短いですが、キリが良いので
クロト サイド
「―――戻ったか」
「それで、状況は?」
七回目のサテライト・スキャンを確認してきたオレに、身を寄せ合ったままのキリトとシノンが結果を尋ねてきた。先程中継カメラにバッチリと三人でいる所を撮影された事で乱れた思考をクールダウンさせるのも兼ねていた分、自分の頭がちゃんと回っているのが実感できた。
「表示された生存者はオレと闇風だった。ただ、お前らと
「あと一人、俺達みたいに隠れているかもしれないのか……」
もしくは
(こりゃキリトに丸投げし過ぎたな。シノンが依存してなきゃいいが……)
傷つき、苦しむ誰かに寄り添い、その心に触れる相棒の優しさをアテにしすぎた結果を見て……後悔した。今回のように助けた人が女の子で、その子がキリトに好意を抱くようになったら、アスナやユイに申し訳がたたない。もし次の機会があったのなら、今回の反省を活かそうとオレは密かに誓った。
「表示されなかったヤツは一旦置いといて……問題は闇風と
「そう、ね……闇風の端末に表示された生存者はクロト一人。絶対こっちに向かってきてるわ」
「闇風はこっから南西に六キロ離れた所にいたが……AGI型のヤツなら、自力でもそう時間はかからずここまで来れる筈だ」
洞窟や砂丘、宇宙船の残骸等があるといっても、この砂漠エリアは見通しが良いフィールドだ。闇風がこちらを視認できる距離に到達する前に、彼と
「クロト、シノン。二人は闇風を何とかしてくれ。
「キリト……」
「お前……本気で言ってんだよな?」
昨夜、現実世界で震えながらも戦う決意を固めた相棒の姿が蘇る。元ラフコフである
「クロト、本当は息切れ寸前だろ?アイテムとか弾とかさ。ここに来てから一切回復してないし」
「……ま、お前にはバレるわな」
「俺の方はまだ余力があるし、何より……
「そう、言えば……アイツ……スタジアムで私を撃つ時、キリトの事を口にしていたわ……本物かどうか、って」
意外な所から出てきた情報に驚き、シノンをまじまじと見るオレとキリト。怯えが残っていながらも、ちゃんと心を持ち直していた彼女に思わず小さな笑みが零れた。
「……何よ、二人して」
「いや、シノンは強いなって思っただけさ。リアルじゃ実行犯が待機してる状況で、俺達よりずっと怖い筈なのに……死にかけた時の記憶から手掛かりになりそうな事を思い出してくれて、ありがとう」
「リアルの方は、言わないで……極力考えないようにしているだけだから」
キリトからストレートに褒められたシノンは、彼の胸に再び顔を埋めさせ表情を隠した。恐怖をまぎれさせる為か、或いは天然ジゴロな節のある相棒の言葉への照れ隠しの為か……って後者の方は邪推だな。
「とにかく、オレとシノンで闇風を速攻で倒すぞ。キリトはその間耐えてくれ、すぐに行く」
「ああ、信じてるさ相棒」
いつも通り、片頬を吊り上げた笑みを浮かべる親友と、軽く拳をぶつける。あの城での最後の戦いのように、キリト一人に決着をつけさせはしないと心の内で誓いながら。
「ほら、シノンも」
「……ん」
顔を上げて、彼女もオレと同様にキリトと拳を合わせる。先程から仕草がどことなく猫っぽく感じるが、これは今までずっと他人に心を許してこなかった反動だろうな。
「うし。シノン、闇風には悪いが、だまし討ちするぞ。オレの方でどうにか物陰まで誘導すっから、遮蔽物ごと撃ってくれ」
「了解。ま、後で謝っときなさいよ?闇風のヤツ、アンタとタイマンでケリつけたいって結構公言してたから」
「知ってる。言われなくとも詫び入れとくさ」
彼女の声に震えはなく、その瞳には確かな闘志が蘇っていた。
~~~~~~~~~~
キリトと共にバギーで洞窟を発ったオレは、残り僅かだった燃料が尽きた所それを乗り捨て南西へと走っていた。時間をずらして移動する手筈のシノンが選んだ狙撃ポイントは、オレ達が隠れていた洞窟のある岩山の頂上で、そこから離れすぎてはいけない。
(……あった!)
朧げだった記憶を頼りに進むと、手頃な大きさの岩が鎮座していた。二十メートル程手前には大きなサボテンもあり、迷わずそちらに身を隠す。
所在が不明な
(そういえば……Poh以外にもう一人いたよな……キリトに執着してたヤツ)
やかましかった毒ナイフ使いとは別の幹部プレイヤー。もしかしたら、それが
(ヤベ、猶更急がねぇと……!)
冷静に息を潜め、耳を澄ませながらも……心が警鐘を鳴らす。今浮かんだ野郎が
―――
何で洞窟にいる内にそこまで考えが及ばなかったのか……そもそも昨夜、あの記憶を振り返った時に、キリトを狂わせたヤツがいた事は思い出していた筈なのにと後悔する。分かっていれば、役割を逆にするよう、どんな手を尽くしてでも説得していたのに。
(早く来い……闇風……!)
銃を握る手に力が入る。焦る気持ちが、一秒でも早く親友を助けに行きたいと暴れまわる。
(敵は……殺す……!!)
今度こそ、
―――パターン化されている音とは異なる音が、僅かに聴覚を刺激する。
方角は南西。闇風の足音で間違いない。徐々に大きくなる様子から、この近くを通過するのが予測できる。それが分かれば、待つ事は苦ではなくなった。最適なタイミングを計る事が、最速でキリトへの救援に向かう道筋だからだ。
頭の中でイメージした闇風との距離がじわじわと縮まっていく。AGI型の得意レンジである百メートルよりも短い距離まで引き付ける。
(……三……二……一……!)
隠れていたサボテンから飛び出しながら得物を構えると、僅か数十メートル程度先に動く存在―――闇風がいた。
「ッ!」
鋭敏になった感覚故か、ひどく緩慢になった時間の流れの中で闇風が一瞬息を吞んだのが分かった。向こうも奇襲は想定していただろうが、コンマ数秒でも先手を取ったのはこちらだ。躊躇うことなく引き金を引く。AGI型ならば数秒で駆け抜けてしまえる至近距離からばら撒かれた銃弾が、ダッシュ中の彼へと正面から殺到する。
(減速ナシで咄嗟に飛び込める度胸と身のこなし……やっぱアンタGGO最強クラスの腕前だよ)
見えた限り、被弾したのは二、三発程。相対速度を考えれば、闇風が体感した銃弾の速度はとんでもないレベルだった筈だ。そんなモノに襲われてもパニックを起こさず、瞬時に最適な選択を取る冷静さと判断力には称賛しか湧いてこない。
オレが空になったマガジンを交換するよりも、態勢を立て直した彼が大岩から飛び出してくる方が先だ。
(サシでの勝負だったら、な)
轟音と共に大岩の一部が砕け散る。岩陰に飛び込み、態勢を整えるまでの約一秒程度だったが……闇風は完全に動きが止まっていた。そんな大チャンスを、氷の狙撃手は逃さず撃ち抜いてくれた。彼女も奇襲を受けた闇風が最善手を取ると確信していたからこそ、その瞬間まで我慢してくれた。
「悪いな、闇風。決着つけんのは次回まで待っていてくれ」
胴体に大穴を空け、「DEAD」タグが表示された彼のアバターに一言告げる。正攻法で戦っていたら、消耗していたオレの方が競り負けていたのは間違いない。闇風の強さを信じたオレ達の狙い通りに動いてくれたからこそ、こうして倒す事ができたのだ。
この世界のライバルに軽く頭を下げてから、オレは相棒の許へと駆け出した。程なくキリトと別れた所よりも東側、東北東の方角で光が見えた。マズルフラッシュと違って光り続けているソレは十中八九相棒が振るうフォトンソードの光。
(チッ……序盤の消耗が響いているな……)
残弾はたった今交換したマガジンと併せて、百五十発。決して射撃精度の高くないオレでは心許ないが……キリトと連携するなら腰に差した二振りのナイフの方が活躍しそうだ。HPを消耗しなかっただけでも僥倖だと割り切る。
(キリト……無事でいろよ……!)
パラメータの許す限りの速度で砂漠を駆ける。月明かりを隠すように流れていく雲が、ひどく不吉だった。
寒波が辛いです……