SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 ちょっと短いですけど、キリがいいと感じたので。


九十七話 本戦に向けて

 サクラ サイド

 

 「―――広範囲攻撃、来ます!」

 

 ユイちゃんの警告に従って、皆が一斉にその場から飛び退った。直後に相対している巨大な植物型のmobが一面に腐食液をまき散らし、ツンとした異臭が鼻孔を刺激する。リズさん、リーファちゃん、シリカちゃんが鼻を覆って怯む中、クラインさんが颯爽とmobの懐へと飛び込んだ。

 

 「スキありぃぃ!」

 

 大技を放ち大きな硬直時間を課せられたmobへと炎を纏った彼の刀が幾度となく振るわれ、残り僅かだったHPゲージが空になる。

 

 「クラインったら、キリト達がいないからって張り切り過ぎじゃない?」

 

 「まぁまぁ、その分楽させてもらっているじゃないですか」

 

 呆れた様子のリズさんをシリカちゃんが窘め、程なく笑いあう。確かに今回の狩りじゃ攻撃偏重の立ち回りで普段に比べれば被弾も多いけれど、そこは腐っても元SAO攻略組。直感的に死ぬ前に倒せるって予測を立てた時しか突撃はしていない。

 

 「でも、クラインさんだって充分強いのは分かりましたよね?いつもは兄さん達に隠れちゃってますけど」

 

 「あー、今日はキリトとクロトいないもんねぇ……」

 

 「ホント。いっつもあの二人でガンガン削っていくから、クラインさんどころかみーんな出番無い事も度々あったし」

 

 「で、対抗意識燃やしたアスナが細剣(レイピア)手にして突撃しちゃうまでがいつもの事で……そう考えると今日は平和だったわね」

 

 ハル君、リズさん、フィリアさんの言う通りで、シリカちゃんとリーファちゃんは苦笑いしながら頷いていた。

 

 「おいおい……ハルしかおれ様の活躍褒めてくれねぇのかよ」

 

 「あ、いえ!お疲れ様ですクラインさん。今日はずっと前衛務めてくれて、ありがとうございました」

 

 音楽妖精(プーカ)を選択したわたしと水妖精(ウンディーネ)を選択したアスナさんは、SAOの頃と変わって後衛を担う事が多く、クロト達がいない今回は特にクラインさんに負担をかけた。他の皆もちゃんと戦ってくれたのは間違いないけど、今日の狩りで一番ダメージとヘイトを稼いだのは彼だ。ちゃんとそこは感謝しないと。

 

 「おう。こっちこそバッチリな支援、助かったぜ」

 

 「ありがとうございます。前より上手くいったみたいで、よかった」

 

 「そりゃアンタはちゃんとサポート役続けてきたからね。アスナみたいに剣持ちだして突撃しない分、上達するのも当たり前よ」

 

 「リズさんも容赦無い言い方しますね……まぁアスナさんもお兄ちゃんも怒らないからいいですけど」

 

 リズさんの言葉に遠慮が無いのはいつもの事で、もう皆も分かっている。ああいうサバサバとした、一緒にいて肩肘張らずにいられる空気は、やっぱりリズさんにしかない魅力の一つなんだなぁって改めて思う。

 でもさっきからアスナさんがどこか上の空でいる事に気づき、わたしは彼女に声を掛ける。

 

 「アスナさん?」

 

 「……あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって」

 

 「いえいえ、キリトが心配なのは分かってますって」

 

 クリスハイトさんからのバイトで、今キリトはALO内のキャラクターをGGOにコンバートしている事は皆知っている。なんでも今日は調査の一環で、そのゲーム内最大規模のPvP(対人戦)イベントに参加するんだとか。クロトがその手伝いでGGOにダイブしている事もアスナさんから今日聞いた。なんでも件のGGOに既にアカウントを持っているらしく、彼はコンバートしていない。……学校に通い始めて一カ月くらいしてから「別のゲームにも手を出してみた」って言ってたけど、それがGGOだったなんて、ホントにすごい偶然。それにキリトの手伝いするならするで、一言言ってくれれば良かったのに。

 

 (でも、何でキリトに依頼が来たんだろ?元々アカウントもってたクロトに頼めばよかったんじゃないかなぁ、クリスハイトさん……)

 

 確かにあの人から直接バイトの依頼が来るのはキリトだけど、大変そうな時はクロトに何度か手伝ってもらっていた事は知っている筈なのに。

 

 「―――少し早いですけど、そろそろ観戦の準備に行きませんか?もう充分稼げましたし」

 

 「だな。ハル、時間あったら幾つかツマミ作ってくれよ」

 

 「いいですよ。この前エギルさんの店のメニューが上手く再現できたので、それでいいですか?」

 

 「おお!そいつぁ楽しみだな、はっは!」

 

 「クライン、まさか今日の稼ぎ全部飲み食いに使うつもり?」

 

 考え事をしている内に、気づけば狩りを切り上げる方向に話が進んでいた。

 皆の方を見ると、リズさんが顔を顰めるのも気にせず陽気に笑うクラインさんの姿が。今回は元々お金の使い道が決まっていた狩りだから、いつもは無駄遣いに厳しいハル君は大らかだけど……確かにこの人数で普通の飲み食いしたって使いきれない額は稼いだつもりだし、それを使い切ろうとする彼に小言を言いたくなるリズさんの気持ちも分からなくはない。

 

 「まぁまぁリズ、今日の大会ってGGOの中じゃ一番のお祭りだって話なんだし、大目に見ようよ。ついでにアスナにも軽食つくってもらおう?」

 

 「……いい事言うじゃないフィリア。ふっふっふ、後で知ったキリトの羨む顔が目に浮かぶわ」

 

 「リ、リズさん……今お兄ちゃんに見せられない顔してますって!」

 

 「あーあー、気にしない気にしない!アイツは今いないんだし、バレなきゃいいのよ」

 

 ……リズさんがちょっと乙女らしからぬ言動をするのはいつもの事だけど、もうちょっと隠そうとした方がいいんじゃないかと度々思う。というかキリトにだってそうやって遠慮しないから異性として意識されづらくなっているんじゃ……いや、これ以上考えるのは止めよう。すごく失礼になりそうだし。

 

 「もうリズさん、あんまりパパに悪い事しないで下さいね」

 

 「うぐ……ちゃんとキリトの分は残しとくって」

 

 可愛らしく頬を膨らませるユイちゃんには、流石にリズさんも勝てなかった。あっさり折れた彼女に誰もが小さく噴き出し、やがて朗らかな笑い声に変わっていく。

 

 「あーもう!アスナ、ハル!とびっきり美味しいヤツ頼むわよ!」

 

 「はいはい、私も試したいレシピが幾つかあったし、丁度いい機会かな」

 

 「材料の買い出しなら手伝いますよ」

 

 「あたしも手伝います」

 

 シリカちゃんとリーファちゃんがそれぞれ猫耳とポニーテールを揺らして手を挙げる。

 

 (平和だなぁ……)

 

 わたしやアスナさんが現実世界への帰還を果たしてから、もう十一カ月になる。こうしてゲームを普通の娯楽(遊び)として、仲間と和気藹々と楽しむ……そんな当たり前を当たり前の事として過ごせるのが、とても幸せだと思う。でも……

 

 「クロト……」

 

 やっぱり、隣に彼がいないのが寂しい。昨日今日と会っていないし、昨日の予選と今日の本戦に集中したいだろうから、わたしから連絡するのは止めていたけど……クロトの方からも何も無かったのは珍しい。

 

 (気にし過ぎ……なのかな)

 

 ただの偶然、だと思いたい。だけどSAO時代から彼は、わたしの知らない所でキリトと一緒に危ない事や無茶な事を色々とやってきたから、もしかしたら今回も……なんて拭いきれない不安が付きまとう。大会後すぐにキリトに会うべくダイシー・カフェからダイブしているアスナさんに同行したわたしは、堪えきれず御徒町にあるクロトの家に向かったけれど。

 

 『―――ごめんね桜ちゃん。大和、今日は和人君と遅くまでバイトしてるから、今いないの。あの子言ってなかったのかい?』

 

 てっきり家からダイブしているとばかり思っていたから、困った様子で笑みを浮かべるクロトのおばあちゃんにそう言われた時に、驚きのあまり少しの間呆けてしまったのは記憶に新しい。わたしの両親もクロトの祖父母もわたし達の仲は認めてくれていたし、だからこそクロトがわたしに事情を話していない事を訝しんでくれた。「聞いてないなら、帰ってきた時に一緒に聞きだせばいいだろう」という彼のおじいちゃんの一声によってクロトの家にお邪魔させてもらい、彼の帰りを待つ間はこうしてALOにダイブしている。自分の家に一言連絡を入れた時、お父さんが少し拗ねた声してたけど。

 

 (でも、クロトの部屋には入れさせてもらえなかったなぁ……)

 

 流石に勝手に部屋に入るのはダメだと彼の祖父母に止められたのは残念だった。初めてじゃないからいけるかな、なんて期待は少し……ううん、それなりにありました。はい。だけど今なお感じるこの不安を前に、大好きな人の事を感じられる場所を求めずにはいられなかった。

 

 「クロト……」

 

 会いたいと募る想いのまま、彼の名を零す。返事のない虚しさが、チクリと胸の奥に刺さった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 クロト サイド

 

 大会の三時間ほど前に病室に着いたオレは、一足先にダイブしていた相棒を追いかけるようにGGOへと降り立った。昨夜覚悟を決めてから、時間まで家で過ごしていたらじいちゃん達に何か感づかれそうだったので、午後からはもう外出して適当に時間をつぶしていたんだが……結局はGGOに入るしかないかと諦めて、早めにやってきたのだ。

 

 「さて、キリトはっと……」

 

 むさ苦しい外見の男がひしめく中で、あの少女然とした姿を求めて視線を彷徨わせる。

 

 (お、いたいた)

 

 濡れ羽色の長髪を、シノンとお揃いの髪留めで緩く束ねた後ろ姿を見つけ、オレは迷わずそちらへ歩き出す。前回もそうだったが、本戦の時のSBCグロッケンの人口密度は凄まじい。特に今のキリトは現実よりも小柄な為、モタモタしていたらすぐに見失いかねない。

 

 (けど……アイツが一晩で割り切れるワケないよな……)

 

 ログイン前、モニター役の看護師に「キミも桐ケ谷君と同じ悩み、抱えてない?」と聞かれた事を思い出す。大方キリトがSAOの事について彼女に何か気づかれたのだろうと察したオレは、その場では平気だと答えた。すると彼女が気遣うような表情を見せ、自覚していた歪みを再び実感したのだ。

 だが、それでも。死銃(デス・ガン)を討つ決意は欠片も揺らぐ事は無い。

 

 (そうだ……ヤツは、オレが殺す……!)

 

 一度深呼吸し、切り替えてからキリトを追いかける速度を速める。とりあえずは相棒がきちんと本戦のルールを理解しているかどうかの確認と、実際にどう動くか打ち合わせをしなければ。

 

 「―――悪い、少し遅れたか?」

 

 「ん?いや、こっちが早すぎただけだよ」

 

 極々僅かなぎこちなさがあるものの、彼は僅かに肩を竦めて微笑む。この様子なら、死銃(デス・ガン)以外の連中を相手にするのは大丈夫そうだな。

 

 「昨日みてぇにギリギリになる前にエントリーすっか。その後はルールの確認と、大会中の動きについて打ち合わせすっぞ」

 

 「りょーかい……特にルールの方は運営メール読んだだけじゃイマイチだったから、実体験込みで頼む」

 

 「任せろ」

 

 軽く相棒の肩を叩き、共に総督府へと歩く。昨日もそうだったが、キリトといる時に道中で向けられる視線の数が普段よりも大分多い。恐らくは昨日コイツが発揮したバーサクっぷりだろうか。致命傷弾だけを斬り払いながら突撃し、一刀のもとに相手を両断するなどという、あんな鬼気迫る姿が観戦していた者達に与えた衝撃は凄まじかったのだろう。声を掛けてくる輩がいないのなら、努めて無視するに限る。

 特に大きな問題もなく、無事に総督府ホールに辿り着く。そこで本戦へのエントリーを済ませると、地下1階の酒場へと行く為にエレベーターへと向かう。観戦予定の者達で騒がしい酒場の方が、出場者が静かに過ごしているであろう待機ドームよりも、他のプレイヤーに会話が盗聴され辛いと踏んだからだ。

 

 (それにキリトが言うには、死銃(デス・ガン)はぼろマント姿に髑髏の仮面……仮にそんなヤツが酒場にいれば、絶対に目立つ……連中のこだわりを考えれば、そんな事はしない筈だ)

 

 レッドギルド笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の連中の大半に共通していた特徴が、「多数の人前で、見世物の様に殺戮する」というものだった。言い換えればコレは「殺す時以外は目立たないでいる」という事で、酒場でなら死銃(デス・ガン)の目を気にせずに済む。

 なんて考え事をしていたからだろうか。エレベーターのボタンを押そうと伸ばした手が、同様に伸ばされた誰かの手と接触してしまったのは。

 

 「おっと、わる……うげ」

 

 「何よ、その態度は?」

 

 二日連続で氷の狙撃手(シノン)との望んでいないエンカウントを果たしたオレは、思わず肩を落とすのだった。


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