「と言うわけでエンジニア不足がかなり真面目に深刻なのよ」
昼休み……達也、深雪、大翔、摩利、鈴音、あずさの面子はそれぞれ食事を取りながら真由美の言葉を聞いていた。
いや、だからってこっちをチラチラ見ながら言わんでくれ……何度言われても却下だから……
「そんなに深刻なのか?」
「ええ、十文字君のお陰で選手は良いんだけどねぇ……二年はあーちゃんをはじめとした人が揃ってるんだけどそれ以外がねぇ……摩利が自分でCADの調整できれば良いんだけど」
「そ、それは深刻だな……」
摩利は視線をそらした。
話を統合すると要は凄い人は凄いけどそれ以外が壊滅的らしい……どうも一校は魔法技術優先で魔工技術は後回しの気配があったがここで足を引っ張る結果になったらしい。
幾ら魔法師の技術が凄くてもCADがポンコツでは意味がない。故にその調整を行うエンジニア選びも慎重だし少しでも技術が高い方が良いに決まっている。
「あ、あの」
するとあずさが手をあげた。真由美が促すと次の瞬間大翔は椅子から落ちそうになった。
「大翔くんと司波くんはどうでしょうか?大翔くんは自分で調整されていますし司波くんは深雪さんのをされています。どちらも一流メーカーの水準に達した素晴らしい調整でしたよ」
お、思わぬところからの思わぬ言に大翔は呆然とした。そういえばこの人には自分で調整してるのを言ったのを忘れていた。
それを聞いた真由美は今こそ好機とばかりに言葉を発した。
「それよあーちゃん!良いところに気がついたわ」
白々しすぎて涙が出てきそうだ。
「そう言えば風紀委員のCADこいつらが調整してるんだったな。盲点だったよ」
摩利の余計な援護射撃に大翔が顔を引き攣らせると達也が口を開く。
「二科生の出場は聞いたことがありませんが?」
「なら達也くんと草繋くんが初めてね」
「安心しろ。前例は覆すためにある」
「お二人は良いかもしれませんが他が黙っていませんよ」
そうだそうだもっと言ってやれ達也、と大翔は内心応援する。
それにエンジニアと魔法師の間には信頼関係がないといけない。何故なら調整とは魔法師にとって内面を晒すに等しく文字通り一糸纏わぬ心を見せると言うことだ。唯でさえ一科生には敵が多い大翔と達也では邪魔でしかないだろう。
すると、
「お兄様……」
深雪が立ち上がった。
「私は九校戦でもお兄様にお願いしたいのですが……ダメですか?」
【最終奥義、深雪の懇願】……極度のシスコン達也がこれに耐えられるわけもなかった。
「………………分かったよ……」
深雪の顔がパァッと明るくなる。さて、まだ早いけどそろそろ教室に戻ろうかな。
「んじゃ、俺はこの辺で」
そう言って大翔はダッシュ……すまんな達也、そんな責任重大な場には立てる自信がないよ。なあに、君なら大丈夫さ……少し後ろ暗いけど仕方ないだろう……と、内心いった瞬間顔が後ろに引っ張られた。
「ぐぇ!」
頭だけ前に行かず首から下だけ前に出ようとした結果転んでしまった。これが後ろ髪を引かれる思いと言うやつか……ってそんな上手いことをいってる場合ではない。
「達也!人の髪を犬のリードのように引っぱんじゃねぇよ!」
「すまん、丁度良いところにゆらゆらしてたからな……だが大翔、お前こそ何さらりと人に押し付けて帰ろうとしてるんだ」
万力の如く達也は大翔の髪を引っ張って座らせる。
「ここまで来たんだ。お前も巻き込まれてもらうぞ」
何か達也に出会ってからろくな目に遭わんなぁと大翔は血涙を流した……
そんなこんなで結局放課後呼び出されてしまい昼休みも終わりに近づいた頃……あずさは課題を仕上げるとかで忙しそうだし深雪たちも生徒会で忙しそうだ。唯一手持ちぶさたなのは大翔と達也である。
すると達也が懐からシルバーホーンを出した。
「あれ?今日は持ってきてたのか?」
「ああ、ホルスターを新調したからな。馴染ませないといけないんだ」
「あー……俺のそろそろ新調したいんだよな……少しボロくなってきてさ……まあそれよりだ……少しホルスター見せてくれないか?」
ズイっと達也に詰め寄りながらホルスターを見せてくれるように懇願する大翔……それを見て達也も肩を竦めつつ、
「ほら」
壊すなよ……とは言わない。この男がそんな雑な扱いをしないのは既に心得ている。
「私も良いですか?」
いつの間にか大翔の隣に移動してフンフン鼻を鳴らしながら聞いてきたあずさにも許可を出す。
「凄いっすねぇ……この理想的な曲線!しかもシルバーの純製品ですよ!」
「はい……高い技術に溺れないユーザーへの配慮が感じられます!」
大翔とあずさは興奮気味に話す。
「でも達也って何でシルバーホーン何だ?結構割高感あるだろ?」
「そうですね。他にも……」
と次々と大翔とあずさは有名な物からマニアックなものまでなんでもござれと名前とCADを上げて行く。
「個人的な伝手がありましてね。安くてに入るんです」
『う、羨ましい……』
大翔とあずさは達也を心の底から羨ましがった。
「だが大翔のクロヒョウだって安いもんじゃないだろ」
「まあ俺も伝手だな」
と言うか元々クロヒョウは黒奈が大翔の失った魔法力を補わせるために作ったのが最初なので本来は大翔のが初代機である。出回ってるのは大翔のをコピーして市販用に能力を落とした物だ。
「二人とも羨ましいです……」
あずさが肩を落とすと真由美が声を掛けた。
「そう言えばあーちゃん。課題終わらせるんじゃなかったの?」
そう言われあずさはハッとすると涙目になった。
「かいちょ~」
「少し位なら手伝うからそんな情けない声出さないの」
優しく言い聞かせていると摩利が頬尻を上げる。
「相変わらず甘いな」
そう、真由美は結構他人に……特に年下にたいしては結構甘い。特にあずさみたいな保護欲を駆られる感じのには特に弱い。まあ弟と妹がいるからだろう。そういう意味では大翔も自覚がないが大概甘いのだがそれは置いておこう。
「加重系魔法の三大難問についてのレポートです、その一つの汎用的飛行魔法の実現ができない理由の説明が上手くできなくて」
ベスト5から落ちないあずさにしては珍しいと摩利が言うと他の面子もうなずく。基本的にそれは少し高度な問題集に載っているくらい有名だ。だがそれを引用しないと言うことは納得していないと言うことだろう。
「加重系が得意な魔法師は既に何十メートルも単独で跳ぶ事ができますしねぇ……理論的にも既に重力を無視した動きができるのも解明されていますし……」
確かにそうやって考えていくと中々説明が難しいと大翔も頭を抱えた。まあ大翔自身まだその辺は趣味の領域での知識でしかないので解決策が出るとは言いがたいところがあるが……
とはいえ実は短時間中に浮くくらいなら高い技量を持つ魔法師ならできる。
例えば空気中に強い【発散】の魔法を発動させれば浮けるし、強い【減速】をかければ落ちるのも遅く出来るし【移動】である程度は可能だ。と言うか浮遊術式なるものが今はある。
だがそこから横や斜めに動く……詰まり自由自在に動くことができないのだ。まあそれは【移動】や【加速】の併用で動けるがすぐに魔法が発動しなくなって落ちてしまう。それには事象干渉力と言うのが関係する。
「発動した魔法を上書きするにはさらに強い事象干渉力が必要ですからね……」
事象干渉力とは要は指定した空間に魔法を起こす力だ。この力が強ければ魔法師同士が魔法を打ち合ったときに自分の魔法を発動させる事ができる。
だがそれにも限界があり、従来のやり方で飛ぶと【移動】したり【加速】したりする度に干渉力を前のより強くしていかなければならない。
それではどんな魔法師も限界がすぐに来る。そんなわけで今世紀初頭に流行った空想の魔法のような自由に空を……何て言うのはできないわけである。
「ですけど魔法を重ねがけしないで作動中の魔法式をキャンセルすれば……」
「それはできません。強い方の干渉力があくまでも上書きするだけです。弱い方の魔法式が消えるわけではありません」
鈴音に返されて肩をあずさは落とした。
「だけどキャンセルくらいならもう誰かやってるんじゃないかしら?」
「確か一昨年イギリスがやってるはずですよ、まあ失敗ですけどね。理由は公表されてませんけど……」
真由美に大翔が敬語で答える。それを聞いた真由美は達也を見た。
「どう思う?」
「その実験は基本的な考えが間違ってます」
『?』
深雪以外の皆が達也を見る。
「終了条件が充足されてない魔法式は自然消滅しません。その場に残ります。そしてそのまま一回の飛行状態変更の度に魔法式を上書きしていれば干渉力が限界に来るのも早くなるでしょう」
「詰まりイギリスのは余分にやってるから失敗したのか?」
「その通りだ大翔」
大翔は感心した。流石学年一位……頭が良い。
「っと、そろそろ昼休みが終わるな……深雪、そろそろ教室に戻ろう」
「はい」
達也に声をかけられ深雪が立ち上がるのを見てから達也と大翔も立ち上がる。
「それじゃあ放課後ね」
真由美の言葉に達也と大翔頷いた……