恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

109 / 118

自粛疲れで、むしゃくしゃしてやった。
二人がイチャイチャしているところを見たかった( ˘ω˘ )





休載中もメッセージ、評価をくださった皆様ありがとうございました。
すべて目を通しています。
これから少しずつ更新が再開できたら良いと思っています。


動乱の序章編5

4月13日(土)

 

雅の在籍する三年B組では、座学の授業が行われていた。

魔法科高校では、カリキュラムの都合上、土曜日も基本的に授業があり、3年生ともなればその速度と密度は一般高校と比較してもハイレベルなものが行われている。

国立魔法大学への入学者数が最も多い第一高校において、魔法の理論や実技の授業は国内でも屈指のものだが、基礎的な読解力や問題解決能力等を図るための一般教科の比重が低いと言うわけではない。

 

3年生ともなれば、入試に向けて学校や学科、進路の絞り込みが行われつつある。

流石にまだ受験直前のようにノイローゼやヒステリックに端末にかじりつく生徒は見られないが、真面目に端末に向かっている生徒が大半だ。

だが、真面目と言いつつ午後一番の授業。食後の睡眠欲に抗えないのは古今東西不変の生理学的な理屈であり、眠そうに目をこすったり、目薬で無理やり目を覚ましたりという生徒がいないわけではない。

 

特に魔法科高校では部活動も3年生まで熱心に活動しているため、勉強量と運動量は有り余る若い体力をもってしても辛い日がある。

クラスメイトの中でも群を抜いてハードスケジュールな雅も、例に漏れず午後の授業というのは苦痛に感じる時もあるが、それを他人には気取らせない。

 

今日も一見すると真面目に授業を受けているが、珍しく集中しきれていなかった。体調が悪いとか、他の生徒の例にもれず睡魔に襲われているわけではない。

理由は午前中に達也が学校から早退したことにある。

早退の理由までは雅の端末に連絡は入っていないが、情勢からして軍からの呼び出しとみて間違いなさそうだ。

一般にはまだ知られてはいないが宗谷海峡付近に新ソ連の艦隊が集結していることもあり、海上の国境の周辺では警戒が続いている。

 

今回は佐渡の一件から新ソ連の戦略魔法師の参加も噂されており、呼び出しともなれば達也もその力で支援をするのだろう。

小耳にした情報では、規模や装備からして本気で日本侵攻を目論んでいるとはいえないが、威嚇や偵察目的でも出兵している以上何らかの成果が求められる。

戦略級魔法は、抑止力的側面が強いが、このところの情勢上、その使用に対する軍部の抵抗感が減りつつある。

戦艦の一つや二つ、手土産に沈没させることもあるだろうし、国境侵犯ぎりぎりで日本側の出方を伺うというのも考えられる。

 

遠い世界のような話でも、他人事ではいられないのが雅や達也が置かれている立場だ。

四楓院が動いていない以上、今回の出撃だけでは大した被害は出ないはずだ。たとえその可能性が高いとしても、達也を手放しで送り出せるほど雅は大人ではない。

 

(せわ)しなく考えが巡る脳内をため息一つで静かにさせ、授業へ耳を傾ける。

座学の授業では、教員がクラスに出向いて授業をするのではなく、基本的に複数クラス合同のオンライン講義と解説、課題の提示が行われている。

端末上の課題を処理しつつも、どこか平穏なまま日常生活を送る自分を不思議に思う。

今すぐ席から立ちあがって教室から飛び出していきたくなるような衝動にかられつつ、仕方のないことと自分を納得させる言い訳を並べながら、目の前の画面に向かう。

 

 

そしてそれは予兆なく訪れる。

普段どおりのそうした授業の途中、突如として巨大な想子の波動を受け取った。

 

普通の魔法行使でも、魔法師は魔法行使に伴う想子波は感知するが、ここまで周りに影響が出ることはない。だが波の大きさに反して、魔法行使の事象改変には位置的な距離の遠さを感じる。

身に迫った危険を警告しているのではない。あまりに大きすぎる波動に、活性化までしないものの精霊も騒がしく反応を示している。

精錬された巨大な術式同士のぶつかり合い。

その観測に結び付けられる事実を並べれば、何があったか推測は容易だ。

 

「雅……」

 

雅の前に座っている雫が授業中にもかかわらず、振り返り小声で話しかけてきた。

彼女もまた何か感じたのだろう。

 

「心配ないわ」

 

何が心配ないのか、何があったか、今この場で語ることはできない。

おそらく雫以外にも何かしら反応を示した生徒や教師はいるだろうが、緊急警報も授業中止の連絡もない。端末の向こうの教師は、魔法師ではない普通の一般科目の教員のため普段と変わらない表情で授業を進めている。

 

追々なにか連絡があるにせよ、今は授業中であることは変わりない。

雫は変化の乏しい表情ながら、何も言えないことを理解しているのか、しばし沈黙の後、端末へ向き直った。

 

一つ、静かに息を深く吸う。

まだ、動くときではない。

まだ、動くべきではない。

 

雅にできることは、今はなにもない。

例えどれだけもどかしい事でも、どれだけ私が不安に駆られようとも、どれだけ心配しようとも、達也の無事を今すぐ確かめる術もなければ、今そうすべきではないことも分かる。

頭では理解しようとするが、心を落ち着けるのは容易ではない。

せめてできることは、静かに無事を祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がその日、自宅に帰ることができたのは、22時を過ぎてのことだった。

食事は済ませてきたため、深雪に帰宅直後から甲斐甲斐しくお茶の世話をされつつ、今日の出撃について説明を行った。

不確定要素も多く、達也の中でまだ全容もつかめていない中では語れることは多くはないが、深雪は無事に戻ってきたことに安堵の表情を滲ませていた。

 

明日の達也は、早朝はいつもどおり八雲との稽古があり、その後には十師族の若手が集まる会議への出席、さらに午後からは四葉家へ深雪も含め招集されており、説明後は珍しく深雪に引き止められることもなく早めに部屋に戻っていた。

制服の上着とネクタイだけ外し、部屋着に着替えもしないままベッドに寝転ぶのは行儀のよいことではないが、肉体的な疲労はともかく、精神的な疲労はある程度感じていた。

 

達也の頭を占めているのは、今日対峙した戦略級魔法のこと。

攻防は一度きり。

だが、攻撃が防げなかった場合の威力は察するに有り余る。

戦略級の名のとおり威力と規模は間違いなく艦隊を壊滅に追い込めるものであり、今回は初手から防ぐことができたが、二度、三度、連発が可能であれば、達也でも現状すべてを防ぎきれるとは断言できない。

 

『トゥマーン・ボンバ』は新ソ連が名称を公開している戦略級魔法であり、その起動式や魔法のプロセスについては公開されていない。

真夜にその魔法の解析の糸口をつかむよう依頼されているため、疲労によりあまり考えがまとまる状況ではないが、明日までに考えずにはいられない。

だが、思考を深めるべく、目を閉じて間もなく、控えめに部屋の扉がノックされ、意識が引き上げられる。

 

ベッドから立ち上がり、扉を開けると、そこには雅が立っていた。

 

「ごめん、休むところだった?」

 

皺の寄った寝具が目に入ったのか、雅は申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「いや、大丈夫だ」

 

達也は雅が今日、司波家に来ていたことは知っていた。

心配する深雪に寄り添うためであり、ある程度深雪も落ち着いた後は、達也が帰宅した際もまだ地下で一人稽古をしていたと聞いている。

稽古中には基本的に声をかけないようにしているため、深雪が達也から話を聞いた後に連絡をしたのだろう。

 

「稽古はいいのか?」

「やっぱり集中できなくて、早めに切り上げたの。てっきり新ソ連(あちら)の対応に時間がとられて今日は帰れないかと思っていたから、会えて良かった」

 

汗を流したのか、結っていた髪は背中に流され、白のワンピースパジャマに着替えていた。

深雪がお揃いで贈ったので、司波家に泊まる際には二人仲良く同じ服装で戯れているところを目にすることがある。

春先であるため、同系色の薄手のニットガウンを羽織ってはいるが、普段から日に晒されることのない白い足がレースの裾から覗いている。

寝る前とあれば普段よりゆったりとした服装ではあるが、極端に短いこともない膝丈で、デコルテは見えるにしても胸元が大きく開いているわけでもなければ、透けるような生地でもない。

達也は一瞬、リビングの方が良いものか迷ったものの、そのまま雅を部屋の中へ招き入れた。

 

 

スツールを出すから待ってくれと言う前に、扉が閉まると同時に雅は達也の胸へと飛び込んだ。

あまり、雅らしくはない行動だが、達也からは雅の表情を窺い知ることはできない。

 

「―――二人には心配をかけたな」

 

達也が雅の背中に腕を回すと、同じように雅も達也の背中に手を回した。

大黒竜也として出動を命じられるのも、戦略級魔法と対峙するのも何も初めてのことではない。

 

達也を本当の意味で傷つけられるのは、たった一人しか存在しない。

雅も達也もそう理解している。

胸にどのような不安が渦巻いていようとも雅はそれを口にすることもなく、達也を送り出すだろう。

相手方が本気で攻勢をかけてきたわけではないのだが、今回の魔法規模の大きさでは、心配はないと堂々と言ってのけるには、冗談が過ぎる。

 

触れる体温に、回された背の感覚に、作戦が終了して以降、気を張り詰めていた覚えはないが、ようやく何かが緩む感覚がわかる。

夜よりも濃い艶やかで長い髪に指を通し、耳をなぞり、頬に触れる。

達也に促されて雅が顔を上に向けると、心配と安堵が入り混じりながらも、少しだけ頬を緩ませていた。

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

ただの挨拶にすぎない言葉にどことなく、むず痒さを感じるのは、雅に対する感情を自覚しても、つい理由を考えてしまう。

義務感からでもなく、使命でも仕事でもない、深雪に対する庇護欲とも異なる感情は達也にはまだ持て余しがちである。手に余りつつも、実際言葉どおり困っているわけではないことも理解している。

しばしの触れ合いは、達也にとっては心地の良いものだ。

 

「明日は雅も早いのだろう」

 

日曜日は授業がないとはいえ、四楓院家の若手が集まって茶会をすると聞いている。

茶会の後には悠が上京している以上、九重神楽の稽古もあるだろう。

雅の日々のスケジュールをすべて達也も把握しているわけではないが、秒単位とはいわないものの予定も詰まっていれば、勉強や稽古など時間をかけて取り組まなければならないことも多い。

 

「今日のことはまた後日。休めるときは休んだほうがいい」

 

実際のところ、達也ならばまだ普段と比べれば時間がある方だ。

だが、たとえ達也と雅が正式な婚約者であり、半同棲のような体裁をとりつつも、あまり男子の部屋に夜も遅い時間にいるのは、よろしくないだろう。決してネグリジェ姿の雅と部屋で二人きりという状況に、何かしらの気まずさを感じているわけではない。

 

「もう少しだけ、だめかな」

 

余り褒められた行動ではないことは雅も分かっているだろうが、普段あまり自分から甘えるようなことを言わない雅の控えめなお願いに達也は首を縦に振ってしまった。

 

 

いつまでも立ったままというのも、間が悪いので、当初の予定どおりスツールを出そうかと達也は一度、雅を抱きしめる腕を解いた。

 

しかし、視界に入ってきた別の物に、悪戯心が沸き上がる。

少しだけ遅くに訪ねてきた雅に対して、忠告の意味もあった。

 

「おいで」

 

達也が選んだのは、自分のベッド。

そこに腰掛けると、雅に隣に座るように促す。

雅はその場で言葉に詰まり、固まってしまう。

 

だが、一緒にいたいと言い出したのは雅だ。

達也が手を差し出すと、小さく息をのみ、躊躇いがちにその手を取った。

エスコートするように重なった手を引き、少し離れて座ろうとする雅の腰を抱き寄せる。

 

状況に気を取られ、緊張した体勢を崩すのは簡単で、座ることはかなわず、ベッドに倒れこんだ雅の上に覆いかぶさる。

重ねた手をそのまま逃げないように左手で指を絡め、ベッドに縫い付ける。

右手は頬に宛がい、顔を逸らさせない。

例え体術が人並み以上に優れていても、達也と雅の体格差であれば、たとえ雅の左手が自由でも利き手ではない片手で瞬時に払いのけることはできない。

 

非難とも制止とも分からない声が聞こえる前に、言葉ごと達也はその唇を奪う。

しばらくは角度を変えながら、子どもじみた重ねるだけの口づけを繰り返す。

戸惑いながらも、雅は素直に達也の行為を受け入れ、行き場のなかった左手は達也のシャツの胸元に皺を作っている。

 

横暴とも言われかねない達也の行動は許されているのか、流されているのか。

都合よく解釈をしつつ、リップ音を立てて一度唇を離す。

 

「ぁ……」

 

名残惜しそうに小さく漏れた声と、すっかり色香を放つ瞳。

焦れるように逸らされた視線を合わせるように、顎を掬う。

雅から白旗は上がらない。

もう少し、と好奇心が疼く。

 

手は重ねたまま、逃げられないその桜色の唇をもう一度奪う。

唇を何度か食むようにして可愛がれば、同じように小さく唇を開け、達也の唇を啄むようにして応える。柔らかな唇を達也の思うままに楽しめば、徐々に荒くなった息に捻じ込むように舌を入れ、再度その唇をふさぐ。

舌を吸い上げ、唇を食み、口内を嬲れば、息をつく合間に上ずった可愛い声が漏れる。

 

薄目で表情を伺えば、羞恥に色づいた頬に仄暗い征服感と少しのばつの悪さを感じる。

少し過ぎた行動だったかと絡めていた指をほどけば、離れてほしくないと強請るように達也の背中に手が回される。

風呂上りの甘い香りと柔い肌、シーツの海に広がる黒い絹糸のような髪。

堪らず漏れる吐息と艶を増す甘い声に、清廉さに反する淫らな口付け。

無意識にせよ、意識的にせよ、どうやら溺れているのは達也だけではないようだ。 

どうぞと差し出されたからには、存分に達也が味わった後、許しを請うように額にも唇を落とす。

 

 

「雅」

 

耳元で囁くようにその名を呼べば、まだ夢の中のような、ぼんやりとして濡れた瞳と視線が交わる。

達也の背には、まだ雅が腕を回し、シャツを握りしめている。

それを無視して起き上がれないわけではないが、とろりと溶けるように(いとけな)く、隠しきれない色香を纏う様子に、このままゆるい拘束に縫い留められていたいという感情もある。

だが達也の思いと異なり、徐々に何をしていたのか、自分がどんな体勢にいるのか理解したのか、雅は手を緩め、口を覆う。

 

「あの、これは、その……」

 

満更でもないどころか、欲深くも雅から求めてしまったような態度を自覚したのか、視線は所在なさげに彷徨い、頬はさらに朱に染まる。

伺うようにちらりと達也を見上げるその目は、達也にどいて欲しいのか、それとも非難の言葉を考えているのか。

言葉がないことを良いことに、達也は少しだけまた雅との距離を詰める。

これ以上は、無理だと言わんばかりに唇を両手で隠す雅の片手をとり、掌に口付ける。

 

「そんなに欲しかったのか」

 

自分の仕掛けた行動を棚に上げ、雅を咎めるように小さく笑う。

音を立てて掌を吸い上げると、悲鳴にも似た小さな声が上がる。

 

「もう許して―――」

 

蚊の鳴くような小さな声に、降参だと雅は手で顔を覆う。

知識としてはこれ以上の行為を知っていたとしても、これで限界だと訴える初心な様子は、いつまでも見ていられそうだったが、達也もさすがに度が過ぎたかと自省する。

 

「すまない。少し()いたな」

 

悪ふざけや悪戯心だけでは説明がつかない。

直接的な戦闘ではなかったが、生死が掛かるとなると肉体的にそういう欲が高まることは生理学的に理解している。

もともと強い情動そのものは白紙化されていたが、達也も欲がないわけではない。

自制心も処理方法も心得ていたはずだが、雅を前に理性的ではなかったことは事実だ。

 

だが、その衝動を雅に押し付けることは間違いだった。

例え許された親しい間柄でも、合意がない行為はただの自己満足だ。

儘ならない厄介な感情に振り回されるのは戦闘への影響が気がかりだが、現段階ではこの衝動は雅に対してしか働かない。ならば、耐え、抑える術はいくらかあると結論付ける。

 

「やっぱり、今日なにか……」

 

あったのか、と問う前に雅は口を噤んだ。

まだ知るべきではないし、聞くべきではないと思ったのだろう。

明日にでもなれば、悠の口から事の顛末は知らされるはずだ。

そしてその魔法の危険性も達也の身に降りかかるであろうことも、その眼が見通すことを雅は知ることを許されている。知らされないことに対する不安も同時に噤んでいる。

 

達也は雅の上から体をずらし、その横へと体を倒した。

雅が一瞬体を固くするが、視線を合わせるように達也のほうに向かって体を横にする。

達也は雅に腕を伸ばす。

その手はなんの障害もなく、雅の背に収まる。

呼吸も鼓動も聞こえそうな距離まで近づき、雅を抱きしめる。

 

「少し、このまま」

 

雅にだけ聞こえるように囁けば、戸惑いなく雅も達也の背に手を回す。

触れるぬくもりの奥に感じる感情の名前を達也はもう知っている。

 

 

 

 







達也「(やわらかい………)」




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。