恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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お久しぶりです。
生きています。
少し生活形態が変わりまして、4月はもう一回更新できるといいなあ。

一応、孤立編はこれで完結です。
ちょっとだけ甘くできたと思います。


孤立編4

深雪にかけられた『誓約』の魔法は、達也の術式解散(グラム・ディスパージョン)によって、解除された。『誓約』の魔法が魔法であり、魔法式が想子情報体で構成されている以上、術式解散には抗えない。

 

「疲れてない?」

「そうだな。流石に少し気疲れはあるか」

 

精神領域の深層に設置されていた『誓約』は、通常、達也の精霊の眼をもってしても、観測は容易ではない。

精神領域そのものは、「視」ることができない。

一度深雪が達也にかけられた『誓約』を解除し、発露した『誓約』を精霊の眼を凝らす事で捕らえ、魔法の照準を定めることができる。

過度な集中により達也にも精神的に負担がかかったことは確かだが、深雪に何も異常がないことの方が達也にとっては重要だった。

 

「明日のこともあるから、早めに休んだ方がいいんじゃないの?」

「そうだが、雅との時間も大切にしたいからな」

 

達也がゆっくりと腕を広げれば、雅は小さく恥ずかしそうにその腕の中に納まる。

聞こえてくる鼓動が心地よくて、いつまででもそうしていられる気がした。

達也にとっても、少し浮足立つような、それでいて何か染み渡るような心の持ちようは、言葉で表現するには少しむず痒い。

 

「私、少し贅沢になった気がする」

 

以前は会えない時間の方が長かった。

それが今では少しの期間、離れていただけなのに寂しさを感じる。

学校でもクラスも違えば、放課後も生徒会活動と部活連で別行動ではあったが、すぐ近くにいるという安心を達也も雅も感じていた。

 

「確かに、一週間以上もオアズケされたのは耐えたな」

 

頬に添えていた手を滑らせ、達也の親指が雅の唇をなぞる。

 

「ぁ……」

 

達也にしてみれば、贅沢者はむしろ自分の方だった。

深雪が訪ねてきた時の安心感と安堵は、それとおそらく会えない期間の寂しさという感情は確かに達也の中では腑に落ちた。

雅にも同様の感情は覚えている。

 

だが、こうして二人きりになって、近くに感じることで情欲を掻き立てられるのは雅だけだ。

自分がこれほどまで欲深かったのかと呆れる一方、悪くないと思える部分もある。

まだ遠慮がちに体を預けていた雅だが、達也が腰に回していた手を引き寄せると、少し頬を染め、目を閉じて達也を見上げる。

一度唇を合わせ、もう一度。

柔らかい唇を食むように何度も口づけを交わす。

合間にこぼれる雅の声は小さくとも達也の耳を刺激する。

キス一つで鼓動が早くなるほど、舞い上がっている自分に達也は呆れつつ、もっと乱れる様が見たいという欲求を押しとどめる。

 

達也が唇を離すと、雅は目をつぶったまま、達也の胸に顔をうずめる。

視線を下に向ければ、白い首筋が目に入る。

そこに音を立てて、唇を落とす。

ピクリと大げさなまでに雅の肩が跳ねる。

続けて何度か音を立てて唇を落とすと、くすぐったいのか、雅が小さく震える。

跡をつけたいが、それもまだ叶わない。

もうこれ以上は許してほしいと言わんばかりに雅が達也の胸を手で押すが、抵抗らしい抵抗になっていない。

 

頬に手を添え、顔を合わせる。

欲と色に濡れた瞳は、どんな言葉より雄弁に達也の心をざわつかせた。

 

「達也………んっ」

 

濡れた唇に再度重ねる。

非難はあとで聞くとして、今夜はまだこの温もりを手放すことができそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

伊豆の別荘を十文字克人、七草真由美、渡辺摩利の三人が訪れた。

主たる目的は達也をUSNAのディオーネ計画に参加するよう説得するためである。

魔法協会の会長である十三束翡翠から依頼を受けたのは克人のみだが、穏便に話が進むようにと真由美が付き添いを申し出て、摩利は半分巻き込まれたような恰好だった。

摩利は基本的に口出しをするつもりはないが、既に真由美は深雪の視線に愛想笑いもできないでソファーにただ座っているだけの状態だ。

歓迎されていないのは、言葉にするまでもない。

 

「お断りします」

 

挨拶もそこそこに本題を切り出した克人に、達也は間を開けず拒否の意を示した。

 

「何故だ」

 

重々しい克人の言葉に空気が緊張するが、真由美と摩利以外は狼狽えた様子はない。

 

「逆にお伺いします。十文字先輩はなぜ俺がディオーネ計画に参加すべきとお考えなのでしょうか」

「二年前、俺は司波、お前は十師族になるべきだと言った」

「ええ、憶えています」

「十師族は、九島老師がこの国の魔法師の助け合いシステムの一環として作られた」

 

魔法師の大半は大きな力を持ってはいない。暴力という点に限っても、武術を修めた一般人市民に敵わない魔法師が大半である。だが、魔法師ではない人々は、魔法師を自分たちとは別の種族と考える者もいる。

魔法師が別の種族であるという考えに克人は賛同する気は微塵もないが、魔法師がマイノリティであることも確かである。数が少ない以上、魔法師は魔法師同士で助け合わなければならない。その意味では十師族という体制は正しいシステムだというのが克人の認識だった。

 

「司波、お前は四葉家の次期当主だと報告されている」

「あくまで候補にすぎません」

 

達也は表向きには四葉家当主の甥であり、次期当主候補として既に名前が知られている。

ほぼ次期当主は達也であるというのが大半の魔法関係者の認識であり、九重雅との婚約がその信ぴょう性を裏付ける一因となっている。

 

「司波。お前は十師族になって、同じ魔法師に手を差し伸べるべきだ」

「お言葉ですが十文字家ご当主様。お兄様は四葉家当主の縁者ですが」

 

深雪が冷ややかに口を挿んだ。

 

「存じ上げている。しかし、十師族は役目であり、血統ではない。俺はそう考えている」

 

克人は視線を深雪から達也に戻した。

 

「強い魔法師は弱い魔法師の助けとなるべきだ。現在の世論において、魔法師は日に日に追い詰められている。魔法師がいるから戦争が起こるという謂れのない誹謗中傷も公然とある」

 

克人は一度言葉を切って、達也の反応を伺うが、表情から読み取れることはない。

 

「例の戦術級魔法について、俺はお前を責めるつもりはない。全くのお門違いだからな」

 

例の戦術級魔法とは、先日武装ゲリラが使用したアクティブ・エアー・マインのことだ。非人道的な魔法として間接的に今年の九校戦を中止に追いやった一件ではあるが、元々達也は魔法開発自体に罪悪感を覚えていたわけではないので、眉一つも動かさなかった。

克人は計算違いを感じつつも、言葉を続けた。

 

「だが今回の計画にお前が参加することで、魔法が戦争のためだけにあるのではないと大きく訴えることができる。新ソ連の計画参加で、日本は魔法の平和利用に出遅れているという好ましくないイメージができてしまっている。これ以上、国内の魔法師に対する誹謗中傷を看過することはできない」

「十文字様のご懸念は理解できますが、なぜお兄様なのでしょうか?魔法科大学にも世界的にも権威があり、優秀な方はたくさんいらっしゃいます」

 

国家的な問題を高校生一人に押し付ける謂れはない。

克人も正論は理解している。

 

「深雪さん、それはね。達也君がUSNAから計画への参加を呼びかけられているトーラス・シルバーだからよ」

 

これ以上、克人に負担を掛けない方がいいと真由美が言葉を挿んだ。

 

「なにっ!」

 

驚いた言葉を上げたのは、摩利一人だった。

 

「仮に、お兄様がトーラス・シルバーだとして、それが何だと仰るのでしょうか」

「えっ……」

 

予想外の言葉に真由美の口から間の抜けた声が漏れた。

 

「お兄様がトーラス・シルバーだとして、未成年の高校生であることには変わりありません」

 

深雪の言葉に真由美は閉口する。

 

「もっとも、四葉家は達也様がトーラス・シルバーだと認めるつもりはありませんが」

 

この一言は念押しだった。

これ以上踏み込むなら四葉家は七草家と十文字家と全面対決になろうとも構わないという事をほのめかしている。

無論、真夜の承認などない。

あくまで深雪の意思だ。

深雪は七草家と十文字家の両家を相手取ってでも守るべきは達也であると決意している。

真由美はあくまで私的にこの場に立ち会っており、七草家と四葉家の全面抗争の引き金を引く覚悟はない。

その差が表れていた。

 

「司波、あくまでプロジェクトへの参加は受け入れられぬと」

「受けられません。あのプロジェクトには裏がある」

「この国の魔法師を苦境に追い込んでも受け入れられない正当な理由があるんだな」

「そう解釈いただいて構いません」

 

克人と達也の視線がぶつかり合う。

 

「分かった。このような方法は不本意だが、司波。表に出ろ」

 

克人が立ち上がる。

 

「十文字克人、本気か」

 

冷気が漂う。

発生源は深雪ではない。

達也の殺気のような鋭い気配。

 

「状況はギリギリだ。お前に拒否は許されない」

 

まるで体全体にかかる重力を倍にしたような、克人からも重圧が放たれる。

 

「良いだろう」

 

先ほどまであった、先輩・後輩としての礼節はもはやない。

譲れないものがある以上、力による制圧になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別荘の敷地内での戦闘は建物を壊しかねないとして、近くのゴルフ場跡地に場所を移した。

元は民間の施設だったが、大戦の折に国に収用され、その後民間への再譲渡が行われなかった土地が伊豆にはいくつかあり、その後は砲台等を撤去したうえで国有地として残っている。

木々もいくつかあるが、開けた遮蔽物のないフィールドとなっている。

 

真由美も摩利も今回は、克人の味方としてその場に立ち会っていた。

達也の後ろに離れるようにして、深雪と雅、水波も立ち会っている。

真由美も摩利もいくら達也が強かろうとも、魔法の汎用性や相性からして克人に分があると思っている。

達也が得意とする術式解体(グラム・デモリッション)は、圧縮された想子の塊を対象物に直接ぶつけて、想子情報体を吹き飛ばし、魔法を無力化するものだ。

対して、十文字家の代名詞ともいえるファランクスは絶え間なく防壁を幾重にも作り出す多重移動防壁魔法だ。

達也がいくらファランクスを解体しようとも、息つく間もなく克人は魔法を再構成できる。

 

「こんな場所でいいのか?」

 

克人の記憶では、達也はどちらかというと、足りない魔法技量を補うため、遮蔽物の多い地形をうまく利用して策を弄するタイプと思っていた。

身を隠す場所もない開けた場所を達也が選んできたのには、意外感を覚えはしたものの、若輩ゆえの驕りもあると克人には見て取れた。克人が態々場所の再確認をしたのは、相手にすらならないぞという挑発の意味も含んでいる。

 

「十文字殿は言い訳が欲しいのか?」

 

達也の挑発返しは定型的なものであったが、克人を逆撫でするには十分だった。

 

「良いだろう。初手は譲ってやる」

 

そして閃光が弾ける。

物理的な爆発ではなく、想子光の爆発が計18回。

それが戦いの合図だった。

宣言どおり、克人は初手を達也に譲った。

だが、達也の攻撃は一つたりとも克人には届いていない。

 

「領域干渉、情報強化、想子ウォールか」

「よく見破ったが、分かっただけでは倒せんぞ」

 

想子ウォールは、文字どおり想子を高密度で固めた壁を自分の周囲に築く魔法だ。

それを達也が分解したとしても、次に強力な領域干渉のドームが立ちはだかり、更にそれを分解しても、情報強化の盾が待ち構えている。

三種類の魔法が逐次展開されているため、達也の魔法で一つ分解したとしても次の盾がまだ残っている。同時展開されている魔法ではないため、定義することもできず、達也は一つ一つ分解するしかない。

仮にどちらかのスピードが劣っていれば、その均衡は破られただろうが、達也の分解に匹敵する速度で次々と展開される防御魔法に達也の相性の悪さを再認識していた。

 

状況を変えるべく、達也が攻撃をいったん中止すると、すぐさま達也に向かって二次元的な壁が高速で押し寄せる。

戦車すら一瞬でスクラップにする攻撃型ファランクス。

二十四層にもなる防壁魔法を達也は消し去った。

 

「ほう」

 

克人は素直に感嘆を漏らした。

克人の干渉力は、国内でも指折りだ。

その魔法を打ち破るには、それ相応の干渉力が必要になる。

対処はするだろとは思っていたが、真っ向から打ち破ってくる相手に克人は興奮を覚えていた。

 

克人が腰を落とす。

達也の精霊の眼は、克人の魔法演算領域が激しく想子光をまき散らしているのが見えた。魔法演算領域が過剰に活性している。

達也が身構えるとほぼ同時に対物障壁を球状に展開した克人が、自らを砲弾となって突っ込んできた。

達也は左手を前に突き出す。

術式解体。

克人を覆う対物障壁と移動魔法が消し飛ばされる。

だが、克人はすぐさま対物障壁と移動魔法を復活させる。

移動スピードがほぼ落ちないまま、達也は克人にショルダータックルを受け、大きく吹き飛ばされ、雑草の上を転がる。

対物障壁は分解できたが、移動魔法は分解が間に合わなかった。

達也はフラッシュキャストを使用した移動魔法で克人から大きく距離を取る。

克人からの追撃はなかった。

屈服させるのが目的と言わんばかりに、克人は唇を釣り上げた。

 

克人から再び余剰想子光が放たれる。

魔法演算領域のオーバーヒートに繋がる過剰活性化。

克人はこれを意図的に起こしている。

『オーバークロック』

十文字家の切り札にして、首都の最終防壁として組み込まれた呪いだ。

克人の父は、度重なるオーバークロックの使用で魔法師として活動できなくなった。

克人はその魔法をもって、達也を倒しに来ている。

 

その後も克人の攻勢が続く。

再びタックルを仕掛け、達也はそれを横に移動を魔法も併用して躱すが、克人を包んでいた防壁魔法が膨張し、達也を吹き飛ばす。

倒れた達也を魔法が込められた足で踏みつぶしにかかる。

達也は片膝をついてそれを回避するが、すぐさま克人から拳が飛んでくる。

当然、その拳にも対物障壁と領域干渉が纏われており、拳をブロックした達也の腕は不自然な方向に曲がった。

背後に跳んで威力を削ぐころには、達也の腕はいつもどおりに戻っていた。

だが、着地直後では踏ん張りが利かない。

その一瞬を克人は間合いを詰め、渾身のショルダータックルが達也に決まった。

達也の体は大きく飛ばされ、地面に伏した。

内臓が傷ついたせいか、地面には達也が吐き出した血が飛び散っている。

 

「達也君!!」

「おい、止めろ」

 

真由美の悲鳴と摩利の制止も聞かず、克人はうつ伏せに倒れたままの達也に攻撃型ファランクスを放った。

先ほどよりも分厚い、三十二層の障壁が達也に迫る。

 

「何っ……!」

 

だが、その壁は達也に当たる直前で消え失せた。

達也が抵抗できると思っていなかった克人から意外感のこもった声がもれる。

達也はゆっくりと両手をついて、立ち上がる。

口元に血の跡もなければ、雑草の上を転がった汚れもない。

 

「それがお前の『再生』か」

 

流石に克人も衝撃を隠せなかった。

余りにも高度な魔法だが、その発動速度が速すぎる。

即死でなければ復活する。

まさに神か悪魔の所業のようだ。

 

だが、克人はその程度で折れるつもりはない。

すぐさま気を取り直して防御型ファランクスを展開する。

 

対面する達也の目にはなんの感情も浮かんでいない。

達也は左手に拳銃タイプのCADを構え、克人の方に向けた。

右手には先ほどまで使用していたCADがある。

左手のCADの先端には黒色の金属製の杭のようなものが取り付けられている。

克人の予感が次の攻撃をためらわせる。

前ではなく、横に回避しようと動くより達也が引き金を引く方が早かった。

 

「ぐっ…………」

 

何が起きたのか、見えた者はいない。

ただ魔法が使われたことだけは分かった。

克人の左腕の肘から先が炭化し、その先が地面に転がっていた。

 

「十文字君!」

「十文字!?」

 

克人が地面に両膝をつく。

 

「何を、した…………」

 

答えが返ってくるはずがないと思いつつも、問わずにはいれなかった。

 

「バリオン・ランス」

 

克人の予想に反して、達也は魔法の名を告げた。

 

「ランスを中性子、陽子、電子に分解し、陽子に電子を吸収させて、中性子線を放つ対人魔法」

「中性子砲だと……。国際的に禁じられた放射能汚染兵器だ!」

 

克人は奥歯を噛み締めて達也を非難する。

 

「放射能汚染は起こらない。放射性残留物も残らない。攻撃したという事実を残して、攻撃に用いた中性子はすべて元に戻している」

「再生か……」

「そうだ」

 

達也は再び克人に銃口を向けた。

 

「十文字殿、降伏してもらおう。貴方のファランクスではバリオン・ランスを防げない。それは理解できたはずだ」

 

通常、魔法師は己の魔法を敵対する相手に公開することはない。

達也が態々そうしたのは、克人に降伏を促すためだった。

 

「十文字君!」

 

真由美がCADを操作する。

だが、起動式は出力途中で凍り付いた。

 

「深雪さんなの!?」

 

真由美は深雪を鋭く睨みつけた。

 

「対抗魔法『術式凍結(フリーズ・グラム)』です。七草先輩、CADは使えませんよ」

 

深雪は先ほどまでの悲鳴をかみ殺した表情から、穏やかさかすら感じさせる声色で静かにそう宣言した。

 

「だったら!」

 

CADは今や魔法師にとって必需品だが、魔法発動のために必須というわけではない。

達也のようなフラッシュキャストがなくとも、魔法力が高い魔法師は使い慣れた得意魔法ならば、CADなしでも魔法を使うことができる。発動までの時間がかかるのと、己の魔法演算領域に魔法式の構築を促す自己暗示のための呪文(・・)が必要となるだけだ。

 

「セット:エントロピー現象、密度操作、相転移、凝結、エネルギー形態変換、加速、昇華:エントリー!事象改変実行!魔法名『ドライミーティア』!」

 

これが現代魔法の呪文。

これだけの文字数を紡ぐ間、当然隙だらけの姿を晒すことになる。

だから実態としてCADは魔法師にとっての必需品となっている。

だが、それも深雪の強力な領域干渉によって阻まれる。

 

「手出し無用です。お兄様の邪魔はさせません」

 

深雪は強い意志を持って宣言した。

 

「十文字!どんな仕掛けがあろうと、所詮は中性子線だ。お前の中性子バリアなら防げるはずだ」

 

激励するように、摩利は叫んだ。

摩利の手元にはファイティングナイフがある。

だが仮に深雪を止めようと肉弾戦を挑んだとしても雅と水波がいる。

形勢は不利であることは明白だった。

 

「あいにくだが、中性子バリアではバリオン・ランスは防げない」

「ハッタリよ、十文字君!中性子バリアは完成した技術だわ。中性子線を完全に防ぐことができる」

「だからこそだ」

 

叫ぶような真由美の声を達也は熱のない声色で否定した。

真由美と摩利には達也の返答は謎でしかないが、克人には理解できた。

中性子線は貫通力が高い。

物質の特性はそのまま情報に反映されるから、中性子のエイドスには貫通力が高いという情報が刻まれる。

 

魔法は情報を介して世界に、事象に干渉する技術だ。

貫通力が高いと定義されていると同然の中性子を魔法で遮断するのは難しい。

だが、真由美の言うように魔法の黎明期の頃から放射線に関する研究は進められており、中性子バリアは完成した技術である。

だからこそ、魔法師は中性子線を遮断する際に中性子バリア以外の魔法を使わない。

既に完成された魔法があるのに他の術式を模索する魔法研究者はなく、何よりほかに遮断に成功した魔法がなかった。

それは十文字家の使用するファランクスも同様だった。

ファランクスに含まれる多種多様な魔法障壁の中で、中性子線を遮断するのは中性子バリアだけだ。

 

そして使用される魔法が分かっているならば達也に分解できない魔法はない。

バリオン・ランスには3つのプロセスが組み込まれている。

ランス・ヘッドを中性子線に変換して射出するプロセス、ランス・ヘッドを再構成するプロセス、そして中性子バリアを分解するプロセスだ。

例え領域干渉で防御しても領域干渉を無効化すると同時に、中性子バリアも分解される。

そして高速の中性子線はその間に標的に到着する。

 

「俺の負けだ」

 

克人は立ち上がり、降参の意を込めて残っている右手を挙げた。

 

 

 

達也は左手のCADをホルスターに納めると、克人の炭化した左腕に『再生』の魔法を使用した。

再生に伴う痛覚情報に一瞬だけ眉を顰めるが、気づいたのは深雪や雅だけだろう。

克人は何度が左手を開いたり閉じたりして感覚を確かめるが、以前の自分の手とそん色はない。

だが、強烈な痛覚はしばらく忘れようもない。体からは痛みが取り除かれても、痛みがあった記憶まできれいに消えているわけではない。

 

「司波、俺をどうするつもりだ」

「このまま何もせずに帰り、この話を蒸し返さないでもらいたい」

 

達也が提示した降伏の条件は、それだけだった。

 

「そうか。だが、もはや猶予がない所まで来ていることは確かだ。魔法協会はたとえ四葉家の不興を買ってでも、お前がトーラス・シルバーであると公表するだろう。そして世論はお前に計画への参加を強要する」

 

蒸し返すなと言った達也が言ったばかりだが、克人は再確認するようにそう言った。

仁義に固い克人が態々もう一度事態を説明しているのには理由があった。

 

「それでもなお計画への参加を拒むなら、この国にお前の居場所はなくなる。いくら四葉殿でもかばいきれない」

「たとえそうなったとしても、計画への参加はできない」

 

達也は迷いなく断った。

 

「何故なの!何故そんなに頑なに参加を拒むの!」

 

叫ぶように真由美が達也に問う。

 

「USNAは達也君を実験台にしようとか、無償で働かせようとかしているわけではないわ。達也君はある意味、日本の代表として、名誉をもってプロジェクトへ迎え入れられる。ディオーネ計画自体も、人類の未来に立ちふさがる国際的な問題への解決を図るものだわ。日本中から孤立してまで拒否する話じゃないわよ」

「魔法を平和利用する利益は魔法師自身が受けるべきものだ」

 

真由美の論も筋違いではない。

だが、達也は同じく迷いなく答えた。

 

「どういう意味だ……?」

 

達也の強い言葉に押し黙った真由美の代わりに摩利が問う。

 

「ディオーネ計画は、表と裏の意図がある。表の意図は金星のテラフォーミング。裏の意図は地球上から自分たちに不都合な魔法師を排除することだ」

「どういうことだ……」

「達也君、何を言っているの?」

 

真由美と摩利が困惑した表情で聞き返す。

 

「ディオーネ計画は実行段階において、金星衛星軌道、小惑星、木星上空、木星の衛星に多数の魔法師を配置しなければならない。現在の宇宙技術では、一度プロジェクトにつくと長期間拘束され、リハビリのために地上に戻ることはあっても、すぐにまた現場に戻される」

「いくらなんでもそれは……」

「計画に対してその要件を満たす魔法師は圧倒的に少ない。計画の実行に投入される魔法師は、人類の人柱にされる。魔法師が道具として利用される構図は、現状の兵器として使用されることと変わりない。そのようなことは認められない」

 

達也の言葉が三人を圧倒する。

達也の行動理念は昔から変わりない。

 

「でも!達也君が孤立する理由はないわ。達也君の推測が正しくても、居場所をなくすのは達也君なんだよ!」

 

真由美の言葉はもはや感情論だった。

達也を犠牲にしてはならない。

例え世界を欺くことになろうとも、ここは従うフリをした方がいいと真由美は訴えようとした。

 

「達也君は孤立なんかしないわよ」

 

ゴルフ場の端、手入れのされていない木々の山の中からよく見知った男女が下りてきた。

 

「俺たちがいるからな」

「達也さんを孤立させたりなんかさせません」

「僕たちは達也の友人です。それだけじゃありません。僕たちは達也に返しきれない恩がある。絶対に見捨てたりなんかしません」

 

エリカ、レオ、ほのか、幹比古がいた。

姿は見えないが、雫と美月も近くにいるだろう。

 

「おいおい、幹比古。そこはダチだから。それ以上の理由があるか?」

 

レオが幹比古の肩に腕を回す。

全員が笑顔を浮かべている。エリカは顔を背けてはいるが、笑顔は隠せていない。

達也は毒気の抜かれた顔で友人たちを見渡した。

 




5月にメイジアン・カンパニーの4巻が出るそうです。
まだ3巻を読んでる途中です_(:3 」∠)_

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