良く考えたら火の炉まで後六体もボスが残ってるんだよな。
第九十七話 誇り高き狼
先ほど、マヌスの腕を刎ね飛ばしたのは、俺の大剣を咥えたシフの一閃だ。
彼の咥えた大剣は深淵歩きの、アルトリウスの持っていた聖剣。
マヌスに傷を与えるのには十分過ぎる。
斬り落とされた腕を抑えながら、マヌスは大きくシフから距離を離す。
たかが狼の子供と侮るなかれ、彼はその目にアルトリウスの動きや剣筋を目に焼き付けているのだ。
故に、その動きは彼の主人と酷似しているのだ。
マヌスは恐れていた。
彼が、なぜ四騎士を泥で再現したのか。
それは少し離れた場所で騎士と対峙しているアルトリウスが原因だった。
彼が深淵の邪神となった後に、最も彼を追い詰めた人物がアルトリウスだった。
彼は神族だった為、深淵の力に抗えなかったが、その強靱な精神で最後の最後まで抵抗していた。
彼の持つ聖剣が形を失うほどマヌスと戦い、盾もなく、利き腕が折れた状態にも関わらず、マヌスの命を後一歩まで追い詰めた程だった。
満身創痍の彼がほんの一瞬、一秒にも満たない刹那の瞬間に息を吸った瞬間に、彼の身体へ深淵の泥を送り込み、その精神を汚染出来ていなければ、マヌスは今もこうして生きては居られなかっただろう。
深淵の力は絶対だと信じていたマヌスに、自分を殺しかけたアルトリウスという存在は、何よりの恐怖だった。
故に、彼の記憶を覗き、その中の四騎士を全て再現した。
彼の中で最も強く、最も恐ろしい存在を手中に納める事で自分の足場を盤石にしたかったのだろう。
だからこそ、アルトリウスの残滓を回収し、泥の彼にそれを吹き込んだ。
そうする事で、本物に限りなく近い存在にする事が出来たのだ。
これが、泥のアルトリウスの真相だ。
だが、そうして磐石にしたはずの足場である四騎士は、最早アルトリウスのみ。
たった一人の脆弱な人間に追い詰められ、今ある足場は揺れている。
そこに現れた灰色の狼。
彼の動きはアルトリウスの動きを彷彿とさせる物なのだ。
殺される。
深淵の邪神はその恐怖に怯え、目の前の狼にアルトリウスの姿を幻視する。
絶叫と共に杖から放たれた闇の玉、更に自分の周囲に追う者たちを展開する。
これでアルトリウスの幻影を振り切るつもりだったのだろう。
神獣であるシフには、深淵の力に抗う力は無く、且つ未だに幼い身体の為に闇術を掠めただけでも致命傷となり得るのだ。
幼い神獣を深淵の泥から護ったのは、彼方から飛来した結界の大盾。
スペルを弾く事が可能なこの盾は回転しながら闇術を弾き返し、マヌスの持つ大杖に直撃する。
弾かれた闇術では、深淵の力で強化された杖を破壊するまでに至らなかったが、代わりに一瞬の空白が生まれた。
幼い神獣は、その機を逃さない。
アルトリウスと対峙している騎士から投げ渡された大盾を自分の背中に貼り付ける。
其処からの彼の動きは早かった。
先ずは深淵の大剣でマヌスの持つ大杖を狙って一閃。
聖剣と聖盾のバックアップ。
剣と盾が共鳴する事で互いの性能が倍になり、幼い神獣の力を跳ね上げる。
見よう見まねの一閃は、銀の残光を残して大杖に浅くは無い傷を与える。
マヌスが手当たり次第杖を叩きつけているが、目の前の神獣に擦り傷一つ与える事が出来ない。
今の彼は音速を超えた速度でマヌスを斬り裂いて居る。
本人すら意識を保つのがやっとな速度なのだ、それに追いつける訳が無い。
マヌスは杖を掲げ、深淵の雨を降らせる。
先ほど、騎士がキアランをあぶり出す為に使用した戦術をそっくり利用したのだ。
恐慌状態に入った彼の攻勢はまだ終わらない。
闇の飛沫による深淵の濁流、追う者たちの性質を利用した散弾、斬り落とされた腕を無理やり繋げ、深淵に侵された炎の嵐を撒き散らす。
ただひたすらに、広範囲を制圧出来る攻撃を展開し、灰色の狼を捉えようとする。
その様な中、マヌスを襲ったデジャブ。
嘗てのアルトリウスとの戦いにおいて、彼は全く同じ状況となり、その時も今回と同じ戦法を取った。
だが、結果は失敗。
アルトリウスは迫る深淵の濁流を両断し、追うもの達の散弾を剣圧で掻き消し、深淵の炎を斬り開きながら彼に肉薄して来たのだ。
それも、既に利き腕が潰れ、尚且つ満身創痍の身体でだ。
そして、そのデジャブは現実となる。
迫る深淵の全てを斬り開きながらも、その中から飛び出した神獣が彼の横を疾風のように過ぎ去り。
彼の持つその大杖を一筋の銀閃が斬り落とした。
シフが化け物みたいな強さなんですが……、如何してこうなった?
この作品ではアルトリウスが最強と言うことが証明されましたね(白目)