恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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意外と話が終わらない、進まないですね(・д・`)

追記:感想で指摘があった誤字等修正しました。
いつもありがとうございます。


来訪者編7

10分ほどの休憩をはさみ、大学の研究発表に移った。

壇上に現れたのは魔法科大学の教授だった。年齢は50代半ばごろ。

日本人にしては彫りが深く、年相応に年季を重ねた渋い顔だちをしている。

紺色のスーツに身を包み、鈍色のネクタイをきっちりと締めている。

 

司会者の女性から紹介があり、魔法科大学の古式魔法研究者だと説明された。古式魔法の中でも歴史解釈や刻印魔法の解読を得意としており、今回の研究もその一環だそうだ。

 

紹介を受けた教授が演説台に立った。

研究の発表は先ほどと同じようにスクリーンを使って進められた。

こちらの研究も同じく、一冊の本から始まった。

今回の研究は刻印魔法を用いた魔法であり、民間伝承の話がベースになっている。

 

本と伝承でしかなかった歴史を魔法によって再現できるかどうか。

それが今回の発表だった。

 

古書を現代語訳すると、時代は平安時代まで遡る。

都のはずれの屋敷に美しい姫がいるという噂が公達(きんだち)の間で広まった。冬になれば美しい赤椿が咲き誇るその家の姫はいつしか椿の君と呼ばれた。

 

ある時、姫と懇意にしていた男は年老いた女房から相談を受けた。

夜な夜な姫のもとに鬼が現れ、姫をそそのかしているのだという。

家の者たちは鬼を恐れ近づけず、鬼も近づかない限りは手出しをしてくることはなく、姫に文を送っては話をして去っていくらしい。

姫も家の者たちに何かあってはいけないと、心優しいもので、鬼にはかたくなな態度をとりながらも決して礼を失わないよう接していた。

(しとね)を共にするどころか、声すら直接聞かせてはいないが、いつ鬼が本性を現し、姫を我が物にしてしまわないかと家の者たちは恐れているとのことだった。

 

男はすぐさま、家の者たちを集めると、鬼討伐のために立ち上がった。

鬼は夜になると現れるというので、家の周りや庭に松明を煌々と焚き、鬼を待っていた。

男が鬼の首を討ちとれば、上の耳にも入り、出世にもつながると男は密かに目論んでいた。

だが、それ以上に愛しい姫が人間異形問わず他の男に掠め取られるなど許せることではなった。

屋敷を取り囲むように兵は万全の守りを固めていた。

 

冬の凍てつくような寒さが身に染みる。

風は唸り声を上げるように夜空を駆け巡る。

屋敷の戸もがたがたと音を立て、不気味に揺れている。

固唾をのんで鬼の到来を待っていると、一陣の風が吹き荒れ燃え盛る松明がすべて消えた。

 

月のない暗い夜に男たちは慌てた。すぐさま火をつけ直すように男は指示し、兵たちが慌ただしく駆け回る。次々と松明が灯り、屋敷に明かりが戻ると女房の悲鳴が聞こえた。

男が屋敷の中に入ると、そこに姫の姿はなかった。

姫は男が贈った打掛を残し、消えていた。

男はまだ温かさの残る打掛を掻き抱いた。まるでまだそこに姫がいるかのように感じられるほど香もぬくもりも残っており、男は涙で袖を濡らした。

 

女房も涙を流し、失った姫を嘆いた。

嘆き悲しむ男のもとに外にいた兵から急ぎの知らせが入った。

どうやら鬼は都の外の荒れ果てた社を根城にしているらしい。

連れてきていた呪術師がそう予見したのだと報告をしてきた。

男は袖で涙をぬぐい、すぐさま馬を走らせた。

 

雪のチラつきだした夜の山道を馬は駆ける。

一刻でも早く鬼を討ち取らなければ、姫が食われてしまう。

男は力強く、馬を蹴った。

 

舞台は鬼が住まうという社の前から始まる。

スクリーンは一端下げられると、舞台が正面から見えるようになった。

刻印は舞台一面に刻まれており、それを術者が歩法によって発動させる。

歩法の補助具として術者の履物に刻印を刻んだ金属を地面と接する部分に埋め込んであるとのことだった。

 

木組みの舞台から外れた後方の赤い絨毯が敷かれていた場所には楽師が準備を終えていた。

舞台には柳の色目の狩衣を着た男が剣を鞘から抜いていた。

剣には細かな文様が刻まれており、刻印魔法だと目のいい観客は気が付いた。

 

秀麗な男が勇ましく名乗りを上げる。

静寂に凛々しい声が高々と響き渡る。

剣を引き抜き、男は正眼に構える。

 

男の問いかけに応えるように荒れ果てた社の戸が軋む音を響かせ、開かれた。

現れたのは見まごう事なき鬼だった。

炎のように朱く、血染めのように紅く、赤漆のように艶めく髪を風になびかせ、男の前に現れた。

額には異形の証である白い角が異彩を放つ。

筋骨隆々ではなく、どちらかと言えば細身の体躯。

派手な赤や金のちりばめられた黒地の着物はいかにも荒くれものらしく、派手な髪色を一層際立たせていた。

足元は重々しい金属製の一本下駄が揺るぎなくその姿を支えている。

 

美しい鬼だ。

修羅を模した鬼面で素顔はわからず、地を這うような恐ろしさも怖ろしさも感じる。

だが、闇に燦然と存在するその鬼は確かに人並み外れた美しい鬼だと感じさせていた。

鬼は無言で腰にさしていた太太刀を引き抜く。

刃は弱い光源を受けて赤黒い鈍色を放つ。

幾人の血を吸ったのか検討のつかないほど刃からは邪気が漏れていた。

 

男は祈祷を受けた破邪の剣に力を籠める。

震えそうになる手を気合で押し込め、腰を深く落とす。

 

「いざ、参る」

 

男の剣と鬼の刀が交わり、轟音が響き渡る。

剣圧で空気が引き裂かれるような猛烈な剣劇だった。

鬼の一撃は重く、細身からは想像が出来ないほど軽々と大太刀を振り下ろす。

受け止める男の体が重さに沈み込むような強さにも関わらず、片手でも易々と扱って見せた。

男が必死に押し返すと鬼は宙に浮いたように、1歩で大きく後ろに下がる。

地を揺らすほど大きな音で地面を踏み、男の背後に周り込む。

逆袈裟切りに振り上げられた刀を男は反射的に弾く。

刀と剣、鉄と鉄が交わる高い音が響き渡る。

 

男は強かった。

武芸にも、学にも秀で、順調に出世すれば近衛の中将と呼ばれる才覚を持っていた。

しかし、相手は鬼だ。

人として強くとも、異形に立ち向かうにはさらにそれを越えなければならない。

鬼の一撃は苛烈を極めた。

まるで地響きのような踏み込みから繰り出される斬撃は重く、鋭い。

重い斬撃に速さも加われば、それは一筋縄ではいかない一撃が必殺の威力を持っていた。

鬼は大太刀を軽く扱っているが、鉄の重みは振ることでさらに重さを増す。

男の狩衣はすでにいくつか刃を受け、切り裂かれていた。

 

息も絶え絶えな男に対して、いっさい鬼の太刀筋はぶれなかった。

圧倒的不利な状況の中、男の瞳は死んでいなかった。

眼前に相対する鬼を倒すべく、鋭い瞳を向けていた。

鬼は社の前まで後退すると、刀を上段に構えた。

刀に光が走ったと思うと、次の瞬間には巨大な火の玉ができていた。

男の目が驚愕に見開かれる。

人ではありえない力を前に、男は尻込みなどせず神に祈るように剣を縦に掲げた。

無常なまでに圧倒的な火の暴力は微塵の容赦もなく男を襲った。炎は男に到達するとその全身を包んだ。

 

 

聴衆からは悲鳴が上がる。室内にいる自分たちのところには熱さは届いていないが、明らかに目に見えているのは巨大な燃え盛る炎だった。

それが人を飲み込んでいる。

唖然とする者たちを尻目に、関係者はどこまでも冷静だった。

 

 

舞台上で鬼が振り返り、社に戻ろうとすると、突如として炎が光った。

鬼が振り返るとそこには男が燃え盛る炎の中、攻撃を受けたときと同じく剣を縦に構えていた。

まるで見えない防御の膜が彼を守るように覆い、炎は一切彼に届いていなかった。

剣を一薙ぎすると、炎は瞬く間に散り散りになる。

鬼が初めて動揺を見せた。

 

男が祝詞をあげる。

剣に込められた呪が光を放ち、刀剣を煌めかせる。

男は勢いよく鬼に迫る。鬼も大太刀を振り上げる。

鬼が上段から、男が逆袈裟切りに剣を振るう。

交わったのは目に見えぬほどの一瞬。

交差した二人の刃。

時が止まるような静寂の中、ゆっくりと地面に倒れたのは鬼だった。

 

 

 

 

 

 

しぃぃんと聴衆は無言に包まれた。

これが研究発表だということを忘れ、一つの演劇を魅せられたかのように静かに言葉を失っていた。

これは魔法なのだろうか。

記者の中には自分たちが知っている魔法とは恐ろしく狂暴で、戦争の引き金となる存在ではなかったのかと疑いを持ち出していた。

魔法を使えない者たちにとっては凶器を突き出されているように魔法とは恐ろしい存在で、それが自分たちに向かって来ないのは魔法師の倫理感と国が作った法律という檻がそれを押しとどめているにすぎないからではなかったのか。

 

ではこれは、なんなのか。

これは兵器でも武器でもなく、ただ単純に圧倒されるほどの存在だった。

自分たちが知る以上に魔法という世界は可能性を秘めた世界なのではないか。

寒気ではない鳥肌が立ち、恐れ以上の魂を揺さぶるような感情を抱いていた。

 

 

冬の静けさのような静寂の後には熱気のこもった喝采が贈られた。中には立って歓声を上げる者もいた。実験や検証というにはあまりにも美しく、圧倒的な舞台に聴衆は酔いしれていた。

 

教授が研究のまとめを話し、現代魔法への応用を述べたところで研究発表は終わった。

その後何点か、大学関係者や企業関係者からの質問が行われ、記者質問に移った。

 

本来なら大学関係者からの質問までで学生は退出してもよかったのだが、風紀委員や生徒会役員はその後の片づけの手伝いもあり、残っていた。

美月やほのかも彼女たちの性分から、出ていくことはせず、エリカも記者に対してはあまりいい感情がなく見守るために残っていた。

当初、記者からの質問は魔法関係の研究雑誌がメインだったが、もちろん来ているのは一般的なメディアも多い。

問題はそこで発生した。

スーツを着たいかにもキャリアウーマン風の女性だった。

年は30代前後だろうが、その目はどこか正義感に満ち溢れたように傲慢だった。

 

「東報新聞の鈴木です。魔法が兵器として利用されている。魔法科高校生や魔法科大学の生徒が軍人として育成されているという意見についてはどうお考えでしょうか」

 

その発言に会場がざわめいた。

確かに、今日発表されたUSNAの魔法研究の不祥事から、魔法師に高い地位を与えるのはどうなのか、また魔法師が軍人として育成されているのではないかという提言は多くのメディアで取り上げられている。

そもそも魔法は黎明期より軍事面で活躍を期待されていた分野であり、それは今日も変わらない。魔法による技術革新は多く起こってきたが、それはまだ一般人の認識としては広く浸透していない。

 

魔法師排斥運動は日本でも少なからず起きていることであり、東報新聞もその論調が強い新聞社として知られている。

だが、それを魔法師の目の前、しかも高校生の目の前で述べるとはずいぶん恥知らず、場違いも甚だしいことだと多くの聴衆が感じていた。

 

「申し訳ありませんが、研究に関係のない質問は差し支えさせていただきます」

「魔法科高校生の実に6割が軍関係、または軍事産業に関わっているという調査もあります。

未来ある若者を兵士として育成していることについて教授はどうお考えなのでしょうか」

 

司会の女性が発言を諫めるが、記者は聞き入れなかった。まるで魔法は悪だ、魔法は争いを呼ぶ元凶だと言わんばかりの強硬な姿勢に多くの者が顔を顰めた。

 

「何あれ。感じわる」

「ニュースがあったばかりだからな。メディアが食いつくのも仕方ないだろう」

 

エリカが射殺さんばかりの鋭い視線を向けた。自分たちは間違っていない、魔法こそ間違った存在だと言わんばかりの姿勢は多くの人の神経を逆なでしていた。

ここで答えなければ問題から逃げていると都合のいいように記事にされることは間違いないだろう。

 

教授は悩みもせず、マイクを取った。

 

「解釈だと思います」

「解釈、ですか」

 

短く告げられた答えに、女性記者は聞き返した。

 

「ええ。例えば、貴方の持つマイク、レコーダー、それと記者のカメラは兵器ですか」

 

「いいえ。これらは殺傷性をもつ武器ではありません」

 

「確かに鈍器として使用しない限り、それらの道具は兵器になりえないでしょう。しかし、ペンは剣より強しということわざの通り、報道の力は数々の悪事を世に知らしめる武器となりました。また、戦争にマイク、レコーダーなどは広く情報統制は行われ、時に人々を先導しする政治の道具にされていたのではありませんか。

それは人々を戦争へ扇動し、人を殺す武器としての役割があったのではありませんか」

 

記者は絶句していた。

あまりに教授の発言は暴論だった。

 

「それは」

「発言の途中です。最後まで聞いてください」

 

だが、暴論は記者も同じ。教授は発言を続けた。

 

「私が行っている研究は日本における歴史の魔法解釈です。魔法もまた、歴史の中で立場が移り変わりました。

古来は祈祷師、呪術師として人々から敬われ、崇められ、部族の行く末、政治を左右する存在でした。

科学が発達するにつれそれらはオカルトとして好奇心の中に噂され、ひっそりと息を潜めながらも存在していました。

現代では確かに魔法は軍事産業をはじめ先進各国において重要な役割を果たしており、歴史、政治に影響を与えるモノになったことでしょう」

 

聴衆は皆、教授の言葉に聞き入っていた。

教授は感情を波立てることなく、現代までの歴史と客観的事実を述べていた。

 

「時代が変われば、技術が発達し、人の生活も変わりました。魔法は技術です。薬を過剰摂取すれば毒になるように、技術は使い方によって善にも悪にもなります。

ノーベルが発明したニトログリセリンを用いた爆弾は元々、採掘用に発明されました。

それが大量破壊兵器になるとは彼も想像はしていないことで、とても憂いたことでしょう。

人が歩みを止めない限り、生活をよくするために技術の発展は続きます。

道具は手段であって、何かを成し遂げるための結果ではありません。

魔法も同じです。魔法は手段であり、技能であり、科学です。

専門的知識、専門的技術がなければ扱えない職業があると同じように、魔法師は魔法を扱っているのです。

現代魔法のおよそ100年の歴史の中で、魔法とはどのようにあるべきか、多くの議論がなされてきました。魔法をどう使うのか。それをどう若い世代に教育していくのか。それが私たちが今日抱える課題ではないでしょうか」

 

先ほどの物語の終わりはこうだった。

男は鬼の髢を切り取り、帝に献上した。

男はその武勲が認められ、高い地位につき、姫との間にも子どもを授かり、幸せに暮らしたと言われている。

人の解釈で見れば、これは鬼を打ち取り、姫を救った武勇伝。

しかし、鬼の目線で見ればこれは悲しい話

椿を愛した鬼の話の哀れな末路だった。

 

立場、解釈が異なれば物語の意味も異なる。

ひょっとすると教授はそれが言いたかったのかもしれないと達也は思った。

 

記者は二の句も告げず、表面上の感謝を述べ、引き下がった。

魔法は技術であり、科学であり、道具である。

だから、魔法師は道具を使っているに過ぎない。

魔法師自体が戦争の道具ではないと言っているように達也は感じていた。

 

 

会場は再び静かに息を潜めていた。

魔法師たちにとっては自分たちがどうあるのかを考える言葉として、魔法を使えない者たちにとっては兵器ではない技能の魔法とは何なのかについて、それぞれ受け止め方は違っても教授の発言は心に響く言葉であった。

司会者が気を取り直して質問がないかと問い掛けた。

先ほどの教授の言葉もあり、発言しにくい雰囲気だった。

だが、その中でまっすぐと一人の手が上がった。

 

「日報社の有田です。先ほどは忌憚なきご意見ありがとうございます。私たちがどう報道していくのか、事実を皆様にどうお伝えするのか、改めて身に染みるお話しでした」

 

今度は40代ほどの女性だった。

先ほどの記者とは違い、随分と社会人としてわきまえた発言だった。多少先ほどの記者に対して皮肉も込められており、少しばかり会場の空気が解れた。

 

「魔法のあり方は解釈だとおっしゃいました。教授にとって歴史の魔法解釈とはどのような意味合いを持つのでしょうか」

 

「私たちは魔法の多くを知りません。タイムトラベルができるわけではありませんから、かつて歴史上で魔法が使われていたのか、奇異なことがすべて魔法だったのかということは目にしたわけではないので、多くの資料から仮説を立て、実験を繰り返していくしか方法がありません。

魔法がどう使われていたのか、それを解き明かしていくことで、私たちの祖先がどのように魔法と付き合っていたのか知ることができると思います」

 

魔法は決して100年前にできたわけではない。

古式魔法はこの国に古くから根付いたものであり、超常現象と呼ばれるものは多くの歴史書や民間伝承に残されてきた。

それを解き明かしていくこと、社会人文学の視点から魔法を考える研究は確かに重要な役割を持っていた。

 

女性記者に触発され、続いて男性記者が手を挙げた。

 

「学生にも質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「研究に関することであれば構いません」

「ありがとうございます」

 

控室にいたという学生たちが次々と中に入って来る。先ほど舞台にいた者や楽師たちも一緒だった。

 

「あれ、意外と小さい?」

「隣の人が大きいだけじゃないかな」

 

エリカと幹比古が言ったのは先ほどの舞台の男と鬼だった。

鬼の方は高下駄で身長は割り増しされ、170cmから180cm程度だが、その隣の男性は190cmを超える長身だった。舞台は離れていたため、さほど違和感はなかったが、改めて近くで見るとその差はかなりあった。

どちらも圧倒的な存在感があり、舞台ではないにもかかわらず、煌びやかに見えた。

 

「仮面を外したらどうだ」

「そうですね」

 

隣の男にそう言われ、鬼は仮面に手をかけた。

カメラのフラッシュが眩いばかりにたかれる。

鬼面を外して現れたのは、背筋の凍るほど美しい鬼だった。

整った顔立ちは言うまでもなく、薄い唇もつやがありどこか色っぽく、紅を入れた目元は金の瞳を彩っていた。

一見華奢な印象も、顔の造形と合わせればなんと魅力的に映ることだろうか。

豪奢な着物も赤漆のよう艶めく髪も彼の美を際立たせる。

会場はその美貌に呆気に取られていた。

異形と知りながら、魔性はこの世のモノとは思えないほど美しかった。

 

「質問をどうぞ」

 

教授に促され、意識を取り戻した記者は咳ばらいを一つして、マイクを構えた。

 

「演者の方に聞きします。どういったところが今回の研究の難しいところだったでしょうか」

 

質問に答えるべくマイクを受け取ったのは鬼を打ち倒した男の方だった。

 

「演者が二人となると、それぞれの魔法が相克を起こさないように注意しなければいけません。

床には刻印が刻まれていますが、それを見ずに正しく踏むことも何度も練習を重ねてきました。

見た目は派手ですが、制御は非常に繊細で、踏み間違いや、動作を一つでも誤れば魔法そのものが発動せず、舞台は成立しませんでした」

 

研究の発表の中にもあったが、実際舞台は見た目以上に術者の技量がものをいう。

刻印術式は魔法力を多く必要とするため、サイオン量が必要なこともさることながら、足でサイオンを操るのは困難だ。

長年の訓練が必要であり、現代魔法では廃れた方法であるため感覚をつかみ取るまでが長い。

そういう意味で古式魔法は原理が分かっていても、発動できる術者を探さないといけないことも多い。

 

「足でのサイオン操作ってできるものなの?」

 

リーナはふと疑問を呈した。

サイオンの自動スキュームならまだしも、足から注ぎ込むということに彼女にとって馴染みはなかった。

 

「できるぞ。魔法師は体がサイオンの良導体だ。手でCADを操作することが多いから、手でしかサイオンを使えないと思っているかもしれないが、操ろうと思えば全身で可能だ。

難易度は手で操る何倍も高いが、練習を積めば誰しもが可能な技術だ」

 

リーナ以外は九重神楽を観たときに達也から説明を聞いているので、違和感なく今回の演技を受け入れていた。しかし、圧倒されたのは言うまでもないことであり、感受性の高い美月や幹比古は今回も雰囲気に飲まれていた。

 

「ピアノのようなものだそうだ。両手で違う旋律を奏でながら、足ではペダルを操作する。

両手足で違う動きをしていても、それを違和感なく行えるだけの練習を積めば可能だろう」

 

「お兄様は簡単に言いますけれど、お姉さまの血の滲むような努力があってこそですよ」

 

達也は簡単にかみ砕いて説明したが、リーナにはそのあとの深雪の発言に聞き捨てならないものがあった。

 

「ちょっと待って。あれ、どっちか雅なの」

 

リーナは驚きのあまり声が上擦った。

空色の目を見開き、達也と深雪に問い掛ける。

 

「ああ。気が付かなかったか?鬼の方は雅だぞ」

「嘘でしょう」

 

リーナは再度舞台を見た。やはりそこにいるのはどう見ても美しい鬼にしか見えない、女の気配は微塵も感じさせない魔性のように美しい鬼だった。

 

「魔法と化粧でどうにでもなるだろう」

 

仮装行列(パレード)』で姿、形を誤魔化しているリーナは自分のことを棚に上げ、呆けたようにステージ上の雅を見ていた。

 




次はデートとバレンタインです。
年内にもう一回更新できたらいいなと思います。

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