恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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相変わらず白い・・・


入学式編5

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圧巻だった

 

圧倒的だった

 

目を疑う出来事だった

 

先攻の統合武術部5人がものの数分で全員一本を決められていた。

 

決して弱い者たちではない。むしろ、関東でも強いレベルに入る。

確かに攻める側も多対一には慣れていないだろうが、それでも隙を見て押さえかかっても誰も九重に技をかけることはできなかった。

 

 

統合武術の特徴として相手の無力化に重点を置かれた実戦武術であると同時に、技のバリエーションが多いことが特徴だ。競技では男女別れて大会など行われているが、実際、技の選択と力量次第では男性が女性にひっくり返されるなんてよくあることだ。

 

九重は無駄な力はない。無駄な動きもない。最小かつ最適な動きで、すべてを捌いていた。

柳のように流水のように、歯牙にもかけられず、統合武術部は茫然と地に伏していた。

 

「ほう…」

 

十文字も眉一つ動かさず5人を倒して見せた雅に対し、感嘆を漏らした。

 

少なくとも、制服姿の雅は武道を嗜むようには見えない。

お茶やお花、ピアノが趣味の深窓の令嬢という印象を受ける。

凛とした佇まいは清廉さを兼ね備え、年の割に落ち着いた女性の雰囲気を醸し出していた

 

しかし、対峙した者は分かってしまった。

濃厚で濃密な武芸者としての経歴と実績、それにふさわしい貫禄があると

華奢な体からは考えられないほど、その技量は高校生離れしていた。

 

 

「うん、流石は雅ちゃん。高校生程度なら相手にしないね」

 

 

満足げに行橋は頷いていた

 

繰り返すが、一高の統合武術部は決して弱くない。

学内有数の武闘派と言うわけでもないが、学校創設以来ある部活でもあり、全国でも成績を残してきている。

今回も関東大会優勝の実力者が相手をしたが、赤子の手を捻るがごとく敗北した。

 

部員たちは立ち会った時に感じたのだ。歴戦の王者の威圧に当てられたとも言えるだろう。

確かに明確に、隔絶した実力差がそこにあった。

 

 

 

 

 

その様子に古式魔法クラブは慌てていた。

 

彼らも作戦は立てていた。古式魔法は発動に時間がかかる。

その不利な点をカバーするためにCADも複合して使う。

当初は閃光魔法で視界を封じる予定だったが、それを移動魔法で壁まで吹っ飛ばす予定に変更した。

女子相手に荒っぽい作戦だが、あの動きを見てそれでも躱される危険があると判断した。

移動魔法で吹っ飛ばしたら気絶すればそこで終了。

避けられた場合はその時間で用意していた幻覚魔法で平衡感覚を奪う。

 

緊張している古式魔法クラブに比べ、雅はブレスレットタイプの汎用型CADを静かに構えた。

先ほど5人を相手取ったにもかかわらず、息一つ乱していなかった。

 

開始の合図と同時に、古式魔法クラブの面々は一様に驚愕の表情を浮かべた

 

「幻術?」「まさか?!」

 

 

古式魔法クラブのメンバーは視界が斜めになったように感じた。

しかも、そう感じた瞬間には既に全員が膝をついていた

 

 

「勝者、九重雅」

 

 

静かに十文字会頭が雅の勝利を告げた

愕然としていたのは10人の2つの部活の代表者たちだった。

まさに魔法技能でも一瞬にして圧倒してみせたのだ。

 

 

「お見事。うん、まあ雅ちゃんなら楽勝だったかな」

 

殊更うんうんと満足げな様子で行橋は腕を組み、頷いていた。

彼女は最初からこうなることが予想できたうえで、この条件を持ちかけてきたのだ。

 

これでは勝負にすらなっていない。

確かに、勝敗はついた。

だが、1年生の女子に相手にされない事は悔しさ以前に諦めさえ感じさせた。

 

世界が違うと。

 

 

「九重の初手は光学系の魔法か?」

 

「そうだね。広範囲に最速で展開した光波振動系魔法だよ。

光の屈折を利用して相手の視界を歪め、幻影に似たものを作り出した隙に真正面から軽い電撃で倒す」

 

行橋が嬉々として雅が使用した魔法を解説した。

 

「フライング、というわけでもないのだろう?」

 

「雅ちゃんだからね。一つの術式で幻覚、幻影を作るくらいやってのけるよ

魔法の発動速度、入試歴代一位は伊達じゃないさ」

 

 

電撃の方も殺傷性は全くなく、単に痺れただけの様子だった。

まだ古式魔法クラブも統合武術部も茫然としている。

余裕綽々としているのは雅と行橋くらいなものだ。

 

十文字も審判と言う立場を忘れ、自身が戦った時の勝負の行方を険しい顔の後ろで試算していた。

魔法だけではなく、体術だけで男子をも圧倒してみせる古式の技術は彼にとって未知の領域でもあった。

 

 

「これで風紀委員の部活連推薦枠埋まっただろう」

 

十文字だけに聞こえるように行橋は雅を見ながら言った

 

「卒業された先輩の補充分、まだ部活連と生徒会の推薦枠空いているんだろう。

それとも2年の優秀な生徒に目星をつけていたかい?」

 

 

「………いや、人選に少々困っていたところだ。2年から出そうかと思っていたが確かに、九重なら問題ない実力だろう。5人相手でも余裕そうだったな」

 

 

十文字は雅をじっくりと見つめていた。彼女は今、倒れた古式魔法クラブの女子に手を貸していた

古式魔法クラブを倒したのは単なる静電気だ。統合武術部を倒したのは単なる身体的技術。

息一つ乱すことなく、相手を無力化した。

 

渡辺以上の才能を感じさせる女子だった。

末恐ろしい女子がいたものだと無意識に手に汗をかいていた。

 

「俺を呼んだのは最初からこれが狙いか?」

 

「それもあるけれど、勧誘期間に問題行動を起こしてもらうより今一個芽を摘んでしまった方がいいだろう?」

 

確かに、毎年部活動勧誘期間は一種の祭り状態だ。

そして祭りには喧嘩は付き物。問題も苦情もたびたび上がる。

この優秀な一年生が古典部というのは残念だが、諍いが一個無くなるのは有難い。

 

「一理あるな。だが、お前は食えんやつだ」

「ゲテモノはゲテモノで美味しいと思うよ」

「遠慮しておこう」

「それは残念」

 

 

ケラケラと行橋は笑った。

その様子を含め、十文字はため息を隠す気もなくついた。

 

 

 




1月26日 修正

指摘があり話の都合上、「合気道部」を「統合武術部」に変更しました。

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