艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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幕間劇2『紺色人魚姫伝説』(4)

 

「そ、そんなはずないでち!! ど~せ見張りサボって、近くの茂みにお花でも摘みにいってるでち。そもそも見張り番は艤装を付けることになっているから、装備が無くなってても別におかしくないでち」

 

 動揺しながらも、あくまで大したことないと言い張るゴーヤ。だが現実にイクはこの場にいない。

 

「……それよりもはっちゃん、騒いだらまだ寝てるエリーゼが起きて……」

 

 そう言って誤魔化すように自分の隣のシーツの膨らみをめくる。

 

 が、そこにいたのは昨日ドラム缶風呂の中で眠ってしまったため、村に帰せず同じテントに寝かしつけたあの褐色肌の少女……ではなく、脇に置いてあったはずのゴーヤの艤装だった。

 

「あれ、あの子もいない?」

 

 首をかしげるゴーヤを尻目に、はちは鋼鉄の艤装の下に挟まれた一枚の紙切れに気付き、引っ張り出したそれに書かれた丸っこい女の子文字を読み上げる。

 

『ちょっと二人でお散歩してくるなの!!⑲』

 

「ほ、ほぉらやっぱり。はっちゃん大げさだよぉ」

 

 安心して再びシーツに潜り込もうするゴーヤ。

 

「Hör auf!! そんなわけ無いでしょう!! いいから早く探しに行きますよ!!」

 

 そのゴーヤのパンツをはちが掴んで引っ張る。海軍支給の全年齢用綿パンツがびよ~ん、と伸び、桃のようなゴーヤの臀部が外気に曝された。

 

「ひゃうっ――やっぱり寒いのは嫌でち!! 太陽昇っても帰ってこなかったら考えるからぁ!!」

 

「Nein, nein, nein!! ゴーヤ、往生際が悪いです!!」

 

「はっちゃんこそしつこいでち!! 大体何でそんなに慌てて――」

 

―――ズン!! ズン!!

 

 不意にアフリカの未明の大気を震わせる、連続した低い爆発音が響いた。対岸の茂みで驚いた鳥たちが昏い空目がけて鳴きながら飛び立つ音。

 

 パンツで綱引きをしていた二人の動きが止まった。

 

「―――今のは発砲音?! もしかして昨日の――」

 

「Ja、未確認深海棲艦のものだと思われます。おそらく海上でイクが交戦状態に入ったのでしょう……」

 

 脱力したようになったはちは、ゴーヤのパンツからそっと手を離す。

 

 海難事故があってから、近隣の村人たちは海に出ていない。このタイミングで砲撃されることがあるなら、それはイク意外に考えられない。

 

 すっかりゴムが伸びきり、勝手にずり落ちようとするそれを手繰り寄せながら尋ねるゴーヤは、今はもう完全に目を覚ましていた。

 

「でも、どうしてイクが海に――」

 

「彼女は昨日あの女の子を、父親の所に連れて行けないかと言っていました」

 

 あっ、とゴーヤは息を呑んだ。

 

 昨晩のやり取り、はちが提案を却下した時のイクの不満そうな顔が脳裏に浮かび上がる。

 

「見つかると止められるから、私たちが寝ている間に彼女を連れてこっそり出港したのでしょう。対岸の島を目指して」

 

 昨夜あの子を無理にでも家に帰しておけば、と悔しそうに唇を噛むはち。

 

 ―――ズズン!!

 

 そうしている間にも、また発砲音。

 

「何にしても、ここでもじゃもじゃしてる時間は無いでち!! 早く助けに行かないと――はっちゃん!!」

 

 互いに顔を見合わせた二人は頷くと、自分の下着に手をかけた。

 

 ぱっと脱ぎ捨てられた二枚の白い布が宙に舞う。

 

 テントの支柱に干してある紺色のスクール水着を引っ掴み、白魚のような足を通す。

 

 セーラー服を着たまま器用に引っ張り上げた肩紐をかけ、艤装を背負うとすぐさまセルモーターが唸りを上げ、ユニットのディーゼル機関が始動。

 

 少女たちの全身を不可視の生体フィールドが包み込み、潜水艦娘伊58号と伊8号の出港準備が整った。

 

 その間、僅か40秒。

 

「晴嵐発艦!! 対岸の島までの直線航路上を中心に、先行して空からイクを探すでち!!」

 

「Ar196改Starten!! 想定戦闘海域に邪魔が入らないよう索敵を!!」

 

 テントを出て川に飛び込むのと同時に、二人は背中の艤装の水密ハッチを開き水上機のカタパルトを展開。

 

 二つの異なるプロペラ音を響かせながらゴーヤの水上爆撃機『試作晴嵐』と、はちのドイツ製水上偵察機『Ar196改』の両機が翠の翼に描かれた日の丸をひらめかせ、まだ夜の帳に包まれた暗い海へと飛び立っていく。

 

「はっちゃん、このまま洋上を機関最大戦速で追いかけるでち!!」

 

「Ja!!」

 

 言うが早いか主機である紺色のスクール水着から推進力が生まれ、二人はカタパルトを収納しながら水面に顔を出したまま、猛烈な勢いで川を下り始める。

 

 ジャングルの横を通り過ぎ、バナナ状に伸びたバナナ村のある半島を過ぎ、数分と経たないうちにコンゴ川の河口から再び太平洋へと飛び出した。

 

 眼前に広がる真っ黒な海の上に、艦影は無い。

 

 それどころか先ほどから敵主砲の発砲音は絶え間なく鳴り響いているというのに、発砲炎の一つさえ見えない。

 

 だがこの砲撃が続いている間は、少なくともイクは無事なのだ。

 

 得体のしれない深海棲艦の跋扈する海を、昨日見た対岸の島目指して二人は並んで進んでいく。

 

「晴嵐から入電!! 沖合6kmの洋上で、女の子を抱えて回避運動中のイクを発見したでち!! 速度が出せないおかげで、このまま進めば追い付けそう!! でも敵影は……やっぱり確認できないみたいでち」

 

「Verstehen―――こちらも周辺海域の索敵が終わりました。接近する敵艦影は今のところ認められませんね。といっても、もし相手が『見えない深海棲艦』なら、同様に見えない増援がいる可能性は否定できません……」

 

「でも、このままだとイクがやられちゃうでち!!」

 

 搭載モードに設定しているため、波飛沫を弾く眼鏡の紅い縁を撫でながら考えるはち。

 

「―――ゴーヤ、提案です。傍受の危険性がありますが、一旦無線封鎖を解除しましょう!! それで少しでも敵の注意をこちらに引きつけられれば御の字です!!」

 

「許可するでち!!」

 

 ゴーヤが即答するとはちは、すぐさま洋上通信用の小型インカムを自分の耳に装着した。ゴーヤもそれに倣う。

 

「イク!! 聞こえますか!! 聞こえたら応答しなさい!!」

 

 無線周波数をイクの固有波に合わせ、マイクに向かって鋭く呼びかける。

 

「―――普通のE領域みたいに、謎の電波障害で通じないんでちか?」

 

「いえノイズも聞こえませんし、通信状態は驚くほど良好です」

 

「それも不思議でち。至近距離に深海棲艦がいるはずなのに――ならどんどん呼びかけるでち!! イクッ!! 早く返事するでち!!」

 

 暗い水平線を睨みながら、まだか、まだかとイクの声を待つ。

 

 戦場が近付くにつれて砲撃音が大きくなり、イクを狙って放たれた砲弾が海面に当たり立ち昇る水柱も見え始めた。

 

『ごめんなさいなのっ!!』

 

 突如、インカムに今にも泣き出しそうな少女の謝罪が飛び込んできた。

 

『黙って出て行ったことは謝るの!! でも、この子をどうしてもお父さんに会わせてあげたかったのね!!』

 

 こんな時だと言うのに、返って来たのはいかにもイクらしい言葉。

 

 一瞬呆れたような顔になったはちは、だがすぐさま思考を切り替える。

 

「Vergiss es!! それよりも状況を教えて下さい―――あなたは今、一体何と戦っているのです!!」

 

『深海棲艦なの!! それも見たこと無い大きくて黒い奴!! イク、潜航してたはずなのに、気付かれて爆雷で炙り出されたの!!』

 

「Groß und schwarz? そんな艦影は見当たりません」

 

『でもいるの!! イクたちを狙ってるの!! 嘘なんかついてないの!!』

 

 しかし暗い海の上にはやはり、イクのいうような敵の姿は無い。

 

 彼女の上空で待機中の試作晴嵐を通してゴーヤに届く画像データにも、それらしい存在は見て取れない。

 

 映っていたのはジグザグに之字を描いて逃走するイクと、無数に立ち昇る砲撃の水柱のみ。

 

「やっぱりゴーヤが会ったのと同じ、見えない深海棲艦がいるんでち!!」

 

 ゴーヤとはちは、互いの目を見て頷く。

 

 見えない深海棲艦―――その存在は確かだが、一方でイクは敵を認識できているのにも関わらず、追い縋る二人が何故敵を捕捉できないのかは謎だ。

 

 しかし、だからといって彼女たちの救助を諦めるわけにはいかない。

 

 眉間に皺を寄せて考えるはち。

 

「見えない深海棲艦相手に戦うのなら、少なくとも何かZiel……目印になるようなものが必要ですね」

 

「目印、でちか……例えば信号弾でも撃ち込んでみたりとか?」

 

「Nein。信号弾は撃ち込むものでなく、仲間に情報を伝えるためのものです。目印にしようにも、砲弾のように撃って何かに当てることを想定したものではありま……」

 

 何かに気付いたはちの言葉が途中で止まった。

 

 振り返り、自分の艤装に取り付けられた2cm 四連装対空機銃FlaK 38を一瞥。

 

「はっちゃん、どうしたでち?」

 

 思案顔のまま表情が固まったはちに、心配したゴーヤが声をかける。

 

「……ゴーヤ、見えない敵を見るためのAntwort……答えが見つかりました!!」

 

「でち?」

 

 はちはインカムのマイクを自分の口元に寄せた。

 

「イク!! 回避行動を続けながら、25mm連装機銃は使えますか?!」

 

『大丈夫なの!!』

 

 ゴーヤが顔に疑問符を浮かべているのをよそに、はちは作戦を告げる。

 

「Großartig……ならば機銃で敵深海棲艦を撃って下さい!! 砲弾は『曳光通常弾・改一』を使用!!」

 

『分かったのね!! イク、行くのッ!!』

 

 え、今のやりとりで何が分かったんでち?と要領を得ない様子のゴーヤに、はちは方位○○○○、前方のイクのいるあたりを見るように促す。

 

 途端にゴーヤの視界の中、真っ暗な水平線の少し手前で小さな赤い砲火が煌めいた。

 

 飛び出した流星のように尾を引く蒼い光の弾が、夜の帳を切り裂き次々と虚空を駆ける。

 

 時間にして約1秒半。

 

 ひょうひょうと半弧を描いて空を行く蒼い粒子たちだが、その殆どは湖面に降る雪のように、海に落ちると同時にぱっと消え沈んでいくか、水切り石のように水面を跳ねてんでバラバラな方向へ飛んでいった。

 

 だが一点。

 

 何も無いはずの虚空を曳光弾の列が通り過ぎると、光弾が吸い込まれるようにして消えていく。そんな場所がただ一点だけ存在した。

 

 連なる光の線は何度か右に左に行き来し、ついにその消失ポイントを捉える。

 

「はっちゃん、あそこにいるんでちか―――敵が!!」

 

「Ja。『曳光通常弾・改一』は発射後約1600mの地点で蒼から朱に色が変わります。おかげでイクとの相対距離も分かりました。あとは……」

 

「言われなくても分かったでち!! 25mm連装機銃、『焼夷通常弾』装填!!」

 

 勢いよく答えたゴーヤの艤装に備え付けられた機銃が、イクの砲弾が消えた空間に向けて2つの砲口を巡らせる。

 

「―――敵が正体を現すまで、全身を機銃弾でTannenbaum……クリスマスツリーみたいに飾り付けてやりましょう!!」

 

 はちの艤装、細長い四つの機銃を束ねた異形の機銃砲座が、獲物を求め重々しいモーター音を軋ませながらゆっくりと回転を始めた。

 

『2cm Flakvierling38』

 

 以前のドイツ遠征で手に入れた、はち専用の対空装備。

 

 四つの砲門から射撃速度720発/分で吐き出される銃弾の嵐と、そこから生み出される濃厚な弾幕は連合軍の戦闘機を次々と撃墜し、『魔の四連装』とも呼ばれ恐れられた代物だ。

 

「機銃さん、お願いしますっ!!」

 

「水上戦闘はあまり好きじゃないけど、仕方ないですね!!」

 

ダダダダダダッ――――!!

 

 二人の機銃、計6門の砲身が一斉に火の弾を吐き出した。

 

 すぐさま昏い海面は激しい発火炎で真昼のように真紅に染まる。

 

 先ほどのイクの曳光弾など比べ物にならない光の驟雨が払暁の夜気を掻き乱し、すぐ先の消失空間に殺到した。

 

『きゃぁぁっ!? はっちゃんイクも狙ってるなの?』

 

 どうやら流れ弾の一部がイクの方まで飛んで行ってしまったらしく、インカムを通して甲高い少女の悲鳴がはちの鼓膜を揺さぶる。

 

「Scherz、何を言っているんです!! それよりも今のうちに海中へ退避して下さい!!」

 

 流石に雨霰と降り注ぐ機銃弾を無視することはできなかったのか、敵のイクへの砲撃はいつの間にか収まっている。

 

『そうだったのね!! 了解なの!!』

 

 イクが急速潜航したためかぷつんと無線が途絶え、後にはノイズだけが残った。

 

「はっちゃん!! イクが逃げられたのなら、ゴーヤたちも撤退した方がいいじゃないかな!!」

 

「Ja…………いえ、それはできません。もうしばらく敵を引き付けなければなりませんし、せっかく見えない敵の存在を捕捉できたのです。今は少しでも敵の情報を持ち帰らなければ!!」

 

「何を言ってるんでち、はっちゃん!? こんな豆鉄砲みたいな機銃、何万発撃ち込んでも撃沈なんて無理に決まってるでち!!」

 

 実際二人の放つ機銃弾は先の曳光弾のように虚空に吸い込まれてはいくものの、どれほど打っても敵の姿が明らかになるどころか、攻撃が通じた様子さえ全く見て取れない。

 

 といっても敵の方も、機銃の着弾で海中聴音ができずイクを見失い次の行動に移れないまま海上で撃たれるままに佇んでいる。

 

 ……このまま攻撃を続けていても、相手が動いてしまえばすぐにその位置を見失ってしまうだろう。

 

 もっともそれ以前に機銃弾が尽きてしまうのが先だが。

 

「ゴーヤ、事の重大さを理解して下さい!! このまま対潜能力を持つ深海棲艦を放置していたら、今後このアフリカ沿岸航路は使えなくなります!! それに……」

 

 眼鏡越しに空色の瞳がゴーヤをきっと見据える。

 

「それにこれからも、あの女の子みたいに家族を失う子供が生まれるのを、私は見過ごしてはおけません!!」

 

「はっちゃん……」

 

 誰よりも、何よりもこの欧州遣独遠征の成功を最優先にしていたはずのはち。その彼女が任務を放棄してでも人々の海を守ると宣言したことにゴーヤは驚き、そして歓喜した。

 

「はっちゃん!! やっぱりゴーヤは、はっちゃん大好きでち!!」

 

「Stoppen!! 抱き着かないで下さいゴーヤ!! 火線がぶれます!!」

 

 海面でじゃれ合う二人の動きに合わせて光のシャワーが黎明の闇に踊る。

 

「そうと決まれば出し惜しみなんてしていられないでち―――晴嵐!!」

 

 上空で円を描き待機していた自分の艦載機に呼びかける。

 

「二つの火線の交差点を狙って、でかいの一発ぶちかますでち!!」

 

 指令を受けた晴嵐は翼を振るとプロペラの回転数を上げ一旦高度を取り反転、鼻先を機銃弾の消える場所に向けて急降下。

 

 悲鳴のような風切り音を纏いながら爆撃の体勢に入った。

 

「Verstehen……しかし決定打には足りない気もしますが」

 

「何を言ってるでち、はっちゃん!! 決め手はもちろん――」

 

「―――Alles in Ordnung-――了解です!!」

 

 距離を取り、互いの火線が60°になる場所に移動してその瞬間を待つ。

 

 と、急降下を続ける晴嵐から小さな黒い塊が切り離され、海面に向かって叩きつけられるようにして落ちていった。晴嵐は再び反転し戦闘空域から退避。

 

 直後、真っ暗な海面に炎の柱が轟音と共に出現した。

 

 晴嵐が搭載できる限界にして最大の破壊力、二式八〇番五号爆弾。

 

 800kgの大火力徹甲爆弾だ。目印の狼煙には十分すぎる。

 

「見えたでち!! 目標諸元入力、魚雷発射管1番から3番注水、発射口開け!!」

 

「Torpedo eins, zwei, drei――Feuer!!」

 

 2方向から発射された6本の53cm艦首酸素魚雷、沈黙の長槍は航跡も残さず、海面で吹き上がる炎の塊へと一直線に疾走する。

 

 瞬間、朝焼け前の南大西洋が震えた。

 

 炎の柱を覆い尽くすかのような巨大な水柱が次々と立ち上がり、魚雷の着弾を誇示する。

 

 舞い上がった大量の水は重力に引かれ、やがて大粒の雨となって海面に降り注いだ。

 

「やった、でちか?」

 

「いえ、存在を感知できない以上何とも言えません。最低限、敵の姿が見えるイクに確認してもらわなければ……」

 

 するとちょうどゴーヤとはちの中間点あたりの海面に、見覚えのある薄紫のトリプルテールがぽかり、と浮き上がってきた。

 

「海の中まで凄い衝撃だったの……イク、目がグルグルなのね……」

 

「イク!!」

 

 慌てて接舷し、その力の抜けた肩を支える。海軍指定のスク水が一部擦り切れ、艤装の装甲版に歪みが生じている様子だが、損傷は軽微だ。

 

「無事だったんでち!?」

 

「なの。この子も……」

 

 イクが海の中から搭乗モードに設定したあの現地人の少女、エリーゼを抱き上げる。

 

 少女も目を回していたらしく、しばらくぼんやりと空をみていたが、急にハッとしたようになり、いまだ海上で燻る敵のいた場所に向かって叫んだ。

 

『友達が……泣いてる!! 痛いって……』

 

「……やはり沈んでいないのですか」

 

「だったらおまけの魚雷、まとめて叩き込んでやるでち!!」

 

 艦首魚雷は8門。装填済みの魚雷は、まだ5本も残っている。

 

 しかしゴーヤが再び発射体勢に移行しようとしたところで、何かを察したのか少女が肩に縋り付いて来た。

 

『いじめないで!! 友達を、もうこれ以上傷つけないで!!』

 

 小さな身体で、細い腕で必死にゴーヤを行かせまいとする。

 

「はっちゃん……」

 

 すぃ、と近づいたはちが少女の体を抱きしめた。

 

『何で……』

 

『あれは深海棲艦、人間を傷つける黒い船。友達などではありません』

 

『でもっ!!』

 

 優しく、そしてきっぱりと言い切ったはちは、ゴーヤに目で合図を送る。

 

 少女の手を離れたゴーヤは、再び魚雷発射体勢に入った。

 

『止めて!! 殺さないでっ!!』

 

 悲痛な叫びを背中に受けながら、立ち昇る黒煙へと照準を定める。

 

 諸元入力、魚雷発射管5番から7番まで注水、発射口解放。

 

「発射、でち」

 

 先ほどの高揚感が嘘のように、ただ淡々と魚雷を放つ。

 

 再び3本の魚雷が首を並べ、獲物を求める3匹の猟犬のように突き進む。

 

 着弾まで5,4,3……

 

 ―――突然魚雷が届くその手前で、三つの水柱が立ち昇った。

 

「なっ!?」

 

 遅れて激しい音響波の群れがゴーヤたちの体に叩きつけられる。

 

「まさか……ピンガーを収束させて、魚雷を自爆させたでちか……!?」

 

「そんな……Scherz……冗談です、よね? これでは潜水艦の私たちには有効な攻撃手段が……」

 

 ありえない現象。

 

 しかし着弾の直前に、ゴーヤの魚雷が無効化されたのは明らかだった。

 

 いや、そもそも見えない深海棲艦が相手なら、何が起きても不思議ではない。

 

 凍りつく3人の潜水艦娘たちとは裏腹に少女、エリーゼは喜色満面の笑みを浮かべた。

 

『友達!! 無事だった!!』

 

 アフリカ大陸、その山の端がうっすらと朝焼けの色に染まる。

 

 希望を運ぶはずの新しい朝の光の中で、海上にそびえ立つ絶望がその姿をゆっくりと明らかにしていった。

 

 剥き出しにされた青白い肌、紅く燃える瞳、黒い艤装を纏った成人女性型……姫級深海棲艦としての特徴を備えているそれは、しかしどこか普通の深海棲艦とは趣を異にしていた。

 

 顔の半分を外殻が覆い、そこから伸びたチューブが捻じ曲がった多砲塔の兵装へと繋がっている。素体の右腕は無く、代りに残った左腕の付け根から白骨化した別の腕が3本、まるで工場のマニピュレーターのように魚雷管や爆雷投射機を備えてぶら下がっていた。

 

 さらに下半身は両の太腿から先が断ち切られており、バルバスバウ型の黒い殻の周囲には16inch三連装砲が4つ……一つは最初の雷撃で破壊されたそれらがでたらめに配置されている。

 

 できそこないの深海棲艦に、残り物の武器を適当にくっつけた。そんな印象さえ受ける彼女の姿は、その異形ゆえにゴーヤたちの根源的な恐怖を呼び覚ます。

 

「Schrottprinzessin……『残骸戦姫』……」

 

 思わずはちは、目の前の存在をそう呼んでいた。

 

 


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