恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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4か月ぶりの投稿です。
できれば、年内にもう一回投稿したいなあと思っています。

あと、twstのプロットというか、書きたいとこだけで1万5千字超えてきたので、そろそろ投稿するよう書き上げていくか悩んでます。





孤立編2

 

大型連休が明け、そろそろ九校戦の時期が近づき、もうじき競技種目が魔法協会を通じて大会委員会から発表される頃だ。

競技種目もそうだが、CADのレギュレーションなど、生徒会の方でも準備が進められている。

去年が大幅な種目変更があったので、今年も油断はできない。

昨年の種目は軍事色が強いという批判もあったことで競技を一昨年に戻すのではないかという噂もあり、選手選びも慎重になる。

 

そんな少しずつ忙しさを見せる学内で、私は友人たちに囲まれていた。

 

「雅、誕生日おめでとう」

「おめでとうございます。雅さん」

「ありがとう」

 

誕生日が休日に重なってしまったので、月曜日に同級生や後輩たちからプレゼントを受け取ることになった。

「そ、れ、で、司波君とはどうなの?」

「ほら、キリキリ吐きなさい」

 

両側からエイミィとエリカに詰め寄られる。

「普通にご飯を一緒に食べて終わりよ」

「えー、それだけ?」

「相変らず、ご夫婦様だこと」

 

エイミィは不満そうに頬を膨らませ、エリカは呆れたように笑っている。

流石にプロポーズのようだった、なんて言った日には学校中に話が一瞬にして回るに違いない。

思い出すだけでまだ口もとが緩んでしまうような、浮足立つような気持ちだが、少しだけ不安な気持ちを拭えはしない。

 

達也に対する不安ではない。

漠然と将来に対する悩みというものでもない。

達也にも話はまだできない。

話さずに済めば良いとは思うが、おそらくそれは許されない。

雄弁に瞳に、態度に私に対する思いが滲むたびに、少しだけ胸を苦しくさせる。

 

「でも雅、益々綺麗になったよね。恋は女の子を綺麗にするっていうけど、私でもドキッとするぐらい綺麗だもん」

「確かに。愛のなせるワザよね」

「はいはい」

 

どうにかこうにか、私と達也のことを聞き出そうとする二人をほどほどに相手にしつつ、やはり何度聞かれてもこの手の話題は慣れない。

 

「美月?どうかした?」

 

会話に加わるでもなく、プレゼントを渡したきりぼんやりとした様子の美月にエリカが声をかけた。

ただ聞き役に徹していたという雰囲気でも、興味がないといったような雰囲気でもない。

 

「あ、いえ。なんだか雅さん、本当に綺麗なんですけど、こういった表現が正しいのか分からないのですが」

 

自分でもよくわかっていないといった風に、困り顔で美月は言葉を選んで話し出した。

 

「なんだか桜の舞い散る間に消えそうというか、木漏れ日の中で目を奪われた一瞬で光に霞そうなほど、オーラがすごくて」

 

美月の眼は少し特殊だ。

霊子放射光過敏症という、魔法師が魔法を使用する際に活性化する非物理的な霊子光に対し、過剰に反応してしまう症状がある。

オーラカットレンズと訓練で早々なことがないと見えにくいとか眩しいことはないという程度にコントロールできていると言っていたが、今の私は少し直視しにくいようだ。

 

「瞬きの間に幻だったんじゃないかって思えるほど綺麗ってこと?」

「なんだか、そんな感じです。雅さんって舞台前後は本当に眼鏡で抑えてないと精霊の集まりもオーラの密度もすごいんですけれども、年々それが増しているなあと思います」

 

少しだけ眩しそうに美月が目を細めた。

精霊を少しだけ散らしてやると、ほっとしたように美月は肩をなでおろした。

 

「舞台前後は美月にあまり近寄らない方がいいってことかしら」

「あ、いや、そんなことはないです。私がもっとコントロールできるようにならないといけないので」

「珍しい。雅が意地悪だなんて」

「え、あ、冗談だったんですか?」

 

エリカと私の顔を見ながら、美月が狼狽えている。

 

「浮世離れしているって表現は兄のものだったから、少し驚いただけよ」

「確かに雅のお兄さんはまた違った次元の美って感じよね。舞台上じゃなくてもこう光輝いているって感じがするのよね」

 

しみじみとエイミィが頷いた。

 

「深雪さんと並んだら、とてもお似合いでしょうね」

「それは深雪に直接言ってあげて。きっと珍しい表情が見られるだろうから」

「そちらもお熱いようで」

 

エリカは楽しそうに口元を緩めた。

深雪も近しい私より、いわゆる恋バナめいたものはエリカとかの方が話しやすいのかもしれない。

 

「それじゃあ、私はこれから部活連だから」

「九校戦の準備が始まるんだっけ?」

「ええ。近々今年の競技が発表になると思うから、その準備ね」

 

去年は舞台の都合があって大会参加は辞退したが、私も部活連の会頭として今年は参加の予定だ。

 

「去年はだいぶん競技変更があったから、今年は元に戻るのかな?」

「残念ながらまだ何の情報も入っていないのよね」

 

2年生の時の九校戦は、直前になって大幅な競技の変更があった。

競技というより軍事訓練といっても差しさわりないようなものだったので、一部の界隈からは反対の声も大きい。

昨今の魔法師を取り巻く情勢は厳しいが、現段階では規模の縮小などの話もなく、今年も大会は予定されている。

部活連でも新入生も入ってきたので、成績優秀者の得意魔法や競技経験などを調査している段階だ。

 

「それじゃあ、また」

「またね」

 

私は三人と別れて、部活連へと向かった。

 

 

 

 

窓の外の桜はすっかり散り、今は若葉の緑が眩しい。

 

「進んでいるのか…」

 

呟いた言葉は、誰もいない空間に溶けて消えた。

移ろいやすく、形のない心を見通すことができたら、こんなにも悩まないだろうか。

達也から答えを貰うことができた。その先も望んでくれていることも教えてくれた。

それでも、未来は決まったわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大亜連合に対してゲリラが使用したアクティブ・エアー・マインが非人道的な魔法として非難され、その開発者である達也も矛先を向けられて数日。

開発者そのものを非難するマスコミの活動は会見を行った日曜日とその次の月曜日で終わり、次に非難の矛先を向けられたのは九校戦だ。

 

昨年度の九校戦は、参加している高校生から見ても軍事色の強い競技となっていた。

スティープルチェース・クロスカントリーは、元々軍の鍛錬を競技用にアレンジしたものであり、罠の仕掛けられた山中を魔法を使って駆け回るという競技に大会前から危険性が示唆されていた。

一種目だけではなく、従来のスピードを競うバトルボードと比べて、ロアー・アンド・ガンナーは水上走行しながら的を狙う海軍の訓練項目に似ており、シールドダウンは近接戦闘訓練をアレンジしたものだ。

魔法科大学付属高校の軍事化と取り沙汰され、やり玉に挙げられた大会委員会は急遽、名目上大学側と情報管理体制と大会の在り方について検討するためとして、今年度の大会自体を中止とした。

 

あくまで九校戦中止にアクティブ・エアー・マインの開発が影響しているとはしていないものの、世間の論調に負けたという体はいなめない。

いきなりのマスコミの論調変化には作為的なものを感じさせるが、はっきりとした情報はまだ入ってきていない。

 

 

 

 

2097年5月12日(日)

 

一高内では直接達也へ九校戦中止への不満を訴える者はいなかったものの、内心はくすぶっている者も多く、第一高校以外の学校は完全なとばっちりだと校内では非難の声が飛び交っていた。

そんな逆風の中、ロサンゼルスの現地時間13時、日本では12日の朝のこと、『ディオーネー計画』という国際的なプロジェクトが情報公開された。

 

ディオーネー、ディオネとは、土星の衛星の名でもあるが、ギリシャ神話の女神でもある。

その計画は木星圏の資源を利用して、金星のテラフォーミングを進めようというなんとも夢物語な計画だった。

金星は地球に近い惑星と言われており、惑星の大きさや重力は似ているものの、分厚い二酸化炭素の大気と硫酸の雲、高温の地表からして、人が住むことができるレベルの環境改善は困難とされている。

通常技術では極めて困難な大気の環境変化を魔法で行おうとしているのが、この計画の趣旨だ。

 

これがあくまで無名の一般人からの発表であれば、誰にも見向きもされなかっただろう。

だが、この計画を発表したのはエドワード・クラークという技術者であり、USNA国家科学局お抱えの人材ともあれば、魔法師の界隈からの注目は集まる。

まだ当然根回しもされていない、アメリカが独自に発表した国際プロジェクトに必要な人材として、更に九人の名前が挙げられた。

その中に魔法工学の大手メーカーのローゼン・マギクラフトの社長やマクシミリアンデバイスの社長の名前、新ソビエト連邦国家公認戦略級魔法師、通称十三使徒の一角のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフとイギリスの戦略級魔法師、ウィリアム・マクロードの名前が挙げられていた。

ただ、机上の空論ともいえるそんな計画に日本のマスコミが食いついたのには理由があった。

 

「もうひとり、協力を要請したい人物がいます。彼は所属国では未成年のため、氏名の公表は控えますが、『トーラス・シルバー』という技術者で、日本の高校生です」

 

 

私がこのニュースを聞いていたのは、実家での朝のお勤めを終え、朝食後のことだった。

 

「甚だ迷惑なことだね」

「本当ですね」

 

ニュースのコメンテーターは荒唐無稽と断じたり、そんな世紀的なプロジェクトに関わることができる高校生は誇らしいと口先で言ってみたり、論調は今のところ情報が少なく表面的なものに過ぎない。

私の知る限り、事前の下話もなければ、計画の噂さえ流れてきていない。

情報統制が行われていたのか、はたまた計画が出来上がってからまだ日が浅いのか。

いずれにせよトーラス・シルバーが誰なのかというのを知っていての参加要請と見立ててよいだろう。

 

「ネーミングは洒落ていて随分先進的な計画だが、人柱は宇宙にも立てられると思っているのかな」

 

次兄は計画そのものを訝しい表情で眺めていた。

 

「ギリシャ神話のディオネは、ゼウスとの間にアフロディーテを生んだ妻の名だ。女神誕生の再現とはずいぶん神様気取りといったところかな。公開文章を落としておいたから、読んでみる?」

「拝見します」

 

兄からタブレットを受け取り、現地で公開された文章を読む。

ギリシャ語のゼウスは英語でジュピターであり木星、同じくアフロディーテは英語ではヴィーナスであり金星。

この神話が基に木星圏の資源を利用して、金星のテラフォーミングという話に繋がってくる。

 

プロジェクトは4つの段階で構成されている。

第一に地上から宇宙へ資材等を打ち上げるために加重系・加速系魔法を利用すること。

第二に小惑星帯からプロジェクトに必要な金属資源を魔法師の手で採掘すること。

第三に木星から水素を採取し、金星に運ぶ運搬手段として魔法を使うこと。

水素はニッケルを触媒にして、高温高圧下で水を生成する。

第四に衛星の表面から氷を切り出し、金星の大気圏に向けて射出し、金星の気温を下げること。

これが計画の概要だ。

 

「第一段階については、戦時中の事故を教訓に解決は見えていそうだ。第二段階も推進剤不用の魔法師が船外活動を行うことで、地表からの採掘は幾分スムーズだろう。まあ、採掘したところで純度の問題があるから鉱夫として相当人数と時間を割く必要はあるね。第三段階は第二段階で採掘したニッケルを触媒に高温高圧下で水素と二酸化炭素を反応させ、水とメタンを生成する。水があれば、藻類の光合成で酸素生成が進められるっていう事だね」

「第三段階で生成された水蒸気もメタンも二酸化炭素を上回る温室効果ガスであるため、ただ金星に送るだけでは温暖化を加速するだけなので、第四段階で衛星から氷を切り出し金星の大気に大量に含まれる濃硫酸と氷を反応させて気温を下げるという事ですか」

 

読めば読むほどにコストも規模もけた外れの計画だ。

そもそも金星と地球の距離は、周期にもよるが3950万〜2億5970万kmと言われている。

地球の外周をおよそ4万キロ、金星との位置を4000万キロとしても地球を千周して到達するかどうかの距離だ。

水素燃料を途中調達できるとはいえ、金星までの距離も地球への帰還も容易ではない。

一足飛びにその距離を移動はできないから、おそらく途中にいくつもの中継基地やプラントが建設されるだろう。

第三段階から第四段階への運搬と受取にも魔法師が常駐することになり、また運搬用の人工衛星も数基というわけにはいかない。

さらにプロジェクトに参加する魔法師は長期間、宇宙に滞在することになり、無重力下の骨密度や筋力の低下の影響を鑑みて帰還するにしても、すぐ宇宙へ飛び立つことになるだろう。

おそらくこれから生の大半を宇宙で過ごすことになる。

 

「近年は戦争の影響で宇宙開発が中断されて停滞している。そこに一石を投じる意味はあるし、人類的な視点で見れば金星の開発は有意義だろう。ただ、現状、そこに捧げる人生に意義は見出せそうにないね」

「人柱というのは、金星開発のために魔法師が長期間拘束されるという事ですか?」

 

それでは部品としての魔法師に変わりない。

達也の真に目標とする魔法師の自立とは程遠い。

 

「むしろ意味としては流刑に近いかな。都合の悪い魔法師を地球から追い出すだなんて、いかにも人間主義が喜びそうな主張にも聞こえるね」

「発案のエドワード・クラークはUSNAの魔法工学の技術者ですが?」

「人はいつでも自分の利益に忠実だよ」

 

魔法師というコミュニティにあったとしても、そこのなかでも当然利害の対立は生まれる。

ローゼン・マギクラフトとマクシミリアンデバイスは、ここ数年、フォア・リーブス・テクノロジーに業績で追い上げられている。

元々シルバーシリーズは安定した性能を維持していたが、近年では飛行術式の開発とそのデバイスの提供、完全思考型CADの量産と目覚ましい発表が続いている。

その立役者、フォア・リーブス・テクノロジー所属の匿名の天才技師、トーラス・シルバーというのが達也と牛山さんだ。

トーラス・シルバーの参加を協力するという事は、おそらくあちらの関係者にも達也がトーラス・シルバーの一人であることは割れている可能性が高い。

 

「達也がどんな風に答えを出すのか楽しみだね」

 

閉じられた兄の眼はここではない、どこかを見ていた。

 

 

 

 

 

 

週明け月曜日

 

「師匠、すみません。しばらく修行に来ることができなくなります」

 

達也は早朝の九重寺での稽古ののち、八雲にそう切り出した。

 

「構わないよ。君は僕の弟子というわけではないから、堅苦しく考える必要はないよ。いつ辞めてもいいし、手が空いたら何時でも相手をするよ」

「ありがとうございます。師匠」

 

弟子ではないと八雲に言われたものの、達也は自然と師匠と口にしていた。

 

「一応事情は聞いておこうか。先日のUSNAの宇宙開発が原因かい?」

「直接的な原因はそうです。しばらく伊豆の方に謹慎するのと、併せて調布の方に引っ越すことになります」

 

百山校長宛てにUSNA大使館を通じてNSA(国家科学局)から書状が届いたと聞かされた。

簡単に言えば達也がトーラス・シルバーであり、ディオーネー計画に参加できるよう取り計らってほしい、という内容だった。

無論、トーラス・シルバーであることを肯定したわけではないが、校長からは学科免除、試験免除で卒業資格を与えるとのことだった。

四葉家にそれを報告したところ、謹慎のポーズをとってほとぼりを冷ます方がよいという意見であり、達也もそれに従う予定だ。

伊豆の方は達也の母が静養で使用していた別荘があり、調布には四葉の拠点ビルが置かれている。

 

「引っ越しとなると深雪君たちが引っ越しして、状況が落ち着いたら君も調布に移るというわけだね」

「はい。遠くはなりますが、通えない距離ではないですので、また稽古をつけていただきたいのですが」

「構わないよ」

 

修行に来ることができないと言った時と同じように、八雲はうなずいた。

 

「それにしても、君にとって調布と伊豆はひとっ飛びの距離だろうけど、一瞬ではないだろう」

 

八雲は一瞬、雅に目を向けた。

 

「心配ではないと言えば嘘になりますが、深雪や雅に学校を休ませるわけにはいけませんから」

「深雪君のところは追加で護衛が手配されるだろうけれど、君と比肩する手練れは早々いないだろう。解決には時間がかかりそうだから、僕の方も目を光らせておくよ」

「よろしいのですか」

 

雅は八雲にとって、姪ではあるが、達也が弟子でない以上、深雪は知り合いの域を出ないはずだ。

その雅も親族とはいえ、八雲自身、俗世との関りを是としているわけではない。

 

「僕もまだ死にたくはないからね」

 

八雲は待っていましたと言わんばかりに唇を吊り上げた。

 

「どういう意味でしょうか」

「深雪君や雅に万が一のことがあったら、君は世界を滅ぼしてしまうだろう」

 

達也は何も言い返せず、口を噤んだ。

もし、また雅に万が一のことがあったら。

もし、深雪が命を落とすようなことがあったら。

果たして達也は正気でいられるか、自分から二人を奪った世界に対して何もしないでいられる自信がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が校長から学科免除を申し渡されてから三日。

達也自身学校には通学していたものの教室には向かわず、一日中図書館にいた。

同級生たちもさすがにただ事ではないと気が付き始めているが、達也は沈黙を貫いている。

そして日本時間で木曜日の放課後の時間帯。

ディオーネー計画の参加者として、名前が挙げられていた新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが正式に計画への参加を表明した。

 

USNAと新ソ連はいまでこそ休戦状態だが、対立の溝は深い。

しかも十三使徒ともなれば国家の防衛にも関わる重要な魔法師だ。

それをUSNAの計画に参加させる可能性は低いとみなされていたが、世間の予想に反して計画に前向きな姿勢を見せている。

魔法の平和利用に積極的だというポーズとも取れるが、USNAの同盟国である日本の協力、具体的に言えばトーラス・シルバーが参加をしないというのは、外交的に見ても面倒なことになる。

 

「本当にベゾブラゾフ本人なのでしょうか」

 

深雪が帰宅後録画していたニュースを見終わって真っ先に口にした感想は、テレビに出ていた男性が本当に十三使徒であるベゾブラゾフ本人であるかどうかの疑問だった。

十三使徒はその戦略的な価値から暗殺や呪殺を避けるために名前は公開されていても、容姿が表に出てくることはあまりない。

先般の大亜連合のプロパガンダめいた戦略級魔法の使い手とされる少女は例外的な方だ。

特に新ソ連はいままで名前と術式の名称こそ公開していたものの、それ以外の情報はかなり秘匿されていた。

ここにきてディオーネー計画が持ち上がってからの顔出しとなると、素直に本人であるとは思えない。

 

「影武者の可能性はあるが、本人であるかどうかというのはそれほど重要ではない」

「どういうこうとでしょうか?」

 

深雪の疑問に達也は先ほどのニュースの冒頭から再生した。

 

「重要なのは新ソ連がUSNAの計画に協力姿勢を見せたことだ。大亜連合やインド・ペルシアも強国だが、世界政治の中心は米ソの対立だ」

 

このあたりの内容は中学でも勉強する範囲であり、深雪も水波も納得の表情だ。

 

「その新ソ連がディオーネー計画は国際社会における勢力争いの例外であるとした。この際、計画に関わる新ソ連の貢献度はさほど重要ではない。USNAの敵国である新ソ連が協力姿勢を見せたことで、USNAの友好国はディオーネー計画を無視できなくなった。……………もしかしたら、新ソ連とUSNAはこの件に関して口裏を合わせているのかもしれない」

「その二か国が手を組んだとして、目的は何なのでしょう」

 

小首をかしげて深雪が(たず)ねた。

 

「通常兵力では質量共に米ソが抜きんでている。大亜連合も軍備拡大を進めていたが、昨年の損害からは立ち直れていない」

 

他人事のように語ってはいるが、その大亜連合に壊滅的な損害を与えたのは達也本人だ。

 

「魔法は俗人的な力だが、通常兵力は政治力と経済力に支えられている国家の力だ。核兵器が事実上禁止されている以上、経済力はそのまま国家の力とみなされる」

 

日本も経済力で言えば、強国の一員だが、軍事に割ける割合は米ソに遠く及ばない。

 

「世界は魔法という要素によって辛うじて大国に呑まれることなく現在の形を維持している。小国が大国に対抗するには、魔法はなくてはならない要素だ。だからこそ、魔法の軍事利用を一概に否定できないのだが」

 

達也は一度言葉を区切った。

達也は魔法の非軍事的利用を目指している。魔法師が軍事システムのパーツとなっていることから役割を解放することを目標にしている。

魔法兵器に意義があると達也としては口にしにくい面があった。

 

「つまり、強い魔法師をプロジェクトに集め、他国の魔法戦力を削るのが米ソの狙いということでしょうか」

 

達也の葛藤を見越してか、深雪がそう結論付けた。

 

「そう考えれば辻褄があう」

 

ここにきて、達也は自分自身の計画の欠点を理解した。

魔法師を人間兵器から解放するという基本理念に変わりはない。

魔法師が兵器として消耗される、消費されることを肯定できるわけがない。

だが、魔法師という存在は一朝一夕に増えるものではない。

経済活動に従事する魔法師が増えることで、軍事分野に高レベルの魔法師が不足するなら、小国は大国に対抗できなくなってしまうのではないか。

大国が小国を呑みこみ、分割支配するようになれば、植民地時代の再来、泥沼の地域紛争が起こる未来しか想像できない。

 

抑止力の必要性。

自分の手の中にある大量破壊兵器の存在。

未来がどうあろうと、その存在を達也が背負う事。

その重みに対する覚悟を、達也はこの日再認識した。

 





追憶編、アニメ化するんですね。
ショタのお兄様………

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