艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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幕間劇2『紺色人魚姫伝説』(1)

オリョール海に キス島に~♪

凍る波涛も 赤道も~♪

 

 艦隊の先頭に立ち海中を進む白い軍帽に眼鏡をかけたスク水姿の金髪少女―――巡潜3型2番艦伊号第八潜水艦、通称伊8ことはちの耳に装着されたインカムからは、随伴艦二人の呑気な歌声が絶え間なく流れ続けている。

 

 潜水艦は静粛性が命だと何度も注意しているのに……と、はちはリンガ泊地を離れてから何百匹目かになる苦虫を奥の歯で噛み潰した。

 

征こう~ 萬里の海の中~♪

 

 無言で艤装から自分の海軍謹製海中スマホを取り出して、潜水艦用の航法アプリを起動。前回浮上位置から速度と時間、操舵のデータを入力することで、浮上しなくても現在推定位置を割り出すことができる優れものだ。

 

 ……あのショートランドを占領していた陸上移動する泊地棲姫を倒してから一週間後、司令艦・電から司令艦・伊58を中心とするリンガ泊地の面々に、延べ3回目となる欧州ドイツへの潜水艦派遣作戦が要請・発令された。

 

 すぐさま艦隊は海軍の高速艇で泊地を出発した後、岸沿いに西へと進みインド東海岸沖を南下。

 セイロン島で高速艇と別れてからは、人類未踏のF領域で真っ黒に塗りつぶされたアラビア海を横断。

 アフリカ大陸の西にあるマダガスカル島を通り過ぎ、大陸南端の喜望峰を回り、今は大陸西海岸沖をひたすらヨーロッパを目指して北上している途中だ。

 

 しかし第二次世界大戦中もそうであった通り、潜水艦での航海にはいくつか大きな問題があった。

 

 第一に太平洋戦争時の潜水艦技術をモチーフに開発された伊号潜水艦娘の機関ユニットでは、長時間の潜航が難しいこと。

 

 伊号潜水艦の動力は内燃機関のディーゼルと蓄電池-――ディーゼル・エレクトリック方式という、いわば一種のハイブリッド方式だ。ディーゼル機関には燃焼に空気が必要なため洋上航行で使用し、空気を取り込めない潜水中の動力はバッテリーを用いることになる。

 

 だがそのバッテリーが問題で、一度放電してしまえばディーゼル機関を回して蓄電しなければならないこと、バッテリー自体の容量問題から、伊号潜水艦娘の潜航時間は最大でも30時間から40時間程度。

 

 しかも潜航時間が長くなるほど機関のパフォーマンスは悪化し出力が低下、艦娘自身にも酸素欠乏に近い症状が現れ始める。

 

 なので艦隊は、昼間は水深30m程度の浅層を3ノット、時速5.5km程度で潜水航行。

 

 そして夜になったら浮上し、ディーゼル機関を回してバッテリーに充電を行いながらもっとも燃費の良い速度、つまり巡航速度16ノット、時速約30kmで周辺を警戒しつつ洋上航行を行うことになる。

 

 昼も夜も無く泳ぎ続けても、進めるのはせいぜい一日300km。これは昔、一か月以上かけて太平洋を行き交っていたブラジル移民船と同じ速度だ。

 

 第二次大戦の頃と違って可能な限り深海棲艦の現れない沿岸を進む航路を設定しているとはいえ、ドイツまでの道程は約20,000km。到着までかかる時間は片道二ヶ月程度と、水上艦に比べると異様に長い。

 

 第二に通信の問題。水中では極端に電波が減衰することから、通常の通信帯域の電波は使えない。よって海中での通信は音波か有線が基本だ。そうでなくても大東亜共栄圏を離れてしまえば通信基地アンテナも無く、性能の低い偵察衛星のカバー範囲からも外れてしまい、スマホは単なる箱になってしまう。

 

 ただしこの点、伊号潜水艦の機関ユニットにはVLF(超長波)アンテナが標準搭載されていたことから、艦同士の距離が10m前後であれば電波通信が可能であった。そのため遠征艦隊ははち、ゴーヤ、イクの順にまるで市民プールの遠泳専用コースを行儀良く泳いでいるかのように、10m前後の間隔で一列に並んで進んでいる。

 

 また電波を拾えないスマホであっても、機関ユニットに有線で繋げば友軍同士での簡単なチャットや音声通信のインターフェースとして使うことができた。

 

 そして第三、これが一番大きな問題かもしれない……。

 

乙女よ 力よ 頑張りよ!!

ああ~ われ伊号~潜水艦~♪ 

でち!!

なの!!

 

『Achtung!! いい加減にして下さい、二人とも!! これでは潜航している意味が無いです!!』

 

 『潜水艦娘の歌』の1番が終わったところで、はちが大声でトランシーバー状態になっているスマホのマイクに叫ぶと、歌はピタッと止まった。が、

 

『またはっちゃんのお小言、イクもう疲れたのね!!』

 

『そうでち!! 潜航しててもどうせモーター音が五月蝿いんだから、気分転換に歌くらいは許して欲しいのでち!!』

 

 静かになるどころか代わりに不満げな少女たちのキンキン声が返ってきた。

 

 確かに伊号潜水艦の機関駆動音は、かつてドイツの技術者が驚いたほどに騒がしい。

 

 といっても潜水艦の静音対策は難しく、海上自衛隊が

『ジャーンジャーンジャーン!! げえっ、漢級wwww』

 などと笑っていられるようになったのも、近年になってやっとだ。

 

 もちろん艦娘用に機関ユニットを構築する際、ある程度の消音改修を加えてはいるものの、あまりにオリジナルの伊号潜水艦と構造が違いすぎるといけないので、どうしても同じ問題点を抱えてしまう。

 

『Die klappe halten!! だからこそ少しでも静かに、と言ったはずですよ!!』

 

 はちはスマホを持った手をわなわなとふるわせながら、水中でくるっと身体を回転させて背泳ぎしながら後ろに続く二人を睨みつける。

 

 その視線の先、ショートカットにした桃色の髪の上で桜のカチューシャを踊らせながら、やわらかい頬っぺたをぷくーっと膨らませて威嚇している少女がリンガ泊地の司令艦・巡潜乙型改二3番艦伊号第五八潜水艦ことゴーヤ。

 

 そしてゴーヤの後ろで思いっきりあっかんべーをしている、紫色の髪をツインテールならぬトリプルテールにしたお色気たっぷりの巨乳少女が、巡潜乙型3番艦伊号第一九潜水艦ことイク。

 

 初めて派遣作戦に参加するイクはともかく、既に一度はちと一緒にドイツに遠征したことがあるゴーヤは、隠密行動の重要さを十分理解していると思っていたのだが……。

 

 はぁ、と水中で吐き出されたはちの溜息は気泡に変わることなく生体フィールドを介して、背負った機関ユニットの空気循環装置に回収されていった。

 

『イク、もう限界なのね!! 朝も昼も夜も休まず泳ぎ続けて6週間、一度も会敵していないのに息を潜めて過ごす生活……欲求不満でうずうずがうずうずで爆発しちゃうの!!』

 

『仕方ないですよ。燃料弾薬の補給ができない今、Deutschlandに着くまで一度でも敵に見つかったら、これまでの苦労が全部水の泡になります』

 

『分かってるの!! でも嫌なの!! 太陽浴びたい!! ご飯食べたい!! 身体洗いたい!! 服着替えたい!! なのに、どーしてはっちゃん分かってくれないの!!』

 

『待遇改善を要求するでち!! こんなブラック鎮守府、ゴーヤもやったこと無いでち!!』

 

 はちは背泳ぎ姿勢のままで頭を抱える。

 

 彼女には、二人の気持ちは痛いほど分かっていた。

 

 それどころか本当は自分も、許されるなら今すぐ機関ユニットを投げ捨てて、海軍指定のスクール水着から二―ソックスから全部脱ぎ捨て、裸になって海水の冷たさを直接肌に感じながら眩しい太陽の下に飛び出したいくらいだ。

 

 しかしそれ以上に、ここが我慢のしどころだということも彼女は理解していた。

 

 水上艦型の艦娘にも言えることだが、機関ユニットを起動して生体フィールドが発動し、『素体』『艤装』『船霊』が完全に同調している間は、艦娘は艦艇としての性質を獲得することができる。

 

 つまり燃料さえあれば、本来任務中の艦娘には食事も睡眠も排泄も必要ない。

 

 それどころか代償的に生物としての新陳代謝が極端に制限されるため、入浴や着替えも不要。

 

 また副産物として生体フィールドが発動した状態で過ごす間は、艦娘の素体となっている少女たちは年をとることが無い。

 

 成長期に差し掛かる年齢の駆逐艦娘たちなどが、極端に外見が変化することなく数年にも及ぶ艦娘としての任期を全うすることができる理由がそれだ。

 

 『艦艇』としては、イクの言ったような要求は全くもって不要。

 

 しかし『艦娘』としては、確かに不満が噴出してきてもおかしくない頃合いかもしれない。

 

 はちは自分のスクール水着の肩ひもをぐいっ、と引っ張った。

 

 インドで高速艇と別れてから既に40日以上、彼女はずっと同じ水着を着続けている。

 

 そう考えると、理屈上は問題無いにも関わらず、段々自分がものすごく汚れているような気がしてきた。

 

 黙って肩ひもをバチン、と戻す。気のせいだと理解してはいるが、水着の下の素肌がなにやらもぞもぞしてくるような気がした。

 

『Begriffen……仕方無いです、分かりました。この近くのどこかで休憩をはさみましょう。初めてなのにも関わらず、イクはよく頑張っていますし』

 

『いひひっ、やったのね!! ダメもとで頼んでみるものなの!! はっちゃん、愛してるのね!!』

 

『……あ、あれ? ゴーヤ、前回頑張ったのに、途中お休み貰ってない……』

 

 無邪気に喜ぶイクと、何か釈然としないらしく難しい顔のゴーヤ。

 

 さて、それではどこか上陸待避できそうな場所を探さないと、と背面泳ぎから身体を戻し、起動しかけていた航法アプリの地図画面を見る。

 

 現在深度は海面下32.7m。前回潜水開始位置は、白くてもふもふのアンゴラウサギで有名なポルトガル領アンゴラの、その北岸にある首都ルアンダを過ぎたところだった。本日早朝〇四〇〇に水中航行を始めてから既に13時間が経過していることから、計算ではそろそろフランス領コンゴに差し掛かるはず。

 

 現在時刻は〇五一五。海の上は逢魔が時……もうすぐ潜水艦の時間がやって来る。

 

『ねぇはっちゃん、あれ、あれ何なのね?』

 

 と、突然最後尾のイクが行く手を指差して驚いたような声を上げた。

 

『わぁ~、でっかいでち!!』

 

『あれはSchlucht……海底谷? ということは』

 

 アプリの地図画面と目の前に現れた大陸棚に刻まれた窪み、右から左へ潜水艦隊の進路を横切るように走る巨大な断裂を見比べる。

 

 そして通算5回目の遭遇となるそれをしばらく思い出せなかったことからはちは、やはり自分も疲れているという事実を思い知らされた気がした。

 

『コンゴ海底谷!! もうそこまで来ていたんですね……großartig!!』

 

 思わず歓びの声がはちの口から洩れる。

 

 コンゴ海底谷は文字通り、アンゴラとコンゴの間に流れるコンゴ川が、氷河期が終わり海面が上昇する前に大陸棚を削って作り出した海中の峡谷だ。

 

 峡谷は内陸から始まり、次第に滑り台のように深さと広さを増しながらコンゴ川の河口を通り抜け、西の海中に伸びること約85km。

 

 その最深部は海面下2,000m以上にも達すると言われているが、伊号潜水艦の最大安全深度が100mであることを考えると、その深さは計り知れない。

 

 もっとも深海棲艦のせいで大日本帝国勢力圏内でも海洋資源開発は進められておらず、それに伴い深海探査艇の開発もなされていないため、このコンゴ海底谷に限らずマリアナ海溝や日本海溝も実際の深さは未だに分かっていない。

 

『丁度良かったです。せっかく太陽が出ているので、今日はこれから浮上。コンゴ川を遡上してどこかに投錨できる場所を探しましょう。ゴーヤは先に上がって周辺の索敵を、イクはまるゆのベント調節をお願いします』

 

『そうそう、まるゆも海に浸かりっぱなしでフジツボが生えてきてたから、今夜は川の真水でしっかり洗ってあげるのね!!』

 

 イクが嬉しそうに、自分の機関ユニットとワイヤーで結びつけられた魚雷の形をしたグレーカラーの運貨筒――――通称『まるゆ』の頭を撫でる。

 

 大日本帝国から独逸第三帝国に宛てた機密書類や兵器設計図、その他詰め込めるだけの日本土産を詰め込んだ彼女?も、今回の派遣作戦の立派な仲間だ。

 

 なお、この運貨筒の元々の持ち主である陸軍謹製三式潜航輸送艇『まるゆ』-――白スクに海女さんゴーグルを装備した小柄な黒髪ショートカットの気弱そうな少女は、はっきり言ってスペックがゴーヤたちと違いすぎることからこの遠征には付いてこれそうもないと判断され、潜水母艦『大鯨』ら留守番組と一緒にゴーヤ不在のリンガ泊地守っている。

 

『それじゃゴーヤ、ぱぱっと海面を見てくるねぇ~』

 

 少し心配そうに見上げるはち、船足を止めたため勝手に浮上を始めようとする運貨筒と格闘するイクを残し、ゴーヤはまだ夕陽の残光が朱く煌めく海面を目指して艦列を離れる。

 

 生体フィールドを介してエアブローの指令を受け取った背中の艤装で、メインタンクに注入される圧縮空気がしゅっと配管を駆け抜けた。

 

『それから、司令艦だからといってくれぐれも危険な真似はしないでくださいよ!!』

 

 了解、と親指を立てたゴーヤは振り返らずに、ただ真っ直ぐ水面へ最短距離で突き進んで行った。


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