SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 約三か月ぶりの更新です……お待たせいたしました。


百九話 氷解の兆し

 和人 サイド

 

 BoB本戦から二日。俺、クロト、シノンは死銃(デス・ガン)事件について判明した事を菊岡から教えてもらった。

 メンバーは赤眼のザザこと新川昌一、その弟の恭二、ジョニー・ブラックこと金本敦の三人で、金本敦(ジョニー・ブラック)が現在逃亡中だがじきに捕まるだろう事。新川昌一(ザザ)の供述から、GGOで自キャラの育成に詰まった恭二の苦悩や、その元凶として流行をミスリードしたゼクシードへの憎悪を打ち明けられた事が発端だった事。標的を定め、情報を集め、計画に必要な装備を整え……実行する。そこに現実とゲームの違いは無いと言ってのけた事。

 SAOでの日々が忘れられず、現実世界と仮想世界の境界が曖昧なまま、ゲーム感覚で人殺しの計画を企てた昌一(ザザ)達をクロトは「下らない」と斬り捨てたが、俺は「自分にとって都合の悪い事はゲームだと考え、現実世界の認識だけが薄くなっていくVRゲームのダークサイド」ではないかと思え、心の隅に引っかかった。

 

 ―――仮想世界が持つ可能性を信じる者として、軽く流してはいけない事だから。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 菊岡と話した後、シノンを連れたまま俺とクロトはダイシー・カフェへと足を運んだ。相変わらず無愛想な印象を受ける店の扉に掛けられたCLOSEDの札を無視して中に入ると、こちらに気づいた店主が「いらっしゃい」の一言と共に出迎えてくれた。彼の近くにあるカウンター席にはアスナ、ハル、リズ、サクラが座っていて、振り返ったリズが開口一番に文句を言ってきた。

 

 「おっそーい!待ってる間にアップルパイ(ふた)切れも食べちゃったじゃない!これで太ったらキリト達のせいだからね!」

 

 「悪い悪い、菊岡……クリスハイトの話が長くって」

 

 「二切れ食べるって選択したのそっちだろうが……待たせたのはともかく、太った場合の責任は里香自身のモンだろ」

 

 クロト、言いたい事は分かるけど、女子にその返しは如何なものか……ほらシノンを含めた女性陣がうわぁ、って感じの冷めた視線が一斉に向いたし。

 

 「クーロート、女の子にそういう言い方はダメだってば」

 

 「桜に愛想つかされなきゃそれでいいんだよ」

 

 「……直そうとしないなら、愛想つかしちゃおっかな?」

 

 「オレが悪かった、善処します」

 

 サクラに窘められ、即落ち二コマばりの速さで頭を下げる相棒。その変わり身っぷりにリズやアスナ、静かに見守っていたハルどころかカウンターの奥にいたエギルまで小さく笑い声を漏らし、初めて見たシノンはただ呆気にとられていた。

 

 「ははは……本当にクロトさんはサクラさんに弱いですね。さて、そろそろ僕達にも紹介してよ兄さん」

 

 「そうだな……」

 

 ハルに促され、俺は隣のシノンを見やる。ふむ、何事も初めが肝心だし、ここは一つユーモアな紹介でもしてみようか。

 

 「こちら、GGOの第三回BoB優勝者にして、氷の狙撃手のシノンこと朝田詩乃さん」

 

 「ちょ、やめてよ」

 

 小さく抗議するシノンの声は聞こえなかった事にして、続ける。

 

 「それであっちがぼったくり鍛冶師リズベットこと篠崎里香」

 

 「このっ」

 

 「こっちがバーサク治癒師(ヒーラー)アスナこと結城明日奈」

 

 「ひ、ひどいよー」

 

 リズやアスナを揶揄うが……エギルは適当に壁でいいや。タンクだし。

 

 「壁のエギルことエギル」

 

 「おいおい、壁はないだろ壁は」

 

 「それと野良猫(クロト)の飼い主サクラこと天野桜」

 

 「初対面で誤解される言い方やめてよー」

 

 「野良猫……?飼い主……?」

 

 うーん、この様子だとシノンにはイマイチ伝わっていないか?猫妖精(ケットシー)姿のクロトをよく可愛がる所からALO内で広まっている呼び名なんだけどな……もう一つのバーサク歌手(シンガー)で紹介してたらクロトに絶対睨まれるし。

 

 「で、彼女に飼われてる野良猫のクロトだ」

 

 「うっせーよ黒づくめ(ブラッキー)

 

 「否定しないんだ……」

 

 クロトの反撃をさらりと受け流せば、残るはあと一人。

 

 「そして最後が俺の弟……小さな鍛冶師(リトルスミス)ハルこと桐ケ谷晴人」

 

 「僕までその紹介で通すんだ……相変わらず図太いよね兄さん」

 

 呆れたように溜息をついた後、一転して愛想のいい笑みを浮かべてシノンへ一礼。我が弟の人当たりの良さを真に受けた少女は面食らったように数秒固まり……我に返った途端に此方へジトっとした視線を向けてきた。

 

 「……あんた、弟の爪の垢を煎じて飲むべきよ。割とマジで」

 

 「おっと、これは手厳しい」

 

 GGO(あっち)でのシノンらしい憎まれ口が出るのなら大丈夫だろう。そう判断した俺は彼女達に着席を促し、BoBと死銃事件の概要について話しだした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 「―――とまぁ、そんな事があったんだよ」

 

 「コイツと詩乃が洞口で抱き合ってたのは不可抗力だったから、勘弁してやってくれ」

 

 マスコミの報道前なので実名を伏せたり、大会後に詩乃の部屋で俺が九死に一生を得た辺りをぼかしたりして今回を顛末をクロトの補足を交えて伝え終える。俺が死にかけた事を知ればハルが、SAOで発覚したクロトの殺人を厭わない一面についてはリズが大騒ぎするのが目に見えているからな。

 

 「あんた達って……よくもまぁ巻き込まれるわね」

 

 「うーん、兄さんの巻き込まれ体質にクロトさんの腐れ縁が連鎖してるって感じですね」

 

 「でも、二人だけで怪しい所に飛び込むのはこれっきりにしてほしいな」

 

 「ええ、私達だけ見ているだけなのは……とても辛いから」

 

 皆の言葉にはぐうの音も出ないが、もしもまた同じような事があった時……俺とクロトがちゃんと打ち明けられる確証は無い。

 

 (大切に想う人程……負担をかけたくない、危険から遠ざけたいって思ってしまう所は……俺達揃ってバカだもんなぁ……)

 

 アスナ達の力を疑っている訳じゃない。仮に死銃(デス・ガン)―――ザザと対峙した時、隣にアスナがいてくれていたら、俺は憎悪に飲まれる事なく、クロトの救援が来る前に勝てたと思う。だけどヤツとの因縁は俺が決着をつけるべきだった。だから、これで良いんだ。きっと。

 

 「……ともあれ、女の子のVRMMOプレイヤーとリアルで知り合えたのは嬉しいわ」

 

 「そうですね。わたし、GGOの話とか、そっちでのクロトの話も聞きたかったの」

 

 「私もよ。朝田さんさえよければ、私達と友達になってください」

 

 柔らかな笑みと共にアスナが手を差し出すと、シノンは戸惑ったように息を吞む。拒絶されたり、悪意を向けられる事が当たり前になっていた彼女にとって、アスナの手を取る事がどれ程恐ろしくて勇気がいるのか、よく分かってしまう。アインクラッドでの俺が、そうだったから。

 

 「シノン」

 

 迷い、揺れる彼女の目を真っ直ぐに見つめ、大丈夫だと頷いて見せる。俺の仲間は君を受け入れてくれるって、あの時言った筈だ。

 

 「……!」

 

 ゆっくりと、シノンの手がアスナの手に近づいていく。人を疑い遠ざけて、自分の殻に籠り続けた者にとって、差し伸べられた手に込められた善意を信じて、その手を握る為の一歩を踏み出す葛藤や苦しみは、生半可なものじゃない。

 この場にいる誰もがそれを理解しているからこそ、表情を歪めながらも少しずつアスナへと手を伸ばすシノンを優しく見守っている。ここに君を傷つける者はいないんだって、示す為に。

 

 「……ぁ」

 

 ついに手が触れると、シノンは小さな声を漏らし、アスナはそんな彼女の手を両手で労わるように包んだ。次いでサクラが反対の手を同じように包み込むと、強張っていたシノンの表情が安らぎを得られたように緩んでいく。

 

 「皆は俺の傷跡(こんなの)だって受け入れてくれたんだ、言った通り大丈夫だっただろ?」

 

 シノンの頑張りに影響を受けたのか、俺も気づけば前髪をかき上げて額の傷跡を晒していた。それをぼんやりとした眼差しを向けてきたシノンだったが、二度、三度と瞬きをした後に笑みをこぼした。

 

 「確かにひっどい傷ねソレ。でも……全然、嫌って感じはしないわ。貴方の一部だからかしら」

 

 「君ももの好きだな。普通なら顔を顰めてもおかしくないシロモノなんだけど」

 

 アスナみたいな事言うなぁ、と心の内で呟きながらシノンにそう返す。ハルやクロトの苦笑いと、女性陣からの少しばかりジトっとした視線に肩を竦めるが、あともう一つシノンに対して用件があるので少々強引に進める。

 

 「ほ、ほら!もう一つの用事も済まそうぜ。あの人達を待たせっぱなしなのも悪いしさ」

 

 「そうだね。エギルさん、お願いします」

 

 「おう、ちょって待ってろ」

 

 自己紹介以降、誰に言われるでもなく静かに見守っていたエギルがカウンターの奥に消える。ああいう泰然とした所は相変わらず良い大人だよな。

 

 「朝田さん……詩乃さん、先に謝らせて。私達、キリト君から貴女の過去を聞いていたの。ごめんなさい」

 

 「っ!?……い、いえ……その上で、私を受け入れてくれるって……キリトは、言ってくれたから……あの洞口で……だから、そんな気は……してました」

 

 震える声でそう言ったシノンの言葉を肯定するように、アスナとサクラは頷いた。

 

 「それで……明日奈さんとリズさん、そしてキリトが昨日、学校を休んで行ってきたの……あの事件があった場所へ」

 

 「え……?何で……何の、為に……?」

 

 サクラの言葉を拒むようにゆるゆると首を横に振るシノン。GGOにダイブする前、安岐さんに教えてもらった事……自分が救った命を知って、自分を赦す権利がある事を、俺は彼女にどうしても伝えたかった。

 その結果、今後シノンに恨まれる事になったとしても構わない。ただ、今この場から逃げずに、会うべき人に会ってほしい。その一心で震える彼女の肩に手を乗せ、怯える瞳に視線を合わせる。

 

 「どうか聞いてくれシノン。俺が……俺達があそこへ行ったのは、決して君を追い詰める為なんかじゃない。君の話を聞いて、罪の意識に苦しむ君を見て……君はまだ、会うべき人に会っていない。聞くべき言葉を聞いていないって思ったんだ」

 

 「会うべき、人……?聞くべき言葉……?」

 

 「ああ。君が人殺しをした自分を責め続ける事を間違いだとは言わない。でも同時に、その手で救った命を知って、自分を赦す権利があるんだ」

 

 「私が、救った命……?赦す、権利……?」

 

 シノンが呆然と呟いた時、店の奥のドアが開き一組の親子が現れた。歩き出した母親を追い越した幼い娘さんがシノンの前までくると、アスナとサクラが用意した二つの椅子のうちの片方に座る。そんな娘さんの隣に立った母親は、シノンに深々と一礼する。

 

 「あ、えっと……」

 

 困惑する彼女の前に母親が座った所で、ハルが親子に用意されたテーブルにグラスを運ぶ。チラリとカウンターに目を向ければ、いつの間にか戻っていたマスターの姿があった。

 

 「初めまして。朝田詩乃さん……ですね」

 

 「は、はい……そうです」

 

 ここから先はギャラリーは不要だろう。アスナ達に目配せし、俺達はなるべく静かに店の奥へと引っ込んでいく。

 あの事件で、確かにシノンは一人の命を奪った。だが同時に彼女は、あの場で殺されかけた人達を守り……当時母親の内に宿っていた小さな命を救っていたのだ。それがどうか、シノンが前を向いて歩き出すきっかけになってくれる事を俺達は願うばかりだ。

 

 「大丈夫だよ」

 

 少しだけ涙交じりの声が耳朶に届き、知らず知らず握りしめていた拳が優しい温もりに包まれる。

 

 「君がした事は、間違いじゃないよ」

 

 「アスナ……そうだな。そうだと……いいな」

 

 一本ずつ、握っていた拳がほどかれていく。そうして開かれた手を、アスナと繋いで微笑み合う。

 

 ―――シノンを家に送る際に見せてくれた、涙ながらの笑みが答えだった。




 仕事について、コロナ?ナニソレ?って感じで忙しくて一カ月とかあっという間に過ぎ去っていく日々の中で、スランプ気味に陥っていました……
 連休明けたらまーた忙殺されかねないので、戦々恐々としてます……

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