艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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任務3『ハ級標的デ練度向上!』

 

「今日はこの横須賀鎮守府海域で砲雷撃戦の訓練を行います。といってもここいらは民間船の航路にもなっているから、流れ弾が変なところに飛んで行かないようにね。しかも今回は実弾を使うわけだから、いつも以上に注意が必要なんだけど―――」

 

 横須賀鎮守府内、ドック前の海上では先に出港していた由良が待っていた。

 

 両手に単装砲を一門ずつ装着し、一回り大きな高出力の機関ユニットを背負った彼女は女子高生のような見た目もさることならがら、深雪たち駆逐艦とは存在感が違いすぎる。

 

 軽巡でこれなら重巡、戦艦は一体どれほどのものなのだろう。

 

「いっけるいける~!!早く戦いたいぜ~!!」

 

「もう、深雪ちゃん落ち着いて」

 

 そんな由良に対して無駄に自信満々な深雪が、手に持った12.7cm連装砲を振り回してアピールする。横に立つ五月雨は方針に当たらないよう体をかがめた。

 

 吹雪型の深雪の主砲は朝潮型に比べて砲身が短く、代りに本体がトーチカのように大きい。対して白露型の五月雨の連装砲は、自動小銃のように小さくてコンパクト。実際の口径でなく威力で武器の種類が分けられているとはいえ、駆逐艦の持つ連装砲の外見は多種多様だ。

 

 はいはいわかったから、と深雪をたしなめた由良は、立ったままの姿勢で海面を滑るようについ~とこちらに近づいてきた。

 

「朝潮、海に出たら少しは感覚が戻ったかな?」

 

「さっきよりは……」

 

 それは本当だ。

 

 五月雨に手を引いてもらいながらおっかなびっくり海面に立ってみたのだが、浪の揺れは多少感じるものの、実際には地面と変わらず二本の足でしっかりと水を踏みしめることができた。

 

 進む方法もスケートのように―――いや、転倒の恐れが無い分スケートより安定しているのだが、大胆に海面を蹴り、滑るようにして自在に動き回れる。通常の船舶と違って旋回半径も極端に小さく、急な加減速も陸上と同じような感覚で問題ない。

 

 まさに海を往く人型の艦艇。『艦娘』とは言い得て妙だ。水を得た魚のように、朝潮の身体は海によく馴染む。

 

「無線機の状態は?みんな聞こえる?」

 

「深雪、感良し!!」

 

「五月雨、感良し!!」

 

「あ、朝潮、感良し!!」

 

 うんうん、と頷く由良。そして懐中時計を取り出して時間を確認する。

 

「そろそろ頃合ね……」

 

 何が、と尋ねる間もなく軍港の出口、はるか沖の方からぽんぽんぽんぽん、と軽快な音が聞こえてきた。

 

 目を凝らしてやっと見える水平線に、ぽっぽっぽっと丸い煙球を煙突から吐き出して釣り船サイズの小さな船が進んでいる。その後ろから20mほど離れて黒い発泡スチロールの浮きのような軽自動車大の塊が二つ。塊は紐で繋がれて引っ張られているのか、同じ速度で並んで小舟を追いかける。

 

「あれが今回の標的―――って、これまで何度も模擬弾でお世話になってるよね。見ての通り鎮守府の海兵さんに曳航してもらっていけど、あの駆逐艦ハ級の模型二体が相手よ」

 

 そう言われて発泡スチロール塊をみると、剥き出しの大きな歯が並ぶ口と、駆逐艦ハ級の特徴である砲口みたいな単眼がペンキで描かれているのが分かった。大分歪んだ形をしているが、描き手の絵心の無さが逆に不気味さを演出している。

 

 深海棲艦……いつの間にか世界各地の海に現れ、船を、そして海の道を文字通り食い散らかしていった人類の仇敵。

 

 沈んだ船、沈んだ人の怨念から生まれた存在というオカルトじみた噂があるが、それも仮説の域を出ず。ただ分かっていることは、彼らが昏く深い海の底からやって来るということだけ。

 

 ゆえに深海棲艦。

 

「最初は3人で単縦陣での砲撃。陸に近いのと距離感に慣れてもらう意味から、水平射撃でしっかり当てて。次に由良が合図したら模型が船から切り離されるから、それに向かって単横陣で雷撃を喰らわせる。停船状態から魚雷発射と同時に回頭、戦域から離脱でお終い。簡単よね?」

 

「ぃよーしっ!横鎮に来てからこっち、模擬弾演習しかやってなかったから燃えるぜ!!」

 

「はい!あたし、頑張っちゃいますから!」

 

「……努力します」

 

 元気に答える駆逐艦二人に比べると、どうしても自信なさげになってしまう。

 

「そういえばこの中で、実戦を経験した人はいるかな?」

 

 何を思ったのか、由良が尋ねてきた。

 

「当ったり前だ!!呉にいた時、遠征先でイ級を2隻撃沈したこともあるぜ!!」

 

「撃沈はまだですけど、あたしも出撃したことはあります」

 

 朝潮の戦績は分からないのでここは黙っておく。

 

 由良は少し手を顎に当てて考え、

 

「うん、じゃあ旗艦は深雪にお願い。何かあった時に備えて由良は後ろにいるから、ちゃんといいとこ見せてよね」

 

「了解!!全艦抜錨、この深雪さまに続きな~!!」

 

 リーダーに抜擢されて舞い上がった深雪は、スカートの裾を翻し初っ端から両舷最大戦速。背中の機関ユニットからもうもうと黒煙を噴き上げて、後ろも見ずに海面を蹴って走り出す。

 

「行こう、朝潮ちゃん!!」

 

「う、うんっ!!」

 

 遅れないよう五月雨と一緒に、慌てて深雪を追いかけた。

 

「怪我しないようにね~っ!!」

 

 二つの主機で水を踏み込みたび小さな身体がどんどん加速され、後ろから気遣う由良の声がドップラー効果で低くなる。

 

 軽やかな駆動音を上げる背中の機関ユニット。全身に感じる海の風。波を蹴立てて進むと塩気混じりの飛沫が降りかかるが、艦娘には特殊な防護フィールドが張られているため、肌に当たる前にさらに小さな粒になって散っていく。

 

 そういえば訓練前に濡れた服を着替えさせられたのは、濡れた状態で機関ユニットを取り付けると、立ち上げ時に機関が水密区画の設定を誤認識してフィールドが上手く働かないからだとか。

 

 ほどなくしてトップスピードに到達。

 

 走るのを止め、目の前の五月雨がそうしているように少し腰を落とし、ぶれる砲身を少しでも安定させる。砲塔は言われた通り仰角0°、水平射撃の態勢。

 

 やがて目標が近づいて来た。浮きに描かれた駆逐艦ハ級、仮にA、Bとするか。ふとこちら向いたAの顔が、脳天に開いた単眼を歪めて嗤っているようにも見えた。

 

 ……何かムカつく。

 

『五月雨、朝潮、測距、主砲装填!!深雪さまに遅れるな―――斉射ぁっ!!』

 

 インカムを通して深雪の勇ましい声が聞こえたのと同時に、浪音をかき消す砲撃音が辺りに響き渡った。彼女はともかくこちらはまだ射程圏内に到達してもいないというのに、斉射もなにもあったものではない。

 

 音に遅れて模型の手前に二つの水柱が上がった。命中弾無し。

 

『ちぃっ、失敗したぜ。でもまだまだ~っ!!』

 

 すぐさま次の水柱が上がった。さっきより近いが命中弾なし。模型は砲撃で生れた波にあおられ大笑いを続けている。

 

『深雪ちゃん、全弾撃ったら怒られちゃいますよ!!次、あたしが行きます。たぁーっ!!』

 

 前で突っ込みを入れながら、深雪の砲撃が止んだところで続いて砲撃を開始する五月雨。

 

 二つの発射音。

 

『あれぇ!?』

 

 一発は至近弾。そして二発目は、なんとハ級Aの頭右半分を吹き飛ばした。

 

『やったぁ!!みなさん、見ててくれましたか?!』

 

 こんなに着弾がぶれるということは、手元がぶれていたか砲塔が仰角だったか。明らかにラッキーショットなのだけども、喜んでいる彼女に突っ込むのは野暮だろう。

 

 五月雨は嬉しそうに左手の12.7cm連装砲を掲げると、模型の横を通り過ぎて向こう側に消えた。

 

 そうしているうちに、やっと自分も有効射程と思われる距離に入った。だが普通に撃って当てる自信は無い。もっと近くで!!

 

「……敵艦発見、突撃する」

 

 マイクの感度以下でぼそっ、と呟く。自分で言ってみて気恥ずかしくなった。

 

 誤魔化すように右手の12.7cm連装砲の狙いを付ける。

 

 進む向きとしては、向こうから見て丁字有利。相手が攻撃してこない模型だからこそ、ゆっくり射撃する余裕もある。

 

 目標補足、両の目でしっかりと五月雨が破壊したのとは別な方、駆逐艦模型ハ級Bを見据える。汗の滲んだ右の掌で、連装砲の武骨なグリップを握りしめた。

 

「っ!!」

 

 手前に生まれた波がハ級Bを持ち上げ、その頂点で動きを止めた一瞬。

 

 人差し指でグリップの引き金を引く。

 

 自分では叫んだつもりだったが、咽から飛び出したのは声にならない空気の塊だけだった。

 

 どうん、どうん、と轟音が二回、腕を、鼓膜を、内臓を震わせる。反動で倒れそうになるが、なんとか姿勢を立て直す。火薬の焼ける酸っぱい匂いが鼻の粘膜を焦がした。

 

 当たったかどうかも確認できずに、そのまま模型の横を通り過ぎる。

 

『朝潮、二発とも命中を確認。いいんじゃない?!でもちょっと近づきすぎかな、ということで50点』

 

 由良先生は採点が厳しい。しかも当たりやすいように敢えて距離を詰めたのを見抜かれてしまった。

 

 去り際に横目で確認すると、砲撃で抉られたハ級Bの目玉は中の白い発泡スチロールがのぞき、笑い顔が泣き顔に変わっている。いいざま。

 

 模型の向こう側には深雪と五月雨が機関をアイドリングさせて待機していた。

 

「凄いな~、もういつもの朝潮ちゃんだね!!」

 

「ああ、うん……」

 

 喜んでくれる五月雨に生返事を返す。

 

「ぐぬぬぬ……!!」

 

 対して命中弾が無かった深雪はふくれっ面で唸っている。睨まれているっぽいのは気のせいだよな。

 

 ゆっくりと水面を滑り、速度を落として二人の隣に並ぶ。これで指示通りの単横陣。

 

『次、雷撃戦準備。ロープ切り離してください!!』

 

『イエス・マム!!』

 

 インカムから由良の指示と、ポンポン船に乗っているであろう海軍兵士の威勢のいい声が聞こえた。すぐに目の前を横切る壊れかけの二つの模型が推進力を失い、慣性だけでゆったりと漂い始める。

 

「各艦、魚雷発射体勢取れ。チクショー、今度は汚名挽回だぜ!!」

 

「ええっ、深雪ちゃん挽回しちゃうの?!本当にいいの!?」

 

 漫才みたいな掛け合いをしながらながらも、魚雷発射管を構える二人。

 

 深雪は水面に片膝をつき、両太ももにバンドで固定された3連装の魚雷発射管二つを海面に向ける。

 

 五月雨はその細い体に似合わない巨大な4連装魚雷管、機関ユニットと一体化したそれをぐいんと動かして、まるでサソリの尻尾のように自分の横に巡らせた。

 

 小さな身体に大きな魚雷、とは朝潮型2番艦大潮の台詞だが、比率から言えば五月雨の方がよっぽど大きな魚雷を背負っている。

 

 自分も魚雷を、と姿勢を整えようとする。が、左手に装着した4連装の魚雷発射管を見て動きが止まった。

 

 どうやって発射すればいいんだ、これ?

 

 連装砲での砲撃はグリップに引き金も付いてたし、見よう見まねで何とかできた。

 

 でも魚雷は―――魚雷の撃ち方は同型艦ではない深雪と五月雨を見ても参考にならない。

 

 どうする?どうしよう?

 

 魚雷は水中を進むから―――そうだ!!

 

「深雪は先頭の奴を狙うから、五月雨は真ん中あたり、朝潮は後ろ側の奴を狙ってくれよな」

 

「それだと深雪ちゃんが一番当たりやすいよ。一人だけずるい!!」

 

「旗艦は深雪なんだぞ!!」

 

「ぶぅ~っ、深雪ちゃん横暴!!そう思わない?朝潮ちゃ―――あ、あれ―――朝潮ちゃん何やって―――」

 

 五月雨がこちらを見て不思議そうな顔をしている。

 

「何って、魚雷の発射準備を―――」

 

「うわっ、朝潮お前それ!!」

 

「へ?」

 

 チチッ、と何かの起動音。それと同時に魚雷発射管を装備した左手が、思いっきり水中に引っ張られた。

 

「わっ、わわわわわわわっっっっっ!!!!!」

 

 何とか足を踏ん張って水底に引きずり込まれるのは免れたが、今度は海に浸かったままの左手の魚雷が一斉に小さなスクリューを回転させて進み始める。

 

 ぶしゅう、と泡の渦が巻き起こり、一度は立ち直った体勢が崩れ、びたん、と海面に腹をしたたかに打ち付けた。

 

 幸いフィールドのおかげで濡れることは無かったが、今度はそのままの姿勢で模型の方に向かってずりずりずりと曳航されていく。

 

『深雪っ、見えないけどそっちで何かあったの!?』

 

『あ、朝潮が魚雷を魚雷発射管ごと海に付けて―――それで一緒に発射されちまったっ!!』

 

『はぁぁぁっ!?』

 

 由良が心底呆れた声を上げた。お姉さん然として冷静な彼女がこんな声を出すんだ、と意外に思ったが、今はそんなことを言っている余裕は無い。

 

『朝潮、聞こえてる?』

 

「はっはいっ、感良しです!!」

 

『それはいいから、どういうことなのかな!?』

 

「ぎょ、魚雷を発射しようとして、その、発射体勢が分からなくて……」

 

『それで魚雷管を直接海に入れちゃったの!?』

 

「そう、です……」

 

 インカム越しに由良が絶句するのが分かった。そうしている間にも模型のハ級がぐんぐん近づいてくる。

 

『朝潮、魚雷発射管は水に浸けて使うものじゃないの。方向だけ決めて発射すれば一旦沈んで調定深度に達した後、目から投射時に入力された情報に従って自動的に姿勢制御、目標に進んで行ってくれる』

 

 よく分からないけれども、つまりは余計なことをしてしまった、ということか。だとしても、

 

「それよりどうしたらいいんです、これぇっ!?」

 

 薄い胸の下で波がぴしゃぴしゃと跳ねる。引きずられながら知らない内に泣き声のような悲鳴を上げていた。

 

『落ち着いて。由良も朝潮型の魚雷発射管については詳しくないけれど、多分朝潮がよく分からずに魚雷を発射しようとしたから、諸元入力が混乱しているんだと思う。魚雷発射はトリガーじゃなくて艦娘の意識制御で行うから、朝潮が魚雷だけを発射しようと念じれば切り離せるはず』

 

 由良もすぐに向かうから、と付け加えて通信は切れる。しかし間に合うだろうか。標的はもう目の前だ。

 

 とにかく言われた通り、魚雷を切り離さなければ。魚雷発射魚雷発射魚雷発射……。

 

「魚雷このっ、飛んでけっっっ!!」

 

 無我夢中で叫んだ瞬間、ふっ、と左手が軽くなった。

 

「外れたっっきゃんっっ!!」

 

 加速度がついたままで体勢が崩れたため、こんどはもんどりうって水面を転がっていく。

 

 一瞬視界に魚雷の航跡が模型に到達する光景が映った。そして何やら叫んでいる深雪と五月雨の顔も。

 

 この距離では逃げられない。模型の爆発に巻き込まれるのは必至。

 

 轟沈の二文字が脳をよぎる。

 

 ここで死んだら自分の墓には『朝潮』って書かれるんだろうな。それって中の人的にはどうなんだろう?

 

 そんなどうでもいいことを考えながらぼんやり見上げた空、瞳の中に人影が映った。

 

 この期に及んで新発見……どうやら天使の髪型はサイドポニーだったらしい。

 

「朝潮っっっっ!!」

 

 突然伸びてきた白い腕のおかげで転がる体が止まった。というか、ウエスタンラリアットの要領でその腕が自分の柔らかいお腹に食い込んだ。

 

「くはぅっ!!」

 

 横隔膜が押し上げられ肺の中の空気が絞り出される。あやうく胃の中身までも出てしまいそうになったが、それは何とか押し留めることができた。

 

 直後、

 

どむんっっ!!

 

 くぐもった炸裂音が響いたかと思うと、先ほどの砲撃とは比べ物にならない大きな水柱が立ち昇る。少し遅れて雨、いや爆発で空に巻き上げられた海水と、粉々になった発泡スチロール、元駆逐艦ハ級の模型が降り注いできた。その破片の一つが頭に当たった。

 

「あいたっ……て、生きてる……」

 

 そこで初めて、誰かに抱きかかえられていることに気が付いた。自分より背の高い、浅黄色のセーラー服を着た紫髪の女性。

 

「由良……さん?」

 

 爆風に煽られたのか、彼女の髪は毛先が少し縮れてしまっている。

 

「朝潮、無事?怪我は無い?」

 

「う、うん……」

 

「良かった!!」

 

 むぎゅっ、と由良の胸に抱きしめられる。セーラー服の胸に顔が押し付けられ、その柔らかい優しい匂いに体中が包まれる感覚。身体は女同士のはずなのに、まるで異性の抱擁を受けたかのように心がきゅんっと踊った。

 

「朝潮っ!!」

 

「朝潮ちゃんっ!!」

 

 深雪と五月雨が、文字通り海面を走ってくる。

 

「良かった~っ!!朝潮ちゃんっっ!!」

 

 そのままの勢いで五月雨が泣きながら飛びついて来た。彼女の顔は既に涙でぐしょぐしょだ。それにつられたのか、自分も瞼がじわっと熱くなる。

 

「心配したんですから!!朝潮ちゃん、あたしよりドジなのは止めて下さい!!」

 

「……ごめん、五月雨」

 

 というか自分がドジ基準なのか、この子。

 

「朝潮、訓練だからって気を抜いてると痛い目に遭うぜ。深雪だって演習で……演習で電が……来るなっ、こっちじゃないっ、やめてぇぇぇっっっっ!!」

 

 言葉の途中でらしからぬ悲鳴を上げ、蒼い顔でガタガタと震えだす深雪。

 

 彼女には演習中、暁型駆逐艦4番艦の電に激突され、船体を真ん中から真っ二つにされ深/雪になったあげく開戦前に轟沈、という悲惨な過去がある。どうやらそのトラウマスイッチをONにしてしまったらしい。

 

「でも由良さん、凄かったです。いきなり空から現れて朝潮ちゃんを助けるなんて」

 

 五月雨が姉のような女性に羨望の眼差しを向ける。

 

「迂回してだと間に合わないかもしれなかったから。それにちょうど二人が連装砲を命中させてくれていたおかげで、模型の足場には困らなかったのよね」

 

 結果オーライでいいんじゃない?と当の由良は飄々としている。

 

 これが軽巡と駆逐艦の圧倒的な差か。いや、由良個人の資質なのかもしれない。軽巡にも夜戦バカやら艦隊のアイドルがいるし。

 

「さて、と。標的模型もバラバラになっちゃったし、今日の訓練はこれでお終いにしようかな。皆それぞれ自分の問題点が見えてきたでしょうから、それを次回までに解決……」

 

 抱き締めていた腕を離し、頬に付いた煤を拭って由良が立ち上がったその時、

 

ピピーッピピーッピピーッピピーッ!!

 

 いきなり全員のインカムから危急を告げる不快なビープ音が鳴り響いた。

 

『訓練中の皆さん、聞こえていますか?こちら横須賀鎮守府司令部、聞こえていますか?』

 

「鳳翔さん?」

 

 いつもおっとりした喋り方の彼女にしては妙に焦っている。嫌な予感がした。

 

『つい先ほど、帝都の防空警備隊から緊急入電がありました。房総半島の相模灘沖、約30kmの海域にて所属不明の艦影3を認める。艦種識別反応無し。信号弾にて警告行うも応答無し。肉眼観察にてこれを駆逐艦級の深海棲艦と確認。横須賀鎮守府、至急対処されたし』

 

それを聞いた由良の顔が難しくなる。

 

「駆逐艦級って、もしかして引き継ぎ資料にあった……」

 

『はい。ここ一か月ほど運休していましたが、間違いありません―――』

 

 鳳翔さんは一息入れ、重々しく宣告した。

 

『―――帝都急行です』

 

 


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