艦隊これくしょん-艦これ-司令艦、朝潮です!!   作:めめめ

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Season1 虚帆泊地二着任セヨ
任務1『虚帆泊地ニ着任セヨ!』


「バグか、この画面は?」

 

 定期アップデートが終わった水曜日の夜、ペットボトルの緑茶を片手に机の上に置いた公私兼用のノートパソコンに向かう。

 

 いつもやっているようにDMMのログイン画面から『艦隊これくしょん』を起動……したところ、突然見たことの無いページが表示された。

 

 いや、正確には少し違う。

 

 それは既に着任した提督には関係ないハズのサーバー選択画面。サービス開始時からは比べ物にならないほど増えたいくつものサーバーたち。

 

 その最前面に、『虚帆泊地 サーバ』と書かれた黒文字のサーバーが表示されている。

 

「……何て読むんだろ、これ」

 

 g00gle先生に聞いてみるが、その名前でヒットするページは無い。念のために公式tw1tterも確認してみたが、書いてあることは微調整内容についてばかり。

 

「サーバーに負担がかかり過ぎてるから、大湊みたいに移動しろ、ってことなのかな?」

 

 着任数が爆発的に増えていた頃……いや、未だに着任希望者は途切れていないのだけれども……運営から呉・舞鶴鎮守府の一部提督に、サーバー負担軽減のため大湊警備府サーバへの移動要請がなされたことがある。

 

 同じように今回のアップデートでも新たなサーバーが導入され、自分がその移動要請対象になったのかもしれない。

 

「しっかし虚帆泊地ってどこだよ」

 

 これまでは歴史的に大日本帝国海軍と関連する場所が選ばれていたのだが、サーバーが増え過ぎたためネタ切れに陥り、とうとう架空の泊地を設定することになったのだろうか。

 

 少し気になったので、某巨大掲示板の『艦隊これくしょん~艦これ~質問スレ』に書き込んでみる。

 

 夜のサーバーが込む時間帯だ。ここにも艦これを起動しながらスレッドを開く提督たちがひしめいていたらしく、それほど待たずして次々とレスが返ってきた。

 

『知らね~よそんなサーバー』

 

『運営に聞いてみたらどうです?』

 

『虚帆wwwwとうとう運営も東方面に堕ちたかwwwうにゅほかわいいようにゅほprpr』

 

『如月駅みたいだな。これオカ板行き案件じゃね?』

 

『スクリーンショットのうpを。話はそれから』

 

『さっさと選択して続報ヨロ。あ、何かあっても骨は拾えないから、気が向いたら靖国に参拝しとくわ。南無~』

 

 予想通りというか、全く役に立たないコメントばかり。ただスクリーンショットに関してはもっともなので、念のためにPrtScでデスクトップ画像を保存しておく。

 

 相談してみたものの答えは出ないようなので、聞くのはまた今度にしてその時画像もアップしようか。

 

 待っていても時間ばかりが過ぎていく。

 

「ま、サーバーが軽くなって環境が良くなるならいいか」 

 

 どうせ運営からは掛け軸くらいしかもらえないだろうけど。

 

 昨日は遠征要員の駆逐艦にキラ付けしている途中でうっかり寝落ちしてしまった。

 

 その後は『艦これ』をいじる時間も無くアップデートに突入してしまったため、今日はまだデイリー任務も終わっていない。

  

 イベントの準備も大型建造も終わってない今、あまり余裕はない。さっさと開始しなければ。

 

「よし、行くか!!」

 

 ペットボトルのお茶をぐっと口に入れ、画面上の『虚帆泊地サーバ』をクリックする。

 

 いつもの真っ暗な背景に、ぷかぷか丸がローディングの間ぷかぷか浮かぶ姿が表示された。

 

 何だ、別に普通じゃないか。

 

『代理提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります!!』

 

 え、今代理って言ったような……。

 

 

 

 瞬間、昼の光が目に飛び込んできた。

 

「朝潮、何ぼ~っとしてんだ?コロッケいらないんなら深雪さまがもらうぞっと」

 

 

 誰かのお箸が振り下ろされ、串刺しにされたコロッケが上がっていく。

 

「やったぜー!!」

 

「ちょ、ちょっと深雪ちゃん!!そんな勝手に……」

 

「だったら五月雨のもいただきっ!!」

 

「もうっ、なんでぇ!?」

 

 不意に目の前に、違うセーラー服を着た小学校高学年っぽい女の子二人が現れた。

 

 握り箸で小さなコロッケを二つ突き刺している方は、黒髪をショートボブにして少し強気な目をした子。スポーツクラブの陸上部かバスケ部、といった感じで、いかにも体を動かすことが好きそうだ。

 

 対してそれを止めようとしているもう一人は色白で華奢、ちょっと変わった意匠のセーラー服を着ている。普通ではありえない水色の長い髪と、優しそうなたれ気味の青い瞳が印象的な少女だ。

 

 二人とも、その顔を見たことがあった―――ゲームの、『艦隊これくしょん』の中で。

 

 吹雪型駆逐艦4番艦、駆逐艦『深雪』と、白露型駆逐艦6番艦、駆逐艦『五月雨』。

 

 旧海軍の船を擬人化した架空の存在である彼女たちが、今、自分の目の前で何やらもめているではないか。

 

「ぶーっ!!」

 

 あまりの衝撃に、口に含んだままのお茶を噴き出してしまう。

 

「わぁっ、朝潮が潮吹いたっ!!」

 

「やぁーっ!?」

 

 驚いて箸を取り落とす深雪と、ちゃっかり自分をガードする五月雨。

 

「なぁに?騒がしいけど、3人ともちょっと行儀が悪いんじゃないかな?」

 

 定食屋によくあるトレイを持った、また違う制服を着た高校生くらいの女の子が近づいて来る。

 

 薄紫色の太くて長いサイドポニーの髪型が特徴的で、すぐに彼女が誰なのか分かった。

 

 長良型軽巡4番艦、軽巡洋艦『由良』。

 

 八四艦隊計画に基づいて建造された姉たちと違い、八六艦隊計画に基づいて設計された由良型一番艦とも呼ばれる軽巡洋艦。

 

 基本能力は平均的だが、その突出した高い対潜能力にはお世話になった提督も多い。

 

「だって深雪ちゃんが……」

 

「だって朝潮が……」

 

 指差さされた順番に由良の視線が巡り、最後にこちらを見たところで止まる。

 

「ああ、これは着替えなきゃダメね。鳳翔さ~ん!!」

 

 振り返って後ろの方、木製のカウンターの奥に声をかける。

 

 そういえば今気づいたが、いつの間にか自分は広い食堂のような場所の、4人掛けの椅子席に座っていた。

 

 窓からは明るい光が差し込み、食堂の隅に掛けられた柱時計の針は、12時27分を指している。

 

 食堂には他にも、事務員っぽい人や工場の整備服のようなものを着た男女の大人たちが皆、自分の昼食と格闘しているところだ。彼らのいる場所とこちら側は、簡単な屏風のようなもので仕切られている。

 

 よく分からないけれども、職員用とそうでないのの違いだろうか。

ぽた、ぽた、ぽた……

 

 さっき噴き出したお茶の水滴が規則正しいリズムでテーブルから滴り落ち、穿いているスカートを濡らしていく。

 

 ……スカート!?

 

 自分の足元を見る。

 

 そこには女子小学生用の、黒い制服スカートと、また同じ色のハイソックスを穿いた足があった。絶対領域には白くて細い、そして子供らしい肉付きの薄い足が覗いている。

 

 何でこんなものを?何でこんなものが?

 

 

 女装趣味にしても小学生の制服は無いだろう。

 

 というか、そもそもそんな趣味があった記憶など無いが……どうにも状況が掴めない。

 

 一人考え込んでいると、カウンターの方からぱたぱたと草履の音が聞こえてきた。

 

 現れたのは割烹着の似合うおっとりした感じの大人しそうな女性。

 

 エンタープライズやロナルド・レーガン含め、世界の空母のお母さん。

 

 鳳翔型空母1番艦、軽空母『鳳翔』、その人だ。

 

「あらまあ、みなさんどうしたのでしょうか?」

 

「朝潮がいきなり潮吹いたんだ」

 

「お茶です!!深雪ちゃんが勝手にコロッケ取るからだよ」

 

「だって朝潮、全然食べてなかったし」

 

 潮を別の意味に捉えたのか、こちらを見た一瞬鳳翔の顔が紅くなったが、すぐ元に戻る。

 

「鳳翔さん、片づけをお願いします。由良も手伝いますから」

 

「もったいないですけど、致し方ありませんね」

 

 目の前にあったお茶浸しのトレイを一つ持ち、カウンターの奥に戻っていく。台拭きでも取りにいくのだろうか。

 

 由良も自分のトレイを脇に置き、残された2つのトレイの皿を重ねて片づけはじめた。

 

 深雪の分はほとんど残っていないが、五月雨のトレイにはまだ食べかけのご飯やら味噌汁やらが多く残されている。確かにもったいない。

 

「深雪、あなたは朝潮をお手洗いに連れて行ってあげて。五月雨は悪いけど、ちょっと寮まで戻って朝潮の着替えを持ってきてくれるかな」

 

「ぃよーしっ、楽な方で良かったぜ!!」

 

「何言ってるの?朝潮が脱いだ服は、深雪がドックの脱衣所まで持って行くの」

 

「なぬ、やられたっ!!そんなことだと思ったぜ、チクショ~!!」

 

 きびきびと駆逐艦二人に指示を下す由良。

 

「じゃあトイレ行くぞ、朝潮」

 

 少しぶすっとした顔の深雪が先に歩き出す。

 

 どうしていいか分からずそれを見ていると、深雪が戻ってきてええぃもう!!と言いながら手を握ってきた。

 

「……本当にどうしたの、朝潮。さっきから一言も喋ってないけれど、どこか具合が悪いのかな?」

 

 引っ張られて行く途中で、由良がさっと額に手を当ててきた。

 

 しなやかな白い指先は少し冷たく、気持ちいい。

 

「うん。熱はなさそうだけど、濡れた服で風邪ひくと大変よね。早く着替えてきちゃって」

 

「わかったよ。深雪、最大戦速!!」

 

「……わわわわぁっっ!!」

 

 想像以上に深雪の足は速い。

 

 食堂を通り抜ける際思わず甲高い奇声を上げてしまい、周囲の注目が集まる。

 

 深雪は構わずそのまま進み、食堂を出てすぐのところにある手洗いに、手を引いたままずかずかと入っていった。

 

 『女子便所』と書かれた方に。

 

 きしきしと音を立てる扉を開けて手洗いの中に入ると、タイル張りの床と壁に木製の個室が4つほど備え付けてあった。先客はいないらしく、ちらっと中を見た限りでは全部和式みたいだ。

 

「ほら、さっさと脱ぎなって」

 

 脱衣を促される。

 

 といっても、何をどうすればよいのか見当もつかない。そうしてまごまごしていると、深雪の無遠慮な手が肩に伸びてきた。

 

 吊りスカートの肩ひもを下ろし、意外と器用にぷちぷち、とお茶の染みができたブラウスのボタンを外していく。が、ボタンの四つ目あたりで面倒になったらしく、

 

「えぇい、もう一気に脱がすか。朝潮、バンザーイってしろよ」

 

 向かい合ってバンザイのポーズをしてみせる。それに従って両手を上げると、えいやっとばかりに上着を引っ張り上げられた。

 

 しばらく身をよじっていると、すぽん、とブラウスが抜ける。

 

「じゃあ深雪は服を持ってくから、五月雨が来るまで顔でも洗って待ってな」

 

 そしてごそごそと自分のスカートのポケットをまさぐると、

 

「これ、使っていいぜ。さっきは一応深雪も悪かったからな」

 

 そう言って白いハンカチを差し出してきた。

 

 受け取ってよく見ると、隅に雪の結晶の小さな刺繍が施されている。

 

 誰の持ち物か非常に分かり易い。

 

「……どうしちまったんだよ朝潮。てっきり『いいわ、自分のを使いますから』なんて言うと思ったんだけど、いやに素直だな。それにさっきから妙に大人しいし、もしかして何か変なもんでも食べたのかい?」

 

「……あ……その……自分は朝潮じゃ……」

 

「まあいいや、寝ぼけてるなら着替える間にちゃんと目覚ましとけよ。じゃーな!!」

 

 一方的に言い放って脱ぎたての服を持った深雪はドアの向こうに消えた。

 

 女子便所の中に自分だけが取り残される。

 

 安物の芳香剤と男子便所と同じようなアンモニアの鋭い匂いが混ざって、気付け薬のように鼻の粘膜と脳を刺激した。

 

「……さっきから朝潮って呼ばれてるけど、一体どういう……」

 

 これが何かの夢ならば、深雪が言った通りさっさと目を覚ましたい。

 

 顔を洗おうと洗面台に近づく。

 

 すると正面に備え付けられた古い鏡に、自分の姿が映った。

 

 毛先が少しカーブした、背中の半ばまで伸びる黒くて長い髪。細い眉毛の下には、意志の強そうな少し目尻の上がった大きな瞳。

 

 美人の条件を揃えてはいるものの、精悍だがまだ幼い顔つき。

 

 そして第二次性徴期が始まったばかりといった、ほとんどが直線で構成された小さな身体。

 

 唯一女性的なのは、微かなその胸の膨らみを覆う白いジュニアブラくらいだ。

 

 

――――70年近く前、太平洋戦争で激戦を繰り広げた大日本帝国海軍。

 

 海に沈んだその艦船たちの力と魂を持ち、今また人類の新たな敵、深海棲艦と戦うことを運命づけられた少女――――の姿をした兵器たち。

 

 自律機動戦闘艦艇『艦娘』。

 

 鏡の中にはその一人、艦娘――――朝潮型駆逐艦1番艦、駆逐艦『朝潮』の姿があった。


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