クロト サイド
―――キリトの様子がおかしい。
予選が始まるまでは何ともなかった。だがオレが一回戦を十分足らずで終え、待機エリアに戻ってきた時……先に戻っていた彼は、尋常じゃないレベルで何かに怯えていた。もちろんそれが分かった瞬間オレはアイツの傍に駆け寄って声をかけたし、彼も少し安心した様子で小さくため息をついた。
何があったか、などと聞ける状況ではなく、宥めようと彼の背中をさすると、縋る様に手を握られた。
―――けれど、その手はひどく冷たかった。
他人の為に時に剣を振るい、時に誰かの手を握り、時に傷付いた者の心を癒してきた彼の手とは思えない程の冷たさに驚愕した。だが間の悪い事にオレの二回戦の相手が決定したらしく、相棒を置き去りにする形で次の戦場へ駆り出されてしまった。
~~~~~~~~~~
「―――あぁクソッ!」
一分間の準備時間のカウントダウンが進む様子ですらもどかしさを感じる。急いでカタをつけ、キリトの傍に戻らなければ。
「キリト……!」
相棒を案じて心が焦る一方で、戦闘用の思考は対戦相手の名前を確認した瞬間から警鐘を鳴らしている。下手を踏めば一撃でこちらの敗北が決まる、その相手の名は……
グレネード狂いの変態で悪名高く、火薬式・プラズマ問わず大小様々なグレネードのみを武装とし、瞬間的破壊力ならばGGOではトップクラスと認知されている男だ。動きは鈍重かつ紙装甲だが、目標地点まで正確にグレネードを投擲するその強肩は、STR一極ビルドで得た高い筋力値と本人のプレイヤースキルのみで成り立っている。
つまり居場所を特定されたら最後、当たれば即HP全損するグレネードたちが延々と投げ込まれ続けてジ・エンドだ。
やがてカウントダウンがゼロになり、戦場となるフィールドへと転送される。視界に広がったのは廃墟と化した旧市街地で、崩れかけた鉄筋コンクリート造のビルが乱立していた。
(ヤツの位置……足音は……!)
開始早々に手近なビルに駆け込み、二階に上がって身を顰める。そのまま耳を澄ませ、パターン化された音源を意識から排除する。
SAO,ALOではヤタによって付与されていた索敵スキルの様な、遮蔽物越しでも一定範囲内のプレイヤーやmobを自動で検出してカラーカーソルを出現させてくれる便利なスキルはGGOに存在しない。キチンと相手を視認した事がシステムに認められて初めて相手のカラーカーソルが出現し、最後に視認してから認識情報がリセットされるまでの一分間は相手からの銃撃に
―――この必死さを忘れるな。楽しむ余裕のない、生き抜くためだけの闘いの日々を……あの殺戮の感覚を……
それからはSAOで培ってきたシステム外スキルやプレイヤースキル、経験等を総動員して戦場を駆け抜け、這い上がってきた。今でこそこうして上位プレイヤーとして認知されるようになり、真剣勝負を楽しめる余裕が出てきたが……元々はどのタイトルよりも必死なプレイヤー達がひしめくこの世界で、少しでもSAOの頃の感覚を維持する事が目的だったのだ。
轟音が耳朶を打つ。左手側……九時方向のそう遠く無い場所に、グレネードが投げ込まれたようだ。続いて二度目の爆発音。今度は若干近づいた。
(あてずっぽう……いや、しらみつぶしか……!直感だけでこの辺りに見当つけたか……マジで情報通りセオリー無視するよなぁ、あのド変態!?)
爆発こそ至高!と公言して憚らない彼は高難易度ダンジョンのボス攻略で傭兵として雇われる事がしばしばあるが、とにかくグレネードをぶち込めればいいらしい彼は連携もクソも無くひたすらグレネードを投げ続ける。しかもやたらと直感が冴えており、ヤツがグレネードを放り込んだ部位は九割近く弱点だった事で有名だ。
次々と投げ込まれるグレネードの爆発音は段々とこちらに近づいており、このままではオレが潜んでいるこの廃ビルもワンフロア毎に爆破されるのは目に見えている。
(打って出るしかねぇって事かよ!)
本来なら足音等で相手の位置を特定し、背後から強襲するつもりだったが……仕方がない。タイミングを計り、爆魂がグレネードを投げたであろう瞬間にあわせて窓から飛び出す。爆発が続いていた九時方向を睨むと、およそ百メートル先の交差点に立つ偉丈夫の姿があった。
(思ったより近い!)
情報通りなら、ヤツは最大二百メートル先まで正確な投擲が可能だ。そう考えれば有効射程の半分まで、向こうから近づいてきてくれていたようだ。しかも狙った通り投擲したばかりの姿勢。向こうもこちらを捕捉しただろうが、次弾を投げるまで多少の時間がある。
「くっ!」
身体を投げ出すように転がって着地の衝撃を逃がすと、すぐさま起き上がって駆け出す。しかし向こうも何百何千と繰り返してきた動作なのだろう、焦ることなく、しかし迅速に次のグレネードを振りかぶっていた。
(速い……!?)
こちらに飛来するソレは、通称デカネード……通常よりも大型のプラズマグレネード。今走っている道路の幅的に、地上を走っていたらダメージ範囲から逃れられない……!
―――なら……
デカネードの爆発の直径はこの道路より少し大きい程度であり、壁際かつ数メートル上に上がればダメージ判定のある範囲は避けられるのだ。朽ちかけたビルたちであっても、足場がわりにできない程劣化してはいない。ならばそこを走ればいい。
地を蹴る。走るのではなく跳ぶ。既に速度は充分に出ている。鍛え上げたステータスと
システム外スキル、
SAO、ALOでオレが弓を射ってきた時の射程距離がおよそ二十~三十メートルで、離れても四十メートルちょいが限界だ。だからもう少し近づかなければ。
「ウソだろ!?」
その選択が、爆魂にもう一度攻撃の機会を与えてしまった。そのチャンスを逃すまいと思ってか、ヤツは何とプラズマグレネード……それも三つが紐でくくられた代物を放ってきやがった。今度は道路の中央ではなく、オレが寄っている右側に向けてだ。また右の壁を走っても爆風からは逃れられないし、左側へ移ろうにも間に合わない。
(キリト……!)
何かに怯え、憔悴していた親友の姿が脳裏をよぎる。こんな……こんな所で、オレは―――負けられない。
―――知覚していた熱量が消える。同時に己の中で何かが切り替わる。
感情を捨て、暗く冷たい思考を広げていくこの感覚を、かつては化物と恐れ……忌避していたが、自分の内側の声に追い立てられるようにこの世界で戦う内に馴染み……今では手札の一つとして使えるようになった。恐れる心は消えずとも、禁忌だと決めつけて逃げる訳にはいかない。
躱せないならば迎撃するしかない。しかし自分の射撃精度では確実に撃ち落とす事は不可能。ならば―――
―――銃以外で落とせばいい。
左手が閃く。サイドアームとして短剣代わりに腰に帯びていたナイフを抜くと、迷う事なく投擲する。何も投擲は相手の専売特許ではない。SAOで極めた投剣スキル……その過程で培った経験と感覚は、今でも息づいているのだから。
投げられたナイフが一直線に飛翔し、緩い放物線を描いて飛来するグレネードの内の一つへと狙い通り突き刺さる。
「何ィ!?」
驚愕から爆魂が叫ぶ声が聞こえた気がした。一応ナイフを投げた瞬間、自分にブレーキを掛けたのだが……かなりギリギリまで爆発の有効範囲に近かった為、爆発の轟音に、オレの聴覚は一時的に埋め尽くされたからだ。幸い視覚は寸前で片腕を翳して耐えられたので、スリングで吊っていたP90を構える。
視界が開けた時、オレと爆魂との距離は三十五メートル前後だった。本来ならまだ危ういが、それでも―――
(当てる……!)
表示される
高いAGIによる速射性能……照準してから
構えた銃から吐き出された弾丸たちはその半数程が爆魂の傍を通り抜け、さらに十数発がその身を掠めるだけで、直撃と呼べたのは胴体周りの七、八発程度だった。
―――だがしかし、ヤツはグレネード狂いの変態。安価な代わりに誘爆の危険が付きまとうプラズマグレネードを他のグレネードと共に体中のあちこちに括りつけている程の。
当たった弾丸の一発がそうやって剥き出しで括りつけられたプラズマグレネードを撃ち抜き、誘爆。当然体中の他のグレネードも連鎖爆発を起こし―――
「爆発サイコォォォォオオオ!!」
―――文字通り大爆死した。爆発に生き、爆発に死ぬ。それが爆魂の謳い文句だと情報を仕入れた時、前半はともかく後半はアホか?と真偽の程を疑ったものだ。意識が切り替わり、冷たかった体に熱量が戻っていく中、こうして対面して思った事が一つ。
「一生理解したくねぇ……」
この一言に尽きた。一発でも被弾したら即自爆する危険性を分かっていながらも全身にグレネードを帯び、敵や自分を爆殺する。そんな彼のプレイスタイルはオレには全くもって共感できないが……ある意味アイツは全力でこのゲームを楽しんでいるのだろう。他人に迷惑をかけないでいる内は、干渉すべきじゃない。というかしたくない。
「……いや、それよりキリトだ」
いつまでも倒した相手に気を取られている余裕は無い。相棒が急変した原因を聞きださなければ。フィールドから転送される最中、逸る心で彼を心配する。
「無事でいてくれよ……」
その呟きは、荒廃した街に消えていくだけだった。
レンのP90とか闇風のキャリコとかちょっとネットで調べてみましたけど……ヒェッ!?ってなりました……軽すぎない?
弾丸装填済みのP90が約三キロ……予備マガジン六個ぶら下げても合計六キロ……レンみたいなAGI型でもストレージ内に七~八キロくらいは入るのかな……?
キャリコに至っては二キロ未満とか……下手な刀剣より軽いのでは……?本物の刀剣類の重さ知らないですけど。