お馬鹿な武道家達の奮闘記   作:星の海

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電波が辛うじて入ったので更新だけします。第7試合、決着です。


24話 まほら武道会本選第7試合 篠村VS小太郎 (その2)

当たり前というなれば当たり前の話なのだ。

 

高音・D・グッドマンという少女は当時の齢十三という幼さで既に完成されつつあった怜悧な中にも可憐さを秘めた、下世話な表現をするのならばいかにも男好きのする美貌と学園の中でも下手をすれば高等部の先達にも引けを取らない明晰な頭脳と豊富な知識を持ち合わせ、人格は品位公正にして と、少しばかり少女の年齢にしては厳格過ぎる欠点も、より強く自身を律せんとするその言動を目の当たりにすれば欠点足ると指摘する者は良識が欠けた者のみだろう。

長ったらしくも回りくどい言い回しになったが、要は天才で秀才気質な真面目美少女という事だ。同級生のガキにはやっかみの矛先にしかならずとも、目を付ける野郎が出て来るのは不思議でもなんでもない。

で、あるからして。

 

「起こるべき事が起こっただけなんだからいい加減納得しろや愛衣」

「嫌です!!」

 

お姉様の伴侶(パートナー)はお兄様以外認めません!などと妄想を怪気炎上げながら垂れ流していた愛しの?妹分を宥めようとしたものだが取り付く島も無い状態だった。

 

「お兄様は平気なんですか!?お姉様が何処ぞの馬の骨に盗られてしまうんですよ!?」

「平気もクソも俺は元からあいつ(高音)のことそういう対象として見てねえもん」

「お、お姉様に魅力が無いと!?頭大丈夫ですかお兄様ぁ!?!?」

「喧嘩売ってんのかお前は……そういう意味じゃねぇよ、そもそも釣り合いが取れなさ過ぎるから最初(ハナ)から考えてねえってだけの話だ」

「お兄様で釣り合いが取れなければ誰が取れるっていうんですか!!ナギ・スプリングフィールド(世界を救った英雄様)とかですか!?」

「どんだけ高音を上に見てんだお前…幾らでも居んだろ優秀で顔の良い奴が。それこそ今時分高音と楽しくお茶でもしてんだろうイケメン先輩なんかピッタリじゃねえか?」

 

顔良し才能良し人当たりも良し。なぁに何処の主人公(ヒーロー)ですかと当時は思ったもんだ。高音と並んでりゃ正に美男美女…というには高音が少々幼いが、旧世界(こっち)じゃ中学生と高校生のカップルなんざ珍しくもない組み合わせだ。非の打ち所も無かろうよ、と、この世の終わりみたいな不景気な面をした愛衣に俺は返したものだ。

 

「……、…お兄様は、本当にそれでいいんですか………?」

「…………、…まぁ、良いか悪いかで言うならあんま良くは無えよ。っつっても先走るな?喧嘩仲間とこれからあんまり絡む事も無くなるのはちょっぴり寂しいとか、そんなもんだ俺が思ってんのは。…なんかこういう話の流れだと、何言っても自信の無いヘタレ男が好きな女格好付けて諦めるのに強がっての負け惜しみ吐いてるみたいで何も言いたかねえんだが……」

「ち、違うんですか?」

「違うわ!!……まぁ、寂しいよ愛衣。嫌だと思うのは一緒だ。あいつ美人だし、超の付く堅物だけど凄く良い奴だ。ほんの少しも惹かれてなかったかと問われてYES(はい)と答えちら嘘になるし、もう少しお前も含めて三人で仲良くやってたかったと思う」

「で、でしたら……」

「それでも、だ。…俺やお前が首を突っ込む資格は無い。何故なら高音は結局あのイケメンとのデートに自分の意思で行くと決めて出てったからだ。百歩譲ってあいつが全然欠片も望んじゃいないのに何かしらあって嫌々連れられてんなら口を挟むのも吝かじゃ無いけどな」

 

そう、あの輩に高音は好意的だったと言っていいだろう。何せ少なくとも外面は完璧な野郎だったのだから。

 

「告白されて、お友達からとあいつは返して

奴さんはめげず嫌な顔一つせず。お茶だの何だのに誘われて情熱的に口説かれたか楽しくお喋りしたか熱い魔法談義交わしたかまあ知らねえが、結果好印象だったからお誘いを受けたんだよ高音(あいつ)は。だったらもう他人(・・)がどうこう言う筋合い無えだろうが」

 

仮に、本当に仮定の話として。高音・D・グッドマンが篠村 薊に好意を抱いていたのだとしても。

最終的に誰を隣に立たせるか(・・・・・・・・・)なんてのは高音(あいつ)が決める事だから、と。

…まぁ、認めるのは癪だが、物分かりの良い振りをして逃げて誤魔化していたものだ、当時の俺は。

 

「…それは……!…そうかもしれませんけれど、でもお兄様っ……!!」

「…なんか今更だがお兄様は止・め・ろ。場合によっちゃあのイケメン先輩をそう呼ぶ羽目になっちまうかもしれねえしな?」

「…っっ~~~~!!お兄様の馬鹿ぁっ!!もう知りません!!…………明日も来ますからねお兄様ぁーー!!」

「もう知らねえんじゃねえのかよ!?」

 

激昂して走り去りかけてから建物の影でピタリと停まってそっと振り返り、そんなことを宣う仔犬系後輩に俺はそうして絶叫したのだった。

 

 

「どうだったよデートは?」

「…………………………………」

 

それからすったもんだで一夜明け、(当たり前ながら高音は日を跨ぐどころか日暮れ前に帰って来た)何時もの様に朝練に励む俺の所に何時もの如く顔を出したは出したが、腰掛けに座り込んだきり此方へ顔も向けずに延々と黙り込む高音に俺はそう尋ねてやった。薮から棒な質問でも無かろうに、高音は俺をジロリとまあ凄い目つきで睨んで来たものだ。

 

「…それを貴方に語る必要と義務と義理があるのかしら?」

「だったらそんな如何にも私何かありました、的な顔でブスッと黙りこくってんじゃねえよ。ンな態度取ろうが此処まで来てんなら聞いて下さいっつってるようなモンじゃねえか」

「フンッ!!……………楽しかったわよ………」

「その面と声音の何処をどう見れば楽しいって感情が伺えるわけ?」

「五月蝿い男ね本当にぃっ!!」

「危ねぇっ!?なにしやがるいきなりてめえは!!」

「察しなさいよ!!」

「無茶言うなや!?」

 

尚も暴れる高音を如何にか宥めすかし、漸く聞き出したデートの首尾は、俺が何処か心の隅っこで期待していたかもしれない、喧嘩別れに終わっただの馬が合わなかったといったものでは無く、寧ろ大成功と言っていい代物だったらしい。件のイケメンは実に歳上の余裕に満ちた紳士的振る舞いで終始高音を優しくエスコートし、途中空気を読まずに高音が繰り出した魔法議論や世界情勢の意見交換にも嫌な顔一つせず熱心に付き合ってくれたとのことだった。

 

「じゃあ何でお前は仏頂面なのかと小一時間ry」

「……察しなさいよ…………」

「…………んん…………………」

 

その、それなりに長い付き合いになった此れ迄でも終ぞ見た事の無かった弱々しい表情(かお)での小さな呟きに、当時の俺は流石に高音がどういったニュアンスの言葉を欲しているのかを読み取った。

高音の心境としては、要は俺が愛衣に溢した代物と似たようなものだったのだろう。三人での時間は楽しくて、きっと恋だの愛だのと高尚な感情(それ)にまで育ってはいなくとも、淡い想いがお互いにあった。でも高音は別にイケメン先輩の事は嫌いじゃ無く、寧ろ周囲のガキ共と違う大人びた物腰に惹かれるものすら感じている。嫌いになる要素なんざ無いのだから当たり前だ。

はっきりともう一度言うが、当時の俺と高音の間にあったのは恋愛感情では無かった。そのまま何事も無く時間を過ごしていけばそうなった可能性が無きにしも非ずな、友愛敬意嫉妬共感慕情その他何だかよく解らんものが混ざり合った初々しい感情(オモイ)とでも表わすべきか。

 

そんな奴は止めにしろと、言って欲しかったのでは無いかと現在(いま)になって俺は思う。

 

高音の中ではイケメン(先輩)よりも俺が良い、とかはっきり決まっていた訳では無くて、でも告白に対して返事を決めねばならなくなったその段階で、俺から何もない(・・・・)のが嫌だったのではないかと、そう思うのだ。

そう俺が言えば高音はイケメン先輩と付き合うのを止めにして俺と関係を深めるとか、そういうんじゃ無くて。

ただ気に入らない、ムカつくと、俺が嫉妬していると。表してほしかったのではないだろうか。

何度も言うがそうしていたらどうなったと、そういう具体的な話じゃあ無い。女心は秋の空、だ。理屈じゃ無いんだろう、こういうもん(青春)は。

だから、この時俺がまあ当時の年齢に相応しく、則ちガキらしく。格好悪く高音に内心を曝け出せていれば今日(こんにち)の様に拗れまくってはいなかったのだろうけれど。

生憎当時の俺は、というか現在(いま)でもだが、捻くれて卑屈で自分に自信の無い劣等感に縛られた小さい男だった。

 

「………お似合いだと思うぜ、俺は…………」

 

ましてや今し方表した高音の心境予測は大分後になって頭が冷えてから、心身共に多少真面に成長出来たからこそ纏められた代物であり、相手の望む言葉がどうにか察せられたとして嫉妬だの独占欲だの見栄だのと後ろ向きな感情を主として内心がぐっちゃぐちゃだった当時の俺が素直な言葉なんぞ吐ける筈も無く、そんなあらゆる意味でどうしようもない一言しか告げる事は出来なかった。

 

「…っ!…………そう…………………………」

 

と、高音は顔を一瞬歪めてから何かを諦めた様に眼を閉じ、ポツリとそれだけ洩らして立ち上がった。

 

「……当分…顔は出せないと思うわ………」

「…そか………」

 

それだけポツリと告げて去って行く高音にそんな間抜けな返事をして、俺は一人その場に残された。

 

「……何を言えるってんだよ……こんな俺がよ……………!」

 

 

俺は今でも自分が高音に相応しいとは全く思わない。

ただ、当時の俺はやり(フラれ)方を間違えたのだ。

 

 

前にも言ったが件のイケメンは完璧だった。見て聞いて、実際に高音と居た時に少しばかり話をして。女々しい俺はなにやってんだと自己嫌悪しながらこっそり周りに評判聞いたり独自に調査したりしても答えは変わらなかった。

だからそれは他人が聞いたら気になる女を盗られそうになってるヘタれ男の言い掛かりにしか思えなかっただろう。実際に当時の俺自身でさえ嫉妬と僻み根性から来る思い込みだと九割九分確信していた。

 

偶々人気の無い場所で念話(テレパティア)していた時の表情に何とも言えない嫌なモノ(・・・・)を感じたなんて、俺のモノの見方が歪んでたと判断するのが順当だろう。なにせ俺はスタートラインにすら立てていなかったとはいえ、野郎は恋敵の様なものだったのだから。

 

だからこそ。

 

なんの証拠も根拠も正当性も見出せないまま、自分の器の小ささにほとほと愛想を尽かしながらも。そんな信用出来ない感覚に従って行動を起こした当時の俺を褒めてやりたい。

やり方を致命的に間違えて、意中の女に愛想尽かされ後輩には盛大に迷惑掛けて。周りからの評判地に落としながらも、当時の俺は好きな女を糞野郎から守護(まも)れたのだから。

 

最も、それで結局高音を傷付けてしまったのだから全く誇れた話じゃあ無いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

複雑に軌道を変え、絡まり合う様に互いが互いの位置を入れ替えながら五つの光弾が宙を疾走(はし)り抜け、半獣半人の少年の身体目掛けて突き進む。

 

「…っ、チィッ!!」

 

闘技場の床を踏み締め、光弾を放った青年へと飛び掛らんとしていた少年は舌打ちと共に跳躍の向きを力技で強引に斜め右方に変更。無理な働かせ方をした筋肉の軋みを感じながらも動きそのものに遅滞は無く、気の爆発により瞬間移動の如き加速を果たした少年の身体は青年の左斜め後方、死角となる位置に一瞬で移動する。

直後、空気の動きかはたまた気配を感じたか。少年が己の後方に現れた事を察知した青年が振り向かんと身体を旋回するが、その時には既に少年は青年の至近へと手刀を後方へ引き絞りつつ飛び込んでいる。普通に考えれば、青年は防御迎撃回避の何れも間に合わずに、少年の渾身の一撃を喰らって重傷(大ダメージ)を負う事になるだろう。

 

「オラァッッ……!?」

 

しかし、少年が青年の土手っ腹目掛けて突き出した手刀の進路上に突如一抱えもある光弾が出現する。反射的に引き戻さんとするも間に合う筈は無く、鉤爪の生え揃った少年の手刀は光弾へと突き込まれて。

収束(コンウェルゲンティア)によって七矢分(・・・)が圧縮されて形成されていた光弾、魔法の射手(サギタ マギカ)連弾 光の七矢(セリエス ルーキス)が炸裂。突き込まれた手刀の方向へ指向性を持って弾ける様に調整された(・・・・・)衝撃波が逆に指の数本をへし折りつつ少年の腕を弾き返す。

 

「ぐっ……っ!?」

「ほい」

 

一瞬遅れて指先から上がって来た激痛に少年が顔を歪ませながらも、体勢を整えるため後方へ跳躍せんと足に力を込めた直後。青年の軽い掛け声と共に魔法の射手・変型(サギタ マギカ ヴァリアーレ)高速 ・雷の一矢(ケレリタース フラグランティア)が青年の指先から視認不可能な超速度で射出。少年の左太腿に突き刺さったそれは紫電の奔流と化して少年の脚の肉と神経を舐め尽くし、少年の左脚から本人の意思に関わりなく一瞬力を奪い取る。

左からへたり込む様に床へと頽れる少年の鳩尾へと即座に放たれた光の三矢(セリエス ルーキス)が少年の肺から空気を無理矢理絞り出すと共に身体から自由を奪い。

二度の攻撃で産み出した時間により万全の体勢で、ゴルフクラブのフルスイングが如く上から振り抜かれた青年の長杖(スタッフ)が少年の身体を痛打、打撃と同時に込められていた収束・光の七矢(コンウェルゲンティア ルーキス)が追撃の衝撃波として弾け、少年の身体をボールか何かの様に猛烈な勢いで吹き飛ばした。

闘技場の場外に張り巡らされた水堀に屹立する石灯籠の一つに激突してそれを半壊させながら漸く停止した少年は、口端から鮮血を溢しつつ瘧の様に戦慄きいうことを聞かない身体に無理矢理喝を入れて半ば倒れ込むように水面へと跳躍。

直後、さらなる追撃として青年から放たれた魔法の射手(サギタ マギカ)戒めの風矢(アエール カプトゥーラエ)が壊れた石灯籠に着弾し、光の帯が半ば瓦礫と化した灯籠を締め上げ、数多の石塊を水面へと零れ落とした。

 

 

「…やれやれ、どんだけタフなんだよこれだから獣人種(ゾアントロピー)は嫌いなんだ。ハーフでこれとか本気(マジ)にやってられんわ~~……つーかあの壊れた石灯籠、俺が弁償するんじゃねえよな?」

 

次はどっから来んのかねぇ?と、怠そうに呟く青年ーー篠村 薊は、態度とは裏腹に長杖(スタッフ)を油断無く自然体に構えながら少年ーー犬上 小太郎の飛び込んだ波紋の立つ水面に目を向け、奇襲に備える体勢にあった。

 

『…こ、これで何度目の激突でしょうか!?何処ぞの抜剣◯醒かサ◯ヤ人の如く髪伸ばして色変えてなんか第二形態に変身した犬上選手が試合開始当初に輪を掛けての凄まじい動きで猛然と篠村選手を攻め立てますが!篠村選手が矢継ぎ早に繰り出す光る玉やら電撃?やら光る帯やらで悉く潰され、反撃(カウンター)で痛打を貰い弾き飛ばされております!!相変わらず原理はさっぱり不明ですが、見た目に反し実に格上というか強キャラムーブだ篠村選手ぅ~~!!』

『単純に身体能力では犬上選手が圧倒しているのでしょうが手数が違い過ぎますね。小太郎選手が攻撃なり回避なりで一手を打つ時間で篠村選手は優に迎撃、反撃、追撃の三手を繰り出しています。変身した所為か素なのか犬上選手は相当にタフなようですが、勝っている点で何とか有効打を入れなければこのまま完封負けも有り得るでしょう』

 

「オイオイオイオイオイ!?此処まで出来る奴だったのかよ篠村って野郎はぁ!!杖術部に殆ど席だけ置いてる幽霊野郎って聞いてたぜ俺は!?」

「最近顔は出さねえが麻帆良(ここ)に来た当初は熱心に顔出してたとよ!今でも部内No.3程度には腕が立つって話だぜ!!それより凄えのはあの訳分かんねえ弾幕だろありゃどんな仕組みだ!?」

「気弾とは違うようだがなぁ、幻◯郷の出身じゃね?」

 

「…部長、あれは……」

「子供先生やエヴァンジェリンさんの試合でも散発的に使われてはいたがこうなっては間違いないな……我らが図書館探検部の秘術、矢張り本家本元の使い手が世には存在していたという事だ…!!」

「発生から着弾までが早過ぎて判別難しいけれど見たとこ光、雷と…風かな?物理打撃、感電によるスタン、捕縛効果と多才ねあの三白眼」

「練度が違い過ぎて参考になんねえんじゃねえかこれ?…にしても強えな。大会終わったらお手合わせお願いしたいもんだ」

 

 

「……攻撃される箇所の軌道に収束なんて一手間かけた玉用意して弾いたと同時に足を止める為の特殊弾と削り狙いの普通の弾ほぼ同時にぶち込んで、更に一瞬で繰り出せる域で最高威力の一発武器による打撃に合わせて叩き込むとか…曲がりなりにも俺様マホー使い始めました状態だからあれがどんだけ無駄に高度っつうかド器用な真似なのかなんとなく解んだけど、なにあいついっつもあんな面倒臭い曲芸かましながら戦ってんの?」

「…こいつが何か他人より理解していますって類の発言するとこんなにも違和感湧いてくるものなんだなぁ……」

「気持はよく解るが辻、ツッコミ所はそこではあるまい」

 

観客の中でも主に武道家(バカ)達が新たな強敵(とも)を見つけたと驚きながらも沸き立ち、何処ぞのダンジョン走破パーティーが魔法使いの存在を確信してしまったりしている中、選手席の中村はリフティングとお手玉と円周率の計算を同時に熟す様な篠村の器用振りに感心を通り越して引いていた。

 

「…そこまでむつかしいアルか、あれ?」

「一つ一つはそれ程高度な代物で無くとも、右手で殴り付けるのと同じ時間で術を三つ唱えて得物で殴り返すまでを一緒にやっていると考えろ(クー)。凄まじい並列作業だ」

「1ターンにイ◯ナズン一発撃てるのとべ◯ラマとバ◯マとメラ◯を三発同時に撃てるのはどちらが凄いですかと聞かれりゃどちらも凄いとしか答えようがねえけど俺個人としては後の方がより凄えと思うわ、凄さの質が違えけど」

「ふむ……篠村殿はこれだけ出来て何故自分を凡人等と?」

あれ(・・)は才能なんて持って産まれたもののおかげで無く、単純に努力の賜物だから、かしら」

 

楓の疑問に高音が呆れた様に首を緩く左右に振りながら答える。

 

「篠村は魔力の量、質共に魔法使いの並程度。魔法の適正に於いても際立って優れたものは何も無く、寧ろ精霊との接触(コンタクト)が苦手という欠点付き。才能という観点から見れば紛う事無き劣等生よ。あれがああまで出来るのは他に何も出来ない(・・・・・・・・)というだけなの。…どれだけ一芸に秀でても出来ない事の方が圧倒的に多過ぎるから、あれは劣等感を何時まで経っても払拭出来ないでいるのよ」

「お兄様の魔法の射手(サギタ マギカ)は元々の汎用性に加えてお兄様独自の強化術式、変型(ヴァリアーレ)との組み合わせによって戦闘に用途を限れば万能魔法と言っても言い過ぎじゃ無い位に多様性があります。魔法の射手(サギタ マギカ)一つで麻帆良の警備任務を全うしているお兄様の実力は…少なく見積もっても魔法教師の先生方と互角以上だと私は思ってます。とんでもなく凄いことなのに…お兄様は……」

「うん、取り敢えず佐倉さんは兎も角高音さんにも何だかんだで愛されてるのは解った」

 

「……辻先輩こんな感じだっけ?」

「せっちゃんと上手い具合に収まったから、喜びとようさんあったストレスからの開放感でハイになっとるんちゃうん?要所でヘタレるよりウチ今ぐらい砕けとった方がええ思うわ~」

 

「……まあ先程も言ったけれど、色々やらかした後だから今更躍起になって否定はしないけれど……私とあれの間にあるのは恋愛感情云々といった甘いものでは無いわよ?」

「…正直に言わせていただきますと、発言に説得力がありませんが……」

「でしょうね、そういった想いも全く無いと言ったら嘘になるから。……過去の柵を水に流したいだけなのよ、もう。悪いのはどちらかというとあれだけれど、今の今まで拒絶してきたのは私だから、喧嘩両成敗…にしたいのだけれどね。あれも私も譲れない一線が有って、お互い譲る気は無いから、そうね。其処のお馬鹿さん達に倣ってみようとしているのよ」

 

「馬鹿だってよ大豪院。もう少し日頃の言動改めろよなお前はも~~う」

「自らの普段の行いを鑑みてからもう一度言ってみろと言いたい所だが、そもそも貴様に振り返る記憶が残っているだけの脳細胞も己の客観視という高度な真似をするだけの知能もあるはずが無かったな。すまん、貴様の様な可哀想な頭をした生き物に酷な事を言ってしまった」

「喧嘩売っとんのかワレェ!!」

「一言一句違い無く此方の台詞だ単細胞生物!!」

 

「…まあ色んな意味で同レベルな旦那方は放っておくとして、コタローの奴には最初(ハナ)から勝機は無かったって事かい、姉さん達?」

 

口喧嘩からの殺し合い(いつものやりとり)をしているバカレンジャーを華麗にスルーして、小太郎の劣勢に気を揉むネギに代わって肩のカモが高音と愛衣に問い掛ける。

 

「まさか。あれは一芸特化した結果何故か魔法の特性で多芸になっているだけで、魔法使いとしては酷く歪な能力よ。付け入る隙は幾らでもあるわ」

「…まあ全てはあの弾幕を越えられれば、という前提での隙ですからお姉様の言い分はある意味答えになっていないのですけれど。お兄様は本当に魔法の射手(サギタ マギカ)以外何も手札が無いですから、逆に言えばそれ(・・)さえどうにか出来ればお兄様は後が無いんです」

 

「まあそれが出来れば苦労はせん、という話だがな。手前味噌になるが、俺並の頑強性と機動力を持つか、高音の様な防御力が無ければ蜂の巣にされるか塩漬けに固められて御陀仏だろう」

 

愛衣の言葉を混ぜっ返したのは観客席横の出入口から現れた杜崎だった。医者の見立てでは肋に罅が入っていた筈だが平然とネギ達へ歩み寄る姿はとてもつい先程試合を終えた様子には見えない。

 

「あんれゴリラの化身てんてー、奥さん帰っちゃった?真逆のケモミミ属性とはいくら体の構造が九割くれえ獣そのものだからといって業が深いとこの中村戦慄しほべぇっ!?」

『中村さーん!?』

「前置きが長いわ阿呆」

「天丼でござるなぁ」

「このやり取りもいい加減飽きましたね」

「ゆ、ゆえ~、楓さんも、もうちょっと心配してあげようよ~~」

 

早速裏拳で撃墜された中村が横一直線に後方の席へ頭から突き刺さるのを(さよとのどか以外が)綺麗にスルーして杜崎を出迎える。

 

「随分と掛かりましたが何方へ、杜崎先生?」

「企業秘密…という言い訳は今の貴様等には通じんが組織の事情だ、察せ。何のためにスライム娘共を態々医務室から秘密裏に呼び付けたと思っている」

「…であれば聞きますまい、が。(チャオ)の事で何か解ったのであればどうか一報を、俺も其方の古 菲も(クーフェイ)も、奴とは浅からぬ縁があります故」

「…故にこそ話せん場合もあるのだがな。確約は出来んが覚えておこう」

 

「試合やってんだから関係無い話は程々にしとケヨ、試合はこれ如何なっんダ?」

「マア見た通りコタロー君が手も足も出なくて膠着状態、でしゅうけどネー」

「緊縛プレイからの放置…」

『そういえば、動かなくなって随分経ちますねー、何かお話してるみたいですけど…』

 

 

 

「小太郎さぁ、そろそろ思い知ったか?お前は俺のこれを近接戦闘と認めねえかもしれねえけど、お前は前衛(とくい)の間合いで俺に手も足も出ねえのよ。悪いこた言わねえから降伏しろって、人生諦めが肝心だぜー?」

「………………………」

 

水堀から何とか這い上がり、篠村に向かって構えを取る小太郎は、ユルく苛つかせる調子で告げられる忠告を装った挑発を耳に入れながらも黙殺した。冷静さを失い無謀な特攻をかませば最後、今度こそ如何あっても逃れられない様に拘束された上で屈辱の10カウント敗けを味わう羽目になる事を察しているのと。

告げられている言葉自体が紛れもない事実そのものである為、反論の言葉を持ち得なかった故に。

 

「ショックかよ?ショックだろうなあ。お前は俺を格上とは見做していたかもしれないけど単なる肉弾戦では自分が上だと思ってたろ。まあ種も仕掛けも無い単なる殴りっこならその通りだよ、ハーフとはいえ獣人…いやこっちだと妖魔百鬼か?の血が流れてるほぼ純前衛の小太郎君に対してこちとら半端に棒術齧っただけの才能無しだ。十秒もしねえ内に決着付くだろな」

 

だーが、と、篠村は不意に構えを解き、半身に構えていた長杖(スタッフ)を体前でクルクルと指先で回して玩び始める。一見して隙だらけだが、小太郎は誘いに乗らない。

篠村 薊にとっては武器を構えていないどころか、例え両手を縛られていたとしても戦闘力にさしたる違いは無いと、もう理解(わか)っていたから。

篠村は攻め気を見せない小太郎の様子に一つ息を吐き、中断していた言葉を続ける。

 

「だがまあ俺の唯一の得意芸含めりゃお前さんは遠中近距離全てで俺に敵わない。俺がいくら凡俗の一山幾らでも十年近く掛けて磨いた一芸だ、年季が違うんだよ小太郎君。まあ気ぃ落とすなお前さんなら普通に頑張っても五年掛からずに俺なんぞは…」「兄ちゃん」

 

軽薄な笑みを浮かべながら軽い調子で回される篠村のお喋り(ペラ回し)に喰い気味で小太郎は呼び掛けを被せる。

 

「…何さ?」

「兄ちゃんが強いのはよう解ったし俺が舐めとったのもその通りや、謝るわ」

「いやいや謝罪とか別にいいよ一銭ならぬ一ドラクマにもならねえし。代わりに実力差を認めてくれたなら降参してくれっと有難い、俺雑魚キャラだから今後の展開考えると「それや」…うん?」

 

またしても途中で言葉を遮られ、思わず篠村は小太郎の顔をまじまじと見遣る。小太郎ははっきりとした怒りの表情を浮かべていた。

 

「兄ちゃんは強いわ。今迄の攻防で俺はほぼ完封されとるけど、まだ全然本気出しとらんのやろ?だったら冗談抜きに中村や豪徳寺の兄ちゃん達並の実力や。つまりこのトンデモ都市の中でもそう勝てる奴はおらんっちゅうことやろが。…そこまで強いのに、何で兄ちゃんはそないに自分を下に見るねん。謙遜とかや無くて本気で言うとるやろ、自分が凡才やら雑魚やらて。巫山戯んなや」

 

小太郎は牙も露わな文字通り噛み付かんばかりの表情で吼える様に言葉を叩き付ける。

 

「あんたが雑魚ならその雑魚に完封喰らっとる俺はなんやねん!屑か塵以下やとでも言いたいんか!!どんだけ自信が無いんか知らんけどな、そんだけ出来とる癖に自分は弱いからなんて言い訳になると思うなや!それだけの力あるんなら…何処へだって行けるし、誰にでも付いて行けるやろが!!……俺はなぁ…………!!」

 

泣き出しそうにも見える歪んだ憤怒の形相を浮かべた小太郎は、激情に歪んだ声で叫んだ。

 

 

「あんたみたいに強うなかったから大切な人も護れんで、あんたみたいに強うないから今も!何処にもいけんのや!!…まだ全部間に合う(・・・・)癖に、情けない事ばっかほざいてヘタれとんやないわ、この上無く苛つくんやボケェッッ!!」

 

 

 

「……今のって…………」

「京都の中々いいオッパイした眼鏡の姉ちゃんのこったろ。そういや最近普通(ふっつ)~につるんでで気にもしてなかったけどコタの奴元々敵だったわなぁ」

「家族同然の姉はあの訳解らん魔法使い?の白黒コンビがいた謎の組織に拾われたらしくて行方不明、だからなあ。小太郎は罪を償う他にお姉さん見付ける為にも麻帆良(ここ)で頑張ってるんだよなぁ……」

「…態度に出さんから気を遣って格別何か言ってやった記憶は無い、な……未だ求める人の手掛かりは無く、何時終わるやも解らない異郷の地での贖罪か。学園長の一人娘を拐かしたのだ、改心して味方になった等と言われても信用される筈は無いし、中には完全に敵に接するような態度を取る頭の固い輩も居ただろう。些か以上に参っていたのだな、小太郎は」

「……小太郎君………………」

 

小太郎の内情を充分に汲んで配慮してやれなかったと一行が後悔を滲ませる中、ネギは小太郎に強く共感していた。

大切な人(己の父親)が居ないのも、探し求めているのも全く以って同じ境遇だからだ。或いはかつての敵同士であり性格的にもウマが合うとは言い難い二人が、バカレンジャーや3ーA一行よりも何処か気の置けない何かを互いに感じていたのは、そういった点で似ていたからやもしれない。

 

「…あいつはあいつで、背負うもの、か……成る程、それを念頭に篠村の旦那と自分を重ねちまえばそりゃ苛つくわなぁ。言っちゃ何だか旦那のそれは心の持ち様一つでどうにでも…」

「いいえ」

 

得心がいったと篠村の理由(・・)を小太郎のそれと比較して暗に軽いものとするカモの言葉を、他ならぬ高音ははっきりと否定した。

 

「あれはあれなりに苦しんで、どうにもならないと断腸の想いで妥協(・・)してああなのよ、カモさん。…私はある意味、酷な事を篠村に望んでいるから」

「…お姉様…………」

「…あ、あのー、どういう意味、なんでしょうか、それはー……?」

 

これまでに比べて沈んだ表情でそう語る高音に、恐る恐るといった様子ながらのどかが問い掛ける。

 

「……、…篠村は確かに強い、強くなったわ。常人ならばとうに諦めて投げ出している様な酷い環境で、産まれ持ったハンデにもめげずに、本当に出来る事をやり尽くした(・・・・・・)。意味の無い仮定だけれど、あれと同じ立場で人生を始めて、あれと同じ時間であれより強くなれる奴なんて一人も居ないわ。それ位、本当に血を吐く様な努力を重ねてあれは此処まで来たのよ」

「……どういう……」

「な~る。何となく見えたわ話のオチが」

 

流れの見えない話に刹那が先を促しかけようとしたその時、中村がそう声を上げる。

 

『え?解ったんですか、中村さん?』

「んーまあねー。おめえ等は、え、解んないの~?普段この天才中村様を散々馬鹿にしといて皆俺よりも察し悪いとか無いわ~~」

「確証がないから口にしてないだけだよ黙れ鳥頭」

「慎みは日本人の美徳だろうああそもそも人で無かったな畜生」

「いやいやいや私等普通に解んないから!戦闘民族だけで納得してないで教えてよちょっと」

 

中村に解って自分に解らないという状況に忸怩たるものを感じながらも相変わらず結論の見えない会話に明日菜は待ったをかける。

 

「……俺個人としては好きでは無いが、事実として認めねばならん現実の話だ」

 

埒があかないと嘆息して口を開いた杜崎だが、その顔は何とも言えない苦さが滲み出た渋面であった。

 

「人は産まれながらに平等では無い(・・)。篠村は初めから答えを言っているぞお前達…奴にはもう、成長の余地が殆ど残っていないのだ」

 

あくまで戦闘面に限った話ではあるがな、と杜崎は一層顰めた顔で付け加えた。

 

 

 

「…小太郎君よ、お前の言い分は解ったさ。同情なんざ真っ平ご免だろうからそっちの事情には触れねえけど、まあお前さんも大変だわな。…正直言えば勝手に自分重ねて知ったような口挟むな俺はお前じゃねえしその逆も然りだよ、と言いてえがまあ、気持ちは解るわ」

「…ええわい気ぃ使わんで。兄ちゃんの言う通り、勝手に投影して八つ当たりしとるだけや。俺の問題は、今関係無いわ」

「別にいいんだぜお前はまだ周囲に当たり散らして泣いて喚くのが許される歳だよ。…まぁいいや、話を戻そう」

 

篠村は弄んでいた長杖(スタッフ)を掴み直して石突きを床に突き、軽く寄りかかる様に身体を傾げて語り始めた。

 

「まぁ情けねえ言い分なのは否定しねえよ、女の誘い断る文句としちゃあ最低クラスだわな。自分は駄目だ、才能無いんだ。君みたいな立派な人にはとても吊り合わない、もっと良い人を見つけてくれ。……うん、(なっさ)けねえわ…でもな?」

 

「そんな自信が無いだけ(・・)のヘタレとは一緒にしてくれんなや」

 

その語調は強いものでは無かったが、反論を許さない鋭さを滲ませていた。

 

「小太郎、俺が才能無いっていうのはさ、卑屈な泣き事ではあるかもしれねえけど事実でもあるんだよ。何も試さずに根拠も無く言ってるんじゃねえんだ。俺は、魔法がこれ(サギタ マギカ)以外使えない。少なくとも習得は不可能に近い。かといって一芸は既に思い付く限りを改造して改良し尽くした。本職(魔法使い)としてこれ以上の成長は殆ど見込めない。体術は?俺は身体能力に格別優れた点は無い、センスが良い訳でも無い。鍛えちゃいるが前衛としちゃあ及第点以下。今から磨いていけば?燻し銀なトレンチコートが似合う歳まで頑張れば一流の端っこ位には引っ掛かるかもな。……それで(・・・)?」

 

言ってみてくれよ小太郎、と。乾いた温度の無い声音で篠村は問い掛ける。

 

「俺はこれ以上どう(・・)成長する余地が残ってんだ?そりゃあ壊滅的に頭が悪い訳でも身体に致命的な障害抱えてる訳でもねえ、これから先の人生何やっても駄目だなんて言わねえよ。でも高音はこれから世界平和(・・・・)目指して闘うんだぜ?俺みたいなのの役に立つ余地が何処にあるってんだオイ?」

 

堪え切れない遣る瀬無さを苛立ちとして、強く石突きで床を叩き、篠村は嗤う。

 

「別に戦闘能力は全て(・・)じゃねえさ。争ってばかりの道じゃねえだろうよ、高音の目指すそれは。だが(・・)確実にあいつの前には困難が立ち塞がる、その時平和主義なので喧嘩はやめましょうなんて聖人君子よろしく話し合いで解決出来るか?金も地位も権力も何もかもが必要な立場だぜ、正義の味方(ヒーロー)の相方ってのは。戦闘能力なんてのは高いに越したことはないというか出来るだけ上を見込むもんだろ。……俺が全く相応しくない訳じゃない、ただもっと良いのは幾らでも居るんだよ」

 

ふっと、強張った表情を緩めて泣き笑いのような顔になった篠村は、小太郎へ幾分柔らかい口調で告げる。

 

「諦めなければ夢は叶うなんてのは夢物語(・・・)だ。努力が実り続けるのは、実るだけの土壌(・・)を持ってる奴だけなんだよ。俺はもう、強くなれない。俺じゃあいつ(高音)に、ついてけねえんだ。無理について行って邪魔になる位なら、俺はあいつから離れるよ……なあ小太郎」

 

 

まだお前俺にヘタレんなとか偉そうにいえんのか?

 

 

「っっ……!!」

 

小太郎に、言葉は返せない。

彼自身、辛酸を舐めた経験が無いではない。千草()に拾われるまでの境遇は悲惨の一言に尽き、家族の温もりを知ったからこそ研鑽を惜しまず、冷たく理不尽な現実に抗い続けて来た。

だが小太郎は、まるで疲れ果てた老人の様な、深い諦念と枯れ果てた嚇怒の綯い交ぜになった、昏い地の底の様な冷たく乾いた瞳に成り果てる程の絶望を、まだ知らない。

 

「…悪いな、これこそ八つ当たりだ。お前()があんまり、眩しいもんだから…悔しくてよ。…なあ小太郎、さっきも言ったがお前は普通に頑張っても五年、目一杯頑張れば三年も掛からずに今の俺を追い越せるよ。俺の実力は精々上の下、ゲーム序盤の味方キャラみたいな早熟型だ。ラスボスに挑める様な晩成型じゃないから成長早く上げ尽くせて(・・・・・・)現在(いま)一瞬、お前等(天才達)を追い越せてるだけに過ぎないんだよ。俺なんぞを見て焦んな、頑張ってばかりでなくて、遊んで騒いで楽しんでゆっくり成長していけばいい。馬鹿共やネギ先生達に学園の魔法使い達は、お前をきっと助けてくれるよ」

 

だからこんな馬鹿げた大会で無理すんな、と、下ろしていた長杖(スタッフ)を構え直しつつ篠村は笑う。

 

「ま、最後に台無しなこと言うけど、そんな訳でお前と違って俺負けらんねえから負けてくれ、小太郎君」

 

試合再開ー、と、軽い掛け声と共に篠村は高速の光弾を小太郎目掛けて射出した。

 

 

 

「……実際のとこどうなのよ?アザミン本気(マジ)で成長の余地無えのゴリポン?」

「杜崎先生だIQ猿以下。…少なくとも今後急激に伸びる何かしらは現時点で見出せんな。大体奴は無理をし過ぎだ。幾ら図抜けた才を持たずとも、人一人の人生一生分の伸び代が十年そこらの努力で埋まってたまるか。俺は麻帆良(こちら)に来てからの奴しか知らんが、まあ貴様等の事をどうこう言えん域で寝る間どころか息をする間も惜しむ勢いで修行漬けの日々だったわ。奴の実力は世界を見据えても恥ずかしい水準(レベル)ではなんら無い…と、俺は思っているが……」

 

当人が納得しない以上忠告を越える干渉は出来ん、と、不機嫌そうに鼻を一つ鳴らして杜崎は中村に答えた。

 

「…完璧主義者、なんてお姉様の事を笑えないんです、お兄様は。二人共、理想が高過ぎて……」

「私の荒唐無稽な(レベル)で無茶な目標を鑑みれば必要な目標設定よ。…私は現在(いま)の篠村を今のままで認めているわ。既にこれ以上無い程無理をしているのに、更に頑張れだなんて言える訳が無いじゃない。……それは、言葉にしてはいないけれど…伝わっていると思っていたのよ」

「……高音さん、言い難いけれど男からすれば最もされたくない妥協というか、言われたくない言葉なんだ、それは……」

「今の自分では足りていない、されど足すのは不可能に近い。しからば自らは及ばずとして身を引くか。好ましい考え方では無いが、努力を尽くした上での結論ならば軽々しく否定の言葉など吐けんな」

「っつーかもう夢だの実力だのそこら辺どうでもいいからとりあえず結婚しろやお前等!!なんでそこまで想い合ってて唯の仕事上の相棒(パートナー)なのよ!?」

 

ムン◯の叫びの如く両頬を抑えて全身をクネクネと蠢かせながら中村が唐突に絶叫する。高音は気味悪そうに謎のワーム(中村)へ一瞥をくれながら面倒そうに返した。

 

「私はあれに恋愛感情は抱いていないのよ」

「嘘だーっそんなになってて欠片も意識してねえとか絶対(ぜってえ)嘘だぁ!!そうまでして認めねえとか何があったし本気(マジ)で!?」

「答える義理も義務も無いわね」

 

素気無く切り捨て、高音は闘技場へと目線を戻す。

 

「……何も、言ってくれなかったものね、あの時(・・・)。……もう終わった話と、いうことよ……」

 

 

 

『連射連射連射ぁぁぁっ!!篠村選手の弾幕が犬上選手を追い詰める!っていうか床が!?また穴だらけに!!』

『建築部がハッスルしてるからなんとでもなるって。…私の予想では篠村選手はもっと数多くの光弾を一度に放つ事が可能と思われますが、現状篠村選手は単発若しくは精々数発単位でしか光弾を撃っていません。多発するのに何らかのデメリットがあるかと思われますが、撃てない訳でもないのでしょう。一見攻めているのは篠村選手ですが、その実犬上選手のアクション待ちと思われますね』

 

…そうやな……明らか誘われとるわ、これは…………!

 

牽制気味に飛んで来た三つの光弾を両手で打ち落とした直後に鳩尾へ飛んで来た高速(ケレリタース)雷の一矢( ウナ フラグランティア)を反応しきれず、臓腑へと響く重い痺れを感じながら小太郎は内心で吐き棄てた。

篠村が果敢に攻めに出ないのは無論、魔力の節約の為である。小太郎との試合を前哨戦以下の邪魔なハードル程度にしか意識していないその姿勢に、小太郎は怒りと共にそんな扱いをされてしまう己の弱さに忸怩たるものが込み上げるが、頭を一つ振って余計な思考を消却する。

 

……今考えてもどうしょうも無いことは考えんな!……やる事ぁ変わらん、目にもの見せたるだけや……勝つのを、諦めんな!!………

 

このままでは終われない。

 

そう、小太郎は強く思った。

他人の事情を深く知りもせずに首を突っ込み、気圧されて今のザマだ。情け無く、不甲斐ない。元より自分が大人と対等に何か出来る等と思い上がっていたつもりも無いが、矢張り自分はまだガキなのだと痛感する。

無遠慮に傷を引っ掻いた篠村には申し訳なくも思うし、理由(わけ)を聞いた今、闘う事自体に引け目を感じてもいる。

 

…だけど……同じや!!俺が望んどらんように、兄ちゃんだって同情したり憐れまれたりしてもらいたい訳や無いわ!!……

 

だからまだ負けてはやれない。そもそも理由の有る無しは勝敗に関係無いのだから。腕試しと、修行と、八つ当たり。褒められた動機でないのは初めから百も承知の上で、此処(本選)まで勝ち上がって来たのだ。

 

…兄ちゃんは同情票で勝ち譲られんなら本気でそれでもええんやろ。せやけど俺は、それは嫌や!!…上手く言葉に出来んけど、何もせんまま終わってたまるかい………!!

 

篠村に何かを示したい故にか、己の価値(強さ)を示すか。或いはただ、誇り(プライド)の為か。

何も解らない小太郎だが、一つだけ理解している事がある。

 

「このままただ負けたら……()もなんも…変わらんやろがあぁぁっ!!」

 

小太郎は吼え、脚を狙って高速で突き進んで来た光弾を飛び越える様にして躱し様、己の影に潜んでいた相方(犬神)達に指示を出す。

噴水の如く影から溢れ出した漆黒の猟犬達が弾丸の様な速度で四方八方から篠村へと襲い掛かる、犬神を飛び道具とした疾空黒狼牙。

 

「詠唱も無しでこれとか東洋の術やら魔物やらはズリぃよ…なぁ!!」

 

突然の反撃にも篠村は焦らず半眼でボヤきながら、小太郎が反撃姿勢に移り出してから現在までの数秒で無詠唱のまま組み上げた魔法の射手(サギタ マギカ)を撃ち放つ。

 

魔法の射手(サギタ マギカ)貫通(トライキーエンス)光の17矢(ルーキス)!」

 

篠村の力在る言葉により出現(あらわ)れたのは槍の様な十七の光弾。長杖(スタッフ)の一振りで弾けた様に周囲へ撃ち出されたそれらは、悉くが犬神の頭部を正確に射抜き泥土の様な黒塊へと変貌()える。

 

「危っねえな…っ!?」

「まだやあぁぁぁっ!!」

 

凄まじい精密射撃を見せた次の瞬間には新たな光弾を手元に生み出していた篠村だが、小太郎はそれよりも早く。犬神の群れを差し向けた直後から追撃に入っていた。

 

『い、犬上選手が分裂したあぁぁっ!!一斉に篠村選手へ襲い掛かるぅっ!!』

『予選でも用いていた分身ですね。謎の犬の群れに続き、弾幕(かず)には頭数(かず)で対抗という事でしょう』

 

小太郎が影分身によって増やした数は七人、現在の小太郎が生み出せる限界数だ。楓がそうであった様に、影分身は数を増やせば増やす程一体一体の能力は本体よりも劣化していく。ましてや小太郎は忍術の腕前自体は我流のまだ未熟なものであり、仮に分身の攻撃が届いたとしても前衛としての鍛錬もある程度積んでいる篠村に決定的なダメージは与え難い。

 

…それでも兄ちゃんの腕前なら足止めにはなるわ!先ずくっつかな話にならん……!

 

しかし小太郎は影分身による手数と的が増えるというアドバンテージを至近距離まで近付く為だけに捨てた。小太郎が己の能力を完全に複製できるのは二体が限度。例え単純に己が三人に増えたとして、その程度の頭数による波状攻撃では篠村の連射を前に纏めて撃ち落とされるだけだと判断し、少しでも篠村の動きを止める事のみに分身を使用(つか)う事としたのである。

劣化したとはいえ元となる小太郎は狗族のハーフにして獣化で身体能力が軒並み跳ね上っている。前後左右に加え空中から時間差で分身達が篠村の身体に殺到しーー

 

「くっ!?これはやっべえ……なんて言うとでも?コタくんよぉ」

 

ーーその爪と牙が届く寸前、篠村の周囲に無数の光弾が出現(あらわ)れ、ゆるりと宙に漂い。

 

解放(エーミッタム)高速(ケレリタース)大渦(ヴェルテクス)光の37矢(ルーキス)

 

それぞれが篠村という惑星を中心として廻る衛生の如く、一矢一矢が微妙に違う軌道で高速旋回。残像により刹那、篠村を囲む光の檻が形成された。

影分身の全てが高速でぶち当たった光弾によって打ち消され、本体の小太郎も側頭部、脇腹、肩、脚に炸裂した衝撃波で一瞬息が詰まる程のダメージを喰らう。

グラリ、と小太郎の身体が傾ぎ、倒れ掛け。

 

「…る、アァァァァァァァァァッ!!」

 

叩き付ける様に踏み出した足で床を摑み(・・)、堪えてそのまま篠村へと踏み込んだ。

役目を終えて光の檻は消滅し、得物の長杖(スタッフ)は既に至近の距離にいる小太郎へ振るえる位置に無い。仮に無詠唱の魔法の射手(サギタ マギカ)で迎撃されたとして、最大七矢程度では捨身で飛び込んできた小太郎の勢いを殺せない。純粋な前衛でなく身に纏う障壁も並の魔法使い以上のものではない篠村の耐久力では、小太郎の膂力で一撃喰らえば重傷を負い、形成逆転となる可能性は高い。

だから篠村は次の札(・・・)を淡々と切った。

 

解放(エーミッタム)魔法の射手(サギタ マギカ)貫通(トライキーエンス)高速(ケレリタース)雷の29矢(フルグラーリス)

 

それは正しく雷の如く。

小太郎の目に瞬く様な光がチラと見えたその時には、小太郎の全身を電撃の槍が貫いていた。通常の雷の矢と違い、貫通化という強化付与の為されたそれは身体の芯まで到達し、エネルギーを解放する。

 

「っ!……ッ〜〜〜〜〜〜!!」

 

声にならない呻きが小太郎の口端から洩れる。全身の神経が灼け、思考が定まらない。

完璧にカウンターで決められた、決着(きめ)の一撃だった。

 

「一発一発の威力に欠け、主たる火力になんざなり得ねえから初級魔法(サギタ マギカ)だ、ゴリ押しでの突破なんざ今迄腐る程やられて来た。対抗策も保険も、用意して無え訳ねえだろ?」

 

数歩分後ろに退いて距離を取り、長杖(スタッフ)を後ろに引き絞りながら篠村は静かに告げる。

 

「お前は直ぐに俺より強くなる、でも現在(いま)俺に勝つのはまだ早い。……何たって一生分の伸び代ほぼ伸ばしたんだ、大したもんじゃ無いが安く見られ過ぎんのも御免被るぜ」

 

苦笑めいた響きを持つ言葉と共に、篠村は膝から崩れ落ちかけた小太郎の喉頸へと容赦の無い振り下ろしの一撃を打ち込んだ。打撃と同時に宿された魔法の射手(サギタ マギカ)が弾けて衝撃波が小太郎を床に叩き付け、めり込ませる。直後に突き刺さった戒めの風矢(アエール カプトゥーラエ)が小太郎の全身を雁字搦めに縛り上げ、床へ磔とした。

 

「ガ……ッ、グ………!!」

「終いだ、小太郎。影から逃げようとしたらそれより早く杖を打ち込んで意識刈り取っからな」

 

呻き声を上げてもがく小太郎が拘束を破壊できそうにないと判断して漸く身体の力を抜いた篠村は一つ息を吐き、意識も定かでない小太郎へ言い放つ。

 

「…悪いとは思うが押し通る。いい歳して何やってんだと言われても全く以って反論出来ねえが、この意地だきゃあ張り通すって決めてんだわ」

「……め………なや………」

「ん?」

 

独りごちる様にそう続けた篠村は、掠れた声で小太郎が何事かを呟いたと聞きとがめ、片膝を付いて耳を寄せる。

 

「…諦…めん、な…………」

「諦めんなや、兄ちゃん………!!」

 

意識が朦朧としているのだろう、焦点の合わない瞳で譫言の様に。

しかしはっきりと、そう言っていた。

 

「……キッツい事言うなあ、小太郎………」

 

苦笑というには苦味の強いそれを口端に浮かべながら、篠村は立ち上がり呟く。

 

 

「…悪いな、諦めんのは慣れっこなんだ…小太郎」

 

 

「……二重、遅延呪文(ダブル ディレイスペル)………!」

魔法の射手(サギタ マギカ)を軸にした戦闘法しか(・・)あれは磨いていないので。無詠唱魔法、遅延呪文、魔法構築速度。この辺りであれより熟練した使い手なんて、本国でも少ないでしょう、ネギ先生」

 

流れる様な連続した無詠唱、遅延呪文の行使で宣言通り小太郎を塩漬けに沈めてみせたその手際に戦慄するネギへ、高音は静かにそう告げた。

 

「…いやつーかあれもうサギタマギカじゃなくてベツノナニカ(・・・・・・)だろ」

「上手い事言ったつもりか………あれは喰らえば言うまでもなく俺等もヤバいな」

「最低でも二種の強化を数十矢規模で展開可能。構成に必要とする時間も数秒程度だろう。無詠唱であれならば詠唱すれば威力はまだ上がるな………さて」

 

大豪院は言葉を切り、朝倉が手を交差させて試合終了を宣言するのを目に入れながら傍に居た古 菲へ改めて告げる。

 

「二人を労ってやりたい所だが準備をしろ、(クー)。一回戦の最後は俺とお前だ」

「わかたアル!!小太郎には声位掛けてやりたかたが仕方ないアルね!」

 

「……先輩も(クー)ちゃんももう少しさあ……」

「すまんな、些か不謹慎な振る舞いなのは自覚がある。が……」

 

試合終了と同時に最早壇上の二人は関係無し!とばかりに口では一応案じる言葉を吐きながらも、誰がどう見ても活き活きというかウキウキとしている大豪院と古 菲に明日菜が苦言を呈する。大豪院は僅かに苦笑を浮かべて謝罪しながらも、その身から精気を滾らせ、言葉を放った。

 

「今の試合もそうだが……善い試合ばかりでな、見ているだけでは昂ぶるばかり、だ。些か待ち草臥れたのだ」

「私も念願のポチとの決着アルから燃えてるアル!!大体篠村もコタロも、多分誰かと話す気分じゃ無いアルよ。言い方悪いアルが心配するだけ今は無駄アル」

 

「まぁ、そうなんでしょうけど……」

「昂ぶる、ってまた酷いことになりそうな……」

 

「まぁ何にしろ」

 

愛衣や夕映が嫌な予感がすると顰めた顔で話しているのを横目に、辻は見つめ合うというか睨み合い、火花を散らす大豪院と古 菲に声を掛ける。

 

 

「少し落ち着け二人共。どうせ大豪院が闘うなら、建築部が神社が更地に変わらないよう床を改造するだろうから、暫く時間掛かるだろ」

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。
なんとか(今までに比べれば、ですが)早めに上げる事が出来ました。この調子でできれば年内に第一回戦は全て終らせたいですね。
篠村と小太郎の試合後はまた次話で詳しく描写します。電波がまた入らなくなると思われますので感想は返信に時間が掛かります、申し訳ありません。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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