ハイスクールD×D 同級生のゴースト   作:赤土

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絶賛夏バテ中です。
皆さんも体調管理には気を付けて。

でないとこうなります。


……さて今回、いよいよアモン行動開始です。


Special11. 裏切り者の名を受けて

――俺を呼んだのは、お前か――?

 

セージの肉体の眠る病室に、呟きが木霊する。

セージの枕元には、蝙蝠の翼のような頭を持ち、青白い肌をした悪魔が佇んでいた。

しかしその身体はうっすらと透けており、彼もまた魂のみの存在であるかのようであった。

 

彼の名は、アモン。ソロモン72柱の第7位の侯爵の名前。

尤も、今やその位はレーティングゲームのお陰で有名無実化しているのだが。

 

……しかし、彼は違っていた。

レーティングゲームと言うシステムが生まれる前から悪魔として戦い抜き

冥界では勇者とも呼ばれていた。ある時までは。

 

それがいつの時代かは最早知るものの方が少ないが、現代において彼、アモンは

その名を失い、次元の狭間に幽閉された「裏切り者」なのであった。

彼がアモンと呼ばれているのは便宜上に過ぎず、現在存在しているアモン家とは

その関連は無いと言っていい。

ともすれば、血縁関係すら無いのではないかとさえ噂されるほどだ。

 

そんな彼が、何故特殊な神器を持っているとはいえ

その存在の特殊性以外は何の変哲もない少年に目を付けたのか。

 

……アモンもまた、神としての貌を持つ悪魔だからなのであろうか。

神でもあり、悪魔でもある。そんな存在は枚挙に暇がない。

寧ろ純正な悪魔こそ、希少価値が高いのではないかとさえ一部では囁かれている。

 

アモンのみならず、冥界の主流たる72柱の有名所であるバアルもまた

とある神話勢力の籍を置く神が姿を変えたとも、神そのものであるとも言われているのだ。

 

そして今、アモンはセージの頭に手をかざしている。

それは悪魔の呪いか、神の祝福か。

その答えは、まだだれにも分からない――

 

――――

 

曲津組・本拠地跡。

 

リアス・グレモリーとソーナ・シトリー、そして彼女らの眷属によって展開された結界によって

奇跡的に周囲への被害は食い止められていた。しかし、その動きは完全に封じられてしまい

覇龍と化したイッセーを食い止めるための戦いに参加できないどころか

周囲に絶えず現れるアインストへの応対さえできない状況に陥っていたのだ。

 

「こうなったら……白音、無茶しない程度に任せたわ!

 人間のみんなが病院から帰って来るまでの間

 私もアインストとの戦いに加勢するにゃん!」

 

「……姉様、気を付けて……!」

 

黒歌の参戦により、多勢に無勢だった伊草慧介(いくさけいすけ)も体勢を立て直すことに成功する。

しかしそれでも、たった二人でアインストの軍団を相手にしなければならない事に変わりはない。

二人だけで相手をするには、アインストは強敵である。

 

「ヴァーリ、悪いがちょっと負担増やさせてもらっていいか?」

 

『なるほどな、大体わかった。だったらセージ、ちょっとくすぐったいぞ』

 

DIVIDE!!

BOOST!!

 

DIVIDE!!

BOOST!!

 

DIVIDE!!

BOOST!!

 

DIVIDE!!

BOOST!!

 

分身を活用し、セージは覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の相手とアインストの相手を同時に行うことにしたのだ。

ヴァーリの答えを聞くまでもなく、セージ――と言うかフリッケン――が

分身の生成を実行に移したのだ。

 

分身の参戦により、対アインストの戦力比は五分にまで持ち直すことが出来た。

そしてさらに――

 

SOLID-NIGHT FAIL!!

 

「モーフィング! 小石を『アントラクス』に変化させる!」

 

ナイトファウルの実体化、専用弾の変化等アインスト対策のための準備を始めている。

アインストのコアであるミルトカイル石を破砕できる特殊弾「アントラクス」。

武器を使った戦いや立ち回りのうまさではセージより慧介の方に分があるため

造られたナイトファウルは慧介の手に渡されることとなった。

 

「慧介さん、それを!」

 

「ああ、任せなさい!」

 

その一方では、モーフィングに専念しているセージが居たり

レーダーでアインストの動きを逐一伝えているセージが居たり

勿論、遠距離から直接攻撃を敢行しているセージも居る。

分身それぞれに役割を与えることで、多角的な戦術を展開することに成功していたのだ。

 

「があああああああああああっ!!」

 

その甲斐あってか、劣勢だった戦況は徐々に好転しつつあった。

 

しかし、そんなセージにも弱点はあった。

一人一人の力は決して強くない――否、強化が追い付かないのだ。

だが勿論これは、真っ向から戦えばの話である。

そこでセージは分身を活用し、ある作戦に出たのだ。

それはかつて、ある白猫を助けたあの作戦。

 

DIVIDE!!

 

DIVIDE!!

 

DIVIDE!!

 

DIVIDE!!

 

「……ほう、一斉に半減をかけることで

 『1回しか半減できない』って弱点を無効化したのか。面白い」

 

「白音さんを助ける時に使った技の応用だ。

 だが半減してもまた倍加させちまう、こいつはキリが無い!

 ヴァーリ、お前からも頼む!」

 

しかし、セージの言葉を無視するかのようにヴァーリは覇龍のイッセーに殴りかかっていく。

弱体化した状態ではなく、なるべく強い状態の相手と戦いたいという悪い虫が

ここに来て騒ぎ出したのだろうか。ともあれ、足並みがそろっていない。

アインストは勝ち目が見えてきたというのに、一向に覇龍は止まる気配を見せない。

 

「遊んでる場合か! 俺は本気で止めるぞ! モーフィング、『神経断裂弾』を生成!」

 

かつてイッセーと戦った時に「やり過ぎた」と評した神経断裂弾を

何のためらいもなく生成し、使用しようとしている。

そこは既に認識の差異であると言えよう。ヴァーリは今の覇龍を好敵手として見ており

セージは巨大災害として見ている、その違いだ。

 

しかし、ここに来て相手の強大さが如実に表れることになる。

そしてそれは、受け入れなければならない人類の限界なのかもしれない。

 

確かにセージは、実体化させた銃の弾を神経断裂弾に変え、急所めがけて撃ちこもうとした。

ところが、神経断裂弾は相手の肉体の内部に抉り込み

内側から破砕することでダメージを与える銃弾。

つまり、霊的な存在に効かないのは勿論なのだが、そもそもの問題として

 

――銃弾が相手の身体に抉り込まない限り、神経断裂弾はその効果を発揮しないのだ。

 

そして、覇龍の表皮は……セージの実体化させた拳銃では歯が立たなかったのだ。

宝玉部分も狙ったが、見事に弾かれてしまった。目や口の中を狙える状況ではない。

 

「くっ、ならこれだ!」

 

SOLID-CORROSION SWORD!!

 

腐食の剣を突き刺すことで、相手の表皮を腐食させ、そこに神経断裂弾を撃ち込むという

とても相手が元兵藤一誠だと思えない戦術を立て、実行に移している。

 

「ぐがあああああああああっ!!」

 

しかし、咆哮と共に振り下ろされた一撃で腐食の剣はへし折られ

セージも一撃を受けてしまい、展開している分身が軒並み崩れ落ちてしまう。

 

「「「「ぐわっ!?」」」」

 

EFFECT-HEALING!!

 

ダメージを受けた分身のうちの一体が、すかさず回復を実行に移したために

分身が全滅するという事態は避けられたが、ここに来てパワー不足が仇となったのだ。

幾らパワーを減らしても、すぐに元に戻ってしまう。

奪ったパワーを使おうにも、際限なく供給されるであろうパワーなど

自壊の恐れがある危険物でしかない。

そう考え、セージは奪った力をすぐさま放出して影響を最小限に食い止めていたのだ。

ヴァーリもその弱点はとっくに把握しており、そのために白龍皇の光翼の力は

最小限度にしか使っていない。と言うより、能力半減と言うデバフにも程がある白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)

ヴァーリが望む、本気の殴り合いにはとても向かない能力だ。

 

「く……っ! さすがは俺と対を成すドラゴンと言うだけの事はあるか!」

 

見境のない覇龍の攻撃の前に、ヴァーリも徐々にではあるが押され始め

 

(単純にパワーが追い付かない……奴を止めるには……どうすればいいんだ……

 

 ……ッ!? な、なんだ……体が……消えて……!?)

 

数で攻めていたセージも、その単体の力が弱いという弱点を突かれ

いとも簡単に蹴散らされてしまう。

アインストとの戦いには光明が差しつつあるというのに、もう片方の脅威は

今なお駒王町を、人間の世界を覆っているのだった。

 

そして、突如として薄くなりだしたセージの身体。

 

『セージ! ま、まさかお前……!』

 

その答えは、病室にある彼の身体が物語っているのだった。

 

――――

 

――駒王総合病院、セージの病室前。

 

この扉の向こうには、春から目を覚まさない一人の少年が眠り続けていた。

過去形なのは、今しがた急変があったため、集中治療室に搬送されたためだ。

集中治療室前に駆け出して行ったセージの母親を見送り、アーリィは病室に微かに残る

悪魔の気配を感じ取っていたのだ。

 

(これは……この魔力の痕跡は彼のものとは違いますね。

 だとすると別の悪魔が? 一体なぜ……?

 聞けば、グレモリー家や四大魔王からは睨まれているらしいですけど

 そもそも、そういう呪術的な殺し方を実行するのであれば

 私の『これ』に反応があって然るべきです。何か違う、別の要因があるのでは……)

 

聖書を開きながら、サイコメトリングをするかのように病室の様子を探るアーリィ。

すると、ぼんやりと魔力の痕が魔法陣を描くように浮かび上がる。

しかしそれは、グレモリーの魔法陣ではなかった。

 

(これは……見たことがあります。アモン、それもアーキタイプの魔法陣。

 ここにいたのは……アモン? 私の知るアモンとこの世界のアモンが同一とは限りませんが

 一体なぜ……?)

 

考え込むアーリィだったが、その考えを中断させざるを得ない出来事が起きた。

病院内が騒がしいのだ。事態がおかしい事に気付いたアーリィは、思案を中断して

病室の外に飛び出したのだった。

 

 

――そこにあったのは、さらなる騒動。

病院に運び込まれた曲津組の組員が、アインストへと変貌して暴れていたのだ。

阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌を遂げかねない事件を前に

果敢にもゼノヴィアとアーシア――厳密にはラッセーだが――がアインストを撃退していたのだ。

 

「ラッセー君、お願いします!」

 

「組員がこんな形で暴れ出しているとはな……だがここは人々の最後の砦みたいなところだ!

 何が何でも私達の手で守るぞ!」

 

「アーシア、ゼノヴィアさん、お待たせしました、加勢します!」

 

ナイトファウルを手に、アインストへと変貌した元組員を撃退していく三人。

そんな中、一人の幼い子供がアインストの餌食になろうとする。

三人からは届かないが、駆けつけた一人――兜甲次郎(かぶとこうじろう)の活躍で事なきを得るのだった。

 

「なんだよこのバケモノは!? これも悪魔の一種なのかよ!?」

 

「違います! けれど人間にとって害のある存在には変わりありません!

 私達が押さえますから、皆さんは逃げてください!」

 

「女の子に任せて逃げるのは癪だけど、俺達にバケモノ退治は出来ねぇからな……

 頼んだぜアーシアちゃん! その代わり、無事に帰って来いよ!」

 

アーシアに促される形で、甲次郎は渋々子供を連れてその場を離れるのだった。

その先には、如月皆美(きさらぎみなみ)をはじめとした大那美(だいなみ)の仲間たちが避難誘導を行っていたのだ。

 

「甲次郎! 無事だったのかい?」

 

「たりめぇだ! それより、この子の親を知らないか?

 さっきあのバケモノに襲われそうなところを助けたんだけどよ……」

 

見ると、子供は親を求めて泣きじゃくっているようにも見えた。

この混乱ではぐれたのだろうか、甲次郎も皆美も、他の仲間達も親を探すが

一向に見つかる気配はなかったのだった。

 

 

そんな中、覚束ない足取りでイリナがやって来る。

相変わらず目は焦点が合っておらず

ともすればアインストに操られているのではないかとさえ思える始末だ。

 

「イリナ! 気が付いたのか! だが今は危険だ、下がって……」

 

「答えてゼノヴィア。なんであなたは戦えるの?」

 

イリナは焦点のあってない目でゼノヴィアを見つめ、質問を投げかける。

戦いながら、ゼノヴィアはイリナの質問に答える。

 

「守るべきものが出来た! それは誰かに強要されたものじゃない!

 私が守りたいと思ったから今私はここにいる!

 私は人間を守りたいから剣を取ったんだ! それは昔も今も変わらない!

 勿論、ここにいる人達もだ!」

 

それはゼノヴィアの戦う理由。だが、今戦っているアインストも元は人間。

そう言う意味では、ゼノヴィアの発言は矛盾している。

人間を守るために人間と戦う。致命的な矛盾だ。

 

「……勿論、今私が剣を交えている相手が元人間だって事も知っている。

 だが、私は誰かの命を脅かすような輩が相手ならば相手が人間だろうと戦うと決めた!

 そこにある家族を、そこから生まれる未来を守るために……私は、戦う!」

 

デュランダルを握り直し、アインストの触手を斬り捨てるゼノヴィア。

これは短い間だったが慧介と過ごしたことで生まれた、ゼノヴィアの新たな戦う理由。

神のためではなく、人のために剣を振るう。

 

それはかつてアーシアが、神の加護を受けるためではなく神を忘れないために悪魔になりながらも

神への信仰を絶やさない、と語ったのと同様、敬虔な信者でありながらも

神の不在に絶望することなく、新たな道を歩み始めた二人だ。

 

その言葉に感銘を受けたものがいる。アーリィだ。

この世界ではアーリィとゼノヴィアの面識はないどころか

そもそもアーリィ・カデンツァと言う人物が存在しているのかさえ疑わしい。

仮にいたとしても、故郷の欧州某国で家族でケーキ屋を営んでいるのかもしれない。

 

しかし今ここにいるアーリィは、そんな平和な家庭どころか

家族を悪魔によって滅茶苦茶にされたのだ。

それ以来歪な心を持ちながらも、教会の祓魔師として彼女の知るゼノヴィアと共に戦い

彼女の知るアーシアとは姉妹のような関係だったのだ。

 

良く見知った存在ながらも赤の他人と言う現状は

アーリィにとっては一抹の哀しさを物語っていたが

彼女の知る存在よりもある意味では逞しくなった二人の存在は

アーリィに力を与えていたのだ。

 

「いいお師匠さんに恵まれましたね、ゼノヴィアさん、アーシア」

 

「ああ。本人曰く『俺は常に正しい、俺が間違う事は無い!』だそうだがな」

 

「えっ? 違うんですか?」

 

ホームステイと言う形で寝食を共にしているゼノヴィアにとっては

伊草慧介と言う人物の人となりがだいぶ見えて来たらしく

彼の言う事を全て鵜呑みにはしていない。

一方アーシアはまだ伊草慧介と言う人物が良く分かっていないらしく

自称である最高な人発言を鵜呑みにしてしまっている。

アーリィも、もしかしたらそう言う傾向があるかもしれないが

彼女はそれほど慧介との接点がないのが幸か不幸か。

 

人を守るための剣。それは、神の戦士として過ごしてきたイリナにとっては

考えもつかない事になってしまっていたのかもしれない。何故なら、彼女の剣は神の剣。

人を守るためではなく、神の敵を討つための剣だったのだ。

そしてその神の不在を知り、存在意義を見失ったところにカテレアら禍の団(カオス・ブリゲート)に入れ知恵をされ

ただの心なき暴力になり果ててしまっていたのだ。

 

「わかんない……わかんないわよそんなの!

 ゼノヴィア、あなたよく神が居なくても平気でいられるわね!?

 神ってのは、私達にとっては生きてる意味そのものだったってのに!

 だから、だから私は……私は……っ!」

 

「そうですけど……違いますよ、イリナさん」

 

泣き叫ぶイリナをあやすように、アーシアが語り掛ける。

しかし、イリナはそのアーシアの声を拒絶し、さらに感情を爆発させる。

そこには、かつてアーシアを魔女と蔑んだ一件も影響しているのかもしれない。

 

「魔女が知った風なことを言わないでよ! 結局そうだ、みんな私から離れていく!

 だから、だから私は……っ!

 これじゃ、私は何のために……何のために……っ!!」

 

泣き叫び、地面に突っ伏すイリナに、アインストの鉤爪が襲い掛かる。

アインストにとって、イリナの事情など知ったことでは無いのだ。

しかし、その鉤爪はゼノヴィアのデュランダルによって弾かれる。

そう。ゼノヴィアがイリナを守ったのだ。

 

「……少なくとも、私はイリナから離れたつもりは無い。

 イリナ、環境は変わっても、私達は友達じゃないのか? それとも、これは私の思い違いなのか?」

 

「ゼノヴィア……そんな……でも……」

 

周囲のアインストは、アーリィがナイトファウルで片づけていた。

安全を確認すると、ゼノヴィアがイリナの手を取ろうと近づこうとする。

 

……しかし、その手は槍によって阻まれたのだ。

槍の飛んできた方向を見ると、ドイツ軍服らしき服装を纏った仮面の女性が佇んでいる。

聖槍騎士団、その一人だ。

 

「そうはいかないわ。彼女は既にこちら側の住人。

 そうでなくとも、禍の団である私が同志を迎えに来ることに何の不思議があるのかしら?」

 

「くっ、貴様……!」

 

「一度闇に魅入られた者が、闇の呪縛から抜け出すのは容易い事ではないわ。

 そしてどんな形であれ、紫藤イリナは自ら闇にその身を投げ出した。

 それに紫藤イリナ。忘れているかもしれないけれど……

 あなた、ただの人間をその手に掛けようとしたのよ?」

 

「そ、それは……」

 

聖槍騎士団の言うただの人間をその手に掛けようとした事実。

それは、兵藤家襲撃の事を指している。イッセーを狙ったはずのその襲撃は

結局はディオドラの差し金によって誰一人として犠牲者を出すことなく終わったのだが

それは結果論に過ぎない。イリナやフリードによって

兵藤夫妻が殺されていた結果に終わっていたとしても不思議ではなかったのだ。

 

「テロに加担したことは確かに許されない事だ!

 だが、それでもイリナは罪を償って、立ち直ってくれると私は信じて……」

 

「甘いわね。罪には相応しい罰が与えられて然るべきものなのよ。

 罰も受けずにのうのうと生きていけるほど、この世界は甘くはないわよ」

 

リノリウムの床に突き刺さった聖槍のコピーを握り直し、切先をゼノヴィアに向ける聖槍騎士団。

今ここでゼノヴィアの武器が封じられることは、アインストに対して無力となってしまう事を意味している。

そうなれば、この病院の被害が拡大することは間違いない。

 

「くっ……」

 

「ふふっ、そう心配せずとも良いわ。今日は紫藤イリナを迎えに来ただけ。

 けれど……置き土産くらいは置いていかせてもらうわ。

 あなたが人として戦うと言うのなら、この世界が人にやさしくないと言う事を思い知りなさい!」

 

そう言い残し、弱ったアインストクノッヘンとアインストグリートの一団に

ドラゴンアップルの果実を投げ寄越す聖槍騎士団。

それに気を取られた隙に、彼女はイリナを連れて転移してしまう。

 

「しまった! イリナ!」

 

「ゼノヴィアさん、イリナも気がかりだけど、今は……」

 

アーリィの言葉に冷静さを保ちながらアインストを見やると

アインストがドラゴンアップルの果実を捕食していた。

すると、体色が灰色へと変色し、クノッヘンの角は肥大化、グリートの触手は毒々しい紫色へと変貌し

ドラゴンアップルの害虫――インベスの特徴を取り込んでいるようにも見える。

 

インベスの特徴を取り込んだと言う事は、その身に毒を宿した事でもある。

対象を己と同質の存在に変えることはアインストにもできた事だが

インベスはそれを攻撃と同時に行えるのだ。

 

「これは……! だが変貌したところでそのコアさえ破壊すれば!」

 

ゼノヴィアの言う通り、変貌したアインストもまたコアを露出させていた。

そこさえ破壊すれば、アインストは塵芥となり消滅する。

そして、そのコアを破壊するのに効率的な武器を持っている人物もいる。

 

「ゼノヴィアさん、コアの周辺が……!」

 

しかし、それを察したのかコアの周辺に外殻を張り巡らせ攻撃が届かないようにしてしまっている。

弱点を保護するために、進化したともいえる。しかし、その進化の速さが異常なのだ。

 

「くっ、だがここでやらなければ、病院に被害が出る!

 私が先行する! アーリィ、後ろは任せるぞ!」

 

「わかりました、アーシアは下がってなさい。あの変貌、ただ事ではないわ」

 

セージの急変、イリナの拉致、アインストの変貌と

様々な事件が立て続けに起こる駒王総合病院での戦いも

いよいよ佳境に入ろうとしていた――

 

そんな中、思いもよらない来客がやって来たのだ。

その姿は人間と変わりのないものであるが、内面はまごう事無き悪魔。

アーリィにとっては、忌むべき存在でもある。

だがそれは、今まで行動を少しだけでも共にしてきた少年の姿に酷似していた。

と言うより、これこそがその少年の元来の姿と言える。

 

「き、君は……!?」

 

「そ、そんな!? な、何故……!?」

 

アーリィ達に加勢する形で放たれた魔力の超音波は、変異したアインストを粉砕。

アインストも彼を敵と判断したのか、攻撃を仕掛けようとするも

その攻撃は透視能力や地獄耳で感知され、チョップのパンチ力で往なされていく。

そのお返しとばかりに、繰り出されたキックの破壊力はアインストさえも怯ませ

指先から放たれた魔力のカッターで、岩のようなアインストの外皮も砕かれていった。

 

「……フン。しばらく見ない間に人間界ってのもバケモノがうようよするようになったもんだな。

 こいつらは『喋ろうともしない』奴らだったが、お前らは違うだろ?

 

 ……教えろ。三大勢力は相変わらず人間にちょっかいを出していやがるのか?」

 

少年の姿を借りて語るのは、明らかにその少年とは何の関係もない人外の存在であった。

その少年の経緯をある程度聞いていた彼女たちにとって、現状は何とも言い難いものであった。

何せ、本来の身体の持ち主は霊体のまま命を懸けて戦っているというのに

その身体はこうして人外の――まだそれが悪魔かそうでないかは知る由もないのだが――勢力によって

勝手に動かされているのだ。

ただ一人、アーリィだけはその正体に察しがついているようだが。

 

「……アモンともあろう悪魔が、随分とせこい事をしているんですね」

 

「ほぅ。俺の事を知っているのか。なら話は早いな、言え。

 サーゼクス・グレモリーやリゼヴィム・ルシファーはまだくだらない戦争をやっているのか?」

 

アモンと呼ばれた少年の言葉に、三人は妙な引っ掛かりを感じていた。

何せ、現在サーゼクスはルシファー姓を名乗っておりグレモリー姓は名乗っていない。

それなのに、目の前の少年は過去の呼び方である「サーゼクス・グレモリー」と呼んでいるのだ。

 

「あの……サーゼクスって部長さんのお兄さんの事ですよね?

 それなら、今は『サーゼクス・ルシファー』って名乗ってますけど……」

 

「はっ! コイツは何の冗談だ? あのサーゼクスがルシファーになっただと?

 俺を次元の狭間に追放しておいて、よくもまぁ魔王なんぞになれたもんだ。

 ……いや、魔王になるからこそ、俺を次元の狭間に追放したのか?

 まぁ、どっちでもいいけどよ。

 

 それにしてもシスターの悪魔か……って事はアジュカ・アスタロトの奴め。

 存在改変の禁忌に手を触れやがったな。俺を次元の狭間に追放したのも

 自分の研究を邪魔されたくないがためか。姑息な真似をしてくれたな……」

 

一人で納得しているアモンだが、その身体はセージのものである。

どれほど彼が自分の身体を取り戻そうと苦心しているのかを知っているアーシアは

アモンに対し、セージの身の上を語ろうとするが――

 

「あの! ……その身体、私の友人のものなんです。

 もしあなたが悪魔で、その身体を勝手に乗っ取っているんでしたら……

 

 ……返してください。それはセージさんの身体です」

 

「何かと思えばそんな事か。知ってる。

 だが、俺を呼んだのはほかでもない、こいつだぞ。

 俺にも、何故こいつが俺を呼んだのかまではさっぱりわからんが。

 それに、次元の狭間に追いやられた際に俺の身体はサーゼクスが滅ぼしてしまったからな。

 だから俺は『冥界の公には存在しない悪魔』なんだよ」

 

目の前の悪魔もまた、身体を失った犠牲者であったのだ。

セージの枕元に立っていたのは、魂的なものだったのであろう。

口調から、アモンの目的は冥界の現政権に対する復讐が大きなウェイトを占めていると思われるが

それはセージが望む「平和な日常」とは程遠い。そもそも彼は悪魔とは縁を切りたいと思っていたのだ。

そんなセージが、アモンの復讐に力を貸すとは思えない。

そう考え、アーシアはアモンを祓おうとするのだった。

アーリィもまた、そのアーシアの考えを酌んでいるようである。

 

「助けてくれたことには感謝いたします。ですが、その身体はアーシアの友人のもの。

 それを私利私欲のために使うというのであれば……」

 

「勘違いするな。俺だってこの身体をタダで使わせてもらうつもりは無い。

 悪魔のやる事には需要と供給、ギブ&テイク、win&winの法則が第一だ。

 だから交渉は俺がやる。だがその前に……」

 

アモンが振り向くと、その先には女性を襲おうとしているアインストの生き残りがいた。

掌をかざし、熱光線を放つとアインストはあっという間に塵と化す。

過去の冥界において、勇者と称えられたアモンの力は、伊達ではなかったと言う事だ。

 

しかし、ここで問題が発生する。

その襲われていた女性と言うのは牧村明日香(まきむらあすか)。セージが姉と呼び慕う存在であったのだが

アモンはその事を知らない。そこで、セージの姿をしたアモンが異能を使い異形の怪物から

その身を守ったのだが……

 

「セー……ちゃん……?」

 

当然、アモンは眉一つ動かさず応えない。

これだけでも、彼女の知る宮本成二に起きた異変を物語っていると言えるのだが

彼女もまた、フューラー・アドルフの演説を耳にした一人。

天使に対する懐疑心があり、悪魔や堕天使に対する敵愾心も少なからず存在する。

 

何も言わず、明日香に背を向けてその場を立ち去ろうとするアモン。

呼び止める声にも応えず、ただ茫然と見送るしかなかった。

そこに駆け付けたセージの母親もまた、一部始終は見ておりアモンを呼び止めようとするが

その声にも、アモンは耳を傾けることは無かった。

 

「行くぞ。この身体の持ち主と話がしたい。場所を知ってるなら案内しろ」

 

「ちょ、ちょっと待て! あの二人はどうするんだ!?」

 

ゼノヴィアの指摘に対しても、アモンは何も返さない。

まるで、今回の事件に対しては関わるなと言わんばかりである。

実際、アモンがやろうとしていることは

一般人である彼女達が関わるべきではない事ではあるのだが。

 

「……何の真似だ」

 

しかし、アモンの態度に異を唱え、立ちはだかるものがいた。アーリィだ。

彼女は悪魔によって家族をバラバラにされるという悲劇を、その身をもって体験している。

その思いを、セージにも味あわせたくない一心から、アモンに向けてナイトファウルを構えている。

 

「せめて、あの二人には事情を話してください。あの人には怒られるかもしれませんけれど。

 けれど、私は悪魔の所業で家族の思いが打ち砕かれる様を見るのだけは、我慢ならないんです。

 私の勝手な我儘ではありますが、それを聞いてくだされば身体の持ち主のもとに送ります。

 ……今、激戦区ですけどね」

 

「アーリィ!」

 

「ごめんなさい、けれどどこかで言わないと絶対に後悔すると思うんです。

 出来ることなら、彼の口から直接言って欲しいのですがそれは近々行われると信じています。

 だから、今はせめて肉体だけでも彼のものである

 あなたの口から事情を説明してほしいのです」

 

ゼノヴィアもアーシアも、家族と言う物を別な形ではあるが得ている。

それだけに家族を失ったアーリィの言葉には強く出られない。

この状況に対しては、説得力があり過ぎるのだ。

 

しかし、アーリィのそんな願いも虚しくアモンの口から出た言葉は

 

――行ってくる

 

――そのうち帰る

 

ただこれだけだったのだ。

これにはアーリィも面喰ってしまったが、アモンは「約束は約束」と譲らない。

仕方なく、別個の提案で「持ち主に話をして、もう一度彼女達に話を付けること」と

折衷案が提案されることとなった。

 

松田や元浜と言ったクラスメートや、甲次郎ら古い友人と違って

アーシアは確かにクラスメートだが、セージが事故に遭った後に転入してきているため

明日香やセージの母親にとってはセージとの面識はない存在である。

ゼノヴィアやアーリィに至っては、言わずもがなである。

その為、ここにいるメンバーでフォローをしようにもできないのだ。

それが、折衷案が出された理由ともいえる。

 

次元の狭間に追放された裏切り者の勇者、アモン。

彼は悪魔の眷属にされながらも自分を曲げることなく戦い続けた少年の肉体を得て

復讐を果たそうとしていた。

 

いよいよ、結果として悪魔を裏切った霊体と

戦いの結果悪魔に裏切られた肉体の摩訶不思議な邂逅がなされようとしていた――




漫画版よりアニメ版を意識しているアモン。
これで少しは救いが見えた……?
それにしても劇場版意識しているとはいえ結構長くなってるような……

>慧介
鬼に金棒な事態が起きてしまいました。
遊び心も会得している今の彼ならば、あのトンデモ兵装も扱いこなせるでしょう。

>ヴァーリ
天は二物を与えずというか、何で戦闘狂にデバフ与えてるんでしょうね。
自己バフならまだわからなくはないんですが。
中々足並みがそろいません。

>セージ
アモンの行動に合わせて、いよいよ霊体消滅の危機。
カウントダウンをしなくなったのは収拾がつかなくなったからではなく
「セージの予想よりも魂の消耗が激しかった」からです。
言い訳ですね、はい。

>イリナ
更生……と思いきや這い寄る混沌直々のお誘い。
テロに加担している時点で平和な暮らしができると思ってるのか? 馬鹿め!
……ってノリですので。この辺原作オーフィスにも言えることですが。

>アインスト
アインストが物を食べるのか? と言われると返す言葉が無いのですが
(アルフィミィならいざ知らず)いつぞや話していたイェッツト化フラグの回収。
ラズムナニウムなんてものが無いこの世界ではドラゴンアップルの果実が
ラズムナニウムの代わりを果たしてます。でもアモンのかませになりましたが。

>アモン
技は全てアニメ版の歌詞から想像してください。
現政権の黒い部分を知っているがために口封じされたありがち展開。
原作イッセーにドライグとハーレムがあるように
セージに与えられたのはディケイドとデビルマン。あれ? どっちも悪魔だ。
次回、いよいよ邂逅を果たします。

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