「どういう―――ことだ―――」
唖然としてしばらく言葉を失ってしまった。手に持った深雪のハンカチを取り落としそうになり、思わず屈みこむ。すると鏡の中の朝潮が消えた。
ゆっくりと立ち上がると、再び鏡の中に少女の小さな頭が現れる。手洗い場のくたびれた蛍光灯の光を反射して、艶やかな黒髪のキューティクルが天使の輪のようにぴかぴかと輝いた。
目の前の朝潮の顔はいつもの優等生然としたふうではなく、いつもからは考えられないくらい自信の無い表情だ。彼女の特徴的なキリッとした細い眉も、どこか困惑したようにへにょっ、となって見える。
試しに手を上げると朝潮も手を上げた。
顔をしかめてみると、今度はクラスメートの男の子を叱る委員長みたいな顔になる。
「そんなバカなことが――」
おずおずと右のほっぺたを抓んでみる。切り揃えられ磨かれた小さな爪先が、弾力のある子供の肌が指に食い込んだ。
ぐいっと引っ張る。
―――痛い。これは夢ではない。
鏡の中で朝潮が涙目になってきたので、慌てて手を離す。白い彼女のほっぺたに、爪と赤い指の痕がくっきりとついてしまった。
「じゃあもしかして――」
恐る恐る朝潮の、白いジュニアブラに包まれた慎ましい胸に手を伸ばす。
―――ぺたん
かなり寂しい感触が伝わって来た。
一度触れてからは自分の中でタガが緩んだのか、もっと大胆にふにふにと揉んでみる。童女と少女の境目にある性徴途中の膨らみは、まだ未成熟で硬く、周りの皮膚とほとんど区別がつかない。
ブラをちょっとだけずらして中を見てみる。誰にも侵されたことの無い小さな乳首、やや大きめの桃色の乳輪があり、その周りがちょっと盛り上がっている程度。これを乳房と呼べるかどうか、本当に微妙なラインだ。
駆逐艦の艦娘は一部を除いて幼い体つきが基本だし、それは朝潮も例外ではない。
潮サイズまでと贅沢は言わないけれど、今後に期待しよう。
「でも朝潮になってるってことは――」
―――下もそうなのだろうか、までは恥ずかしくて言葉にできなかった。
しかし好奇心は抑えきれない。振り返って女子トイレの中をもう一度見回し、自分以外に誰もいないことを確認。今なら見られる心配はない。
ゆっくりと手を伸ばして、朝潮型姉妹共通の、公立小学校の制服みたいな黒い吊りスカートをめくり上げていく。
もうすぐ―――ほんの少し―――あとちょっとだけめくれば、中破でも表示されない朝潮のスカートの中が―――。
ふと、我に返って鏡を覗き込む。
そこには危険な誘惑に頬を紅潮させ、自分でスカートの裾を持ち上げる朝潮がいた。瞳は潤み、息を弾ませ、年不相応な蕩けた表情を浮かべている。
その姿は仮にその気が無い聖人君子でも、どきっとさせられるくらい妖艶だ。
やがて背徳の探究心が重力の抵抗を打ち破り、秘密の花園が露わになる。
ジュニアブラと同じ、白い子供用のパンツ。
とはいえ木綿のごわごわしたものではなく、中学の運動部が穿くようなショーツとボクサーパンツの間みたいな、ぴっちりと下半身を包み込むタイプ。
―――うん、まあブラが実用重視な時点で大体デザインは想像できてた。
これで黒とか紐とかなら意外性があったのだけれども、真面目な朝潮がそんなものを穿くわけは無いし、そもそも上下合わない下着を選ぶ性格には思えない。
ちょっと残念かも、と思いながらの凹凸のないつるっとした股間を眺めていると、何だか不思議な、言葉にできない妙な気分になってきた。
見慣れてた自分のそれとは決定的に違う部分。幼い朝潮の身体で、女の子だということを最も主張している部分。
無意識にごくん、と唾を飲み込む――――。
「朝潮ちゃ~ん、着替え持って来ましたよ~!!」
「きゃいんっ!!」
突然女子便所の入り口の扉が開き、替えのブラウスを小脇に抱えた五月雨が勢いよく飛び込んできた。
とっさにスカートを下ろして蛇口をひねり、ばしゃばしゃと顔を洗う。
「あ、あれ、朝潮ちゃん一人で何してたんですか?」
「かっ、顔を洗っているの、ですわ、よ……」
「ふ~ん?」
女の子っぽい喋り方で答えようとしたが、無理したせいで語尾がおかしくなってしまった。これじゃ熊野だ。
深雪のハンケチで顔を拭く。まだ自分で引っ張った頬が赤い気もするが、しばらくすれば消えるだろう。
はいこれ、と五月雨に渡された新しい半袖ブラウスに手を通していく。
「何だか今日の朝潮ちゃん、ちょっと親近感があるな~」
着替えを見守っていた五月雨が、ちらっと漏らした。
「え、えと、何が……かしら?」
「慌てん坊さんで、ちょっとドジっぽいところ。いつもの朝潮ちゃんも格好良くて好きだけど、真面目で責任感が強くって何ていうかこう……スキが無いんだもん」
五月雨にはそんな風に思われていたのか。まあの提督たちも同じ感想だろうけど。
そういえば朝潮は、口調が厳しい朝潮型3番艦満潮の姉だ。実際朝潮自身も、真面目と言うことに関しては相当我が強いに違いない。
「そう、なら良かった……わ」
「うんうん、着替え終わったら鳳翔さんが替えのご飯を用意してくれているから、朝潮ちゃんも一緒に行きましょう!!」
何だかゲームの五月雨よりも、朝潮に対しては言葉が砕けているような気もする。
当然か。
ゲームの提督は艦娘たちの上司で、その命令は絶対。文字通り艦娘たちの生殺与奪を握っているのだから、言葉遣いは自然丁寧になるのだろう。
今は同じ駆逐艦の女の子が相手だから……。
改めて自分が朝潮になっているということを思い知らされる。
ブラウスの裾をスカートに仕舞い、肩ひもをかける。最後に鏡で身だしなみの確認。
艤装や兵装を外しているものの、そこにはゲームで見慣れた朝潮の姿があった。というか、装備が無いと本当にただの女子小学生にしか見えないな。
にこっ、と笑ってみる。笑顔の練習。まるで画面の中の朝潮は提督の前だからか、いつも真面目で勇ましい表情だったっけ。
うん、こんな普通の女の子みたいな朝潮も、悪くない。
「行こう、五月雨―――ちゃん」
そう名前を呼ぶと、五月雨は嬉しそうに手洗いの扉を開けた。
どがん、と何かが衝突する音が響く。
「痛ってぇ、なにすんだよ!!」
「あれぇっ?!深雪ちゃん!!」
ちょうどさっき脱いだ服を片づけて、戻ってきた深雪の艦首にクリーンヒットしてしまった。
「大丈夫?立てるかな、深雪……ちゃん」
「いっけるいける、大丈夫だぜ……って朝潮、まだ着替えてたのか」
尻もちをついて頭を押さえる深雪に手を差し出す。
躊躇わず握る深雪をよいしょっ、と引っ張って立ち上がらせた。
「ごめんなさい深雪ちゃん!!今度は気を付けるから」
「別にいいけどさ。それより朝潮、怒らないのか?」
「何を?」
深雪はおいおい、と呆れた顔をする。
「いつもだったら『廊下は走らないで』とか、『前方不注意です』とか、きゃんきゃん言ってくるのによ。今日は拍子抜けだぜ」
本当にみんなの学級委員長だったんだな、朝潮って。
「それより早くいかないとご飯、冷めちゃうよ?」
深雪は五月雨と顔を見合わせると、あはは、と笑い出す。つられてこちらも笑ってしまった
「なら競争だ。負けたら深雪さまの代わりに、寮の掃除当番一週間だぜ」
「じゃああたしが買ったら、あたしの洗濯当番一週間交代!!」
一斉に食堂に向かって走り出す。
彼女たちと少し打ち解けられたような気がした。
「遅かったじゃない、3人とも」
先ほどのテーブルには4人分の定食が乗ったトレイが並んでおり、うち一つの席に由良が座っている。
ちなみにさっきの競争の賭けは、食堂の扉に深雪と五月雨が同時に激突してノーゲームになった。
「由良さん、待っててくれたんですか?」
「朝潮の様子も気になってたから、ね」
全員が席に着くのを確認して、由良が手を合わせていただきます、と言う。
一緒に唱和して、自分も箸を取った。
トレイの上には味噌汁とご飯、お新香と、さっきダメにしてしまったコロッケではなく、代りに豚の生姜焼きの皿がついている。鳳翔が気を利かせて別のメニューに変えてくれたらしい。
最初に味噌汁をすすってみると、熱く濃厚な赤味噌の香りが口の中に広がる。なめこと豆腐の味噌汁だ。
さっきのコロッケをほとんど食べていた深雪は、一日に二回定食を食べることができたのが嬉しいのか、早速豚肉にかぶりついている。
成長期だからお腹が減るのだろうか。とりあえず自分も目の前の生姜焼き定食と格闘始める。
「そういえば、他の艦娘ってどこにいるんですか?」
半分ほど食べ終わったところで、ふと誰に対してとなく尋ねてみた。
びくっ、と他の3人の箸が止まる。何か不味いことでも言ったのだろうか?
「どの鎮守府に誰が着任しているかは機密事項に抵触するから由良もわからないけど、今横鎮にはここにいる4人と鳳翔さんだけ、かな」
朝潮、深雪、五月雨、由良、鳳翔。
駆逐艦3隻、軽巡1隻、軽空母1隻。水雷戦隊がやっと一つ組める員数。
対潜番長がいるから潜水艦相手ならそこそこやれるだろうけれども、正面火力が圧倒的に弱すぎる。
「じゃあ提督は?姿が見えませんけど、提督はどこで何をやっているんです?」
「朝潮、そんなこと忘れるなんて、頭でもぶつけたのかな?うちの鎮守府に提督、いないじゃない」
絶句した。
「あ、もしかして夜中に深雪ちゃんに蹴っ飛ばされたからかも。前から朝潮ちゃん、深雪ちゃんの寝相が悪いから横で寝たくない、って言ってたし」
「ありそうな話ね。それで記憶が混乱するかは別にしても、朝潮は普段我慢してばっかりなんだから、具合が悪い時は早めに言いなさい。ね?」
「―――朝潮ちゃん?」
黙ったままでいると五月雨が顔を覗きこんできた。
「それで大丈夫なんですか―――それで深海棲艦相手に戦えるんですか!?」
「あんまり大丈夫じゃない、かな。提督がいないと大規模な艦隊編成や作戦行動もできないし、艦娘の数も増えないし、装備も更新されない。由良たちが着任してから一か月、今のところ深海棲艦が現れないからいいけど、この平穏がいつまで続くやら―――」
ぱりん、とお新香を噛む由良。
「深雪は早く出てきてほしいぜ、深海棲艦。でないと活躍できねーもんな。にしても提督かぁ……前にいた呉鎮じゃ着任時に挨拶くらいはしたもんだけどな。考えてみれば横鎮の提督って見たこと無いぜ」
「あ、あたしもです。朝潮ちゃんも一緒に着任した時、提督がいない鎮守府なんて、ってぼやいてたじゃないですか」
「そう?」
余計なことを突っ込まれないよう、お茶で咽喉を潤す。
「由良も引き継ぎ資料でしか知らないけど、そもそも2代前の提督が鎮守府を途中で放棄していなくなっちゃったのが始まりなの」
敵前逃亡、ということだろうか。世が世なら軍法会議ものだろうに。
「それで後を継いだ前の提督さんかなり頑張っていたらしいんだけれども、危険な任務で出撃した際、艦隊が全滅してしまって――」
「うわ……」
見事な泣きっ面に蜂、酷いことは重なるものだ。由良が続ける。
「結局前の提督は責任を取って辞任。その時の鎮守府メンバー唯一の生き残りが、鳳翔さんなんだって。その時のことはあんまり話したがらないけどね」
「あら、私が何か?」
振り向くとすぐ横に、鳳翔がお盆を持って立っていた。
「前の提督の話をしていました。直接知っているのは鳳翔さんだけですし」
「まあ知っているといえばそうですが、直接、というのは違います」
デザートの小皿を配る鳳翔。
暗く黒く輝くしっとりした肌を持った、ほのかな甘い香りを漂わせる肉厚の練小豆羊羹。これが噂の間宮羊羹?。そうでなくとも美味しそうだ。
「でも提督はいたんですよね―――」
「ええ確かに。でも私を含め誰も姿を見た者はおりません。指令という形で遠征や演習、作戦行動の指示が伝えられるだけ」
そして天井の方を見上げる。つられて視線を向けるが、そこには白天井とLED照明の室内灯しか無い。
「この司令部の建物には提督の執務室があります。掃除のために何度か入ったことがあるんですが、今も昔も提督はおろか、使っている人を見たことはありませんね」
「そう考えると提督ってお化けみたい。ちょっと怖いです」
怯えた小動物みたいな顔をする五月雨。
「まあ実際は海軍軍令部から直接指示を出している、というだけなんでしょうけれども―――執務室がただの物置になっているのはもったいない気もします。提督が来なければ仕方ありませんけど」
それだけ言って鳳翔はまたカウンターの奥にぱたぱたと引っ込んで行った。その様子はまるで小料理屋の女将。よく二次創作絵で見るけど、艦娘よりこっちの方が天職なんじゃないか、あの人。
「もう一時半かぁ。少し遅くなっちゃったけど、今日の訓練どうする?朝潮の体調が悪いなら、陸で各自自習ってことにしてもいいよ」
食堂の隅の柱時計を見ながら由良が話題を変える。
「深雪はやるぜ!!今日は水上機動じゃなくて砲雷撃戦、しかも実弾の訓練だよな?」
くぅ~12.7cm連装砲撃ちまくりたいぜ~!!と拳を握って震える。
「あなたじゃなくって、聞いてるのは朝潮。どう、いけそうかな?」
「朝潮ちゃん?」
「もちろんやるよな?」
艦娘たちの6つの瞳がこちらを見つめてくる。由良と五月雨は慈しむ様な優しい視線だが、深雪のには大丈夫だよな、な、という無言の圧力が込められている。思わずごくん、と唾を飲みこんだ。
正直自分が置かれた状況を受け入れられていない今、落ち着いて考える時間が欲しい。ただ、『砲雷撃戦』と聞いて少し心が躍ったのも事実。
海上自衛隊員でもなければ、Y0utubeなどでしか見ることのできない戦闘艦の砲撃。それを間近で、しかも自分の手で行える絶好の機会。
危険かもしれないが、やってみたい。
それに今は色んなことをやって情報を集めなければ、何故自分がこんなことになったのかはずっと分からないだろう。乗れる流れがあるのなら、乗るべきだ。
「できる、と思います。ただいつもみたいにはいかな……」
「ぃよーしっ!!そうと決まれば出撃だ~っ!!」
テーブルを挟んだ向こうから深雪が抱き着いて来た。
「くぎゅんっ!!」
というかヘッドロックの要領で首の周りに腕を回してくる。幼い割に筋肉の付いた二の腕が頸動脈にきゅむっと食い込んだ。
「まだ皆食べ終わってないでしょ。あと深雪、朝潮が止めないからって調子に乗り過ぎ。訓練で怪我しても知らないよ」
由良に窘められ、深雪はちぇ、とぼやきながら腕を離した。もう少し長ければ陸で轟沈していたかもしれない。
「じゃあご飯を食べ終わったら、ヒトヨンマルマルに艤装してドック前海上に集合。復唱!!」
『ヒトヨンマルマル、艤装してドック前海上集合、了解!!』
急に深雪と五月雨が食べるのを止め、びしっと掌を見せない海軍式の敬礼をしながら復唱する。間に合わず、あわあわとそれに倣う。
「―――やっぱり朝潮が遅れるなんて不思議。いつもと逆だけど、二人とも、ちゃんと朝潮を気遣ってあげてね」
そう言って由良は自分の味噌汁をすすった。
食後、由良と別れて深雪と五月雨と一緒に艤装が置いてある軍需装備保管庫に向かう。
保管庫と装備整備場、また艦娘がドックと呼ぶ『艦娘専用傷病療養施設』は隣接しているらしいので、装備を受け取って外に出ればそこが集合場所だ。
どうやら艦娘の損傷というものは『艤装』と『生体部分』の2つが意図的に混用されているらしい。両方が揃わなければ戦力としての『艦娘』にならないわけだから当然か。
つまり赤城さんをはじめ大型艦の入渠時間がやたら長いのは、装備の修復に時間がかかっているせいであって本人たちは出撃したがっているのだ、と好意的に解釈しておこう。
重いガラスの扉を開けて司令部の建物を出ると、室内でも眩しいと感じた陽光が全身に降り注ぐのと同時に、初夏の熱気と海の磯臭さがむわっと襲い掛かってきた。着ているのは半袖ブラウス一枚のハズなのに、首筋にじんわりと小さな汗の珠が浮かび上がる。
昼夜どころか季節も違うことに動揺して足が止まっていると、先を行く深雪が手を振って呼んだ。それを追いかける。
時間にまだ余裕があったので、記憶があやふやだとの言い訳で鎮守府内を案内してもらう。
艦娘は自分たちだけ、ということだったが、実際そこかしこを旧帝国海軍のような軍服を着た兵士や整備員、スーツ姿の職員など様々な職種の人たちが歩いていた。敷地内の建物は倉庫が多いが、喫茶店やテニスコート、コンビニなどもあり、かなり環境は恵まれている。
ゲームをやっていた時、鎮守府と言うのはてっきり艦娘の基地として特化した場所だと思っていた。しかし大きなクレーンやドライドックを見ていると、どうやら事情は逆で艦娘たちの方が普通の海軍基地に間借りさせてもらっているのだと気が付かされる。
海軍の仕事は攻めてくる敵と戦うだけではない。海上航路の警備と維持が主な仕事で、海上自衛隊がそうである通り、どちらかというと戦闘はイレギュラーだ。
深海棲艦と戦うという使命を帯びた艦娘に、それ以外の負担を強いて磨り潰しては本末転倒。哨戒や偵察、海上警備は可能な限り通常兵器や艦艇で、と棲み分けがなされているのだろう。
途中、海沿いにある大学のクラブハウスみたいな木造建築の横を通りかかった。潮風で劣化が激しいのだろうけれども、最低でも築30年以上。意外と柱はしっかりとしているものの、地震が来たら一瞬で自動解体されそうな極悪物件だ。
「ここが私たちの寝起きしている寮ですけど、覚えてないですか?」
「う~ん……覚えているようなそうでないような……」
五月雨の言葉にもごもごと誤魔化す。見覚えなどあるわけがない。
彼女が指差す一階の窓には花柄の布団が3組、仲良く並んで磯風にばたばた煽られていた。そしてカーテン全開で丸見えの室内には、天井近くに張られた紐に趣向の違う下着が何枚か干してある。
「おっと、パンツ仕舞うの忘れてた。まいっか」
深雪のかい!!
「ああ、あたしもでした!!」
お前もか五月雨!!
女の子って、女だけだと時々異様にずぼらになるよな。その点朝潮はきっちりしてそうだから、心労並大抵では無かっただろうに。
慌ててに寮に飛び込む五月雨と、大げさだな~、とのんびり見ている深雪。
彼女が戻るのを少し待ち、出発。いよいよ目的の軍需装備保管庫が近づいて来た。
保管庫は艤装、兵装と弾薬を保管している場所と聞いていたが、ちょっとした自動車整備工場みたいな外見だ。駆逐艦や軽巡なら大丈夫だろうが戦艦、特に大和型みたいな超弩級の装備は管理できないだろうな。いないからいいけど。
五月雨はシャッターの降りた保管庫の通用口に近づき、呼び鈴代わりのブザーを押した。
ビーっという音が鳴って扉が開き、中からサングラスをかけ、くたびれた兵帽を被った壮年男性が姿を現す。
「すいません、おじさん。訓練用に艤装を使いたいんですけど」
「おう、五月雨の嬢ちゃん。さっき由良ちゃんにも電話で聞いたよ。機関にはもうとっくに火が入ってるから好きに持ってきな。今入り口開けてやるからよ」
男性が中に引っ込むと、すぐにシャッターが開き始めた。隙間から3人で潜り込む。
薄暗いドックの内部に充満していたのは、鉄の匂いとむせかえるような機械油の匂い。その中を足元に気を付けながら、おっかなびっくり進んでいく。
「あったぜ、これこれ!!」
深雪が目当ての物を見つけて駆け寄る。
その時シャッターが開き切り、太陽の光がさあっとドック内を照らし出す。
黒光りする鋼鉄の城。一瞬、本当の駆逐艦がいるかのように見えた。
目を擦って再び見ると、そこにあったのは金属製の台座に置かれた3人分の艦娘の艤装、その機関部分だった。
艦娘たちの艤装は、艦種、そして艦型によって大きく異なる。
駆逐艦は機関部を背中に、兵装は手足に装備することが多い。そして主機と呼ばれる靴型の推進器を履くことによって水上を自在に駆け廻り、艦娘としての力を十全に発揮する。
早速深雪は大きな煙突を持つ自分の機関装置、「缶」とも呼ばれるユニットを背負う。五月雨はと言うとベルト部分にジョイントがあるらしく、背中を近づけると電車の連結器のようながしゃっこん、という音がして、魚雷発射装置と一体化された機関が装着された。
「朝潮ちゃん、装備の仕方覚えてる?」
「背負うだけだから簡単だぜ」
言われて自分の機関ユニットを手に取る。ずっしりと重い鉄の塊、その奥からは低く静かな起動音が脈打つように響いている。
よいしょっ、とランドセルの感覚で背負う。途端、機関の音が自分の鼓動に重なった。
体中に力が満ちる。機関ユニットも天使の羽のように全く重さ感じない。
「これが――――艦娘の力――――」
「すげーよな。機関が動いてなかったら漬物石みたいに重い缶が、こんなに軽いんだもんな。不思議な話だぜ」
「深雪ちゃん、前に起動前の缶を持ち上げようとして腰痛めたから……」
その時を思い出したのか、ぷふっ、と五月雨が可愛く吹き出す。
「それなら五月雨だって、最初背中の魚雷を下に向けたまま座ろうとして、尻から轟沈しかけたろっ!?」
「うわあぁん、それ忘れてって言ったのにぃっ!!」
「お互い様だっ!!」
大丈夫なのか、ここの水雷戦隊は?わきゃわきゃ騒ぐ駆逐艦二人はさておき、自分の装備を淡々と整えていく。
ブラウスの袖口まで覆うハイソックスと同じ色のアームカバー。
右手には幼い朝潮の身体には不釣り合いに大きく、これでもかと砲塔が強調された造りの12.7cm連装砲。左手には大型艦さえ一撃で屠る威力を持った駆逐艦の必殺武器、61cm四連装魚雷。どちらも簡単には外れないように、革バンドでしっかりと手首に固定する。
連装砲の砲塔をどうやって動かすのか分からなかったが、グリップを握って動けと念じるとウィーン、という鈍いモーター音と共に砲が勝手に仰角を取り始めた。どういう理屈なのか謎だけれども、戦闘ヘリの自動照準装置みたいなものが付いているんだろう、多分。とりあえず深く考えるのはよそう。
無線通信用の小型インカムを耳に付け、最後に主機と呼ばれる靴型の推進装置に履き替える。
吹雪型や白露型のようにブーツ型のものなら普段使いにもできるだろう。だが朝潮型主機は、先の尖ったミサイル駆逐艦ズムウォルト級みたいな金属製ハイヒール。しかも靴底が鉄板一枚なので、陸で履いたら衝撃を吸収できず、膝か足首を悪くするのは想像に難くない。
「朝潮ちゃん、準備できた?」
深雪との不毛なドジッ子争いを終えた五月雨が尋ねてくる。
「多分できた、と思います」
装備の数も少なく、それらを身に着けるだけだ。幼い駆逐艦娘でも自分で装備できるように、そもそもの手順もかなり簡略化されているのだろう。
「よし、深雪さま駆逐隊出撃!!海~の乙女の艦娘勤務~♪月月火水~」
「勝手に変な名前をつけないでぇ!!」
足元からかしゃこん、かしゃこん、という駆動音を上げて妙な替え歌を歌いながら外に出る深雪を、カンカンカンと五月雨の足音が追いかけていく。
「仲がいい、んだよな?」
そんな二人を微笑ましく思いながら、びたん、びたんと板底のハイヒールで保管庫出口のシャッターに向かった。
――――あ、やっぱりこの靴足首にくる。