艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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任務6『新艦娘建造指令!』

金剛型戦艦一番艦『金剛』。

 

 超弩級戦艦の建造技術導入を兼ねて英国ヴィッカース社で建造された、大日本帝国海軍所属の高速戦艦。

 

 二度の改修の末に得た30ノットという足の速さ生かして、姉妹艦の比叡、榛名、霧島と共に太平洋を縦横無尽に駆け巡り、マレー沖海戦やヘンダーソン基地艦砲射撃など数々の戦場で功績を上げた武勲艦。

 

 ちなみにゲーム内での金剛は巫女服を着て巨大な戦艦型艤装を背負い、長い茶髪の左右に小さなお団子を付けた帰国子女として描かれている。

 

 彼女は外人っぽい怪しい日本語を駆使しながら提督Love勢の筆頭として、またそのビジュアルと愛嬌のあるキャラクターから多くの提督に愛されている艦娘だ。

 

 もちろん戦艦としての能力は折り紙付きで、史実を反映した彼女たち金剛型の高速高火力高燃費による使い勝手の良さは、他の戦艦の追随を許さない。

 

 しかし、その金剛が何故提督に深夜の電話を?

 

 まさか夜戦の誘いというわけでもあるまいに。

 

『What?そのpretty voiceは提督じゃないですネ~。Youは一体誰なのデ~ス?』

 

「あ、その……朝潮、です。駆逐艦の……」

 

『朝潮?Destroyerの朝潮デスか?何でYouが提督のPrivate cell phoneに出ているのデ~ス?』

 

 訝しむような声で問い詰める金剛。確かに提督に電話をかけたら関係ない駆逐艦が出ました、というのは説明のしようがない。

 

 何故自分がここにいるのかヒントを掴めるかと思ったが、考えが甘かったか。このまま彼女に叱られてお終いかもしれない……そう思って沈黙を守り、次の言葉を待つ。

 

『ところで朝潮Girl、Youは今どこでこのcell phoneに出ているのデ~ス?』

 

 突然の質問。

 

「横須賀鎮守府の提督執務室です」

 

『Office?提督の?そこは鍵が掛かっているはずデスネ~』

 

「いえ、ノブを回したら簡単に開きましたけど……」

 

『開いた!?提督以外はrejectされるはずなのに――――もしかして、そういうことデスか……Oh……Oh, God……』

 

 彼女は受話器の向こう側で何やらぶつぶつと一人呟いている。

 

 もしかすると彼女は提督が居ない、居ても姿を見せないというこの鎮守府の異常な状況について、何か知っているのかもしれない。

 

 どうせ怒られるついでだ。多少の無礼は覚悟の上。

 

「金剛さん、横須賀鎮守府の提督について何か知っているんですか?」

 

 答えは無い。

 

「あの、金剛さん?」

 

『―――Sorry、少し考え事をしてましたデ~ス。横須賀の提督デスか―――提督ならalready鎮守府に着任しているネ』

 

「そうかもしれませんけど、指令だけで実際影も形も―――」

 

『先に言っておくネ、この世界でprotectのかけられた提督のofficeに入れるのは提督only―――つまり』

 

 そこで一旦言葉を区切る。

 

『朝潮Girl―――」

 

「は、はい!!」

 

 普段の金剛にあるまじき、静かで重い声が名を呼ぶ。携帯を持ったままの姿勢で思わず身体が強張る。

 

『Youが横須賀鎮守府の提督デ~ス―――朝潮Girl、いえ朝潮提督』

 

「なっ!?」

 

『新しい仲間の着任を歓迎しマ~ス――――Welcome to艦これWorld――――』

 

 電話越しで表情は分からないが、歓迎と言いながらも金剛の声はどこか元気が無く悲痛に感じた。

 

 しかしそれ以上にショッキングだったのは、彼女が自分を、朝潮を提督と呼んだこと、そして『艦これ』という単語を使ったことだ。

 

 提督?自分が?

 

 全く想像していなかったわけではないが、それを他人の口から宣告されるとなると、受ける衝撃が違いすぎる。

 

 しかもゲームの中の存在である彼女が、何故そのゲームの名前を知っている?

 

 混乱して考えがまとまらない。

 

 手の力が緩み、汗をかいた掌から思わず携帯を取り落とす。携帯は固い執務室のデスクに当たって軽い音を立てた後、跳ね返ってそのまま分厚い絨毯の上に落ちた。

 

『朝潮Girl?どうしましたデ~ス?』

 

 慌てて携帯を拾い上げる。

 

「大丈夫です、ちょっと携帯を落としただけで。あの、金剛さんはどこで『艦これ』のことを……?」

 

『Where?どこ?もちろんInternetの艦これ公式サイトデ~ス。朝潮Girlと一緒ネ~』

 

「一緒って―――」

 

『私もHollow Server―――虚帆泊地を間違ってClickしてしまったのデ~ス。そうしたら佐世保の鎮守府で金剛になっていマシタ』

 

 確かに同じだ。謎のログイン画面に出会った事、泊地を選択した瞬間艦娘になっていたことも。

 

『最初は私の金剛Loveが具現化したものと思って喜んだのデスが、良く考えたらmyselfが金剛になってどうする、と気付き愕然とシタヨ』

 

 ――――そこは考えなくても気付こう。なんだか呑気な人だな。

 

『Anyway、朝潮Girlには司令艦として色々informationが必要になりマスネ~。数日後に you and meのような提督で艦娘、司令艦たちが集まる提督会の定例会が帝都で開催される予定デ~ス。明日にでも招待状を出しマスので、そこで詳しいlectureを行うネ~』

 

 自分や金剛以外にも、艦娘になってしまった人たちがいる。

 

 何も解決していないけれども、たった一人でこの世界に放り出されたのではないことが分かっただけで少し気持ちが楽になった。にしても、

 

「提督会……」

 

『Yes、通称T-party。真面目な話もしますが、基本的にTea timeを楽しみながら情報交換するeasy goingな集まりデ~ス』

 

 提督だからTなのか。何故にそこだけ日本語。

 

『Oh、忘れるところデシタ。朝潮GirlはCommander Interfaceの使い方を知っていマスカ?』

 

「いえ。何ですか、それ?」

 

『司令艦の持つabilityの一つデ~ス。やり方はvery easy、艦これの母港画面をimageして下サ~イ』

 

 他にも司令艦にはlevel cap無し、大破生存etcのadvantageがありマ~ス、と続ける金剛。

 

 それはともかく、まずは言われた通りに艦これの母港、秘書艦と行動コマンド表が表示されているそれを思い出す。

 

ヴンッ

 

「あ、これって―――」

 

 昼間、由良に提督の指令が届く直前に一瞬表示されたものと同じ、艦これの母港画面が視界の中に浮かび上がった。

 

 秘書艦は朝潮。中破状態で服の破れた彼女が涙目でこちらを見上げている。

 

『出来マシタ?それがCommander Interfaceデ~ス。細部は異なりマスガ、基本的な使い方は艦これと一緒ネ~。操作も考えるだけでOK。適当にいじってみて慣れたらいいデ~ス』

 

 見た感じ本家のそれと大して変わらないように思える。

 

『ただしbe careful、ここで指示した編成、開発、建造、解体、廃棄、出撃などは、time lagはありますが全て現実に反映されマ~ス。間違えると艦娘lostにも繋がるので、lectureが終わるまでは極力見るだけに留めて下サ~イ』

 

 早目に戦力充実は必要デスガネ~と言いながら、受話器を通してずずっ、と何かを飲む音が聞こえた。

 

 紅茶か?紅茶なのか?

 

 編成画面、と念じると、「由良水雷戦隊」と書かれた第一艦隊と現在いるメンバーが表示された。昼間のあれはこのインターフェースから無意識に艦隊編成と出撃を指示していた、ということなのか。そしてそれが提督からの指令という形で由良に発令された。既に同じメンバーで演習に出ていたため、タイムラグが無かったことも頷ける。

 

 落ち着いて画面を確認するため、提督用のいかにも高価な革張りの執務椅子を引いて腰を下ろす。

 

 薄い子供用パジャマ越しのお尻に感じる、適度な硬さと厚み。事務用というより、マッサージチェアにもなるんじゃないかと思えるぐらいに座り心地がいい。

 

 朝潮の身長には大きすぎるのが難点だけれども。

 

 リクライニングに背中を預け、改めて編成画面を見る。旗艦は自分こと朝潮。隣には由良、彼女には嚮導艦として旗艦とは別に星印がついている。そして深雪と五月雨。

 

 レベルは由良が18。そして自分を含めた駆逐艦は8-9あたりで横並びだ。

 

「にしても全員修復中かぁ……」

 

 ぶほっ、っと何かを吹き出す音に続いてむせる金剛。その後ろから『ひえ~、お姉さま大丈夫ですか?』と、どこかで聞いたようなセリフが。

 

『ごほっ――――ぜっ――全員修復中!?一体何をやったらそんなことに!?そもそも鎮守府には朝潮さんしかいないのではなかったのですか?』

 

「いえ、自分以外にも軽巡と駆逐艦が。ただ帝都急行とかいう敵駆逐艦と戦った際、皆負傷してしまったので」

 

 お風呂に入ったことで入渠扱いになったらしく、全員が中破画像でその上に修復中と表示されている。

 

 そして金剛の人、地というか中身が出てます。

 

『コホン―――司令艦は普通なら一旦鎮守府が解体された後、改めて一人でのstartになるはずですが……そんなこともあるのデショウ、I see。とはいえ、手元に動かせる艦娘がいないのはbig problemデ~ス。帝都急行にattackされたのであればなおさらネ』

 

 あ、喋り方戻った。

 

『All right, cause it’s emergency. 今すぐ艦娘を一隻建造・配備するネ~。Commander Interfaceの工廠画面をopenして下サ~イ』

 

 言われた通り、工廠を選択し建造画面を開く。大型建造が実装されていない以外はここも艦これと変わらない。

 

『Targetは重巡または軽巡デ~ス。朝潮Girlは自身がdestroyerなので、現時点で戦艦や正規空母が出ても有効活用できず無駄飯喰らいになってしまいマ~ス。大型艦艇は自分のplay styleを固めてからでも遅くないですヨ』

 

 こっそり戦艦が欲しいと思っていたところに釘を刺されてしまった。

 

 最初は水雷戦隊を充実させろ、ということか。一理ある。

 

 そして資材投入。資材の現在量は……

 

「全部999!?しかも開発資材が3つしか無いって……」

 

『Yes、と説明の前に資材欄の上にあるblue and red barを見て下サ~イ』

 

 言われて燃料鋼材の上を見ると、何も無かったはずの細長い部分が青と赤、二色のバーになっていた。

 

『これが鎮守府と深海棲艦の勢力比ネ。私たちはOur naval powerのblue barが一定値を超えることが、この世界からreleaseされる条件ではないかと考えていマ~ス』

 

「それって深海棲艦を倒していれば、いつか帰れるんですか?元の世界に……」

 

『perhaps。任務や戦績画面にもそれらしいものはありマスが、これが一番分かり易いindexネ』

 

 勢力バーは青側がやっと3割を越えたころだ。一体あとどれだけ戦えばいいのか、見当もつかない。

 

『Barは全司令艦で共有されていて、同時に資材備蓄と資材回復速度のlimitter表示にもなっていマ~ス。そのため朝潮Girlの資材も本来の1/3程度でstopしているのデ~ス』

 

 これでも頑張って押し戻した方ヨ。ちなみに私は一割切ったところからstart、戦艦の身で節約生活はso miserableデシタネ~、と感慨にふける金剛。

 

 それは確かに大変だっただろう。というか資源増加量も1/3なら、戦艦はもちろん正規空母なんかもっての外だ。

 

 やはり先輩の助言はありがたい。言われた通り戦艦や空母が出ないよう、300,100,200,30の軽めのレシピで資材を投入、金剛に確認して建造ボタンを押した。

 

 必要時間が表示されるかと思いきや、建造はすぐに終了。そして完成した新しい艦娘の姿が明らかになる。

 

「これは――――阿武隈!?」

 

 画面の中に現れた某美少女戦士みたいな、金髪にお団子付きのツインテールには見覚えがあった。

 

 長良型軽巡6番艦、阿武隈。

 

 既に着任している由良の妹艦でもあり、浅葱色のセーラー服と両手に装備した14cm単装砲は姉と同じ。とはいえその外見は姉よりもかなり幼く、小学校から上がったばかりの中学生みたいな印象を受ける女の子だ。

 

 しかしその幼さに反して、史実ではキスカ島からの撤退作戦で第一水雷戦隊旗艦を務めるなど、数々の戦場を潜り抜けた歴戦の勇士。

 

『阿武隈Girlデスか、悪くないデ~ス。彼女がいれば、最低限鎮守府のdefenseは可能になりますネ~』

 

 早速水雷戦隊に編入しようとするが、編成画面に彼女の名前は無い。不思議に思って再度工廠画面を確認すると、建造が終わったはずのドックに時間が表示されていた。

 

「10時間って、軽巡なのに?」

 

『それが現実とのtime lagネ。どこか別の鎮守府、もしくは軍のschoolから阿武隈の赴任にかかる時間がそれだけ、ということデ~ス』

 

 現実。駆逐艦と軽巡であるにも関わらず入渠時間が長いのも、現実との擦り合わせを反映したためか。

 

 やはりただゲームの世界に入ってしまった、みたいな簡単な話では無いのだろう。

 

 一区切りついたところでふわぁ、そろそろgo to bedな時間ネ~、と欠伸をする金剛。

 

 こちらとしては、まだまだ知らないこと、知りたいことは沢山あるのだが、既に執務室の机の置時計は午前一時半を回っている。自分も少し眠くなってきた。

 

『―――朝潮Girl、当初の予定とは違いましたが、お話ができて良かったヨ。詳しいことはnext time、また会える日を楽しみにしているデ~ス。それではGood night!!』

 

 電話は唐突にぶつん、と切られた。

 

 中の人は違うにしても、何と言うか、ゲームで抱いた印象通り嵐のような人だ。さすが帰国子女。

 

 光の消えた携帯電話をクレイドルに戻す。

 

 ふぅっ、と息を吐いて椅子に背中をもたれかけさせながら、そのまま体を横に向けた。頬に感じる椅子の革が冷たい。

 

 一方の肘掛に両手ですがり付き、そっと目を閉じた。

 

 瞼の奥の暗闇に、阿武隈着任までのカウントダウンが続く工廠の画面が浮かび上がる。どんな理屈で表示されているのか分からないが、今後はこのインターフェースを有効に使って戦っていかなければならない。

 

 画面を閉じると真っ暗な世界が訪れた。聞こえるのは鎮守府の沖を行き交う船の音と、自分の、朝潮の小さな呼吸音だけ。

 

 今日は色んなことがありすぎて、正直なところ理解も心情も追いつけていない。突然朝潮になっていて、いきなり深海棲艦と戦って―――そして今、提督でもあることが判明した。

 

 明日になったら、また朝潮としての一日が始まる。そうして流されながらも戦っていれば、いつか元に戻る方策が掴めるのだろうか。

 

 暗闇は何も答えてくれない―――

 

 

 

 

 ―――いつの間にか自分の体が、波がうねるようにゆっくりと小さく揺れているのに気が付いた。冷たい革張りの椅子で横になっていたはずなのに、今すがりついているそれは何だか温かい。

 

「あら、起こしてしまいましたか?もうすぐ寮に着きますから、そのまま寝てて下さっても結構ですよ」

 

「……ほ~しょ~さん?」

 

 はい、と彼女は振り向かずに答えた。後ろで括った髪の毛が手の代わりに頭を撫でてくれる。

 

 どうやら自分は鳳翔におんぶされているらしい。海辺にある寮へと続く道、鎮守府に打ち寄せる波の音を掻き分けて、彼女はゆっくりと進んでいく。

 

 遠慮して自分の足で歩こうとも思ったのだが、手足に力が入らず頭も瞼も重い。体が休息を欲しているのか、脳髄に鎮座した睡魔のせいで目を開けることもできないみたいだ。

 

 ごく自然な感じで袴を着た鳳翔の背中に、猫がそうするようにんんっと顔と体を擦り付けて甘える。途端に彼女の体温と、椿の花のような香りに全身が包まれた。仕込みに使ったのであろう鰹出汁の匂いもするが、それも含めて遊んだ帰り道、迎えに来た母親に負われているような感覚だ。

 

「守衛さんが教えて下さったんですよ、朝潮さんが中にいるって。色々探したんですけど、まさか提督の椅子でお休みしていたなんて……」

 

 電話が終わった後目を閉じてからの記憶が無いが、座ったまま寝てしまっていたらしい。

 

「……もしかして朝潮さん、司令官が来るまで、ずっとあそこで待つつもりだったのですか?」

 

 ふふ、と上品に笑う鳳翔。

 

 ある意味それでも良かったのかもしれない。

 

 誰か全てを知る人が来て、全ての答えを用意してくれて、それに従っていれば全てが上手くいく……。あの電話を取る前に、そんなことを期待していなかったわけではない。

 

 澱んだ頭で考える。

 

 だが金剛、同じ場所から来たと言う彼女は、司令官は自分自身だと告げた。

 

 それはつまり自分が答えを探し出し、そこへ艦隊を導かなければならない、ということだ。

 

「大丈夫です。司令官がお出でになられましたら、いの一番に朝潮さんにお伝えします。ですから今日は安心して休んで下さい。そして明日から、またがんばりましょう」

 

 みんなのためにも、司令官のためにも、と鳳翔は自分に言い聞かせるように呟く。

 

 そうですね、と答えたつもりだが、言葉になったかどうかは分からない。

 

 鎮守府には仲間がいる。そして自分と同じ境遇の人がいることも分かった。今はそれだけで十分。明日の事は、明日の自分に任せよう。

 

 もう意識を保つのも限界だ。全てを彼女の背中に委ねて、この心地良いまどろみに沈んでしまいたい。身体をくっつけて、自分と鳳翔の背中の接触面積を最大にする。

 

 世界を包んだ闇には人肌の温かさがあり、先ほどと違って優しく柔らかく、そして安らぎに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 遠くから聞こえるじわじわ煩い蝉の鳴き声をBGMに、パンパンパンパン、と規則正しい手拍子が初夏の空に響く。

 

「深雪~ちょっと間隔狭くなってきてるかな、逆に五月雨は遅れてるよ。朝潮はちょっと後ろを気にし過ぎ」

 

 上は白い体操服、下は小豆色の芋ジャージという高校の演劇部員みたいな恰好をした由良が、手を叩きながら注意を促す。

 

「両舷原速、もうすぐ方向転換するよ~!!はい、進路変更一五○、そのまま原速維持~」

 

 くるっと回って3人で単縦陣形を維持しながら行進を続ける。目の前をきびきび歩く五月雨の水色の長髪は、彼女の穿くブルマの赤色で強調され、いつもより鮮やかに見えた。

 

 そういう自分が着ているのも、ゼッケンに黒マジックで『おしさあ』と書かれた白体操服に赤ブルマ。

 

 おまけに旗艦役ということで、リボン代わりの白ハチマキで長い黒髪を縛って簡易ポニーテールにする、という小学校の運動会スタイルだ。

 

 今朝は、軍隊にしては遅めの○七○○起床。まあ成長期の駆逐艦娘を考慮してのことだろう。寝る子は育つというし、昨日夜更かしした悪い子の身としてはありがたい。

 

 ○七三○、司令部の食堂で戦隊全員揃って朝食。メニューは汗をかいてもいいように濃い味付けの塩鮭の切り身、納豆、味噌汁、お浸し、お新香、そしてどんぶりに盛られた麦飯。そこに青海苔を散らした山芋のとろろが小鉢で付いてくるとは、良く分かっていらっしゃる。

 

 そして○八三○、鎮守府敷地内の多目的運動場に体操に着替えて集合。

 

 簡単な柔軟体操とウォーミングアップの後、少しずつ熱量を増してくる太陽光の下で陸上での艦隊機動訓練が始まった。

 

 PTAも海軍には口出しできないからか、アグ○ス一派のせいで既に絶滅して久しいはずのブルマがここで生き残っていることはまだ理解できる。由良の姉の長良もスカートの下はブルマだし。

 

 ただそれは置いといて―――何故にランドセル?

 

 いや、多分機関ユニット代わりなんだろうけど、駆逐艦にランドセルは似合いすぎだ。

 

 前を行く五月雨の背中には、本体の革部分が擦り切れて塗装の剥げた、かなり年季の入った誰の物かも分からない赤いランドセルが揺れている。

 

 もちろん自分の背中でもへたれたランドセルとその金具が、由良の指示で方向や速度が変わる度しゃんしゃん、と音を立てた。

 

「五月雨、朝潮、第一戦速で深雪の左舷に出て、陣形変更、単横陣に。そうそう、いいんじゃない。最後に跳躍反転、そのまま陣形を崩さないでこっちに戻ってきて~」

 

 横並びの状態からぴょん、と跳んで180°回転。由良に向かって行進し、両舷停止の指示でその場に直立で留まる。

 

「う~ん、こうやって見ると艦隊機動自体には問題は無い、かな」

 

 訓練開始から約二時間、内心冷や冷やしながら参加していたのだが、ぶっつけ本番でも意外と何とかなるものだ。

 

 大分高く昇った太陽の光で、剥き出しの二の腕に浮いた汗の珠が輝いた。

 

 耳慣れない海軍の単語であっても、日本語なので意味は大体推測できる。しかも艦娘は船の形でなく女の子の姿。つまりやることは基本的に小中学校の行進練習と変わりない。

 

 最初しばらくは『両舷』という言葉に少し戸惑ったが、やがてそれがただの接頭語みたいなものだと気が付いた。超小型船舶である艦娘は海面で飛んだり跳ねたり進路変更も自由自在なので、船のように左右で主機の速度を変える必要が無く形骸化したらしい。

 

「だから陸上訓練なんて要らない、って言っただろ。ったく、こんなの陸軍がやることだぜ……」

 

 全身汗だくの深雪がぜ~は~言いながら抗議する。彼女も似たような赤いランドセルを背負っているが、一人だけ服装が違った。

 

「深雪ちゃん、何で潜水艦の制服着てるの?」

 

 そう、彼女は体操服にブルマではなく、潜水艦娘が着ているようなスクール水着に靴下だけ、という水中戦特化スタイル。

 

 見た目は小学校高学年くらいの深雪が、初夏にスク水姿なのはいいとして、そこにランドセルと靴下が加わると一気にいかがわしい絵図になってしまう。

 

「深雪だって知らね~よ。由良がこれを着ろって言ったから着てるだけだぜ」

 

 その真意は自分にも量りかねる。というか、言われたからって着る方もどうかと思うけど。

 

「だって深雪、昨日由良の命令を無視したあげく、イ級の上で遊んで皆を危険に曝したよね。本当なら軍法会議ものの案件だけど、この程度の懲罰で赦してあげるんだから文句言わないでね」

 

「にしたって、潜水艦の服着せてどうするんだよ?」

 

 『きゆみ』と書かれたスク水の胸のゼッケンを引っ張りながら突っかかる深雪。だぼついた水着の紺色の生地は、彼女の汗を吸って所々色が濃紺に変わっていた。

 

「うん、正確にはこれ、懲・罰ゲームだから」

 

 悪戯っぽく微笑みながらさらっと非道いことをのたまう由良。実はこの人、怒らせると怖いタイプなのか?

 

 まあ深雪の勝手な行動で、冗談抜きに水雷戦隊が全滅しかけた代償と考えれば、スク水羞恥プレイ程度は優しい罰なのかもしれない。

 

「ちなみに今日の陸上機動訓練は、あっちのカメラで録画しているの。いい映像が撮れたら海軍の宣材にしてもらうかもしれないから、みんな頑張って、ね」

 

 にこやかに衝撃の事実を告げる。

 

 彼女が指差す方向には夜間照明の柱の陰に隠れるようにして、三脚に乗った小型のビデオカメラがこちらをじ~っと見つめていた。

 

 いつの間にあんなものまで……前言撤回、明日は我が身だ。真面目に訓練しよう。

 

「さ、もう一回最初から始めるよ!!戦闘機動中に考えなくても自然に体が動くよう、徹底的に叩き込んであげるから!!」

 

 幼い駆逐艦といっても、艦娘は海軍所属の軍人だ。

 

 この際某ブートキャンプに入ったとでも思って、厳しいシゴキもある程度覚悟しなければならないだろう。

 

 ずり落ちそうになっていたランドセルを背負い直す。と、

 

「由良姉ぇ、ここにいたんだ!!」

 

 聞いたことの無い、少し高い少女の声が運動場に響き渡った。

 

 いや、聞いたことはある。ここに来る前、艦これのゲーム画面の中で。

 

 少し離れた運動場の入り口から、金髪のツインテールとスカートの裾を翻しながら、由良の制服と同じデザインのセーラー服を着た小柄な少女が駆け寄ってきた。

 

「阿武隈!!久しぶりじゃない。もしかしてあなたも横鎮に?」

 

「うん。今朝方急に軍令部から指令が下って、すぐに赴任して欲しいって身の回りの物と一緒に朝一の飛行機に放り込まれて。それでさっきパラオ泊地から着いたところなの」

 

 おかげでちょっと寝不足かも、ふわあぁ、と大きな欠伸をする阿武隈。確かに彼女の後ろには、オレンジ色の小さなキャリーバッグがちょこんと置いてある。

 

 彼女がここに来る原因になったのは昨夜の自分の建造結果なので、少し迷惑をかけてしまったかもしれない。

 

 しかし結局建造とは何だったのだろう。既にいる艦娘なら普通に異動要請でもいいだろうし、この世界がゲームでないのならランダム性を持たせる意味も無い。とすると、何か別の理由があるとでもいうのか。

 

 再会を喜びながら二人で盛り上がっていた由良と阿武隈だが、しばらくして自分たちを見つめる6つの瞳にやっと気が付いた。

 

「ひぇ―――やだあたし、自己紹介忘れてた?」

 

 うんうん、と自分含む三つの頭が動く。

 

 由良がほら、しっかりね、と阿武隈の背を押した。前に出た阿武隈はしばらくあわあわしていたが、やがて腹を括ったのかすぅ、と大きな深呼吸をする。

 

 そして改めてこちらに向き直ると、少し震えながらもびしっ、と敬礼の姿勢を取った。

 

 自分たちも姿勢を正し、敬礼して相対する。

 

「こ、こんにちは。本日付で横須賀鎮守府に着任いたしました長良型軽巡6番艦、阿武隈です。姉妹艦の由良姉ぇと一緒に、主に水雷戦隊を指揮することになると思います。く、駆逐艦の皆さん、よろしくお願いしましゅ―――します」

 

 あ、最後に噛んだ。

 

 さあっと運動場を吹き抜けた心地よい風に、彼女のお団子ツインテールが揺れる。

 

 敬礼を終えた阿武隈は、改めて屈託の無い笑顔をこちらに向けてくれた。

 

「深雪だよ。よろしくな、阿武隈!!」

 

「五月雨っていいます。よろしくお願いします。護衛任務はお任せください!!」

 

「朝潮です。こちらこそ、ご指導ご鞭撻よろしくです」

 

 おっとこれは不知火だった。まあ大した落ち度でなし、気にしない気にしない。

 

「朝潮……そういえばさっき司令部に寄った時、朝潮に渡してってFAXを受け取ったんだっけ」

 

 あるんだFAX。

 

 ごそごそと浅黄色のスカートのポケットをまさぐる阿武隈。そして四つ折りにされた二枚重ねの白い紙を差し出してきた。

 

 何だろう。もしかして昨夜金剛が言っていたT会とやらの招待状が届いたのだろうか。

 

 だとしたら不用心だ。下手をすると他の艦娘に、自分が提督であることも知られてしまう。

 

 紙を受け取り、恐る恐る折り畳まれたそれを開く。

 

 物見高い深雪と五月雨が何だよ朝潮にって、もしかしてラブレター?と近寄ってくる。いやそれは無い。

 

 二人に構わず、一枚目の紙をぱっと見て気になった単語を読み上げる。

 

「――――演習要請?」

 

「朝潮宛に?変なこともあるのね」

 

 由良と阿武隈も加わり、自然と円陣が出来上がった。

 

 この内容なら読み上げても大丈夫か。

 

『発 ラバウル基地提督  宛 横須賀鎮守府 駆逐艦朝潮

 駆逐艦演習要請

 明朝○九○○ヨリ、当ラバウル基地駆逐艦隊トノ海上演習ヲ希望ス

 回答急ガレタシ』

 

「急げって言われても、本当に急な話よね」

 

「深雪は大歓迎だぜ!!」

 

「ううっ、ラバウルですかぁ……白露お姉ちゃんとぶつかったり、その後一晩中敵に追い回されたり……あんまりいい思い出が無いです」

 

 反応は色々。

 

 紙をめくると二枚目は、相手駆逐艦隊の編成名簿だった。

 

 書かれた艦名は、『初春』『子日』『若葉』『初霜』『吹雪』『霞』……

 

「これを見ると、初春型の第二十一駆逐隊ベースの編成って感じかな」

 

 由良が呟く。

 

 だがそれよりも自分が気になったのは、『霞』の名前だ。

 

 朝潮型駆逐艦十番艦、霞。

 

 大日本帝国海軍の栄光から衰退まで、その全てを見守った艦。

 

 彼女の横で仲間は次々に沈んでゆき、乗船した司令官は敗戦の汚名を着せられ割腹自殺。

 

 自身も大和と一緒に連合艦隊最後の出撃に参加し、雲霞のように群がる米艦載機によって嬲り殺しにされるという悲惨極まりない最期を遂げた―――朝潮型の末妹。

 

 そのせいもあってか、霞の性格は螺旋階段もびっくりなくらい捻じ曲がり、提督に容赦のない毒舌を浴びせかけるキャラクターになってしまっている。最近ケッコンカッコカリでやっとデレたという話だけれども、Lv99までの道のりは遠く、途中で心を折られた提督も多い。

 

 彼女と朝潮たち第八駆逐隊との歴史的な関係は少ないものの、演習であれば霞との接触は避けられないだろう。姉の、朝潮の異変に気が付いてもおかしくない。

 

 と、突然編成表を見ていた深雪が大口を開けてだははは、と爆笑し始めた。

 

「深雪、どうしたの?」

 

「ははっ!!何だよこの、ラバウル第二艦隊『ヒャッハーズ』ってのは!!」

 

 ―――あ、誰がラバウル基地の提督か分かった気がする。


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