流石に切りの良いところで分けました。
二話投稿になります。こちら師族会議編8からご覧ください
二月十三日
図書・古典部の発表は体育館で行われることとなった。
例年この時期になると、図書・古典部の発表は1年生が入学時から取り組んできたテーマについて発表することになっており、大学の古式魔法を専門とする教授や同じ一高の魔法理論系の部活が見学に来ている。
基本的に見学は自由であり、自由登校の3年生の姿も見られる。
「深雪先輩、こちらをどうぞ」
見学は特に制限がないため、発表する1年生の友人や念のために風紀委員も控えている。
また、来賓がある程度見込めることから生徒会の役員が顔を覗かせることもあるが、必ずしも見学しなければいけないものではない。
「ありがとう、泉美ちゃん」
泉美が勧めたのは、見学席の一番後方の列であり、深雪にしてみれば二人の体格では前に大柄な生徒が座れば見えにくいのではないかとやや心配はしたものの、勧められた手前、断るような理由もなかったので、そのまま泉美の隣に座った。
泉美ではなくても、生徒会長である司波深雪が敬愛する姉が関わっていると分かっているのに見学に来ないはずがないと理解していた。
深雪が行くならば、護衛である水波も同行することが決まっているようなものであり、深雪に憧れを抱く七草泉美も見学に訪れていた。
特に忙しい時期でもないため、ほのかや雫の他、あまりこういった理論系の発表に見学に来ることがない里美スバルや桜小路紅葉といった姿もあり、七草香澄は風紀委員として警備名目で泉美の隣に座っていた。
一高の中でもバスケットコートが2面取れるほどの大きな体育館の一方には、なにやら体育館の床材とは異なる移動式の床材が設置されており、もう片方にはスクリーンと観覧用の椅子が設置されている。
特に大掛かりな機材は発表側にはなく、まだどのような発表が行われるのか会場を見ただけでは分からない。
「実は雅先輩は発表ではなく、実演の方で参加されると耳にしまして、僭越ながらこちらの方が良く見えるかと思いまして」
深雪は今回の図書・古典部の発表については表題くらいしか聞いてはいないが、発表者と同じ一年生とあって内容を聞いていたのか、泉美は後方に設置されたものが実験用の舞台であり、それを良く見るためには一番後方が無論適しているとしてその席をとっていた。
泉美の隣に座りたがる生徒は他にもいたのだが、生徒会として見学に来ており、香澄と一緒に後方から異常がないか確認することになっていると適当にそれらしいことを言えば、生徒たちは大人しく別の席を探していた。
定刻になると、まだ垢ぬけない1年生の女子生徒のやや上擦った声で発表が始まった。
「今回、図書・古典部では刻印魔法の重層化に取り組み、五層までの組み立てに成功しました」
刻印魔法とは、文字どおり魔法が作用する対象に起動式となる刻印を刻み、それに想子を流し込むことにより魔法が発動するというのが基本原理だ。
一般的なCAD機器を使用した場合に比べ、魔法力の燃費が悪く、汎用性に欠けると言われているが、単一的な魔法の武装デバイスや結界的な魔法にはよく用いられる手法ではある。
複数の効果を持たせるには、基本的に刻印を複数描くことになるが、燃費が悪いと言うだけあって、必要な魔法力も増える。
それが五層、つまり少なくとも五工程分となれば、かなりの大規模な魔法と言える。
よほど起動式となる刻印の省エネ化に成功したか、術者が優秀な魔法師でなければ、成功できないことは予想できる。
発表によると、図書・古典部らしく元となった術は魔導書と呼ばれるような文献が基になっているらしい。
五層にも及ぶ起動式は光学系魔法の逐次展開、色調変化、群体制御と盛り込まれた要素は多いが、一つ一つの術式を最小化することで必要な魔法力を軽減させたという。
魔法幾何学を専攻している生徒ならば、スクリーンに表示された刻印から起動式の要素となるものを読み取れただろうが、魔法幾何学は選択科目ではないため、式そのものについては、聞き流している生徒が大半だ。
「この術式は、文献内では妖精を呼ぶ儀式とも言われていました。それに
聴衆が後ろを振り返ると同時に、会場全体の照明が落ちた後、後方の舞台の周囲だけは僅かに薄暗く照らされている。
目を凝らすとなにやら舞台中央に人影がある。
表情までは伺い知ることができないが、少なくとも二人。1mほどの距離を開けて、白い衣装と黒い衣装を着た人物が立っている。
会場にハープの柔らかく、どこか切なげな音色が響く。
音に合わせ、二人の人影は近づき、手を取り合う。
そして、一歩。同じ方向に踏み出したと同時に、彼女たちの歩いた後には3㎝ほどの萌黄色の光が浮かび上がり、消える。
会場から、ざわめきが広がったのは一瞬。
あとは誰もが息を呑んでその二人を見つめている。
光は二人の歩いた軌跡をなぞるように輝いては淡く消えていく。
目が慣れてきた生徒たちは、白い衣装がドレスだと気づきだしたころだ。
彼女がくるりくるりと、舞うように軽やかに移動するたびにスカートの裾がふわりと広がり、腰から腕に繋がるウイングは薄い妖精の羽のようにも見える。
薄暗くした会場のため、白い衣装が魔法で作られた光を反射し、淡く色づき、縫い込まれたガラスの装飾がまるで豪奢な宝石のように光る。
ウエディングドレスのような純白のAラインのドレスは、胸元が華やかかつ上品に刺繍されているのに対し、背中は腰まで大きく空き、白い色の肌がのぞいている。
サイドの髪は編み込まれ、くるりと
森の中でただ二人だけの世界で、ワルツを踊っているかのような、まるで森の中に妖精が現れたかのような可憐な舞に、人々はそれが魔法だという事も忘れて見入っていた。
曲が一度落ち着き、二人が中央の位置で立ち止まる。
これで終わりかと思われたその時、床一面ががこれまでにない黄金の輝きに満ち溢れる。
床から天井から、まるで湧き出ているかのように、ゆっくりとした黄金色の丸い光が二人に降り注ぐ。
少女はふわりと微笑む。
まるで世界を祝福するような笑みだった。
一層豪奢となった音楽に合わせるようにくるり、くるりとその場で舞う姿はまさに人ではない、神秘溢れる妖精に他ならなかった。
全ての光が床に落ち切るのに合わせて音楽もまた終わりを迎え、辺りは薄暗い空間へと戻っていった。
「っと、このように、5つの刻印の層を重ねることにより、このような幻想的な魔法を作り出していたと考えられます」
発表者の上擦った涙がにじむような声で、現実に戻されたのか、聴衆はゆっくりと前を向く。
刻印は一層目の魔法で緑色の光の球を地面から1㎝の距離に作り、二層目の逐次展開で光球を順次上昇させ、三層目で光球を刻印に沿った幾何学的な動きを付け、四層目で緑の光に赤の光を追加照射することで、光を黄色の色調に変化させ、五層目で光球を地上10mの位置に反射させることで、上からも下からも光があふれ出るような光景が広がる。
前半は三層までで止めることで、術者の動きに沿って地面から光があふれ出るような印象になり、四層、五層の魔法で金色の光の中で舞うという幻想的な魔法になるのだと言う。
単純な魔法をいくつも発動領域を分けてすることで、複雑な魔法に見せており、今後は他の魔法への応用の研究を進めていくということで締めくくられた。
会場の照明が通常のものに切り替えられる。
質疑応答が終わると、深雪はすぐさま後方の魔法が行われた舞台に静かに駆け寄った。
「お姉様、お疲れ様でした」
「ありがとう、深雪」
「え、雅先輩?!」
深雪が燕尾服姿の人物に真っ先に声を掛けたことで、泉美は驚きの声を上げて駆け寄り、香澄もそれに慌ててついて行った。
「あの、本当に雅先輩なのですか」
「ちょっと、イケメン過ぎない???」
香澄と泉美がしげしげと上から下まで目を丸くしながら首を傾げている。
「洋装もお似合いです」
深雪がうっとりとした表情で頬に手を当て、ため息を付いた。
すらりとした鼻立ちと、やや彫りの深い顔立ち。
黒い髪はオールバックに固められており、襟足は短く切りそろえられており、綺麗な首筋がのぞいている。
薄めの唇に凛々しい眉。白い手袋とまっすぐに伸びた背筋の美しさはどこか禁欲的で、少年から青年に変わろうかという年頃の見た目に、少し掠れた低い声が合わされば、どこか陰がありそうな薄幸の美少年にしか見えない。
身長も普段と比べて10㎝以上も高く、立ち振る舞いも男子のそれだった。
「エイミィ、綺麗だね」
「凄かったよ」
「ありがとう。魔法は全部雅がしてくれたから、私はただ踊っていただけだけどね」
雅の隣で淑やかに立っていたエイミィは、雫とほのかに声をかけられ照れくさそうにその表情を崩した。
白い華やかな衣装に負けない、目鼻立ちを強調する化粧は、普段の可愛らしい彼女とは打って変わって大人びた美しさを見せている。
「お疲れ様。エイミィ。とても綺麗だったよ。写真撮っておく?」
「むしろ撮らせて!!」
同じく見学に来ていた里美スバルと
桜小路など、どこから持ってきたのか、カメラ片手にエイミィに詰め寄っている。
「できれば九重さんも一緒に!!」
桜小路は声を掛けた瞬間に、しまったと思った。
雅の隣にはあの司波深雪がいるのだ。
写真一つと侮ることなかれ。
いつ吹雪が部屋の中にまでやってくるのかは予想できない。
たった数秒の沈黙が彼女にとっては酷く長い時間に思えた。
「いいよ」
雅がそう返事をすると、膝から力が抜けそうだった。
とりあえず、雅が同意しているなら、深雪が爆発することは無いはずだとちらりと盗み見たが、相変わらず深雪はニコニコとした上品かつ読めない表情をしていた。
雅がエイミィの腰を抱くと、周りの女子から黄色い悲鳴が上がった。
あまりにも自然なものだから、一瞬女子が二人だということを誰もが忘れるほどだった。
呆気に取られるのも、一瞬。
桜小路は数枚写真を撮ると、そこで火が着いたのか、先ほどのワルツの時のポーズを要求し、何パターンか写真を撮ると、満足げに頷いた。
ちなみに、彼女以外にも携帯端末を片手に写真を撮っている生徒は他にもいた。
「ありがとう。エイミィ、九重さん。あとでデータ送るわね」
桜小路は職人がいい仕事したと言わんばかりの表情だった。
ひとしきり撮影が落ち着いたので、雅は会場を見渡すと、目当ての人物が帰りかけていたので、声を掛けた。
「十三束君」
「えっと、あっ、九重さん……なんだよね?」
警備要員として来ていた十三束は足を止め、雅に声を掛けられて戸惑い気味に聞き返した。
雅はエイミィに手を差し出すと、彼女は首を傾げながらもその手をとって雅と一緒に歩き出した。
「そうだよ。申し訳ないけれど、今日の花のエスコートを任せたよ」
雅は宝物を渡すかのように恭しくエイミィの手を差し出した。
「僕が?!!」
「え、雅!!」
「暖房は入っているけど、体は冷やさない方が良いだろう。エイミィ、今日はありがとう。先に着替えておいで。十三束君は不埒な男子が寄り付かないように警護を」
これほどまでの衣装となると、人目を集めるのは確かだった。移動の間に声を掛けてくる生徒も出てくるだろう。
ヒールがあるため、エスコートがある方が安心なのは確かであるが、エイミィは雅がそれらしい理由を付けながら要はちょっとデートしてきたらと言われていることに気が付き、顔を赤く染めた。
「九重さんでもいいんじゃないの」
普段の溌溂とした明るさのエイミィとは違ったお淑やかでガラス細工のような美しい少女に、十三束は突然のエスコートを任されたことに狼狽えた。
決して、エスコートが嫌というわけではなく、本心で雅の方が似合っている気がして、なにより目の前にいる美少女に心が落ち着かなかった。
「部員だからね。まだ自由に動けないんだ。頼まれてくれないかな」
「……分かった」
十三束は会場をせかせかと動いている図書・古典部の生徒をみやると、ため息を付きたい気持ちを押し殺して、エイミィの手を取った。
「あの、九重先輩」
雅が話し終わるのを待って、後ろから図書・古典部の女子生徒が声を掛けた。
「なっちゃん、どうしたの?」
ひえっ、と図書・古典部の後輩が小さく悲鳴を上げた。
何度か雅のこの姿はリハーサルの前にも見ているはずだが、あまりにも美しい顔立ちに慣れることはできていなかったための悲鳴だ。
「あ、あの。片づける前にもう一度、魔法を見せていただくことは可能でしょうか」
「ああ。薄暗かったから、もう一度見たいっていうことかな?」
刻印魔法は踏んだ位置で魔法を発動していた。
中央には全ての刻印に想子を流すための起点となる刻印が描かれており、それによって魔法は場所ごとと全体で発動位置を分けていた。
実際に発動の瞬間を間近で見たいという生徒のためにも、刻印が描かれた床の撤去は最後に回しており、まだ片づけの時間には余裕があった。
「そうです。お願いできますか」
「構わないよ」
雅は二つ返事で了承すると、友人たちが集まるもとへと足を向けた。
今回の魔法は、刻印魔法を踏んだ位置を基点に発動するようにしてある。つまり、ワルツの形式はただの見栄えだ。雅一人が歩くだけで本来構わない。
「深雪お嬢様」
雅は優雅に一礼すると、膝を折り、手を差し伸べた。
「私と踊ってはいただけませんか」
「謹んでお受けいたします」
騎士が姫に願うような、まるで舞台の一幕でも見ているような光景に、思わず誰もがその場から目を離せなかった。
作中の曲のイメージは某童話が基になったスマホゲームの曲です。
ついでに裏話
エイミィの衣装はマリー先輩のお古です。
図書・古典部3年のマリー先輩の趣味は競技ダンス。親が講師で弟とペアを組んでいて、スタンダードの国内有力選手の一人。
ちなみに衣装は12歳の時のものだが、エイミィが小柄なため、普通に着ることができてしまった。
そして桜小路さんが撮った写真データは無論、深雪にも送付されています。
競技ダンスは、『ボールルームへようこそ』をぜひ見てください。漫画もアニメも最高。