SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 もう少しモヤモヤが続きますが、お付き合いしていただけたら幸いです。


四十話 それでも…

 キリト サイド

 

 「それは…本当なのか……?」

 

 信じられない。最初に俺の頭に浮かんだのは、それだった。討伐戦でハルを殺されかけて大暴れした俺は、アイツが何をしたのかを知らなかった。だから、シュミットの口から語られた事に俺は驚愕せざるを得なかった。

 

 「ああ、本当だ」

 

 俺がかすれた声で問いかけると、シュミットは固い表情でうなずいた。

 

 「キリト、お前の分かる範囲でいい。会議に行くまでの間に、クロトの様子におかしな所とか無かったか?」

 

 「普段通り……いや、普段通りすぎたんだ……!」

 

 エギルに訊かれてクロトの様子を思い出してみて、今更ながらに気づいた。アイツは俺達に気を使わせないように無理していたんだと。

 

 「きっと……俺の所為なんだ……!」

 

 何故気づけなかったのだろうか?仲間を守る為とはいえ十何人と望まぬ殺人をした彼の、心の悲鳴に。昨日会議に行こうとしたクロトにただ一言、声をかけて引き留めていれば……こんな事にならなかった筈なのに。

 

 「バッカ野郎、お前ぇだけの責任じゃねぇ!お前ぇだけの……責任じゃねぇんだ……!!」

 

 クラインがテーブルに拳を打ち付けながら、押し殺した声で言った。非は全員にあるのだと。今の俺には気休め程度にしかならなかったが、それでも幾分かは落ち着かせてくれた。

 

 「サクラは……?彼女なら真っ先にクロトを庇う筈じゃないのか?」

 

 クロトを深く想っている彼女なら、彼が一人吊し上げられるのを黙っている筈が無い。

 

 「……分からん。だがクロトもすぐに逃げ出しちまったから、多分なにもできなかったんだろうな……」

 

 「なら……その後会議はどうなった?」

 

 「ウチのギルマスとKOBのツートップがなんとか場を収めたが……攻略どころじゃなくなったよ」

 

 エギルとシュミットが苦虫を噛み潰したような表情をしている様子から、よほど酷かったのだろうと想像できた。恐らく、俺達が一層でやったビーター宣言の時とは比べ物ならないくらいに。

 

 「しっかしアスナさんも大変だな……内部を纏めなきゃなんねぇし、塞ぎ込んじまったサクラさんのフォローも―――」

 

 「塞ぎ込んだ?クロトを追いかけなかったのか!?」

 

 思わず身を乗り出して、クラインを問い詰める。サクラが動かないのを信じたくない一心で。

 

 「お、おう。そういや変だよな……今までならなりふり構わず行ってた筈なのによ」

 

 サクラが何もしない。それが事実だと分かった途端、急速に熱が冷めていく。

 

 ―――君の’想い’も……所詮その程度だったのか……?

 

 もう何度目になるか分からない諦観が、俺の中で広がっていく。

 

 「……行かなきゃ」

 

 誰も行かないのなら、俺が行かなくては。こんなどうしようもない俺を、相棒と言ってくれたアイツの恩に少しでも報いる為に。

 

 「エギル、ハルを頼めるか?夕方までには絶対に戻るから」

 

 「あ、あぁ……」

 

 面倒見のいい彼なら任せても大丈夫だ。同じ層に居を構えているためエギルはよくハルと交流があり、いつの間にかハルは彼に懐いている。

 ウィンドウを操作して、ストレージ内のアイテムや装備品の耐久値などを手早く確認。特に問題は無い。

 

 「キリト……お前は何とも思わないのか?現実で考えればアイツは―――」

 

 「―――そんな事どうだっていい!アイツは俺の……」

 

 シュミットが言わんとした事は頭では理解できるが、心はそうはいかなかった。無遠慮な言い方に急に腹が立ち、声を荒げてしまった。

 

 「……俺の、友達なんだ……!」

 

 友達。現実世界(リアル)にいた頃、そう呼べる存在はいなかった。元々俺が積極的に他人と関わろうとしなかったのもあるが、事故に遭って以来、自分の傷を知られる事と心を繋いだ相手を失う事を恐れてしまったから。そんな、贔屓目に見ても面倒くさい俺をどんな時でも独りにせず共にいてくれた。

 つまらない事で競い合ったり、些細な事で口論を繰り返したり、しょうもない悪戯をしあったり……傷を知られないように壁を作りながらも、クロトの幸福を自然と願えるくらいには打ち解けあう事ができたのだ。

 

 「……そうか」

 

 「け、けどよ……クロの字が何処にいんのかってアテはあるのか?」

 

 「伊達に今までコンビ組んでた訳じゃないさ」

 

 一緒につるんで来たから、何となく分かる。俺とアイツは、似た者同士なんだって。

 

 (誰も来なくて、何も考えずにいられる所……最前線の迷宮区?だがフィールドボスが―――!?)

 

 嫌な予感がする。俺は三人を置いて家を飛び出し、転移門へ駆け込んだ。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 ―――人殺し!

 

 違う……

 

 ―――殺人鬼が!!

 

 違うんだ……オレは……

 

 ―――この化物!!!

 

 「あああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 力任せに発動したソードスキルが、mobのHPを消し飛ばす。次いで爆砕音と共にポリゴン片が視界の中で舞うが、それに対してオレは何も感じなかった。

 耳を塞いでも延々と聞こえる声を少しでも忘れたくて、オレは最前線の迷宮区に潜り込んでいた。道中にいたフィールドボスは……多分倒したのだろう。とにかく目の前に現れた敵全てに対して、オレは当たり散らすように戦い続けた。その為どんな敵を倒してきたのかだとか、どの位戦い続けているのかなどの記憶がとても曖昧だった。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「カァ!カアァ!!」

 

 ふらふらと進むオレを引き留めようとしているのか、ヤタはしつこいくらいに眼前を飛び回りながら鳴く。だがオレはそれをうっとおしいとすら感じなかった。ただ無視して進む。

 空耳だと分かっていても、皆から浴びせられた言葉が何度も繰り返し頭に響き、胸に突き刺さる。

 

 (黙れ黙れ黙れ……!)

 

 何が間違っていたんだ。あそこで躊躇っていたら、サクラが殺されていたんだぞ……!そして何より

 

 「……ラフコフ(あんな奴ら)なんて……死んでとうぜ―――!?」

 

 自身の口から出てきた言葉に、凍り付いた。死んで当然、オレは今そう言おうとした……?

 

 (オレは……殺しに抵抗が無いのか……)

 

 ようやく気付いた。オレは、アイツ等を殺した事を後悔するどころか、別段何とも思っていないのだ。

 

 「……化物、か……は、はは……言えてるな……ははは……」

 

 化物だから、忌み嫌われる。化物だから、怖がられる。化物だから……拒絶される。

 

 ―――少し考えれば分かる、簡単な事だったのだ。サクラだって元々は普通の女の子なのだ。こんな化物(オレ)の事を怖がって当たり前だ。

 

 「はは……バカみてぇ……」

 

 単にオレが期待しすぎたのだ。彼女の反応が普通であり、おかしかったのはオレだ。これは、当然の結果なのだ。

 

 「カァ!」

 

 「……出てきたか」

 

 ヤタが警告を飛ばしたので視線を上げると、丁度mobがポップし始めていた。まだ距離があるので、無造作に弓を構えてスキルを立ち上げる。

 

 「シャアアァァァ!?」

 

 HPバーが表示されるのとほぼ同時に、『ストライクノヴァ』の一撃が魚人型mobの右肩を貫く。ノックバックで怯んでいる間に技後硬直が終了したので、今度はスキルを使わずに矢を射かける。

 

 ―――やっぱり何も感じない。

 

 この弓で人を殺めた筈なのに、オレは何の忌避感も抱いていない。躊躇う事無く握れるし、使える。

 一方的に攻撃されたmobは防御の構えでじりじりと近づいているが、あいにく槍一本しか持っていないのだ。胴体周辺なら防げるかもしれないが、そこ以外は無防備だ。冷静に『エイムシュート』で頭部に狙いを定め、射抜いた。

 

 「……まだいたか……」

 

 HPを全損したmobがポリゴン片になるのを眺めていると、すぐ後ろで別のmobがポップする音が聞こえた。ヤタの警告が聞こえなかったのは、意識が散漫になってきている証拠だろう。武器を弓から短剣に持ち替えながら振り向くと―――

 

 「シャア……ッ!?」

 

 槍を振り上げた姿勢のまま硬直するmobの姿があった。ヤツの眉間からは漆黒の刃が突き出ており、HPバーは完全に空になっていた。mobがポリゴン片に変わり、漆黒の刀身の持ち主があらわになる。

 

 「……探したぞ、クロト」

 

 「……キリトか」

 

 ふっ、と力が抜け、傍の壁にもたれてズルズルと座り込む。すると彼もオレの隣に座り込んできた。何となく見てみると、キリトは肩で息をしていた。恐らく全力でオレを探したのだろう。

 

 「いつから籠ってるんだ?」

 

 「さぁな……オレもよく分かんねぇ。はは……」

 

 自分で自分に呆れ、乾いた笑いが空しく響く。

 

 「お前が出て行ってもう二日だ。碌に休んでないなら、帰るぞ」

 

 「あぁ……」

 

 キリトが差し伸べてくれた左手をとろうと右手を伸ばした、その時だった。

 

 ―――化物!!

 

 少しの間忘れる事が出来ていた声が、蘇ってきた。

 

 「クロト?」

 

 「……悪い。しばらく、無理そうだ……」

 

 今でもはっきり思い出せてしまう。オレを化物だと叫んだ者達の、恐怖を宿した目を、声を。キリトだって彼らと同じ目をするんじゃないかって思うと……怖かった。

 

 「お前が何をしたのか……シュミットから聞いたよ。俺はその上でここに来たんだ。他の奴らが何て言おうが関係無い!血塗られた手なら……俺も一緒だ……!」

 

 「……サンキュ」

 

 まっすぐにオレを見るキリトの目は、真剣なものだった。それを見て、コイツもかなりのお人好しだったけと今更ながらに思い出す。

 

 「……けど、ダメなんだ……」

 

 「何でだよ……!何がお前をそこまで苦しめてるんだ!?」

 

 「何も感じないんだよ……殺す事への抵抗とか、忌避感とか。それに……」

 

 こんな時でも落ち着いて話ができてしまうあたり、オレは異常なのだ。自分自身ようやく気付いた事であるため、キリトも説明されなければ分からないだろう。

 

 「……オレは殺した奴らの事を、死んで当然だって思ったんだ。あれが正しかったんだって割り切ってて、後悔すらして無いんだ」

 

 「だったら……何で……?」

 

 (何で、か……)

 

 口にしてみて、やっと自分でも分かった。オレが人を恐れてしまう、本当の理由が。

 

 「怖いんだよ……平気で人を殺せて、殺した相手の事を何とも思わない……こんな化物なオレ自身が」

 

 「それは相手がラフコフだったからで―――」

 

 「―――分かるんだよ……事と次第によっちゃオレは……お前やハルだって殺せるんだ、って」

 

 おかしいだろ、と苦笑しながら言うと、キリトは絶句した様子だった。無理もない。

 

 「一緒にいたら……オレはいつかそいつを殺しちまう……そうなる事が、それが平気でできる自分が……怖いんだよ……!」

 

 「……だから、サクラとも会おうとしないのか?」

 

 無言でうなずくと、心が痛んだ。この想いが叶わないものだと、認めてしまうのだから。

 

 「……お前は、化物じゃない!!」

 

 「そう言ってくれんの……お前ぐらいだぜ?」

 

 苦しかった心が、少しだけ楽になる。同時にこみあげてくるものをこらえるために、顔を背けた。キリトの優しさが嬉しくて……縋ってしまいそうだったから。

 

 「クロト……お前……」

 

 「後少し……少しだけ待っててくれ。いつも通りのオレになって……戻ってくるから……!」

 

 震える声で、そこまで言うのが精一杯だった。それでも堪えきれなかった一筋の涙が頬を伝って落ちる。

 

 「……分かった。俺もハルも、待ってるから……いつでも帰ってこい」

 

 コツリ……コツリ、と聞こえる足音が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。再び訪れた静寂の中、無意識の内に本音が零れた。

 

 「……それでも、好きなんだよ……サクラ」

 

 例え拒絶されても、叶える事ができなくても……オレの想いが色褪せる事は無かった。




 17日に弟の会社の忘年会がありました……皆さんも飲み過ぎや食べ過ぎには注意してください。


 加えて今日は兄が忘年会に行きます。

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