恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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前回は甘い雰囲気を、お楽しみいただけだようで嬉しいです。
書いてくださった感想読んで、私もニマニマしてました。
そして、相変わらずの誤字脱字。指摘、修正感謝しています。

今回は、器の小さい七宝琢磨が色々やらかす話です。



ダブルセブン編6

23時と高校生にしては比較的遅い時間に帰宅した琢磨は使用人から書斎にいる父に呼ばれていると告げられた。どうせいつもの小言だろうと、面倒に思いながらもそのまま父の書斎に向かう。

 

デスクに座っていた父、七宝拓巳に勧められたソファーに座ると、彼も座っていたデスク席から立ち、琢磨の前に座る。

 

「琢磨、どうだ。高校は楽しんでいるか」

 

こんな時間帯に呼んでおいて世間話とは話の切り口だとはわかっていても、琢磨はムッとした。しかし、子どものようにそれを感情のままに言うことはなく、まだ理性的だった。

 

「親父、前にも言ったはずだ。俺にとって高校は楽しむために行くためのものじゃない」

 

息子のセリフに拓巳はやれやれといった表情を浮かべる。

 

「お前はどうしてそう強情なんだ。何もそう肩肘を張ることはない」

「親父こそ何を悠長に構えているんだ。師族選定会議は来年に控えているのに、このままだと風見鶏の七草に十師族の地位をかっさらわれて、あいつらの風下の地位に甘んじるんだぞ」

「師族選定会議は二十八家から選ばれるものだ。七草だけに固執するものではない」

 

この親子のやり取りは何度も行われてきたものだが、話は平行線のままだった。

妄執ともいうべき十師族の地位への思いを琢磨は持っている。いったい自分の息子がどこでそんな覚えを持つようになったのか、父としても理解できていなかった。

 

「七草が『三』を裏切り、『七』の技術を盗み取って十師族の地位を手に入れたのは事実じゃないか」

 

「『七草』が『三枝(さえぐさ)』だったのは、十師族成立以前の話だ。老師が十師族体制を提唱されたときには、すでに『七草』は『七草』で頭一つ他の家より抜きんでていた」

 

「その抜きんでていたのは、第三研究所と第七研究所の研究成果を摘み取ったからだろう。第七研究所が基礎研究から始めていた『群体制御』をあいつらは我が物顔で使っている。三矢も七夕も七瀬も七草(あいつら)にまとめて、虚仮(こけ)にされているのに、親父はどうしてそう平気なんだ!」

 

「琢磨、七草も我々と同じ実験体の魔法師だったんだぞ」

 

その指摘に、琢磨は文字通り言葉に詰まる。

 

「人為的に作られた魔法師は数少ない魔法師の中で二割ほどで、他は先天的な能力強化だ。…………九重の末姫とは部活連で一緒だったな」

「ああ」

 

七草との話の流れで、どうして九重がと不審に思いながらも返事をする。

 

「失礼はしていないか」

「親父がどうして、年下の九重に気を使う必要があるんだ」

 

九重雅は確かに古い家で、京都では名家かもしれないが、琢磨はそれほど脅威に思っていない。古式魔法に優れているとは聞いているが、なんらかの成果を上げ、社会に貢献しているという話は聞かない。

役者のように神楽という名前でいいように議員や名士に媚びを売っているという話は聞いたが、所詮素晴らしいといくら言われようとも、古式魔法でピエロの真似事をしているに過ぎないと琢磨は感じている。魔法を見世物に使う姿に琢磨は共感できず、むしろ否定的だった。それなのに、父を始めとしたこの家の者たちは九重を特別視している。

 

「七草に固執するのは構わないが、九重とだけは敵対するな」

「なぜだ。ただ古式魔法の古い家じゃないのか」

「ああ。古い家だ。魔法成立以前、神話のころから九重は魔法を脈々と受け継ぐ血筋だ」

「七宝と違って由緒ある家だから敬えと?」

 

確かに九重雅に見せられた古式魔法の一種は、琢磨には再現不可能なものだった。ピエロの延長という考えは一時期なくなったが、あの澄ました態度が琢磨には鼻につく。七宝家のお家芸である群体制御なのに、こんなことすらできないのかと言われているような気分になった。

重苦しい黒髪も、高く留まった様子も気に食わない。

敵対するなと言われているが、司波伝手に七草とも深い関係があるようなら、琢磨にとっては敵だ。

 

「学校で(へりくだ)る必要はない。だが、九重の次期当主の伴侶はさる高貴な家から嫁がれるとの噂だ」

 

父の声はいつにもまして、思慮深く、言葉選びも慎重だった。

 

「高貴な家?」

「皆まで言わせるな」

 

琢磨が父の言葉だけでその家にたどり着くには情報が足りない。

 

二十八家でも、九重の次期当主が伴侶を見つけたことは密かに広がっている。裏にも表にも人を使い、九重悠の一挙手一投足に目を凝らしている家があると聞くが、一向にその相手とやらは姿が見えない。

婚姻除けの噂話かという声もあったが、ある筋から言われている恐れ多い家の名に恐々としているのもまた事実だ。

 

「それと、琢磨、明日は学校を休め」

「いきなりなんだ」

 

終わらない話し合い、互いの主張のずれに、拓巳は肝心の本題を切り出すことにした。父のいきなりの命令に、琢磨は不審そうに眉をひそめた。

 

「明日、野党の神田議員が一高に視察に訪れる」

「野党の神田議員?人権主義者で反魔法師主義者の議員か」

「マスコミを連れてな」

「何のために」

 

琢磨の怪訝はより一層深くなった。

 

「魔法を強制されている少年たちの人権を守るためのパフォーマンスだろう」

「人権?!」

 

仰々しい名目に、琢磨は吐き出すようにそう言った。

その議員が言うように魔法を強制されていると言っても、魔法科高校選択時点ですでに魔法師になることを志してきた生徒だ。道半ばでリタイアする生徒も少なくないなか、決して軍事演習を課せられているだとか、権利が全く尊重されていないとは感じない。正直、大きなお世話。見当外れも甚だしい。

 

「お前の言いたいことは分かる。だが、相手は国会議員だ。問題を起こすのはまずい」

 

マスコミを連れてくるあたり、何か一つでも魔法の失敗や事故があれば、それ見たことかと足元を掬われる。いくら反論しようとも、メディアが書きたてたことに聴衆は流されやすい。

 

「いくら気に食わない相手だからって、誰構わず喧嘩を売るほど俺はガキじゃない」

「相手から挑発されてもか?」

「当たり前だ。そう簡単に挑発に乗るものか」

 

まるで小さな子どものように言いきかされているようで、琢磨はムッとした。

 

「そこまで言うのならば、自分の言葉に責任を持てよ。このことは七草殿が対処する。くれぐれも余計なことはするな」

 

こういった駆け引きではまだ、並々ではない十師族とも渡り合ってきた父に軍配が上がる。

 

「七草が?!」

 

琢磨が激しい反発を示すが、言質はとられている。

 

「琢磨、先ほどの言葉を忘れたか」

「―――っ、わかったよ」

 

父の念押しに、琢磨は乱暴にソファーから立ちあり、部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琢磨が欠席した水曜日

まるで野党議員の来校に合わせるように司波達也発案で恒星炉の実験が行われた。

琢磨のクラスにも見学していた生徒はいたようで、実験の詳細をよく知らない議員やマスコミが核爆発の実験かと質問するなど、終始悪意のある質問は見られたが、廿楽先生とジェニファー先生の理論的な正論に反論できず、コケにされた格好となった。

野党議員も取り巻きのメディアを連れて尻尾を巻いて逃げ帰ったそうだ。

翌日の今日、木曜日には朝からテレビや新聞、Webニュースなどの各マスコミが訪問の結果について報道し、中には水爆実験かとあり得ない見出しを付けているところもある一方、おおよそ肯定的な記事は多かった。

CAD機器の大手、ローゼン家の日本支社長もこのニュースを取り上げ、日本の高校生のレベルの高さと実験に込められたエネルギー問題解決への姿勢を評価していた。

 

実際各メディアが実験に関わった生徒の名前を出したわけではないが、メンバー中には琢磨が敵対視している七草の二人も関わっていた。

世間的な評価を得て、実験に関わっていない生徒たちも浮足立っていた。

琢磨はそれが何より気に入らなかった。実験に九重雅ではなく、七草を使ったあたり、二人の狡猾さがうかがえる。

 

おかげで朝から苛立ちが収まらず、学校でも話題は恒星炉の実験に占められ、部活中もいつもならしない些細なミスをしてしまった。

 

益々苛立ちとモヤモヤとした感情は募るばかりで、だから、間が悪かったとしか言いようがない。

 

クラブを終え、下校途中の琢磨と風紀委員で見回りをしている七草香澄が遭遇したのは偶然のことだった。部活動勧誘期間を終え、風紀委員には通常通り、校内の見回りを当番で行っている。香澄も1年生だからということで、特に昨年と変わりなく一人で見回りを行っていた。

時間帯的にはもうすぐ委員会室に戻ってもおかしくない時間帯で、香澄は琢磨をただ視界に入れただけだった。

別段、おかしくはないことだっだが、間が悪かったのだ。

 

「随分とうまくやったもんだな、七草」

「何のこと?」

 

鼻先で笑われ、とぼけたように琢磨は感じた。

 

「昨日の公開実験のことさ。ローゼンの支社長にまで注目されるなんてすごいじゃないか」

「公開実験?七宝、あんた何か勘違いしていない?」

 

香澄は不快感を隠さずに、琢磨に反論した。不愉快だと言いたげな様子でさえ、琢磨を苛立たせる要素にしかならなかった。

 

「とぼけるなよ。魔法師に否定的な国会議員が来ると知ってて、昨日のことを仕組んだんだろう。九重先輩を押しのけて、司波先輩をよく利用して、名前を売ったものだぜ」

「利用ですって?変な言いがかりは止してくれる。それに九重先輩は部活の用事で元々実験に参加できなかったのよ」

 

香澄の言葉がやや歯切れの悪かったことに、琢磨は自分の推測が正しかったと断定する。

琢磨同様、香澄も神田議員の来校を知っており、その点は確かに琢磨の言ったことは間違っていなかった。だが、雅を押しのけただとか、自分が名前を売るために実験に参加したという点については全くの言いがかりだった。

 

「迂闊だったよ。あの人たち、魔法科九校ではちょっとした有名人だったんだな。流石は七草、抜け目がない。姉に引き続き、お前たちも誑し込んだのか。お前たち双子は見てくれだけはいいからな」

「ふざけるな!」

 

香澄は、爆発したように、啖呵を切った。

その怒気は一瞬、琢磨がひるむほどだった。

 

「誑し込むとか私たち七草には考えつかないよ。随分下品なんだね。その下品なあんたが、無関係の雅先輩までコケにするって一体どういう了見?あんたこそ、顔はかわいいんだから、ツバメにでもなって養ってもらえば?今時ツバメなんて飼ってるのは、どこかの色ボケ芸能人くらいだろうけれどね」

 

香澄が揶揄した、年上女性の若い男性を指す「ツバメ」という俗称は、最近芸能ニュースをにぎわせていた有名女優の売春問題のゴシップ記事の片隅にあってのことだ。

琢磨と”とある女優”のことを意味していたわけではないが、七草がその情報を仕入れていてもおかしくはないと、琢磨は判断した。

 

「……喧嘩を売っているのか、七草」 

「さきにふっかけてきたのはアンタの方でしょう。二度と買う気を起こさせないくらい、安く買いたたいてあげるわ」

 

二人の右手は左手の袖口にかかっている。

そこにはブレスレットタイプのCADが装着されている。

 

「そこの二人、何をしている」

「二人とも手を下ろしなさい」

 

魔法を使った喧嘩になりそうな事態に、琢磨の背後から男子生徒の声、香澄の背後から女子生徒の声で静止がかかる。

自衛目的以外の魔法の使用は校則違反である前に、法律違反だ。

香澄が手を下ろして振り返った一方、琢磨はCADが発動できるよう構えたまま振り返った。

だが、二人が振り返るタイミングで目の前で空砲が打ち鳴らされたような、乾いた破裂音が響き渡った。咄嗟に二人とも体が飛び上がり、一瞬の間ができる。

琢磨が音源を探ると、こちらに向かって走ってきている見覚えのある男子上級生が厳しい顔で左の懐に右手を入れているのが見えた。

ショートホルスターから特化型のCADを抜こうとしていると判断した琢磨は反射的にCADのスイッチに指を滑らせた。

相手はまだ抜ききっておらず、発動は琢磨の方が先んじる。

そう思った一瞬で、身体を前後に揺さぶられ脳震盪を起こし、眩暈に襲われ膝をついた。

 

 

香澄はたとえ、自分ではない対象だとしても魔法が発動されたことに緊張する。

 

「ドロウレス…」

 

香澄の口から驚きと共に呟きが漏れる。

琢磨を攻撃したのは香澄と同じ風紀委員の森崎だった。

特化型と汎用型では発動スピードは特化型に軍配が上がるが、すでに構えていた琢磨の方が発動は早いと香澄は見ていた。

しかし実際に膝をついたのは琢磨だ。情報強化の防壁によって威力は抑えられてしまったが、琢磨の攻撃を封じるには十分な威力だった。

 

それを可能にしたのが、ドロウレスという高等技術。

森崎が使用していたのは拳銃型の特化型CAD。なまじ拳銃型の特化型CADは向けた方に照準を付ける照準補助機能があるので、抜かずに打つのは難しい。

 

香澄は今まで先輩である森崎を魔法師としてあまり評価していなかった。

発動速度は速い部類だが、それでも自身の知る九重雅よりは遅く、他の魔法力と合わせても平凡に少し色が付いた程度の実力だと思っていた。

だが、ホルスターに入れたままの状態で自分の認識だけで照準を付け、特化型の特徴である発動の速度を活かした高等技術に、上級生は当たり前にこの程度をやってのけるのだと香澄は感心していた。自分も頑張らなくてはと思っていた矢先、森崎が香澄の後ろに視線を向けた。

 

「九重さん、牽制助かった」

「え、雅先輩!?それに北山先輩も…」

 

思いがけない名前に香澄が背後を振り返ると、雅の姿があった。その顔はいつもと変わらないように見えたが、変わらないが故に薄ら寒い怖さがあった。雅の隣にはムスっとした表情の北山雫が立っていた。二人ともちょうど帰宅するところだったようで、すでに鞄を持っていた。

 

「ひょっとして、さっきの破裂音は雅先輩が?」

「それは後で説明するとして、問題が起きた経緯を報告する必要があるわね」

 

雅と目が合った瞬間、マズイという感情が香澄の頭の中を駆け巡った。

瞳が笑っていない。普段怒らない人を怒らせると怖いということを、香澄は知っている。

乾いた笑みすら出ずに、香澄は借りてきた猫のようにおとなしく、琢磨と共に先輩の後ろを付いて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

事情説明のために、私と雫、森崎君は二人を風紀委委員本部に連れて行った。校内での魔法使用の違反行為ということで風紀委員からは千代田先輩、部活連からは服部先輩と教育係の十三束君、生徒会からは達也が同席し、事情を聴くこととなった。

 

「最初に言っておくけれど、香澄は完全な未遂だけど、停学の可能性は覚悟しなさい。未遂とはいえ、CADの操作に入っていた七宝君は最悪、退学よ」

 

千代田先輩は二人の言い分を聞く前に、しっかりと釘を刺した。

実習、部活および自衛以外での魔法の使用は禁止されており、校則にも明記されている。金属バットもただ持っているだけならば野球の道具だが、それを人に向ければ暴行罪や殺人罪に問われることと同じだ。

それ以上に私たち魔法師はただでさえ世間からの風当たりの強い立場なので、幼少期からその使用については厳しく教え込まれている。

魔法を使った犯罪や事件が起きるたびに、当事者でもないのに批判に晒されることは珍しくない。魔法師の絶対数が少ない以上、世論はマイノリティを差別する方向に向かうのは必然だ。

 

「それを念頭にして、何が原因だったか説明しなさい」

 

千代田先輩は強い口調で二人に尋問した。七宝君は退学という言葉に、拳を握りしめ、震えている。それが自分の過ちを恥じているのならばいいが、そうは見えない。

 

「七宝君が七草家を侮辱しました」

「七草から許しがたい侮辱を受けました」

 

どちらから因縁をつけたのかわからないが、互いに家の名前を出して侮辱したようだ。二人とも目を合わせないあたり、相当内容は過激だったようだ。

 

二人の(かたく)なな様子に、千代田先輩は頭を抱えた。

香澄ちゃんは風紀委員の身内、七宝君も部活連の身内なので服部先輩も公平さの面から、この一件をどちらが悪いとも言えない。

そうすると、二人の視線は第三者である生徒会、つまり達也のほうに向かった。

 

「司波君はどう思う?」

「二人に試合をさせればよいのではないでしょうか」

「それは、二人を見逃すってこと?」

「話し合いで解決できないことは実力で決着を付ける。当校ではそれが推奨されていると、前委員長にそう聞き及んでいます。お互いの誇りがかかっているのなら、結論も長引くこともなく、遺恨にならなくてよいかと」

 

達也の言葉に、十三束君は驚き、千代田先輩と服部先輩は納得顔だった。

 

「魔法の不適正使用は重大な違反ですが、未遂の生徒まで厳罰にする必要はないでしょう。新入生にはよくあることですし」

 

森崎君が苦い表情で顔を背けた。昨年の春の一件のことであると指摘する人は幸いにもいなかった。

千代田先輩と服部先輩は達也の意見に賛同。生徒会立ち合いの正式な試合が決定された。この後、実習室を借りて勝負をつけるそうだ。

 

 

だが、それに反論した人がいた。

 

「司波先輩、一つお願いがあります」

「七宝、不服があるのか」

 

本来であれば処罰を受けるべき七宝君が図々しくも提案を持ち掛けたことに、十三束君はやや語気を強く咎めた。

 

「いえ、七草との試合を許していただけるのならば、七草香澄と七草泉美の二人とたたかわせてください」

「七宝、あんたバカにしているの」

 

先輩の前という手前で乱暴な口調だったが、そう思うのも無理はない。

取りようによっては、一人では相手にならないから二人を相手にさせろと言っているようなものだ。

 

「理由は?」

 

好奇心に駆られたのか、咎めるより前に千代田先輩が尋ねた。

 

「これは七宝家と七草家の誇りが掛かった戦いです。それに『七草の双子は二人そろって真の力を発揮する』というのはよく言われていることです」

「七宝はこう言っているが、香澄はそれでいいか」

 

達也が視線を香澄ちゃんに向けた。

 

「構いません。その思い上がりを後悔させてやります」

「ではそのように」

 

達也は生徒会室へ手続きのために向かった。

待ち時間の間に香澄ちゃんは端末で泉美ちゃんを呼び出していた。

私と雫はどうするか、視線を合わせた。

 

「北山さんと九重さんは帰ってもらって構わない。ご苦労だった」

 

服部先輩の許しも出たので、私たちは帰宅しても良いようだ。

 

「雅、私、残って試合観ていくつもりだけど、どうする?」

「今日の当番は森崎君で、雫は非番だったわよね?」

 

一緒に帰る途中、確か雫がそう言っていた気がしたし、森崎君は腕章をつけているので、彼が今日の担当だろう。

 

「森崎君」

 

代わってもらってもいいかな、という言葉は名前を呼ぶだけで伝わったようだ。代わりに千代田先輩が答えた。

 

「所属からは一人出せば十分でしょう。部活連は服部君?」

「いえ、教育係は僕に任されていますので、僕が立ち会ってもよろしいでしょうか」

 

十三束君が手を挙げた。

 

「構わない」

「ありがとうございます」

 

どうやら十三束君も七宝君に対して思うところがあるようだ。一度実力を見るという面からしても、丁度よい機会なのだろう。

 

「私は、稽古事がありますので、失礼させていただいてもよろしいですか」

「稽古って神楽?」

 

雫がそう聞いた。お茶、お花も稽古と言うし、叔父との鍛錬も稽古と言えば体術の稽古だ。

雫の目が面倒臭そうな様子から一転、少し輝いて見えるのは、招待を期待しているのかもしれない。

 

「ええ。夏祓の神楽があるの」

 

年の丁度半分、6月30日には、全国各地の神社で大祓が行われる。大祓は民間では、毎年の犯した罪や穢れを除き去るための除災行事として定着していて、年二回、6月30日と12月31日に行われている。

6月30日に行われる大祓は『夏越の祓(なごしのはらえ)(名越の祓)』または『夏祓』『六月祓』とも呼ばれ、この時期は梅雨から日照りの時期に移り変わるころであり、過酷な時期を乗り越えるための心構えとしての役割も持っていた。

 

その行事に合わせてこの時期からすでに稽古が始まろうとしていた。予定の時間はそれほど差し迫ってはいないが、新しい演目に合わせて衣装も仕立て直すそうで、色々と今日明日は忙しくなる。

 

「三流ピエロの真似事ですか」

 

私たちの会話に割り込むように鼻で笑うような七宝君の発言に、委員会室の空気が凍った。

流石に面と向かってこのような発言は驚いた。

私と七宝君以外が呆気にとられ、冷ややかな視線で七宝君を見ている。

 

「目の前の相手のことに集中できていないようですね。貴方が余所見をしていて勝てるほど、七草が弱い相手ではないことは十分知っているのですよね」

「貴女に言われる筋合いはないでしょう」

 

キッと私を睨み付けた。

 

私が彼に何かをしただろうか。

七宝家と九重に因縁めいた物はないし、私も彼に対してそれほど接点は多くない。今日だって偶々通りかかってのことだ。

それがなぜ、こうも言われなければならないのかという気持ちがあるが、他人の指摘も助言も高慢に聞き入れないのなら相手にしない方が賢明だった。

 

「……それもそうね。じゃあ、頑張ってね。お先に失礼します。」

 

私は残っていた人たちに挨拶をして、深雪と達也に先に帰宅することを告げるため、生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雅が部屋から出た後、短い二人のやり取りに、周りはドッと疲れていた。

 

「七宝、この場に司波兄妹がいないことを感謝しろよ」

 

森崎はこの無知で恥知らずな馬鹿を殴りつけなかった自分を褒めたかった。司波兄妹がこの場にいた場合、ブリザードが吹き荒れるか、徹底的に司波達也に論破されていただろう。そうしたら、七草と七宝の因縁など知ったことではない。自分達がそれに巻き込まれないように保身に走ることが賢明だ。幸いにして、それが起こらなかった偶然に森崎は普段は大して信じていない神に感謝していた。

 

「怖いもの知らずって恐ろしいわ」

 

花音も一年生の予想外どころか、奇想天外な発言に、今頃になって沸々と怒りがわいていた。可愛がっている後輩、それも実力も伴う期待の星にケチつけられたようなものだ。七草姉妹と変わって、今からでも自分がぶちのめしてやりたい気持ちだった。

 

「何ですか」

 

当の本人はさほど悪びれている様子はなく、反省もしていない。

それが周囲の頭を痛ませた。

 

「七宝君は九重神楽を観たことは?」

「客集めの魔法演劇なんかに興味ありません」

あくまで教育係としての立場か、怒りを抑えながら質問した十三束に七宝はそっけなく返事を返した。

 

「現代魔法の歴史はおよそ100年、九重神楽の歴史は約1500年。数字持ち(ナンバーズ)が生まれる以前、神代の時代から脈々と受け継がれる魔法を使った最古の儀式にして、今も進化をしているこの国の誇るべき最高傑作だ。それを知りもしないのに、土足で踏みにじって、唾を吐いて、それはお前が無知と喧伝しているようなものだぞ」

 

「だったら、なぜその技術を公表しないのですか。それだけすごいのなら、現代魔法の発展のために貢献すべきでしょう。それができないなら、所詮それまでのただ古い技術ってことですよね」

 

呆れてものも言えないとはこのことを言うのだろうと、七宝を除く一同の心は一致していた。

 

 

 

 




琢磨の雅に対する偏見は、同じ魔法を使うにもかかわらず、自分は実験場生まれ、片や周囲から畏敬を持たれる由緒ある家柄。周りからは凛としてる、大人びている、気品のあると評される雅も、人を見る目のない人間からすれば、お高く留まっていると見えるということです。

個人的には雅を馬鹿にされて、「はあっ?」と切れるお兄様を書きたかったが、試合どこではなくなるので、没に。良かったな、七宝琢磨。寿命が延びたよ!

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