恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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鯛の御頭さん、劣等生の映画観に行くの?と聞かれました。

それでは聞いてください。

映画館までの交通費、7000円!!(往復)

軽い旅行だよね(´・ω・`)けど、行きたいな。


古都内乱編11

 

伝統派に雇われた探偵から裏付けを取り、伝統派の頭目が経営しているという食事処に5人は来ていた。

 

「ここ、ですか?」

「ええ」

 

建物の外観や店の前のモニターに流れているお品書きを見ながら光宣が戸惑いがちに聞くのも無理はなかった。事前に食事処と聞いていた深雪や水波も同じように困惑を示している。

観光客向けといっても伝統派の頭目的位置づけの男が経営しているなら、それなりに値段の張る若者には入りにくい店を想像していたが、実際は豆腐や湯葉などの精進料理を手軽に楽しめることを売りにした店だった。中から出てきた客も外国人や若者など明らかにただの観光客だ。外観自体は京都の古い町並みに合わせてあるが、細部を見れば実際は建てられてからそれほど古くないことが伺える。人の出入りの多い場所なら不特定多数が利用しても目立たないと言えば隠れ家として向いているとも言える。

 

達也は眼を広く建物全体に向けてみたが、この時間に表立って古式魔法師らしき気配を持つ者が出入りしている形跡は見られなかった。

 

「店自体の評判は悪くないみたいよ」

「そういえば、昼食の時間帯か」

 

達也は熱心にお品書きを見ている深雪と水波を視界に捉えていた。伝統派の店という事を抜きにしてもメニューはそれなりに惹かれるものがあるのだろうと達也は入ろうか、と一言声を掛けて店に足を踏み入れた。

 

 

 

「いらっしゃいませ。5名様ですか」

 

明るく元気の良い店員に迎えられ、すぐに席に案内された。深雪と光宣のような輝かんばかりの美少女と美少年が揃っていても目を奪われず対応したのは大したプロ意識だと達也は静かに感心していた。

 

休日ということもあり客の入りは良いようで、テーブル席の方は既に満席であり、5人は座敷席に案内された。本音を言えば達也としてはテーブル席の方が何かと対応がしやすいと思ったが、同行者から反対意見も出なかったため、そのまま席に着いた。

 

ここでも既に深雪によって雅の両脇は達也と深雪が来るように固められた。席順に関して言えば達也に文句はないが、打ち合わせは特にしていなかったようなのに店に入った瞬間からの水波と深雪の息の合った連携に、席順一つでそこまでするかと達也が妹に対して若干の呆れを覚えるのも無理はなかった。

 

「取り敢えず、昼食を済ませてしまおうか」

 

達也の目はすでに目当ての魔法師とおぼしきエイドスを店の奥に捉えている。向こうがこちらにどの程度気が付いているのかまだ定かではないが、自身の存在を隠そうとしている素振りはない。この様子ではこちらが食事をとっている間に逃げられる心配もないと判断し、観光客らしく振舞うことに決めた。

 

「お姉様は如何なさいますか」

 

深雪は雅と注文用のタブレット端末を一緒に見ながら問いかけた。座敷席だけあって密着と言ってもいい距離感は光宣にとっては当てつけにも見えるだろうと達也は思ったものの、わざわざ指摘することもなかった。

 

「くみ上げ湯葉にしようかと考えたのだけれど、その分時間もかかるけれど大丈夫?」

「そうなのか」

 

雅は達也に確認を求めた。

湯豆腐というと南禅寺のイメージがあった達也がだが、今回の目的はあくまで会場周辺の下見という体の周公瑾捜索の一環だ。観光目的の飲食のリサーチは確かに不足していたと言えるだろう。

 

「できた湯葉を竹串で引き上げて食べるから、単純に食べ終わるまでの時間がかかるのよね」

「なら、別のメニューの方がいいかもしれないな」

 

日程の都合上、時間に余裕がある調査とは言えない。雅と光宣の協力があってそれなりに捜索範囲が絞られているとはいえ、途中で戦闘となる事態も想定している。そうなれば自衛目的だとしても警察の事情聴取や学校への説明など後処理にそれなりに時間を取られることは確実だった。優雅に食事を楽しんでのんきに京都観光というわけにはいかない。

 

「食べて早々乗り込むのはあまり行儀がいいとは言えないわよ」

「客として入っているだけでそれなりに回りくどいと言えないか」

「こちらの流儀では早急すぎるって言われてもおかしくはないわよ」

「あの出迎え(・・・)をしておいて、態々その流儀に付き合う義理はないだろう」

 

雅の言う行儀の良い対応をしていれば伝統派の男への接触は確実に日を跨いだ翌日ということになる。時には面倒な手順を踏んで人を介して事を進めることが必要になる場合も理解しているが、達也としては今回のことは早急な対応というわけでもなく、そもそも監視を仕掛けてきた相手に使う義理はない。

 

「あの、達也さん。ここで食事は大丈夫なのですか」

「表向きは真っ当な商いを行っているようだ。それ関して問題はないだろう」

 

光宣は不安そうに達也に尋ねたが、達也はその必要がないと判断していた。

 

「仮に何か入っていればどんなものか俺には分かる。それに先ほどの男の雇い主らしき男の気配が店の奥にあった。裏からでも逃げ出せばすぐにわかる」

「………達也さんって、何でもありなんですね」

 

光宣が素直に感嘆を漏らした。光宣の周りにも優秀と言われる魔法師が揃っており、光宣自身もそれなりの腕の良い魔法師だが、あくまで魔法師として有能であり、達也のようなことができる人物を他には知らない。九重の千里眼ならできるだろうが、その実力は光宣も底を見たことがないので、あくまで推測でしかない。光宣にとっては一つしか学年が変わらないのにこれほどまで有能な人物を目の当たりにしたのは初めてだった。

 

「できないことの方が多いぞ。それより、光宣はそんなに簡単に俺の言葉を信じてもいいのか」

「僕に対して嘘をつくメリットもないでしょう。それにもし仮にできないことの方が多くても、できることを認められて雅さんといるんでしょう」

 

眉時を下げて、光宣はやや固い笑みを作った。その表情は憂いにも困ったようにも、悲しそうにも見える。この場では口にすることのできない想いが滲み出るような、そんな表情だった。

僅かながらに沈黙が訪れる。

店内の喧騒がまるでBGMのようだった。

 

「………ひとまず注文をしてしまおうか」

 

達也は隣に座った雅から端末のメニューを受け取った。

 

達也に光宣の気持ちを肯定することはできない。達也という相手が決まっている雅に横恋慕をしていることは光宣自身が重々承知しているはずだ。それに伴う感情の整理は光宣自身がつけなければいけないことであり、達也が口出しすることは何もない。

かつての達也ならば雅のことを一番に考えられない自分ではなく別の誰かが幸せにしてくれるならば、と身を引く考えも残っていただろうが、自身の感情を自覚してからはその選択肢はすでにない。

九島家が光宣の感情を優先して雅を求めるために手を尽くすならば別だが、現段階では達也にとって光宣は協力者だ。第一優先は任務の達成であり、そこに絡まる思惑はひとまず排除していた。

 

「そうですね」

 

光宣は空気を壊してしまったことを詫びるように、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

 

 

 

達也と光宣は湯豆腐、女子三人は湯葉入り豆乳鍋を注文し、和気藹々と食事を楽しんだ。光宣の心配は杞憂に終わり、食事自体は真っ当な、それなりに美味しいと言えるものだった。

水波などはかなり気に入ったようだったが、達也や雅は老舗料亭で出されても遜色ない湯豆腐を知っているため、まあ観光客向けならこんなものかと特別感動もしなかった。

 

食事が終わり、一息ついたところで適当な偽名を名乗って生駒の九島さんの紹介ということを店員に伝え、店主に挨拶したいと申し入れた。珍しいことではないのか、店員は確認してくると一度厨房の奥に下がっていったのが見えた。

 

「応じると思いますか」

「そうでなければ、別の手を考えるまでだ」

 

達也の見立てでは伝統派の頭目がこの話に乗ってくる可能性は高いとみている。伝統派が雇った探偵がこの場を教えたことは九島の名前だけで相手は理解する。因縁の九島家の者を前に過激な連中が手を出してこないとも限らないが、今のところ殺気立った気配も武装している集団も達也の眼には見当たらない。

 

 

あまり待たせることなく店員は達也たちの席に戻ってきて、店主が面会に応じることを伝えた。

店員に案内され、通された部屋は座敷ではなく和洋折衷の客間だった。漆塗りのテーブルに透かし彫りがされた精巧な作りの椅子は、応接セットとしては一目で高級なものだと分かるものだった。

呪い師と雅から聞いていたため、ここまでくる間に達也は精霊の眼を使い、廊下や部屋の中をくまなく見てみたが、術が仕掛けられている気配は一切ない。

中にいたのも一人であり、達也たちがこの店に訪れてからこの男が接触したのは店員だけのようだ。少なくとも歓迎はされてはいないだろうが、敵対の意思は今のところないことが伺えた。

5人が部屋に入り引き戸が閉まるのを確認し、頭を下げていた作務衣姿の店主―――古式魔法師の男は顔を上げると目を見開いた。それは光宣や深雪の美貌に目を奪われてではない。男は正面に位置していた雅を凝視した。

 

「なぜ、貴女が……」

「突然の訪問にもかかわらず、この度は快く場を設けてくださりありがとうございます。実際にお目にかかるのは初めてですが、私のこともご存知頂いているようで恐縮です」

「え、ええ。まさかこのような場所でお目にかかれるとは思いもよりませんでした」

 

上品に柔らかな笑みを浮かべる雅に対して、伝統派の男の額に浮かぶのは脂汗なのか冷や汗なのか、緊張が手に取るようにわかる。九島家の訪問を想定していた男にとって予想もしなかった雅の登場に男は目だけは(せわ)しなく動いており、何か考えを巡らせているのが伺える。

 

男は目尻のしわや白髪の具合から50代ほどに見えるが、魔法師は老化が早いものもいれば、逆に何時までたっても老化が目立たない者もおり、あまり見た目の年齢があてにならないこともある。第九研究所は研究所の中では最後にできた研究所ではあるが、男がそれほど年を取っていないことに少し意外感があった程度だ。

 

男は5人を立たせたままだったことを詫び、椅子をすすめた。席には雅を中央にして隣には達也と光宣が付いた。部屋にあるのは8人掛けの大きな机であるが、並んでは3人までしか座れないため、机の短辺には水波と深雪が座ることとなった。達也と深雪の関係で言えば深雪が雅の隣に来ることが上座・下座で言えば正しいのだが、この場では話を進める都合上、達也が深雪より上座に位置している。

 

「お伺いも立てずに申し訳ありません。ですがこちらに伺う前にとても丁重にお迎え(・・・・・)をいただいたものですから、ぜひ挨拶をさせていただこうと思いまして―――。お食事も楽しませていただきましたこと、重ねてお礼申し上げます」

「とんでもございません。粗末な店ではございますが、お口に合ったのでしたら幸いです」

 

丁寧だが含みのある雅の言葉に、男は声をわずかに上ずらせながら頭を下げる。男は冷静を取り繕うとしているが、それすら目の前の雅には見透かされている。

少女の域を出ない雅に対して、父親ほど年齢の離れた男が恭しく恐怖と緊張が入り混じった態度を見せるのはどこか奇妙ではあるが、雅の雰囲気に気圧されていることは言うまでもない。

 

「それにしても九重と九島は少し距離を置いていると聞き及んでおりましたが、この度は如何様(いかよう)なことでございましょうか」

 

光宣と雅を交互に見ながら男は問いかけた。彼の耳には九重と九島が友好関係から一歩遠退いていることは届いているのだろう。広いようで狭い古式魔法師の界隈で、九島をはじめとした第九研究所出身の魔法師に反感を抱いている伝統派ならば、敵対する組織の情報は掴んでいて当然のことだった。

 

「それは、あなた方が一番よくご存じではありませんか」

「………何のことでございましょうか」

 

雅としては九島との関係を突かれたところで痛くもかゆくもない。

男は声色こそ変わらなかったものの、一瞬男の目が泳いだことを雅も達也も見逃さなかった。あくまで白を切る男に、雅は殊更優しく重ねて問う。

 

「そうですね。今、あなた方はどこにいらっしゃるのでしょうか」

 

口元には笑みを携えたまま、視線だけは刃のように鋭い雅を前に男は膝の上で握っていた手に力が入る。それは小娘に(あなど)られているという怒りからではなく、答えを間違えれば奈落の底に落ちるかのような絶望が目の前に広がるよう感じられたからだった。時間が経つごとに真綿でゆっくりと首を絞められるかのようで、答えるために視線が合っただけでまるで首筋に刃を添えられたかのような雅のプレッシャーに男は唾を飲み、絞り出すように口を開く。

 

「私どもは、既に『九』と事を構えるつもりはございません」

「それはそちらの総意ですか」

「いえ。あくまで私の考えです。最初は私も第九研究所のやり方に怒りを抱いていました。いつかは目にもの見せてやると意気込んでおり、その怒りは仲間の内でも特に激しいものでした。だからこそどの宗派にも属さない者たちの旗頭として担がれたのだと思います」

 

この状況を前に白を切るのを止めた男の言葉は、少なくとも嘘ではないようだった。

 

「頭目としての役割は不本意な結果だった、と仰るのですね」

「少なくとも私はそう思っております。それでも最初は真面目に報復を考えておりました。具体性は皆無でしたが、その矛先はあくまで第九研究所に対するもので、なにも祖国を裏切るつもりはなかったのです。いくら心の内で炎を燃やそうとも、時間は偉大な万能薬です。全ての傷を癒してくれる。例え元通りにはならなくとも、新たに見えてくるものもあるというものです」

「時間だけでは治らない傷もあると思いますが?」

 

雅のゆったりとした問いかけに男はもう一度唾を飲み込み、漏れそうになるため息を押し込んだ。

 

「同じところに傷を重ねているだけですよ。火に燃料を注ぎ込まなければいずれ消えてしまうのと同じです」

「そうですか。―――では、抽象論はこれぐらいにしましょうか」

 

視線だけで彼女は、話の進行を達也に引き継いだ。

 

「まず初めに確認しますが、貴方は何をもって我々に敵対心がないと示していただけますか」

 

前振りもない達也の言葉に男はやや不躾だとは思ったものの、雅が発言を許しているこの状況で彼にそれを咎める権利はなかった。

 

「先ほど貴方は祖国を裏切るつもりはなかったと言った。つまり大陸からの亡命導師の受け入れには否定的であり、合わせて第九研究所への対立を止めるという事でよろしいですか」

「正直奈良の連中のやり方は理解できません。獅子身中の虫となると分かっていながら、なぜ大陸の術師を受け入れるのか。彼らの忠誠心は祖国にしかないと言うのに」

「それが口先だけではないという証明をしていただきたいのです」

 

言葉だけでは信用できないと言う達也に、伝統派の男は隠しもせず深くため息をついた。

 

「それで私に何を求めていらっしゃるのですかな」

「我々は横浜から逃げてきた華僑の魔法師を探しています。名は周公瑾。この国に様々な厄災をもたらしています」

「私などが知っている程度の情報は九重ならばご存じではないのですか」

 

ちらりと男が雅に視線を向けるが、雅は笑みを浮かべるに留めた。答える気はないと無言で示している。

 

「彼女は別件で同行していただいているだけです」

 

雅の代わりに達也が答える。別件という言葉は必ずしも正しい言葉ではなかったが、論文コンペの下見という建前がある以上間違いでもない。

 

そして男に聞き出そうとしていることは、四葉から達也に与えられた依頼に関わることである。四葉からの任務という命令ではなく、仕事としてどの程度の実力を示すことができるのか試されていると達也は推測している。

九重の手を借りることは禁じられているわけではないが、管轄が移った以上、九重はこの件から手を引いているという体裁になる。そうなった以上、雅の同行はまだ許容されても、九重として頼ることはできないでいるのが実情だ。

 

「分かりました」

 

男は観念したようにうつむき、首を縦に振った。

男の話では周公瑾は宇治川を越えた南にはおらず、まだ京都市内に潜伏しているとのことだった。宇治川は一種の結界としての役割を持っており、川の水を聖別することによって特定の敵がそこを越えたのかどうか判別できるのだと言う。川の水の全てを浄化するのではなく、あくまで一部の水を聖別しているだけなので、結界の作用としては精々警報程度の識別作用しか持たないが、なまじ機械による判別より相手に気付かれにくく、情報を読み出す術者によって個別の設定ができる利点がある。

この店主はその結界の管理者の一人であり、周公瑾を危険と感じてからは彼が宇治川を越えたかどうかずっと監視していたのだと言う。

 

「それと鞍馬寺と嵐山の連中には気をつけなさい。あの者たちは随分と大陸の術者たちに取り込まれている」

「貴重な情報感謝します」

 

聞きたいことは聞けたと達也は雅に視線を向けた。

 

「この度はお時間を取っていただいてありがとうございました」

「とんでもありません。どうぞ良しなに」

 

殊更丁寧に頭を下げる男に雅は最初と同じ笑みを向け、退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店を出て時間を確認するとまだ日没までの時間はあり、他の場所を見て回る時間は十分あった。

 

「これからどうしますか」

 

参道の坂を下りながら光宣は達也に問いかけた。

あの呪い師は鹿苑寺の一派については言及しなかった。雅も鹿苑寺の優先順位は低いと言っており、男の発言と雅の発言は少なくとも矛盾してはいない。

 

「宇治川より北と言われても範囲は広い。5人で探すにしてももう少し情報がほしいな」

「一度、向こうのグループの状況を確認する?」

 

雅は端末を取り出し、連絡用のアプリを立ち上げたところでわずかに表情を変えた。

 

「何かあったのか」

 

付き合いの長い達也だから分かるような些細な表情の変化だったが、来ていた連絡が好ましくない内容であることは伺えた。

 

「燈ちゃんからよ。あっちのグループは忍術使いと交戦することになったみたい。幸いこちらに怪我人もいないし、偶々来ていた一条君に助けられたそうよ」

 

深雪と光宣は交戦と聞いて一瞬顔を強張らせたが、怪我人はいないと聞いてすぐ胸を撫でおろしていた。

 

「一条もおそらく会場の下見だろう。三校も流石に去年の一件があってか警戒はしているようだな」

 

各校が事前に会場周辺の下見を行うことは不自然ではない。事実その対応に二高は動いていることはここにいる者たちにとっては既知のことではあったが、一条が今日京都に下見に訪れることは初耳だった。恐らく二高には連絡を入れずに十師族として独自に動いているのだろうと達也は判断した。

 

「それで、エリカたちは?」

「まだ連絡がないから、警察署で事情を聴かれていると思う。幸いあの辺りは監視カメラの多いところだからから、正当防衛は成立するし、燈ちゃんがいるなら大きな問題にはならないと思うわ」

「エリカや一条ではなく、香々地が?」

 

達也は香々地の家系についてそれほど知っているわけではない。本人は統合武術の中学・高校の王者であり、探知より戦闘を得意とした古式魔法師という事は知っている。雅とも遠縁であるそうだが、ほぼ血縁はないに等しいほど遠いらしい。

 

「二人もそうだけどこちらは魔法を使える警察官も古式魔法師の出身が多いから、彼女がいるだけで下手に拘束時間を延ばされることは無いだろうし、おおよその魔法を使う剣士が千葉の流派を経験するように、こちらで無手の近接戦闘においては香々地の名前を聞かない人はいないのよ」

 

こちらでそれなりに名の知られた古式魔法師ならば『千葉』や『一条』よりも警察に対してコネは使いやすいのだろう。

 

「それほど有名だったのですね」

「こっちの警察や軍の新人魔法師で燈ちゃんに投げられていない人はいないと思うわ」

 

雅の発言に水波と光宣は意外感を示した。

燈は同世代の女子から見ても小柄だ。身長は150㎝に届くかどうかであり、はっきりした物言いはするものの、裏表のない明るい性格と受け入れられる。それが成人した魔法師を投げ飛ばすと言われれば、冗談か誇張にしか聞こえないのも無理はない。

 

「メールが来ていたのはいつごろだ?」

「私たちが清水寺を回っているころよ。忍術使いの素性として可能性が高いのは鞍馬寺や伊賀だけれど、どこかまでは記されていないわね」

 

時系列を考え、達也はしばし考え込む。

 

「監視カメラ映像の確認と現場確認。事情聴取で長くても夕方には解放されるか」

 

自分の考えを纏めるように達也はつぶやいた。達也もそう経験があるわけではないが、魔法師であっても学生を長時間拘束することは無いだろうと試算した。

 

「少し早いが深雪たちはホテルに先に戻っていてくれ」

「お兄様はどうされるのですか」

「鞍馬寺方面を調べてみる」

 

当初は方角からしても明日の嵐山の捜索に合わせて鞍馬寺方面を調べるのが良いと考えていた。しかし伝統派の襲撃があった以上、周も何らかの動きを見せている可能性はある。未だにその背中さえ見えてこない以上、可能性の高いところは潰してしまった方が良いと達也は考えている。

幹比古たちの襲撃が伝統派の独断であるのか、周の差し金であるかも今のところ判断できないが、忍術使いとなればわざわざ伊賀の忍術使いを連れてくるより鞍馬寺の者だと考えるのが妥当である。

 

「一人で向かわれるのですか」

「あの男の言葉を全面的に信頼するわけではないが、仮に周公瑾の指示だとして幹比古たちの襲撃に失敗したとなれば拠点を移動する可能性もある」

「達也さんの実力を疑うわけではありませんが、その周公瑾はかなりの実力者なのでしょう」

 

光宣は暗に達也の単独行動に異議を唱えた。

周公瑾は黒羽貢の腕を奪い、四葉家の諜報網を潜り抜ける実力者だ。捕捉されたとしても形跡らしい形跡を残さず移動しており、ある程度絞り込めたとは言え範囲は広く、未だに正確な所在地はつかめてはいない。鞍馬寺が大陸の導師たちに取り込まれていても、周の痕跡が一切なく無駄足に終わる場合もある。それと同時に周と接触して戦闘になる可能性も捨てきれない。

 

「私も今回は勧めないわ。バックアップ体制も整わない上で協力者のいる状態の周を相手取るのはリスクが大きいのではないかしら」

 

今回、達也にはムーバルスーツもなければ、黒羽のバックアップもない。

伝統派の古式魔法師に後れを取るとは思わないが、万が一周を見失った場合、黒羽の追跡の手がないのは痛い。

一度達也が接触し、戦闘となれば周は益々巧妙に行方を眩まし、捜索はさらに難航するだろう。そうなれば任務達成の難易度はさらに上がることとなる。

 

「すまない。少し焦っていたようだ。確かに今日鞍馬寺に乗り込むのは得策ではないな」

 

周の捕捉の可能性と戦闘時のリスクを考えて、達也は鞍馬寺へのアプローチを断念した。

 

「達也さんでも焦ったりするんですね」

「光宣は俺をどんな完璧人間だと思っているんだ」

「少なくとも僕が張り合いのある相手と思うくらいには」

 

心外だと呆れたような達也物言いに、光宣は達也ではなく雅を見たのち、達也に視線だけを向けながらそう言った。二人の間で視線がぶつかり火花が散ったように見えたのは深雪や水波の気のせいではないだろう。

雅はそんな様子に表面上は無反応を貫いている。

 

「宇治の方面は陸軍の補給基地もありますから、僕の方から響子姉さんに頼んでみます」

「ああ。頼む。次の行先は歩きながら考えよう」

 

来た時と同じく注目を集めながら、5人はひとまずコミューター乗り場へと向かった。

 





イチャイチャが書きたい(*´>д<)
シチュエーションばっかり浮かんでいるので、そのうち公開します。

感想、誤字脱字の指摘ありがとうございます。お気に入りも気が付いたらたくさんの人たちにしていただいて、感激です。

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