恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

114 / 118
投稿が遅くなりました。
本当は2回目GWぐらいにあげたかったのに、あれよあれよという間に夏が終わりそうです。

皆さまお待ちかね。甘くなりました(`・ω・´)

アニメの方は、魔法科高校の優等生が絶賛放送中です。
何度聞いても深雪ちゃんの声可愛いよね。


孤立編
孤立編1


 

西暦2097年5月2日

 

ギニア湾岸、大亜連合の実質的な支配地域において戦略級魔法「霹靂塔(へきれきとう)」が使用され、多数の死傷者が出たというニュースが飛び込んできた。

世界群発戦争の最中、アフリカ大陸はその資源を求めて国家と国家、反政府、政府、更にそれを陰から支援する者たちが入り乱れ、国家という単位が消滅した。

最も戦闘が激化した時期は脱したものの、三十年経った今でも政情不安は続いており、武装地帯が少なくない。

該当地域はある程度まとまった領域を大亜連合が戦力を投入し、勢力下においていたが、最近ではフランス政府の支援を受けた武装勢力と度々衝突していた。

 

「だから、今回の戦略級魔法はフランスへの牽制の目的あるんじゃないかな」

 

生徒会や部活を終えた、達也たち3年生は放課後、喫茶アイネブリーゼに来ていた。

 

「達也はどう思う?」

 

アイネブリーゼは、第一高校に近く、マスターも魔法師であるためこの手の話題は憚られない。

幹比古からの問いかけに、達也は首を縦に振った

 

「加えて大亜連合の公認の使徒、劉雲徳(リュウユンドー)は公式の場に姿を見せなくなって1年以上経つ。軍関係者の間では彼の死亡が囁かれていたが、ついに隠せなくなったんだろう」

「その後釜があの劉麗蕾(リュウレイリー)だっていうのかい」

「戦略級魔法師の存在を公表するのは抑止力とするためだ。劉雲徳(リュウユンドー)が死んでも、代わりの戦略級魔法師がいるとアピールしたかったんだろう」

 

現在、世界に公式に発表されている国家公認の戦略級魔法師は13名。

実際には非公認・未確認を含め、世界には50人程度はそのレベルで魔法が使える者がいるとされている。

国家の切り札となる魔法師の存在を公表するのは、軍事的な抑止力となり、政治的な判断材料にもなる。

 

「でもそれって、周辺諸国への挑発にもなるよね」

 

ため息交じりにエリカは吐き出した。

 

「それは承知の上なんじゃないかな。抑止力って結局は威嚇の意味なんだから」

 

厳しい顔をしたままの幹比古がそう返答した。

 

「新しい十三使徒は14歳って、俺たちより年下とはなあ」

 

戦略級魔法の使用の第一報から一時間もしない間に、大亜連合から公式の記者発表が行われた。

内容は主に戦略級魔法の使用の正当性の主張だが、会見の場には喧伝のためか、戦略級魔法の使用者として公表された少女はまだ14歳ということにも衝撃が走った。

身長も体格も未発達な少女と呼んで差し支えなく、着ている軍服こそ体格に合わせてあるものの、どこか着せられている感じは拭えない。

国ごとに事情は異なるとは理解していてもやりきれなさに表情を曇らせる美月やほのかだったが、エリカは苛立つように口を開いた。

 

「大人の言いなりなのはかわいそうだとしても、国家公認なら待遇は悪くはないと思うよ」

 

魔法師はその登場から現在に至るまで、非人道的な環境に置かれていたことの方が少なくない。

今でこそ発言権を持つ十師族、師補十八家、更に百家と言われる家々も、辿れば研究所から生まれた家系が大多数を占めている。

それは日本に限った話ではなく、世界中でその悲劇は繰り返されている。

今の世代にそれほど恨みや忌避感はなくても、祖父母、曾祖父母世代であればその記憶も色濃く、表立って口にはしないものの成果を上げられず数字落ち(エクストラ)という数字を剥奪された家系もある。更に誘拐や表沙汰にされない魔法師の育成、諜報員ともなれば捕まった後の待遇は口にするのも憚られる。

 

「私は顔出しに驚いた」

 

エリカの発言が場を沈ませる前に、雫の一言で興味は別の方向に移っていった。

 

「そうね。個人情報を隠そうとする方が多いのに、年齢や名前、本人の映像まで公開するのは驚いたわ」

 

深雪が雫の話題に続いたのは、暗い話題を避けようとしたためでもあるが、言葉どおり意外感もあってのことだった。

 

「あの少女が本当に霹靂塔の使用者であればな」

 

続いた達也の前置きに、あっという顔を浮かべたのは雫や深雪だけではなかった。

当然、映像に出ていたのは影武者で使用者は別にいるという可能性は十分に考えられる。

 

「顔を出した目的は大亜連合の士気高揚の目的もあるかもしれない」

「なるほど。そうすると、劉雲徳(リュウユンドー)の戦死を発表した上であえて容姿も公開したのは、祖父の跡を継いだ健気な孫娘って印象を与えたかったんじゃないかな」

「本当に孫娘ならね」

 

達也と幹比古のやり取りに、殊更悪い笑みを浮かべエリカは吐き捨てた。

 

 

 

「話は変わるけどよ、―――死者八百人って本当なのかね?」

 

珍しく言い淀みながらレオは疑問を吐き出した。

 

「激戦区で民間人がほどんど住んでいなかったってのは分かるが、戦略級魔法にしては少なくないか」

 

戦略級魔法はその魔法一つで都市部を壊滅にさせ、軍事力を削り、万単位の被害者を生むことがあり得る魔法だ。

灼熱のハロウィンと呼ばれるようになった大亜連合の軍港壊滅はまだ記憶に新しく、軍事機密もあることから正式な死者数は公表されていないものの、沿岸地図を書き換える規模の破壊ともあれば被害は文字どおり桁違いだ。

レオの問いかけに視線は自然と達也に集まった。

 

「そうだな。シンクロライナー・フュージョンよりは少ないだろう。霹靂塔は直接殺傷の魔法ではなく、工場やインフラ破壊を目的とした魔法だからな」

「雷を発生させる魔法じゃないんですか?」

 

戦略級魔法には名称のみ公表されているもの、名称と効果が公表されているものが存在する。大亜連合国家公認の魔法師が使用する霹靂塔は、後者だった。

美月の質問に、達也はさらに解説を加えた。

 

「霹靂塔は目標エリア上空で電子雪崩を引き起こす魔法と、目標エリアの電気抵抗を断続的かつ不均一に引き下げる魔法の二種類から構成されている」

 

この説明だけでは何のことだと疑問が顔に浮かんでいる者が大半だった。

霹靂塔の特徴は単発の威力より手数を重視しているところにあり、一度の魔法でそれなりの威力の雷を広い範囲に降らせることを主としている。

ある程度の落雷対策をしていれば致命傷は防げるが、軽装歩兵にとっては悪夢のような魔法である。

更にこの魔法によってもたらされる別の効果の方が重要だった。

 

「それがインフラ破壊なんですか」

「断続的に発生する落雷は、その一帯の電磁界が連続して急変するという事だ。しかもその瞬間はそのエリアのすべての物体の電気抵抗がぎりぎり絶縁破壊を引き起こすレベルに引き下げられているとなれば、広い範囲で電子機器に深刻なダメージを発生させる魔法ということになるな」

「つまり霹靂塔の正体は魔法によるEMP兵器か」

 

レオがようやく合点がいったようだ。

 

「原理は違うけど、結果だけ見れば同じかな」

 

この中ではある程度理解が進んでいる幹比古はそう肯定した。

 

「直接的殺傷力が低いから死者が少ないっていう理屈は分かったような気がするぜ。でもよ、そうすると別の疑問が出てくるな」

「疑問って?」

「ずっと陣取り合戦をしていた紛争地域だ。高度技術のつまった都市開発なんてできないだろうけど、魔法が使われたところで機械破壊は地下の資源採掘設備くらいなもんだろ?

つまり大亜連合の方が損をするのに、その魔法を態々使用した目的は単にプロパガンダだけなのか?」

 

戦略級魔法は文字通り戦略級。その一撃に込められた威力も政治的・軍事的意味も大きい。

単なるデモンストレーションで気軽に使用できる魔法ではない。

更に自軍が損害を被るような場所では猶更だ。

 

「当該地域は最近、大亜連合が劣勢に陥っていたと伝えられている。フランスが提供した無人自動兵器によって、実質的に支配していた地域の約半分を武装組織集団に奪われてしまったらしい」

 

この説明だけでレオはピンときたらしい。

 

「無人自動兵器か。なるほどな」

「採掘施設にダメージを与えても、兵器の無力化を優先したんだね」

 

幹比古もレオと同じ理解に達していたが、達也は小さく首を振った。

 

「勢力圏内での魔法の使用は無人機対策だろう。だが、あの魔法は間違いなく殺傷能力を有する。平服の民間人、軽装の兵士であれば容易に命を奪う」

「発表された死者は報道より多いということでしょうか」

 

恐る恐る尋ねる深雪に達也は暗い表情のまま答えた。

 

「大抵の医療機器は電子機器だ。それが麻痺するとなれば、即死でなくても助からなかった者は多いだろう」

 

その光景が地獄絵図であることは口にするまでもなかった。

 

 

 

 

「雅さん、大丈夫でしょうか」

 

美月がぽつりとつぶやいた。

雅はこの集まりに参加していなかった。

5月の上旬は毎年、神事が控えており、神楽の稽古のために放課後すぐに学校を後にしていた。

 

九重神楽は魔法を使用した神楽だ。

いくら分野が異なるとはいっても、魔法や魔法師そのものに向けられる世間の視線は冷たさを増している。

少しインターネットで検索をしてみれば、罵詈雑言、中には脅迫めいた掲示板なども見受けられる一方、神格化した集団の過激な論調も蔓延っている。

 

「神楽そのものはごく少数にしか公開はしていないとはいえ、九重神宮の敷地は自由に出入りできるんだろう」

 

幹比古は達也に視線を向けた。

 

「九重家は京都の警察との仲は悪くはないからな。警備も強化しているそうだ」

 

九重神宮には歴史的な宝物や建造物が数多く存在する。

盗難目的の警備は元々厳重であるが、歴代宮司の家系は魔法が使えるという事も神楽に魔法が用いられていることも現在は秘匿化されていない。

世に対する恨み辛み妬み、良からぬことを企むものは、絵巻物より昔から存在するが、それに目こぼしをする眼はどこにもない。

 

「雅の警護には達也君が付いているって?」

「忍術使いも付いているぞ」

 

暗くなりそうな雰囲気を明るくしようとするエリカの茶化しに、達也はさらりと受け流した。

雅に個人的な警護が四六時中張り付いているわけではないが、雅自身の対人戦闘能力もあり、危機に対する察知能力も高い。

先日、念のためと四葉本家の命を受けた黒羽家の子飼いの者が稽古場に向かう雅を警護・監視していたが、目的地に到着する途中で煙に巻かれた挙句、撤収して帰宅した拠点アパートにケーキの差し入れまでされていたらしい。当然、雅にも達也にも護衛に関する事前連絡はなかった。

消えいりそうなほど恐縮したテレビ越しの文弥に、雅は気分を害するでもなく気を掛けてくれてありがとうと(のたま)うのだから、更に文弥は縮こまっていた。

 

「お姉様にはお兄様がいらっしゃいますから、大丈夫よ」

 

深雪は何よりの信頼と誇りをもって達也を見ていた。

達也の精霊の眼は雅を常に捉えているわけではない。

そのほとんどを深雪に割り振っているため、たとえ雅が今この瞬間銃弾に倒れようと、達也に感知する術はない。

いくら雅が個人的に強くあろうとも、どこにいても必ず守ることができる深雪とは違う。

そのリソースを今はまだ雅に割く決心はついていない。

そのことに一抹の不安も覚えないわけではないが、姪を見殺しにしない程度には八雲への信用もあれば、九重家という名前の重さも重々承知している。

いくら言葉どおり世界を滅ぼす魔法をもって生まれたとしても、達也にとって本当に守りたいものはそう広い範囲ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

詩奈ちゃんの誘拐も、情報の行き違いということで片付けられ、深雪と水波ちゃんに起きた襲撃事件も本人たちが特に気にせず日常を送っていることから、世界情勢はさておき、校内の雰囲気も落ち着いている。入学から約1か月がたち、新入生たちも新しい生活に徐々に馴染んできていた。

 

「お姉様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

「私からのプレゼントです。喜んでいただけると嬉しいのですが」

 

5月の連休中の舞台を終えた私は、一日早いが司波家で誕生日祝いの場を開いてもらっていた。

 

「開けてもいいかしら」

「どうぞ」

 

丁寧にラッピングされた白い小ぶりな箱を開ける。

 

「素敵なイヤリングね」

 

シルバーの細い金属でできた桃の花に似たものと、コットンパールにゴールドのイヤリングが入っていた。

 

「少しカジュアルかと思いましたが、お兄様とのお出かけに使っていただけたらと思います」

「ありがとう。素敵ね」

 

自分の持ち合わせにはないデザインだが、深雪が私を思って選んでくれたことが嬉しい。

 

「僭越ながら、私からも」

「ありがとう、水波ちゃん」

 

水波からのプレゼントを開けると、ボディクリームとボディスクラブのセットだった。

どちらも桜の香になっている。

 

「手の届かない範囲はご用命ください」

「あら、水波ちゃん。手の届かない所ならお兄様がお手伝いなさるはずよ」

 

半ばうっとりとした表情で達也に視線を送る深雪。

 

「そうですね。差し出がましい申し出をいたしました」

「深雪」

 

はっとした表情で頭を下げる水波ちゃんに達也が呆れたように深雪を咎めるが、深雪は失礼しましたと優雅に微笑んでいる。

悪びれも反省もしていないのは一目瞭然だった。

どこまで本気なのか、冗談なのかわからないが、深雪が楽しそうなので、私も達也も強くは言わない。

 

「今日は深雪が腕を振るいましたので、お食事にしましょう」

 

鼻歌が聞こえてきそうなほど上機嫌でキッチンに向かう深雪に、私と達也は目を合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

深雪と水波の一般家庭で作ったとは思えない手料理に続き、食後にはフルーツたっぷりの手作りケーキが登場した。

元々達也のためなら凝り性だったが、料理もケーキもとてもおいしくて、最近台所から離れている雅としては少し危機感を覚えていた。

料理も一通りできなくはないが、深雪のようにお菓子作りも得意というわけではないし、特に悠との婚約が決まってから、料理にも磨きがかかっている。

深雪本人は楽しみながら作っているが、和食の頻度が上がったのは達也の気のせいではないはずだ。

 

食事の後は、後のお時間はお二人でどうぞと、深雪に促され、今はコーヒーを持って達也の部屋にいる。

 

「今回の舞台はどうだったんだ?」

「剣舞は久しぶりだったから、少し緊張したわ」

 

今回の舞台の観覧に達也と深雪は声が掛からなかったわけではない。

前々から世界情勢は不安定であり、特に戦略級魔法の使用が確認されて以降、顕著だった。

達也も深雪も九重家がそれを理由に達也と距離を取ろうとするとは思っていなかったが、今回は達也の方から事前に招待を辞退していた。

達也の嫌な予感が当たるときは相当深刻な時であり、現に数日前に大亜連合が霹靂塔を使用し、更に昨日は達也が1年次に九校戦の際に開発したアクティブ・エアー・マインによる大規模な攻撃が確認されている。

南米におけるシンクロライナー・フュージョンの使用を皮切りに、戦略級魔法の使用者側のハードルは下がる一方、世間の目はより厳しさを増していた。

 

「今、刀剣を擬人化したゲームが復刻して人気が出ているそうだから、収蔵されている博物館や神社に人が集まっているそうよ」

「そうなのか」

 

魔法師を取り巻く世界情勢は厳しさを増してはいるものの、まだ日常生活にまで目に見える影響は出ていない。

人気映画やアニメのロケ地には、その作品のファンが集まることは昔からよくあることだ。

幕末ファンや戦国の歴史好きが、史跡や所縁の土地を巡るときに九重神社の名前も出てくることはあるが、ゲームが火付け役となって京都市内の各神社にも観光客が増えていたり、コラボをしていたりといったような場所もあるそうだ。

 

「なぜかウチにゲームのファンレターや刀剣宛てのお手紙が届くこともあるのよね。それに今回の舞台の蘇芳丸は、当然ゲームとは似ても似つかないんだけど、一般公開してほしいって要望もきているみたい」

「一般公開したら手が付けられなくなりそうだな」

「そうね」

 

九重神楽の人気がどれほど高くなったとしても、基本となるのは神事と日々の安寧への祈りだ。

人の観覧はあくまでもその神事を垣間見ることを許されたに過ぎない。

 

「そちらにも迷惑は掛からなかったか」

「大丈夫よ」

 

達也が一昨年九校戦のスピードシューティングのために考案した『アクティブ・エアー・マイン(能動空中機雷)』は、魔法大学が編纂する魔法大全に新種の魔法として登録されている。

四葉家での地位もなく、家の中でも厄介者扱いだったころは新魔法の開発者として注目を浴びることは避けたく、当初使用者である雫を開発者として登録することを考えていた。

当然、雫はそんな申し出を受けるわけはなく、魔法ができてからずっと仮登録状態だった。

今年の一月には四葉家の次期当主候補として名が上がったため、それを機に大学側からも半ば泣き落としに近い申し出があったことで正式に達也の名前で登録されることとなった。

 

「何かあったらすぐに伝えてほしい」

「何も起こさせないから」

 

魔法が登録されるという事は、その起動式や発動プロセスも公開されるという事だ。

大亜連合のアフリカでの戦略級魔法の使用による死者は、公式発表では八百人程度となっているが、フリーのジャーナリストや欧米メディアの報道では三千を超えると推測されている。

その地域の武装集団だけではなく、普通に生活を営んでいたはずの民間人ももちろん含まれている。

 

そして武装ゲリラはその報復に打って出た。

戦略級魔法の使用から二日後、中央アジアの大亜連合基地を強襲し、多数の死傷者を出したのだ。

 

この奇襲に使われた魔法師もまた少女だった。

ギニア沿岸西海岸出身の少女が用いた魔法は、達也が開発したアクティブ・エアー・マインそのものだった。

アクティブ・エアー・マインは、粗密波を発生させる振動場により固体を脆弱化させて破砕する魔法だ。

この魔法の振動領域にとらわれたら最後、人間は全身の骨が破砕され血袋となって絶命する。

単に競技の話で収まる魔法であればよかったが、魔法そのものに威力制限はなく、そもそも魔法大全に納められた魔法の大多数は兵器転用が可能な魔法だ。

記者会見を開いた魔法大学は、開発者に責任はなく、使用した武装ゲリラが負うべきものだと主張した。

だが、達也の目から見てもその主張がまかり通るほど魔法を使用できない者が大多数を占める世の中は優しくない。

あまりにも非人道的な魔法の有様に、怒りと憤りの矛先が向かう先は遠い海の先の国より、身近なところだ。

 

「登録自体、際どいタイミングだったな」

 

達也は登録自体にあまり乗り気ではなかったが、ひとまず雫に迷惑が掛かることはなかったことだけは幸いだと感じていた。

諦めのこもった言葉に、雅は掛ける言葉がなく、唇をかみしめた。

達也は何より魔法師が兵器として利用されることを、戦争の道具の一つとしての役割を負うことからの解放を望んでいる。

開発そのものに兵器化への意図がなくても、魔法師の力量次第で魔法は暗器にもなれば、大量殺戮兵器にもなり得る。

 

「すまない。湿っぽくなったな」

 

自嘲気味に笑う達也に、雅は静かに首を横に振る。

 

「いいの。ちゃんと心配をさせて」

 

達也は昔から自分に向けられる悪意も嫌悪も、深雪に実害がないならば、と向けられた感情を理解はしていても反応はしないようになっていた。

強い衝動を奪われた達也にとって、いくつもの嘲罵を向けられようと、悲嘆にくれることもなければ、激しい怒りを覚えることもない。

そのように達也は調整されている。

達也の強い情動は深雪が関わるものだけだ。

その中にようやく雅が含まれたことは、達也にとってこの上ない僥倖だった。

達也がたとえどんな言葉を他人に向けられても心を痛めることはないとしても、その言葉を向けられたことを知っている雅や深雪に涙を耐えさせることに不甲斐なさと罪悪感はあった。

 

「ありがとう」

 

達也の申し訳なさに対して深雪や雅が求めているのは謝罪ではない。雅は小さく微笑んだ。

 

 

 

達也はすっかり雅の手の中で冷めてしまったコーヒーカップを取り、トレーの上に置いた。

せっかく深雪が淹れてくれたのだが、もう風味も落ちてしまっただろう。

雅の誕生祝と舞台を労うつもりが、思ったより暗くなってしまった空気を切り替える。

 

「渡したいものがあるんだ」

「なあに?」

 

あまりにも分かりやすかったのか達也の気持ちを汲んで、雅は殊更明るく聞き返した。

 

「俺からの誕生日プレゼントなんだが」

 

達也は机の引き出しから焼き印の入った桐の箱を取り出した。

 

「開けてみてほしい」

 

雅に手渡された縦長の桐箱はまだ真新しく、木の香りがする。

 

「綺麗―――」

 

 

箱の中には一本の簪が納められていた。

曇り一つない金で出来た枝と柔らかい光を反射する真珠でできた桜が輝いている。

薄い花弁の花は石とは思えないほど繊細にできており、花唇にも純白の真珠が添えられている。

おそらく、CADなどの機器類を除けば雅が達也から送られた物の中で一番高価なものだった。

 

「今年が一本目だ」

 

柔らかい笑みと少し気恥ずかしさが混ざった達也の表情に、雅は少しだけ戸惑う。

 

「三本揃ったときは、返事を聞かせてほしい」

 

簪が三本というのは、とある漢字の成り立ちを意味している。

国文学にも古典にも精通している雅は当然その意味が理解できた。

雅は簪に視線を落とし、もう一度達也を見る。

あれだけ舞台に立つために自分の浮かべた表情がどうであるのか、無意識に分かるまで経験を重ねてきたのに今、自分がどんな表情をしているのか分からなかった。

頭に浮かぶのは嬉しさと驚きと、そして少しの不安。

 

「結ってみてくれないか」

「ええ」

 

雅が今まで髪を留めていた簪を抜くと、黒い髪が背に流れる。

まるで涼やかな音が鳴るかのように美しくまっすぐと伸びている。

鏡もなしに腰まである長い髪が細い簪一本でまとまっていくのは、何度見ても飽きることはない。

 

「どう、かな?」

「ああ。よく似合っている」

 

雅は達也に見えやすいように半分体を後ろに向けた。

達也の思ったとおりよりずっと、黒い髪に白い真珠の花は映えていた。

後れ毛なくしっかりと結い上げられた髪と日の光を浴びない項は、言いようのない色香を放っていた。

 

 

達也は雅の手を取る。

 

「雅」

 

頬に手を添え、正面を向かせる。

視線が重なれば、あとはいつもどおり。

雅が目を閉じると、達也は雅を抱き寄せ、唇が重なる。

最初は重ねるだけ、やわく触れては離れてを繰り返す。

 

「達也………」

 

小さく開いた口に舌先を伸ばし、熱の上がった吐息を食む。

漏れる吐息も、柔い唇も、すがるように絡める華奢な手も、まるで初めてのように恥じらうその姿も、達也にとってはすべて知っているはずなのに、こうも掻き立てられるのはなぜなのか。

体温が上がるのも、鼓動が早く刻むのも、生物的な反応と理性的な部分では知っていても、達也の行動を欲の方に傾ける。

 

結ったばかりの髪をほどいて、流れるように美しい黒髪に指を通し、そっと導くようにその先を、と達也の脳内が考えてしまうのを隅に置く。

まだ、そこまでは許されていない。

いずれその日が来ることは知っていても、少しだけ歯がゆい。

 

何度も重ねた唇を一度離して、絡めていた指をほどき、その指先を手に取る。

指先から関節をなぞるように唇を落とす。

指の付け根、手の甲、手首の内側までなぞり、掌に音を立てて唇を落とす。

魅せるために細部まで整えられた爪と、稽古で固くなった手のひらも。

 

全て知っている。

全てが美しく見える。

達也は自分の頬が緩むのを感じながら、雅は声なく悲鳴を上げていた。

 

手首に音を立てて唇を落とし、雅の瞳をとらえる。

舞台上で蕩けるようで清廉な笑みを浮かべていても、頬を上気させ、息をのむほど美しい濡れた瞳を知るのは達也だけだ。

これからも、この先も。

達也にしか見せない表情(かお)だ。

 

「可愛いな」

 

胸の奥を締め付けるようで、足元が浮き上がりそうな、それでいて少し後ろ暗い厄介な感情の名前を知ってしまったら戻ることも手放すこともできはしなかった。

 





ツイステ、書きたいとこのセリフだけ書き出しました。
かなり趣味に走ったので、日の目を見るかは不明です。


切なくて苦しくて甘い話が好きな人は、ぜひ『今度は絶対に邪魔しませんっ!』の小説版を読んでくれ。ウェブ版もあります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。