ジョン・メイトリックスは元コマンドーである   作:乾操

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☆祝☆『結城友奈は勇者である』放送一周年!
★呪★『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』完結!

そんなわけで最終話です。
事前に言っておきますと、本編がT2ならこれはT3みたいなもんです。ご了承ください。


シュワキマセリ

 『イネス』という複合型の巨大なショッピングモールが、讃州中からおよそ車で一時間の場所にある。私たちの行動範囲より遠いこともあって行ったことは無いけど、度々テレビのCMで耳にしたことはあった。

 そんな場所に私達勇者部全員で赴くことになったのは、東郷先輩と園子さんたっての希望である。

「かれこれ二年くらい行ってないから、久々に行きたいな~って」

 小学生のころ何度か行った場所らしい。とれも賑やかで、楽しい場所だそうだ。

「イネスか。私も一回行ってみたかったんだよね」

 お姉ちゃんが言う。

 お姉ちゃんが『行きたいな』と言ったら、それはもう『行こう!』と同義なのである。

 そんなわけで、冬休みの初日、私達は大佐の運転する車(位置エネルギー車)でイネスへお出かけすることと相成った。

 

 

 

 

 果たして、冬休み初日。

「スッゴイ人……」

 イネスの入り口をくぐったと同時、私達は人の数に圧倒された。 

 駐車場の混み具合からある程度は予想していたとはいえ、実際に目にするとそれは想像以上の物だった。

 吹き抜けの広々とした通路。その中を、人がひしめき合って動いているのだ。

「近所の商店街の比じゃないわねこれは」

 お姉ちゃんが息を呑んだ。

 今日は日曜日でクリスマス・イヴ。天井からはクリスマスセールの垂れ幕が下がって、サンタさんの形をした風船がふわふわと浮いている。スピーカーからは、

「シュワ来ませり~」

と他人事とは思えないBGMが流れ、クリスマスムードを盛り上げていた。

「それにしたところで、この混み方は異常よ。なんかイベントでもやってるんじゃない?」

 夏凜さんが腕を組みながら言う。

 その答えは、友奈さんが何となく手にしていた案内ビラに書かれていた。

「広場にでっかいクリスマスツリーが飾られてて、そこに自分で作った飾りを取りつけてくれるんだって」

「どーりでみんな手に変な飾りを持っているわけね」

 夏凜さんが言う通り、お客さんたち……特に親子連れなんかは、手作り感溢れる飾りを手にしている。ある人はサンタさん、ある人は星、ある人はプレデターを象った飾りだ。面白いことに、ほとんどの人が飾りに願い事を書いている。

「七夕と混同しているんですね」

「東郷さん、飾りは全部神社に奉納されるって」

「めちゃくちゃだね~」

 でも、面白そうではあった。

 そしてこんな面白いことを見逃すお姉ちゃんではない。

「私たちもやるわよ! 文具屋で工作道具買って作るわよ!」

「おぉ~、フーミン先輩ナイスアイデーア~」

 園子さんが手を打って賛同する。友奈さんや東郷先輩も乗り気だ。でも、夏凜さんだけ、

「ふん、馬鹿らしい。子供じゃあるまいし……」

「じゃぁ私が夏凜の分も作ってあげるわ。内容は『素敵なお嫁さんになれますように! byにぼしかりん』でいいわね」

「よくないわ! アンタに作られるくらいなら私が作るわ!」

 夏凜さんは顔を真っ赤にしてぷりぷり怒った。本当、お姉ちゃんは夏凜さんをノせるのが上手い。

 ちなみに私は『歌がもっと上手くなりますように』って書く予定。

 私は隣に立つ(と言うよりそびえる)大佐にも訊いてみた。

「大佐は何を書くんですか?」

「俺か? 俺は」

 すると、大佐は腕を突き上げて力こぶりながら高らかに宣言した。

プレデターに勝てますように ジョン(打倒、プレデター!)

 まるで、「宇宙で一番強いのは、この俺だァー!」と言わんばかりの轟きである。

 そんな大佐や私達を見て、園子さんが楽しそうに笑った。

「なんか懐かしいね~。七夕と言えば、わっしー、覚えてる?」

「七夕? ……ああ、あれね」

「なになに? 何の話?」

 友奈さんが二人の話に食いついた。

「昔の事を思い出してね~」

「歩きながら、教えてあげる」

 そういえば、二人の口から昔話が出てきたことはそんなに無い。やはり、悲しい思い出もあるからだろうか。でも、今の二人の顔にあるのは笑顔だった。

「あれは、二年前の七夕のことよ」

 東郷先輩は、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 初夏。

 夏とは言え、まだ風も日差しも春の面影を残し、気持ちの良い天気が続いていた。

 須美、園子、銀のさんにんはそんな日曜日にイネスを訪れていた。

「わぁ~、スッゴイ人~!」

 三人は小学生であるからイネスを訪れるのは基本休日である。休日のイネスはいつも混んでおり、三人は毎度もみくちゃにされながら目的を果たしていた。

 しかし、この日はいつも以上の人出で、まさに『すし詰め』の様相を呈していた。

「そらそうだ。何しろ今日は七夕セール。そして……」

 銀は拳を突き上げながら気合を入れるように言った。

「アタシたちの目的である、『巨大七夕飾り』のイベントがあるッ!」

 イネスでは毎年七夕になると中央の広場に大きな笹の木を展示し、そこにお客たちが自由に願い事を書いた短冊を飾り付けていくというイベントがあった。銀はそれに毎年参加していて、この年は園子と須美もイベントに誘ったのだ。

「ミノさん、毎年こんな人ごみの中で短冊書いてたんだ~。他にやることないの?」

「なんで園子は突然毒を吐くんだ。……いやいや、今年は日曜日とセールも重なったから。いつもはさすがにこれほどの人数では……」

「これは、はぐれたら間違いなく死ぬわね……」

 須美が深刻な顔をして言う。

「死にはしないだろ」

「銀はイネスの構造に詳しいから平気かもだけど、私やそのっちは違うわ。もしはぐれたら、永遠に出られなくなるかも……」

「え~、わっしー怖いこと言わないでよぉ」

「私とそのっちはそのまま永久にイネスを彷徨い続けるのよ。そして、後日ここを訪れた銀の耳元に、『ミノさ~ん、どこぉ~?』というか細い悲鳴が……」

「だー! やめんか!」

 銀は腕をブンブン振り回して突然始まった怪談を強制終了させた。話はこれからが山場だったらしく、須美は中断されてちょっと不満顔だった。

「とにかく、下手をすればそうなるってことなの」

「須美は想像力豊かだなぁ……でもま、安心しなさい!」

 不安顔の須美と園子(園子は明らかに須美の怪談のせいで不安になっていた)の肩をバシッと叩いた。

「二人を置いていくようなことはしないからさ!」

 そう言ってはにかむ銀。そんな彼女に、園子と須美は、

「……ミノさんカッコいい~」

「そうね、私も……少し……」

「えっ、なにそのリアクション。ミノさん別の意味で怖いっす」

「需要と供給だね~……」

「何の話だよ。おいやめろよ、二人してほっぺ赤くするなよ!」

「冗談よ」

 須美はそういいながら微笑んだ。

「じ、冗談キツイっすよー……」

「うふふ」

「えへへ~」

「あ、あはは……」

 意味深な笑い方をする園子と須美に戦慄しながらも、銀は気を取り直して話を変える。

「とにかく、アタシたちはこの人ごみを突破して、目的の場所までたどり着かなきゃいけないわけ」

「でも銀、こんな人の中を歩いて行けるの?」

 須美が不安げに言う。しかし、銀は不敵に笑いながら「ミノさんに任せときなさいって!」と指を立てた。

「確かに今日のイネスはどえらく混雑している。でも、これは全館に渡ってのことじゃない!」

 曰く、この混雑が発生しているのは一回の食料品街や婦人服売り場などの『セール開催店舗』周辺に限られているらしい。つまり、セールとは関係の無い店舗のフロアに行けば混雑から解放されるということなのだ。

 銀が目に付けたのは三階である。そこに入っている店は書店や文具店のような、今度のセールと無縁なものばかりである。ひとまず階段で三階へ行き、そのまま中央広場を目指そうという作戦だ。

「急がば回れってね」

「銀にしてはまともな作戦ね」

「ミノさんいつもと違って堅実~」

「おう、吹っ飛ばすゾ」

 

 

「それで私たちも三階を歩いてるんですね」

「そういうこと~」

 私達は先人の訓にならい、混雑する一階を避けて階段で三階へと向かった。上がってみると確かに、混んでいるとはいえ一階に比べて人が圧倒的に少ない。三階にはお目当ての文房具店もあるし、いいこと尽くめ。

 でも、混雑を避けられたのはいいけど一つ問題があった。

 道が分からないのである。

「地図で調べようにも地図の場所わかんないし……東郷と乃木は覚えて無いの?」

 お姉ちゃんがイネス経験者の二人に訊く。

「すみません、さすがに覚えていなくて……」

「入ってるお店も結構入れ替わってるしね~。たった二年ちょいなのに、諸行無常~」

 イネスは広い。下手に動いたらそれこそ出られなくなりそうな気がする。いや、むしろ目的地から外れて外に出ちゃうような気がする。

 これは困った。もう少し下調べしてくるべきだった、と一同軽く後悔した。

 そんな時、大佐が「ん?」と何かに気付いた風な声を上げた。

「大佐、どうしたんですか?」

「樹、あそこ見てみろ」

 大佐が人ごみの向こうを指さした。すると、そこに見覚えのある人物が電話をかけている姿が見えた。

「わ・た・し! シンディよ! 松山行きがキャンセルになっちゃって。それで……食事でもどう?」

 いつか大赦本部でお世話になったシンディさんだ。まさかこんなところで再び会うとは思わなかった。前にあった時も恋人と思われる人に電話していたなぁ、そう言えば。

「……オッケー。えぇ、私も大好き。それじゃね。また近いうち。バァイ」

 そしてまた断られたらしい。恋愛と仕事の両立はキツイよねぇ。

 そんなシンディさんの背後に、大佐はゆっくりと忍び寄る。そして、前と同じように素早く捕えて口を塞いだ。

「!?」

「動くな! ……何もしない」

 普通に話しかければ良いものをわざわざこんなことをしてしまうあたり流石だメイトリックス。だんだんこの行為に疑問を感じなくなってきてからが本番である。

 私達が傍へ駆けよると同時、大佐はシンディさんを解放した。

「久しぶりだな。大赦はやめたのか」

「ええそうよ今はスチュワーデス! 今度はいったい何なのよ!?」

「実は道に迷っている。案内してほしい」

 大佐は事実を言った。しかし、シンディさんはその言葉の裏にありもしない事が隠されているのではないかと考えてしまっている。まぁ、普通はそう考えるだろう。以前あんなことに付き合わされたのだから。

「嫌よ!」

「頼む助けてくれ」

「だめよ、七時半からカラテの稽古があるの付き合えないわ」

「今日は休め」

 シンディさんったら前も空手の稽古があると言っていた。面倒ごとから逃れるための常套句なのかもしれない。

 結局、大佐が言ってもキリがないからお姉ちゃんがお願いした。

「道を教えてくださるだけでいいんです」

 お姉ちゃんがお願いすると、シンディさんは快く了承してくれた。

「折角だし、案内してあげるわよ」

 そんなシンディさんを見て、大佐は「今日は空手の稽古じゃなかったのか?」と言いたげな顔をしていた。知らない方が良いわ。

 シンディさんをパーティーに入れて、再び歩き始める。

 歩きながら、お姉ちゃんが訊いてきた。

「ところで、樹とジョンはどこでシンディさんと知り合ったの?」

「あ、えーと……」

 そう言えば、お姉ちゃんたちには全く話していなかった。いや、話す気も無かった。まさか「大赦本部に交渉と言う名の襲撃を仕掛けました」なんて言えるはずもない。

 そんなこと言おうものならお姉ちゃん、びっくりして卒倒しちゃうだろう。

「樹と大赦本部を襲撃した時に知り合った。神樹まで案内してもらった」

「は?」

 言いやがったなこの筋肉、ふざけやがってぇ!

「ちょっと樹、ジョンの言ってることホントなの?」

「えーと、あはは」

「あ、アンタって子は……」

 でも、お姉ちゃんは卒倒もせず、怒りもせず、ただ半ば呆れたように笑うだけだった。

「まったく、いつから肝が強くなったのやら」

「怒らないの?」

「怒らないわよ。樹は友奈や東郷、夏凜を助けたくて、ジョンと一緒に行ったんでしょ? いつもの樹なら必死でジョンを引き止めて、そんな事しないだろうけど、それだけ本気だったんでしょ?」

 お姉ちゃんの言う事は半分当たりで半分外れ。お姉ちゃんの言い分だと、まるで私がノリノリで大赦を襲撃したような感じだけど、実際は半ば巻き込まれる形での襲撃である。

 でも、お姉ちゃんを含めたみんなをどうにかしたかったのは本当だから、とりあえず私は黙って頷いた。

「本当、強くなったわね、樹。強さのベクトルがなんか違う気もするけど」

 私もそう思う。

 

 そうこうしている内に、一行は目的の文房具屋さんに到着した。私達は工作道具を買うとそのままシンディさんと別れて一階のフードコートへと降りていった。フードコートは時間的なピークを過ぎ、比較的席は空いていた。これなら、ツリーの飾りも作りやすい。

「あっ、わっしー見てみて~。あのお店、まだあるよ~」

「あら、本当」

 園子さんと東郷先輩が示すのは、お洒落な作りのジェラート屋さんだった。色とりどりの美味しそうなジェラートがディスプレイされている。とても美味しそうだ。

「色んな味があるね!」

 友奈さんがディスプレイに駆け寄って、「お~」といいながら眺める。

「イチゴにメロン、宇治金時、醤油……醤油味って東郷さんも作ってたよね」

「今になって思えば、ここの味を思い出していたのね」

 東郷先輩の得意なお菓子は牡丹餅を始めとしたお菓子全般だけど、例外としてジェラートも作れた。メロン味と宇治金時味、そして何故か醤油味。この醤油味は三年生の二人以外には不評だった。東郷先輩自身もあまり美味しいとは思っていなかったらしいけど、なんだか作ってしまうものだったらしい。

「わっしーにとってかなり印象深い味だったんだね~。身体が覚えているレベルで」

「ええ。この醤油味ジェラートは、あの時の私にとって銀の象徴だったのね」

 三ノ輪銀という人物像が全く見えてこない。どういうことだろう、醤油ジェラートみたいな肌の色だったのかしら。クックだかマックだか知れないけど。

 私たちはジェラートをそれぞれ買って(私はイチゴ味にした。ちなみに大佐はもちろんプロテイン味)、空いているテーブルを陣取り、工作道具を広げた。

「折り紙にハサミと糊……材料がシンプルなだけに、実力がもろに反映されるわね……」

 夏凜さんが息を呑んだ。

「願い事も書くんですよね。何にしようかなぁ」

 友奈さんはウームと首を傾げる。お姉ちゃんも何にするか頭を捻らせていた。

 そんな光景を見ながら、園子さんが、

「七夕を思い出すね~」

「そうね。あの時も悩んだわね」

「なに? さっきの続きなら聞かせなさいよ?」

 お姉ちゃんがせがむ。

「しょうがないなぁ~」

 言いながら、園子さんは嬉しそうに話し始めた。

 

 

 

 

 

 人出が多いところを三階を通って避けた三人は、中央広場に行く前にフードコートに立ち寄ることにした。

「ジェラートを食べながら、願い事を考えるのが私流。この時間ならフードコートも空いてるし、行こう!」

「そうね。モノを考える時に糖分を摂取するのはとても合理的よ。さすがね、銀」

「いや、さすが銀さんにそこまで考えて無いっす」

 イネスに来たら三人は必ずフードコートでジェラートを食す。今日は園子、須美、銀らそれぞれ葡萄味、宇治金時味、そして醤油味、という味付けだった。

「ミノさんいっつもそれだね~」

「二人に醤油味のおいしさを理解してもらうまで、私はこれを二人の前で食べ続ける!」

「別に理解しなくてもいいわ。私は宇治金時一筋よ」

「わっしーは保守的だねー」

 言いながら園子はジェラートを一口頬張って、「うぅ~ん」と感嘆の声を上げる。須美に比べて園子は味の開拓を積極的に行っていた。フロンティアスピリッツあふるる少女なのである。

「そのっちは本当においしそうに食べるわね。宇治金時味から浮気しそうになるわ」

 須美の言葉を聞いて、銀は「なるほど」と呟き、園子の真似をするようにジェラートを頬張った。

「うぅ~ん、美味いね」

「クッソ不味いだろ~」

「私もさすがに醤油味に心移りしないわ」

「おまえらみんな死ねい!」

 三ノ輪銀、怒りのジェラートやけ食いである。

 三人は話を本題に戻した。

「願い事って、いざ考えると思いつかないものね」

 須美はジェラートを食べ終わり、腕を組んで熟考を始めた。どんな些細なことにも全身全霊を掛けて挑むのは彼女の長所でもあり、短所でもある。

「もっと気楽に考えなよ」

「だめよ銀。七夕は年に一回きり。真剣に考えなくては……」

「やれやれ……園子はどうするんだ?」

「え~とねぇ~」

 園子は溶けかかったジェラートを口に放り込んでモグモグしながら考えた。そして、飲みこんですぐ、ピッカーンと閃いた。

「寝たい」

「さすがねそのっち」

「お前いつもそれだよなぁ」

「死ぬほど疲れてる」

 何故か誇らしげな園子。彼女にとってゆったりと夢を見るのは史上の喜びなのである。別に七夕の願い事に書かずとも勝手に寝れば良いなどとは言ってはいけないのである。

 さっさと決めた園子に触発されてか、須美も「決めたわ」と呟く。

「一日一善!」

「願い事じゃねーじゃん!」

 銀が呆れたように言う。

「もっとないのか? 革命の英雄になりたいとか」

「そういう銀はどうなのよ。革命の英雄になりたいの?」

「アタシ? アタシはね……」

 銀はよくぞ聞いてくれた、という風に胸を張って問いに答えようとした。

 が、答えようとした瞬間、銀は突然顔を真っ赤にし、言葉を詰まらせた。

「どうしたの?」

「……やっぱり恥ずかしい」

 彼女にしてはかなり貴重な表情だ。しかし、だからといってそれを許容できるほど園子は大人ではない。

 園子は銀に迫った。

「ずるいよミノさん~! 内容を教えるか、50ドル寄越しな」

「ホント勘弁して! この通り!」

「まったく銀はしょうがないんだから。ほら、そのっちもお金を要求しない」

 須美は苦笑して言う。園子は頬を膨らませた後、軽く溜息を吐いて「まぁ、いいけどね~」とスマホを懐から取り出した。

「ミノさんの貴重な表情ゲットできたし、これで勘弁してあげるよ~」

「待て、いつの間に撮ったんだ!?」

「うふふ」

園子からスマホを奪い取ろうとする銀。しかし、園子はヒラリヒラリとそれをかわし続けた。

 その写真は、今も園子のパソコンに保存してある。

 

 

「結局あの時銀が何を書いたのかは分からずじまいだったわね」

「ねー」

 ジェラートも食べ終わり、それぞれツリーの飾りが完成しつつあった。私はあまり器用なほうではないから、今は亡き(?)木霊を象った飾りを作った。願い事が書いてあるから、変わり種の短冊にも見える。願い事は考えていた通り『歌がもっと上手くなりますように』。

「出来た! お姉ちゃんはなんて書いたの?」

「ん~?」

 お姉ちゃんの飾りはどんぶり……?を象っていて、うどんと思しき何かが入っている。どんぶりには『家内安全』と書かれていた。

「なんか新年の抱負みたいになっちゃったわ」

「でも素敵だと思うよ。大佐は? 結局何を書いたんです?」

「打倒! プ」

「分かりました」

 願い事は個性的で様々だった。友奈さんは『世界平和』、東郷先輩は『七生報国』、園子さんは『起こさないでくれ』……この人は二年経っても書くことに変わりはないようだ。

 そんな中、夏凜さんだけが黙々こそこそとしている。友奈さんが声を掛ける。

「夏凜ちゃんは何書いたの?」

「べっ別に何でもいいでしょ」

 覗きこもうとする友奈さんから逃げるように作った飾り(煮干しらしき生命体を象っている)を隠す。

「えー、なんで?」

「見てやりなさんな友奈。きっと恥ずかしい事書いてあんのよ。私が言った通り『素敵なお嫁さんになれますように! byにぼしかりん』って書いちゃってんのよ」

「書かんわ!」

 

 すったもんだの内、私達はフードコートを後にし、ツリーの鎮座する中央広場へと向かった。

 さすがに本日の注目イベントとだけあって吹き抜けの広場に近づけば近づくほど人でごったがえしはじめてきた。混雑を避けるため再び三階に上がった私たちだったけど、この分だと一階もさして変わらなさそうである。

「みんな、離れるんじゃないわよ」

 お姉ちゃんが言う。でも、私みたいな背が低くて少々どんくさい人間にはこの人混みを器用にかき分けて前に進むのは至難の業で、人一倍目立つ筋肉のおかげで見失わずには済んだけれども幾度となくはぐれそうになった。

 しょうがないから、私は大佐におんぶしてもらうことになった。

「樹ちゃんいーなー」

 友奈さんが呑気に言う。視界は良くなった物の、何だかんだ言って恥ずかしい。

 しばし歩くと、大きな吹き抜けに突き当たった。どうやら中央広場に到着したらしい。階下に広がるスペースの真ん中には大きなツリーがはるか上まで聳えている。一体こんなに大きな木をどこから調達してきたのやら。

「飾りの受け付けは一階でやってるみたいですね」

 東郷先輩が指さす先には『ツリー受付』という札が付いた机が並べられていて、スタッフの人たちがお客さんたちから色鮮やかな飾りを受け取っている。

「参ったわね、ここからあそこに行くのは骨よ」

 夏凜さんが唸る。

 今いるのは三階。階段かエレベーター、エスカレーターで降りる必要があるわけだけど、右を見ても左を見ても人、人、人……。しかも全員が受付を済ませて後はツリーのライトアップを待つばかり、といった様子で、これ以上動きそうにも感じられない。

「参ったわねー……」

 お姉ちゃんが困った様子で言った。

 しかし、こんな時に頼りになるのが勇者部一(というより讃州中学校一)の筋肉、ジョン・メイトリックスその人である。

「俺に良い考えがある」

「凄いわね、不安しか感じさせない。でも、今はジョンに頼るほかないわ」

 私達は大佐に言われた通り、作った飾りを全て差し出した。すると大佐は受け取るなりそれを腰に付けていたポーチにしまいこんで、吹き抜けの縁に立った。

 今になって思えば、私は律儀に大佐の背中にしがみ付くことなく、ここで降りておけばよかったのだ。

「樹、掴まってろよ」

「えっ、それってどういう——」

 私が言い終わるか終わらないかの内に、大佐は天井からぶら下がる飾りのテープを手にした。そして、次の瞬間、手すりを飛び越え、地上三階の空中へと躍り出た。

「ひやああああああああ!」

 悲鳴を上げる私を他所に大佐はターザンよろしく華麗にスイング。お次はターザンと来たわ! 地上のどよめきを他所にパっと手を放した大佐は、丁度受付の前に見事着地した。

 一瞬の沈黙の後、広場が拍手に包まれる。イベントの余興か何かだと思われたのだろう。

 私は大佐の背中ですっかり目を回してしまった。ここまで手を放さなかった自分を褒めてあげたい。

「受付をしたい」

 大佐は何事も無かったかのように申し込む。受付のグルジア人も、

「飾りちゃんと持って来てんだろエェ……」

と平然としている。ヤバい、まともな人がいない。

 大佐はポーチから全員分の飾りを取り出すと、受付に手渡した。

 それと同時、受付の締め切りが高らかに宣言された。滑り込みセーフだったようだ。そのことを考えると、大佐の奇行も適切な行動だったといえる……のかな?

 

 

 

 

 しばらくして、ツリーに全ての飾り付けが終わり、アナウンスが流れると、電飾が一斉に点灯した。

 会場から感嘆の声が上がる。

 私と大佐は三階に戻り(壁をよじ登ったのだ)、いい加減大佐の背中から降りるとお姉ちゃんの隣に付いて、ツリーを眺めた。

 飾りはお客さんたちが思い思いに作った物だからはっきり言ってまとまりは無い。でも、その中にある温かさのようなものが、絢爛な電飾の中に浮かび上がっている。

「きれいだねー」

 友奈さんがぽかんと口をけていう。

「東郷さん、私達の飾りは見える?」

 東郷先輩は勇者部で一番目が良い。先輩はツリーに目を向けると、すぐに飾りを見つけ出した。

「待ってね……あ! あそこにあるよ」

「ほー、てっぺんに近いじゃない。やるわね、私達」

 夏凜さんも満足気だ。

「皆さんの分も一緒にありますね……あれ、あの飾りは……」

 ふと、東郷先輩が何かに気付いた。

「東郷さんどうしたの?」

「私達の飾りに並んで、見ない飾りが」

 同時、夏凜さんが「あっ」と声を上げた。これに気付いたお姉ちゃんは食いつくように、

「東郷、その飾りにはなんて書いてあるの!?」

「えっとですね……『これからも、勇者部のみんなでいられま……』」

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 読み上げようとする東郷先輩に夏凜さんが渾身のタックルをする。東郷先輩はその衝撃でバランスを崩し、手すりから乗り出してそのまま階下へ落ちていった。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「読み上げるな! 鞄にするぞ!」

「もー夏凜ったら照れちゃって。かーわーいーいー」

 お姉ちゃんがからかう。夏凜さんは顔を真っ赤にして腕をブンブン振り回した。

 この様子を見ていた園子さんが、「あ~」と何かに気付いた様子でのんびりした声を上げた。

「どうしたのそのっち」

「あ、わっしー。生きてたんだね~」

「何とか致命傷で済んだわ。で、どうかしたの?」

「うん。ミノさんがなんて書いたか、何となく分かった気がしてね~」

 園子さんは言う。

「きっと、本当に他愛も無い願い事だったんだと思うな~。それこそ、今みんなが書いたような……」

 『打倒! プレデター!』とかが他愛もない願い事とは到底思えない。けど、今はそういう話をしているのではない。

 夏凜さんが書いたような願い事。それは、普通に生きて行けば叶えられる、何の変哲もない、面白みも無い願い事だろう。でも、私達はそのことの価値を知っているし、園子さんと東郷先輩はもっと詳しく知っている。

 冬が去ると、お姉ちゃんと大佐は勇者部を去る。そして、新しい仲間が入ってくるだろう。

 それでも、新しい仲間たちも含めて、他愛もない日常を続けていくことが出来るのなら、それはとても幸せなことだと思う。

「今度は、願い事、叶うといいわね……」

 東郷先輩が呟く。

 それは、私達の心を代弁する願いでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、銀はなんて書いたの?」

「秘密だって言ってんだろー?」

「ミノさんのケチ~」

 夕焼けの帰り道。三人は仲良く並んで歩いていた。

 飾られた瞬間を見計らって願い事に何を書いたか確認してやるつもりの須美&園子であったが、結局分からずじまいであった。そうであるから、銀は二人から再び追及を受けているのである。

「絶対教えてやんない!」

「ぶーぶー」

 銀の決心は堅かった。

(喋ったら、二人に呆れられそうだもんな)

 銀は毎年七夕になるとイネスの笹の木に願い事をくくりつけている。しかし、数年連続ともなると願い事はマンネリ化し、どうしてもふざけたないようにしてしまいがちである。銀は、そのような状態に陥っていた。

 そして、今日。彼女が用意してきた願い事は、

『打倒! プレデター!』

であった。

 しかし、三人での打ち合わせの段になって我ながらくだらないと思い、急に恥ずかしくなってきたのだ。結局、その後銀は何を書いたのかを打ち明けられないまま家路に着いたのだ。

「何を書いたのよ」

「教えてよ~」

「だー! また今度な!」

 銀は追及をやめない二人にそう怒鳴り、話題を打ち切った。

 

 例え時が過ぎ、魂が消え、新たな人格を手に入れても、染みついた人間性は、不変であるのかもしれない。

 




 そういうわけで最終回でした。史上最低の出来損ないだよ!
 本当ならもっと別の話になる筈だったんですけど、長さの都合でこの話になりました(本来の話は5000字程度しかなかった。最低6000字が欲しかったためにこの話にしたところ、グダグダと一万字を越えてい待った。無駄に長い)。期待はずれな方も多かったと思いますが、赦してください。下手に番外編とかやるもんじゃないですね。反省します。

 さて、多くのゆゆゆファンと組合員の方にお気に入りと評価をしていただいた『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』ですが、何度も言う通りこれにて完結でございます。『次回最終回』というフレーズを本編と『勇者部所属』もあわせて10回近く使った気がしますが、これに関しては公式もラジオなんかでやってることなので何の問題もないですね(暴論)。なんにせよ、にじファン時代に二次小説を書き始めてかれこれ5年近く経つ作者ですが、ここまで好評を頂いた作品は今作が初めてです。アメリカバンザーイ!本当にありがとうございます。
 どうしても、コマンドークロスというとニコニコ動画に一日の長があるような気もしますが、やってみると案外書けるものです。皆さんも是非、コマンドークロスSSを書いて、ハーメルンに組合員の新しい世界を作ろう。毎日が楽しいぞ~。
 
 それでは、いい加減で眠いので(4:30)、この辺にしておきます。活動報告の方で解説っぽい何かを投稿するかもしれないので暇な人は見てみてください。

 『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』!このSSの提供はWeb小説投稿サイト『ハーメルン』様と、イラスト投稿サイト『pixiv』様でした。SSに協力してくれたのはコマンドー、ゆゆゆ、及び関連作品のwikiと、映画配給の各社。様々な語録を提供してくれたのは20世紀の映画を21世紀に生かす『コマンドー(ディレクターズ・カットDVD)』、 感想欄でレベルの高い感想を提供してくれたのはハーメルン会員の方々でした。なお感想、評価をご希望の方をご希望の方はハーメルン会員であることを示すアカウントをご提示ください。またこのサイトにコマンドーSS・ゆゆゆSSを投稿したい方は、利用規約・取扱説明書をよく読んだうえでアドレス、パスワードをサイトに登録して、世の顰蹙を買う悪事をどんどんしでかし、腕に磨きをかけておいてください。では今夜はこれでお休みなさい。またいつか!

「もう会うことは無いでしょう」

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