SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 今回はキリトに対して不快な思いをするかもしれませんが、ご容赦ください……


四十一話 大好き

 キリト サイド

 

 「何で、アイツが苦しまなきゃならないんだよ……!」

 

 俺は憎しみから人の命を奪い、クロトは大切な人を守る為に手を穢した。同じ殺人でも、意味合いが全然違うのだ。非難されるのは俺であるべき筈。それなのに―――

 

 「何でアイツだけが……責められなきゃならないんだ……!」

 

 確かに手段は間違っていたかもしれない。けれども現実では俺は許され、クロトだけが後ろ指を指された。こんなのおかしいじゃないか……!

 

 ―――やっぱりこの世界は残酷だ。

 

 同時に、自分の無力さを痛感した。俺の声は、クロトの心に届いていたけれど……まだ足りなかった。

 

 「一度も本気で向き合わなかった、か……アスナの言う通りだな……」

 

 壁を作っていたツケを、こんな形で払わなければならないとは。だが、どうしても傷を晒すのは怖くて仕方が無いのだ。

 もし仮に彼が傷を受け入れてくれたなら……アイツの事だ、今まで以上に俺を気にかけてサクラを選ばないだろう。そして俺は―――そんなクロトにもたれ掛かってしまう。

 どちらに転んでも良い事が無いと言い訳をして、逃げていたからこそ肝心な時に無力になってしまう。そんな自分が何よりも醜くて、嫌気が差す。

 

 (こんなのだから……何も守れずに失うのか……?)

 

 友達一人助けられない。それが堪らなく悔しかった。思わず両手を固く握りしめ―――

 

 「―――キリト君?」

 

 俯いていた顔を上げると、家の裏口の前にアスナと……サクラがいた。考え事をしていた所為か、いつの間にか家に着いていたようだ。

 

 「……なんだよ?」

 

 「ちょっと聞きたい事があって……今いいかしら?」

 

 「……好きにしろ」

 

 そう言って裏口を開け、とりあえず二人を招き入れた。話をするにしても、KOBの制服は目立つ。落ち着いて話すにはこれが手っ取り早い。クラインとシュミットは帰ったようだし、ハルはエギルと共に彼の店にいる事がフレンド追跡で分かったので、今家にいるのはこの三人だけだ。

 リビングにて、アスナ達とテーブルを挟むように向かい合って座る。サクラはさっきからずっと俯いたまま黙っているし、アスナはそんな彼女の手を握ったまま、どう切り出そうかと言葉を選んでいる様子だった。そのため少しの間、無言の状態が続く。

 

 「それで、聞きたい事って何だよ」

 

 クロトの事もあってか、かなり不機嫌な声が出た。そんな俺に対して、アスナはようやく言う気になったようだ。

 

 「……クロト君の事よ」

 

 ある意味では予想通りであり、またある意味では俺を苛立たせる内容だった。

 

 「この二日間フレンド追跡ができないままだし、何処へ行ったかの情報も無くて行方が分からないままなの。黒鉄宮の名前が消えてないから生きてるのは分かってるけど―――」

 

 「―――だったらどうしたって言うんだよ……!アイツを追い詰めたのはアンタ等だろうが!!」

 

 八つ当たりなのは承知しているが、言わずにはいられなかった。

 

 「アイツ一人に全てを押し付けて……吊し上げたクセに!今更何言ってるんだよ!?何であの時……クロトを助けてくれなかったんだよ!!」

 

 「……謝って済む事じゃないのは、分かってるつもり。でも……だからこそ、彼が今どうなったのかを知りたいの」

 

 声を荒げても、アスナは全く怯まなかった。その事が気に入らなかったが、同時に俺はここで激情に任せても無意味だと悟った。

 

 「……アイツなら最前線の迷宮区だ。さっき会ってきた」

 

 「まだあそこにはフィールドボスが―――」

 

 「―――そんな奴いなかったよ。多分アイツがソロで倒したんだろ」

 

 クロトの持つ弓なら、一方的なワンサイドゲームだって可能だ。ボスがいたという海岸には高台もあったし、二日も籠れていた事から、ボス相手にはそこまで消耗しなかったのだろう。

 だがそれは弓スキルの事をよく知っている俺だから納得できるのであって、そうで無い二人は絶句していた。

 

 「ボスを一人で倒して……その上で今まで戦い続けてたって言うの……?」

 

 「あぁ。あの様子じゃ、碌に眠れてないと思う……」

 

 俺の言葉に、二人は息を飲んだ。だが少しして、アスナが口を開く。

 

 「なら……どうしてキリト君は……連れ戻そうとしなかったの……?」

 

 その素朴な疑問が、まるで俺を責めるようだった。アスナにその意図は無くとも、俺の中で静かに怒りが沸き上がる。

 

 「元を糺せば……クロトを苦しめたのはお前等だろ……!助けられた筈なのに、助けなかった。それこそアイツへの裏切りじゃないか……!!」

 

 この二人だって、クロトがいなければラフコフに殺されていたかもしれない。だというのに、その恩を何も返そうとしなかった事が腹立たしかった。

 

 「……ごめん……なさい……」

 

 今まで黙っていたサクラが、ようやく言葉を発した。その声は普段の彼女とは打って変わって弱弱しい、涙交じりのものだったが、今の俺には苛立ちを募らせるだけだった。

 

 「何を今更……!お前はクロトに助けられたクセに裏切った……アイツを傷つけて、苦しめたんだ!」

 

 「ちょっとキリト君!?」

 

 「アンタには関係無い!」

 

 咎めようとするアスナを強引に黙らせ、俺はサクラを睨んだ。

 

 「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 何度もうわ言のように謝り続けるだけの彼女に対して、無性に腹が立ってくる。

 

 「どうせアイツの事を怖がって、拒んだんだろ……!」

 

 「っ!」

 

 図星らしく、目に見えてサクラは動揺した。

 

 「何で受け入れようとしなかったんだ?アイツが手を穢したのは……お前を守る為だったんだぞ!」

 

 普段なら、ここまで言う前に失望している筈なのに……今の俺は、抑えられない程の激情に駆られていた。

 

 「一番怯えてるのは……他の誰でもない、クロト自身なんだぞ!自分は化物なんだって諦めて……誰も癒してくれない傷を抱え込もうとしてるんだ!」

 

 だからだろうか?いつもなら絶対に言わない事まで口走ったのは。

 

 「アイツがボロボロだってのに、何もしない。その程度の想いなら……とっとと捨ててレイにでも鞍替えしろよ!!」

 

 ……言ってから後悔した。俺だって何もできなかったのに、それを棚に上げているのだから。俺とクロトの友情だってその程度のものだというのに……

 

 「…………して」

 

 だが、一度言った言葉は戻らない。ここまで言ってしまった手前、すぐに撤回なんてできなかった。そうして黙っていると、サクラが小さな声で言葉を発した。

 

 「何だよ?言いたい事ならはっきりと―――」

 

 「―――取り消してって言ったの!」

 

 あふれ出す涙もそのままに、明らかな怒りを宿した瞳をまっすぐに俺に向けたサクラは叫んだ。

 

 「何もしなかったのはキリトも同じでしょ!わたしよりも……ずっとずっとクロトと一緒にいたクセに!!」

 

 「っ!?」

 

 ……そんな事、分かってる。

 

 「今まで散々クロトに頼ってたじゃない!いつもいつも自分の事ばっかりで、クロトをどれだけ苦しめてたのか……気にもしなかったクセに!!」

 

 確かにその通りだ。俺はただ……クロトを縛り付ける錘でしかなかった。

 

 「あれだけ一緒にいたのに、少しは本音を言い合ったりしなかったの!?あの時……クロトを道連れにしたのに!!」

 

 道連れ……ビーター宣言の事だ。あの時俺がクロトを突き放せるだけの強さが無かったから、こうなった……?

 

 「もうわたしから……大事な人を奪わないでよ!」

 

 俺がいるから、こうして二人がバラバラになってしまうのか。少し考えれば分かる事だったじゃないか。だというのに……何故俺はサクラに当たり散らしてしまったのだろうか?

 

 「サクラ!」

 

 「……ぁ…………ご…めんな…さい……」

 

 今まで黙っていたアスナが、咎めるようにサクラの名を呼んだ。その途端にサクラはしおらしくなり、再び泣き崩れた。

 

 「全部事実だろ?謝る必要なんて無いさ」

 

 勢い任せで、本心からでは無い言葉があったのは容易に予想できた。だがそれでも、俺はそう言われるだけの事をしてきたのだと今更になって理解した。

 

 「わたしだって分かってるよ!キリトに八つ当たりしてるだけだって……クロトが辛い目に遭ってるのはわたしの所為なんだって。わたしがあの時……クロトを怖がって目を逸らしたからこうなったんだって!!」

 

 「だったら何で動かないんだよ?」

 

 「もうどうしたらいいのか分かんないよ!好きだけど……怖いの……!あの時平気で人を殺せたクロトが……それに……大好きな人を傷つけたわたしにはもう……一緒にいる資格なんて―――」

 

 俺も少し前までハルの傍にいる資格は無いと思っていた。だから彼女の葛藤には幾らか共感できた。でも……だからこそ、今のサクラをそのままにはできなかった。

 

 「―――だからその程度だって言ったんだよ!本当にアイツが好きなら……受け入れてやれよ!!」

 

 サクラに詰め寄り、襟首をつかんで強引に立ち上がらせる。例え嫌われたとしても、ここで後押ししなければ二人の想いはすれ違ったままになる。それだけは絶対に嫌だった。

 

 「お前だけなんだよ、今のアイツを救えるのは!たった独りで怯えてるアイツの拠り所になれるのは……お前しかいないんだよ!!」

 

 「…………ぁ」

 

 彼女が目を見開く。漸く気づいてくれたようだ。そこで……さらにダメ押しをする。

 

 「このままなら……クロトが死ぬぞ?蹲って泣くだけだったら、一生後悔してろ」

 

 そう言って手を放す。サクラはふらふらと後ずさると、意を決した様子で外へ飛び出した。

 

 「……ありがと」

 

 すれ違いざまに、そんな事を言われた。礼を言われる筋合いなんて、全く無いというのに。

 

 「……何で、あそこまで言ったの?」

 

 「必要だって、思ったからだよ」

 

 サクラが飛び出してから少しして、アスナが口を開いた。急に疲れが出てきた俺は、椅子に座り込んで力無く答えた。

 

 「だからって、言い過ぎよ……もしサクラの心が折れてたら、どうするつもりだったの……?」

 

 「……そうはならないって、信じたかったんだ。あの二人の想いは、本物なんだってさ……」

 

 本当に好きだから、クロトは拒絶されてもサクラを気遣っていた。本当に好きだから、サクラはクロトを傷つけてしまった事をとても後悔していたのだ。

 俺があの二人に幻想を抱いていただけなのだ。どんな事があっても、クロト達の想いは通じ合っていて、お互いに全てを受け入れる筈だって。

 だからこそ、それを裏切られた気がしてサクラを許せなかったのだ。……何て身勝手で、醜い理由なのだろう。

 

 「……そう。でもね」

 

 不意に、頬に温かなものが触れた。顔を上げると、アスナが右手を俺の顔へと伸ばしていた。

 

 「キリト君が傷ついていい理由には、ならないよ。君の事を心配してる人だっているんだから」

 

 「……そう、だったな……」

 

 ハル、スグ、叔父さん、叔母さん……他にもクロトやエギル、クライン……決して多くは無いが、俺の事を案じてくれる人がいるのは先日思い知った筈だったのに。一度ついたこのクセは、中々治りそうにないようだ。

 

 「これでクロト達が結ばれるのなら……嫌われ役も、悪くないって思ったんだよ」

 

 「大丈夫。あの二人なら、きっと大丈夫だよ」

 

 いつもなら真っ先に振り払う筈の、アスナの手。だが不思議な事に、今はそこから伝わる温もりが何よりも心地よく、俺の心を穏やかにしてくれた。思わず目を閉じて、少しの間身を委ねてしまうくらいに。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 走る。ただひたすら走り続ける。もう、後悔したくないから。

 

 (クロト……クロト!)

 

 迷宮区の何処にいるかなんて分からない。だけどそんなものは些細な事だと切り捨てて、迷宮区タワーに飛び込む。わたしのステータスはSTRとAGIの両方に均等に割り振ったバランス型であって、アスナさん程の速さは無い。だけどこの時だけは、いつもなら出せないくらいの速度で走っていたし、ポップするmobだって上位のソードスキルを惜しみなく使って瞬く間にポリゴン片に変えていった。

 

 ―――このままなら……クロトが死ぬぞ?

 

 それだけは、絶対に嫌だった。もしこのままクロトと二度と会えなくなってしまったら……わたしはもう自分が許せない。

 

 「クロト……!」

 

 今すぐ会いたい。想いは募っていくのに、時間だけが過ぎていく。元々マップデータすら入手せずに飛び込んでしまったため、すぐに行き止まりに突き当たってしまったり、mobに囲まれたりという事が何度も起きた。

 

 「何処に、いるの……?」

 

 気づけばすっかり道に迷い、息も絶え絶えになっていた。ちょっと気が緩めば、クロトはもう消えてしまったんじゃないかって不安に押しつぶされそうになる。そんな事無いって思っても、涙があふれそうになるのは止められなかった。

 

 ―――カァ……

 

 「っ!い、今の……ヤタ?」

 

 消えてしまいそうな鳴き声が聞こえたのは、そんな時だった。はっとして顔を上げ、藁にも縋る思いで駆け出す。どうか……幻聴じゃありませんように、と祈りながら。

 

 「シャアアァァァ!」

 

 角を曲がると、異様な光景が目に飛び込んできて驚いた。何故なら魚人型mobが二体、こちらに背を向けて何かをしていたから。けれど、奴らの足元に濡れ羽色の塊を見つけた瞬間にわたしの体は動き出していた。

 

 「やああぁぁ!」

 

 『ヴォーパル・ストライク』を不意打ちとして叩き込み、二体とも吹き飛ばす。技後硬直が解けたらすかさず濡れ羽色の塊を拾ってバックステップで距離をとる。

 

 「シュウウゥゥゥ……!」

 

 警戒している二体を見据えて、剣を構える。先程拾った塊を左手で抱えているので盾を使う事は出来ないけど、問題は無い。

 

 「シャアッ!」

 

 一体目が跳びかかり、上から石突を叩き込もうとするのをステップで躱し、二体目の突きを剣で受け流す。mobは同士討ちをしないため、長物の敵が複数いる場合は攻撃範囲の狭い突きがメインになる。そのため何処を狙っているかが分かればカウンターを入れる事だって可能になる。

 

 「せいっ!」

 

 『ホリゾンタル・スクエア』の四連撃を二体目に叩き込むと、HPバーが空になった。さっきの『ヴォーパル・ストライク』が予想以上に効いていたみたいだった。

 

 「シャアアァァァ!」

 

 「きゃっ!」

 

 技後硬直が課せられて動けないため、背中に攻撃を食らってしまう。二度殴られたような衝撃が走り、吹き飛ばされるけど、抱えた塊を手放す事は無かった。

 

 「この!」

 

 「キシャアァァ!?」

 

 ゴロゴロと転がったわたしに追撃を加えようと不用意に近づいてきたmobに、体術スキル『弦月』をお見舞いする。少々強引に体制を立て直したわたしは、僅かな硬直が解けると同時にとどめを刺す。

 

 「はあぁぁっ!!」

 

 片手剣重三連撃『サベージ・フルクラム』が魚人型mobの槍を砕きながらHPを消し飛ばす。次の瞬間にmobはポリゴン片に変わるけど、それを気にせず抱えていた濡れ羽色の塊を見た。

 

 「カァ……」

 

 「ヤタ!」

 

 片翼を失い、ボロボロになっていたけれど……ずっとクロトの傍についていた筈のヤタだった。フォーカスしてHPバーを確認するとほとんど空っぽになっていた。

 

 「ヒール!」

 

 すぐに回復結晶を使って、ヤタの傷を癒す。使い魔が主人の傍にいないって事は……まさか……

 

 「間に、合わなかったの……?」

 

 嫌だよ……信じたくない。

 

 「クロトぉ……!」

 

 その場にへたり込んで、あふれ出す涙を止める事すらできなかった。心が、絶望に染まって―――

 

 「カァッ!カアァァッ!!」

 

 「…………ヤタ……?」

 

 何かを訴えるように、何度も何度も翼で顔をはたくヤタが、繋ぎとめてくれた。何とか顔を上げると、ヤタは飛び立ち、何度も鳴いた。

 

 ―――ついて来い。

 

 そんな風に言われた気がした。よろよろと立ち上がり、力の入らない足を動かしてヤタを追いかける。ほとんど何も考えず、ただただ前を飛ぶ小さな鴉の後を追い続けて―――

 

 「……」

 

 「あ……」

 

 何処かのトラップ部屋に入った時だった。部屋の片隅で、壁にもたれて蹲っている人を見つけたのは。黒で統一されたズボンにハーフコート、マフラー。そして何よりも―――前髪に着けられた、小さなヘアピン。

 

 「くろ……と……?」

 

 「……」

 

 返事は、無い。だけど、彼―――クロトを見間違える事なんて無かった。

 真ん中に空の宝箱がある様子から、アラームトラップの部屋だった事は容易に想像できた。きっとポップしたmobを全滅させた後、そのまま意識を失ってしまったんだと思う。

 

 「っ!」

 

 投げ出された左手に触れて、体が強張ってしまった。

 

 ――冷たい。

 

 一月前、’アルゲード’でわたしの手を握ってくれた時に感じた温もりは、欠片も感じられなかった。顔を見れば苦しそうな表情をしていて、大分やつれていた。

 

 「ごめんね……!」

 

 改めて、わたしが犯した過ちの大きさを思い知った。あの時怖がって拒絶したわたしこそが、クロトから居場所を奪ってしまったんだって。自責の念からまた涙があふれ出したけど、今はそんな事どうでもよかった。

 

 「もう……逃げないから……」

 

 人を殺していた時の彼は……まだ怖い。だけど、そこから目を背けちゃダメだってキリトに教えてもらったから。

 

 「~♪」

 

 冷え切ったクロトを胸に抱きしめて―――ずっと抱いていた想いを声に乗せて、歌う。少しでも彼の心に届くようにと願いながら。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 ―――どれだけの間、そうして歌い続けたのか分からない。でも……

 

 「……ぅぁ……」

 

 「―――クロト!?」

 

 抱きしめ続けていた彼が、身じろぎしたのが分かった。抱きしめる力を少し緩めて顔を覗き込むと、クロトが焦点の合わない目を何度も瞬いていた。

 

 「……さ…くら……?」

 

 「そうだよ……」

 

 少しして、ようやく焦点を合わせたクロトが、不思議そうにわたしを見つめてくれた。わたしは精一杯の笑顔で答えるけど、彼の瞳に映ったわたしはぼろぼろに泣きながら笑っていて、みっともない顔をしていた。

 

 「どう……して……?」

 

 「ごめんね……わたしが、怖がったから……こんなに、クロトを苦しめちゃった……」

 

 口にすると、今まで以上に胸が痛んだ。

 

 「気に、すんなよ……」

 

 どうして……まだ君は笑ってくれるの?全部、わたしが悪いのに……どうしてこんな簡単に許してくれるの?何で優しくしてくれるの?

 

 「お前が、泣いてると……オレも、辛いからさ。だから……笑っててくれよ」

 

 「……うん……」

 

 冷たいけれど……そっと涙を拭ってくれる彼の優しさに、心が洗われていく。色々とごちゃごちゃになっていたものが取り除かれて―――クロトへの恋慕だけが残った。

 

 「オレは……大丈夫だから……だから……こんなばけも―――!?」

 

 本当は一番辛い筈なのに……わたしを怖がらせないように無理して笑っているのが耐えられなかった。自分の心を押し殺して、化物だと言わせたくなかった。

 

 ―――だから、彼の唇を、自分のそれで塞いだ。

 

 顔を離すと、クロトは固まっていた。再会したあの時と全く同じの、信じられないといった表情で。

 

 「もう、いいんだよ……全部、受け止めるから……だから―――」

 

 ―――ずっと一緒にいて。

 

 そう言って、再び唇を重ねた。クロトからは抵抗らしい抵抗は全く無くて、わたしにされるがままになっていた。

 

 「何で……」

 

 ようやく彼から、笑顔の仮面が外れた。顔を歪めて、涙がとめどなく流れ出していた。クロトはそんな自分の事が分かっていなくて、ただただ戸惑っていた。きっと、自分でも気づかない内に心がボロボロになっていたんだと思う。

 

 「誰よりも、大好きだよ」

 

 今まで恥ずかしくて、面と向かって言えなかった言葉。だけど今は、微笑みながら、ちゃんと告げる事が出来た。

 

 「う……ぁ……!」

 

 縋るようにわたしに抱き着いて、クロトは嗚咽を漏らし始めた。痛いくらいに回された腕が、彼の心がどれほど追い詰められていたのかを伝えてくれた。

 わたしの右肩に顔をうずめる彼の頭を撫でながら、耳元で囁くように歌いだす。少しでもクロトの心を癒したくて、安らぎを与えたくて。

 

 ―――クロトの事を怖くないと言えば嘘になるけれど。それでも、彼への想いはそれ以上に大きいから。だから……

 

 (もう絶対に……間違えたりしないよ……)

 

 彼の全てを受け入れよう。怖いのは、クロトも同じなのだから。




 なんだかアスナが空気に……

 文才無くて申し訳ありません。

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