こんなに早いのは今回ぐらいで、今後はリアルが忙しかったり他のも完結させたいのでややスローリィな投稿になるかもです。ご了承ください。
文句たらたらな夏凜さんだったけど、入部届けにサインしてしまった手前部活動に参加せざるを得なかった。翌日の放課後、彼女はエスケープすることなく部室に顔を出した。
「勇者部も六人。賑やかになるね!」
部内で一番賑やかな友奈さんが嬉しそうに言った。それに対して夏凜さんはツンと……でも少しだけ照れくさげに、
「形だけだからね、勘違いしないでよ……」
ツンデレだ。悪かねぇぜ。
そんなこんなで讃州中学勇者部は新しい部員『三好夏凜』さんを加えて合計六人となった。
「いいこと、これからは私がアンタ達の事をビシバシ鍛えてくからね!」
「ちょっとちょっと、部長のあたしを差し置いて、何言ってんのよー」
「何言ってるとはこっちの台詞よ。私は大赦から派遣されてきたのよ!」
夏凜さんはエッヘンと胸を張った。正式な
そんな夏凜さんの手には徳用煮干しの袋が握られており、そこから度々とりだしてはポリポリ食べている。
「何で煮干し何ですか」
私は率直に質問した。夏凜さんはニヤリと笑って「良い質問ね」と答える。
「私はこれまで色んな健康食品を試してきたわ。当然ね、勇者として体調管理には気を付けないと。そして行きついた結果が煮干しなわけ。しかもおいしい。余裕の味だ、栄養価が違いますよ」
「でも、女子中学生が煮干しをマリマリ食べる、ってのもねぇ」
お姉ちゃんが苦笑しながら言う。対する夏凜さんは、
「煮干しを馬鹿にすると煮干しに泣くわよ! いいこと、煮干しは栄養もあるし激ウマなのよ。つまり、完全食なの。アンタは煮干しを単なる出汁取に使う食材だと思っているみたいだけどそれこそカカシ的かつ短絡的な堕落した発想よ! 第一……」
「デカい声でわめくな! 耳があるんだ!」
夏凜さんは一息に言い続けたけどお姉ちゃんが耐えられなくなって終了した。夏凜さんはまだ言い足りない様子だったけど、そこは『大人の対応』ということで、我慢していた。
「さてと、まず訊くけど——」
言うや夏凜さんはポケットからスマホを取り出し、席に座る私たちに見せた。画面に映るのは、私たちも良く知る、『勇者システム』の画面だ。スマホ自体は少し使いこまれている印象だったけど、それだけ夏凜さんが訓練に励んでいたという証拠だろう。
「これが何か分かってるわよね?」
私達は顔を見合わせる。初めに口を開いたのはメイトリックス大佐だった。
「最新のコーヒー沸し機か?」
「違いますよー。かき氷を作る機械だよね」
「違うわよ友奈ちゃん……あれは温水装置よ」
「ふざけないで!」
夏凜さんは顔を真っ赤にして言う。大佐は「いや、すまなかった」と言って彼女を落ち着かせた。
「まったく。もう一度聞くわよ、これは何?」
夏凜さんはめげずにもう一度質問した。大佐が神妙な顔で回答する。
「……ソ連製のマーヴ6だ」
「今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ」
夏凜さんの目が光線を発射しそうなレベルで血走っている。ご立腹だ。それを見かねてか、お姉ちゃんが間に割って入った。
「まぁまぁ。夏凜もさ、いくらお役目が大事でもそう気張ってちゃダメよ。張り過ぎた風船は破裂するんだから」
「分かってるわよ。でも……」
夏凜さんは反論しようとしたけど、何ともいえない表情になって黙ってしまった。すると、お姉ちゃんはそんな夏凜さんの肩をポンポンと叩いて、
「大丈夫大丈夫。それに、今度のレクリエーションの事もあるしさぁ」
「……え」
お姉ちゃんは夏凜さんの肩をぐわしと掴んだ。
「日曜日、近所の幼稚園児とレクリエーションするのよ」
「はぁ……って、まさか私に参加しろっての!?」
「ご名答。夏凜は体力があり余ってるみたいだし、園児たちのサンドバックになってもらおうかしら」
幼稚園児というのは小さいながらも実にエネルギッシュで、加減というものを知らない。それのサンドバック役というのは、それこそ訓練された者でもキツイものだった。
夏凜さんは言う。
「こんな有事に良くそんなのんきなこと出来るわね」
「有事だからこそ、未来を背負う幼稚園児たちを大切にしなきゃ、でしょうが。それに、形式上とは言え勇者部の一員。働いてもらうわよ」
「むむむ……」
唸る夏凜さん。そんな彼女に東郷先輩は優しく、
「大丈夫よ。私達と違って大赦で訓練しているんだから。さ、ぼた餅でも食べて元気出して。家庭科で作ったのよ」
「東郷さんはお菓子作りの天才なんだよ! 粒あんのぼた餅だぁ激ウマだでぇ!」
友奈さんが太鼓判を押す。私も東郷先輩のお菓子は好き。素朴ながらも奥深い味わいにぞっこんです。
「いらないわよ!」
でも夏凜さんは断って、煮干しをわが子のように抱きしめた。煮干しに対する信頼が篤いらしい。煮干し教徒だ。この人は煮干しが禁止されたら世界を相手に戦うだろう。真紅のジハードとか名乗って、四国の主要都市へ爆弾攻勢をかけるのだ。テロリストならぬニボリストだ。
東郷先輩はちょっと残念そうな顔をした後ぼた餅を私たちに分けてくれた。先輩の作ったぼた餅が死ぬほどくいたかったんだよ!
「ま、いずれにせよ日曜日は空けといてよ~。あと、折り紙とか、練習しときなさいよ?」
「分かったわよ!」
夏凜さんは怒りながらも了承した。良い人だ。
※
三好夏凜は使命に燃える少女であった。で、あるから、のほほんとした勇者部の連中を見下していた。
しかし、出会って数日、ああいうのも悪くないと思い始めていた。私も大赦の家系に生まれなかったら、ああやってのほほんと生活で来たのだろうか……。
彼女はスーパー袋に目をやった。そこには折り紙と折り方の本が入っている。
折り紙のようなことはやったことは無い。しかし、
「私にかかればチョチョイのチョイよ」
彼女は日課のトレーニングを早めに切り上げると、さっそく折り紙の練習に取り掛かった。
日は過ぎて、日曜日。午前の日差しが間もなく夏であることをほのめかしていた。
夏凜はじんわりとした熱気に包まれる廊下を歩いて勇者部部室の前に立った。
「来てやったわよー」
ガラガラ、と戸を開ける。
「……」
しかし、室内は無人だった。電気も消えていて、窓も締まっている。早く聞過ぎたのだろうか。彼女はしばらく待つことにした。
……待てど暮らせど来ない。
「まったく何ってんのよあのトーシローどもは……」
この時、彼女はふと気になって鞄の中から風に渡されたプリント……今日のレクリエーションについて記されたプリント……を取り出し、文面を読んだ。
『現地集合』
「しまった……」
迂闊だった。学校で集合だとすっかり思い込んでいたのだ。
彼女は慌ててスマホを取り出し、連絡を取ろうとした。……でも、電話したとして何と言えばいいのだろう。
「……」
こういう人付き合いになれていない彼女にとってこれは大問題であった。
スマホを持ったまま硬直すること三十秒。
ぴりりりりりっ!
「うわっ!?」
スマホに着信があった。番号は結城友奈のものだ。あまりにも来ないから気になってかけてきたのだろう。夏凜はパニックになった。出るべきか、出ざるべきか……結局彼女は電話を切ってしまった。
「き、切っちゃった……」
かけなおすべきだろうか。
……いや、その必要はない。
「そうよ、元々私は乗り気じゃなかったし、勇者のすることじゃないわ」
彼女はそう自分に言い聞かせた。そして、逃げるように学校を後にするとマンションの部屋に引きこもった。外にいれば、みんなとばったり出会ってしまうかもしれないからだ。
携帯の電源も切った。そして、テーブルに突っ伏した。
・
・
・
「あっ!」
夏凜が気付いた頃には外はすっかり暗くなっていた。寝てしまったらしい。時計を見ると七時を回っていた。
「しまった、今日は何のトレーニングもしてない……」
ひどくお腹が空いていた。昼食を抜いているのだ、当然である。何てことだ、こんなことで貴重な日曜日を無駄にしてしまうなんて。
「晩御飯、買いに行かなきゃ……」
すっかり落ち込んでしまった彼女はふらふらと立ち上がり、よろめきながら玄関へと向かった。
勇者部にもいられなくなって、勇者もダメだとしたら、私は、どうすればいいのだろう……。
そのようなことを考えながら彼女は玄関の戸を押し開けた。
するとそこにはタクティカルスーツに身を包んだ完全装備の大男が立っていた。
「邪魔するよ」
「えっ」
「突入!」
大男がそう号令を掛けると男の脇を縫うように同じくタクティカルスーツに身を包んだ兵士たちが三人、夏凜の部屋に飛び込んできた。
呆然とする夏凜に大男は、
「そこに立ってろ」
「えっ、えぇっ」
訳が解らなかった。部屋の奥からは「クリア!」「クリア!」と声が聞こえてくる。
ようやく我を取り戻した夏凜は慌てて兵士たちの元へ駆けた。
「何よアンタ達! も、もしかして大赦に反旗を翻すテロリスト!? 怖いわ~テロリストよ~」
戦おうにも、スマホは寝室で充電中だ。夏凜は訓練を受けているから人間相手なら一応勇者システム無しでも戦える。しかし、こちらは一人な上、相手は完全装備で四人だ。
彼女は部屋の隅に追いやられた。四人は銃口をきっちりこちらへ向けている。
「な、何よ、何が目的なのよ!?」
「いい天気なので、煮干しの密売人を殺しに来た」
四人の中の一人が言う。すると、内二人が夏凜に飛び掛かり、身動きが取れないようがっちりと取り押さえた。一人が腰のホルスターから拳銃を取り出し、銃口を向けながら取り押さえられた夏凜に迫る。
「ちょっと、放しなさいよ! こんなことしてただで済むと思ってんの!?」
兵士は答えない。覆面をしているから表情もわからなかった。ガション、と、兵士が拳銃をコッキングした。
「チクショー殺すなら殺せ! 私を殺してもきっと第二第三の三好夏凜がアンタ達を見つけ出して皮を剥いで木にぶら下げてやるんだからー!」
夏凜は覚悟を決めた。お役目を果たすことなく死ぬのは悲しいし悔しいけど、これもきっと運命なのだろう。
引き金が、引かれた。
銃声が部屋に響く。
しかし、銃口から発射されたのは弾丸ではなく、一枚の紙だった。そこに書かれていた文句は、
『夏凜ちゃん誕生日おめでとう』
「……えっ?」
「ハッピーバースデー夏凜ちゃん!」
拳銃を突き付けていた兵士が覆面を外しながら脳天気な声を上げた。
「ああっ! お前は結城友奈!?」
「えへへ」
※
残念だったな、ドッキリだよ。
私の知らないところでシリアスに話が進んでいたみたいだけど、このまま良い感じに話がまとまると思ったら大間違い。勇者部を舐めんじゃねぇよ。
夏凜さんはすっかり肝を冷やしたみたいで、私とお姉ちゃんに解放された後も目をパチクリさせていた。冷静に判断していれば、私達が突入の際にきっちり靴を脱いだことに気付いただろうに。東郷先輩も大佐にお姫様抱っこされて部屋に入ってきた。
「改めて、誕生日おめでとう、夏凜ちゃん!」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
温かい拍手が夏凜さんの身体を包む。
「ありがとう……ってなるか! ボケ!」
夏凜さんの部屋は今、タクティカルスーツの集団に占領された面白空間となっている。そんなおもしろ空間の主はようやくいつもの調子に戻り、ぷんすか怒りだした。
「この私をこんなわけわかんない手段で騙しやがってぇ!」
「ごめんね夏凜ちゃん、良い子のみんながエキサイトしちゃって来るのが遅れちゃったんだー」
「そういうことじゃないわよ!」
夏凜さんの部屋のテーブルにはみんなで持ちよった食べ物やら飲み物が広げられていた。どうやら晩御飯がまだだったらしく、夏凜さんは並べられたそれらに涎をたらしそうになっていた。
「そもそも、初めは良い子のみんなと一緒に夏凜をお祝いしようとしてたのよ?」
お姉ちゃんが言いながら台所から鍋を持ってきた。家で作ったものをこの部屋のキッチンで温めなおしたのだ。
「来ないし携帯にも出ないから、寝込んでんじゃないかと心配したんだから」
「うっ、それは……」
言葉を詰まらせる。きっと、何かしら事情があったのだろう。そのことをちゃんと汲み取って、お姉ちゃんはそれ以上追及しなかった。
テーブルの中央に鍋敷きが置かれ、美味しそうな香りをたてる鍋が置かれた。
「何これ」
夏凜さんが訊く。
「これ? 仔牛の煮込みよ。食べたがってたでしょ?」
「えっ、一言も言ってないけど……」
「嘘? だってこの間夏凜、『仔牛の煮込みが死ぬほど喰いてぇんだよもう半年もまともな飯食ってねぇやってられっか!』って」
「言ってないわよ!」
「あんれぇ~」
お姉ちゃんの思い込みだったらしい。でも、仔牛の煮込みが美味しそうなことには変わらない。
「あ、私もデザートにジェラート作ってきたんですよ」
東郷先輩がどこからともなくクーラーボックスを取り出した。東郷先輩は基本和菓子しか作らないけど、何故かジェラートは作る。
「味は三種類、宇治金時にメロン、そして醤油」
「醤油味?」
お姉ちゃんが興味を示してクーラーボックスを開けると一口食べた。
「あっ、風先輩はしたないですよ」
「堅いこと言うなよー。……うん、これは中々イケるねぇ」
どうやら美味しいらしい。お姉ちゃんはスプーンに一口すくって私にも食べさせてくれた。……う~ん、何とも複雑で、難しい味……。
「大人の味ですね」
友奈さんも私と同意見だった。夏凜さんも、一口食べて首をしきりに傾げている。ただ、大佐だけがお姉ちゃんと同意見で、
「面白い味だ気にいった、食べるのは最後にしてやる」
と言った。
やっぱり、お姉ちゃんや大佐が好む『大人な味』だったらしい。
ていうか、夏凜さんったらいつの間にやら怒るのを止めて普通に仔牛の煮込みを食べてる。
そんな夏凜さんの後ろにあるテレビ。そのテレビ台に、数羽の折鶴と折り紙が置かれていることに気付いた。やっぱり、何だかんだで良い人だ。
※
家に帰ってお風呂を済ませると、後は寝るだけだ。
そんな時に、お姉ちゃんは私にスマホを見ろと言ってきた。
私達のスマホにはとあるコミュニケーションアプリが入ってるんだけど、それに夏凜さんも加入したというのだ。
さっそくアプリを起動させる。
すると、ネット上では夏凜さんが東郷先輩怒りのぼた餅攻撃を受けている真っ最中だった。
「邪魔しちゃ悪いかな」
そう思ったから、私は、
『これからもよろしくお願いしますね、夏凜さん!』
と打ちこんだ。
『任せときなさい』
返事はすぐに来た。そして、同時に、
『東郷のぼた餅攻撃をどうにかして』
というコメントも来た。
タイムライン上には、ぼた餅と、それを煽るお姉ちゃんとマイペースな友奈さんのコメントで大変なことになっている。そしてそこに大佐の筋肉談義が加わってきたため、いよいよ阿鼻叫喚となっていた。
『樹!助けて!』
夏凜さんの悲鳴が文字越しに聞こえてくるようだった。
とりあえず、私は寝ることにした。
銀「醤油味のジェラードはイネスで生まれました。東郷さんの発明じゃありません、イネスのオリジナルです。しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です」
園子「ジェラードは好きだ」
銀「ジェラードがお好き?結構、では益々好きになりますよ。どうぞ試してみてください。余裕の味だ。素材が違いますよ」
園子「一番気にいってるのは……」
銀「なんです?」
園子「……メロン味だ」