SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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三十一話 事件捜査その五

 クロト サイド

 

 ヨルコさんが死んだ。その事を心は信じようとはしなかったが、頭は瞬時に理解した。大きさからして、あのダガーは投擲用のスローイングダガーだ。

 ヨルコさんは外から投げ込まれたダガーに刺されて死んだ訳であり、犯人はこの近くにいるはずだ。

 

 「カア!」

 

 犯人を捜そうと思った丁度その時、ヤタが警告を飛ばしてくれた。顔を上げると―――

 

 「アイツか……!」

 

 ―――何軒か離れた屋根の上、正面に人がいた。それを視認すると同時にオレは窓から向かいの屋根へと跳ぶ。

 

 「待ってクロト!」

 

 後ろからサクラの制止の声が聞こえたが、今はそれには従えない。鍛え上げたステータスと軽業(アクロバット)スキルの補正により、五メートルほどの距離を助走無しで飛び移る事に成功する。

 一瞬弓を取り出す事も考えたが、あいにくクイックチェンジに登録していなかったので却下。右手で短剣を抜きながら屋根の上を全力で走る。

 

 (一撃でも貰ったらアウト……ヤツから目を離すな……!)

 

 ヨルコさんのHPはたった一本のスローイングダガーによって満タンの状態からゼロになったのだ。つまりアイツの攻撃に当たれば即死。ゆえに一発の被弾もできない。加えてフード着きのローブで全身を隠しているため、ダガーを投げるその時しか手元が見えない。

 システム的に外から攻撃できない宿の中ならば安全だと安直に考えていた、数刻前の自分の愚かさと犯人への怒りで感情は満ちていたが、おかしな事に直線的な動きを避ける程度には頭は冷静さを保っていた。相手に狙いをつけさせないようにジグザグに跳びながら、可能な限りの速度で距離を詰める。

 

 「っ!?」

 

 だがヤツはこちらの神経を逆撫でするほどにひどく落ち着いた様子で、転移結晶を取り出した。少しでも転移を妨害するために左手でピックを三本抜き、間髪入れずに『トリプルシュート』を発動する。

 ピックは真っ直ぐにヤツに向かって飛び―――ローブに突き刺さる直前で紫の障壁に弾かれた。

 

 (ヤツにもコードが適用されている……?なら、実体のあるプレイヤーか!)

 

 向こうはピックには何のリアクションも示さず、ゆっくりと転移結晶を掲げた。距離的にはヤツがボイスコマンドを終える前に攻撃が届くかどうかという際どいところだが、やるしかない。

 

 「はああぁぁぁ!!」

 

 突進系ソードスキルを発動させながら飛び掛る。ピックではびくともしなくても、これならノックバックで―――!

 

 ―――リンゴーン、リンゴーン

 

 (なっ!?)

 

 午後五時を告げる鐘の音と、自身のソードスキルのサウンドエフェクト。この二つのせいで、後コンマ数秒で届く距離にいたヤツの声を聞き逃してしまった。しかも転移は成功してしまい、一瞬前までヤツが立っていた屋根へとライトエフェクトを纏った短剣を突き立てる―――寸前で再び紫の障壁に阻まれた。

 

 「クソッ……」

 

 あと少し、速く駆ける事ができていれば。そう思わずにはいられなかった。だが、いつまでもそうしてはいられない。サクラ達が待っている宿屋に戻るために、オレは再び屋根から屋根へと跳んだ。

 

 「……こんなもんでアッサリ死ぬとか……冗談も大概にしろよ……!」

 

 偶然というべきか、宿屋の前に人はおらず、ヨルコさんを殺害するために使用されたスローイングダガーは落ちたままだった。そのまま放置する訳にはいかなかったので拾ったのだが、やり場の無い怒りが改めてわいてきた。

 

 「カァ?」

 

 「……解ってる。こんな顔して戻るつもりは無ぇよ」

 

 ヤタが気遣わしげに鳴き、その事に感謝しつつも気持ちを落ち着けながら部屋へと進む。ドアの前で念のため深呼吸をし、ノックをしてから部屋へと入った。

 

 「クロト!!」

 

 「おわっ!?」

 

 部屋に入るなり、サクラが抱きついてきた。危険な事をした自覚はあるので、きっとカンカンに怒っているんだろうなぁと思っていたのだが……流石にこれは驚いた。

 

 「生きてるよね?無事だよね?」

 

 涙交じりの声でオレの存在を確かめるサクラを見ていると、後悔と罪悪感が広がってくる。安心させるため、いつかの時の様にオレもサクラを抱きしめた。

 

 「今回は流石に軽率だったぞ」

 

 「貴方に何かあったらサクラが悲しむんだっていい加減覚えなさい!」

 

 「……わりぃ…………心配させて」

 

 キリトとアスナは大分ご立腹だったようで、どちらも押し殺した声だった。特にアスナは剣を抜きかけていたし。

 

 「で、どうだった?」

 

 「転移結晶で逃げられた。鐘の音にあわせてだったから、何処へ行ったのかも分かんねぇ……」

 

 オレの報告にキリト達は頷くと、犯人の特定のために頭を捻り始めた。

 

 「……あれは……あのローブは、グリセルダの物だ…………間違いない、リーダーの復讐なんだ……」

 

 だがそれも幾ばくもしないうちに、シュミットの呟きによって中断された。床に両手を付き、全身を震わせながら乾いた笑い声を上げる彼は、一見すると壊れた様でもあった。

 

 「そうだよな……幽霊なら、圏内でPKとか楽勝だもんな……は、はは……ははは」

 

 抱き合ったままだったサクラと離れ、オレは回収したスローイングダガーを無造作にシュミットの前に放った。効果はてきめんで、彼は過剰に怯えた反応した。

 

 「言っとくが、アイツはちゃんとしたプレイヤーだぜ。そもそも幽霊ならこっちの攻撃がコードで防がれる事も、結晶で転移する必要も無い筈だ。それに……オレが持てたって事は、そのダガーはオブジェクトとして存在してる。幽霊が使う武器にしては不自然だ」

 

 一息にまくし立てたると、シュミットも頭では理解したようだった……まぁ、感情では納得できていないらしく、相変わらず恐怖に引きつった顔をしていたが。

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 怯えたままのシュミットをギルドホームまで送り返した後、俺達は二十層の主街区にある宿屋の一室にいた。この部屋の窓からは、シュミットから聞いたグリムロック行きつけの店の入り口がはっきり見える。

 クロトとヤタはローブの人物―――グリムロックと思しき人物―――をかなり近くで見ているため、背格好で大体の選別はできる筈だ。そのためしばらく張り込んで、めぼしい人物がいたらデュエル申請をして名前を確認するという方法でグリムロックを探す事にしたのだ。

 

 「……来ないわね」

 

 「仮に来たとしても、ローブごしに見た程度じゃヤタが反応するかどうか分からないかもな」

 

 試した事ないし、とクロトはぶつくさ言っているが、ここは彼らの勘を信じるしかない。張り込みをし始めて早数時間が経っているが、ひょっとしたら今夜は来ないかもしれない。元々俺達は、グリムロックを見つけるまで何日だって張りこむ意気込みではあったが、アスナとサクラが協力するとは思ってもいなかった……と言うか、ヒースクリフだけでKOBの運営とか大丈夫なのだろうか?実質この二人がギルドの中心だった気がするが、何となく聞きづらい。

 

 「……シュミットさんの気持ちも、解らなくもないかな。二回もあんなの見ちゃったら、わたしだって幽霊かもって思っちゃうもん」

 

 「サクラ……」

 

 サクラのやや怯えが混じった呟きに、クロトがいち早く反応しその手を握る。その光景に対して背中を押した甲斐があるな、と思ったが

 

 「幽霊なんていない筈だ。キリトもそう思うだろ?」

 

 ……何故ここで俺に話を振るのだろうか?と思ってしまう。やはりヘタレはすぐには直らないようだ。

 

 「そうだな……もし本当に化けて復讐に来るのなら……俺は、もう……」

 

 とりあえず反応してみたものの、途中でケイタの事が思い出され、思考が暗闇に染まっていく。あの時のケイタの顔が、今でも忘れる事ができない。いや、忘れる事は許されないのだ……他人の心を絶望と憎しみで満たしてしまった俺が背負わなければならない罪なのだから―――

 

 「―――ほら、キリト君」

 

 いつの間にか俯いていた俺の視界に、一つの包みが映った。顔を上げると、アスナが差し出しているのがわかった。

 

 「くれるのか?」

 

 「この状況でそれ以外ある?見せびらかしてるとでも?」

 

 受け取りながらクロト達を見ると、同様の包みを持っていた。どうやらアスナは全員に渡していたようだ。

 

 「そろそろ耐久値が切れちゃうから、急いで食べた方がいいわよ」

 

 「あ、じゃあ……いただきます」

 

 中身は大振りなバゲットサンドだった。カリッと焼けたパンに挟まれた、たっぷりの肉と野菜。見るからにボリュームの大きいそれを視認した次の瞬間、俺は大口を開けて齧り付いていた。

 

 「……旨い……!」

 

 アインクラッドでは珍しい、見た目を裏切らない味だった。予想外の旨さに俺は夢中で食べ進め、瞬く間に平らげてしまった。

 

 「旨いからってがっつきすぎだろキリト」

 

 まだ半分ほど残っているクロトが呆れながら言うが、俺からしてみればがっつかない方がおかしい。ゆっくり食べて耐久値切れで無くなるなんてもったいないし、作った側も悲しむだろう。

 

 「ごちそうさま、旨かったよ」

 

 「……そう、なら良かった」

 

 弁当をくれたから礼をいったのだが、何故アスナは顔を背けるのだろうか?まぁ、さっきのバゲットサンドはよかったが―――

 

 「何処の店のか教えてくれないか?ハルに再現してもらえばもっと旨いのが食えそうだし」

 

 やっぱりハルのメシが一番だろう。身内びいきなのは自覚しているが、ハルは俺の好みを熟知しているのできっとさっきのバゲットサンドももっと俺好みの味にしてくれる筈―――

 

 ――――――ピシィ!!

 

 突然、場の空気が凍りついたような音が聞こえた気がした。どういうわけかアスナは俯いて震えているし、クロトは顔が引きつっているし、サクラからは何だか黒いオーラみたいなのがにじみ出ているし……

 

 「キリト……それ、本気で言ってる……?」

 

 「え……あ、まぁ……うん」

 

 ――――――ビッシィ!!!

 

 ……サクラの問いかけに正直に答えると、一段と空気が凍りついた気がした。助けを求めるようにクロトを見ると、そろ~っと俺から距離をとっていた。え?今の俺ってそんなに危険な状態なのか……?

 

 「……どういう……コト?」

 

 俯いたまま発せられたアスナの声には、疑問だけではなく怨嗟も混じっているようだった。マズイ、これ以上選択を間違えたらきっと俺はゲームオーバーだ。冷静になれ……ステイ・クールだ。

 

 (この状況……前にどっかで……)

 

 女の子、料理、他人の料理を褒めた途端不機嫌になる……該当する記憶アリ。

 

 ―――そう、あれは確か……まだ両親が健在だった頃の事だ。桐ヶ谷家に遊びに行ったときにスグがクッキーを出してくれて……それがスグの手作りと知らず「お母さんの方が美味しい」と言ってしまったんだっけ。

 当然スグは大泣きして、しばらく碌に口を利いてくれなかったし、母さんと叔母さんにはこってり絞られたんだよなぁ……

 

 (て事は……さっきのメシってアスナが作ったのか……?)

 

 もう一度アスナを見ると、泣きそうな、それでいて怒るのを我慢しているような、そんな顔だった。

 

 (……あぁ、俺……またやらかしたのか……)

 

 であるのならば、可及的速やかにフォローをしなければ。

 

 「あ、えっと……い、今のは身内びいきといいますか、ハルは俺の好みをよく知っている訳であって……その、客観的には五分五分かとおも―――」

 

 「ふんっ!」

 

 だがコミュ障な俺にまともなフォローなどできる筈も無く、不機嫌度MAXなアスナに脛を蹴り飛ばされ、そっぽを向かれてしまった。

 

 「キリトお前……上げて落とすって無いだろ……」

 

 最初に旨いといってしまった分、スグの時よりも相手に与えたショックは大きいだろう……一体何をしているんだろうか、俺。

 小さな破砕音が聞こえたのは、俺が軽く現実逃避を始めて少し経ってからだった。

 

 「あっちゃぁ……やっちまった。わりぃなアスナ」

 

 「ううん……誰かさんのせいで、そんな空気じゃなかったし」

 

 アスナとサクラからは相変わらず冷たい目で見られていたが、俺はただただクロトの手を凝視していた。

 

 「おい、キリ」

 

 口を開いたクロトに手をかざして黙ってもらいながらも、俺の頭の中で急速にある仮説が浮かび上がった。脳内でそれをシミュレートし、矛盾や穴が見つからない事を確認すると、仮説が確信へと変わった。

 

 「……そうか……!そういう事だったのか!!」

 

 三人が頭に疑問符を浮かべていたが、構わずに俺は続けた。

 

 「俺達は……見ているようで何も見えちゃいなかった……!圏内の犯罪防止コードを無効化するスキルも、アイテムも……トリックやロジックだって、存在しなかったんだ!」

 

 驚愕の表情を浮かべる三人に、俺は今回行われた圏内殺人の手口を説明を始めた。




 あと二、三話で圏内事件が終わる……かな?自分達で書いてるクセにあとどのくらいかかるか予測できません……

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