艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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任務5『第二一駆逐隊、帝都ヘ』

 

 

 関東平野から太平洋に向かって突き出された千葉県房総半島と神奈川県三浦半島。そこに挟まれた幅20km弱の浦賀水道は、外洋と東京湾を結ぶ唯一の航路だ。

 

 そのため浦賀水道と東京湾の接続域に位置する横須賀鎮守府正面海域は、帝都東京を目指す大型客船や輸送貨物船などが頻繁に行き交う賑やかな海となっている。

 

 だが、ここは同時に帝国海軍の海でもあった。特に横須賀港と対岸にある富津港を結んだ周辺海域は海軍艦艇や艦娘が緊急出動できるよう航行優先権が設定されており、民間船舶はこの場所を警報に注意しつつ速やかに通過するよう通告されていた。

 

 要するに警察や消防署前の白い網かけ道路みたいなものだろうか。

 

 もっとも回避義務は原則的に小型船舶の方にあるので、一番小さな艦娘は全ての船舶を避けて航行する必要があるのだけれど。

 

『逃しはせぬぞ朝潮!!』

 

 インカム越しに怒号が鼓膜に突き刺さってきた。

 

 背後から迫る鬼気をひしひしと感じながら無数の漁船や貨物船の間、驚いて顔を出してきた船員たちの鼻先スレスレを第二戦速で素早くすり抜けていく。

 

 掻き乱された潮風との間に生まれた乱気流で、グレーの吊りスカートの裾がバタバタと騒ぐ。下着が見えてしまうかもしれないと心配するのは今さらだろうか。

 

『先の演習で受けた屈辱-――ここでは、ら、さ、で、おくべきか~っ!!』

 

『子日、反撃の日~!!』

 

『この瞬間を待っていた!!』

 

 ラバウル基地駆逐隊の初春、子日、若葉の三人は演習開始の合図と同時に、12.7cm連装砲の砲身も焼けよとばかりにペイント弾を全力斉射しながらこちらに突っ込んできた。

 

 もはや戦術や戦法がどうとかいう問題ではない。

 

 彼女たちのあまりに無謀な捨て身突撃に対し、とにかく遮蔽物を挟みながら尻尾を巻いて逃げることしかできなかった。

 

「それで朝潮は、このあとどうするつもりなのかしら~?」

 

 黒スパッツを穿いた足で之字回避運動を続けながら器用に船舷を寄せてきた荒潮が、ふふっと意味ありげに笑う。

 

 横須賀鎮守府正面海域は一般航路も兼ねているので、演習を行う際はオープンチャンネルが原則。なのでこうしている間も怨念の籠った初春たちの声が、おろろんおろろんとイヤホンから垂れ流しになっている。

 

「あいつら二一駆は全員旧式だけど、船足はバカにできないわ!!」

 

 すぐ傍を通り過ぎた客船の作り出した大波を跳ね飛ばしながら、反対側から寄せてきた満潮が毒づいた。彼女の頭の両脇でお団子から垂れた髪の房が吹き流しとなってスカートと一緒に暴れている。

 

「進路をあんなガラクタが邪魔してるし、このままだと追いつかれるのは時間の問題よ!!」

 

 彼女の視線を追う。

 

 自分たちの向かう先、コンクリートと煉瓦でできた残骸の群れが海面から顔を出していた。

 

 あれは『第三海堡』の遺構だ。帝都防衛に作られた、三葉虫の形をした縦250m・横150mの人工砲台島。

 

 浦賀港から富津港にかけて東京湾口を塞ぐように横一列で三つの海堡が建造されており、東から順にそれぞれ第一、第二、第三海堡と名付けられている。しかし第三海堡は完成した2年後の大正12年、関東大震災で崩壊海没し、わずかに残った構造物が船にとって危険な暗礁と化していた。もちろん自分たちも普段の訓練では、安全マージンを取り絶対に近づかない。

 

 今さらそれを指摘してきた彼女の言わんとすることを理解する。あれを上手く使え、と。

 

「ありがとう、満潮」

 

「ふんっ!! せっかく三対三、八駆と二一駆の真っ向勝負なんだから、つまらない戦略立てないでよね!!」

 

 そう言うと満潮はぷぃ、とそっぽを向いた。

 

 飛鷹と隼鷹がラバウル基地から連れてきたのは、横須賀鎮守府との再戦を強く希望した三名だ。残りの吹雪と初霜は改二への改装準備で動けず、霞はそれに付き合っているのだとか。

 

 立ち合う上位艦種は軽巡の由良と阿武隈、軽空母の隼鷹。人数が合わなくなるので深雪と五月雨はお休みで、他に新規着任した司令艦二人が観戦している。

 

 当のラバウル基地司令である飛鷹いないのは気になるが、隼鷹が二日酔いで使い物にならなかった前回と違って今回はほろ酔い程度らしいので大丈夫なのだとか。

 

「あらあら大変。だったらあれも使ってみるかしらぁ?」

 

 荒潮が目くばせして誘導した先には、第三海堡の向こう側の水路をゆっくりとこちらに進んでくる塗装が剥げかけた古い大型タンカーの姿。

 

 瞬間、二人のくれた情報を元に戦い方が組み上がる。

 

「満潮、荒潮――自分が先行するから、あの時と同じで!!」

 

「二一駆となら、あれね!!」

 

「素敵なこと考えるわね。うふふふ……」

 

 単横陣を梯形陣に変え、第三海堡に進路固定。ちら、と後ろを確認すると、初春たちは単縦陣のまま真っ直ぐこちらに向かって来ていた。

 

 気づかれないよう少し船速を落とす。

 

 追って来ればいい……このまま目標海域まで誘い込む!!

 

『おおっと朝潮、座礁して白旗なんてことになるなよ~!! ひゃっは~!!』

 

『隼鷹さん、一升瓶それで三本目ですよね!? ね!?』

 

『まぁまぁ飛鷹みたいにかたいこと言うなって……あ、あれ……由良が2人に見えるよ……ひゃっはっはっは!!』

 

 上空で大きく旋回しながら演習を監視する隼鷹の彩雲が、彼女の笑い声に合わせてガクガクと機体を震わせる。

 

 そのさらに上層、隼鷹のものとは別の細い胴体を持つ機体が豆粒のように小さく見えた。艦上型試作景雲―――正規空母瑞鶴の操る最新鋭の高々度試作艦上偵察機だ。

 

 でも、誰が見ていようと関係ない。私たち第八駆逐隊は負けないんだから!!

 

 波を蹴立てて直進するうちに、構造物群がぐんぐん近付いてきた。

 

 海面に顔を出し無数に屹立するそれは、まるで打ち捨てられたストーンヘンジのよう。

 

 しかし波に隠れて見えない水面下には、見える残骸以上に危険な瓦礫が散らばっているはず。

 

 海面を滑るように移動する艦娘の座礁は、普通の船のそれとは少し違う。

 

 背中の機関ユニットから発生した生体フィールドが、主機を通じて足元の水中に形成する『疑似排水限界』-――艦娘が海面に立つ浮力の根拠ともなり、推進力を生みだす不可視の力場は、半円球のドーム型形状が維持されている時に最大パフォーマンスを発揮するようになっている。

 

 例えるなら二つに割ったスイカの半分を海に沈め、赤身のちょうど真ん中にいる艦娘が見かけ上海面に立っているふうに見えるようなものだ。

 

 そんな『疑似排水限界』の力場形成半径は、元になった艦の排水量と艦首形状を反映し駆逐艦で短く、大型艦になるほど長くなる。

 

 ドーム半径内に異物が入り込み力場が形成不全になると、浮力と機関出力が著しく低下して最悪行動不能に陥る。

 

 それが艦娘の座礁。

 

 特に戦艦や空母など排水量の大きい艦種は重い艤装と武装を浮かせるため巨大な『疑似排水限界』を必要とし、そのため座礁しやすく力場に接触して爆発する魚雷の『当たり判定』も大きい。

 

 逆に駆逐艦は重い荷物を積めない分必要な『疑似排水限界』も小さくなり、座礁しにくく魚雷も当たりにくい。

 

『背水の陣のつもりかや? わらわたちに有利な暗礁海域に逃げ込むとは、あまりに浅薄!! このまま姉妹共々始末してくれる!!』

 

『無駄無駄無駄ぁ~!!』

 

『玉砕覚悟の無謀な戦いか……だが悪くない!!』

 

 ペイント弾で染められた水柱がこちらの進路を制限するかのように、艦隊の両脇で次々と立ち上がった。

 

 初春の言葉は正しい。

 

 同じ駆逐艦級艦娘とはいえ、軍縮条約に縛られた彼女たち初春型は睦月型と並ぶ排水量1400tの小型艦だ。

 

 一方条約失効を見越して開発された自分たち朝潮型は後の陽炎型・夕雲型へと続く決戦型駆逐艦のプロトタイプなので、その排水量も2000tと大きい。

 

 だから船の『喫水の深さ』に相当する『疑似排水限界』半径の短い初春型の方が、水深が浅く座礁しやすい海域では朝潮型より有利-――そう考えてくれればやり易い!!

 

「散開っ!!」

 

 沈んだ第三海堡の領域に入る直前で、さっと両腕を開く。すると満潮と荒潮が暗礁を回避するかのように、砲撃を抜けてぱっと両翼に散った。

 

『初春~朝潮たちが三手に分かれたよ~』

 

『こちらも分散するなら対応可能だ』

 

『うふふっ、わらわには見える……大方朝潮を追って暗礁に入れば、反転した彼奴らが袋の口を閉じるように挟撃してくる……じゃが捨て置けい!! 全艦進路このまま!! 朝潮を追撃し、そのまま暗礁海域を突破するのじゃ!!』

 

『にゃっほい!! はりきっていきましょう!!』

 

『やるな……初春!!』

 

 彼女たちの殺気と共に、砲撃の狙いが自分に集中してきた。色付きの水柱がすぐ後ろに迫り、主機の生み出す白い航跡を叩く。

 

 暗礁に追い込めばがこちらが先に減速しなければならず、容易に撃破できる。さらに満潮と荒潮が反転攻勢をかけてきても、その前に暗礁を抜けてしまえば今度は身動きが取れなくなった二人を狙い撃ちできる。

 

 普通の艦船同士の戦いなら!!

 

 第三海堡の残骸群がぐんぐん大きくなる。

 

 出力上昇――背中で機関ユニットの上げる駆動音が一段と騒がしくなった。

 

『さらに速度を上げたじゃと!?』

 

『どういう意味だっ!?』

 

『危険だよぉ~!!』

 

 後ろの三人の声色が困惑に変わる。

 

 しかし構わず暗礁群の中に突っ込んだ。

 

 -――ごごりっ

 

「っ!!」

 

 早速『疑似排水限界』が何か硬いものに接触した感覚で全身が震えた。陽光の隙間に海砂と共に舞い上がる遺物らしい錆びた破れ鍋と煉瓦の破片が見えた。

 

 足元の浮力が失われ体勢を崩しそうになるが、直前に上げた機関出力が生み出す推力で、無理矢理全身を引き上げる。

 

 次は海面に突き出した崩れたコンクリートの支柱、真正面!!

 

「ったっ!!」

 

 波に洗われるその根元を思いっきり蹴っ飛ばした。

 

 触れたところから生体フィールドがアースされ放散、一瞬浮力が完全に消え去る。けれど足が支えてくれるので沈まない。

 

 そのまま跳躍。海面に足が着いたのと同時に、まるでプールに飛び込んだ時のようにざぼんと飛沫が上がって全身が沈んだ。

 

 しかし海中に『疑似排水限界』が再形成されると、すぐに浮力が戻り走行を再開。以前深雪が五月雨を助ける時にやっていたのと同じ方法。

 

 力場が海底を擦るのを振り切り、建物の残骸を踏みつけながら、速度を落とすことなく廃墟の森の中を駆け抜けていく。

 

 これが艦娘―――船であり人間である兵器の特性。

 

『おっ、朝潮の八艘飛びかっこいいなあ!! でも危ないから良い子は真似すんなよ~』

 

『で~きぬわっ!! 』

 

 インカムから聞こえる隼鷹の茶々に初春が吠えた。

 

『子日、若葉、わらわと手を繋ぐのじゃっ!! まだまだ……この程度では止まれぬぞっ!!』

 

『うむっ、悪くない!!』

 

『でも変だよぉ~。満潮と荒潮はどこに行ったのかな~?』

 

『なんぞ企んでおるのかもしれぬが、今はここを抜け出すことを考えよ!!』

 

 どうやらあちらは海底に接触しても大丈夫なように、『連環の計』で互いの浮力を補い牽引し合いながら進むらしい。そういえば赤壁の戦いは喫水の浅い船での話だったか。

 

 古式な彼女らしい選択だ。でも、賢明でもある。速度を落とせば暗礁の中で狙い撃ちにされることを理解しているのだろう。

 

 向こうが進むのに手間取っている間に第三海堡領域を抜けた自分の前には、ゆるゆると航行する先ほどのタンカー。その長い船体はまるで海上に作られた巨大な鉄の壁だ。

 

 主舵一杯!!

 

 タンカーの腹にぶつかる直前で進路を右に取り回避すると、そのまま船体に沿って南下し船尾の方を目指す。

 

 やがて壁が途切れた。

 

 今度は取り舵。

 

 大型船用のスクリューが生み出す背の高い紺碧の大波に対して、主機の爪先を直角に立て突っ込む。足元で激しい水飛沫が上がり大波が砕け散った。

 

 

 谷になったタンカーの航跡に入り込むと、すぐさま目の前に右舷スクリューが生み出した次の大波が迫る。

 

「――やぁっ!!」

 

 主機を履いた足で思いっきり蹴り上げると、『疑似排水限界』の干渉を受けた波が弾け飛んだ。

 

 二つ目の波も突破。

 

 しかし当て所を誤り砕き損ねてしまったのか、波に乗り上げたままスキージャンプの要領でうっかり空中に飛び出してしまった。

 

 想定外の事態で姿勢が崩れ、前のめりのまま顔面から着水しそうになる。

 

「まだまだね……」

 

 横から伸びてきた小さな満潮の手が左腕を捉え、握りしめられたかと思うとぐぃ、と引き寄せられた。おかげで何とか足から無事に着水し、ほっと一息つく。

 

 いったん別れ、相手を引き付けたところに再び合流しての攻撃。姉妹だけに通じる符丁を察した彼女は、上手くタンカーの陰に回り込み待っていてくれたらしい。

 

「やっぱり私がいなきゃ話にならないじゃない!!」

 

「満潮―――」

 

「礼ならいいわ。さっさと終わらせるわよ!!」

 

「うふふふふ……もうすぐ獲物が罠にかかりまぁ~す」

 

 いつの間にか隣に立っていた荒潮が嬉しそうににぃ、と口角を上げる。

 

 この子もあの高揚感を思い出しているのだろうか。姉妹四人で敵水雷戦隊を撃退したバリ島沖の戦いを。

 

 よく見ると満潮も、口元に薄っすらと不敵な笑いを浮かべている……多分、今の私も二人と同じ顔をしているのだろう。

 

『くっ、この波は何ぞっ!?』

 

『船体が安定しないだと!?』

 

『タンカーだよぉ!! 舵が効かないよぉ~!!』

 

 第三海堡の残骸を飲み込まんばかりに打ち寄せたタンカーの大波に巻き込まれ、逆に身動きの取れなくなった初春たちの上げる悲鳴がインカムから聞こえる。

 

 小型で軽量な初春型駆逐艦の弱点。

 

 それは凌波性と復元性の圧倒的な欠如だ。

 

 彼女たちは喫水が浅いため座礁しにくいがその分船体が波に翻弄され易いという、元になった船と同じ欠陥を抱えてしまっている。笹船にジェットエンジンを積んでも台風を越えられないのと同じく、体が軽いという根本的な問題は機関出力でどうこうできるものではない。

 

 今の初春たちにとって、大型船舶の作り出す波は大時化の海のようなものだ。

 

 波間に揺れ動く薄紫、ピンク、茶色の小さな三つの頭が覗く。

 

「右舷前方、敵艦隊発見!!」

 

 ジャッ!!ジャッ!!ジャッ!!

 

 三つの腕に三つの12.7cm連装砲、計六門の砲口が狙いを定める。

 

「調子に乗って誘い込まれて、バカね。その先にあるのは地獄よ!!」

 

「逃げられない、って言ったでしょう?」

 

「―――主砲、一斉掃射!!」

 

 全く同時に響く発砲音が天を貫く。

 

 飛び出した色とりどりのペイント弾が、もはや標的艦となった初春たち三人の体に次々と叩き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんで朝潮達に勝てんのじゃ~っ?!」

 

「民間船の陰に隠れて砲撃するなんてひどぉい!!」

 

「無念、だ……」

 

「洗ってる時は口閉じとかねぇと、陸に上がってから中に入った水で溺れるぜぇ~!! まぁ勝つも負けるも勉強だ。かっはは~!!」

 

 演習が終わり軍港内に退避してもまだ不平の声をあげ続けるラバウル基地駆逐隊の少女たちに深雪と五月雨、そして由良が持つホースから大量の海水が容赦なく浴びせられる。

 

 服も艤装も素肌も関係なく、演習用ペイント弾の水性インクで全身べっとりマーブルに染め上げられた三人の姿は、まるでスペインのトマト祭りに巻き込まれた被害者のようだ。

 

 民間船に付着する可能性のある演習弾のインクは、すぐに洗い流せて自然分解される有機塗料が望ましい。ということで、インクの主成分は野菜ジュースらしい。

 

 初春たちの見た目は悲惨なことになっているが、生体フィールドの上に塗料がのっかっている状態なので水をかければ簡単に落とせる。しかも着ている服も汚れない。

 

 

「んぅぅ……もぅ、追いかける時は『追いかけさせられてる』可能性を忘れたら駄目でしょぅ!! 第一水雷戦隊の名が泣きますよ!!」

 

 責任者のはずの隼鷹は、中身の半分減った一升瓶を手に敗北を笑い飛ばしていた。その一方でバスタオルを持ったまま洗い終わりを待ち構えている阿武隈は、いつもと違った激しい語調でぷりぷりラバウルの駆逐艦少女たちに説教している。

 

 そういえば『あの戦争』での阿武隈は、長らく第二一駆逐隊の所属する一水戦で旗艦を務めていたのだったか。

 

「ただでさえ初春型は単純な性能で劣っているんですから、開始直後に強く当たれば後は流れで勝てるほど甘くないんですよぅ!!」

 

「子日、はんせぃ~」

 

「くっそぉ……」

 

「初霜たちに合わせる顔が無いのぅ……」

 

「でも、皆さんが勝ちたいという気持ちはちゃんと伝わってきたわ。あとは勝利への道筋が必要なんです!! 今日の演習報告書はあたしもチェックするから、それを踏まえた改善点を一人三つずつ書いてくること!! いいよねっ!?」

 

『了解!!』

 

 阿武隈の短評に海水を滴らせながら三人が敬礼を返した。

 

 いつもは由良の妹キャラの彼女がお姉さん風を吹かせている様子は、ちょっと新鮮かもしれない。

 

「で、どうだい新入りさん方。艦娘の戦闘を見た感想は?」

 

 初春たちの洗浄が終わったのを確認した隼鷹は、後ろで観戦していた丹陽と瑞鶴に水を向けた。

 

「すっごいですっ!! あんなに自由に海の上を走れるなんて丹陽、感動しましたっ!!」

 

「い~ねぇい~ねぇ!! 隼鷹さん、ノリのいい子大好きだよ!!」

 

 まん丸な目をキラキラさせて見上げる雪風こと司令艦・丹陽。その頭を隼鷹がくしゃくしゃと荒っぽくなでると、丹陽は嬉しそうに目を細める。

 

「よ~し、なんなら今から演習に参加してみるかい?」

 

「はいっ!! 丹陽、いつでも出撃できますっ!!」

 

 小さくガッツポーズでアピールする彼女。その白い水兵服の裾を、丹陽とは対照的な黒いセーラー服姿の背の高い少女がつぃと引いた。お下げに編んだ彼女の長い黒髪の先で、深紅のリボンがぴょこりと跳ねる。

 

「あっ、なんでしょう時雨さん?」

 

「丹陽。艤装の慣らしも十分終わらないうちから無理をするのはどうだろう」

 

 どこか遠くを見るような空色の瞳から、優しい視線が彼女より背の低い丹陽に降り注ぐ。

 

 白露型駆逐艦2番艦『時雨・改二』――かつて『佐世保の時雨』として『呉の雪風』と並び称された幸運艦。そして『あの戦争』では山城、満潮と共にレイテで戦い唯一生還した彼女は、司令艦・丹陽の秘書艦として横須賀にいた。

 

 先日の提督会の散会前、電が丹陽と瑞鶴に『よろしければ二人には、呉鎮守府にいる駆逐艦の誰かを補助として付けるのです』と提案した。

 

 純粋にサポートのつもりか、新人司令艦の監視と取り込み……もしくはその両方か。

 

 けれど鎮守府に駆逐艦がいなければ、乏しい配給資源による自然回復だけではまともに艦隊運用ができないもの事実だった。

 

 特に瑞鶴は燃費が良い方とはいえ正規空母。

 

 今から自前で駆逐隊を建造・編成し訓練する手間を考えると、この電の提案は利益の方が多いように思えた。

 

 が、当の彼女は『結構よ』と固辞。

 

 一方の丹陽は『はいっ!! じゃあ一番強い駆逐艦を下さいっ!!』と遠慮の欠片も無く叫ぶ。

 

 一瞬いつも冷静で計算高い電の浮かべた、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は忘れられない。

 

「絶対、大丈夫!! 丹陽は沈みませんっ!!」

 

「……まぁ、いいさ。なら僕も一緒に参加することにしよう」

 

「時雨さん!! ありがとうございますっ!!」

 

 外見年齢不相応に飄々とした空気を纏った時雨は、喜ぶ小さな提督にふふっと微笑みかけた。

 

「よ~し、俄然面白くなってきたねぇ。で、さっきから立ったまま寝てる正規空母さんはどうするよ、っとぉ!?」

 

 挑発するように隼鷹が自分の紫トゲトゲ頭で迫ると瑞鶴は眼を閉じたまま、無言でそれを遮るように左肩の巨大な飛行甲板をすぅと水平に突き出した。

 

 すると空から沢山の破裂音を重ねたようなけたたましい航空機エンジンの駆動音が聞こえてきたかと思うと、彼女の甲板にスマートな飛行機が舞い降りる。

 

 隼鷹の彩雲の、さらに上空を飛んでいた艦上偵察機『景雲』だ。完全に着陸した景雲はエンジンを止めると、そのまま甲板に吸い込まれるようにして消える。

 

「見せてもらったわ。やるじゃないの……『私たち』はそんな感じで戦えばいいのね」

 

 艦載機の御霊を無事収納し終えた瑞鶴は、隼鷹を無視してずぃ、とこちらとの距離を詰めてきた。

 

 身長差のせいで、ちょうど隆起の少ない胸当てに書かれた『ス』の白文字が目の前に突きつけられる。

 

「でも言ったはずよ。私の方が素人のあなたたちより上手く戦える、って」

 

「-――ッ!?」

 

「おおっと瑞鶴選手、朝潮を名指しで宣戦布告だぁっ!? 正規空母がちっこい駆逐艦相手に喧嘩売っちゃったぜ!! 」

 

 険悪な空気が流れそうになったところで、タイミングよく隼鷹が乱入してくれた。

 

『司令艦』として自分と瑞鶴は対等なのだが、知らない者が見れば下校中の小学生を脅す女子高生の図。

 

「これが栄えある五航戦のやることかねぇ? か~っ、大人げねぇっ!!」

 

 わざとらしく首を振って嘆いて見せる。

 

「ちょっと!! 私はそんなつもりじゃ―――」

 

「……それとも、これがあんたの言う『海自』流なのかい?」

 

 周りに聞こえない声で隼鷹が囁くと、さっきまで勝ち誇った表情を浮かべていた瑞鶴の顔に動揺の色が混ざる。

 

 が、すぐさま彼女はそれを仮面の奥深くに仕舞い込んだ。そして隼鷹に鋭い視線を向ける。

 

「あなた、どうしてそれを?」

 

「やっべ!! これ言うなって注意されてたっけ? まぁいっか」

 

 提督会での顛末を飛鷹の秘書艦である隼鷹が知らないはずは無い。何故瑞鶴が驚く必要があるのかと思ったが、彼女の隼鷹を侮るような態度を思い出して合点がいった。

 

 要するにゲームプレイヤー視点のまま、司令艦と秘書艦を単なる主従関係のように考えていたのだろう。

 

 けれど一緒に過ごし、一緒に戦っていれば分かる。

 

 彼女たち艦娘は泣きもし、笑いもする。時には喧嘩もするが、生きてここにいる存在なのだということを。

 

 司令艦の力と権限を持っても、彼女たちの命と尊厳を駒のように扱う権利は無い。それでは『提督機』と同じだ。

 

「とにかく!! 私と戦いなさい、朝潮!! あなたたちの何が間違っているか、直接体に叩き込んであげ……何よ?」

 

 居丈高な台詞が終わらないうちに、横で見守っていた由良が体ごと瑞鶴と自分の間に割って入ってきた。

 

 身長はほとんど変わらない二人が、同じ高さにある互いの眼を覗き込むことでバチバチと視線が空中でぶつかり合う。艦種は違っても由良と瑞鶴の素体となった少女は、同じくらいの年頃かもしれない。

 

「朝潮、そろそろ任務の時間ですよ。ここは由良に任せて先に上がって、ね」

 

 振り向かずに紡がれる由良の慇懃な言葉の後ろに、静かな憤りが感じ取れる。彼女の長い薄紫色のサイドテールの先が、艦上に呼応するように小さく震えている。

 

 そういえば今日は午後から、横須賀駅に人を迎えに行くよう言われていたのをすっかり忘れていた。

 

 行けば分かる、と詳しい内容は聞かされていなかったが、もうすぐ迎えの車が来る頃だ。

 

「待ちなさい!! まだ話は―――」

 

 踵を返して場を辞去しようとした瞬間、自分に向かって瑞鶴が手を伸ばす。しかし手は由良によって阻まれ、体に届くことはなかった。

 

「邪魔しないで!! 私に何の用があるっていうのよ!!」

 

「瑞鶴さん。もし朝潮に失礼があったのなら、あの子の代わりに嚮導艦の由良が謝罪させていただきます。でも……」

 

 由良の声のトーンが急に低くなった。

 

「もし違うなら例え正規空母であっても、仲間への侮辱は撤回していただきます……ね」

 

 瑞鶴の目の前で手首に付けた14cm単装砲を、これ見よがしにじゃっこん、と装弾してみせる。

 

 誰にでも分かる宣戦布告。代わりに戦うという意思表示。

 

 立ちふさがる由良の姿を瑞鶴は上から下までしげしげと観察する。

 

 そして、

 

「ふ~ん、開戦時点で時代遅れの旧式軽巡が……面白いじゃない」

 

 標的を切り替えた最新鋭空母は、真っ赤な舌先で自分の上唇をちろ、と舐めた。

 


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