……生き物らしいというか……本当に生きていると思えるのだ。それが二人だけなのか、全てのビーストテイマーに言えるのかは分からない。
「ま、いいわ。それでなんて書いてあるのよ?」
「……自力で出られないなら一晩待ってくれってさ。数日もすれば長いロープとか持ってきてくれるだろ」
クロトの事だから、助けられなくてもこの連絡を欠かしはしないだろう。幸い野営用のアイテム一式は俺のストレージに入っているので、別段困る事も無い。
「ん~、結晶が使えないなら別の方法がある筈だよなぁ……」
ただ待つだけなのも暇なので、とりあえず自力で脱出できないかは試してみると書いてヤタに渡す。
「頼んだ、ヤタ」
「カァ!」
ここまで来たご褒美として餌をあげると、ヤタは元気よく飛び立った。なんだかんだで現金なヤツである。
「で、リズ。なんかいい案無い?」
「あんたねぇ……助けが来るんならおとなしくしようって気はないの?」
「早く脱出できた方がいいだろ」
ぼんやりと上を見ながらそう言って、一つの方法を思いついた。思わず手をポン、と合わせると、リズにわかるように口を開く。
「壁、登ってみるか」
「……バカ?」
心外な。ウォールランを使えば結構な高さの壁とか登れるんだぞ…………今回は助走距離が不安だが。
「何はともあれ、試してみる、さ!」
ギリギリまで下がってから、全力で走り出す。十メートル程度だった壁との距離はあっという間に無くなり、俺は躊躇う事無く跳躍した。そのまま垂直に壁を駆け上って―――
(あ、やべ)
―――三分の二ぐらいまで登ったところで、俺は見事に足を滑らせた。そして再び穴の底へと落下。
心中は悪戯が失敗した時のような、やっちゃった感があったが……
「うわああぁぁぁ!!」
体の方は条件反射で盛大な叫び声をあげてしまった。そして回復したばかりのHPの幾らかと引き換えに、底に積もった雪にマンガとかでしか見ないような人型の穴をあける。
「アンタって……バカを通り越して大バカね……」
「もうちょい助走距離があればイケたって……」
落下の衝撃でグラグラする視界に顔を顰めながら、二本目のハイポーションを煽る。気づけば穴の中もほぼ暗闇になっているので、脱出について考えるのは明日にしようと決めた。
(ハル……)
ランプの明かりを頼りにいそいそと野営の準備をしながら、俺はこの世界の我が家で待っているだろう弟の事を考えていた。
明後日から仕事……正月休みを味わうと、ついつい引きこもりたくなります……