SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 前回時間が空いてしまったので、今回は急ぎました。

 ええい、書きたい所は気が済むまで書いてやる!!


二十九話 事件捜査その三

 クロト サイド

 

 キリトが案内した店には、外の寂れた雰囲気を裏切る事無くプレイヤーは誰もいなかった。NPCの店主が一人、誰もいないのに火にかけた鍋を見つめており、店内には鍋の中身が煮え立つ音がかすかに聞こえるだけでとても静かだった。

 

 「……なんだか残念会みたいになってきた気がするんだけど……」

 

 「気のせい気のせい。それよりも忙しい団長さんのために、さっさと本題に入ろう」

 

 人数分のアルゲードそばを勝手に注文したキリトは、アスナにそう返すとヒースクリフのおっさんを見た。アスナは諦めたようにため息をつくと、昨日起こった事件について、要点をまとめて簡潔におっさんへ説明した。カインズの死については若干眉が動いたように見えたが、それ以外はすまし顔で聞いていた。

 ちなみにオレとサクラはさっきまでの事があり、無言の状態が続いていた。

 

 (……後悔はしてねぇけど……うぅ、思い出すと恥ずかしくって仕方ねぇ……)

 

 握った彼女の手は予想よりも小さかったが、その温もりと柔らかさがとても心地よくて、ずっと握っていたいと思ってしまう程だった。

 だがキリト達には手を握った所をがっつリ見られてしまった事と、握るときに普段ならまず言わないだろう台詞をサクラに言ってしまった事が非常に恥ずかしいのだ。

 とりあえず落ち着くために、オレは曇ったコップに注がれた氷水を一気に飲み干す。するとキリトが水差しからお代わりの氷水を空のコップにドバドバと注いでくれた……って、あふれ出すギリギリまで注ぐのはやめろよ。

 

 「―――と言うわけで、団長のお知恵を拝借できればと……」

 

 「ふむ……」

 

 オレが気持ちを落ち着けたのと同じくらいに、アスナは事情の説明を終えたようだ。おっさんは氷水を一口含むと、オレ達へと真鍮色の目を向けた。

 

 「まずキリト君達の意見を聞こうじゃないか。君達は今回の圏内殺人についてどう考えているかね?」

 

 「ま、大まかには三通りだな。一つ目は正当なデュエル、二つ目は睡眠PKのような既知の手段を組み合わせたシステムの抜け道、三つ目は―――」

 

 「アンチクリミナルコードを無効化する未知の何か……端的に言えばチートスキルやチートアイテム、もしくはそれらに準ずるものってとこだな」

 

 「ああ。俺達の考えはそんな感じだ」

 

 この三通りの考えは昨晩二人で話し合った結果出てきたものだ。オレだって伊達に最前線で攻略していない。キリト程ではないが、頭の回転は普通の人よりも速いつもりだ。

 

 「三つ目の可能性は除外してよい」

 

 「即答かよ」

 

 何の躊躇いも無く言うおっさんに、思わずツッコミをしてしまった。だがおっさんは特に反応する事無く続ける。

 

 「普通に考えてそんな物が存在する訳が無い。SAOのシステムは基本的に公正さ―――フェアネスを貫いている事は君達もよく理解している筈だ。加えて言えば、開発にあたって茅場晶彦はゲームがフェアである事を心がけていたよ」

 

 「……アンタの’神聖剣’を除いて、な」

 

 キリトが皮肉っぽく言ったが、おっさんの表情に変化は見られない。あの真鍮色の瞳に動揺の色が映る時がいつか来るのだろうか?と場違いながらに思ってしまうが、同時にスルーできない事があった。

 

 「さっき言った事……おっさんは茅場の野郎を知ってるのか……?」

 

 「別に隠していた訳では無いが……私もSAO開発に携わっていたのだ。君達よりもこの世界に詳しいのは、開発時の知識があるからなのだよ」

 

 まぁ、完成したSAOをプレイしたいという欲求に負けてこの世界に来た結果、デスゲームに強制参加させられてしまったのだが、と肩をすくめたおっさんを見て、そういえば前にアルゴがそんな事言ってたっけ、と遅れながらも思い出した。

 

 「とにかく、私が知る限り彼はフェアネスを基本に開発していて、チート関係の存在を嫌っていたよ。唯一の例外がユニークスキルだが……それでもアンチクリミナルコードを無効化するような物を彼が作るとはとても思えない」

 

 「なるほどな……確かに圏内でPKできるようなものを茅場が認めるとは思えないな」

 

 俺もリアルじゃアイツのインタビューの記事をかき集めてたからな、とキリトは懐かしむように目を細めた。確かにユニークスキル―――おっさんの神聖剣や年初めにオレ達に出現した射撃と二刀流―――は強力なスキルだが、クセが強い上にこの世界のルールを完全無視するようなものでは無い。

 

 「……その未知のスキルやアイテムの事は一旦置いておきましょう。そもそも確かめようが無いもの」

 

 「……じゃあ、一つ目のデュエルの可能性ですね」

 

 アスナとようやく落ち着いたサクラに言われ、オレ達は頭を切り替える……のだが

 

 「ところでキリト君、この店はやけに料理が来るのが遅くないかね?」

 

 「リアリティがあっていいだろ?ま、俺が知る限りではここの店主がアインクラッド一やる気の無いNPCだな。そこら辺も楽しめよ。氷水はいくら飲んでもタダだから」

 

 注文してから五分以上経っているのに、注文した品がやって来ない。その事についておっさんが気になった事で何となく空気が締まらない状態になってしまった。そんな中キリトはおっさんのコップにギリギリまで氷水を注ぎながら自分の考えを話し出した。

 

 「圏内でプレイヤーが死ぬのはデュエルの結果によるものってのが、常識だ。けど、昨日現場に居合わせた全員がウィナー表示を発見できなかった……数十人のプレイヤーがいながら表示を見落としたっていうのは、いくらなんでもおかしいから、あの時あそこにウィナー表示は無かったんだと思う」

 

 「けどよキリト、デュエルの設定でウィナー表示の有無は項目そのものが無いから設定のしようが無いだろ?」

 

 「そこが問題なんだよなぁ……」

 

 オレとキリトはしょっちゅうデュエルをしているからよく知っているのだ。メニューからデュエルを選ぶと、どのプレイヤーに申請するかを選択する。次にプレイヤーを選択すると、相手にウィンドウが表示される。一方申請された側はそれを受けるか否か、受けるとしても初撃決着、半減決着、完全決着の三つの内のどのモードで戦うかを選ぶだけだ。

 つまり設定完了からデュエル開始までの一分間のカウントダウンを短くしたり、決着がついた時に表示されるウィナー表示を非表示にしたりする事はオレ達には不可能なのだ。

 オレの指摘にキリトは若干脱力したが、その隣でアスナが首を傾げた。

 

 「そういえば気になったんだけど……ウィナー表示ってどこに表示されるか決まってるの?前に一度だけ表示が二枚出てきたのを見たことあるんだけど……」

 

 「あぁ~、何かそんなんあったな……相手と離れているかどうかで別れるみたいだぞ」

 

 確かあれはキリトに射撃スキルの練習相手になってもらった時だったな……

 二ヶ月くらい前にこの店から程近いところのガラクタ屋にボロい弓が売ってて、ボッタクリな値段で買った後ハルに修繕してもらって試しに使用したのだが……遠距離から一方的にオレが攻撃したから、キリトとは大分距離がある状態で決着がついたんだっけ。

 

 「ねぇクロト、それってどれぐらい離れているのが条件なの?」

 

 「へ?流石にそこまでは……」

 

 「決闘者二人の距離が十メートル未満の場合は中間に一つ。十メートル以上離れている場合は決闘者双方の至近にそれぞれ表示されるようになっている。だがどのようなデュエルであっても、ウィナー表示が存在しないという事はあり得ない」

 

 ウィナー表示が設定について聞かれて戸惑っていたら、おっさんが簡潔に教えてくれた。その事に感謝しつつも昨日のカインズの殺害に当てはめてみる。

 

 「つまり、昨日のあれがデュエルだった場合、カインズさんから半径五メートル以内の所にウィナー表示が出現した筈ですね」

 

 「ええ。私は塔の中でウィナー表示を見なかったし、仮に犯人が隠れていたのならあそこで鉢合わせした筈よ」

 

 「オープンスペースに表示が無かった事は断言できるし、お前の言うとおり塔の中に犯人が隠れていた可能性も無い……」

 

 サクラ、アスナ、キリトが順に口を開き、オレへと目を向ける。オレだって昨日の事ではっきりしている事があるのだ。

 

 「昨日あそこから立ち去る不審なヤツはいなかった筈だ。いればヤタが絶対に見逃さねぇ」

 

 「何か証拠があるの?クロト君」

 

 アスナに頷くと、オレは続けた。

 

 「ヤタの索敵スキルは熟練度コンプリートの状態だ。どんなにハイディングボーナスの高い装備をしていてもかならず見破れるし、コイツ一度見た不審なヤツの事記憶してるんだよ」

 

 「「は?」」

 

 サクラとアスナが固まった。おっさんは興味深そうにヤタを見ているが、肝心のヤタは―――

 

 「ってコラ!」

 

 ―――オレのコップから勝手に氷水を飲んでいた。しかもテーブルあっちこっちに水が飛び散っているし……完全に締まらねぇ……

 

 「索敵スキルは熟練度が950を超えると障害物越しでも分かるからな……あの時ヤタが見つけてないなら犯人はあそこにいなかったって事だ」

 

 オレがテーブルを吹いている間にキリトはそう締めくくると、氷水を口に含んだ。

 

 「……デュエルじゃ、なかったって事なの……?」

 

 サクラが誰に言うでもなく呟くと、店内に暗い影が落ちた気がした。少しの間沈黙が訪れるが、ふいにアスナが言葉を発した。

 

 「……デュエルだった可能性は低いって事で……二つ目、システム上の抜け道について考えましょう」

 

 オレ達が頷くのを確認してから、アスナは話しを続けた。

 

 「私ね、’貫通継続ダメージ’がどうしても引っかかるのよ……あの槍は公開処刑の演出だけじゃなくて、圏内PK実現にどうしても必要だった気がするの」

 

 「それは同感だけどよ……今朝実験して解ったろ?圏内じゃ継続ダメージも効かないって」

 

 「歩いて入ったら、ね」

 

 アスナの含みのある言い方にオレは首を傾げるが、サクラは解ったらしい。あ、と声を上げてからアスナの話を引き継いだ。

 

 「回廊結晶で街の上空にテレポートされたり、圏外から放り投げられたりした時……地面に足がついていない場合はダメージが止められないかもしれないんじゃ―――」

 

 「残念だがサクラ君、それでもダメージは止まるよ」

 

 一瞬カインズが宙吊りにされた理由も納得できそうな仮説だったのだが、おっさんはあっさりとそれを打ち砕く。

 

 「圏内の範囲だが、円柱をイメージしてほしい。円柱の底が街であり、上端が次の層の底にあたる。つまり街区に入ってしまえば、どれほど上空だろうとプレイヤーのHPは保護されダメージは一切効かなくなる……まぁ、落下時のショックはそのままなので全くの無事、とは言い難いかもしれないがね」

 

 「へぇ……じゃあコイツはどうだ?」

 

 おっさんの解説の後、キリトは悪戯を思いついた子供のようにニヤリとすると、オレにも話していない考えを出してきた。

 

 「この世界のHPは減少する時必ず右端から左へとスライドしていくだろ、ダメージの大小に関係無く。しかもでっかいダメージを受けるとスライドが止まるまで数秒のタイムラグがある……死ぬ時もな」

 

 ……確かにそのラグがあるからこそ、死ぬ時仲間に何かを伝えられる。別れを告げる事ができる。ディアベルがオレ達にボスを倒せと目で訴えてきた時のように。

 キリトはそのラグを利用して圏内で殺害したように見せかけるトリックを思いついたのだ。タンクなら中層のヤツでもHP総量は多いし―――

 

 「残念だが、それも不可能だ。中層クラスのタンクプレイヤーを、同じく中層クラスのショートスピアの一撃でHPを満タンからゼロにする場合、攻撃側には……甘く見積もって百前後のレベルが必要となるだろう」

 

 「ひゃくぅ!?」

 

 叫ばずにはいられなかった。ビーターとか言われてるオレ達でさえレベルはまだ八十半ばなのだ。ここまで上げる為に、効率の良い狩場で倒れるギリギリまで粘ってレベリングしてきたのだ。オレ達以上に激しいレベリングをしてきたヤツがそうそういるとは思えないし、仮にいるとしても百は無いだろう。

 

 「……うーん、コイツもダメか……」

 

 脱力しながらキリトが呟き、それを境に再び沈黙するオレ達。ダメだ、完全に八方塞だ。

 

 「……おまち」

 

 時間にして一分程度だが、体感では数十分に感じた沈黙を破ったのは、ようやく料理を運んできた店主だった。気分転換に食事を……と思ったが、料理を見た瞬間忘れていた事を突きつけられた。

 

 「……何なのコレ……ラーメン?」

 

 「に、似た何かだ」

 

 丼に盛られた麺料理は、どこからどう見ても現実世界でよく見る醤油ラーメンなのだが、この料理にはある欠陥がある。それは―――

 

 「……何か、物足りない味がするよ……」

 

 ―――見た目を裏切るように、醤油の味だけがすっぽり抜けているのだ。念のため言っておくが、麺や具材の味は現実の物と遜色無いので、アインクラッド内ではマズいメシでは無い。だが決して旨い訳でもないので非常に微妙というか、物足りないというか、残念な味になっているのだ。

 寂れた店内で、残念な味のラーメン?を無言で啜るオレ達。傍から見たら、なんて貧乏くさい状況なのだろうか。

 

 「……ホントこの店って何の利点があるんだよ……」

 

 「少なくともボスの情報はくれたぞ」

 

 思わず愚痴を零すが、さらっととんでもない事が返ってきた。

 

 「い、いつ!?」

 

 「どんな内容なの!?」 

 

 「お、落ち着けって二人共」

 

 アスナとサクラが、キリトに詳細を聞こうと身を乗り出す。おっさんは面白そうに目を細め、成り行きを見守っていた。

 

 「サクラもアスナも落ち着けよ……で、キリト、オレもその事聞いてねぇぞ?」

 

 「今から話すって。アレは確か……ここで十回くらいメシ食った時だったな。カウンター席にいたら、瀕死状態のボスは腕を攻撃されると武器を落とすって事を店主がボソッとな」

 

 「あぁ~だからあの時―――」

 

 「ついでに攻撃したヤツをしばらく狙い続けるとも言ってた」

 

 「―――テメェ図ったな!!」

 

 さっきまでの感心が一瞬にして消え失せ、代わりに怒りが湧き上がってきた。あの時はマジでヤバかったんだぞ!

 

 「あの時にはお前もう軽業(アクロバット)コンプしてたし、大丈夫だと思ったんだよ」

 

 「だからって事前説明無しでやれとか鬼畜だろ!?」

 

 休み無く延々とボスに狙われ続けるのは堪ったもんじゃない。前もって覚悟しているならともかく、いきなりそうなった時はなおさらだ。

 

 「……キリト、もしかしていつもあんな感じでクロトを危ない目に遭わせてるの……?」

 

 「してない」

 

 誤解だ、とサクラに返すキリトの顔は心なしか引きつっていた……それ以上にサクラから何だか黒いオーラがにじみ出ているようで怖いんだけど。

 

 「……でもキリト君ならやりかねないわね……」

 

 アスナも結構辛辣だ。そもそもそんなイメージをもたれるような事しかしてこなかったキリトも悪いと、オレは思うが。

 

 「悪かったな…………で、話を戻すけど、団長さんは今回の事件について何か思いついた事は無いのか?」

 

 「これはラーメンでは無い。断じて違う」

 

 若干拗ねた口調でキリトはおっさんに話を振ったが、肝心のおっさんは全く関係の無い事を口走った。

 

 「ま、アンタの言う事には同意する」

 

 スープまできちんと飲み干したおっさんは親の敵を見るような目で丼の底を睨んでおり、オレ達は呆気に取られて固まっていたが、キリトだけは肩をすくめながらおっさんにそう返した。

 

 「それで先ほどの事だが、この偽ラーメンの味の分だけ答えることにしよう」

 

 一旦間を置いたおっさんは、それから禅問答のような事をオレ達に話すのだった。




 本作の原点を振り返ってみれば、スタートのきっかけは自己満足の為だったと最近思い出しました。

 もう開き直ってやりたい事を自分達が満足するまで書いて、それが他の人にも楽しめるものだったらいいやって感じで続けます。

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