大翔はあずさを駅まで送ったあと別の道を通る。
本当は電車までは一緒でも良いのだが今日は野暮用がある。仕方なく別の道を歩いていた。
一時間ほどのんびり歩き着いたのは結構大きな一軒家(飽くまで常識の範囲内での大きさではあるが)……チャイムを鳴らすと、
「お帰り大翔」
穏やかな声……優しげな瞳……線が細く一見優男だ。だがよく知る人物。
「叔父さんただいま」
三月までお世話になっていた草繋家の主夫……草繋
草繋家は大翔がある事情によって七草家を出たのが八歳……それから約七年程過ごした実家(血縁上考えれば本当の実家は七草の家だが大翔が実家と言った場合は草繋家を指す)である。
大希は異常に似合うエプロンで手を拭きながら大翔を家にあげる。
この家では主夫をしている大希は優しげな笑みを浮かべ、
「地下に居るよ」
「分かった」
大翔は頷くと階段を降りていく。
すると物々しい扉がある。見慣れたその扉を開けると、
「お帰り家出息子」
椅子に座ってグルグル回転しながら大翔を見た女性……髪はボサボサで伸ばし放題……化粧なんて何それ美味しいの状態でブカブカのトレーナーだけ……一日の大半を睡眠かボーッとして過ごす駄目人間……
「先週も帰ってきたじゃん。叔母さん」
「駄目だ……毎日帰ってこい」
「それじゃ一人立ちの意味でしょ」
「しなくて良い。ずっとここでボーッとしていよう。なあに、勉強なら私が教えてやる。この草繋
この世間一般から見れば確実に人生の落伍者だろう。だが違う。彼女は裏の顔がある。と言うかその顔がなければ確実に役立たずの駄目人間だ。
「そっちのチューニングは自分でも出来るだろ?」
「ああ」
大翔はCADを出すと機械の上に置く。
黒奈の裏の顔は魔工師……しかもただの魔工師ではなくアルフレッド・パンサー……そう、大翔のCADの制作者だ。と言うか元々このCADは大翔が使えるように黒奈が自作しそれを売りにも出したら売れただけだ。
「えーと……」
CADは精密機械だ。比較的頑丈だし水にも強い。だがやはり定期的な
だが大翔がここに来たのはその為じゃない。飽くまでこっちは序でだ……
本当の目的は別。
「こんな感じかな」
「ふむ……良い感じじゃないか。もう私なしでもそっちは大丈夫だな」
そう言って黒奈は寝転がって検査する機械を指差す。
「さ、寝転がってくれ」
人間には調子があり体調がある。その関係上魔法の能力もそれに左右される。
その為検査は定期的に受けるのが好ましい上に大翔は特に必要な事情がある。だが普通はそうはいかない。なので月一とかで専用の機械を使って専門の場所で検査をする。
だが社会不適合者の黒奈のお陰でその機械が家にあるのだ。
極力外に出ず更に人にも会いたくない(大翔や大希は別)彼女に感謝……はしたくないが彼女でなければいけない理由もある。
と言うわけで検査を終えると……
「大丈夫そうだな」
「そうか」
大翔は起き上がってそのままCADを機械から取るとホルスターに仕舞う。
「それ新しい学校はどうだ?」
「まだ一週間も経ってないけど楽しい
よ」
「そうか」
椅子をグルグル回しながら黒奈は笑う。服装とか髪とか色々残念な女性だが顔立ちは凄まじく良いので絵にはなる。
「じゃあご飯にしようか?」
タイミングよく大希がご飯を運んできた。
大希が主夫に専念してるのはこの駄目人間な妻の面倒を見るためでもある。無論金は黒奈稼いでいるが多分大希が居なかったら風呂も飯も掃除も出来ずに木乃伊となっているだろう。
「食べていくだろう?大翔」
「ああ」
大翔は恭しくご相伴に預かった……
次の日……結局あの後草繋家に泊まった大翔はいつもより少し遅く家を出て何時ものように授業を受ける。
「さ、いくぞ大翔」
「うっし」
放課後になると達也に声をかけられ立ち上がると風紀委員室を目指す。
今日から部活勧誘期間が始まるのだがその間はCADが使用が可能となり事実上無法地帯になる。なので風紀委員はその見回りと不正使用の取り締まり……なのだが、
「ふぅ……」
「どうした?寝不足気味みたいだが……」
「みたいと言うか絶賛寝不足だ」
理由は昨夜自分の端末ナンバーを黒奈から受け取った真由美が夜分遅くに電話で長話……何度途中で切ろうと思ったか分からないがそうすると明日以降が恐ろしいので我慢した結果午前3時過ぎまで話す羽目になった。
今朝見かけて顔色がツヤツヤしていたときはぶん殴ったろうかと思ったくらいだ。
「ほらシャンとしろ。着いたぞ」
達也に言われ大翔は欠伸をしてから……
『失礼します』
二人は入る……すると、
「な!なぜ貴様たちがここにいる!」
『ん?』
突然叫ばれ首をかしげると見覚えがある顔……たしか、
「木山だっけ?」
「森崎だ!と言うかなぜここにいるのか答えろ!」
そうそうそんな奴だった。でも何でここにって……
「俺たちも風紀委員だ。いるのは普通だろ?なあ達也」
「ああ」
森崎は驚愕したような顔になる。
すると、
「喧しいぞ新人!」
「いで!」
スパコーンと森崎の頭を突然現れた摩利がすっぱたいた。
「全員並べ!」
摩利が凛とした声で言うと並ぶ。
「さあ今年もばか騒ぎの日がやって来た。何とか補充も完了し準備は万端だ。全員良いな?」
黙って全員がうなずいた。
「よし!各自解散だ!」
他の風紀委員が出ていく中達也は風紀委員室に置かれていたCADを二つ取ると一つずつ取り付ける。
「お前二つ使うの?」
「すこしな」
「ふん!」
すると森崎が鼻を鳴らす。
「哀れだな。CADを二つ使えば互いが共鳴して魔法の発動を阻害してまともに魔法を使えなくなる。そんなのも知らないのか?」
「……他人の心配とは余裕だな」
「っ!」
達也の言葉に森崎が顔を赤くする。
「ふざけるな!この前は油断したが今度はそうはいかない!」
森崎はズカズカ先にいってしまう。
「…………」
大翔は背筋が凍った……その森崎の背を見つめる達也の冷たい目を……侮蔑も尊敬も見下しも見上げることもない……ただ相手を見ていると言うだけの目を……
「じゃあ大翔。また後でな」
「あ、ああ……」
大翔はじっとりと嫌な汗をかいた……他人に対してここまで恐怖を抱いたのは殆どない……
(……ったく、らしくないぜ)
大翔は頭を振ると外に出た……
「ふむ……」
確かに外はお祭り騒ぎ状態だ。
当たり前だが一科生が中心に部活への勧誘が激しい。
「さて見回りに……ん?」
行こうとすると人混みに入って行けず右往左往する小動物……
「何やってんですか?あーちゃん先輩」
「あ、大翔くん。それが……」
何でも生徒会からも一応手伝いが来るのだがそれがあずさらしい。だが……
「そんな強力な魔法があるんですか?」
なんと言うか……魔法も一科生なのだから得意だと思うが余りドンパチの可能性があるこのような状況にあずさは似合わない。
「私の得意魔法がこういう状況に役立つので……」
「え?」
「梓弓って言うんですけど空間に働きかけて一定空間の人間をトランス状態に落とすんです」
系統外魔法と言うやつだろう……だが、
「そういう催眠系は犯罪じゃないっすか」
「一応許可はとってありますよ!」
そりゃそうか……
「なのに人が多くて入れなくて……」
「成程……」
あずさの低身長で弾き出されて終わりだろう。
「なら一緒に見て回りませんか?俺の後ろをついてくればちゃんと進ませますよ?」
「良いんですか?」
「ええ、どうですか?」
あずさは一度考える……だが今の状況ではそれしか良い方法は無さそうだ。
「じゃあお願いします。大翔くん」
「じゃあこっちです」
大翔は人混みを掻き分けていくとその隙間を縫うようにあずさも続く。
「良かったら制服掴んでて良いですよ?」
「ふぇ!」
あずさが大翔の提案にビックリして飛び上がる。
あずさも大翔には自分でも打ち解けたと思っている。同じデバイス好きで真由美の実の弟と言うのが異性と言うことを考慮にいれても心理的な壁を取り払う要素であった。更に会話していても根っこは優しい人間であることは分かる。だが……
「それとも……」
ニヤリと大翔は笑う。ふとした瞬間良く似てると思うがこの悪魔的な笑いまで大翔と真由美はそっくりであった。
「手を繋いでいきますか?」
「っ!」
あずさは顔を真っ赤にしてアワアワする。
ニヤーっと大翔は笑う……ドSである。
「冗談ですよ。ただ逸れないように……」
「ねえ君……」
「え?」
後で考えれば天罰だったのかもしない……かりにも先輩をからかって遊ぶなどと言うのは……その結果数十秒後には……
「どうだい俺たちと熱い汗をかかないか!今と言う青春を俺たちともに!」
「そんなむさ苦しいとことは駄目よ!ねえお姉さんたちと一緒にテニスしましょうよ」
「ええいどけどけ!彼は舞台の上でこそ輝ける!」
「じゃまよじゃま!」
「ええと……」
大翔の周りには人垣が出来ていた……