ハイスクールD×D 同級生のゴースト   作:赤土

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あけましておめでとうございます。
おかげさまで本作も一周年を迎えられそうです。

今年も満足いただける作品になるかどうかは分かりませんが
よろしくお願いいたします。


……クセガ アルモノネ セッテイ トカニ


新年早々前後編構成です。


A sequel to the event. Side Human.

白龍皇との戦いの後、散り散りに解散するオカルト研究部の部員達。

彼らとは別に、残る者もちらほらといた。

後始末と称して残った薮田直人(やぶたなおと)。そもそもオカ研とは何の関係も無いゼノヴィア。

そして、木場祐斗と歩藤誠二。

彼らは皆、成すべきことがあったのだ。

 

まずゼノヴィアはフリードの身柄を拘束し、エクスカリバーを回収する。

その後ろでは、薮田が超特捜課(ちょうとくそうか)に連絡を入れている。

 

「エクスカリバー、返してもらったぞ。イリナがいれば、なお良かったんだが」

 

「いかにエクスカリバーと言えど、使い手がこれではこんなものって訳か。

 ……聖魔剣を持つ者、デュランダルを持つ者としてお互い気をつけたいね」

 

フリードに対し辛辣な評価を下す二人だが、その評価は的確であった。

如何に優れた剣といえど、所詮は道具なのだ。

道具は、使い手次第でその顔を大きく変える。剣に携わる彼らも、その事はよく理解している。

そして、超特捜課との通話を終えた薮田は、神妙な面持ちでゼノヴィアに向き合う。

 

「……ゼノヴィア、でしたね。あなたに残念な通知をせねばなりません。

 紫藤イリナが本日未明より消息不明。目下警察は捜索中。

 それに伴い、あなたの身元引受人が失踪した事によりあなたは再び駒王警察署に

 勾留される事になります。今、警官がこちらに向かっています」

 

「何っ、イリナが行方不明だと!? こんなところでじっとしていられるか!

 すぐに探しに行かないと!」

 

「落ち着きなさい。あなたは一度警察に勾留された身。

 そんなあなたが警察の意向を無視して動けば、今度は勾留ではすみませんよ。

 それに、あなたの身元引受人ということで警察も捜索しています。今は様子を見ましょう」

 

納得はしないような表情ではあったが、ゼノヴィアは渋々薮田の意見に従っている。

程なくして、赤いジャケットの警官――テリー(やなぎ)がフリードとゼノヴィアの護送に現れる。

二人とも公務執行妨害で確保された前歴の持ち主だが

ゼノヴィアが人死にを出していないのに対し、フリードは警官殺しも行っている。

柳としては、フリードの監視に就きたかった。

それには、ゼノヴィアにおとなしく警察まで来てもらう必要があるのだが。

 

経緯を説明した後、ゼノヴィアはパトカーに乗り込む。

曰く、イリナの捜索を行う事、社会的にはともかく警察署と言う建物の中に入る事はできるので

風雨は凌ぐ事ができ、屋内で夜も明かせる事。

諸々の条件を提案し、いくらか平和的にゼノヴィアを駒王警察署まで護送する事はできた。

無論フリードは、十重二十重の厳重な警戒の上

神器(セイクリッド・ギア)持ちの柳が同乗すると言う形を取っている。

 

薮田を含め警察関係者が去った後、そこには木場とセージ、そしていつの間にか現れた

海道尚巳(かいどうなおみ)虹川(にじかわ)姉妹といった幽霊組が残るのみとなった。

 

「なーんか、大変な事になっちまってるけどな。

 ……さて。この空を守ったのは、間違いなくお前らだ。なぁ? 木場」

 

「……ああ。色々あったけれど、君はこれから……」

 

「これからっちゅーてもな、俺様幽霊よ? 幽霊。もう特別思い残す事もねぇしなぁ。

 なるようにしかならないんじゃね?

 なんとなく、俺様の来世は蛇になりそうな気がするけどよ」

 

けらけらと笑いながら、海道は木場の言葉に答えている。

生き残った木場と違い、彼は既に命を落としている。

セージと違い、正真正銘の幽霊である。現世に留まるままと言うわけにも行かない。

それは、もう片方の幽霊達にも言えることだった。

 

「……途中から、コンサートどころじゃなくなっちゃったね」

 

「そうねぇ。私としては不完全燃焼かな?」

 

コンサートを始めたはいいが、途中からコカビエルと言う脅威に晒される事となり

満足のいくまで演奏ができなかった虹川姉妹。

まだまだ、満足のいく音楽会は開けていないらしい。

 

「……この分だと、君らの成仏はずっと先になりそうだな」

 

「あったりまえじゃん。寧ろ幽霊になってからが本番?」

 

「成仏はできないけど、それはそれで。お姉ちゃん達ともいられるし」

 

成仏しそうにない虹川姉妹を前に、セージは頭を抱えている。

一応は悪魔としての顧客なのだが、最近では悪魔契約関係なしに接している事も少なくは無い。

霊魂のみの存在となり、まともに他者との対話が出来ないセージには

数少ない普通に対話のできる存在、と言うのは大きい。

 

……最も、その情緒には大きく問題点があるが。特に次女。

 

「そういうわけだから、セージもこれからよろしくね!」

 

「……あ、ああ。そうだな」

 

無くなった右手をうまく隠しながら、生返事気味になってしまってはいるものの

セージは自分がプロデュースしたわけでもないガールズバンドの応援を引き受けていた。

 

(セージ君。右手や身体の事は話さないのかい?)

 

(言っても仕方ないだろう。そもそも俺は彼女達がここに来るのを当初は反対してたんだ。

 できれば、彼女達には音楽に専念してもらいたい。

 俺の身体や右手の事など、彼女達には関係ないからな)

 

木場の耳打ちに、虹川姉妹に聞こえない程度の声で返すセージ。

セージの言うとおり、彼の右手や身体の問題は彼女達には何の関係も無い。

セージは悪魔契約を行ったとは言え、彼女達からの報酬は形式上のものしか受け取っていない。

或いは、彼女達が摂取できない現世の食べ物か。

悪魔契約は魂を奪うと言うが、セージはそれを良しとしなかったのだ。

 

(ま、お陰で往くは茨の道なんだがね)

 

今自分が置かれている立場に辟易としながらも、セージは今後について考えていた。

失った右手もなのだが、今は自分の身体の手がかりがある。

以前は自分の失態で失敗したが、今度こそは。

そう考えていた矢先、海道がいよいよとばかりに動き始めようとしていた。

 

「それじゃ、そろそろ俺はお暇するわ。

 暫くは俺もギターやってみて、頃合を見計らって成仏するわ。

 それからな木場。最後に言っておくが……もしかしたら、まだ生き残りがいるかもしれねぇ。

 ちゅーても、俺も直接確かめたわけじゃないんだけどな。

 あれから俺達の霊魂も散り散りになっちまったし

 中には怨念になっちまった奴だってそりゃあいる。

 ま、噂程度だ。俺様も保障するわけじゃないから、見つからなくても知らねぇぞ?」

 

「わかった。貴重な情報をありがとう。それじゃ……また来世、でいいのかな?」

 

「……だな。歩藤にゃ見えても、お前にゃ見えないんだもんな。

 ま、来世は蛇になってるかもしれねぇけどよ。あ、蛇じゃギター弾けねぇな。

 やっぱ蛇なしだ、なし。ギタリストか、画家か、或いは侍なんてのもいいな……ハハ」

 

「こらー! せっかくのムードに、しんみりした話するなー!」

 

成仏に対し感傷的になってしまった海道に、虹川家の次女、芽留(める)から叱責が飛ぶ。

慌てて宥めようと長女の瑠奈(るな)が抑えにかかっている。

そんな二人を横目に、三女の里莉(りり)と末っ子の(れい)が、海道に一つの提案を出している。

 

――うちで、音楽活動をやってみないか。

 

「……マジ? ちゅーか、ガールズバンドに野郎入れたらバランス悪くならね?」

 

「うん、だから悪いけどライブには出られない形かな。

 海道さんには、作詞とかやってもらおうかなって。

 ……あっ、でもでも、コラボって事でギター曲出すのもいいかも!」

 

実際、海道が即興で仕上げた詞はボーカルの玲に好評だった。

それもあり、里莉がこうして海道をスカウトしている。

セージのマネージャー任命と言い、人材確保の才能もあるのだろうか。

 

「……そっか。そっかー! はっはっは、騒霊バンドのパイオニアに言われちゃ

 俺様も断れねぇなー! っちゅーわけだ、木場。成仏は当分とりやめ!

 これからは、俺様作詞の方でちょっと気合入れてこうかと思うわけよ!」

 

「そ、そうか。活躍はセージ君から聞くことにするよ」

 

すっかり態度を変え、海道は虹川楽団のお抱え作詞家として

第二の幽霊ライフをすごす事になりそうである。

 

「そうと決まれば次の曲、作るわよ!」

 

「「「おー!」」」

 

「おー」

 

一人テンションの低い瑠奈だが、これは平常運転である。

対照的にやたらテンションの高い芽留。計算高い里莉。引っ込み思案の玲。

そこにお調子者の海道、外部交渉担当のセージ。

最も、セージの仕事は有志に一任しており、専らセージは戦闘の動きを利用した

PV担当になりつつあるのだが。

これでまた、虹川楽団は一つ大きくなった。

 

(……紅白でも出るつもりなのだろうか。

 幽霊の音楽界に紅白なんて概念があるかどうか知らないが

 あ、でもあの世に逝った歌手とかいっぱいいるしなぁ。

 いやいや既に成仏してるはずだしな……)

 

とりとめの無いことを考えつつも、セージはふと思う。

悲しみの繰り返しを断ち切って、俺達は何処へ行くのだろう。

彼女らの明るさに対し、セージの人間として生きたい思いと

悪魔、いや霊魂として培った絆。その狭間で心は揺れていた。

宮本成二には霊感は無い。つまり彼女らとは、セージが悪魔に

霊魂にならなければ出会うはずの無かった縁なのだ。

そこにも、紛れもなく終わらないジレンマは存在していた。

 

(日常を願う心と、日常を脅かす者と戦うための力。

 全く、ジレンマはキリがないな……。

 ジレンマ……ジレンマ、か)

 

悪魔になどならなければよかった、身体を失ってから悲惨な目にばかりあっている。

そう一概にはセージも言い切れない。しかし、人間に、日常に戻りたいと言う願いも本物だ。

答えは出ている。迷いなど無いはずである。

しかし、身体を失ってからのことを全て捨て去れるかと言うと、セージは首を縦に振れなかった。

 

「なぁ祐斗。ちょいとばかり、頼まれて欲しいんだが……」

 

「内容にもよるけど、なんだい?」

 

それと同時に、セージは妙な胸騒ぎを覚えていた。

身体を離れてから、もう暫く経つ。その間、全く身体は無事だったのだろうか。

自分で確認しに行く事は出来ない。相変わらず、病院の入り口には除霊札がある。

実体のあるイッセーや木場には何の問題も無いが、霊体のセージには死活問題だ。

だからこそ、病院に自由に出入りできる他のメンバーに頼むより他無かったのだ。

 

「……なるほど。しかし、別に僕じゃなくても良いんじゃないかい?」

 

「……そうか。まぁ、無理にとは言わない。

 あれから俺も一度も確認していないから気になっただけだ」

 

気乗りのしなさそうな木場の返答を受け、セージは珍しく気落ちしたような表情をしている。

そもそもこの依頼は、セージの容態を確認するだけというただの使いっぱしりだ。

別に木場で無ければならないという事情など、無い。

頼めない相手というのは存在するかもしれないが

その人で無ければならないという依頼でもないのだ。

 

「受けないとは言ってないよ。ただ……部長にも報告はするよ?」

 

「構わない。俺のせいで立場が悪くなられても困るし。

 グレモリー部長に動かれる以上に、手遅れになってないかを知りたいんだ」

 

セージの肉体の容態の確認は、リアスの立会いの下で行われる事になるだろう。

セージにとって、肉体を取り戻す事は大事だが

それは既に手遅れになっているという危険性も

そろそろ考慮すべきという段階にきているとも危惧していた。

ここで言う手遅れ。それはつまり――

 

「……手遅れ。肉体のほうが死んでる、ってことですか」

 

「塔城さん!? いつからそこに?」

 

立ち聞きをしていたのか、小猫が話に入ってくる。

小猫の指摘するとおり、セージは意識不明の重体で病院に運び込まれたのだ。

堕天使の光の槍で貫かれたのだが、表向きには高熱を帯びた鋭利な刃物による損傷となっている。

いずれにせよ、命に関わる容態である事に変わりは無い。

同じ手口で襲撃されたイッセーは、それで命を落としているのだ。

 

「……私にも、協力させてください」

 

「それはありがたいが……礼は何も出来ないぞ? 黒猫だってあれから……」

 

セージの言葉に、小猫は首を横に振る。

そこには、仲間を失いたくないという意思が現れていた。

と、それだけ見れば美談で済むのだが、敢えてセージは意地悪な返答をしたのだ。

 

「……いいのか? 俺の目的は自分の身体を取り戻す事だ。

 自分の身体が戻った途端、オカ研を抜けるかもしれないぞ?

 というか抜ける。学費だけじゃなくて入院費も払わなきゃならないからな」

 

「……先輩の身体が死ぬよりマシ、です」

 

「部長はダメって言うだろうけど、部活じゃなくても顔を合わせる機会はあるんだ。

 身体が戻れば、昼間も実体があるんだよね? なら十分さ。

 同じ学校に通っている以上、接点はいくらでも作れるさ」

 

「……だからってウ=ス異本の題材にされるのは御免被るがな。

 ともかく……ありがとう。以前イッセーと組んだときには俺のせいで失敗したが

 今度はそうならないように気をつける」

 

リアスがセージの退部を拒否するのはセージ自身も織り込み済みだった。

しかしそれでも、木場や小猫がセージの提案に乗るというのは

セージにとっては少々想定外だったのだ。

 

目下の問題が片付いた今、セージにとって最大の課題である

「自身の身体を取り戻す」事は、ここに新たな協力者を得て

佳境へと突き進もうとしていた。

 

……その先にあるのが、とんでもない事実だとしても。

 

――――

 

コカビエルが討ち取られてから数日後。

騒動の渦中にいた駒王町は、すっかり以前の姿を取り戻している。

街中にはまだ微かにオルトロスが暴れた痕こそ残っているが

駒王学園については、ここで堕天使幹部との激闘や二天龍の戦いが繰り広げられたのが

嘘のような復旧を遂げている。

 

「やっぱすげぇな。次の日にはもう学校も元通りなんだからな」

 

「なんでも、ご実家から人材を派遣したそうだよ?」

 

「さ、さすが部長さんですね!」

 

部長――リアス・グレモリーの実家、すなわちグレモリー家が駒王学園の復旧に

総力を挙げた結果である。多忙とは言え、この程度の余力はあったと言う事なのだろう。

 

「……でも部長、忙しそうでした」

 

「ええ。今部長は薮田先生のところに行ってます。

 先に活動を始めても良いと言ってましたので、始めちゃいましょうか。

 ……ってあら? セージ君がいませんわね? 霊体のままなら出てきてくださいな?」

 

「あの野郎……今日も朝から見てないんすよ」

 

「あらあら……仕方ありませんわね」

 

木場がオカ研の活動を再開したというのに

今度はセージが顔を出さなくなった。口先だけは困った様子の朱乃ではあったが

結局、その日も何事も無かったかのように部活動は始まったのだ。

 

そして同じ頃、リアスは薮田直人の下へと出向いていた。

 

――初夏、某日午後。

駒王学園・職員室。

 

「……つまり、部活動の一環で夜の運動場にいた、と。支取君の証言もありますし

 それに……書類も一応出揃っていますね。今回は伝達ミスと言う事にしておきましょう。

 疑うような真似をして、すみませんでしたね」

 

「ありがとうございます、先生」

 

「ただし。今後は支取君だけではなく私か他の教師にも伝えるように。

 あなた方には不服かもしれませんが、我々は親御さんより

 あなた方の御身を御預かりしている身ですので。

 万が一が起これば悲しむのは我々だけではなく、親御さんもであると言う事は

 努々忘れないよう、お願いしますよ」

 

リアスにかけられていた薮田の嫌疑は

生徒会長ソーナ・シトリーの口添えもあって不問となった。

これによって、オカルト研究部は表向きにも今までどおりの活動が可能になった。

 

……のだが。

 

「……それより薮田先生。今度は私から質問させていただきたいのですが」

 

「何を聞きたいのかは察してますが、何でしょう?

 そういえば、駒王警察には『俺に質問をするな』と言う口癖の警視が……」

 

「はぐらかさないでください。先生こそ何故、あそこにいたのですか?

 それに、あのときの砲撃に、二天龍の……」

 

薮田の態度を気にも留めず、リアスはなおも食いつく。

話している内容が内容だけに、周囲にいる他の教師には

奇妙なものを見る眼で見られそうな質問の内容だったが

それを周囲の教師が気に留めることはなかった。リアスの認識阻害の魔法の賜物である。

 

「……また認識阻害の魔法を使いましたね。

 あまり人の世においてそういう真似は好ましくないのですがね。

 それについてですが、あの時ヴァーリ――白龍皇に言ったとおりですよ。

 人の世に仇なすものを、私は決して許しません。人が人として生きられる世界。

 それが私の望みです。それ以上でも、それ以下でもありませんよ。

 

 では期末試験の準備がありますのでこれで……そうそう、あなたのテストですがね。

 世界史はまぁいいでしょう。ですが、日本史をもう少し頑張った方が良い。

 と、担当の先生がおっしゃってましたよ。一度相談されてはいかがです?」

 

「先生、まだ私の話は……っ!」

 

しかしそこまでしても、リアスの納得のいく答えは返っては来なかった。

薮田にとっては、ここで世界史の教師を勤められる事。人の世で人として生きていける事。

それだけが、重大な要素を占めているのだ。それを脅かすものとは何者であれ戦う。

それは暗に、薮田がただの人間ではない事の証左であるが

その正体まではリアスも掴めていない。神器持ちの人間なのか、或いは人外の存在なのか。

前者ならば、堕天使が放置するはずも無いのだが。

 

そしていずれにせよ、自身の領地であるはずの駒王町、それも精力的に活動しているはずの

ここ駒王学園に、薮田のような正体不明の実力者が存在していた事。

その存在は、リアスにとってあまり喜ばしい事ではなかったのだ。

 

「薮田先生、一体何者なのかしら。絶対に尻尾を掴んで見せるわ。

 この私の領地において、正体不明の存在が居るというのはいい気がしないわ……」

 

(……リアス・グレモリーにも困ったものですね。

 隠し事をしているのは事実ですが、別に危害を加えるつもりは無いのですがね。

 ……人の、人としての尊厳を守り続ける限りは、ですけど)

 

――――

 

――同時刻、駒王警察署。

 

「……っくしっ。夏風邪か? この忙しいときに厄介だな」

 

この日の駒王警察署は、まるで師走時のような忙しさであった。

先日の事件に対する始末書等々の対応に、超常事件特命捜査課(ちょうじょうじけんとくめいそうさか)の活動報告。

そして、先日未明に確保された連続殺人鬼フリード・セルゼンの護送に関する手続き。

街中に出て、パトロールをするだけが警察の仕事ではない。

公的機関である以上、発生した事件のあらましを報告する先は国――国会も対象に含まれる。

そこに先日のオルトロス騒動に、陸上自衛隊が出動するほどの広域避難警報騒動である。

一連の騒動に対し、下は駒王町在住の住民から、上は国会議員。

両者からの質問に忙殺されている。警視庁も、今回の件に対し会見を行う事になっている。

 

超常事件特命捜査課のテリー柳警視もまた、忙殺されている職員の一人。

まして彼は、組織図の上でも超常事件特命捜査課の課長を任命されている立場である。

説明義務も、当然のことながらに発生する。その報告書の作成は、並の事件のそれとはまた違う。

 

……あまりにも突拍子の無い出来事を、如何に報告するか。

ありのままを報告するのが本来の主旨なのだが、如何せん出来事が奇想天外すぎる。

かと言って、虚偽の報告も行えない。それでは対応が後手後手に回ってしまうからだ。

そんな癖のある報告書の作成に柳が頭を抱えていたころ

超特捜課の巡査、氷上涼(ひかみりょう)が駆け込んでくる。

 

「柳さん、ただいま戻りました」

 

「氷上か。彼女は見つかったか?」

 

柳の質問に、氷上は首を横に振る。

彼女と言うのは、先日未明に悪魔によって拉致された紫藤イリナ。

誘拐事件という、本来ならば捜査本部を立ち上げるほどの事件ではあるのだが

捜索届も出ておらず、駒王警察署自体がこの有様である事から

現場に居合わせた氷上と数名の警察官によっての捜索が行われているのみである。

 

「自分の失態です。悪魔による犯罪を阻止する課でありながら……」

 

「氷上。何度も言うようだが、この課自体発足して間もない。

 おまけに昨日は戦力の整っていない状態だった。お前が無事なだけでも良しとしておけ。

 とは言え……身元引受人がまさか行方不明になるとはな」

 

そう。紫藤イリナは、以前警察に身柄を確保された

ゼノヴィア・クァルタの身元引受人でもあった。

彼女の口添え――と言うよりはヴァチカンの司教枢軸卿――の働きにより

ゼノヴィアは保釈されていた。そして今、イリナが行方不明である事に加え――

 

「おまけに、司教枢軸卿がゼノヴィアの保釈を取り下げてきた。

 エクスカリバーが戻った途端これだ。言っても詮無き事だが、奴らも随分勝手だな」

 

「……全くですね。今回は以前と違って、すんなりとこちらの指示に従ってはくれましたが……」

 

司教枢軸卿が、ゼノヴィアの保釈を取り下げたのだ。

それはつまり、再び彼女が勾留される事を意味している。

そのために現在ゼノヴィアは駒王警察署にて身柄を預かっている形になっている。

 

「だが、もう聖剣絡みの事件は解決している。今回の公妨だって、その事件絡みで起きた事だ。

 正直、これ以上彼女をこちらで勾留する必要があるのかどうか。

 調べたところ前科も無いし、俺個人としては早いところ帰国させたいんだが……」

 

ため息をつきながら、柳が言葉を続ける。

 

「……ヴァチカンがな。彼女の身元引き受けを拒否したんだ」

 

「なんですって!? しかし、彼女はヴァチカンから……」

 

「ああ。勿論先方に問い質したさ。そしたら返って来たのは『彼女は破門』の一言だけだ」

 

吐き捨てるように柳が現在のゼノヴィアの扱いについて氷上に話す。

そのぞんざいな扱いに対し、柳も内心では怒り心頭であることが見て取れる。

 

「こういう事を言うと超特捜課の人間としてはどうかと思うんだがな。

 俺は正直、あまり宗教と言うのに詳しくは無い。だが調べてみると

 どうやらゼノヴィアは彼女の崇拝する宗教の禁忌に触れてしまった、と言う事らしいな」

 

「我々日本人にはよく分かりませんが、それだけの理由で破門どころか

 国に帰る事すら許されないんですか……」

 

重苦しい空気に包まれている超特捜課の事務室。一人の少女の理不尽な処遇は

彼女をやむなく勾留した彼らにとっても、とても歓迎できるものではなかった。

そんな空気を振り切るように、柳はさらに別の話を続ける。

 

「……で、だ。俺も何とかコネのある検事に話をつけてな。

 条件付で彼女を釈放できる事になった」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ。まだ手続きに少しかかるがな。蒼穹会(そうきゅうかい)ってNPO法人が名乗り出てくれた。

 なんでも、少年犯罪を犯した青少年の社会復帰も支援しているそうだが

 実質は、俺達のように――つまり、悪魔だの堕天使だの

 人外による事件に対抗すべく組織されたNPO法人だ。

 勿論、事件の解決と言うよりは、事件の被害者を保護する、って趣だけどな。

 身元引き受けの担当が面会に来るはずなんだが……」

 

今までの暗い話を吹き飛ばすかのように、ゼノヴィアの釈放と言う話が柳の口から出る。

NPO法人による支援の下、日本国での活動が制限つきとは言え認められるらしい。

来日したはいいが、事件の解決と共に帰るべき国を失ったのは不幸としか言いようが無い。

己の役割に忠実に従った少女が異郷の地で野垂れ死になど

柳にとっても気分のいいものではなかった。

 

柳の話が終わると共に、扉がノックされる。

柳の合図と共に扉が開くと、そこには黒いスーツに身を固めた、堅物そうな青年が立っていた。

 

「本日、身元引き受けの面会の件で来た蒼穹会の伊草慧介(いくさけいすけ)です」

 

「駒王警察署超常事件特命捜査課のテリー柳だ、よろしく頼む」

 

「同じく、氷上涼であります」

 

そこに入ってきた堅物そうな青年を見て、驚いたのは氷上である。

その話の内容たるや、ある意味ではゼノヴィアの件以上に信じられない事であった。

 

「伊草……慧介……ああっ! 自分が香川から本庁に出向した時、公妨で確保した!」

 

「なに……?」

 

「今その話をするのは止めなさい。それに、今勾留されているのは私ではない!」

 

冗談のような話である。なにせ公務執行妨害で勾留されている人間を保護するのが

同じく公務執行妨害で確保された経験のある人間なのだ。

当然のようにその事に対しては本人はいやな顔をしていたが。

 

「まあ、もう1年位前の話ですからね。それに、その時も今回のようにすぐ保釈されましたし」

 

「その時保釈金を出してくださったのが、蒼穹会の会長だ。

 ……と言うかだ。そもそも俺の話はいい、勾留されている人に会わせなさい」

 

「ああ。氷上、すまないが案内してやってくれないか?」

 

氷上に連れられる形で、伊草慧介という青年は超特捜課を後にする。

事前に送られてきた伊草慧介という人物に関する書類に目を通し、柳はまたため息をつく。

 

「……伊草慧介。元教会所属の戦士。教会を脱退した経緯は諸説あり。現在は賞金稼ぎ。

 元教会所属と言う事で彼が任命されたのだろうが……まさか彼も前科持ちだったとはな。

 やれやれ……これでは絶望が俺のゴールになりそうだな。いや、既になっているか」

 

柳は再び、自分の机の上に山のように積まれた書類との戦いに赴くのであった……。




次回は今週中に投稿できればと思ってます。

では今回の解説。

>この空を守ったのは~
強引でも、〆にこの台詞を使いたかったので。
場面に合わせて一応改変は入れてますが
この場で言わせてしまったが故の改変です。
他の生き残りについて触れてますが、たぶん出ません。たぶん。

>リアス・グレモリーの日本史の成績が悪いのは何故か
これについてはまた反感食いそうな設定ですが
「間違った日本観」を植えつけられている部分があるということは
「正しい日本観」つまり日本史がまともに入っていない、と解釈しましたので
こういうことになってます。
世界史については、そこまで悪くする理由はあまり無かったので
普通に優秀とお考えください。

……成績と実際の行動は必ずしも一致しませんがね。

>伊草慧介
名前でお察しの通り753がモチーフです。
公務執行妨害でしょっ引かれているところとか。
つまり、753がゼノヴィアを弟子にすると思っていただければ。
……あ、また少し後の話で触れますがイメージとしては
キバ本編終了後の753をイメージしてますので。
つまり、そういうことです。
合わせて、蒼穹会は「素晴らしき青空の会」がモチーフです。

>絶望が俺のゴールだ
まぁ……立場的に書類仕事もやらなきゃいけないから、ね?
W本編の照井がせっせこ書類にハン押してるイメージは中々沸きませんが
どこぞの宇宙警察の署長は年末にせっせこハン押してましたし。

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