SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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百三話 推測、死銃の手口

 クロト サイド

 

 「そういえば死銃(デス・ガン)の攻撃……今思い出すと妙だな……」

 

 「ん?」

 

 シノンを宥める手を止めずにキリトが呟く。これまでツンツンとした態度をよく見せていた彼女もすっかり相棒に対して丸くなっており、彼に寄り掛かる姿がまるで主人にじゃれつく猫のようだ。

 そりゃそうか。アインクラッドの中、どれだけ荒んでいてもちゃんと兄貴してたもんな。さっきの過去話から計算してシノンが年下だと分かっているから、大方無意識に妹分扱いしているんじゃなかろうか。

 

 「おいクロト、何か余計な事考えてないか?」

 

 「ははは、気のせい気のせい。それより妙な事って何だよ」

 

 「……まぁいいけど。さっき擦り合わせの時に言っただろ。死銃(デス・ガン)拳銃を使って(・・・・・・)ペイルライダーを殺したって」

 

 「ああ。んでシノンにもそれを使ったな」

 

 当たり前の事を確認するように言ってくるキリトに少し首を傾げたくなるが、そこは我慢。コイツの発想や着眼点は結構頼りになる。ひょっとしたらオレが見落としている何かを見つけたのかもしれないし。

 

 「でもさ……お前に拾ってもらう前、ヤツはライフルで(・・・・・)俺を撃ってきたんだ」

 

 「……確かに変な話だよな。当たれば確殺できるチート武器があんのに、お前にそれを使わなかったってのは」

 

 オレがバギーで拾う前、キリトは左足首から先を欠損していた。つまり死銃(デス・ガン)は相棒に攻撃を当てていた。

 

 「いや待て、お前と死銃(デス・ガン)が最接近した時の距離は?拳銃……ハンドガンってのは動き回る相手じゃせいぜい十メートルくらいまでしか当たらねぇぞ」

 

 「あのなぁ、その拳銃で……さっきは百メートルくらいから、しかも馬に乗りながら撃ってきたんだぞ。射程距離が使わなかった理由にはならないと思う」

 

 「は?逃走中の最初の射撃がハンドガンだったのか?マジで?」

 

 後ろをキリトに任せて運転していたから、あの時撃たれ始めた距離はよく分かっていなかったが……短身の拳銃で百メートル先を正確に狙えるとか、どんだけの腕前してんだあのぼろマント。

 

 「アンタだって、銃声は聞こえていたでしょう。死銃(デス・ガン)のライフルはサイレント・アサシン……銃声がしないのよ」

 

 「あー……思い出した。確かに銃声聞こえてたな」

 

 キリトの傍にいる為か、随分と調子が戻ってきたらしいシノンの指摘に、先程の記憶が蘇る。

 

 「つまり、アレか?あのハンドガンはシノンだけを狙っていたワケで、キリトには何らかの理由で使わなかった……それとも使えなかった(・・・・・・)のか……?」

 

 「使え、なかった……?」

 

 「クロト、その考え詳しく聞かせてくれないか」

 

 「詳しくって……そういう可能性もあったかもってだけで、大したモンじゃ―――」

 

 「―――それでもいい。何か……とっかかりが掴めそうなんだ」

 

 確証の無い呟きでしかなかったのに、シノンと違ってキリトはえらく食いついた様子だ。

 

 「んー……まず前提として、死銃(デス・ガン)は元ラフィン・コフィンだ。今回の殺人も何らかの拘り……奴らが勝手に定めたルールがある筈だよな。となれば何かしらの共通点があるプレイヤーをターゲットにしたんだろ……ゲーム感覚で」

 

 「共通点……ゼクシード、薄塩たらこ、ペイルライダー、シノンにあって、俺には無いもの……」

 

 「いや、そもそもお前が来たのは昨日だろうが。ラフコフのゲーム感覚の殺戮でも前準備でターゲット決めてただろうから、お前が除外されているのは当然だろ。オレが言いたいのは、野郎の決めたルール的に、お前にハンドガン使えなかったんじゃないかって事」

 

 「じゃあ……事前にどこかで接触しておいて、拳銃を使う相手に何かしら特殊な目印を付けたとか?」

 

 「……私、GGOじゃしん……シュピーゲル以外の人とそこまで親しくないし、あんなぼろマントと街ですれ違った事すら無いわ」

 

 ダメか。一体どういう括りで死銃(デス・ガン)は殺す相手を決めやがったんだ?

 

 「ちょっと乱暴だけど……クロトも狙われてなかったって事は、お前も死銃(デス・ガン)のターゲットから外れているんじゃないか?俺と違ってそのアバターはGGO用なんだし、知名度だってそれなりにあるだろ」

 

 「でも……ペイルライダーはこの変人と似たバトルスタイルだったのよ?死銃(デス・ガン)はコイツと彼に何の区別をつけたのかしら」

 

 「変人言うな。てかオレと同じ立ち回りするヤツいたのかよ……」

 

 「厳密にはペイルライダーはショットガンで、お前はサブマシンガン?ってヤツで、武器は違ったけどな」

 

 「まぁAGI特化型じゃない、としか言いようがないわね。その中でも狙われない人もいるとしか……」

 

 戦い方、ひいてはステータスタイプもこれといった決め手にならない。三人寄れば文殊の知恵、なんて諺の通りに行かない現状に、思わずため息が零れる。

 

 「はぁ、死銃(デス・ガン)のSAO時代の名前が分かればなぁ……あの役人に、野郎の家まで警察けしかけてもらえるんだが……」

 

 「役人……警察……?な、何の話……?」

 

 「あ、いや……死銃(デス・ガン)の調査を俺達に依頼した人が、ちょっとな。現実世界で色々と融通の利く立場の人って話だよ」

 

 思わずといった様子で顔を上げたシノンに、キリトが少々つっかえながら答える。今更自称コミュ障が再発でもしたのか?彼女とはさっきまで普通に喋れていたんだし……って、随分と距離が近くなってら。キリトはアスナ一筋だって分かってるからオレは心配しちゃいないが、他のメンツがこの様子見たらなんて言うのやら。

 

 「クロト……話が飛びすぎだぞ。確かに死銃(デス・ガン)を現実世界の方で拘束でき、れば……!」

 

 「キリト?」

 

 「BoB……リアル情報……総督府……エントリー画面……ああ、この方法なら……!」

 

 一度俯き、ブツブツと呟き続けていた相棒。しかしものの数秒で考えが纏まったのか、すぐにガバリと面を上げる。

 

 「殺人は仮想世界で行われたんじゃない!現実世界で行われていたんだ!」

 

 「仮想世界じゃなく、現実世界……?悪い、すぐに飲み込めねぇ」

 

 「あ、ごめん。端折り過ぎた」

 

 時々こうして相棒の閃きについていけない自分がもどかしい。けど今は取っ掛かりが掴めたらしい彼の推論を聞くのが先だ。

 

 「クロトには前に言ったけど、ゼクシードとたらこの死因は心不全で……脳に異常が起きた訳じゃないんだ」

 

 「んな事も言ってたな。目立った外傷が無くて、遺体の腐敗も進んでたから心臓止まった理由も不明、だったか」

 

 「そうだ。だから多分薬品……あるいは毒物を致死量、注射したんだと思う。注射の跡なんて、腐敗した遺体じゃそうそう見つからない筈だ」

 

 「ま、待って。そもそもどうやって相手のリアル……住所を調べるっていうの?一プレイヤーが他人の個人情報を調べる方法なんて無いでしょう」

 

 「GGO内に限って言えば、一つだけ抜け道がある……総督府の端末だよ」

 

 告げられた場所の様子が脳裏に蘇る。だが、彼が言わんとしている意味が分からない……分からないのに、何かを見落としているような気がしてならない。

 

 「あの場所が……抜け道?」

 

 「変な所は、無いって……言いてぇのに。何か妙に引っかかるな……」

 

 思わず片手でガリガリと頭をかくが、そんな事したってさっぱり分からない。

 

 「二人はGGOに慣れているから、そういうモノとして受け入れていると思うんだけど……上位入賞をリアル側で受け取る為には、あの端末に現実世界の住所や本名といった個人情報を打ち込むだろ?でも、あそこは宿の個室みたいに人の出入りが制限されていないオープンスペースだった。しかも不特定多数の人が使うから、画面は基本的に可視モードだ。そんな無防備な場所で個人情報を打ち込むって、危ないんじゃないかな」

 

 「後ろから覗き見たってのか……んなバカな……マネ……が……!!」

 

 誰でも出入りできる場所。誰でも見える画面。マナー云々を度外視すれば、確かに他人の個人情報を覗き込む事は可能だ。普通なら、そんな事やろうとすれば不審者として即通報されアカウント抹消される。

 

 ―――けどもし、誰にも見つからなかったら?

 

 死銃(デス・ガン)は姿を隠す光学迷彩を持っている。先程キリトから聞いたその事実が、悪寒を伴って這い上がる。そこからはパズルのピースが嵌るように一気に仮説が組みあがると、表情が引きつるのを抑えられなかった。

 

 「気づいてくれたか、相棒」

 

 「あぁ……信じたくねぇってのが本音だが、予想は悪い方にしとくべきだよな」

 

 「ちょっと、私にも説明しなさいよ。二人だけで勝手に納得しないで」

 

 「悪かった。説明すっから―――キリト、シノンを放すなよ」

 

 一人蚊帳の外になったのが不満らしく、むくれる狙撃手サマ。だが今の彼女の心は一度ギリギリまで追い詰められた直後であって、癒えきっていない。例えるならひび割れた氷のようにひどく脆い。精神安定剤代わりになっている相棒の口から、これ以上シノンの精神に負荷がかかる事を言わせはしない。

 

 「悪い……いつも損な役回りさせて」

 

 「適材適所ってヤツだ。気にすんな」

 

 負い目なんて感じなくていいのに、お前って奴は……本当に優しいな。

 

 「ホント仲いいわねアンタ達……キリトの中身知らない奴らが嫉妬する訳だわ」

 

 「その話は後だ後。念のため言っとくが、気をしっかり持てよ」

 

 「え、えぇ」

 

 シノンがオレ達にどこか羨望を抱いた視線を向けるのは……彼女の過去を聞いた今なら分かる。とはいえ今はそういった事は全部捨て置き、最悪の事態に陥りかけていると伝えなければ。

 

 「んじゃまず画面の覗き込む方法だが、死銃(デス・ガン)の光学迷彩が街中でも使えるとすりゃ一発解決だ」

 

 「え……?」

 

 「SAOでも姿を消す隠蔽(ハイディング)スキルは街中でも使えたし、それを悪用したストーカーやトラブルが実際あった。類似した能力である光学迷彩が同じように街中で使えるっつー確証は無いが、逆に使えないって証拠だって無いだろ」

 

 「でも、あの端末はちょっと離れただけで遠近エフェクトで画面は見えなくなるのよ?すぐ後ろから覗こうとされたら、姿が見えなくても’後ろに誰かいる’って分かるでしょ」

 

 「そっちは双眼鏡やスコープレンズを通せばどうとでもなるさ。総督府もそうだが、このゲームは薄暗い所ばっかりだから、姿を消せばぶつかったり物音立てたりでもしない限り誰も気づかねぇよ」

 

 仮想世界は限りなく現実世界に近い別世界ではあるけれど……やはり現実世界との差異は存在する。液体の質感等はどうしたって違いがあるし、遠近エフェクト等のプレイヤー個々人に適用される処理ってのは一度アイテム等を通せば無視できてしまう。

 

 「で、でも……仮に現実の住所が分かっても、どうやって忍び込むの?それに家の人だって……」

 

 「確かゼクシードやたらこの奴は、一人暮らしだったって聞いたな。それも古いアパートで電子ロックもセキュリティの甘い初期型だったそうだ……多分そっちは住所知った後で下調べしておいたんだろ」

 

 ゼクシード達の事について視線で相棒に確認しながら答えると、幾分か血色が戻っていたシノンの顔色が再び蒼白に近づく。

 

 「それとシノンが知っているかは分からないけど、今時コアなVRMMOプレイヤーが心臓発作で死ぬ事は珍しくないんだ。ろくに飲み食いせず、寝てばっかりだからな……」

 

 「特にGGO(ここ)はそんなコアな連中がわんさかいるだろうさ。当然近所づきあいも希薄だろうから、死んでんのが分かるまで数日はかかる。その間に分解されちまうような薬品や毒物注射で殺して、部屋を荒らしたり金盗ったりせずトンズラすりゃ……現場に残るのは心不全で亡くなったVRゲーマーの遺体だ。それも脳ミソは損傷なしのな。そんな珍しくない遺体なんてそうそう詳しく調べねぇから、死銃(デス・ガン)の手口はまずバレない」

 

 「……そんなの……狂ってる」

 

 キリトの胸元に身を預けていたシノンが震える声でそう絞り出した。だが怯えながらも何かしら言えるなら、まだ大丈夫だろう。

 

 「……ゲーム内で派手に死銃(デス・ガン)が暴れれば暴れる程、注目は仮想世界側に偏る。そうすりゃ誰も現実世界側の死銃(デス・ガン)……共犯者の存在に気づくヤツはいない。一人で立ち回っているようで、実際は複数人で行われていたワケだ……で、シノン」

 

 「な、何……?」

 

 本当は分かっているけど、理解したくない。そんな気持ちがありありと浮かぶ眼差しを向けてくる彼女に、オレは正面から告げる。後で暴れられた方が危険だからな。

 

 「お前は既に、死銃(デス・ガン)からあの拳銃を向けられた。もう、いるんだよ。現実世界のお前の傍に、共犯者がな」

 

 「クロトッ!そこまで言う必要ないだろ!?」

 

 「言わなくても、コイツだってその内気づく筈だろうが。そこで取り乱されるよりか今ここでそうさせといた方がマシだ」

 

 「……お前のそういう容赦の無い所、必要だって分かっていても……嫌だって言いたくなる」

 

 オレの言葉を受けたシノンが硬直している間、咎めてきたキリトにこちらの思惑を伝える。こういう所でのオレとキリトの思考の違いというべきか、彼は感情的には許容しがたいとばかりに苦々しく声を零しながらシノンへと目を向ける。

 

 「……嫌……いやぁ……」

 

 「落ち着くんだシノン!今自動切断した方が危ない!」

 

 ガタガタと震えだす少女の肩を掴み、呼びかけるキリト。冷徹な思考で必要な事だと判断したとはいえ、一人を追い詰める発言をして、そのケアを相棒に丸投げして……なのに後悔どころか罪悪感すら抱いてねぇな、オレ。

 

 「あ……あぁ……」

 

 「大丈夫、大丈夫だ!まだ危険は無い!あの拳銃で撃たれるまで、共犯者は君に手出しできない!」

 

 かすれた声で喘ぐシノンを繋ぎとめるように、強く抱きしめるキリト。彼女も相棒に縋りつき、その腕の中でとにかく身を縮こまらせる。

 

 「大丈夫……だいじょーぶ……ここにいる限り、君が襲われる事は絶対に無い」

 

 抱きしめたままシノンの髪を撫で、優しい声色で言い聞かせる相棒。何度もゆっくりと大丈夫だと繰り返すと、やがて少しずつ彼女の震えがおさまっていく。

 

 「君が死銃(デス・ガン)の拳銃に撃たれるまで、共犯者は君に手出しできない……それが奴らが決めたルールであり、あの拳銃の力を見せつける為の制約だ。でももし自動切断して相手の顔を見てしまったら……口封じとして何をしでかすか分からないし、ずっと危険だ」

 

 「でも……でも、怖いよ……」

 

 子供のように胸に顔を埋めてくるシノンを、優しく受け止めるキリト。その姿を眩しく思いながら、「他に方法は無かったのか?」と問いかけてくる感情(じぶん)に対して……「そんなものは無い」と冷徹な思考(じぶん)が返す。

 

 「死銃(デス・ガン)さえ倒せば、君の傍にいる共犯者は大人しく去っていくはずだ。ヤツは俺達が倒す……そうだろ、相棒?」

 

 「……確かにその通りなんだが、そこは一人で言い切れよ。ちょいと締まらねぇぞ」

 

 「お前がいるから、倒せるって信じてるんだよ」

 

 キリトから純粋な信頼を向けられ、胸の奥で温かなものが広がっていくを感じるあたり……オレも大概だな。けど親友(ダチ)として、相棒として頼られる事を嬉しく思うのが、偽らざるオレの本心だ。

 悪くない、と感じる沈黙が訪れる。何となく時刻を確認すると、この場に隠れてからおよそ二十五分が経過しているのが分かった。

 

 「―――落ち着いたか?」

 

 「ん……もう少し、このままでいて……」

 

 一度離しかけた腕をもう一度シノンに回すキリト。時間的にはもういつグレネードを放り込まれてもおかしくはないが、だからといってここにきて彼女を突き放す選択肢を相棒に選ばせるつもりはない。故にオレは無言で外を警戒する。

 

  (邪魔するヤツに、遠慮なんざいらねぇ……!)

 

 停めたままのバギーに身を隠しながら、洞窟の外に見えるものや聞こえる音に最大限意識を向ける。オレにできるのは、こういった事だけだから。

 

 「―――ところで話は変わるんだけど……クロト、シノン、さっきから視界の右下で点滅してる変な赤いマルって、何?」

 

 「え」

 

 「あ」

 

 キリトから怪訝な声で告げられた言葉にすぐさま視界の右下、次いで頭上に目を向けると……フワフワと浮かぶライブ中継カメラがあった。

 

 ―――これアスナ達が見てたらキリト大変だなぁ……そん時は弁護しとくか、一応。




 今年中にGGO終わらないや……

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